表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/100

怪ノ八十三 アルバイト

 俺がアルバイトをはじめたのは高二の夏。

 学校の許可をとればやってもいい、と親が言ってくれたので、喜び勇んで七月のさなかに許可を取ったのだ。


 バイト先は、前々からここと決めていた綺麗なカラオケ店に決めた。

 元は数階建ての雑居ビルだったところを改築した、できて半年くらいのところだ。

 さっそく面接の日取りに行くと、多少緊張はしたものの向こうの店長も良い人そうで、順調に進んだ。


「特に問題なさそうだし、来週から頼みたいんだけど……」

「本当ですか!」

「……うーん。まあ、いいや。じゃあ、よろしく頼んだよ」

「……? はい。お願いします」


 なんでも、以前入っていたバイトが連絡もつかないままやめてしまったらしく、早いところ人手が欲しかったらしい。

 とはいえそういう所はバイト個人ではなくバイト先に問題がある場合もある、ということを聞いていたので、多少不安に思わなくもなかった。


 というのも、許可をとった時に色々と教えてもらったのだ。

 うちの学校で許可を貰うと、そういうバックアップがしてもらえる。バックアップといっても、何か問題があった時に相談に乗ってくれる程度だが、ちょっと素行の悪そうな上級生からも「許可は取ったほうがいい」とまで言われるほどだ。

 最低限の言葉遣いや化粧なんかのマナーも教えてくれるので、バイト先にも喜んで受け入れてもらえるのが常だ。


 生徒側に問題があった時には学校側に通告されるし、反対に、法律に疎い高校生相手にピンハネすることもできない。

 そうなると、最初からお断りされるような場合は怪しい所がある、ということになる。


 ――まあ、何かあれば相談すればいいか。


 初めてのバイトだし、いい思い出にしたい。

 それに最初からここと決めていたのだから、今更違うところを探すのも面倒だ。


 授業を終えてからはじめての日に、先輩について色々と作業を見せてもらった。ある程度は放っておかれたけど、こんなもんかもしれない。

 小さなメモを持っておいたほうがいい、と教えてもらったのが役に立った。


 それから特にこれといった問題はなかった。

 仕事上、怒られたり、失敗したりということはあったものの、なにか怪しいとかピンハネされているとか、謎の経費が出ているとか、そういうこともない。暴力や暴言の類もだ。

 ただ不思議なことに、先輩たちの入れ替わりが早いように思えた。

 結局、二カ月程度のあいだに、数人いた顔見知りの先輩たちの半分が入れ替わり、あっという間に新たな後輩に変わった。


 ――夏休みだからかな。


 もっとバイト代のいいところに替わった、ということも考えられる。

 だけどこのカラオケ店は、最低時給よりも高いくらいで、そんなに安すぎるというほどでもない。

 俺のあずかり知らぬところで何かあるのだろうか。


 そう思って、学校側に相談してみても、特にこれといった要因は思いつかないようだった。


「うーん。特に何もないなら、今のところはいいと思うけど。長く勤めている間に、段々縛りがきつくなっていくこともあるにはあるけれど。でも、今のところはなんともない?」

「ええ。思いつく限りでは……」

「そうかぁ。まあじゃあとりあえず今のところは保留にしておいて、また何かあったら相談に来ればいいから」

「はい、ありがとうございます」


 夏休み中に学校に来ていた先生とそんな話をしてから、更に数日経った時だった。

 バイトの休みに街へ買い物に出た俺は、突然後ろから声をかけられた。驚いて後ろを振り向くと、そこには辞めたはずの先輩がいた。

 やめたのだから元先輩だが、大学生だという彼は先輩と呼んでも差し支えないだろう。

 よう、と軽く挨拶をしてきた先輩を近くのハンバーガーショップに誘い、昼飯を兼ねて色々と聞きだすことにした。


「先輩、一か月で辞めちゃうんだもんなあ」

「ははは、悪い悪い」


 ポテトフライをパクつきながら、ハンバーガーにがっつく先輩を見つめる。


「ところでお前、まだあのカラオケ店にいるのか?」

「ええ、まあ」

「……そうか」


 途端に先輩の顔が曇った。

 俺はポテトに伸ばした手を止め、先輩を見つめ直す。


「何かあったんですか?」


 先輩はしばらくハンバーガーを口にしていたが、やがて重い口を開いた。


「お前、夜の担当になったことってあったか?」

「ええ、ありますよ。時給いいし。まあ、学校側には黙ってるんですけど」

「何人いた?」

「俺のときは……たいてい二人くらいですね。最近また人が減ったんでわかんないですけど」

「……そうか。じゃあ、一人にはなるなよ」

「はあ」


 俺はそう答えた。

 ワンオペが問題になってきた頃だったし、一人だとこなすのが大変だから、という意味だと受け取った。

 先輩はそれ以上詳しくは聞かず、代わりにもっと色々なことを教えてくれた。

 LIMEの交換はしたから、もしかしたらまた何かあったら教えてくれるかもしれない――もといそれは、あのカラオケ店でのことで。


 けれども、人は確実に少なくなっていた。

 後輩の中にも辞めていった奴が出て来たころには、休みだったはずの日も頼みこまれて入ることも多くなった。

 そうなるとミスも多くなる。新しかった店舗の中も汚れてくる。確実にバイトを始めた頃よりも慣れてきたはずなのに、自分を含めて怒鳴られる機会も増えてきた。

 皆がひいひい言いながら仕事を廻しているのを見ると、俺一人が辞めてしまうと迷惑かもしれない――とまで思い始めた。


 そしてとうとう、夜の接客を一人で任される事態が来てしまったのだ。


 カラオケ店の店員は、客を入れてしまえば終わりじゃない。

 問題があれば行かないといけないし、そうでなくともフードやドリンクを出しているから注文がくる。時間が来た客には延長するかどうかを聞かないといけないし、その間にも色々とやることがある。既にパンク状態だ。

 そんな状態であるにも関わらず、客も入っていた。

 もちろん店の状態が悪化してきたから当初に比べれば客も減ったが、それでも「ここでいいや」というような客が来るのだ。


 注文の品を部屋まで届けてフロントまで戻ると、既にビーッ、ビーッ、と電話の音が鳴っていた。


「はい、フロントです」

「三○二号室ですけど、カシスオレンジと赤ワイン、それからチーズおつまみのセットおねがいしまーす」

「はい、了解致しました」


 たいていどこから電話がかかってきたか、というのは隣に置いてあるランプがつくのでわかる。これはどこの部屋が埋まっているかという確認の意味もある。青いランプがついていれば使用中で、隣の赤いランプが点灯していれば通話中だ。

 急いでキッチンで注文の品を作ると、いざ行こうとした時に、再び電話が鳴った。


「はい、フロントです」

「……」

「もしもし? ご注文をどうぞ」


 相手からは妙な息遣いが聞こえてくるだけで、何も言わない。

 なんだよ急いで取ったのに、とふつふつと怒りが湧いてくる。だいたい、今は違うところに品を運ばないといけないのに。

 とはいえ、深夜だし妙な客もいるだろう。

 仕方がないので一旦電話を切る。何かあればまたかけてくるだろう。


 そう思って、いったいどこからだとランプを見た。

 二○七号室。

 俺はその号室だけを覚えて、三○二号室へと急いだ。


「お待たせいたしましたー」


 声をかけても、盛り上がっている男たちは

 女の子も眠くなって隅っこのほうで寝ている子もいる。

 大丈夫だろうな、ここの部屋――と、あらぬ心配までしてしまう。一応監視カメラもあるからいいとはいえ、下手なことを起こされても困るわけだ。

 そういうのを一人でこなすことの限界をそろそろ感じていた。


 フロントに戻ると、幸いなことに電話は鳴っていなかった。ようやく一息つけるかと思ったとき、ふとさっきの出来事を思いだした。

 二○七号室の客がどんな奴か、見てやれ。

 そう思ったのだ。


「あれ?」


 だが、二○七号室に客を通した覚えはない。

 しばらく考えたあと、客の氏名が書かれた紙を探しだして漁ってみる。やっぱりそこに通した客はいなかった。

 誰かが悪戯でもしているのかもしれない。

 俺は監視カメラを切り替えて、二○七号室を映した。


 誰もいない。


「なんだ、悪戯かよ」


 誰か入ってくるんじゃなかろうな。

 やめてくれよ、ただでさえ問題ばっかりなのに。


 仕方なくじっと見ていると、妙なことに気が付いた。

 扉が叩かれているように、小刻みに揺れている。


「……、なんだ、これ?」


 ごくりと息を飲む。

 外から叩かれているわけでもない。何しろ、扉は硝子の部分もあるわけで、誰か立っていればわかるからだ。


 次の瞬間。

 ビーッ、ビーッ、という電話の音が響いた。

 ぱっと見ると、誰もいない二○七号室から鳴らされ続けている。

 急に背筋に薄ら寒いものを感じた。


 なんだ。

 疲れているのか?

 それともだいぶ埃がたまっているから、壊れてきているのか……。


 俺は受話器に片手を伸ばしたまま固まっていた。荒くなりはじめた息を落ち着かせ、ゆっくりと受話器を取る。


「は、……はい」


 耳に近づけると、息遣いが聞こえてきた。

 何もいわない。

 何も語らない。

 監視カメラには誰も映っていない――。


「開けてえええぇぇ!!」


 劈くような悲鳴に、ドンドンと壁を叩く音。

 迷わず受話器を置き、震える手で乱雑に直した。

 心臓はしばらくドクドクと高鳴っていた。呼吸がうまくできず、掌は汗でべったりと濡れている。

 そのとき、再び、ビーッ、ビーッ、という音が鳴り響いた。


「ひっ!」


 思わず後ずさったが、よくよく見ると客のいる部屋からだった。震える手で受話器をとって、耳に当てる。


「あー、すいません。注文いいっすか?」

「あ……えっと、フロントです。はい。ど、どうぞ」


 俺の声は乾いていたと思う。

 とにかく頭の中は真っ白で、それからどうやって朝まで過ごしたのか覚えていない。


 その二日後、俺は逃げるようにバイトを辞めた。

 後で聞いた話だと、ここは昔火事があったそうだ。逃げ遅れた人が何人かいたらしく、犠牲者も出たらしい。

 となると、開けて、というのは――。


 俺はそれ以上考えないことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ