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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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61/61

61.慟哭

すっかり二代目達三人の姿は変わり果てた。憑依がここまで進むと、もう人間の姿に戻ることは出来ないだろう。もっとも見た目が人間の姿に戻ろうとも、精神面は汚染されままなのは、変わらないか。

ウォンはロングソードを垂らしたまま、三匹の中心に無造作に足を運ぶ。

左右から鉤爪の猛攻が迫るが、体を斜めにずらすだけで全て避ける。次の瞬間には、二匹の両手が床にボトリと落ちた。避けると同時に肘の関節辺りで斬り落としたのだ。

腕を切断された割には、出血がほとんどない。傷口が黒い霞に覆われている。

だが、ウォンはその様な事も意に介さず、自分のペースで戦闘を続ける。

次は二匹の頭部がゴトリと床に落ちた。敵の動作が止まった一瞬を狙い、首を打ち落とした。だが、敵はまだ倒れない。斬られた首の部分も同じ様に黒い霞が覆う。

ここまで、数瞬。相変わらず、ウォンの技量は恐ろしい。やはり、私の見立て通り一対三でも十分に敵を圧倒している。

狭い洞窟だ。下手に私が一緒に前衛を張れば、ウォンの足を引っ張る事は予想していた。ゆえにウォン一人に前衛を任せたが、大正解だった。

もしもの時は、私がここから魔力光弾で補助すれば良いだろう。この魔法ならば、誤爆や魔法効果に巻き込むことは無い。

ウォンの剣が二閃する。左右の敵が両断され、ゆっくりと体の左右が上下にずれてゆく。さすがにこの斬撃は、憑依しても耐えられなかった様だ。大量の血液を噴き出しながら、背面へ倒れていく。傷口を覆っていた黒い靄も消えている。あっけない最期だ。

流石は、ウォンだな。レッサーデーモンと対等に剣を交えただけのことはある。

残りの敵は、二代目だけとなった。

たった一匹となった二代目だった者は、怒りに任せ重厚な机を片手で持ち上げ、力一杯投げつけてくる。ウォンは、ヒョイと射線からずれて避けるが、私は避ける訳にはいかない。後ろにカタラが居る。カタラには防ぐ術が無いだろう。ウォンめ、こんな時に仕返しをしなくとも良かろうに。

『石壁展開』

私の目の前に二メートル四方、厚さ一メートルの石壁を一瞬で展開する。

重量のある机は、石壁に激突し重低音をこの部屋一杯に響かせる。続いて、軽い木材が三つ程、石壁に激突音がした。私の記憶では、投げられる物は机と椅子位しかなかったはずだ。多分、軽い音は、その椅子が投げつけられたのだろう。ならば、もう石壁は解除して良いかな。投げられる物はない。いや、まだあるな。もう少し待とう。

すぐに鈍いべちゃりという音が四回した。敵と言うべきか、味方と言うべきか、要はウォンが倒した死体を投げつけてきたのであろう。やはり、そういう行動をとったか。石壁の解除を待って正解だったな。今度こそ、本当に石壁を解除する。

私の一メートル先には、木材の塊とその上に肉塊が乗った山が出来上がっている。予想通りの光景が広がっていた。

「ウォン、危ないだろ。前衛なのだから、処理して欲しいな」

ウォンは、何事も無かったかの様に、先程の位置から全く動いていない。

「ミューレが何かあればサポートするって言ってなかったか。で、任せた」

やれやれ、ウォンに言葉尻を取られたか。私の得意分野だと思っていたが。

「分かった。問題ない」

「ミューレ、交代だ。二代目とはお前の方が縁が深いだろ」

ウォンがゆっくりとこちらに後ずさってくる。さすがに敵に背中を晒す様な馬鹿はしないか。代わりに私が一歩一歩、二代目へと間合いを詰めていく。途中でウォンとすれ違う。さらに二代目へと歩みを進めていく。それが答えだ。あえて口には出さない。口に出すと涙をこぼすかもしれない。冷血のミューレが、人前で涙を見せる訳にはいかない。


二代目が威嚇の咆哮をあげる。口が人間だったとは思えない程、大きく上下に開き、四本の犬歯がランタンの光に煌めき、涎が周囲へ大量に飛び散る。

この一ヶ月の特訓の成果を見せてやろう。二代目がしっかり調整してくれた鎧の仕上りを見てもらおう。そして、新品同様に仕立て直してくれた剣をその身に叩き込んであげよう。

それが、私の手向けだ。

無造作に二代目の間合いに入る。右の鉤爪が、私の頭を吹き飛ばそうとしてくる。ウォンと同じく右手の肘当たりを剣で斬り落とす。切り捨てた右手は、勢いよく私の背後を通り過ぎていく。切り口は同じ様に黒い靄で覆われ、出血はほとんどしていない。

続いて左手の鉤爪が飛んでくるが、結果は先程と同じだ。

悪魔憑きとなっても、痛覚は残っている様だ。二代目が痛みで叫び狂っている。狭い部屋に反響し、耳が痺れそうだ。

だが、そんな物では私は止まらない。剣を横一文字に一閃させる。二代目のふとももが切断され、上半身が私の方に倒れてくる。二代目は、倒れる力を利用して私の喉笛を噛み切ろうとするが、目前で二代目が止まった。私の剣が深々と二代目の鳩尾を貫き、それ以上倒れることが出来なくなったのだ。二代目は、なんとしても噛みつこうとするが、巨大な犬歯は、私に掠りもしない。

私は、そのまま走り出し部屋の壁へと二代目ごと体当たりを行う。剣は洞窟の石壁を易々と貫き、二代目を壁に貼り付ける。

手足が無い二代目は、壁に縫い付けられ、攻撃手段を失った。

ゆっくりと二代目から離れ、間合いを取る。

「二代目が仕上げた鎧と剣は、凄いだろう。己の仕事に誇りを持っていたのだろう」

思わず二代目へ呟くが、悪魔憑きとなってしまっては、人語を解さないか。

このまま、ウォンと同じ様に両断し、敵の生命力を超えるダメージを与えれば事は済むのだが、情に流されてしまった。私に力づくで止めを刺すことは出来ない。少しでも浄化されることを願ってしまう。

「カタラ、二代目の名前は、ファブロだ。浄化してくれないか…」

私も甘いな。私を暗殺しようとした蝙蝠の首領だというのに…。

名付け親になったのが、間違いだったか。

「わかりました。ミューレの心を神へ届けましょう」

背後でカタラが跪く気配を感じる。

『天より弱き者を導く正しき神よ。不浄なる弱き者を浄化し、人として生を全うする奇跡をお示し下さい。弱き者の真名は、ファブロ。この弱き者に神の御慈悲を』

呪文が、終わった瞬間に二代目、いや、ファブロの胸の辺りに黄色く輝く光球が生まれた。徐々に大きくなり、ファブロを包み込む。その光球からは、温かみと安らぎの波動を感じさせる。

光球が、目もくらむ程に明るくなり弾ける。

目の光の焼き付けが治まり、ファブロが居た場所には私の剣が壁に刺さっているだけだった。ファブロは、浄化されただろうか。少しでも最後の救いになったのだろうか。


ファブロが産まれた頃の事が頭によぎる。

突然、懇意にしていた鍛冶屋の初代親方から赤ん坊に名前を付けてくれと頼まれた。

固辞したが、初代の根気と本気に負けた。

冒険から帰ると一番に鍛冶屋に寄る様になった。小さいファブロをあやすのが、冒険で荒んだ心の癒しだった。

おむつ替えで小便をかけられても、逆にうれしかった。私の事を信頼している証だと思えた。

すぐに大きくなり、喋りだし、ミューレと呼ばれた時は、うれし涙を零した。

腕白になり、チャンバラを一緒にする様になった。ミューレに勝てないと泣き喚く様には手を焼かされた。だが、それも楽しいことだった。

少年となり、初代へ弟子入りをした。この時から、仕事に真面目に取り組み、私と遊ぶことが無くなった。親離れの様に感じ、寂しさを知った。

仕事を頼んだ時、初代がファブロに全てを任せた。一人前として認められた瞬間だった。仮面の下で感極まり、目頭が熱くなった。

ファブロは、鍛冶屋に向いていた。すぐに頭角を現し、エンヴィーでも上位に数えられる鍛冶屋に成長した。

そして、初代が引退し、まもなく亡くなった。母親は病弱だった為、ファブロが幼い時に他界していた。

ファブロの家族は私だけになった。だが、それは私の心の中だけだ。ファブロは、私が名付け親だとは知らない。ただの上得意にしか思っていないはずだ。

ファブロを可愛がり過ぎて、内側まで見ていなかった。

少し距離を置けば良かった。

ならば、私がファブロの生涯をこの手で終わらせる時は、来なかった筈だ。

それとも、逆に名付け親だと名乗りを上げ、親方が亡くなった時に、他の子と同様に養子に迎えれば良かったのだろうか。

ファブロが弟子入りしてから一度も名前を呼ばなかった。二代目と呼ぶようになった。

自分がつけた名前を呼ぶのが、恥ずかしくなった。

ある日、ファブロは、この名前が好きだと言ってくれた。私は無関心を装ったが、心の奥底では喜んでいた。

私のファブロは、いつも笑顔だった。

悲しい顔を知らない。

怒った顔を知らない。

でも、たまに困った顔を見た。原因は、私の無理難題だ。

ファブロだから、無理難題を平気で言えたのだと思う。

相場以上の報酬を平気で渡していたのもファブロが可愛かったのだと思う。直接的な愛情表現が出来ない分、お金で誤魔化していたのだろう。

私の脳裏にファブロにまつわる記憶が次々に投影されていく。


気がつけば、この部屋に私一人だった。ウォンもカタラも姿が無かった。

かなりの時間、私はファブロが居た空間を見つめ、佇んでいた様だ。

心の波風は鎮まり、いつもの冷血のミューレに戻ったつもりだ。

壁に刺さった自分の剣を抜こうと柄に手をかけるが、そこで手を止めた。

背中に背負った鞘を外し同じ壁に立てかける。

ふいに、ウォンが室内に入ってくる気配を感じた。私が正気に戻ったことに気がついたのだろう。

「剣が抜けないのか。抜いてやろうか」

ウォンなりの気遣いだろう。私は振り返らずに剣を見つめたまま答える。

「この剣は、ファブロの墓標だ。このままにしていく」

「そうか。それも悪くないな」

ウォンが私の想いを汲んでくれた。

「水晶はどうした?」

今回の冒険の目的だ。こちらをおろそかにする訳にはいかない。

「俺とカタラで回収済みだ。財宝も回収した。問題ないな」

ならば問題など無い。盗品は、ファブロの墓には要らない。

「じゃあ、帰るぞ」

ウォンが、普段通りに接してくれるのが有り難い。へたに気を回されると逆に気を使いそうだ。

「あぁ、エンヴィーへ帰ろう」

二人で洞窟の外へ出る。外は、すっかり闇に包まれている。星の位置を見ると深夜に近い時間帯だ。洞窟の外では、カタラが夕食を用意して待っていてくれた。簡単な煮込み料理だ。

「私達は夕食を先に済ませました。ミューレの分です。どうぞ」

カタラがお椀に掬った煮込み料理を渡してくれる。

春の夜は冷え込む。温かい煮込み料理は、有り難かった。

夕食を済ませ、洞窟を少し入った処で野営することになった。やはり、夜風を直接受けるよりも洞窟の中の方が快適だからだ。その晩は、警戒心も無く寝入ってしまった。

自分が考えるよりも精神的な傷害を大きく受けていた様だ。

翌朝、朝食を簡単に済ませ、出発の準備を完了させる。

「少し先で待っていて欲しい。やる事がある」

ウォンとカタラにお願いをする。何も聞かず、頷いてくれた。

二人が獣道を下り、百メートル程離れた所で静止する。あそこならば、被害は及ばないだろう。

『火炎爆裂』

掌に一つのダイヤモンドが現れる。業火を封じ込めた魔力の塊だ。ダイヤモンドを洞窟の奥に投げ込み、すかさず、入口から身を隠す。

ダイヤが着地した瞬間、業火と爆風が洞窟内を蹂躙する。岩盤が脆い処が崩壊を始める。だが、完全に入口を埋めるには不完全だ。

少し入口から離れ、直接攻撃を加える。

『火炎爆裂』

盛大な火柱が上がり、洞窟の入口を粉々に粉砕していく。これで何人も洞窟に侵入することは出来ないだろう。ファブロの墓が完成だ。

そして、ウォンとカタラが待つ場所へ歩き出した。もう振り返ることは無い。


一週間後、エンヴィーに戻り、四季物語で一息ついていた。魔導書や賢者の事も頭の片隅にあったが、今はそんな気分になれない。

二週間ぶりのシャワーを浴び、冒険の汚れと疲れを落とし、浴槽に浸かり呆ける。

そうだな。ファブロの遺品整理をした方が良いだろうか。いや、整理するのはまずいな。ファブロが死んだことを知らしめることになる。そうなると厄介だ。

真夜中に鍛冶屋の様子だけを確認しようか。

ようやく、次の方針が決まった。考える時間は、道中、幾らでもあったのに、何故今頃なのだろうか。やはり、落ち着いた様に思っていても冷静では無かったのだろう。

風呂のお陰だろう。ベッドで一眠りすれば、さらに冷静になれるだろう。

食事もそこそこに日没と共に眠りにつく。

昼間、カタラの様子もおかしかった。正気ではない様に感じた。アルマズが居なければ、手におえない状況だった。一連の事件で、カタラの精神の限界が来たのかもしれない。

優しすぎる人間は、冒険者には向かない。自分の心を傷つけるばかりだろう。

カタラは優しすぎる。極悪人ですら救おうとする。そんな人間が、数ヶ月の間に悪魔に汚染された人間を数百人殺害したのだ。

常人ならば、精神の均衡が崩れない方がおかしいだろう。ここは、父親であり、賢者でもあるアルマズに任せるのが良いだろう。

私達が口出しするよりも良い結果を得られる様に思う。

正直に言うと自分の事で手一杯というのもある。

縁が浅い人が死ぬことには慣れている。特に寿命が長い私は、幾人も見送ってきた。

だが、今回は精神的につらい。我が子同然を自分の手で殺したのだ。

この事実は、私しか知らない。事情を知っている者は、この世に誰も居ない。すでに去った。

さて、最後の別れに行こうか。


真夜中、下町にある鍛冶屋の入口の前に立つ。

今は、白い冒険着に護身用のインテリジェンスソードを下げているだけだ。

初代親方が亡くなる時に、ファブロが病気や怪我をした時に助けて欲しいと家の鍵を預かっていた。

まさか、この鍵をこの様な使い方をするとは、その時は全く考えに浮かばなかった。

気配を読むが、周囲に誰も居ない。手早く、扉の鍵を開け、中に入り、鍵を閉める。誰にも見られていないはずだ。

いつもは、炉が燃える音、ふいごの強い風の音、鉄や鋼を叩く音がひしめき合う場所だが、静寂に占領されている。まるで別の家に間違って入ってしまった様な錯覚に陥る。

だが、間取りや家具の配置が、ここはファブロの鍛冶屋であることを物語っている。

平屋である鍛冶屋を一通り回ってみる。ファブロの真面目な性格を表す様に工具や道具が几帳面に並べられている。初代が生きていた頃と変わっていないな。

親子でここまで似るものなのか。いや、師匠と弟子の関係で工具の並べ方も同じなのだろう。

一通り部屋を回り、居間の椅子に座った。この場所が一番思い出深い。

この居間でファブロをあやした。

おむつも替えた。

チャンバラもした。

この居間が、子供時代のファブロを思い出させる。

何気なく椅子の位置を変えようと座面の裏に手をかけると羊皮紙が指先に当たった。

その羊皮紙を取り出すと蝋で封印されている。羊皮紙には、宛名が書かれファブロの署名がされていた。

≪ミューレさんへ≫

≪ファブロ≫

鼓動が早くなる。不意打ちだ。この様な物があるとは、考えていなかった。

この数週間、自分の想像外の事ばかり起こる。これ以上、嫌な目は正直見たくない。

しかし、この手紙は気になる。開けずにはいられない。

ゆっくりと蝋の封印を外し、羊皮紙を広げる。


ミューレ母さんへ

突然、母さんと言ってごめんなさい。

実は、親父からミューレ母さんの仕事を初めて任された時に、名付け親だということを教えられました。

それに赤ん坊の時から色々と僕の面倒を見てくれたことも全て聞きました。

病弱だった母さんが早くに死んで寂しくなった時、いつもミューレ母さんは冒険から帰って来てくれました。母さんは居ないのに母さんと一緒に居る記憶があるのは、ミューレ母さんと母さんの記憶が混じってしまった為だとその時に分かりました。

幼い時、病弱で僕と一緒に遊べなかった母さんの代わりに、たくさん遊んでくれたのは、ミューレ母さんだったのですね。遊ぶ時は、仮面を外してくれていたので、親父に告白されるまで気がつきませんでした。

今、一人前の鍛冶屋としてここに立っているのは、ミューレ母さんのお陰であると親父の話を聞いてからずっと思っています。

そして、結婚相手を見つけ紹介する時、婚約者に僕の母さんだよと紹介しようと思っています。だから、その時に母さんと呼んでも笑わないで下さいね。

ミューレ母さんが、周囲から冷血と言われているのは知っています。でも、それは冷静であるだけで、心の温かい人だと僕は知っています。だから、胸を張って婚約者に僕の母さんだよと紹介できます。

本当は、一人前になった時、この話をして母さんと呼びたかった。

でもミューレ母さんは、エルフ族。僕が母さんと声を掛けたら迷惑をかけちゃいますよね。

わざわざ、人間族に扮するために仮面までする苦労を僕が壊すわけにいかないです。

だから、母さんと呼ぶのは結婚するまで我慢します。

結婚したら、僕とお嫁さんと同居して下さいね。今までミューレ母さんから貰った多めの報酬は全て商工会ギルドに貯金しています。そのお金で今より大きい店を開くからミューレ母さんの部屋もちゃんと用意するね。

同居すれば、いつでも遠慮なく母さんと呼べるし、少しは親孝行が出来るかな。

本当は、今すぐでも母さんと呼びたい。

でも、迷惑を掛けたくない。だから、紙に僕の想いを書き連ねます。

ミューレ母さん、いや、母さん。

母さん、愛している。

母さん、尊敬している。

母さん、見守ってくれてありがとう。

母さん、大好きだ。

母さんに似た人を探すよ。

母さんの事を受け入れられる人を好きになるよ。

母さん、早く一緒に住みたい。

母さん、早くみんなの前で言いたい。

母さん、本当に愛してくれてありがとう。

本当に本当にたくさんの愛をありがとう。

まだまだ、言いたいことがあるけど、書ききれないので面と向かって話すね。

その時は徹夜になるのを覚悟していてね。

ファブロより敬愛をこめて


追伸

この手紙を母さんが読んでいる時は、僕の身に何かあったんだね。

それがどんな結果であっても悲しまないで欲しい。

僕は母さんに育てられて最高に幸せな人生を歩んだのは間違いないんだ。

それだけは、忘れないで。


今日程、この仮面が邪魔になった日は無い。仮面を乱暴に投げ捨て、両目から溢れ出す涙を裾で強引に拭う。だが、涙が途切れない。逆に量が増える。

心が叫ぶ。心が震える。心が引き裂かれる。何故、こんな物を残したんだ…。

腹の奥底から声が出る。

「ファブロ!私も愛している!自分に早く正直になれば、こんなことにならなかったんだ!済まない、ファブロの気持ちに気づかなかった…」

後は言葉にならないまま叫び続ける。愛や後悔について叫んだと思う。自分が何を叫んだか、考えたか、思ったか全く分からない。


気がつけば、夜明けを迎えていた。喉が痛い。口許を触ると涙、鼻水、唾液の他に大量の血が手に付いた。

喋ろうとすると、喉がへばりつき声が出ない。どうやら、この血は喉の血管が破れたらしい。声帯も壊れたかもしれない。鏡を見ると憔悴しきったエルフの少女が映っていた。

いつもは、自信に溢れ何人も寄せ付けない気迫の主は何処にも居ない。

目は充血し、瞼はパンパンに腫れ、痩せこけた頬には涙と鼻水の跡が付き、カサカサになった口には唾液と赤い血がさらに足されている。

そうか、ずっと泣き叫んでいたのか。いくら二百年生きてきても、人間年齢に換算すれば十六から二十歳の小娘だ。感情の起伏が激しくても仕方ない。これが正しい姿かもしれない。

駄目だ。何もしたくない。しばらく、このままで居よう。


ノックの音で正気に戻った。何者かが店の扉をノックしている。

そう言えば、一体何日経過したのだろうか。一日?いや、数日は経過しただろう。

空腹の具合から三日以上は経っているだろう。

ズボンがごわつくので見ると小便を垂れ流していた様だ。尿意すら感じない程、呆けていたらしい。これは人様には見せられない姿だな。

ノックは、十数回続いた後に止んだ。反応が無いので訪問者は、諦めて帰った様だ。入り口の外に人の気配は無くなった。

四季物語に帰るには、ちょっとこの格好では外には出られないな。鏡を見ると白い上着にたくさんの血痕が飛び散り、涙と汗と涎で黄ばんでいた。

顔を見ると先日見た時よりもさらに頬がこけ、病的な表情をしている。

夜になってからここを出た方が良いだろう。それまでに居間を掃除しておこう。床や椅子がとても口には出せない惨状になっている。掃除道具を持ち出し、水拭きを始める。

手元が暗くなり夜眼に切り替わったことで、夜が訪れたことに気がついた。

見れば、来た時よりも磨かれている位だ。これ以上、磨く必要は無い。部屋の片隅に投げ捨てられていた仮面を拾い、顔に着ける。幾分か平常心が戻って来た様な気がする。

人気が無くなる時間まで静かに時が経つのを待ち、誰にも見つからず四季物語の自分の部屋に戻った。マスターやウォンには気づかれているかもしれないが、気を使って知らぬふりをしてくれているのかもしれない。


結局、私達は、人知れずエンヴィーの反乱を鎮めてしまった。悪魔共の狙い通りに進んでいれば、エンヴィーは悪魔に汚染され、街に住む数千人の人間全てが悪魔憑きにされていただろう。

そうなっていれば、人間対悪魔の世界大戦が始まっていたかもしれない。

いつの間にか、意図せず世界を救うのが私達のパーティーの宿命の様だ。私達は冒険を素直に楽しみたいだけなのだが。

少しずつ日常に戻り、冒険を再開した。時には、ブラッド・フィースト城で遊んでいる三馬鹿を組み込み、六人パーティーで冒険をした。相変わらず三馬鹿は能天気で、その能天気ぶりには精神的に助けられた。

だが、やはり私達のパーティーには、血の雨が降り続いた。血の宴とは切り離せない関係の様だ。

気がつけば、三年経過していた。その間に幾つの村を壊滅させ、多くの人々を虐殺しただろうか。それ以上にどれだけのモンスターを地上から淘汰しただろうか。

私の手は、返り血で真っ赤だ。どんなに洗っても身体に染み込んでいる。

しかし、例の如く、人知れず世界を救ってしまうこともあったのが、唯一の救いだろうか。


ある一つの冒険が終わった時、カタラが突然言い出した事が発端だった。

「私達は、無意味な殺戮や略奪を繰り返しているのではないでしょうか。」

そんな一言が私達パーティーの一時解散の始まりだった。

カタラの言葉を噛みしめる。カタラの想いがヒシヒシと伝わってくる。内心、私自身も感じていたことだ。ここは荒療治をした方が良いだろう。

「パーティーを一時解散しましょう」

カタラとウォンへ告げる。

「おいおい、突然何を言い出すんだ。ミューレ」

「ミューレ、思いつきでその様なことを簡単に言わないで下さい」

二人から柔らかい否定の言葉。

「思いつきではないわ。ふと今迄の事を思い返したの。このままパーティーを組み続ければ、多分、いえ絶対に私達は人でなくなるわ」

「何を言ってる。俺達は人以外の何者でもない。一体何に変わるというんだ」

「怪物よ。私達が倒し続けたモンスターと同じになってしまうわ」

「俺達が一緒に旅をするだけで怪物になるとは、想像もつかないな。考えすぎと違うのか」

「外見は今まで通りかもしれないわ。でも、心がすでに歪みつつあるわ。私も、ウォンも」

「俺の心が歪んでいるだと。何の根拠があってそう考える?」

「ウォン。モンスターと戦っている時のあなたの顔、とても楽しそうですよ」

今迄沈黙していたカタラがそっと述べる。

「まさか。俺が生き物を嬉々として殺しているというのか」

「止めを刺す時ににやけていることに気づいてなかった?」

ウォンは自分の顔に手を当て、過去を振り返っているようだ。

カタラは目をつむり、天を仰いでいる。神の声を聞こうとしているかのように。

「ふむ、カタラの言うとおり殺しに喜びを感じているかもしれん。危ない傾向だな」

長い思考から解き放たれたウォンが呟く。

「解散か…」

「解散…。他に方法はありませんか」

「私には、他の方法は思いつかないわ。自重なんてこの三人が一緒にいる限り意味が無いわ。どうせまたすぐ元に戻るだけよ。解散なら個人の力量を見直す事が出来るわ。たった一人では自分はここまで無力なのかと。もしくは、一人でも強かったかと逆効果になる恐れもあるけど」

「なるほど。それもまた一興。己を見直す旅。己を見つめ直す時間。己を鍛え直す修行。いいじゃないか。パーティー解散、俺は賛成だ」

「そうですか。ウォンはいつも単純でうらやましいです。では私も賛成しましょう。でもミューレ、あなたは一時解散といいましたね。再合流はするつもりですね」

「ええ、もちろん。だって、私二人の事とても好きよ。」

こんな言葉、初めて口に出す。

私の一言でカタラに笑みがこぼれる。そしてウォンは頭を掻いている。

ウォンが頭を掻きつつ聞く。

「いつ解散するんだ。次の町か?」

「いいえ、たった今よ」

「おいおい、急だな。そんなに急がなくてもいいじゃないか」

「そうですわミューレ。次の町で解散した方が安全ですわ」

「安全だから、解散の意味がないっていうのは返事になるのかしら」

「なるほど、確実に次の町まで殺戮を繰り返してしまうということですわね。それを止める為にも今すぐにと…」

「そうしたら、一年後にこの時間この場所に集合だ。皆が元気に会えることを信じてだ」

ウォンが照れくさそうに言う。

「わかりました。一年後にお会いしましょう」

「ええ、いいわ。一年後に」


そして、私達は期間限定でパーティーを解散した。

結局、私は三年経ってもファブロの事を吹っ切れなかったのだろう。冒険に身を投じ、無理に忘れようとしたことが、逆に虐殺や略奪行為に走った原因だろう。

故郷で一年間、内面を鍛えよう。エルフ族の郷ならば穏やかに時が流れている。

今迄は、身体と技と魔法の腕ばかりを磨いてきた。

次は己の心を鍛えよう。今頃、そんな事に気がつくとは未熟者だな。

仮面を外し、フォールディングバッグにしまう。

郷に戻るのだ。エルフであることを知られても何の問題も無い。

素顔で受ける風がここまで心地良い物だと忘れていた。


―――了―――

最後まで読了、誠にありがとうございました。お疲れさまでございました。

ブラッド・フィースト戦記は、如何でしたか?

面白かったのでしょうか?それが一番気になるところです。

この小説は、楽しい物でしたか?よろしければ、感想に「良かった」「ダメ」でも結構です。ひと言あると嬉しいです。

第三者から見て、どうだったのかを知りたいと思います。


初めての連載でペース配分や分量が分からず四苦八苦しながらも、何とかほぼ週刊連載できました。

これも偏に読者様がおられたお陰です。一人でも読者様がいる限りは、絶対に途中で投げ出さないと決めておりました。無事、ゴールに辿り着き、一安心をしております。

ミューレ達の冒険は、今も続いています。もし、まだ読みたいと知りたいと思われる読者様がおられましたら、感想に一言「続編求む」でもご記入下さい。

プロットを練りまして、第二部でもお披露目が出来ればと思います。

ご披露できるのがいつになるかは、全くわかりませんが…。


実は、すでに近未来を題材にした小説を書き始めております。SF物は初めて書きますので、お披露目できる様な質になるか不安でたまりません。もしかすると、余りの恥ずかしさにお蔵入りするかもしれません。早くとも公開できるのであれば、年明けになりそうです。


一年以上に渡りお付き合い下さいまして本当に心から感謝申し上げます。

次回作で皆様とお会いできることを期待して締めさせて頂きます。

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