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6.最高の記憶

捕虜にしたゴブリンの案内により順調にオークの集落へ近づいていた。

案内と地図に相違するところは現在のところ無い。罠にはめるつもりがあるかと警戒していたがどうやらオーク共に敵討ちをさせた方がいいという判断をした様だ。確かにその方が成功する確率が高くなる。

だが、正直な事を言えば成功率がコンマ幾つかの確率上がるだけだ。ゴブリンも無駄な努力をするものだ。まだ、諦めていなかったとはね。

正直、オークなど私達の敵にはならない。だが、油断は禁物だ。ゴブリンとは比較にならない怪力をオークは持っている。

オークは慎重150cm位でメタボ体型の人型モンスターだ。

罠を張ったりとか、策を練ったりとかできる。

体毛は薄く、まるで鼻のない象の様な顔と肌をしている。

ゴブリン同様、水浴びなどする習慣もなく、悪臭を漂わせている。そのため、全身にカビや苔の様な物を生やし、遠目には緑色の皮膚に見える。

基本的にレーザーアーマーを着込んでいるが、正直あまり意味が無い。自身の皮膚の方が分厚く堅い。

さらに見た目と違い、意外と知性が結構高い。街の悪ガキ程度の知性は持っていて質が悪い。

駆け出しの冒険者ならば、一匹のオークに対し、パーティーで挑むのが鉄則になっている。

駆け出しがゴブリンと一対一で勝負するとの訳が違う。格段に凶暴さが上る。

ま、ウォンにしてみれば正直ゴブリンもオークもあまり変わらない。

いつも一刀で切り伏せている。う~ん、そう考えるとウォンも化物だな。

まぁ、実はかく言う私もカタラもオーク程度では楽勝だったりする。

しかし、数が多いと命がけになってくる。特に今回はオークの村だ。

罠があってもおかしくない。さらに番犬代わりにモンスターを飼っていることも考えられる。

このゴブリンに聞いてもオークの村の場所を知る以外情報は何も得られなかった。さて、このオークの村には何匹いることやら。十匹くらいだと楽勝だし、うれしいなぁ~って、そんなはずないか…。村って、こいつ言っているものね。集落レベルじゃないよね。

そこに三人で乗り込むって、私達も馬鹿だよね~。


突然、目の前が開けた。樹海が途切れたのだ。目の前に草原が広がっている。遠くに地図に書いてあった岩山が見える。どうやら、あの岩山にオークの村があるらしい。

草原に入れば目立つ。すぐに一度樹海の中へ戻る。

『あと、半日歩けばオークの村に着く。案内したら俺を開放しろ』

『ダメよ。まだ、村を確認していないもの。確認してから楽にしてあげる』

ゴブリンが押し黙る。

「こいつ、なんて言ったんだ?」

「案内したから開放しろ。それに対して、村を確認してからしか開放しないってね」

「そうか、あの岩山にあるのか。もう少し近づかないと大きさや様子が分からんな。しかし、こっちは樹海を出て、この開けた草原を横断するんだろ。向こうからは丸見えってわけだ。まずいな」

ウォンが珍しく頭を使っている。いつもならカタラのセリフなのに不思議。

「そうですね、一旦、樹海の中で様子を見ましょう。夜に近づくほうが良いでしょう」

私もカタラの提案にのる。

「そうだよね。わざわざ、自分たちの存在を教える必要ないもんね。夜まで休憩だね」

樹海を出ず、岩山から視線が通らないと思われる所まで一時後退する。

「じゃあ、三時間交代で日没まで仮眠するか。岩山に潜入したら、まともに寝られることはしばらくなさそうだ」

ウォンが珍しくまともなことを言う。こういう時は、だいたい本格的な戦闘になる前触れだ。ウォン曰く、戦士の本能が体で感じるそうだ。

知識や戦略ではなく、今までの経験の蓄積のようだ。

どうやら、いつものイケイケゴーゴーは通用しないパターンだ。楽しくないな。

あぁ、蹂躙戦が楽しいのに。ま、たまには緊張感をもって冒険をしましょうか。今回は最初から本気モードを見せましょう。

ゴブリンに猿ぐつわを噛ませ木にぶら下げる。もう、不要な気もするが近くまでは案内させよう。さて、当番が来るまで眠ることにしよう。

あまり、眠気も寝ないがプレートメイルを脱ぎマントにくるまる。

そこは、一流の冒険者すぐに眠りに落ちた。


「ミューレ起きて下さい。当番ですよ」

カタラの声ですぐに目を覚ます。寝ぼけたりなどしない。すぐに状況を把握する。

後二時間位で日没だろうか。

「鎧着るまで待ってね」

「分かっています。慌てなくても大丈夫ですよ」

分解していたプレートメイルを組み上げていく。全て装着するのに約五分。手慣れたものだ。

「はい、お待たせ。そして、お休みカタラ」

「はい、おやすみなさい、ミューレ」

カタラも同じくプレートメイルを手際よく外し、すぐに眠りについた。

いつでも眠れなければ、冒険なんて過酷なことはできない。

さぁ、今度は私が立ち番だ。


立ち番をしていると睡魔が襲うことがある。そんな時、極稀に思い出すことがある。連続三十二時間に及んだ戦闘だ。ブラックドラゴンの成竜二匹対私達三人と助っ人三人での戦いだ。あれは本当に辛かった。痛い、眠い、腹が減ったの三拍子。あの激戦は、忘れることはできない。あれを思い出すと睡魔など一瞬で消え去る。

エルフにとって、一日なんて数瞬のことなのにあの三十二時間だけは長かった。本当に人間と同じ時を歩んだ。

今でもあの戦いは、皆が集まった時の話題になることがある。それほど、強烈な戦いだった。


事の始まりは、ドアーホのコンビがダンジョンで大きな声で騒ぎまくって二匹のブラックドラゴンと遭遇戦になった。

あの馬鹿共が不用意に大広間への扉を開いた。そして、ブラックドラゴンとドア一枚隔てただけの距離で目が合った。ドアーホ共は私よりも更に背が低い。彼らの身長は一メートルを超える位しかない。そのため、ブラックドラゴンの視線は彼らの上を通り過ぎ、三番目に居た私に絡みついてきた。

凶悪な赤い目が、ドスぐらい赤色から炎が燃えるような明るい赤色へと変化していく。警戒色などとっくに通り過ぎ、いつ攻撃を仕掛けるかの段階へと変ったことを示している。

私達のパーティーは、完全にブラックドラゴンのテリトリーに侵入している。危険以外この回りには無い。安全地帯はあの世だけだ。

ブラックドラゴンから見て完全に敵対行動をこちらが取っていることになる。

テリトリーに無断侵入し、奴らの巣へノックもなしに乗り込んで行ったのだ。

目の前のブラックドラゴンは二匹とも大きかった。胴体だけで二十メートル四方、羽を広げれば、六十メートルはあるだろうか。四足歩行のトカゲの胴体を太らせたような体型。腹と羽を除くすべてに頑丈な黒い鱗がビッシリと身体を覆っている。魔法で強化されていないノーマルの武器だと傷すらつかない。

羽の先には拳がついており、私の顔よりも大きい。さらに手足の指には太く尖った鉤爪が鈍く輝かせている。

時折、怒りを表すかの様にそこらの丸太より太い尻尾を地面に叩きつけている。叩きつける都度、地面が揺れ石造りのダンジョンがきしみ、埃が舞い落ちる。

ドラゴン族の知能は、人間以上と言われている。ただ、ブラックドラゴンは凶暴性が非常に強く、理性より本能が優先されるだけ他のドラゴンより戦うにはマシだ。戦闘方法が単純になるからだ。そう、危険度がスプーン一杯分くらいはマシに。

しかし、シルバードラゴンやゴールドドラゴンならばまだ、話し合いの余地を作り出し、撤退出来る可能性もあった。彼らにはまだ理性的な部分がある。特にゴールドドラゴンは、非常に理性的でまるで賢者のようだ。実際に話し合いで戦いを回避したこともある。正確には、見逃してもらったと言うべきであろう。あれは幸運だったとしか言いようが無い。次はあんな奇跡、二度と無いと思う。

だが、今回のくじで引いたのはブラックドラゴンだ。それも二匹。話し合いの余地は無い。ここまで怒っていると話し合い、いやペテンにかけることも出来ない。


仕方ない。戦うのみだ。腹を括る。パーティーの皆が頷く。戦闘開始だ。

防御魔法をかける準備も出来ず、仕方なく攻撃魔法をありったけ、奴らにぶち撒けた。基本戦術である先制攻撃だ。

二匹に満遍なくばら撒くより、集中して一匹に攻撃を加えるのが基本だ。

パーティーが接近戦に入る前に、爆炎魔法二発、氷結魔法二発程、喰らわせておいた。もちろん、爆炎と氷結の魔法は効果範囲が広い為、もう一匹にも同時に喰らわせている。

続いて、魔法使いが同じように持てる魔法を全力で解き放っていく。

爆炎五発、氷結三発、光弾七十発以上まで確認出来た。爆風を避けるため盾を構えるがほとんど効果がない。熱風、冷風の暴風が吹き荒れる。しかも、爆発の影響で土埃が舞い散り視界が酷い。ほぼゼロだ。ブラックドラゴンの位置が確認できない。

まずいなと感じた時、後方より危険な呪文の詠唱が聞こえてくる。

「ちょっと待て、馬鹿魔法使い!ここでその魔法を使うな!」

私の警告は無駄だった。奴も一流の冒険者。呪文の組み立てが数倍早く、そこらの魔法使いより早く詠唱を完了した。だが、知力は三流だ…。

『天降爆落岩』

その呪文はかなりの高位呪文で私に使うことは出来ない。しかし、呪文の組み立てを聞けば、それがどの様な魔法か推測を立てることができる。火の精霊に力を分けてもらうのであれば火炎系、氷の精霊なら氷結系という風に想像できる。

奴が組み立てたのは、風と土と炎の精霊に力を借りた魔法だが、力を借りたのは地上の精霊じゃない。遥か天空にいる上位精霊だ。

天空から炎を纏った爆発する岩を降らせる魔法だ。つまり隕石をここに降らせたのだ。

野外ならファインプレーと言いたいが、ここはダンジョン内だ。洞窟の奥深くで、ドラゴンが出入りする大穴が巣の真上に開いているとは云え、洞窟の崩落は免れない。パーティーが洞窟に押し潰されてしまう。

だが、天空から地上まで落ちてくるまで、ほんの少しタイムラグがある。

「みんな、少しでもここから離れろ!バカが隕石落としをした!」

皆が一斉に土煙を利用して隠れながら、盾になる様なところに逃げる。魔法使いへ思い付く限りの罵詈雑言を浴びせながら走りこんで行く。

あれ、結構みんな余裕があるね。私は呪文の詠唱で忙しいので、罵詈雑言には加わっていなかった。


私は頑丈そうな太い柱の間に滑り込み、

『石壁展開』

一気に分厚い石壁で四方八方を魔法で囲い込む。本当は仲間の一人でも多く庇いたかったが時間が無い。それぞれで対処してもらうしか無い。正直、私の魔法の石壁でも耐えられるか自信がない。

そして、とてつもない振動と轟音が始まった。立っていられない揺れ、何度も何度も続く腹を揺るがす爆発音、隕石の一つが落ちる度に繰り返される。いったいどれだけの隕石が降り注いだのか解らない。まだ、続いている。

その中に崩落していく洞窟の天井が地面に落ちる音が混じる。

この魔法の石壁が壊れないことだけを願う。他の者の心配までしていられない。

洞窟に大穴が空いたのか、更に振動と爆発音が大きくなる。隕石が直接降り始めてきたのだろう。剣を地面に突き刺し支えとし、片膝をつきながらこの嵐が過ぎるのを待つしか無い。嵐が過ぎるのが先か、私を守る石壁が壊れるのが先か、一体どっちだろう。

何分位たったのだろうか。ようやく隕石は止まったようだ。今までの轟音で耳が痛い。しばらくして洞窟が崩落していく音だけが聞こえてくるようになった。耳鳴りが治ってきたようだ。

四方八方を石壁で塞いでいるため、外を自分の目で確認することができない。

とりあえず、石壁が最後まで守ってくれた事に感謝だ。他のみんなは無事だろうか。そして、あの馬鹿魔法使いは、生き残ったら後で殺す。

だが、今はブラックドラゴンだ。奴らとて無事ではないはず。さすがにダメージを喰らっていると信じたい。

『次元眼球』

視覚だけを自由に飛ばすことができる魔法だ。空中に眼球が一つ浮遊する。術者には眼球が見えるが、第三者には見えない便利な魔法だ。主に偵察とかに使用するが、五十年程前に不届き者が覗きに使用することが発覚し、魔法ギルドでは女性にしかこの魔法の使い方を教えてはいけないことになっている。また、女性の弟子以外に存在を教えてもいけないことになっている。だから、馬鹿魔法使いは、男なのでこの魔法の存在を知らないだろう。

魔法の眼球が石壁をくぐり抜けると土埃で近くしか見えない。

上方へ眼球を飛ばしてみる。石壁の全体を確認すると上には何も乗っていない。石壁の魔法を解除しても岩に押し潰される心配はなさそうだ。

さらに眼球を上空へ飛ばしていく。ようやく土埃の範囲から出られた。

青空が良く見える。洞窟の屋根を隕石が、直径百メートル程ぶち抜いている。その先に黒い点が二つ円を描くように回っている。嫌な予感だ。多分、ブラックドラゴンだ。

落ちてきた隕石を見て、外へ飛び出したのだろう。数発は当たっているはずだが、この場所で大人しく隕石に耐える義理など無い。逃げて当然だよね。

どうやら、ブラックドラゴン達は土煙が止むのを待っているようだ。

よし、逃げるチャンス。眼球を壁沿いに飛ばして一周させる。逃げ道を今の内に探しておく。隕石のお陰できれいに障害物もなく、荒野といってよいものか、更地が広がっている。

さらに全ての出入り口が、崩落した洞窟の岩に塞がれている。何ヶ所か先へ進むことが出来たが、崩落で行き止まりになっている。出入り口付近には落ちてきた岩石が壁の様になっており、避難場所位には使えそうだ。実際にウォンやカタラ達がバラバラに避難しているのを確認できた。どうやら、みんな無事だったようね。ふぅ、一安心かな。

洞窟の壁の高さも家の四階から六階くらいはありそうで、ゆっくり登るしか無い。しかし、登っている間に土煙が消え、ドラゴン達が舞い戻ってくるだろう。私と馬鹿魔法使いは、飛行の魔法でこの壁を超えることができるが、超えた処をブラックドラゴンが襲ってくるのが目に見える。間違いなく、どちらの手段も死亡フラグだよね。

やはり、土煙が落ち着いたところでパーティー戦を行うしかないかな。しばらくは、ここで少しでも休憩を取ろう。軽く食事を始める。次にいつ食事が出来るか解らない。食べられる時に食べておく。スタミナ勝負の長い一日が始まりそうだ。


土煙が消えるのに大分時間がかかった。石壁の魔法の有効時間が切れる方が先に来たくらいだ。これで私はブラックドラゴン共に見つかったはずだ。

今は、身を守る物は己自身のみ。

そして、土煙が消えるのと同時に奴らがゆっくりと降りてきた。

奴らはこの程度じゃ死ぬ様な玉じゃない。ただでさえ赤い目をさらに燃えたぎらせ、怒りに打ち震えていた。

その目は私しか見ていない。

そうだよね。二匹仲良く団欒していたら、うす汚い冒険者六人が勝手に土足で入り込んで、出て行けと一発かまそうとしたら、魔法の連打を喰らい、最後に家を綺麗さっぱり消されたんだもんね。怒るよね。私だって、滅茶苦茶に怒る。

気持ちはよく分かるよ。許してって言っても手遅れだよね。

私も自宅を突然壊されたら許すはずないもん。

あのドワーホ共も生き残ったら、馬鹿魔法使いと一緒に一度殺した後、蘇生させて二回殺す。


『このブラックドラゴンを恐れぬ愚か共め!死と踊れ!』

とドラゴン語で怒り狂っていた。

ウォンたちに翻訳している間もなかった。まぁ、翻訳しなくても怒っているのは明白だよね。

もうそいつには私しか見えていない。私ばかり狙い続けてくる。ならば、発想の転換。私が囮で一匹を惹きつけておけばいい。そうすれば、もう一匹を残りの五人で早々に倒して、こちらに合流してくれればいい。と考えていたが甘かった。どうもこのブラックドラゴンはただの成竜ではなかった。

こいつら、どうやら長老クラスだ。つまり最高位のドラゴン様だ。まいったな。エライものに手を出したぞ。逃げることも叶わない。

ドラゴンの成竜は、見た目には区別がつかないが、強さにレベルがある。

成竜になったばかりのドラゴンは、正直戦闘経験が浅いので割りと私達が楽に勝てたりすることがある。

しかし、ドラゴンも長寿を誇る種族。中には千年生きている奴がいたりする。そういう長老クラスのドラゴンは経験値が海千山千。数々の冒険者を蹴散らし蹂躙して来たため、こちらの持ち札を熟知していることはもちろん、戦闘パターンも解っている。そうそう隙を作ってくれない。


一進一退の攻防を繰り返す。魔法使いの強力な魔法を叩き込み、その隙にカタラの防御魔法で強化された私も含めた戦士組が斬り込む。そして、反撃を喰らった戦士組のダメージをカタラの魔法で回復させる。その間に魔法使いが魔法攻撃を加える。この繰り返しだ。

かれこれ、パーティーは二十時間以上戦闘を続けていることになる。魔力は無限ではない。どこかで回復させる必要がある。

魔力を回復させるには、三時間以上の連続した睡眠が必要だ。そのため、僧侶のカタラと馬鹿魔法使いの魔法組には時々戦線を離脱してもらい、魔力を回復させるために睡眠をとってもらう必要があった。

魔法組が眠っている間は、戦士ウォン、魔法剣士ミューレ、助っ人の戦士ドワーフと戦士ピグミット族の戦士組がブラックドラゴンの注意を引き付け防戦のみ。攻撃に出ようものなら、凶暴な攻撃を貰い、体力を根こそぎ奪われる。体力を奪われるとカタラが眠っている時は、回復はポーション頼み。そのポーションも飲ませてもらえる状況になかなかならない。

休みなく、噛みつき、拳、引っ掻き、蹴り、踏み潰し、尻尾による強打が襲い掛かってくる。幸いドラゴンブレスを連続で放つことが出来ないことが唯一の救いだ。ブレス袋に毒ガスが充填されるのに相応の時間がかかる。


さらにここまで長時間の戦闘になると疲労、空腹、睡魔が襲ってくるが、戦士組が休むわけにいかない。誰かが欠けても連携を取れずにならなくなり、戦線は崩壊するギリギリの状況だ。休む事はすぐ死に繋がる。また、魔法組へ注意を逸らすことに努めなければならない。魔法組の魔力は、私達の生命線だ。

ドラゴン共は多少休まなくとも平気で、常に襲い掛かってくる。こちらは最初に全力攻撃を行い、一時間で魔法を使い果たし、すぐに剣技のみの戦闘になった。余計に体力を消費し、疲労が蓄積され空腹と睡眠を欲する。魔法組は、時々取る睡眠休みのついでに食事をしているのか、疲労感が少ない。羨ましい。私も魔法剣士。眠って魔力を回復したいところだが、一匹のブラックドラゴンに狙い撃ちにされ、休むどころか、剣技を駆使した戦いを強いられている。緊張の糸が今にも切れそうだ。だが切れたら人生最後なのは分かっている。しかし、頬が緩む。多分、私は仮面の下で最高の笑顔をしているのだろう。

人間と同じ時を間違いなく、過ごしている。他のモンスターと違い、全力の自分を出している。魔力、剣技ともに最高の技が出ている。剣を振るう度に汗が飛び散る。魔法を放つ度に脳内から得も言われぬ開放感が放たれる。

攻撃を盾で受ける度に全身の骨が軋み、筋肉が破裂するような痛みを感じ、血管が爆発し血が吹き出ようとする。その痛みも快感へ変換される。

今、過去最強の敵と対峙しているのだ。

ブラックドラゴンの多彩な攻撃は、私達に様々な死を押し付けてくる。そのことごとくを跳ね返す。

だが、高揚感が、そして快楽が堪らない。まるで性的興奮と同じだ。数十時間も暴力という愛撫を受けている。そして、私も暴力という愛撫を返す。

あぁ、このまま戦いを続けたい衝動に駆られ、快楽に身を委ねたくなる。


この戦闘で私が一番恐怖を感じ、最も興奮し、危険だった連続攻撃は、目眩ましの毒ガスによるドラゴンブレスから始まった。

ちょうど、魔法組が何度目かの睡眠をとっている時、ドラゴンブレスでパーティーは、四方に散らされた。これでは連携攻撃がとれない。

一人になった私を狙ってブレスの中から目の前に突然現われ、大きな口で噛みついてきた。目の前に大きな牙が二重三重に不規則に並んでいる。これにどこを噛まれても一発で即死だ。

それを素早く左に避けた所をドラゴンの強力な右フックが飛んでくる。私の頭より大きい拳だ。翼の下に滑りこむようにして躱す。ドラゴンの翼は、腹の方には回らない。取り敢えず死角に潜り込む。私も一方的にやられるだけじゃない。ドラゴンの翼には鱗がない皮膜状だ。簡単に切ることが出来る。滑りこむ時に右の翼の皮膜を深々と剣で大きく切り裂く。

よし、これだけ大きい裂け目ならこいつはもう飛べない。飛ぶことが出来なければ空中からの攻撃も難しいだろう。だが、ドラゴンの連続攻撃は終わっていなかった。翼を切り裂かれたことも気にかけず、大きく尖った鉤爪のついた右前足で私を踏み潰そうとする。あえて前へ飛び込むようにして転がる。

見なくとも分かる。背中のマントに爪がかすった。数瞬、判断が遅れていたら踏み潰されていた。嫌がらせにドラゴンの後ろへ走りながら、比較的柔らかい鱗の無い腹へ剣をえぐりこませ、思いっ切り剣を振り抜く。剣先とドラゴンを赤い血が一本の紐のように繋ぐ。だが、ドラゴンからしてみれば軽傷だ。重要な器官に傷をつけられなかった。だが、動脈を切断できたのは大きい。傷口より血が滴り落ちる。

立ち止まることは危険だ。ドラゴンの胴体を頭から尻尾へ一気に走り抜けた。だが、走り抜けきる直前にブラックドラゴンの右後足が私を蹴り飛ばそうとする。足の鱗に剣を滑らせながら何とか防ぎきるが、完全に態勢を崩された。ドラゴンには尻尾がある。砂埃で視界が悪い中、右側から黒く太い丸太が飛んでくる。

予想通り、やっぱり尻尾をこっちにぶん回してくる。さすがにこの態勢では躱しきれない。シールドを構え衝撃に備え、後ろへ飛ぶ。間髪入れず凄まじい衝撃がシールドを通して全身に走る。二、三頭の馬に弾き飛ばされたかの様にふっ飛ばされる。口の中に鉄の味が広がる。どこか肋骨か内臓でも痛めたかもしれない。それとも両方か。落下の衝撃を吸収するため、床を転がるに任せる。無理に止まると衝撃が体内に入り込む。

思い切り吹き飛ばされ、ようやくドラゴンからの連続攻撃を耐え切った。

剣を支えにすぐに構え直す。しかし、全身が痛い。今すぐには動けない。構えが取れたのが奇跡だ。肺が痛く、深呼吸も出来ない。息を整えることが出来ない。頼むからしばらくはこっちに来るな。

ウォンたちがドラゴンブレスの効果が薄れ、ようやくサポートに入ってくれたようだ。ドラゴンの注意がそちらに向く。

口元に回復のポーションを運ぶだけで痛みが全身に広がる。脂汗をかきながらポーションを何とか口にする。薬草の苦味が口一杯に広がる。しばらくしたら体力が回復してくるだろう。しばし、息を整える時間をもらう。

ブレス、噛みつき、パンチ、踏み潰し、キック、尻尾の六連撃。

よく、尻尾の一撃だけで済んだものだ。身体が生き残った快感に震える。

途中でどれかの攻撃を喰らっていると残りの連撃を全て受けていたことだろう。そして、あのブラックドラゴンの足元で原形を留めず死んでいたに違いない。

だが、私はまだ生きている。ようやく回復のポーションが体の隅々まで行き渡り、力がみなぎってくる。さて、こちらも戦線復帰だ。


よっぽど、奴は私に恨みがあるようだ。あの六連撃からもう何時間経過したかも分からなくなった。しかし、ブラックドラゴンは未だに私ばかり隙を見ては狙ってくる。

まぁ、無理もないか。途中途中で顔面に魔力光弾を三十本以上叩きこんだし、炎の壁で全身を焦がしてやったり、分身現出で幻惑してたもんね。

お陰で私の残っている魔法が、誘眠と光源と空間移動と静寂と飛行のみのはず。私も睡眠をとって魔力の回復をしたいよ。あぁ~、頭の回転が鈍い。お腹も空いた。

もう一体の方を見ると私が囮になった甲斐があったようだ。尻尾はちぎれかけ、翼の皮膜は両方共切り裂かれている。

なによりも致命的なのが、誰が斬ったか知らないが腹から赤黒い腸が長々とはみ出し、勢い良く血が吹き出ている。

ならば、あそこに攻撃魔法を撃ちこめば一匹は倒せる。しかし、攻撃魔法は使い切った。魔法組は、今は寝ている。何か、後一手が欲しい。疲労のため、頭の回転が鈍い。

目の前のブラックドラゴンが邪魔であそこまで走り込めない。

ロングボウを打ち込んでも、矢一本のダメージなんて、しれている。

ブラックドラゴンが何度目かの噛みつきをしてくる。ギリギリの間合いでスウェイして避け、剣を水平に振るう。狙いは目玉。ドラゴンもこちらの意図に気づいたのか、突進を止める。くそっ、空振りだ。

何か私は忘れている気がする。思い出せ、死にたくなければ思い出せ。

何か手があったはずだ。記憶の深海を探れ。漆黒の闇の中から見つけるんだ。

私はここで終わる訳にはいかない。もっと冒険を楽しみたいんだ。

思い出せ。

捻り出せ。

思い出せ。

搾り出せ。

思い出せ。

考えろ。

見渡せ。

閃け!


突然、目の前の視界を奪われた。

対峙していたブラックドラゴンのドラゴンブレスだ。私は、完全に毒ガスのブレスに包まれた。


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