59.盗賊を追い詰める
昨日のことを忘れるが為か、それとも少しでも遠くに逃げたいが為か、いつもより街道を進むペースが若干早い。だが、強行軍というペースでも無い為、スタミナ切れを起こしたりすることは無いだろう。
たわいのない会話が普段より多く、余程、虐殺の記憶を上書きして塗り潰したい様だ。
メンタルが強いのか、弱いのか良く分からないメンバーだ。
順調に街道を進み、途中の森で一晩過ごし、予定通りに街道から外れる分岐点にやって来た。目の前には獣道がある。
「どうだ、ミューレ。ここから山へ向かうのか」
ウォンの質問に正確に答える為に、魔法の地図にて水晶玉の位置を確認する。この魔法の地図が良く出来ており、目的地に近づくにつれ縮尺が拡大され、水晶玉の位置が明確に分かる。何故か、目の前にある獣道まで記載されている。ここまで細かく正確な地図などお目にかかったことは無い。
この魔法の地図の理論が、さっぱり分からない。理解しようとすることすら、既に放棄している。水晶玉と同じく、アーティファクトなのではないだろうか。
カタラの父親であるアルマズは、一体何者なのだろうか。この様なアーティファクトを幾つも持ち、自身は展開の賢者と名乗っているが、正体は別にあるのではないだろうか。
その正体こそ、ウォンが恐怖というか、恐れを感じる原因なのかもしれない。
さてと、これ以上分からない事を考えていても仕方がない。気持ちを切り替えよう。
地図の水晶玉は、一切動いていない。この森の奥にある山の中腹にある様だ。
「あの山の中腹にある様だな。獣道の状況にもよるが、半日から一日で着くと思う」
特段、目ぼしい目印が無いので該当する山を指差す。それに釣られ、ウォンもカタラも山を確認する。
「盗賊団の規模は、どの位なのでしょう」
「今の処は情報が無いから、答え様が無いな。近くまで行って、しばらく偵察という名の観察をするしかないかな」
「面倒だ。そのまま突入しちまえ」
「ウォン、駄目です。その様な事で余計な怪我をしてはなりません。それに、そこに居る者が、悪人とは限りません。見極める必要はあります」
「まぁ、盗賊団のアジトだろうから善人は居ないと思うけど、用心に越したことは無い。急ぐ仕事じゃないし、腰を据えてかかろうか」
「はいよ。俺は、軍師様の突撃命令で突撃するだけさ」
余程、ウォンは暴れるというか、身体を動かしたくてたまらない様だ。一月に亘る私の特訓で、欲求不満に陥っている様だ。戦闘狂には困ったものだ。
徐々に森の獣道に勾配がついてくる。どうやら、平野から山へ入り始めたようだ。となると、すでに敵の勢力圏に突入したと考えた方が良いだろう。どこかに監視が立っているかもしれない。警戒を厳にした方が良いだろう。
二人も分かっている様だ。気配が変わっている。気配を極力断ち、物音を立てぬ様に歩いている。その上で周囲の状況を把握できる様に警戒もしている。
何事も無く時が進み、固い干し肉と乾パンの昼飯をとることにした。もう煙が立つので、火は使えない。これからは、固く冷たい同じ食事が何度か続くことになる。
こればかりは、楽しい冒険で気に入らない点だ。火を自由に使えるのであれば、狩りや漁で肉や魚を料理して楽しめるのだが、残念だ。
食事を終え、地図をもう一度確認する。正しい方向に向かっている様だ。確実に水晶石へと近づいている。このまま進めば問題ないだろう。二人に目で合図し、出発する。
長年パーティーを組んでいるので、その当たりの呼吸は、何も言わずに分かってくれる。
意外に盗賊団のアジトまで時間がかかった。もうまもなく、太陽が沈もうとしている。
勾配は差ほどでもないにも関わらず、道が九十九折りになっており、直線距離と歩行距離が大きくかけ離れたものになった。その為、地図で予想していたより時間がかかった。
水晶玉を示す場所を見ると山肌に開いた暗い空間、洞窟の奥にある様だ。さすがに魔法の地図も洞窟の中までは表示しない。ここからは、手探りでの洞窟探索になる様だ。
獣道から外れ、洞窟と獣道から死角となる繁みに身を隠す。標高が低い為、身を隠す樹々や繁みに困ることは無い。
「やっと、着いたか。割と遠かったな」
「山道は、少し疲れます」
「じゃ、ここで小休止と様子見ということで。ついでに夕食も済ませようか」
各自、干し肉と乾パンを取り出し齧り始める。相変わらず、固い。保存性を重視している為に仕方がないのだが、もう少し、柔らかい保存食を誰か発明してくれないだろうか。
「そうでした。今回、良い物をお持ちしました。干し果物です。教会の試作品です。試してみて下さい」
そう言って、カタラが干し果物を分けてくれる。試作品の為なのか、量が少ない。手のひらに乗せられたのは、三切れの濁ったオレンジ色をした半円形の物体だ。小さな粒の集合体の様に見える。
「これは、何の食べ物?」
「オレンジを干したものです」
見たままだったか。
「ふむ、食べてみるか」
ウォンは、三切れを一気に放り込み噛み始める。
だが、私はすぐには食べない。習慣というか癖になっている観察を始める。
固さは、生のオレンジと比べるとかなり固いが、干し肉や乾パンと比べると非常に柔らかい。指で押さえて弾力を感じる位だ。匂いは、ほぼ飛んでしまい柑橘類の香りはしない。
一切れを舌に乗せる。じんわりと甘みを感じる。
歯が欠けないか注意しながら、ゆっくりと奥歯で噛みしめる。予想以上に柔らかく、干し肉の様に舐める必要が無い。歯に気を付ける必要が無い程に柔らかい。噛めば、ほんの少しだが果汁を感じられ、甘みは果肉から十分感じられる。これは、保存食の革命だ。美味しい。肉とパンしか味わえない保存食にデザートが加わるとは、非常に有り難いしうれしい。
普段、何をしているか良く分からん教会が、こういう仕事もしていたとは思っていなかった。
「うまいな、これ。おかわり」
ウォンが、一口で食べた為、すぐに無くなった様だ。
「申し訳ありません。試作品ですので、これで全てです。今は保存可能日数を確認しています。市販まではまだまだ時間がかかるそうです」
「そうか、残念だな。これが市販されたら俺は買うな」
「確かに美味しいが、私達を実験に使っただろう」
「やはり、ミューレには分かりましたか。皆様の胃でしたら、腐っていても問題ないと父様がおっしゃいましたので、試食して頂きました」
アルマズの入れ知恵か…。あのエセ賢者め。とことん、私達を利用するつもりか。油断も隙も無いな。ウォンが恐れる気持ちが少し分かった様な気がする。
腹を壊したところで、カタラがそばに居るのですぐに治療はしてくれるだろうから、確かに問題は無い。実際に美味い保存食にありつけたのだから、結果としては問題無い。しかし、アルマズへ私達に対する考え方を直す為に、一度、教育的指導を身体に叩き込む必要があるな。
だが、本当にこの干し果物は美味しいな。二個目をじっくり味わい始める。ウォンが物欲しそうにこちらを見ている。
「いつもの気迫はどうした。それでは獅子では無く、子猫だぞ。やる事が無いのなら、洞窟の監視をよろしく。私は、この干し果物を堪能する」
「く、一気に食べるのじゃなかった…。こういうのは、ハズレがお約束なのにな」
「すいません。私がたくさんご用意できれば良かったのです」
「カタラは、何も悪くない。逆に私は感謝している。寂しい夕食に彩りが添えられて喜んでいる。たくさん作れるといいな。その時は、定期的に買うよ」
「あ、俺も買うが、次は、酒のあてになる物を頼む」
「ありがとうございます。担当した者も大喜びするでしょう。種類は今も増やしているそうです。楽しみです」
カタラが晴れやかな笑顔で答える。余程、嬉しかったのだろう。カタラは人が幸せを感じているのを見るのが好きだからな。
対して、私は人の闇を覗き込むとしましょうか。
食後、一時間程が経過するが、洞窟に変化は無い。誰も出入りをしないし、獣道を歩いて来る者もいない。では、次の手を打つかな。
「お~い、軍師様よ~。まだか~。突撃しようぜ~」
「暴れるのは後でも出来るが、下調べは最初にしか出来ない。我慢しなさい。これから、中を調べるから、少しお待ち」
やれやれ、ウォンがしびれを切らしたか。予測通りだな。剣の腕前以外は、私の予測を本当に超えない男だな。さて、ちょいと視覚の魔法を飛ばして中を見ますか。
魔法に対する結界も無い様だし、精霊も大人しくしているところを見ると近くで魔法を使っている形跡も無い様だ。
『次元眼球』
目には見えぬ、魔力の目玉が私の前に形成される。自分の目とは別に頭の中に魔力の目が見る景色が広がる。私自身は、藪に隠れたまま目玉を洞窟へと飛ばす。
洞窟は、横幅一メートル、高さ二メートル位だ。洞窟内戦闘は、自由度が無く少し厳しいかな。
入口の足元を伺うと複数人の足跡があり、何者かが出入りしている事は確実だ。しかし、幾つも足跡が重なり、人数の特定にまでは至らない。
洞窟の壁や天井を見ると自然の洞窟の様だ。むき出しの岩肌に人の手が入った形跡は見られない。魔法の目玉を洞窟の奥へとさらに進める。徐々に暗くなり入口の光が届かなくなる寸前、右側の二十メートル先にろうそくのほのかな明かりが見えた。丁度ここは右へ緩やかなカーブになっている。外から明かりが見えぬ様に明るさの弱いろうそくが目印に置かれている様だ。普段ならば、この様な闇など全く問題無いのだが、それは肉眼に限定される。魔法の目では、種族特性の夜目が使えず、人間族と同じ視力になってしまう。
目印となるろうそくへ目玉を飛ばす。次は緩やかな左カーブとなり、突き当りの石壁にランタンが吊るされている。さすがにランタンともなると明るく、周囲の状況が良く見える。
そこは丁字路になっており、右か左に行ける様だ。目玉を丁字路まで飛ばす。地面に足跡でも残っていないかと目を落とすが、固い岩肌に変わっており、足跡は一切無い。
さて、どちらが正解だろうか。まずは右に進んでみようか。意味は無い。何となくだ。
緩やかな左カーブを進むと通路は、一枚の小汚い布切れで塞がれていた。
魔法の目には、障害物とはならない。岩だろうが金属だろうがすり抜けることが出来る。
汚い幕をすり抜けるとそこは広間になっていた。直径四メートル程の円形の広間だ。
どうやら、ここは手掘りで洞窟を拡張したらしい。壁にノミで削った跡がたくさん残っている。
中央に簡素なテーブルと数脚の丸椅子が置かれ、そこに賊共が五人座り、何やら激しく討論をしている。魔法の目は、視力のみの魔法の為、賊共が何を話しているかは全く分からない。
賊共の装備を確認すると統一性は無いが、革鎧とノーマルソードの組み合わせの戦士系だ。それ程、強さを感じない。脅威では無い。簡単に無力化できる。
この部屋をさらに観察する。他に仕切りや扉も見当たらない為、ここで行き止まりであろう。隠し扉があるのであれば、現地に行かなければ見つけることは無理だろう。
水晶玉も見当たらない。どうやら先程の丁字路を左に曲がった方が当たりの様だ。そこまで戻ろう。
丁字路の分岐まで戻って来た。帰り道に何か見落としが無いか、注視していたが新たな発見は無かった。丁字路を左に向かう。今度の道は右に緩やかに曲がっており、先程と同じ様に薄汚れた布で仕切られている。
部屋の造りは、同じで直径四メートル程の円形の部屋だが、反対側に木製の扉がついており、まだ奥に続いているのが違うところだ。
机は無く、扉の両側に丸椅子が一つずつ置かれ、そこに賊が一人ずつ座っている。口が動いていないところを見ると会話はしていない様だ。静かに門番をしている様だ。この門番も装備と実力は、先程の賊共と代わり映えしない。私にとっては、飾りと変わらない。
この扉の奥は、お偉いさんの部屋ということになるだろうか。さて、中を覗いてみますか。
魔法の目が扉をすり抜ける。中は、直径四メートルの円形の部屋は変わりないが、奥に重厚な机が置かれ、背もたれの付いた椅子に一人腰かけ、机に広げた図面を見つめ、頭を抱え込んで伏せており、顔は見えない。
机の前に丸椅子が二つ置かれ、そこには賊が二人座り、頭を抱え込んだ賊へ何か激しい口調で訴えている様だ。身なりがこの三人は他の賊とは違い、チェインメイルやブレストプレートなど装備が整っている。幹部とみて間違いないだろう。
そして、目当ての物が近くの木箱の中に入っていた。見た目は何の変哲もない直径二十センチ程の水晶玉。特徴らしい特徴は無い。木箱の中には、アルマズの所から奪ったと思われる財宝が収められている。とりあえず、これを回収すれば良い訳だ。
周りを見渡してもこれ以上新たな発見はなさそうだ。魔法を解除しよう。
脳裏に映っていた映像が途切れ、第三の目が閉じた。
「偵察完了」
「お疲れ」
「お疲れ様です。如何でしたか」
今見た事を頭の中で軽く整理しまとめる。
「洞窟の道幅は狭く、一メートル×二メートル。途中で丁字路になり、右へ進めば直径四メートルの円形の部屋で行き止まり。そこに賊が五人。力量は大したことない」
「となると、通路での戦闘は一対一の戦闘か。あぁ、すまん、続けてくれ」
「丁字路を左に進めば、同じ様な部屋に出るが、ここは奥に続く部屋がある。門番が二人居るが、これも大したことは無い。奥の部屋に入る同じ様な大きさの部屋だが、幹部の部屋だ。中には三人。席の配置から考えると、首領と幹部だろう。装備も部下共とは違い、金属系の鎧でまとめている。技量は若干ある様だが、敵では無い。この部屋に水晶玉を確認した。まず、この水晶玉が目標で間違いないだろう。質問をどうぞ」
「部下の装備は?」
「革鎧とノーマルソードだ。質は悪そうだった」
「ならば、魔法の物品ではないな」
「人数は十人で間違いないのですか?」
「視認した限りは、十人だった。魔法を使用中に洞窟に入った者は居た?」
「いえ、おりません」
「ならば、十人だろう。隠し扉の様な物も見当たらなかった。現場に行けば、また違う発見があるかもしれない」
「敵の雰囲気はどうだ。落ち着いているのか?」
「いや、気が立っているな。門番以外は口論をしていた。特に首領は頭を抱え込んで、机に伏している状態だった」
「水晶を返していただくだけで良いのですが…」
「無理そう。首領が宝そっちのけで頭抱えているということは、」
「作戦が上手く行っていない、だろ」
私の言葉をウォンが繋ぐ。
「そうだと思う。その為、賊共が口論する様な状況に陥っていると思う」
「ならば、問答無用で戦闘になりそうだな。順番は、俺、カタラ、ミューレで突撃か」
「いや、単純な洞窟なのでウォン、私で突撃。カタラは、丁字路にて敵の侵入及び移動を警戒がいいかな」
ウォンが顎に手を当て、少し考え込む。何か、作戦に落ち度があっただろうか。
「戦闘が即座に終了すると考えての配置か」
「そうだ。戦闘時間は数分。所持品を漁る必要はないでしょ」
「ならばカタラに危険が及ぶことは無いか」
「警戒を発しても数秒で駆けつけられる距離だよ」
「ならば、戦闘音が他の部屋にも聞こえるぞ。カタラ一人では危険じゃないか」
「敵の強さに応じては、ウォン一人に任せる事も考えているし、逆に私が担当しても良い」
「取りあえず一当てして、敵の強さを計り、一人で対処できるのなら任せ、カタラの護衛に回るわけか。強ければ、二人の力を合わせて、一瞬で無力化させるわけだな。それならば、カタラを一人にする時間を限りなく減らせる訳か」
「私一人でも、皆様が来られるまで持ちこたえてみせます」
「持ちこたえられると思うけど、回復役に怪我されるのだけは回避したい」
「そうですね。仰る通りです。私が怪我をすれば、お二人を癒せる者が居なくなります。考えが及びませんでした」
「ミューレも深く考えてないって。今、速攻で言い訳を考えたんだぜ」
「ウォン、それ以上は言わんでよろしい」
実のところ、本音は別にある。あまりカタラに人を殺す処は見せたくない。モンスター相手の戦闘だとカタラは、精神的なダメージは負わないが、これが人間相手になると戦闘後に自己嫌悪に陥る。助ける方法は無かったかと悩み始める。正義感というか、善性が強すぎるというか、かなり善人過ぎる。職業が僧侶だという事もあるのだろうが、余りにも行き過ぎているので、人間との戦いの場合、気を遣う。
「では、五人部屋から進めるという事で、作戦決定という事で良いかな」
「はいよ」
「了解しました」
これで、パーティー内の情報共有と意思決定は出来た。水晶玉を頂きに上がりますか。
ウォン、私、カタラの順に洞窟を静かに進んで行く。私達は、明かりを一切点けない。目印のろうそくとランタンを利用し、問題なく丁字路に到着する。カタラに目線を送ると頷き返してくる。ここで一旦別行動だ。静かにウォンと先へと進む。魔法の目の時とは違い、男共が口論する大声が洞窟に響いている。聴覚の情報も重要だと改めて実感する。これならば、戦闘音になっても反対の通路の連中に気づかれることも無いだろう。一つ杞憂が消えた。
扉代わりの薄汚い幕の前にウォンが立ち、中の気配を読み取っている様だ。
ウォンが私に右側から順に攻めろと合図してくる。了解として頷く。狭い通路の壁に剣を当てぬ様に慎重に剣を抜く。二代目は良い仕事をしてくれた。鎧も剣も金属製にも関わらず本当に静かに出来ている。今も剣を抜くのに金属音が無く、剣や鎧が擦れる音がしない。
ほぼ、二人同時に抜剣が終わる。特に合図も無く、部屋へ飛び込む。多少明るさに目が眩むが気配を読むだけで手に取る様に敵の動きが分かる。
手筈通り、一番右側に居る賊の心臓を背中より貫く。賊が着けている革鎧は、防具にすらなりえなかった。肋骨の隙間を通し、心臓を貫き、剣で抉る。筋肉が締まる前に素早く剣を抜く。その勢いを利用し、二人目の賊の首を骨を避ける様に前半分だけ切断する。血が円卓へほとばしる。金魚の様に空気を貪ろうとするが、うまく吸えず直ぐに崩れ落ちる。残り三人と、思ったが私の予想以上にウォンの動きは早かった。既に残りの賊を一刀のもとに斬り伏している。どれもが急所を確実に捉えている。
「早いな。もう、終わったのか」
「おう。巻藁の方が手ごたえがあるな」
戦闘に数分かかると見込んでいたが、結局は一分程で片が付いてしまった。返り血を浴びぬ様にお互いに注意して斬っている。剣以外に汚れは無い。
「どう、私が見落とした物ってありそう?」
ウォンが周辺を見渡す。
「いや、無いだろう。気配も無いし、ここはこれで終わりだな」
「そう。戻ろうか」
賊の服で剣の血を拭う。どうせ、すぐに次の戦闘だ。抜剣したままカタラに合流する。ウォンも同じ様に抜剣したままだ。
「お待たせ。特になし。親玉の所へ行こうか」
「はい、わかりました」
カタラに特別の変化は無い。やはり、何が起きたかを知っているのと実際に目にするのでは精神的な傷の深さは大きく違う様だ。ならば、次も幕の前で一旦待っていてもらおうか。
「カタラ、念の為に幕の前で後方警戒をよろしく」
「承りました」
これで、門番の死を直接見る事は無いだろう。洞窟の先へと進む。
薄汚い幕の前で一度止まる。カタラに目で合図を送る。カタラが頷く。それを確認したウォンが隙間風の様に幕を超える。一歩遅れて私も部屋に突入する。
既に決着がついていた。ウォンが使うノーマルソードに敵の頭が二つ串焼きの様に刺さっていた。一刺しで二人を屠っていた。相変わらずの化け物じみた技量だ。剣を抜くと人形の様に賊が床に崩れ落ちる。敵はウォンの存在に気がついたのだろうか。いや、気がつかなかっただろう。剣に手をかけた形跡すら無い。カタラの目に入らぬ様に死体にそこらにあったぼろ切れを被せる。直接見えないだけでも印象が違うだろう。
幕に近づき、めくる。
「カタラ。いいよ」
「早いです。誰も居なかったのですか?」
「いや、眠ってもらった」
「そうですか。眠らせるなんてさすがです」
あ、誤解を招く言い方をした。失敗だ。永眠なんだが、カタラは睡眠や失神と勘違いしている。後で責められるよりも正しく伝え直そうか。
「カタラ、違うぞ。永眠だ」
ウォンが堂々と胸を張り、宣言する。
逆にカタラの表情は悲しげになり、下唇を噛みしめ、正面を力強く見据える。
「何も申しません。これが世界の業です。因果応報。私もいつかこの責めを負います。今は、生き抜きましょう」
どうやら、カタラも吹っ切れた様だ。もう気を掛けるのは止めても良いだろう。
「では、最後の扉。この奥に賊の幹部が居る。話が聞きたいからいい?」
「了解」
ウォンが何気なく、警戒心も無く扉を開ける。無警戒だった賊の三人が立ち上がり、こちらに顔を向ける。
「こんにちわ~。盗賊団を壊滅に来ました~」
朗らかに声を掛ける。やはり、人は第一印象が大切だ。話し合いをするならば、印象を良くしておいて悪いことは無いだろう。
幹部二人がその言葉に目を吊り上げる。うんうん、予想通りの反応だな。さて首領はどうかな。
首領が顔を上げ、私、カタラ、ウォンと順に顔を見比べていく。
私も首領の顔を二度見する。
「やりにくいな」
ウォンが呟く。
「なぜ、あなたが…」
カタラが絶句する。
「仕方ない。敵は敵だ」
私は、お遊びから真面目思考へと切り替える。
「アルマズの家を襲ったのは何故だ。答えてもらおうか。二代目」
バスタードソードの剣先を敵の首領である鍛冶屋の二代目に真っ直ぐ合わせる。




