58.誇れる物は一切無し
今日の宿と決めた空き家の前に一人で立ち、夜空を見上げる。
煌々と満月が夜空を占めている。月の明るさの為か、星がいつもより少ない。
満月の日は、人や獣の血が昂ぶると言う。その為だろうか、今から私一人で大量虐殺を行おうとしているにも関わらず、心は、いつも通りに落ち着きながらも興奮を感じている。
だが、出来れば新月の方が良かった。エルフである私は闇夜を昼間と同様に見通す生まれついての種族特性がある。これ程、立派な満月が出ていると人間族でも月明かりで回りが見渡せ、闇に紛れることが難しい。
いや、今回の作戦は、あまり夜間戦闘と関係が無かったな。戦闘では無い。ただの虐殺。弱い者いじめ。誇れる物は一切無し。得る栄誉は無い。得るのは、汚名と死した後の滅びの階層への落とし穴。といっても、この虐殺を目にする者は居ないな。
やれやれ、私が感傷に浸るとは満月のせいだろうか。余計な事を考える前に仕事を始めようか。
周囲の気配を読む。強い気配が二つ。私の背後の家から存在を感知する。ウォンとカタラだ。今回、お留守番を願った。私の邪魔になるからだ。
探索範囲を徐々に広げていく。幾つもの強弱ある敵意が周囲を囲っている。敵意の気配のみだ。友好的や中立的な気配は一切無い。私達を逃さないつもりだ。一般人ならば、この包囲網から逃げる隙は無い。気配は、完全にこの村の中に納まっている。念の為、近くの精霊達に村の外に人が居ないか尋ねてみるが、どの精霊達も居ないと答えを返してくる。ふむ、好都合だ。無関係の人間を巻き込むことが無いという事だ。
では、遠慮なく作戦通りに進めよう。
『石壁展開』
村の周囲から地響きが鳴り響き、小さな地震が村を襲う。地震に慣れていない村人達の悲鳴が村中から聞こえる。その声は、老若男女全て揃っていた。出来れば、戦士や軍人だけであれば良かったのだが…。
つまらない感傷だな。悪魔に汚染された人間は、殺人鬼に成り果てるのが定め。救う術は無い。
教会が何度も救済を試してきたが、汚染された人間が浄化され始めると何処からともなく悪魔が現れ、すぐに再汚染してしまう。悪魔に入れない場所は無い。教会だろうが、聖域と呼ばれる場所だろうが、何の苦も無く入ってくる。彼らが恐れるのは、悪魔自身に傷をつけられる実力者か、上級悪魔だけだ。教会であろうが、聖職者だろうが、奴らには関係ない。危害を与えることが出来ない存在を恐れるはずが無い。それは、人間も同じだ。
そうして、堂々と浄化中の人間に会い、耳元で甘い言葉を再び囁く。欲望が強い人間ほど媚薬の様に体の隅々まで行き渡り、悪魔に全てを委ねてしまう。それほど、悪魔の囁きは甘露だと言う。
治療中だった田舎の教会では、悪魔の暇つぶしにより治療にあたっていた僧侶達もまとめて汚染された。
聖職者も所詮は人間、欲望を捨て切れないのだ。人を救済して、見習いから司祭へ、司祭から司教へなりたい。それも欲望だ。カタラの様に自分はどうなっても良い。肩書きはいらない。ただ人の役に立ちたいという欲望を持たない稀有な存在は、悪魔の汚染に穢されない。もしくは、私やウォンの様に己に絶対の自信を持ち、どの様な欲望も全て自己の力にて実現させるという強靭な意志力を持つかだ。
教会の見栄の為、その田舎の教会に所属や出入りしていた全ての者の口が塞がれ、教会の痕跡が消された。それも教会が、暗殺ギルドに依頼し実行したという黒歴史だ。百年程前の話なので、教会にこの事実を知る者は、もう居ないだろう。
今となっては、悪魔に対してその時に教会からの依頼により共闘した私だけが知っている教会の黒歴史だ。
その事実を知る私を消す為に、十年程は教会と敵対関係になった。さすがに私を消す事は無理だと悟り、また、その十年の間、誰にも口外しなかった事実から、生涯漏らさないという約束と共に和解した。
その時に高位の教会関係者しか持てない階級章のブローチを貰ったが、フォールディングバッグの奥底に九十年近く眠っている。階級章の特典として、教会を自由に使えるそうだが、一度も実行したことは無い。
一度、カタラにそんな特典が実行できるのか、それとなく遠まわしに確認すると、口伝にて昔からその階級章を持つ者には全力で便宜を図る様に言われているが、未だにその階級章を持つ者は現れず、正体不明で本当に実在するのかも怪しいとの返事を貰った。
この階級章を使うと何かとんでもない企みに巻き込まれそうだな。やはり、使わなかったことは正解の様だ。
昔のことを思い出している内に、村を囲む轟音が途切れ、静けさが村に戻った。
では、第二段階へ移ろう。
『石壁展開』
同じ魔法を紡ぐ。私の背後で再び轟音が鳴り響く、ウォンとカタラが居る空き家を中心に地面より石壁が生まれ、天へと伸びていく。壁の厚みや長さは、自由自在に調整できる。大きな石壁を作る程に自分の魔力を多量に消費していく。石壁は、厚さ一メートル、高さ十メートルになったところで成長を止めた。
完全に空き家を囲い込み、簡単には中に入れない。これと同じ物を先に村の外に展開していたのが、小さい地震の正体だ。空から見れば、空き家を中心に真円の二重の石壁が、村を囲む形になっているはずだ。二つの石壁に挟まれた人間は、どこにも逃げることは出来ないし、私が逃がす訳が無い。これで第二段階が終了だ。では、第三段階へ進もうか。
『火精召喚』
私の目の前に四体の火の精霊「イフリート」が、私の召喚に応じ現れた。
身長は約三メートル。筋骨隆々の肉体をしており、頭部に牛の様な角が生えている。赤銅色の素肌に革製の腰巻を巻いている。右手には片刃で反りのある幅広の刀身を持つ大剣をぶら下げている。大剣と言ってもそれは私から見てであって、イフリートから見ればノーマルソードに過ぎない。
一番特筆すべきは、全身を覆う赤々と燃え上がる炎だろう。炎の精霊の代名詞の名を背負うだけの事はある。この炎は、イフリートの感情によって大きく変わる。今の様に落ち着いている時は、全身を覆う程度の弱火だ。だが、戦闘態勢に入り、感情が昂ぶると温かい火は、まるで間近に太陽があるかの様な灼熱の業火となり、触れる物を全て灰にしていく。
「私の招きに応じて頂き、誠に感謝致します」
精霊語にてイフリートに礼を述べる。精霊にも感情がある。無理やり魔法だけで使役するよりも、少しでも機嫌良く仕事をしてもらう方が能力と効率が上がる。
「ふむ、緑のエルフよ。我らを四体も呼び寄せ。何を望む」
見分けはつかないが、最年長であろうイフリートが代表して私に尋ねてくる。
「皆様に簡単な事をお願いするのは心苦しいのですが、この石壁内の私を除く全てを灰にして頂きたいのです」
「あいわかった。お主の願いを聞き届けよう。その言葉に相違は無いな」
「はい、ありません」
「各々方、この緑のエルフに我らの力を見せつけようぞ!」
「おおー!」
精霊達には、人の常識は一切通用しない。人殺しに躊躇いなど持たない。彼らには死の概念が無い。消滅しても、また時間をかけ復活する。術者の魔力を報酬に命令を聞く存在だ。精霊にとって純粋な魔力は、非常に魅力的な物らしい。
イフリートの火が、すぐに強火に変わる。熱気が高熱として私を包み込むが、新月媛鎧の冷却魔法が自動発動し、熱気を遮断し私の身体を熱から守ってくれる。意外とこの機能は便利だな。汗をかかないで済むのは有り難い。
イフリート達が手近な家から炎を纏った剣で両断していく。すぐに屋根の木材に火が点き、燃え広がっていく。中に隠れていた何者かが悲鳴を上げ、直ぐに事切れる気配を感じた。
次々とイフリート達は、目につく物を破壊し、燃やし尽くしていく。燃えない石壁やレンガは、剣や拳で容赦なく破壊し、感情が高まるにつれ身体に纏う炎の温度が上がり、石やレンガも蒸発させていく。その攻撃に巻き込まれ、村人が次々と息絶えていく。
中には、勇気、いや無謀にもイフリートに襲い掛かる村人もいたが近づく事もできず、イフリートの発する熱で蒸発していく。
イフリート達も破壊と殺戮に興奮を覚えて来た様だ。さらに身体を覆う炎が、業火に変わっている。
イフリート達は、二組に分かれ時計回りと反時計回りに村を破壊していく様だ。私の思惑通り、順調に村の破壊が進んでいく。
村人達が、
「奥へ逃げろ」
「南は火が来ていない」
「何だこの壁は。逃げられないぞ」
「壁は壊せないのか」
「無理だ。厚みがある」
と叫ぶ声が聞こえるが、逃げ場など無い。イフリート達に追い詰められ、滅ぶだけだ。私は、召喚魔法を使った場所から一歩も動かない。このまま、イフリート達の活躍、いや、作業を終えるのを見守るだけだ。
私は、じっとその場に彫像の様に佇む。目の前の家屋が焼け落ち灰と化す。木が焼ける臭いに肉が焼ける臭いが混じり始める。それでも私の心は、落ち着き払っていた。
幾度となく嗅いできた人が焼ける臭い。正直な処、ゴブリンやモンスターが焼ける臭いもほとんど変わらない。そう思うと人とモンスターに肉体的な差は無いのだろう。差があるとすれば、知恵や文化、習慣などの違いだけだろう。この臭いを嗅ぐ度に痛感させられる。人とは、その程度の存在だと。
三十分ほど経っただろうか。村人達の声も消え、肉が焼ける臭いも消えた。村人の気配を探しても何一つも感知できない。ならば、終わったか。
イフリート達が、私の前に帰って来た。興奮が収まり、身体を覆う業火は、既に弱火となっている。
「緑のエルフよ。汝の望みは叶えた。他に何を望む」
かなりの魔力をイフリート達に吸い取られたな。精霊は、もう必要ないだろう。後の確認作業は、私一人で充分だ。
「いえ、ありがとう。私の望みは叶いました。お疲れ様でした」
「では、何かあれば良き契約を」
イフリートのリーダーは、そう言うと霧の様に一瞬で散った。後を追う様に残りのイフリート達も霧散する。
周囲を見渡せば、言葉通り灰しか残っていない。家の壁に使われていた石やレンガですら跡形もなく破壊され、痕跡を認めない。私の望み通りに石壁内は焼け野原となった。気配を探ってもウォンとカタラ以外、何も感知するものは無い。
念の為、石壁内を回る事にする。ところどころに赤く溶けた石が残っているところを見ると相当の熱気が籠っているのだろう。しかし、鎧のお陰で熱気を感じる事は、私には無い。
満月の元、無人の荒野を進んで行く。街道沿いに有った寂れた小さな村の痕跡を探すことは不可能だ。この状況を引き起こした私ですら、何処が街道であったか判別がつかない。
石壁内を一周して戻って来た。間違いなく、敵、いや生き物は居ない。隠れる場所など無い。全てが灰となった。もしも地下に隠れていたとしても熱気で蒸し殺されるか、窒息死しているだろう。イフリート達の仕事は、完璧だった。
石壁を解除する。石壁は静かに地面へと潜り込んでいく。出て来る時は、あれだけ派手なのに、片付ける時は本当に静かだ。恐らく、自然を魔法で捻じ曲げるのと、元の自然に戻す差なのだろう。世界の復元力によるものだと言っても良いのかもしれない。
壁の外は、何も無かったかの様に森が広がる。強い風が吹き込み、大量の灰を吹き飛ばしていく。強風が起きたのは、石壁の内外の温度差の所為だろう。
灰が吹き飛ばされ、街道を分断する様に大きい輪の形に地面に焦げ目が付いているのがハッキリと現れる。
そして、街道沿いに一軒だけ家が残る。唯一、ここに村が有ったことを示す痕跡だ。
家の扉を開け中に入ると、汗を手拭いでこまめに拭く二人の姿が目に入った。
「終わったな。外に出てもいいか。ここは暑くてかなわん」
「ええ、外に出ても大丈夫」
ウォンとカタラが家の外に出て行く。この空き家も石壁に守られるとはいえ、相当熱がこもるとは思っていた。やはり、予測通り暑かった様だ。水甕の水は空になり、二人の水筒も空だ。たった三十分の出来事だが、文句も言わず耐えてくれたものだ。私なら、村から退避してから作戦開始してくれと言っていたかもしれない。
私も二人を追いかけ、家を出る。
ウォンとカタラが、変わり果てた村を静かに見つめている。
二人の後ろに立っても声を掛けてこない。私も二人に掛ける言葉が無い。
満月が照らす焼け野原。
三十分前までは小さく寂れた村があった。
敵意ばかりだったが、生気があった。
人の話し声が周囲から聞こえていた。
晩御飯の支度中の薫りが漂っていた。
活気とは言えないが、生活感があった。
全て私が消し去った。
それも三つの呪文だけで消し去った。
自分の手は汚さず、精霊に全てを任せ消し去った。
自分の魔力だけで、全てを消し去った。
この様な景色を見るのは、幾度目だろう。
軍隊に居た時も攻勢時には、敵の領土で焦土作戦をよく実施した。敵には大損害を与え、味方は最小限の被害で済む。
本当に人の死に無頓着になってしまった。人は必ず死ぬ。早いか遅いかの違いしかない。
涙を流すどころか、悲しみの表情さえ浮かべなくなった。
いつしか、冷血と呼ばれる様になったのも無理はないか。
結局、誰一人口を開くことなく、ここに村があったことを示すたった一軒の空き家に戻る。
意外にも外に長い時間立っていた様だ。家の中の熱気もなくなり、この村に来た時のままだ。
夕食は済ませていた為、一言も会話をせず、鎧を解き、マントに包まり就寝した。
カタラから時折、神への祈りが聞こえてくる。
ウォンは、目をつぶって眠っている様に見えるが、気配で起きている事が判る。
私だけが大量の魔力を消費した影響か、睡魔がやってきた。やれやれ、虐殺しておいて普通に眠たくなるとは、本当に私は冷血だな。
自分自身の性格に苦笑しながら、睡魔に刃向うことなく眠りについた。
魔力の完全回復を身体が訴えると目が覚めた。どうやら夜明け前の様だ。
ウォンとカタラの姿は無いが、寝る前に脱いだ鎧一式が置いてあるところを見ると近くには居るのだろう。
気配を探ると家の外にカタラを感じた。しかし、ウォンの気配は感じない。森の奥に行ったのか、気配を消しているのか、どちらかだろう。
フォールディングバッグから地図を取り出し、水晶玉の位置を確認する。昨日と同じ場所を示し動きは無い。後二日で追いつけそうだ。地図を元に戻し、私も家の外に出る。
夜明け前なので、まだ薄暗い。
カタラは、太陽が昇って来るであろう方向に向かい、跪き神への祈りを熱心に捧げていた。
私が外に出てきたことに気がついていない様だ。昨日の事が堪えたのだろう。邪魔をせず、好きにさせておこう。
ふと、森に目を向けるとウォンが素振りを行っていた。完全に気配を絶っている。視認をしている上、剣を本気で振っているにもかかわらず、気配を感じさせない技量には、相変わらず驚かされる。
ウォンの方へ歩み寄る。
私が声を掛けようとするが、先を押さえられた。こういう呼吸の読み方もウォンの技量が上か。達人は恐ろしいな。
「おはよう。ミューレ。よく眠れた様だな」
ウォンの言葉に当てつけとかは含まれていない。素直に良く眠っていたと言っているのだ。ウォンは腹芸が出来る様な男ではない。腹芸は、私の方が得意分野だ。
「おはよう。朝から精が出るな。それに隠形も見事だな」
「何を言っているんだ。お前にも出来る様に堕ちてもらうからな」
「え、いや、そこまで達人にならなくても良いんだけど」
「ふ、達人へ堕ち始めたら止まらんのだよ。鍛錬を続けないと簡単に死ねるぞ」
「意味が分からない。達人ならば、死ににくいのじゃないの?」
「普通はそう思うだろうな。ところがな、達人の領域に足を踏み込むと、何故か強敵が定期的に現れるんだわ」
「そんな馬鹿なことがある訳無い。非合理的だ」
「いやいや、ミューレも体験しているだろう」
「まさか、ブラックドラゴンやレッドドラゴン、それにデーモンと強敵に会ったのはウォンの所為?」
「多分、そうだろうな。不思議だよな」
「不思議で済ますな。私は何度も死にかけたのだぞ」
「だから、鍛えてやろうという気になったわけだ。強くなったことを実感しただろう」
ウォンが、当たり前のことを今更何を言っているのだろうという顔でキョトンとしている。そんな話は、初めて聞く。達人級がこのパーティーに二人も居たら更なる強敵が現れることになりそうだ。そちらの方が恐ろしい。
「強くなったことには感謝している。その代り手足を好き勝手に斬り落としてくれたけどね。身体に傷でも残ったらどうしてくれるの」
「カタラが居るから大丈夫だろう。いざという時は、嫁にしてやる」
「は?すぐにくたばる人間族が何を言っている。ウォンには後三十年人生があるかもしれない。でも私には、人間年齢に換算して三年位しか貴方達と同じ時を歩めない。この主観の相違を埋められる訳が無い」
「そうか?そんなに時の流れが違うのか?三十年は、三十年だろう。経過する時間は同じだろう。ただ、老化するのが早いか遅いかの違いだろう」
ウォンには参った。学は無いが、物事の本質をついてくる時がある。
確かに人間年齢に換算すると三十年と三年の大きい開きがある。しかし、実際に経験する時間は同じ三十年だと言う。
「間違いでは無い。その年数分、同じ回数の食事や睡眠を取るだろう。ならば、同じ時間を過ごしているというのも間違いでは無い。確かに老化速度の違いだけだ。なぁ、ウォン」
「何だ?」
「本当は、賢いの?教養があるのじゃないのか?」
「いや、無いぞ。読み書き、足し算引き算を覚えたらすぐに軍隊に入ったからな。勉強する暇なんて無かったな」
「分かった。もういい。で、水晶玉だが動いていない。後二日の距離で変わりなしだ」
「そうか、了解。で、返事は?」
「何の?」
「嫁」
「無理」
「残念」
「カタラは?」
「親父が怖すぎる」
「確かに変人だが、恐怖は感じない」
「ミューレがもう少し達人に堕ちたら分かる。先に家に戻る。傷心の涙を流してくる」
ウォンが、後ろ手に手を振りながら、家に戻っていく。
「嘘つき。何が嫁だ。本気じゃないくせに」
ウォンに聞こえぬ様に背中へ呟き、冷めた目で見つめていた。
カタラが朝食の準備をし、朝食を摂り始める。
「ミューレ、本日の予定はどの様になっていますか?」
カタラがスプーンを器に置き、私に尋ねてくる。毎朝の日課だ。
別にリーダーでは無いのだが、いつもの事ながらパーティーの方針を私が決める事が多い。表舞台で動く時は、ウォンが表に出るが、その場合でも話の本筋は私の発案が多い。その為か対外的には、ウォンがパーティーのリーダーの様に思われている様だ。ま、どちらでも良いけど。
「今日は、このまま街道を進む。明日は、街道を外れて水晶玉へ向かうことになるかな」
「はい、わかりました。途中ではぐれては大変です。些細な事でも確認は必要です」
カタラの言う通りだ。戦闘や落石などの災害ではぐれる事もあるだろう。方針を決めておけば、万が一はぐれても後ほど合流する事も可能になる。パーティーの方針が分からなければ、何処に向かえば良いのか分からず、再合流すら無理になるだろう。
「よし、分かった。道沿いに進めばよいのだな。そろそろ、俺も肩慣らしがしたい頃合いだな。しばらく、強敵と手合わせしていないからな」
「待て、ウォン。その発言は聞き捨てならん」
ウォンの発言が、わたしの癇に障った。
「どうかしたか?」
ウォンめ。のほほんと間抜け面しやがって。
「この一ヶ月、私との手合わせは、歯ごたえが無かったと」
「そうだな。正直に言おう。歯ごたえ無かったな。フハハハハ」
怒りが沸々と腹の底から湧いてくるが、冷静に考えよう。確かに何度も手足を斬り飛ばされた事実がある。つまり、ウォンに対して脅威にならなかった訳だ。技術が互角であれば、手足を斬り落とされるという事態にはならなかったはずだ。仕方ない。ウォンの言葉を受け入れるしかない。
「だが、魔法併用ならば私が勝つ!」
「戦士同士、剣で勝負を付けようぜ」
「私は、戦士では無い。魔法剣士だ。魔法と組み合わせて戦ってこそ、真の実力を発揮する。剣術のみは、本来の力では無いことだけは断言しよう」
「物は言いようだな。剣術では勝てないからそう言うのだろう」
「ならば、ドラゴンがブレスや魔法を使ってはならないのか」
「なるほど、種族特性だと思えと言う事か。ふむ、いいだろう。表に出ろ。何でも有りの全力でかかってこい!」
「よし、泣かせてやろうではないか。ここに映像を記録できる水晶玉が無いのが残念だ」
私とウォンの間で戦闘の熱意が上がっていく。パーティー内で本気で殺し合い寸前の仕合いを何度もするのは、私達ぐらいだろう。
「はい、そこまでです。今は冒険中です。エンヴィーに戻りましたら、お好きなだけ仕合いをなさって下さい。ただし、その後の治療は致しません」
カタラが紅茶を啜りながら、涼しい顔で水を差す。カタラも慣れたものだ。初めてこの光景を見た時は、本気で仕合いを止めようと必死だったが、今じゃ止める気も無い。
まぁ、さすがに冒険中に命懸けの仕合いを本気でするつもりは、私には無いが。
「カタラがそういうのなら、止めるか」
「ええ、またの機会にお預けという事で」
あっさり、私達は矛を収める。ま、ここまでがお約束の様なみたいなものか。
少しでもふざけていないと昨日の事が、まざまざと脳を覆い尽くす。これ以上、闇に心を飲まれる訳にはいかない。整理をつけ、過去の記憶に早くしてしまいたい。
そんな思いが、仕合いやふざけ合いで記憶の上書きを行いたがったのだろう。
二十分後、全員が鎧を着込み冒険の準備を完了させる。
因縁の村から一歩一歩遠ざかる。振り返る者は誰もいない。すでに過去の出来事で巻き戻すことは出来ない。あとは、依頼された冒険を成し遂げることに集中していくのだ。




