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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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57.影覆う

エンヴィーを出て五日目の夕方、街道沿いに小さな村が見えた。どうやら今日は野営をしなくても良さそうだ。宿屋は無くとも、屋根のあるところでは寝る事は出来るだろう。

温かい食事も久しぶりに取る事ができるかもしれない。今夜は村で休むことに三人の意見が一致した。村に近づくにつれ、村の規模がハッキリとしてきた。

村の中心を通る街道を挟む様に家々が雑然と並んでいる。家の数は、二十軒未満だろうか。土壁に木の板を並べた簡素な屋根で村の貧しさを実感できる。まだ、外から帰って来ていない者もいるだろうが、村民は百人も居ないだろう。

これでは宿屋は無いな。空き家でもあれば、そこを借りることが出来れば御の字だろう。とりあえず、近くで草刈り鎌を研いでいた男に声を掛けようとしたが、ここはカタラに任せることにする。仮面の女より美女の僧侶に声を掛けられた方が、第一印象が良いだろう。

「カタラ。宿と食事ができないか、交渉をよろしく」

「私で宜しいのですか?では、御期待に沿えるかわかりませんが、がんばります」

いやいや、そんなに頑張る事じゃないし、別に聞くだけだから。

「こんにちは。お仕事中失礼を致します。この村に宿屋はございますか?」

鎌研いでいた男はカタラの顔を見て鼻を伸ばすが、背後にいる仮面の私を見て、ギョッと一瞬驚くが、またカタラの顔を見て顔を赤くし照れ始める。うん、やはりこういう交渉は美女に任せるのが一番だ。私が正面に出るとまとまる話もまとまらない。

「いやあ、小さい村だし宿はねえ。そこの大きい家が村長の家だから、訪ねてみてくれ。空き家を紹介してくれるんじゃねえか」

男が指を差す家を見ると確かに少し周りより大きい家があるが、正直に言えば誤差の範囲だ。男が指を差さなければ村長の家だと判らなかっただろう。

「御丁寧にありがとうございます。村長さんを訪ねて参ります」

カタラが笑顔で会釈をすると男もつられて笑顔で会釈を返す。私が話かければ、間違いなく敵対的な態度だっただろう。やはり、人選は大事だな。

カタラが、村長の家をノックするとすぐに扉が開いた。

出てきた男は三十代だろうか。先程の男より若干身なりは良い。こいつが村長だろうか。カタラが挨拶を始める。

「突然の来訪、失礼を致します。旅の者ですが、どこか軒先をお貸し頂けないでしょうか?」

村長も美女の来訪に鼻を伸ばす。やはり、次に私を見て一瞬警戒心を露わにするが、カタラの魅力に惑わされるようだ。

「旅の方ですか。宿があれば良かったのですが、生憎小さい村なもんで申し訳ないです。この向いの家が空き家になっていますから、そこで良かったら使こうて下さい」

村長が指を差す向いの家を見る。空き家と言われれば、空き家なのだろうが、生活臭というか、最近まで使用していた形跡を感じる。空き家になったばかりなのだろうか。

「村長さん、重ね重ね申し訳ありませんが、夕食を分けて頂くことはできますか。宿代と食事代は、この通りお支払致します」

カタラが銀貨一枚を村長の手に握らせる。カタラの手が村長の手に触れたことで村長の顔が、にやついていた顔がさらに溶けていく。

「は、はい。向かいの家に夕食をお届けします。粗末な物しかご用意できませんが、よろしいすっか。三人分で良いですか」

「はい、贅沢は申しません。そのお心遣いが何よりの歓待でございます」

まだ、村長はカタラの手を握りしめている。もちろん、カタラがそれを拒んだり、嫌悪感を持つわけがない。逆に微笑み返す位だ。村長は完全に骨抜きにされる。落ちたか。

「早速、空き家を使わせて頂きます。誠にありがとうございます」

カタラが村長の手を離すとガッカリ感が一気に漂ってくる。そこまで意気消沈しなくても良いだろうに。村長の気が変わる前に空き家に入ってしまおう。

ウォンとカタラに目配せを送り、街道を渡って空き家へと向かう。扉を開け、中に入ると埃も無く、綺麗な状態だった。やはり、最近まで使用していた様だ。玄関兼居間と家族の寝室、そして台所だけの標準的な田舎の家の造りだ。トイレは、外に共同トイレがあるようだ。

風呂は、タライに水や湯をはって行水するのが一般庶民では普通だ。四季物語の様に風呂・トイレを完備している方が珍しい。

家具は、居間にテーブルと椅子が四脚あるだけだ。他には何もないが、家の中で眠れるだけでも十分だろう。


三人が荷物を解き、居間の片隅に置く。

一旦、椅子に腰掛け一息つける。鎧を脱ぎたかったが、状況が許さない。三人共違和感に気がついている。

「どうするかなあ」

「どうしてやろう」

「どう致しましょう」

本当に変な気配が、村中に漂っている。

「なぁ、ウォン。この気配って敵対心か。カタラはどう思う」

「敵対心とまでは言いませんが、反友好的であると思います」

「完全な敵対心でいいだろう。さっきはカタラの外見で毒気を抜かれた様だが、村長の家からも敵意を感じるぞ」

やはり、違和感は敵意か。しかし、村人全員から敵意を浴びせられるとは、何事だろうか。誰かに恨みでもあるのだろうか。

「ウォン、この村で何をした。娘で手籠めにしたのか」

「は?俺が?ここに来たのも初めてだよ」

ウォンが顔の前で手を左右に振る。本当に心当たりが無い様だ。

「カタラは、無いな。有れば、交渉時に村長らが照れるはずが無い。はて、誰に対する敵意だろうか」

「あのな、ミューレ。自分を棚に上げるのはどうかと思うぞ。一番の容疑者は、ミューレだな」

「私は無理。そこら中で色々な人と招待や歓談をしているから、特定できない」

「それは、あれだろ。招待は誘拐・監禁で、歓談は脅迫・拷問だろ。言葉って便利だよな。置き換えするだけで、きれいに聞こえるのな」

「失礼な。招待や歓談した人が粗相をするから、結果的にそうなっただけだ」

「つまり、物は言い様という見本ですか。勉強になりました」

カタラまでウォンの考え方に染まってきたな。誰も私の言葉を素直に聞いてくれない。

「お姉さんは悲しいよ。しくしく」

「仮面の下で嘘泣きされても分からん。嘘泣きする時位は仮面を外せ。なら、少しは心を痛めてやるよ。とりあえず、ミューレが狙いか。家の外に放り出すか」

「酷い。私が村人たちの慰み者になってもいいのね」

「お前がそんな可愛い奴か。近づく前に消し炭にするだろう」

「ちゃんと情報は聞き出す。それから消し炭だ。そこは間違えて貰ったら困る。常識が無い様ではないか」

「あのう、ミューレ。それを常識が無いと言いませんか?」

ふむ。カタラに指摘されると常識では無い様な気がしてきた。刃向う者は、全て殲滅するのが私の基本骨子なのだが、どこか人間族とか考え方が違うのだろうか。

「ミューレ、声に出ているぞ。ちなみに他のエルフの知り合いもいるが、人間族と同じ考えだったな」

「はいはい、どうせ冷血のミューレですよ。さて、対策はどうする」

おふざけは、充分だろう。

「もう考えているんだろう。説明してくれ」

うん、やっぱりこのパーティーは良いな。私を理解し、受け入れてくれている。居心地が良い。

「一、こちらから攻める。二、逃げる。三、防戦する。の三案だけど、一は、勘違いや何も無かった時にただの殺人だから却下。二は、性に合わないので却下。というわけで三の防戦策でいきたい」

「はい、私も賛成です。むやみに人を疑う事はなりません。村人の皆様を信じましょう」

「軍師とは言えない策だな。ま、俺もそれでいい。強い気配は無い。脅威にはならないしな」

「だって、情報が村人から敵意を感じるしかない。もっと情報が無いと無理」

「そりゃそうだな」

とウォンが言った瞬間、三人とも黙る。玄関に人の気配が近づいて来ると同時に、スープの薫りが漂ってくる。どうやら、村人が夕食を持って来てくれた様だ。

玄関がノックされる。ウォンが警戒しつつ扉を開ける。そこには、村人二人が夕食を盆に載せて立っていた。

「村長から頼まれて、夕食を持ってきたとです」

やはり、表面上はにこやかにしているが、腹の内には敵意を溜め込んでいる様だ。しかし、視線は私だけでなく、ウォンにも均等に注がれる。私とウォンが敵意の元の様だ。

二人だけが敵意の対象になるということは、あの件だろうか。しかし、生き残りは居なかったはず。

「ありがとうございます。テーブルに置いて頂けますか」

カタラがにっこりと微笑む。すぐに村人二人の顔が弛む。テーブルに夕食を置き、家を出る時にチラッと私の方を一瞬見る。やはり、目の奥には憎悪を感じる。面倒な村に入り込んでしまった様だ。

「では、温かい内に御夕食を頂きましょうか」

「いや、待て。変わった匂いがする。カタラ、念のため解毒の魔法をかけてくれ」

ウォンの嗅覚が何かを捉えた様だ。睡眠薬か毒薬でも仕込まれたか。確かにウォンの言う通りにした方が安全だろう。

「そうですか。あまり人を疑いたくは無いのですが、ウォンがそう言うのであれば仕方ありません」

『毒素中和』

カタラが天へ祈りを捧げ、魔法を唱える。カタラの表情が強張る。

「悲しい事です。ウォンの言う通りでした。スープに致死性の毒が入っておりました。私の脳裏に神よりお告げがございました。すでに中和は済ませました」

心の奥底よりカタラが悲しんでいる。一筋でも村人を信じたい気持ちがあったのだろう。

だが、私はウォンと同意見だ。ここは完全に敵地だ。何が理由か判らぬが、殺意を向けた報いは受けてもらおうか。

「せっかく、カタラが毒消しをしてくれたし、温かいうちに食べようか」

「相変わらず、ミューレは神経が図太いな」

「私は、悲しくて喉に通りません」

おやおや、ウォンもカタラも意外に繊細だな。

「だが、ミューレの言う通りだな。食べられる時に食べない者は、生き残れないからな。カタラ、無理してでも食べとけ。今夜は、徹夜になるかもしれんぞ」

「わかりました。食べ物を粗末にするわけにも参りません。この悲しい現実を受け止めます」

ウォンは、戦闘モードに既に切り替わっている様だ。私と一緒だな。

カタラも食事が終わる頃には、臨戦態勢に心を持っていけるだろう。

今夜は、徹夜か…。あまり、お肌に良くないなぁ。


毒以外の味付けは、そこそこの食事をキッチリ片付け、とりあえず、死んだふりをして三人共テーブルに伏せる。さて、村人共はどう出て来るだろうか。食事中もずっと視線を感じていた。私達が毒死するのを確認していたのだろう。

私達が倒れ伏したのを確認した村人五人が家の中に入ってくる気配がする。

「こいつら死んだか」

「あの毒は、リーダーが蝙蝠の首領から貰った奴だから間違いねぇ」

蝙蝠の名が出て来たか。やっぱり全滅させた村の関係者だったか。

「お前、死体を確認して来いよ。僧侶の乳、揉みたいと言ってたろ」

「いや、死体は勘弁だ。冷たいのは嫌だ」

「なら、オラが行く。興味があるだ」

こんな時にまでスケベ心を出すとは、童貞をこじらせると大変だな。カタラが泣きそうな顔で私に助けを求める合図を送ってくる。仕方ない。ここで恩を売っておくか。家の外には敵の気配は無いな。

『強制睡眠』

村人がこちらに接近する前に眠りの魔法をかける。対抗することも出来ずに五人の村人はその場で崩れ落ち、深い眠りに落ちた。

すぐに家の扉を閉め、外から中を確認できない様にする。

「ウォン、こいつらの服を適当に切って、ロープ代わりに背中側で手足を弓なりに縛って」

「はいよ」

ウォンが村人の服をダガーで切り裂き、端切れを寄って器用にロープの様にし、縛り上げていく。早々に地面へ村人五人の輪が転がる。

椅子を村人の前に置き、背もたれに跨り顎を乗せて見下ろす。ウォンとカタラは、テーブルの椅子に大人しく座り、後は私に任せる様だ。

さて、どれからお話し合いをしようか。床に転がっている村人は、マッチョ・ガリ・デブ・ハゲ・チビとでも分類をしておこうか。ちなみにこの中には、村長と鎌を研いでいた男は居ない。初めて見る男ばかりだ。

村人達は、武器として鎌やピッチフォークを持ち出してきている。剣や槍といった武器は、この村には無い様だ。しかし、先が二本から六本に枝分かれし、鋭利に尖ったピッチフォークの殺傷性は侮れない。

これで胸や腹を刺し貫かれた致命傷だ。藁を集めたり、牛糞を集めたりする道具である為、刃先が汚れており破傷風が恐ろしい。その場では急所を外しても、後日、破傷風によって命を落とすことが少なくない。

とりあえず、転がっている村人の中で体格が一番良いマッチョをピッチフォークで突つきながら起こす。何度かピッチフォークで痛みを与える事でようやく目を覚ます。

「ありゃ、身体が動かん。何じゃこりゃ」

自分が弓なりに縛られている事に驚き状況が把握できない様だ。面倒だし、落ち着くのを待つか。力づくで即席のロープを千切ろうとするが、ウォン特製のロープが力技で切れることは無い。数分後、状況を飲み込めたらしく、少し落ち着き、目の前に私が椅子に背もたれを跨いで座っていることに気がつく。

「なんじゃ、生きとるじゃないか」

私が何事も無く、座っていることに驚く。

「おはよう。なかなかの隠し味じゃないか。早速だが、毒を入れた理由を教えてもらおうか」

「はて、何のことかいな。オラは村長に頼まれて夕食を持って来ただけだ」

マッチョが額に脂汗を浮かべながらとぼける。はぁ、これは面白くないな。駆け引きは楽しめそうにない。

「じゃあ、毒は誰が入れた。誰が毒を入れる事を考えた」

「オラ、知らん。何の話じゃ?」

ふむ、他の奴に聞くか。よし、ハゲにしよう。ハゲをピッチフォークで突つく。痛みに敏感な様ですぐに目を覚ました。

「おう、動けねえ。オラ、どうしただ」

「オラら、縛られているぞ。動けね。そこの女に聞け」

「女?」

ハゲと視線がぶつかる。私達が生きている事に今気づいた様だ。

「なして、皆生きとる?」

「馬鹿、黙れ」

「だって、お前が村長から毒を受け取ってスープに入れたろ。オラ、見てたど」

ハゲの発言にマッチョが、バツの悪そうな顔で私の方を見てくる。どうやら、五人の中の主犯は、マッチョの様だ。

「ハゲ、黙れ。オラは何も知らん。村長から何も受け取ってねえ」

「でも、茶色の小瓶からスープに毒入れたのオラ見てたど。間違いね」

「ハゲ、黙れ。頼むから黙ってくれ」

マッチョの額の脂汗が激しく流れる。

「おい、仲間が馬鹿だと大変だな。ククク」

仮面からむき出しの唇が自然と吊り上がる。あまりにも稚拙すぎる芝居の様な物を見せられ、苦笑するしかない。それが、村人達への恐怖に繋がった様だ。ハゲが黙り、周囲に何とも言えない刺激臭を漂わす。どうやら、失禁した様だ。

「本当にオラは何も知らないんだ」

「じゃあ、何も知らないのに人殺しをするの?そんな簡単に人を殺せるの?」

「いや、さすがに、その人殺しとか、ああぁ、睡眠薬だと村長が」

「本当に?」

「確かだ」

「では、この武器は何?何故、必要なの?」

「え、あ、そう、夜は狼や野犬が出るし用心じゃ」

マッチョの身体が震え始めている。私の声色が徐々に低くなっていくためだろうか。

ハゲに関しては、歯をカタカタ鳴らせ縮こまっている。ようやく、自分がどれだけ馬鹿な発言をしていたかに気がついた様だ。とりあえず、この五人と話をしても利は無さそうだ。ただの使い捨てだろう。

昼間に村を通る人物を監視していた鎌を研ぐ男か村長に話を聞いた方が早そうだ。

だが、何故恨みを買うのかだけは、確認した方が良いだろう。

「面倒だから直球で聞く。何故、私達を恨んでいる」

ハゲは、意外にもあっさりと答えた。

「お前達が村を滅ぼした。東と北の村だ。忘れたとは言わせね」

「蝙蝠が居た村の事か」

「そうだ。オラ達は野良仕事や猟に出ていて、村にいんかった。だども、村に帰れば、焼け野原。親も妻も子も家も灰になっとった…。全てを失っただ…。リーダーが近いうちにお前らがこの街道を通ると言うから、みな集まって備えていただ」

マッチョがしみじみと悲しみの声で呟くが、私の心には響かない。

悪魔に汚染された人間は、二度と普通の生活には戻れない。現実に今私達を殺そうとしたことに躊躇いも戸惑いも恐怖も感じていない。人を殺すことが息をすることと同じ様に思えてしまうのだ。

悪魔の力は、本人が自覚しない内に性格や精神を書き換えていく。ゆえにカタラが所属する教会も悪魔に汚染された人間や村を見逃すことが無い。

「何故、私達だと分かった。なぜ、私達がここを通ると知っている。リーダーは誰だ。どんな奴だ」

「蝙蝠の幹部の人が、後で似顔絵を持って来てくれただ。こいつら二人が村を焼いたと。お前らがここに来る事は、リーダーしかわかんねぇ。でも、リーダーの事はオラは言わねぇ。あの人には大恩があるだ。死んでも言わねぇ」

あの事件は、あれで終わらなかったか。うかつだった。確かにあの時間帯ならば、外出している村人が居てもおかしくない。実際に蝙蝠の人間が昼間にエンヴィーに出没していた。

どうやら、後片付けをせねばならない様だ。悪魔共め。面倒な土産を残していきやがった。

とりあえず、次の鍵はリーダーとやらが持っていそうだ。だが、そいつは何処に居る?この村の中か、それとも別の場所か。マッチョとハゲの顔を見てもリーダーについてだけは、一言も話す気が無い様に見える。それだけの意志と覚悟だけは持っている様だ。尋問するだけ時間の無駄かな。

マッチョとハゲの鳩尾を強く蹴り抜き、気絶させる。

さて、パーティーの作戦会議の必要がありそうだ。


「参ったな。悪魔の土産か」

「というか、嫌がらせ」

「悲しいことですが、悪魔に穢された人を救う事は出来ません。少しでも安らかなる眠りを…」

三人の目的は、すでに決まっている。この村に居る蝙蝠の生き残りの殲滅だ。

ただ、ウォンとカタラは皆殺しに躊躇いがある様だ。言葉の端にその思いが零れてくる。

だが、私にはその様な憐憫の情などは無い。敵即斬。私に敵意を向ける者や将来害になる者は、躊躇いなく殺せる。それが肉親であろうと殺す。子供であろうとも殺す。愛する者であろうと殺す。愛を告げてくる者も殺す。

ゆえに冷血のミューレなのだ。実際に実の兄や私に愛の告白をした者を手に掛けている。

戦争で千人以上殺しているのだ。百人や二百人増えた処で私の悪行をこれ以上重く感じる事は無く、戦場や街中で突然、恨みを持つ者に命を絶たれるだろうと覚悟している。

私が老衰やベッドで安らかに死ぬことは無いだろう。

「ミューレの意見は、殲滅か」

「あぁ、悪魔に汚染されているのは間違いない。スープに毒を入れるのに何の躊躇いも無く出来るのは、かなり汚染が進行している証拠だ」

「ミューレの言う通りでしょう。疑問や良心が生まれないのは、人では無くなっているのでしょう。次の犠牲者が出る前に…」

カタラが涙を零し始める。外に居る村人に聞かれぬ様に声を押し殺し、悪魔に誑かされた人々を害さなければならない事実に悲しんでいるのだろう。

やさしい人間は、こういう時に大変だな。この冒険が終わった後、カタラは教会に籠る事になるのだろう。そうでなければ、傷ついた心を直す事が出来ない。

だが、今回は父親のアルマズがエンヴィーに来ている。父親に甘える可能性もあるな。

ウォンは、一人でも大丈夫だろう。先の戦闘でも自分の中で葛藤を消化した。今回も外に出さずに何とか飲み込むだろう。

そして私には、効率的か非効率かの二択でしかない。蝙蝠の影にこれ以上付きまとわれたくなければ、逆に今が好機。魔に汚染された人間が、この狭い区域に全員集合しているのだ。これほど殲滅戦に有利な条件は無い。良心や思いやりは、戦場で数百年前に捨てた。その様な物は、戦場では足枷にしかならぬ記憶しかない。殲滅することに何の躊躇いも無い。

「さて作戦だが、この小さい村ならば確実に敵を討ち漏らさずに出来る方法がある。それを実行し、殲滅戦に入りたい。気配を探る限り、私達が一人で苦戦する敵は居ないと思う。その当たりは、ウォンはどう読んでいる?」

「ミューレの意見と同じだ。何度も言うが、強い奴は居ないな」

ウォンと私が、同じ読みだ。間違いないだろう。

「あと、カタラは参加しなくとも良い。ここで神経をすり減らしては困る。水晶玉の奪還という仕事の途中だし、ここで魔に穢された者に神への祈りを捧げて欲しい」

というのは方便だ。依頼の途中で戦力外になられたら困る。ならば、安全地帯で大人しく手を汚さずに良い子ちゃんをしてもらっている方が、後々を考えればその方が良い。

「では、具体的に作戦を説明する。反対意見、献策は自由に発言して欲しい」

ほんの数分で説明が終わり、三人はそれぞれ準備に入る。長い夜になるか、短い夜になるかはわからない。だが、また、忘れられない一夜が始まることだけは確かだ。

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