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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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55/61

55.三人の過去

鍛冶屋を出て、メインストリートにある魔法ギルドへ真っ直ぐに向かう。道行く人々が私の装備に振り向き、噂をしている。長年、エンヴィーを根城にしていると知名度が低いとはいえ、常に仮面をしている変人として覚えられてしまうものだ。

「へ~、ミューレさん装備変えたんだ」

「仮面の奴、金持ってやがるんだな。くそ」

「騎士様みたいで、カッコイイ」

「ちっ、嫌味か。御大層な装備しやがって」

「俺も強くなりて~」

「いつか、僕もあんな冒険者になりたい…」

いつもの悪意や好意が混ざった雑音を聞き流す。さすがに悪意を向ける者も実力行使には出ない。危うきに近寄らずなのだろう。数分後、雑音の中、魔法ギルドに辿り着いた。

相変わらず、建物の規模が大きい。街の一区画全てが魔法ギルドの所有地であり、境界ギリギリまでが建物になっている。多くの魔法使いが研究室をここに持ち、不測の事態に備えた堅牢な石造りだ。実際に実験中に魔法が暴発し、爆発炎上を起こしているが、堅牢な石造りだった為、研究室一室を焼くだけで済んだそうだ。密閉空間で魔法が暴発したのだから、中に居た魔法使いはどうなかったかはお察しの通りだ。研究室の修理後にすぐに後任が入ったと聞く。事故物件でも、研究室の空きを待つ魔法使いは多いそうだ。まぁ、自らアンデッドを造り出す魔法使いが、幽霊を怖がっていては本末転倒だな。

ナルディアや私の様に自分の家や部屋で研究するのは少数派だ。魔法ギルドには、ギルド員専用の大図書館があり、隠居した魔法使いが若手に指導をしてくれるそうだ。その為、魔法使いの大半は魔法ギルドに加入し、その恩恵を受けている。

建物は、壊れた時に修理しやすい様に飾り気も遊び心も無く、ただただ、合理性だけを追求している。大通りに沿った真四角な面白味の無い平面的な壁が続く二階建の建物だ。

一か所だけ開かれた扉が、商品の販売や鑑定専門の一般入口になっている。他にも入口は幾つかあるが、それらはギルド員専用の出入り口でギルドに加入していない者が出入りすることは出来ない。

建物の中に入ると、大通り側以外の三方がカウンターになっており、それぞれが販売、鑑定、魔法相談の受付に分かれている。カウンターには頑丈な鉄格子が天井まで嵌め込まれており、こちら側とあちら側を完全に分断している。片隅には、冒険者ギルドから派遣された警備員も二人常駐している。貴重品や大切な情報を取り扱っている為だと頭で理解しているが、どうも、ここの厳重な雰囲気には馴染めない。

警備員の気配を読む限り、中級の冒険者だろう。駆け出しの冒険者では警備員としては役に立たない。ちなみに問題を起こすのは、駆け出しの冒険者ばかりだ。

何せ、魔法ギルドの対応は杓子定規で、さらに事務的だ。この対応に腹を立てる新人は多い。だが、魔法ギルドの対応に慣れる頃には、一人前の冒険者になっており、魔法ギルドにどんなクレームを入れようが無視される事を身に染みて分かっているので、無駄に疲れることはしなくなる。


相変わらず、客である私が来ても誰も声を掛けてこない。皆、魔導書を読み耽っている。当番で窓口にギルド員が座っているのだが、時間を作って自分の研究を最優先しているのが実情だ。

何せ、魔法の物品の販売や鑑定は、魔法ギルドの独占だ。殿様商売でも成り立つ。さらに、値段も私から言わせれば割高だ。鑑定魔法は、触媒も使わず、呪文を詠唱するだけなのに、庶民の日当と同額以上をよく請求してくる。だが、スクロールなどの消耗品は、意外にも正当な価格で販売している。これは主な客層が駆け出しの冒険者だからだろうか。

用が無ければ、極力近づきたくない場所である。しかし、ナルディアが居ない今は仕方がない。魔法の物品を鑑定出来る者がここにしか居ないのだ。背に腹は代えられない。自分で鑑定魔法を覚えれば、不愉快な思いをしなくとも済むのだが、あまり面白い魔法では無かったので途中で勉強を止めた。それに金で済むのならば、その勉強する時間を冒険や他の攻撃魔法の勉強に使う方が有意義だろう。

鑑定の受付に立つ。今日の当番は、十代後半の新人の男の様だ。

「バックラーの鑑定をお願いしたい」

声を掛けて、ようやく私の存在に気がついた様だ。勉強熱心なのもここまでくると腹ただしい。

「え、ああ、はい。わかりました。一旦、お預かりします」

新人が鉄格子の扉を開き、バックラーを受け取るとすぐに鉄格子の扉は閉められ、奥の部屋に入って行った。そこには鑑定魔法に精通した魔法使いが居るのだろう。しばらくすると新人がバックラーと羊皮紙を携え戻って来た。

「まずは、バックラーをお返しします。不具合はありませんね」

「あぁ、大丈夫だ。どこも壊れていない」

「まず、鑑定代ですが、規則通り金貨十枚をこのトレイに置いて頂けますか」

言われるままにトレイに金貨を載せる。トレイは奥に下げられる。

新人は羊皮紙とトレイの金貨を見比べ、五枚を別のトレイに移し、元のトレイに羊皮紙を裏向きに載せ、金貨五枚と一緒にこちらに返してくれた。

「ありがとうございました」

おざなりな感謝の言葉。すぐに新人は鉄格子の扉を閉め、奥に別のトレイに載せた金貨を鑑定室へ持っていく。これで取引は終わりだ。羊皮紙には、領収書と鑑定内容が書かれている。

先に鑑定料が銅貨一枚だとか言えば、ハズレだと分かり金を払わず帰る者が居たり、逆に金貨五枚ですと言うと値引き交渉を始める者が居たりして、昔は鑑定でよく揉めたものだった。

どんな鑑定でも金貨十枚を先に預けるこの方法ならば、鑑定料で物の価値を計る事も出来ないし、鑑定料を取り損なう事も無い。そして、鑑定書とお釣りを渡せば、すぐに取引が終了する。事務的ではあるが、この方法により鑑定による揉め事は格段に減った。

ただ、保証金として必ず金貨十枚を用意しなくてはならないのが、駆け出しの冒険者には難しいのが、この方式の弱点だが、駆け出しの冒険者が見つけてくる宝など価値はしれている。そう思うとこの金貨十枚を預ける制度は、混雑緩和に役立っているのかもしれない。

中には、鑑定書を読んで鑑定料を返せと叫ぶ奴も居るが、誰も相手にしない。鉄格子の外でいくら暴れられても中にいる魔法使いに危害が及ぶことは無いので、誰も相手にしないし、気にもしない。その時は、そばに常駐している警備員がギルドの外に放り出す。それでも帰らない時は、エンヴィーの衛兵隊が業務妨害で連行していく。

さて、部屋の中央の待ち合い用の長椅子に座り、鑑定書を読もうか。案外、私も金返せと叫ぶかもしれない。鑑定料金貨五枚は、さすがに取り過ぎだ。一般庶民なら二・三ヶ月は家族四人で質素な生活が出来る。余程の魔法が掛かっていないと割に合わない。


領収書兼鑑定書

バックラー一枚鑑定。

鑑定料金貨五枚領収しました。

エンヴィー魔法ギルド

効能

硬化魔法 強 通常の金属では切断できないでしょう。

耐電魔法 強 雷魔法や落雷に耐する能力があるでしょう。

以上


何とも使ってみないと良く分からない効能だ。これが金貨五枚に値するかの判断もつかない。

ただ、硬化魔法の強がかかっているのは正直嬉しい。盾は武器を受け止めることに価値がある。その点では、使える魔法がかかっているという事になる。耐電魔法も工夫をすれば使えない事はないだろう。外で雷が鳴った時にでも頭上に掲げれば、雷避けになるかもしれない。

二代目からバックラーを買ったのは、当たりだったと言えるのではないだろうか。総合的に見れば、安く買い物ができたと考えられるだろう。

しかし、相変わらず何とも微妙な鑑定書だ。魔法ギルドは、絶対に効能を断言しない。~でしょう、と何か問題があっても逃げられる様にだ。断言すると責任問題が発生するが、予測として鑑定すれば、問題があっても責任を取る必要が無い。高い鑑定料を取っておきながら、責任を持たないとは腹ただしい。これも私が、魔法ギルドを気に入らない理由だろう。

さてと、これで冒険の準備は済んだ。明日は、いよいよ出発だ。さて、今回の冒険は、私に何を見せてくれるだろう。アルマズの企みに乗る事に一抹の不安はあるが、冒険が楽しみであるのは事実だ。鑑定結果も想像より良かった為か、足取りも軽く四季物語へ帰る。


翌朝、予定よりも早起きをしたつもりだったが、ウォン、カタラ、アルマズの三人がすでに朝食を食べ始めていた。何だ。皆も冒険を楽しみにしていたのか。良かった良かった。

「みんな、おはよう」

「おう、おはよう」

「はい、おはようございます」

「娘さんよ、朝早いのう」

私の挨拶へ三者三様に応えてくれる。

「マスターおはよう。私にも同じ物を」

「おはようございます。かしこまりました」

カウンターから元気に返事が返ってくる。本当にマスターは、何時寝ているのだろうか。一度、酒でも酌み交わしながら、問い詰めてみるのも面白いかもしれない。

「皆、早いね。ヤル気十分かな」

「おう、久しぶりの冒険だからな。街に籠って、誰かの顔ばかり見ていたから飽きたところだった」

「へ~、誰の顔が見飽きたのかな。そんな可哀想な人は誰かな。おっと、研ぎ直したナイフを落とした」

ウォンの隣に座る瞬間、どさくさまぎれに腕に仕込んだ投げナイフをウォンのつま先に飛ばす。しかし、ウォンはパンを取る自然な素振りでナイフを躱し、何事も無くナイフだけが床に突き刺さる。ほう、さすが二代目の仕事だ。軽く投げただけで、木の床にしっかり喰い込んでいるな。

「おいおい、刃物の扱いには十分気を付けてくれ。これから冒険へ行く前にカタラの世話になっていたら、笑い話にもならん」

「これは、失礼。良く切れる様になったから、止め紐が切れたみたいだ。すまんな」

ちっ、やはり食事中でも油断は無いか。ナイフに力を込めて床から抜き、腕に仕込み直す。もちろん、紐が切れたと言うのは嘘だ。そんな些細な失敗はしない。ウォンも本当は分かっているだろう。

席に座った瞬間に目の前に朝食が並べられる。ベーコンとじゃがいもを煮込んだシチューがメインだ。これなら、作り置きができるから、即座にマスターが提供しても不思議ではないな。

「では、ごゆっくりどうぞ」

春の朝は、意外に身体が冷える。熱々のシチューで身体を温める。マスターの気遣いには、毎度の事ながら頭が下がる。親がいい加減ならば子供がしっかりするという話は、本当なのかもしれない。

心の中で感謝を述べ、朝食を摂る。これが最後のまともな食事だ。しばらくは、保存食が中心の貧しい食生活になる。今の内に温かく心豊かになる食事を堪能しておこう。


今回の冒険の計画自体は、打ち合わせ済みだ。計画は単純明快。

地図の地点の近くまでは街道を歩いて進み、最接近したところで目印である地点へ真っ直ぐに向かう。森の中を進むより、街道を少しでも歩いた方が早く到着するだろう。地形の状況によっては、早めに街道を逸れる。

後は、出たとこ勝負だ。敵が何だろうが、力づくで踏み潰す。魔法の地図がある限り、水晶玉を何処までも追い続けることが出来るので、途中の村で情報収集する必要も無いだろう。

ゆえに改めて、打ち合わせを行う必要は無い。

朝食を堪能し、紅茶で出発までのひと時を落ち着いて過ごす。毎回、食後に紅茶が出て来るのは、意外にもウォンの好みだったりする。酒や食事に関しては何でも良いと公言するウォンだが、紅茶の好みだけはうるさい。今の時期は○○産の葉が良いとか、今日は暑いから△△産の葉にしてくれとマスターにあらかじめ注文をしている。ウォン本人は、紅茶マニアであることが明らかになるのが恥ずかしいのか、マスターにこっそりと注文しているつもりだ。しかし、何せ裏表がない人間だから、私の目には、堂々と注文している様にしか見えず、逆に微笑ましい。

人間、何かしら弱点というか、意外性があった方が可愛いものだ。折角、本人にとっては、誰にも知られていない秘密のつもりなのだから、そこは合わせてあげるのが人の情けというものだろう。その代り、こそこそマスターに注文に行く姿を見て、内心でウォンの挙動不審を見て、爆笑にすることを楽しみにしていたりする。本当に子供みたいで可愛いものだ。

あの凶暴なオークでさえ逃げていく戦士様が、お上品に紅茶を選んですまし顔で嗜む。駄目だ。今、ウォンの目の前で爆笑してしまいそうだ。自室に戻って、出発の準備をしよう。ここにいては、笑い死んでしまう。

出発する時刻が近づき、アルマズを除く三人が同時に立ち上がり自室に戻った。長年の付き合いだ。タイミング的に出発の準備をするのだろう。自室に入り、堪えていた笑いを解き放つ。部屋一杯に私自身の笑い声が響く。一通り笑い、スッキリした。余程、死の鍛錬でストレスが溜まっていたらしい。普段ならば、心の中で笑うだけで充分なのだが、今日だけは声に出さなければならない程、耐えることが出来なかった。


さて、気持ちを即座に切り替え、冒険服の上から鎧を装備していく。本来、プレートメイルは二人以上で着用する物だが、そこは慣れたものだ。一人でテキパキと装備していく。魔法の何でも入るフォールディングバッグを背負い、それに沿う様にバスタードソードを縦に背負う。そして、昨日手に入れたばかりのバックラーを左手の手甲に巻き付ける。

本来のバックラーは、手に持ってシールドアタックをメインにする攻撃的防具だ。だが、このバックラーは珍しく、手甲に巻き付けて使用する完全防御型だ。そんな、変わり物の所が気に入った。剣もそうだ。ロングソードやバトルアックスなどの一般的な武器を使う冒険者が圧倒的だが、わざわざバスタードソードという中途半端な武器を愛用している。

刀身の長さはロングソードと変わらないが、柄が両手でも片手でも持てる様に長く出来ている。その分、片手で握った時、重心が柄により刀身の重みで斬るのには不利になる。だが、両手で握ると刀身が短い為、両手剣と違い取り回しが軽く、自分の体重を刀身に乗せることが出来る。何とも使いにくい剣である事だけは確かだ。

どうも私は、こういった人が使わないであろう武器や防具に惹かれてしまう。多分、天邪鬼なのだろう。ゆえに街を歩いていても装備だけで、つい目立ってしまう。

鏡で全身を確認する。装備に不具合は無さそうだ。最後に撥水性のあるフード付きの革マントを羽織る。考えてみれば、これも新調したら良かったかもしれない。雨天の撥水の為、革で出来ているマントは、ところどころ継ぎ目や縫い痕が有り、大きな返り血のシミが幾つも付き、歴戦の勇士の雰囲気を醸し出す。いや、正直に言おう。汚いと。もちろん、洗濯はしているので臭うとか、手が汚れるという事は無い。見た目が汚いだけだ。

だが、寝る時に地面に敷いたり、戦闘で斬られたり、返り血を浴びたり、汚れることが前提だからこれで良いかと思い直す。

よし!旅の準備は万全だ。楽しい冒険の始まりだ。


一階に降りるとウォンが一番乗りだった。大体、私と似た様な格好だが、大半の冒険者と同じく、ウォンの装備は実用性重視で全体のまとまりは無い。とりあえず、自分が使いやすい武装で固めている。私位の者だろう。武器や防具にお洒落や趣味を求める様な奇特な者は。カタラですら、ウォンと同じで全体のまとまりは無い。実用性重視だ。

「ほう、それがミューレの新装備か。相変わらず、凝っているな。道具なんか使い易ければ良いだろうに」

ウォンが私の足許から頭の先までゆっくりと観察している。一瞬、視線が胸元で止まった時にため息をつかれた様な気がしたが、鎧の上からでは何も分からないだろう。気がつかなかったことにしておいてやろう。

「使い易さも大事だけど、装備を整えると気合いが違う。何か背筋が伸びると言うか、張り詰めると言うか」

「言いたい事は何となく分かるが、背は伸びてないぞ」

「うるさい!気持ちの問題だ」

「おやおや、小さくて可愛いぞ」

「うるさい。斬るぞ」

「ぷぷぷ、この一ヶ月間、修行で斬られた記憶が無いぞ。斬った記憶は、数えきれないがな」

「くうう。この鬱憤、冒険で晴らす」

ウォンの奴め、調子に乗りやがって。冒険中に魔法でも撃ち込んでやろうか。

「冒険中に魔法でも撃ち込もうとか考えているだろう」

「ああ、そうだ」

「怖い怖い。カタラ、助けてくれ」

ウォンとの馬鹿話の間にカタラが静かに降りてきて、微笑ましく私達を見つめていた。いや、見守っていた。

振り返ると、やはりウォンと同じ様な装備で実用性重視だ。少しくらいお洒落をしても良いと思うのだが、贅沢は不要だそうです。

「ほほほ、皆、凛々しいのう。気をつけて行ってくるんじゃぞ。特にカタラは、この二人と違って、か弱いから特に気を付けるんじゃぞ」

アルマズがカタラの姿を見て、四十代にも関わらず好々爺になっている。いつもの何とも言えぬ警戒心を与える気迫が無い。ただの馬鹿親父だ。

「はい、父様。カタラは、気をつけて行って参ります」

「うんうん、危ない事は全てそこのうだつの上がらぬ男を使えば良いからのう。困ったことがあれば、小さい可愛い娘さんに頼めば良い知恵を出してくるはずじゃ」

「はい、父様の仰るとおりに致します」

笑顔でカタラが答える。

カタラさんよ~、せめて、うだつが上がらないとか、小さいとかは否定しようよ。仲間なのだからさ。お姉さんは悲しいよ。というか、ファザコンに付き合う方が疲れるか。もう聞き流そう。ウォンは、アルマズに対してビビりが入っているので、何も言い返せない様だ

「アルマズさん、出発します。写本は預けますが、くれぐれも汚さぬ様にお願いします」

大切な魔導書の写本だったが、結局預けることにした。冒険中に私が持っていては研究が進まない。信用は出来ないが、実力は信頼できる。案外、冒険から帰って来た時には、解読を済ませているかもしれないと淡い期待も持っている。

「ほほほ、わかっておる。お前さんらを待っておる間も研究は進めておくからのう。水晶玉を頼むぞ」

ウォンとカタラの顔を見つめる。二人とも軽く頷く。準備良しか。

「よし、行ってきます」

「じゃ、またな」

「では、行って参ります」

四季物語を旅立つ。背後からアルマズとマスターの送り出す声が聞こえてくる。

「皆様、お気をつけて」

「カタラ、辛くなったら何時でも帰ってきて良いからのう」

相変わらず、アルマズはカタラに甘いな。子離れが出来ていない。

エンヴィーの大通りを進み大門をくぐる。今日の当番の衛兵は、私へ事情聴取に来た小隊だった。わざわざ、小隊長が詰所から出てきて無言で見送ってくれる。その眼は真剣に旅の安全を祈っている様に見える。

はて、何か小隊長にしただろうか。心当たりが無い。だが、向こうには何か思うところがあるのだろう。私の中では、すっかり過去の事として風化しているのだが。


朝日を右手に見ながら街道を順調に北上していく。普段ならば、商隊や冒険者が多く行き交う街道だが、さすがに早朝の為か、すれ違う者が居ない。

だが、日が高くなるにつれ、徐々にすれ違う者が増えてくる。やはり、エンヴィーはこの辺では重要な交易路を押さえる城塞都市であることを実感させられる。

三人とも、何も話さず黙々と行軍を続ける。いつもの通りだ。余計なお喋り疲労の元だ。これも長年の冒険をしてきた結果による暗黙のルールだ。

次に会話を交わすのは、昼飯の時だろう。時折、魔法の地図を取り出し、目印が動いていないか確認する。現在の処、動く気配は無い。このまま街道を北上すれば良いだろう。

昼飯も雑談しながら済ませ、街道をどんどん北上していく。途中で本道から支道へと進む。支道に入ると一気に人気が無くなった。この支道は、あまり使われていない様だ。所々に雑草が伸び、人が頻繁に歩いていない事を示している。となると、モンスターの領域に入りつつあるということだな。できたら、駆け出しの冒険者がこの辺りのモンスターを一掃しておいてくれると楽なのだが。

日も落ち始め、暗くなる前に野営準備に入る。たき火を起こし、保存食を思い思いに齧る。

「今日は何も無かったな」

「まだ、エンヴィーに近いから、駆け出しさんの狩場になっているのだろう」

「昔を思い出します。この辺りで、ゴブリンやホブゴブリンを相手にしたものです」

「何だ、カタラはエンヴィーで一人前になったのか」

「いえ、父様に自宅の近辺で一人前になる様に鍛えられました。ここでは、教会の仕事の一環として、エンヴィーの駆け出しパーティーの支援をしたものです」

「ウォンは、どこで一人前になった?」

「故郷だ。なし崩しに戦争に巻き込まれて気がつけば少年兵だ。生き延びるのに必死で足掻いている内に一人前の兵士になっていたわけだ」

「で、戦争には勝ったの?」

「勝ったな。軍師に恵まれた。最初は劣勢で次々とお偉いさんの爺が死んでな。本来ならば、お偉いさんになる様な階級じゃない若い者が、次々お偉いさんになった訳よ。そしたら、軍の連携が取れる様になり、劣勢を覆して勝利した。特に俺が所属していた連隊の軍師の読みは、凄かったな。未来を知っているかの様に敵を振り回していた。見た目は、ヤル気のない青年下士官なのにな。人は見かけじゃないと思い知らされたよ」

「つまり、ウォンが尊敬している人かな」

「ふむ、言われてみるとそうなるか。だが、俺には軍師の才能は無いぜ」

「知っている。絶対にウォンを軍師に勧めない。私ならウォンは前線でこき使う」

「言ってくれるなあ。だが、あの人も同じ様に俺を使っていたから、ミューレの考えが正しいのだろう。で、ミューレは、どうやって一人前になった?」

「ウォンと同じで兵隊上がり。違いは、兵学校卒業の職業軍人かな。負け戦の経験は無いな。基本的には防衛戦ばかりだったから、数で負けても砦で何とか持ちこたえていたかな」

「負け戦無しか。すごい指揮官もいた者だな」

「敵が弱いだけ。防衛戦だから戦略も戦術も限られるしね」

「ちなみにミューレの最終階級は何だ?」

「中隊長。三百人規模のね」

「ほう、さすがだな。頭が良いと待遇も違うな」

「そういう、ウォンはどうだった?」

「特務小隊の隊員だ。隊長の指示に従って前線で暴れていた」

「ウォンらしいな。目に浮かぶ」

「どうせ、作戦は立てられないよ」

「そういう意味じゃない。トロールやジャイアントの様に暴れたのだろう」

「あぁ、そういう意味か。そうだな、死にたくなかったから、がむしゃらだったな」

「で、お互い戦争も終わり、冒険者に転向したわけか」

「そういうこうとになる。俺は、戦いしか知らない。特技を生かせる職業が冒険者だっただけだ」

「今の剣技は、その特務小隊で会得したのか?」

「そうだ。死亡率が高い無茶な作戦に従事するのが、特務小隊だからな。隊員一人が小隊並みの力を発揮する化け物揃いだ。そこの最年少だったから、小隊全員から可愛がられて、剣技を徹底的に仕込まれたよ。おかげで習得した流派も把握も出来ない。自分が使っている技がどこの流派か聞かれても答えられん。ちなみに階級は上がらなかったが、役に立たない勲章だけはアホ程もらった。」

「お二人とも、ご苦労なさって来たのですね。それに比べて私は甘やかされたことを実感致します」

「いいんだよ、そんな事は経験しなくてもな。いや、違うな。経験するべきじゃない」

「どうしてでしょうか?私には理解できません」

「俺には何て言ったら分からん。ミューレ頼む」

「カタラ、戦争に加担することは、自分の心を殺し、壊し、そして押し潰す。人数は少ないが、人殺しに耐えられず廃人になったり、自殺する者がいる。逆に精神が侵され、殺人鬼や凶悪犯に成り果てる者もいる。極稀だが、殺人の才能が開花する者がいるが、それは例外であり不幸だ。戦争が終われば、使い物にならない才能だからな。戦争は、人を獣にするのが本質だ」

「そんなに恐ろしいものなのですか。何故、そんなことを人間はするのでしょうか?」

「人間だからさ」

ウォンの一言で静寂が訪れた。誰一人、口を開かなかった。私は、過去の体験を思い出していた。ウォンも同じだろう。カタラは、想像力をフル回転させているのだろう。

もう二度と戦争はお断りだ。もし目の前で戦争が起こる気配があれば、私は持てる力の全てを使用して、即座に終わらせてやる。あんな不幸の連続は、見たくない。絶対に許さない。見逃さない。叩き潰す。

時折、たき火の爆ぜる音がするだけで静かに夜は更けていった。

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