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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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54.胎動

ウォンと連れ立ってエンヴィーのメインストリートを進んで行く。鍛冶屋の二代目に仕事を依頼するためだ。普段ならば歩きながらウォンと無駄話や剣術の話で盛り上がるのだが、昨日からウォンの様子がおかしい。一言も口をまともに開かない。何を聞いても、

「ここではマズイ。二代目の処で」

の一点張りだ。カタラの父親、展開の賢者アルマズに出会ってから、ウォンの緊張状態が続いている。一体ウォンは、アルマズに何を見て感じたのだろうか。二代目の処に行けば、事実が明かしてもらえる様だ。

路地に入り、二代目の鍛冶屋に到着する。煙突からはモクモクと煙が上がっている。営業中の様だ。扉を開けようとしたが、扉の向こうに三人程の気配を感じた。敵対心は感じられないが、興奮状態の様だ。扉を譲った方が、面倒が無いだろう。扉から離れ、三人組が出て来るのを待つ。すぐに扉が開き、フード付きマントを深く被った男達が出て来る。こちらの存在に気がつき、すぐに背を向け足早に去って行く。

鍛冶屋には、商売柄、胡散臭い連中もやって来る。ああいう客も中には居るだろう。気を取り直して扉を開ける。鎚を振る音が鳴り響いている。

「二代目、こんにちは~」

鎚の音に負けぬ様に大きな声で呼ぶと、鍛冶場から二代目が姿を現した。鎚の音は、まだしている。という事は、弟子でもいるのだろうか。あまり、気にした事が無かったな。

「いらっしゃいませ、ミューレさん、ウォンさん。本日はどうされましたか」

「ダガーのメンテナンスをよろしく。後、新月姫鎧に合う盾あるかな?」

「ダガーのメンテと盾ですね。まずはダガーを見せてもらっていいですか」

机の上に投げナイフとダガーを並べる。二代目が一本一本丁寧に刀身や拵えを確認していく。

「特に問題はありませんね。研ぎ方が少し荒い様ですので研ぎ直しだけをお勧めします。如何されます?」

「じゃあ、研ぎ直して。切れ味が各段に変わるのでしょ」

「勿論、大きく変わりますよ。プロですから。では、今在庫している盾を出しますので選んでいて下さい。その間に終わらせます」

「じゃ、よろしく」

二代目が盆にナイフを乗せ、鍛冶場に持っていく。戻って来た時は、盾を三枚持ってきた。

「お気に召す盾があれば良いのですが、正直な話、武器屋か魔法ギルドの方が良い物があると思いますよ」

「二代目には、お世話になっているから、一番に声を掛けないとね」

「すいません。気を使っていただいてありがとうございます」

「お礼を言われても、気に入らないと買わないよ」

「はい、結構です。では、磨いてきますね」

そう言って二代目は、鍛冶場に戻って行った。机の上に三枚の盾を並べる。

一枚目は、黒い菱形のラージシールドだ。造形的には悪くないが、私の身長では、扱いづらそうだ。

二枚目は、黒いバックラーだ。腕に巻きつける小さい円形の盾だ。盾を装備しても左手が自由に使えるのは良い。しかし、その分、盾の面積がスモールシールドより二回り小さくなり、防御力に劣る。

三枚目は、黒いスモールシールドだ。円形で今まで使っていたものと同じ大きさだ。直ぐに戦闘に使用しても違和感は無いだろう。

全ての盾が黒色なのは、二代目が鎧に合わせて選んでくれたのだろう。どの盾も意匠的には私好みだ。後は魔法による硬化や対属性が付いているかだな。三馬鹿の一人、ナルディアが居れば鑑定魔法で直ぐに能力が分かったのだが、ここに居ないのでは仕方ない。自分の感知能力という勘をあてにするしかない。後で魔術師ギルドに行って鑑定してもらえば、ハッキリとした能力が分かるだろう。ただし、鑑定料をぼったくられるのは、気にいらない。

さて、気になるのはウォンの話だが、何を話してくれるのだろうか。


盾を並べたテーブルの椅子に二人並んで座る。内緒話をするのだ。向かい合って話しては、内緒話にならない。

鍛冶屋という場所は、内緒話に向いている。溶鉱炉を動かす為のフイゴの音や燃え盛る業火の音、金属を叩く音、金属を削る音。いわゆる騒音に事欠かない。また、隣近所の迷惑にならない様に家自体の防音効果も高く、家の外から聞き耳をたてることも出来ない。

「ミューレ、アルマズの事だが、気がついたか?」

「カタラの結婚相手として値踏みされた事か?」

「違う!結婚の予定は無い」

「予定が無いのは、カタラに告白してないからでしょう。で、何時、お父様、私にカタラさんを下さいって、言うの?」

「はっ、お花畑か。カタラへの恋愛感情は無い」

「肉欲だけ?」

「そういうことじゃない。それは酒場の姉さん達と済ませている」

すぐにウォンは顔面を右手で覆い、私にはめられた事を後悔している。ふむ、死の鍛錬の鬱憤は少し晴れたかな。

「今のは忘れてくれ。口が滑った」

「え、無理。だって、私は記憶力が良いもの」

「…分かった。じゃあ、誰にも話すな」

「仕方ない。で、話しは何?」

「カタラの親父から得体の知れない圧倒的な圧力、圧迫感を感じるのは俺だけか。ミューレは何も感じないのか」

「確かに得体の知れない力を感じるけれども、脅威には思わない。力の正体は分からないし、想像もつかないな」

「俺は、奴が人間では無いと最初に感じた。しかし、カタラの親父ならば人間のはずだ。しかし、力を押さえて隠し漏れてくる奴の力だけで、俺は正直恐怖した。戦っては駄目だ。勝てない、殺される。すぐに逃げろとな」

「ウォン、本当にそう感じたのか。ならば、アルマズは何者だ?最初にあった時にゴブリンと互角の戦いをしていたぞ。ウォンの言う通りであれば、ゴブリンなど相手にならんだろう。いや、その前にゴブリン自身が危険を感じて近づかないだろう」

「だから、カタラは言っただろう『まぁ、父様がゴブリンにですか?』とな」

「あれは、ゴブリンに襲われて心配で……。成程。そういうことか。あの父様がゴブリン程度に襲われたのですか、という意味か」

「そうだと思う。カタラからすれば、奴の強さならゴブリンもトロールも敵ではないのに、何故ゴブリンに襲われていたのかの疑問だったのだろう。それが、あのセリフになったと思う」

「やれやれ、アルマズに対する疑問、疑惑が大きくなるばかりじゃないか。せっかく、カタラの父親であるという安心材料ができたと思っていたのに、これでは安心出来ないな。本当にウォンを簡単に殺せる実力者で間違いないのか」

「間違いない。俺には勝てない。正確に言えば、俺達三人でも勝てないし、多分パーティー六人全員が揃っても勝てないだろう」

「それでいくとアルマズは、あのレッドドラゴンよりも相当強いことになるぞ。アルマズならレッドドラゴンと一対一で勝負して圧勝すると言うのと同じじゃないのか」

「多分、そうなると思う。俺の勘がそう告げている」

参った。アルマズは、本当の強さを隠しているな程度には感じていたが、ウォンがそこまでアルマズの力を評価しているとは考えが及ばなかった。昨日のウォンの緊張感は、強者への恐怖だったのか。剣の達人は、そういう時に不便だな。私みたいに達人の入口に立ったばかりの者には感じられなかった。ゆえに、普通にアルマズに接することが出来た。

「じゃあ、ウォンには悪い知らせかな。アルマズから依頼を受けたし、よろしく」

「何~!待て、奴が俺達に依頼?ありえん。奴なら自身で解決できるだろう」

「せめて、依頼内容を聞いてから断言しようか」

「おう。で、内容は」

「盗賊に盗まれた水晶玉の奪還。在処は判明済み。一緒に盗まれた財宝類が、私達への報酬」

「それこそ、奴の得意分野だろう。奴ならチンケな盗賊など圧倒するぞ」

「さぁ、私はその力を感知できないから分からないけど、この一ヶ月訓練ばかりだから冒険に出たい」

「裏があるのじゃないか。俺は行きたくないな」

「アルマズと四季物語にしばらく一緒に居るつもり?」

「な!…そうだな、依頼を受ければ奴から離れられるな。よし、行こう」

「道中、カタラにアルマズの事を聞けばいいじゃない。そうすれば、ウォンの不安や疑問も解消されるかもね。それに義理のお父さんの事は良く知っとかないとな」

「待て、あんな化け物を親父とは呼びたくないぞ。いやいや、結婚自体興味が無い」

「まぁ、結婚しようがしまいが私にはどうでもいいけど。関係ないから」

「やっぱり、そういうところが冷血だな」

「そう?本当にどうでも良い事だから」

「まあいい。いつ、どうやって、メンバーは?」

ウォンが髪の毛を掻き毟りながら確認してくる。一体、ウォンは何をイライラしているのだろうか。依頼を勝手に決めた事に腹を立てているのだろうか。しかし、依頼を勝手に取って来る事は、お互い様だ。いまさら文句を言う様な間柄では無い。では、別の事に怒っているのか。はてさて、心当たりが無いな。人間の心の機微は、何百年付き合っても良く分からん。

「四日後、徒歩、ウォン、カタラ、私の三人だけど、カタラには出発日とメンバーは言っていない」

「わかった。準備しておく。じゃ、俺は行くぞ。夕方まで帰らない。練習はしばらく休みだ。奴が居ては落ち着かん。魔導書の研究でもしてろ」

ウォンが立ち上がり、振り向きもせず手を振る。いつものウォンの仕草だな。そして、鍛冶屋から出て行った。


さて、盾を選ぶのは簡単だ。このバックラーがデザイン的に気に入った。これは防御面で今までの盾と比べれば確実に落ちる。死の鍛錬では、攻撃は全て避けることが前提になっている。達人同士の戦闘では、一撃で足を止められる事は死に繋がる。その為、絶対回避を習得する必要があるとウォンが言う。絶対回避を習得した後は、戦術の一つとして盾や剣であえて受けるのも有りだそうだ。

絶対回避を習得するには、盾が小さい方が良いかもしれない。そうすれば、必然的に盾に頼る回数も減るだろう。それに防御力が落ちても盾を左手に持たず篭手に固定する為、左手が自由に使える利点が、良さそうに感じる。せっかくのバスタードソードの特徴である片手でも両手でも握れる長所を活かせた方が良い。

さて、肝心の魔力だが、何かうっすらとは感じる。魔法の物品である事は、間違いない様だ。念の為に他の盾も魔力を調べてみるが、感知する事は出来なかった。このバックラーだけが、魔力を帯びている事になる。うん、デザインも気に入ったし、色も良い。新月媛鎧に合わせて金縁塗装だけでも入れてもらおうか。それならば、冒険へ出発するまでに間に合うだろう。

どうせ、武器屋に行っても気に入る盾が見つかる保証は無い。これに決めよう。

「二代目、決めたよ」

奥から二代目が盆にダガーを乗せて現れる。

「ミューレさん、如何でしたか。お気に召した物はありましたか?」

テーブルの上に盆を置きながら、二代目が確認してくる。

「このバックラーが欲しい。何か魔法が掛かっている?」

「先日、入荷したばかりで、まだ魔法ギルドに鑑定してもらってないので、分かりません。何が起こるか分かりませんよ。それでも宜しいですか?」

二代目が危惧するのも分かる。魔法の物品には、呪いの物品も存在する。そんな怪しい物を私に勧めてくる度胸が、二代目にはあるのか。今も平然としている。カタラの前じゃ形無しだというのに意外だな。赤ん坊の頃からの付き合いだから意識していなかったが、体捌きや筋肉の付き方とか冒険者でもやっていけそうだ。何時の間にか大人になったのか。人間の成長は一瞬だな。おっと、意識が脱線したか。

「いいよ。呪いの品でも返品とか言わないし。ただ、金縁塗装だけ足して欲しい。何日かかる?」

「そうですね。簡単ですから、明後日にはお渡しできますよ。料金は、塗装費込でこんなもので如何でしょう」

二代目が指を三本突き立てる。まぁ、微妙な値段だな。掛かっている魔法が当たりなら格安、ハズレの魔法なら馬鹿高い。博打と一緒か。道に金を落としたとでも思おう。

「はい、商談成立。三日後に貰いに来るね」

「毎度ありがとうございます。ベルトの採寸をしますね。この手甲を付けて下さい。上からバックラーを巻きますね」

二代目に言われるがままに左手に手甲を付け、盾を巻く。ベルトの締まり具合や留め位置の注意点をチョークで盾に書き込んでいく。

「はい、お待たせしました。採寸終了です。手直しはほぼ無いですね。ミューレさんの鎧に合わせられる様に調整しておきます。そして、こちらが研ぎ直したダガーです。ご確認をお願いします」

盆に並べられたダガーを手に取り、鞘から抜き放つ。ランタンの光を反射し煌めく。

じっくり刃を見つめるが、やはり私が砥石で研ぐのとは雲泥の差だ。磨き傷が一切無く、滑らかな表面で身体に抵抗なく吸い込まれそうだ。投げナイフも同じ様に仕上がっている。

「さすがプロだね。研ぐだけで別物になっているよ」

「お褒め頂きありがとうございます。昔はミューレさんに何度もやり直しを言われましたものです」

「そんな頃もあったね。駆け出しの頃は、私の方が研ぐのが上手かったな」

「本当にお恥ずかしい話で」

「もう、私が勝てる要素は無い。一流の鍛冶職人だね。じゃ、これ代金。じゃあね」

二代目の手に金貨数枚を手渡し、出口に向かい外に出る。鍛冶屋の用は済んだ。保存食とかの細々した物を買いに行くとしよう。アルマズという不安要素はあるが、一ヶ月ぶりの冒険だ。楽しみになってきた。思わずスキップをしてしまいそうだ。


買い物も済ませ、冒険服と盾を取りに行く迄の三日間、四季物語の食堂でアルマズと魔導書の検討会を行っていた。この間、カタラが父親から片時も離れなかったことは言うまでもない。

検討会を行って分かったことは、アルマズの二つ名である展開の賢者は、伊達では無いという事だ。一つの事象に対して、考え方がどうしても一つの結果を求めてしまう事が多いが、アルマズには当てはまらなかった。

解釈に無理があると感じた瞬間に別の角度からその事象を観察し、次の仮定を考察し、状況を展開していく。行き詰れば、即座にスタート地点に戻り、また別の角度から事象を展開していく。この事象の展開を何度繰り返した事だろうか。そして、幾つもあった可能性を一つずつ行き止まりまで問い詰め、枝分かれしている真理への道を一本の太い道へと固めていった。

非常に豊富な知識と柔軟な発想力をアルマズは持っていた。数十年しか生きていない人間とは思えない知識量だ。エルフとして四百年間、研鑚してきた私も舌を巻く程だ。

なるほど、私達と一緒だな。知名度は無くとも、実力は世界屈指ということか。それも知恵のみでなく、武力においても私達を圧倒するというのはウォンの見極めだ。

だが、武力に関しては、正直な処、私には実感できなかった。無理やり、人間の身体に強さを圧縮している事は分かるが、その強さとなると私には計れなかった。まぁ、ウォンの言う通り強いのは確かの様だ。今思えば、ゴブリン戦への救援は、確かに不要だった。アルマズは、私と接触をしたかったのだろうか。その為に、一芝居打ったのだろうか。

だが、アルマズの話術にのらりくらりとこの三日間、話を躱され続けている。賢者を自称するだけの事はある。何の目的があって接触してきたのだろうか。単純に娘の顔を見に来るだけ、依頼をするだけならば、わざわざ森の中で私に接触する必要は無い。

もしかすると、パーティーの中間的な立ち位置、魔法使いであり剣士である私を依頼が完遂できるかの試金石にしたのだろうか。それならば、私に接触した理由も何となく分かる。そこで眼鏡に適わなければ、資格は無しでアルマズ自身が何とかしただろう。

どの様な基準かは分からないが、私はテストに合格したらしい。とりあえず、アルマズには能力はあるが、得体が知れないということだけが分かった。カタラの父親で無ければ、お付き合いをしたくないものだ。

二人で魔導書について話し合った結果、どうやら私が当初想定していたものとは違う事だけはハッキリした。水の分離や強風などは関係ない様だ。第一段階で冷却が重要だという事が分かったが、どの様に使うかが分からない。その後、第二段階を経て、最終段階に至る様だ。ここまで解読が一気に進んだのは、アルマズのお陰であることは間違いない。もしかすると、依頼をこなしている間に全ての謎を解き明かしてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱かせる。

もう少し、一緒に研究をしたかったが、楽しい冒険の準備だ。冒険服と盾が今日仕上がる。受け取りに行かねばならない。まず、冒険服を受け取り、試着し、問題なければそのまま四季物語に帰って来る。そして、鎧を装備して二代目の処に盾を受け取りに行く。微調整後に魔法ギルドへ出向き、盾の鑑定をしてもらう。これが今日の予定だ。

どれもこれも楽しみな事ばかりだ。冒険服は、私の思い通りに仕上がっているだろうか。盾は鎧に合うだろうか。盾にかかっている魔法は、どんな魔法だろうか。楽しみな事ばかりだ。

魔導書の解読も進み、後ろ髪を引かれるが冒険の準備の為、四季物語を出た。


春も本格化し、昼間は汗ばむ様になってきた。そうか、早春から一月経つのか。夏は、避暑がてらに大陸の北部へ移動して冒険でもしようか。ラスイ帝国の首都マセケオにでも行こうか。

夏でも春と変わらぬ気温で過ごしやすい。その代り、冬は、厳冬で一面雪と氷に閉ざされる。秋にエンヴィーに戻れば問題ないだろう。暑いのも寒いのも嫌だ。その点、冒険者は定住していないので季節に合わせて自由に拠点が変えられるのが良い。

と、無駄な事を考えている内に服屋に着いた。女主人に声を掛けるとすぐに私の冒険服が出てきた。生地やデザインは、私の要望通り。縫製も一針一針丁寧に縫われている。試着するとゆったりとしており、動きの妨げになる様なことは無い。気にいった。その場で同じ物を二着追加注文する。予備の服だ。ほんの少し襟元のデザインを変えてもらい、区別できる様にしてもらう。そして、新しい冒険服を着たまま四季物語に戻ってきた。

新月媛鎧を上に装着してみる。冒険服がややゆったりしているので、布地を挟み込むかと少し心配だったが、杞憂に済んだ。鏡に装備した姿を色々な角度から眺める。黒い冒険服と黒い鎧が私の白い肌に対比して良く似合う。部屋の窓のカーテンを閉め切り、扉の鍵がかかっている事を確認する。よし、大丈夫だ。

白い仮面を外す。鏡に幼さを残した麗しき少女の小ぶりな顔が現れる。毎日、風呂や洗顔で見ているが何か久しぶりに素顔を見た様な気がする。素顔での鎧姿を確認してみる。王国の姫君であると言われても皆が信じる美少女が目の前に立っている。お気に入りの精霊の加護のサークレットを付ける。ますます、美少女ぶりに磨きがかかる。

これでは、街中を素顔では歩けないな。鬱陶しい有象無象が寄って来るだろう。知名度を上げて、冷血のミューレであることを知らしめせば、軟派者が口説きに来なくなるのだろうが、不老である説明をするのが面倒になる。エルフであることを隠すのは、私の真の実力を悟られない為でもあり、種族差別を回避するためである。やはり、残念だが怪しまれても、仮面を着けて揉め事を最初から回避する方が良さそうだ。白い仮面を着け直す。途端に怪しいが気品のある剣士に変貌だ。仮面一つでよくもここまで印象が変わるものだ。さて、遊びは終わりだ。盾を受け取りに行こうか。


二代目の鍛冶屋に入ると、数日前にここで出くわした怪しいフード姿の男達が居た。彼らも商品を受け取りに来た様だ。注文した日が同じだと受け取る日が重なることはよくある事だ。

彼らの商品受け渡しが終わるのを椅子に座り静かに待つ。三馬鹿なら気にせずに割り込んでいくだろうが、上得意とは云え、順番を待つくらいの常識は持っている。

待っている間の暇つぶしに男達を観察する。勿論、相手には気づかれぬ様に顔は明後日の方向を向いている。

揃いのフード以外は、バラバラの装備だ。革鎧やチェインメイル、武器もロングソードやショートソードなど共通項は無い。気になるのが、首から下げたネックレスか。銅製の丸と三角を組み合わせシンボルがぶら下がっている。どこかのギルドかパーティーのシンボルだろうか。見たことが無い。という事は、この男達は同じ所属の者達か。はてさて、一体何をしているグループだろうか。コソコソとしている時点で真っ当な人間では無い事は確かだろう。

そういえば、私達のパーティーにシンボルマークが無いな。いや、無いのも当たり前か。協調性が無いのが、私達だからな。シンボルマークの下に集うなどと洒落た事は出来ないか。

どうやら、取引が終わった様だ。男達が私に顔を見られぬ様にフードを深く被り直し、店を出て行く。逆にその行動が怪しさを増幅させている。ま、私には関係ない。関わらないでおくのが一番だ。

「よ、二代目。繁盛している様で」

「いえいえ。貧乏暇なしですよ」

「それって、私の支払いが少ないってことかな?」

「とんでもない。ミューレさんには、大変助けて頂いています。注文も大変な事もありますけどね」

お互い見つめ合い、一笑いする。

二代目が奥に行って、盾を持って来る。見せられた盾には、私の注文以上に細かな金縁の塗装が施されている。う~ん、飾るのには見栄えが良いけれども実際に使用すると、剣を受けた所の塗装が剥げて逆に見苦しくなるだろうな。

「もしかして、お気に召しませんでした?」

「使っている内に金の塗装が剥がれて見苦しくなりそうだなと」

「あっ、すいません。そこまで頭が回りませんでした。鎧と違って、盾は積極的に攻撃を受け止めますよね。失礼致しました。やり直します」

「いや、いいよ。次のメンテナンスの時に考える。このまま貰っとくね」

「本当にすいませんでした。ミューレさんの指示にしては、塗装部分が少ないなと思ってはいたのですが、そこまで気が回りませんでした」

「本当にいいよ。恰好が良いのは事実だし、今の特訓には、この方が向いている」

「理由は良く分かりませんが、次回何かサービスさせて頂きますので、ご容赦を」

「いつも無理を言っているし、問題ない。忘れて。じゃ、ありがとうね。ギルド行ってくる」

「はい、ありがとうございました」

予想外にバックラーが過剰装飾になってしまったが、問題は無い。ウォンの言う、絶対回避をすれば、バックラーに傷がつかない筈だ。ただそれだけのことだ。

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