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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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53.アルマズの依頼

突然、カタラが涙を流し、「父様」と呼ぶ。かなりの不意打ちだ。頭の中が真っ白になる。

一体、カタラが何を言いだしたのか理解できなかった。

「おお、カタラか。久しぶりじゃ。会うのは、何年ぶりになるかのう。手紙はこまめに貰っておるから近況は良く知っておる。しかし、本当に美人になったものじゃのう」

背後に居る自称賢者から、声が聞こえる。振り返って、まじまじと自称賢者の顔を食い入る様に見る。というか、頭を両手で左右から鷲掴みにし、下から見上げる様に観察する。

髪の色は、賢者は茶。カタラは黒。

瞳の色は、賢者は茶。カタラは青。

瞼の形は、賢者は二重。カタラは一重。

顔の輪郭は、賢者は三角型。カタラは逆卵型。

共通するのは、肌の色位か。他には類似点が見当たらない。本当にカタラの父親なのだろうか。

「本当にカタラの父親なのか」

「そうじゃ。娘も認めておるじゃろう」

余りにも似ていない。カタラの美貌は、母親から受け継いだのだろうか。凡庸な姿の父親の痕跡がカタラには認められない。

自称賢者の頭を離し、ウォンの隣に座る。自称賢者は、私の対面、つまりカタラの隣に座った。

偶然とは恐ろしい。何気なく助けた人間が、カタラの父親だったとは。何かの必然か、精霊の気紛れだろうか。

だが、私が命の恩人というのは、カタラへの貸しになる。いや、違うか。この場合は、普段お世話になっている恩返しが少しでも出来たと言うべきか。

どうやら私の心に冷静さが戻った様だ。


マスターにより夕食がすぐに運ばれてくる。予定より一人増えても即座に対応できるとは、相変わらず有能な子だ。早速、食事を頂きながら会話を続ける。

「父様、ご無沙汰をして申し訳ございません。修行中の身の為、一人前になるまでは家に戻らぬ誓いを立てておりました。しかし、何もご連絡せぬのは不義理と思い、こまめに文をしたためた次第です。本当は、お会いしとうございました」

カタラが、自称賢者の両手を握りしめ、再会の涙を流している。う~ん、泣き方も美人は絵になるねぇ。

そういえば、私も故郷に百年位は帰っていないし、連絡も取っていない。一度位は、文でも出して、近況報告でもしようか。いや、待てよ。先日の蝙蝠の事件で、馬鹿共が私の事を監視していたな。そして、暗殺に失敗して逃げ出しているだろうし、あの氏族長であれば何事があったか調査し、把握しているだろう。ならば、私から連絡する必要は無い。よし、今迄通りに好き勝手にしよう。

「ミューレ、どうして父様と一緒なのでしょうか?」

ようやく落ち着いたカタラが、至極真っ当な質問をしてくる。

「森でゴブリンに襲われているところを助けた」

「まぁ、父様がゴブリンにですか?」

「その後、トロールも来たんでやっつけといた」

「うむ、鮮やかな手並みであったのう。トロールを剣のみで倒す人間は、初めてみたのう」

「こっちの戦士ウォンは、それ以上の事が出来る」

自称賢者が、ウォンをカタラの婿に認定するかの様に品定めをする。

「ほう、このうだつの上がらぬ男が、娘さん以上の事が出来ると言うのか。なるほどのう」

「どうも、うだつの上がらない戦士のウォンです。よろしくお願い致します」

ウォンが、儀礼上挨拶をする。カタラの父親だし、多少の態度の大きさと口の悪さには文句は言えないか。

「ふむふむ、この二人がカタラの冒険仲間ということじゃな。なかなかの逸材が揃っておるのう。これは見事見事。便り以上の実力の持ち主の様じゃ」

「父様、恥ずかしゅうございます。あまり、はしゃがないで下さい」

「そうか、積もる話は、二人きりになった時にでもしようかのう」

「はい、父様。よろしければ、一緒にお休みになってくれませんか」

「ほほほ、カタラは相変わらず甘えん坊じゃのう。よいよい。今日は好きにするが良い」

カタラが嬉しそうに微笑む。ようやく、年相応の振る舞いを見た様な気がする。

「では、改めてカタラの父親であり、展開の賢者と呼ばれておる。名はアルマズじゃ。よろしくのう」

「はい、よろしくお願い致します」

ウォンが緊張しながら返事をする。よく見ると額にじんわりを脂汗が浮き出ている。

何か、いつものウォンらしさがないな。もう少し、明るくおどけたような雰囲気があっても良いと思うのだが、相手がカタラの父親で緊張しているのだろうか。

まぁ、年頃の娘とパーティーを組んでいる独身男だから、アルマズに警戒されても仕方がないだろう。

お互いの自己紹介をしつつ、夕食を取る。ちなみに私の自己紹介は、帰り道で済ませている。

酒も入り、それなりに楽しい宴会となったのだが、ウォンだけは最後まで緊張が取れなかった。酒もいつもの半分も飲んでいない。緊張により食事がのどを通らない様だ。体調が悪いのだろうか。ウォンが体調を崩した処を一度も見た事が無いのだが、何かあったのだろうか。

この自称賢者は、物わかりが良くカタラの事で何かを文句を言ってくることは無かった。逆にカタラが選んだ道だから、途中で斃れてもそれは力が無い者の証拠だと逆に突き放す位だった。

結局、アルマズも酒に酔い、今日は魔道書どころではなくなってしまった。

さて、いつまでも鎧を着たままでは疲れるし、風呂にも入りたい。私はここで抜けよう。本能的警戒命令は、杞憂だった様だ。人間としては、アルマズは人畜無害に分類しても良いだろう。さて、明日は展開の賢者とやらの実力を見せてもらおう。

「じゃ、私は休む。カタラは、しっかり語り合ってね。ウォンも未来のお父様に緊張しない」

「ま、待て。俺にはそういう感情は無いぞ。というか、俺も寝る」

「何じゃ。ワシの娘に魅力が無いと言うのかのう」

「いえ、滅相も無い。私には不相応だという事です。それに久しぶりの親子の対面。邪魔者は消えます」

「婿殿なら親子じゃ。一緒に居ても良いぞ。逆にもっとお互いを理解し合おうかのう」

「いえ、自分には勿体ないです。それにいつ死んでもおかしくない身ですので、人を愛することはできません」

「そうか、残念じゃのう。ドラゴンを狩ってきたドラゴンスレイヤーとカタラならば、釣り合いが良いと思ったのじゃが」

「申し訳ありません。失礼致します」

どうもウォンの調子がおかしい。結婚から逃げているのではなく、自称賢者から逃げている様に感じる。ならば、私も逃げておこう。ウォンの勘がこの場から逃げろと言うのであれば、それに従った方が利口だろう。

まぁ、人間同士で仲良くやってくれ。エルフである私は、あまり人間関係に興味が無いからね。どうせ、瞬く間に私の前から消えてしまう。

背後の喧騒を聞き流し、自室に戻った。


翌朝、朝食を摂りに寝室から一階へ降りるとカタラとアルマズが、食事をすでに始めていた。

カタラは、今日は教会に行くのは止めた様だ。普段なら私が起きてくる時間には、すでに四季物語を出ている。父親であるアルマズと一緒に居る事を選択したのだろう。

「おはよう、カタラ、アルマズさん」

「おはようございます、ミューレ」

「おお、娘さん。おはよう。今日は魔導書の件じゃな。どんな物を見せてくれるか楽しみにしておったぞ」

「意外ですね。魔導書のことを楽しみにしていたのですね」

「無論じゃ。ワシはこの世の理を全て知りたいのじゃ。それが些細な事でも知りたいのじゃ。早速、見せてくれるかいのう。持って来ておるのじゃろう」

なるほど、ヤル気は十分だな。後は実力があるかどうかだけか。

「これが、現代語訳した魔道書です。どうぞ」

一冊の手書きの書籍を手渡す。私が長年かけて、魔導書を現代語に訳してきた貴重な物だ。これを失っても写本なので、もう一度原本から訳し直せば良いが、面倒なので大事にして欲しい。意外にアルマズは、丁重に写本を受け取ってくれる。逆に写本への敬意を感じた位だ。

「ほほほ、これはこれは。何と丁寧に記載されておる。原本と言語が違うだけで正確に写したのではないかのう。この魔法陣を写すのは、大変じゃったろう」

「いえ、時間をかけただけですよ」

「出来れば、原本も見せてくれるかいのう?」

原本を見せても良いだろうか。悩むが横にカタラがいることで逆に踏ん切りがついた。カタラの父親なのだ。ここまで良心の塊にカタラを育てた男だ。悪い人間ではないだろう。

これが、カタラの父親でなければ悩むことなく、原本を見せることは拒否しただろう。さらに、写本を見せる前に実力テストもしていたに違いない。どうも、このアルマズは、私の警戒心を無くす何か得体の知れない魅力、いや力を持っている様だ。

フォールディングバッグから魔道者の原本を取り出し、アルマズに手渡す。

アルマズは、原本と写本の同じページをじっくりと見比べ始める。どうやら、解読が始まった様だ。カタラも邪魔をせぬ様に大人しく、紅茶を飲み始めている。

さて、私もこの間に朝食を頂きますか。


「マスター、朝食を一つお願い。あっさり系のものをよろしく」

「はい、かしこまりました。あっさり朝食一つ承りました」

カウンター内に居たマスターから元気な返事が返ってくる。今日も体調は良い様だ。はて、あの子は何時寝ているのだろうか。マスターが寝ていたり、不在であるところを見たことが無い。四季物語の七不思議の一つだ。まぁ、不思議が今のが一つ目であることは内緒だ。その内、六個位すぐに見つかるだろう。

早速、サラダとスープを主体にしたボリューム少な目の朝食が目の前に並べられる。

昨日の宴会の暴食と今日は冒険に出ないと考えたのか、朝食の量が何時もより少ない。

それ以前に、注文から料理の提供までがいつも早くないだろうか。早速、七不思議の二つ目の登場だ。はてさて、マスターはどんな料理方法をしているのだろうか。

まぁ、聞いても私には役に立たないだろうから聞かないけどね。


朝食を摂りながら、アルマズの解読を眺める。魔導言語は読めないと言っていた割に、写本と原本を半々の割合で見つめている。実際は、魔道言語を読めるのではないだろうか。そう思える様な研究態度だ。

朝食を摂り終わり、私も食後の紅茶を啜る。雰囲気的にアルマズに話しかけられる様な状況じゃないな。どこかおどけた雰囲気を醸し出していたアルマズが、真剣な表情で魔導書を見つめている。ゴブリンと命をかけて戦っている時よりも真剣な表情だ。これはアルマズが話しかけてくるまで待つしかないな。

カタラを見ると父親の真剣な表情にうっとりとしている。カタラがファーザーコンプレックスを持っているとは意外な一面だ。これでは、父親がエンヴィーに居る間は片時も傍を離れないだろう。

「ふむ、写本の精度は見事じゃ。これならば原本は不要じゃ。では、お返し致そうかのう」

アルマズが恭しく原本を私に差し出してくれる。何か、尊敬される様な事をした覚えは無いのだが。原本を受け取り、軽く確認する。渡す前と何も変化は無い。そのまま、フォールディングバッグに片付ける。

「魔導書を検討した結果、半分は理解できるじゃろう。ただ、時間がかかるのう。これは一人で出来ることじゃから、娘さんらに解読を待ってもらっておる間、時間潰しにワシの依頼を受けてくれぬかのう」

「依頼ですか。受けるかどうかは内容によります。後、ウォンにも確認をしないと」

「ほほほ、婿殿なら間違いなく受けよる。心配は無用じゃ」

おやおや、ウォンはかなりアルマズに気に入られた様だ。父親公認ならば、ファザコンのカタラも結婚する気になるかもしれないな。

「父様、私は神に全てを捧げました。何人なりとも結婚はできません」

「そうか、勿体ないのう。あれは逸材じゃ。娘さんに獲られる前に捕まえとけ」

「父様の願いでも無理です。私は神の物です。それに結婚は、ミューレとウォンの二人の話です。私が口を挟むべきではありません」

カタラとアルマズの間で話し合いが進められている。

まず、エルフ族と人間族との結婚はありえない。外見は近いが、精神面で全くかけ離れた存在だ。友情は育めても、恋愛対象にはならない。何故、すぐに老化し、消滅する人間と同じ時間を過ごせると考えられるのだろうか。

まれにハーフエルフを見る事があるが、何故その様な事態に陥ったか理解不能だ。事故があったとしか、私には考えられない。

いや、考えが逸れたな。私には関係ないことだ。二人の無駄話は、放置しておこう。

さて、どうしたものか。依頼を一つ受けられる位、解読に時間がかかるのか。それはそうだな。私が数年といっても冒険の合間だけだが、長い時間をかけて解けなかった代物だ。一日で解かれたら、私の立つ瀬が無い。逆に一日で解いてもらっても嬉しいことには変わらないが。

写本を預けるのは、本当はしたくない。私が居ない時は、回収をしたいくらいなのだが、アルマズはカタラの父親だ。信用はできるだろう。能力があるかどうかは別だが。

「分かりました。では、依頼をお聞きしましょう。受けるかどうかは、話を聞き終わってからです」

「うんうん。それ位慎重な方が良いのう。そうでなければ、娘を預けられんのう。で、依頼じゃが…」

アルマズが依頼について語り出す。

要点は、留守中、家に泥棒が入り宝を取られた。金目の物は、取られても惜しくないが、その中にある水晶玉だけは、取り返して欲しい。水晶玉には魔法がかかっており、映像を記録させる事が出来る。そこには幼き頃のカタラの映像が保存されており、アルマズにとってこの世に一つしかない宝だ。

他の宝石類とかは報酬代わりに好きにしたら良い。

犯人は、エンヴィーの北部にある山岳地帯の洞窟に根城を張っている。

このスクロールの地図に書かれたバツ印が水晶玉のありかを示している。水晶玉が動けば、バツ印も移動するため、どこまでも追跡が出来る。

このスクロールを頼りに、水晶玉を取り返す為にここまでやって来た。

犯人についての情報は一切無い。但し、盗まれた量を考えると複数の犯行であることは間違いない。

というのが、依頼の動機と内容だった。


一般的には報酬は、悪くないだろう。複数の人間でなければ持ち出せない程の宝だ。相当の量を持ち出しているだろう。

だが、私達は、金銭には苦労していないと言うか、使い道に困っている位だ。

だが、今の話をよく考えると一つの考えに辿り着いた。

見たことも無い映像を記録できる水晶玉、そして目の前にある水晶玉の位置の地図が描かれたスクロール。この二つは、かなり高度な魔法の物品だ。映像を記録できる魔法なんて聞いたことが無い。特定の物品をマークし続ける地図。それもこの地図で表している地点は、エンヴィーから徒歩で一週間は最低でもかかる距離だ。それをリアルタイムにこのスクロールに表示するだと。ありえない。私達が知っている魔法の水準を遥かに超えている。私達が使っている魔法とは違う系統の魔法としか考えられない。


この世に知られている魔法は、精霊魔法、僧侶魔法、魔族が使う黒魔法、ドラゴン族が使う龍族魔法の四種類だ。

目の前のスクロールからは、魔力を感知しないし、魔に属する様な力も感じない。消去法からいくと龍族魔法が残る。だが、龍族魔法は謎ばかりだ。何せ、使い手はドラゴンのみだから、正体は不明だ。今までにドラゴンと戦い、魔法の攻撃を受けてきたこともあるが、奴らは精霊魔法を好んで使ってくるので、実際の龍族魔法を見たことが無い。だが、ドラゴンがスクロールや水晶玉を作る姿は、思い浮かばない、と言うか滑稽だ。やはり、これも違うな。

となると、これは失われた古代魔法のスクロールと考える方が自然だろう。

つまり、失われた至宝ことアーティファクトだ。そんな物が目の前に転がっているのだ。盗まれた宝にアーティファクトがまだまだ埋もれていてもおかしくない。

アーティファクトが報酬であるのならば、話は別だ。敵がただの盗人だろうとドラゴンだろうと構わない。それを打ち滅ぼしてでもアーティファクトは手に入れたい。どんな物が混じっているかは分からないが、しょうもない機能のアーティファクトでも研究対象になりうるし、それを王侯貴族との交渉材料に使い、禁断の地に足を踏み入れる許可証をふんだくる事も出来るだろう。これは知的好奇心と冒険心がうずく。

「ほほほ、気づいたかのう。娘さんよ」

「はい、いいんですか?」

「いいんじゃ、カタラとの思い出が大切じゃ」

「父様…」

カタラとアルマズが見つめ合い、二人の世界に没入していく。うん、この光景に慣れたな。どうやら、周囲までは巻き込まない様だ。ならば、放置しておくのが一番だな。


結局、アルマズの依頼を受けた。この世に一つしかない至宝、アーティファクトに目が眩んだわけでもない。一番依頼を受ける気になったのは、ウォンの死の鍛錬を休む口実に最適だからだ。ウォンのアルマズに対する態度見ていれば、依頼を断る様な事はできないだろう。

それに一ヶ月も冒険に出ていないのは、さすがに気が滅入る。折角の機会だ。冒険で死の鍛錬で溜まりに溜まったストレスを発散するのに丁度良い。盗人共を思う存分蹴散らしてやろう。

マスターにウォンの居所を尋ねると日の出とともに朝食も取らずに剣一本だけで出かけたとの事だ。ならば、街の外に出るつもりは無く、街中をうろついて、夕方には帰って来るだろう。

帰って来てから依頼の件を報告すれば良い。カタラは、父親にベッタリだ。エンヴィーに居る間は、使い物にならないな。仕方ない冒険の準備を自分でするか。

必要な物は、保存食とランタン油等の消耗品位か。後は普段持っている物で充分だろう。馬を使えばすぐに敵の洞窟に到着できるが、馬の食糧を持ち歩くのが大変だ。馬は諦めて、いつも通り徒歩で行くことにしようか。時間はかかるが身軽でいい。どうせ、魔道書の解読に数週間はかかるだろう。慌てる必要は無い。

自分の部屋に戻り、ベッドの上に部屋にあった予備の武器・防具を広げる。剣と鎧は、この新装備で良い。予備の武器は、インテリジェンスソードがある。後、投げナイフ数本と護身用のダガー一本か。

そういえば盾が一つ壊れて無くなったな。ここにあるのは、魔法も何もかかっていない鉄製の無骨なラージシールド一つ。鎧掛けに掛けてある新月媛鎧にラージシールドを合わせてみる。

見事に似合わない。盾が浮いているな。二代目の所で盾を新調しようか。

ついでだ。投げナイフやダガーも二代目に調整してもらおう。大分使い込んできたが、自分で簡単に研いだ位でまともなメンテナンスはしていない。丁度良い機会だろう。

ナイフ一式をフォールディングバッグに放り込み、バスタードソードを背中に背負う。

街中を歩くだけだ。剣さえ持っていれば問題ないだろう。さて、二代目の所に行きますか。もう、営業しているはずだ。


時間はあるので街中をゆっくりと見渡しながら、二代目の所へ向かう。ふと、服屋の軒先にかかる黒い冒険服が目に入った。

そういえば、私が持っている冒険服は、白ばかりで大分泥や返り血で茶色くなっていたな。最近は、胸元が苦しくなってきたし、新調しても良いだろう。特にあの冒険服の色は、鎧と合いそうだな。

服屋に寄り、黒い冒険服をマジマジと見つめる。機能性・デザイン・縫製も問題なさそうだ。

問題はサイズだな。どうみても男用だ。そう、冒険者の世界は、男の世界だ。冒険者の大半が男だ。女の冒険者は、ほとんどいない。やはり、肉体的に弱い女は、どうしても死亡率が高いのだ。屈強な筋肉という鎧であり武器が無いのが、冒険者として致命的なのだ。

初心者であればある程、筋肉が必要なのだ。鎧を着て自由に動くにはまず筋力が必要だ。何日も歩き続けるにも筋力が必要だ。敵を斬るにも筋力が必要だ。その筋力は筋肉から生み出されるのだが、女は筋肉が付きにくい。男と同じトレーニングでは、筋肉の付き方が少ない。

こればかりは持って生まれた性差だ。その為、駆け出しの女冒険者の死亡率は格段に高い。

もう一つ、裏の事情もある。冒険者の恥部でもあり、表立って話されることは無い。

仲間に襲われるのだ。冒険に出るとしばらく女断ちをすることになるが、同じパーティーに女が居れば話が変わってくる。冒険中は、街から離れており助けてくれる人間は何処にも居ない。パーティーの男全員に廻され精神崩壊し、その場に捨てられることがある。冒険者になる様な人間は、基本的に法律を守る様な人種では無い。平気で人殺しが出来る様な人種だ。そこに駆け出しの女冒険者が加われば、結果はおのずと見えてくる。それがもう一つの現実だ。何事も例外はある。勇者君の様に高尚な想いを胸に秘め、冒険に出ている者もいる。そのパーティーに加入することが出来れば、幸せな冒険生活を送ることが出来るだろう。だが、冒険者の中では異端だ。富と名声を求めるのが普通で、高尚な想いを掲げる冒険者は僅かだ。

もちろん、私はそんな事情を知っていた為、故郷を出る前に軍に入隊して戦闘経験を積み重ねた。中隊長まで昇進したところで冒険者へ転向した。冒険者としてスタートした時には、すでに人殺しは経験済みだ。軍隊的に言えば、童貞は卒業済みだ。ゆえに駆け出しの冒険者パーティーに加入した時も誰が一番強いのか、力関係を徹底的に叩き込んだ。それが自分の身を守る大切な方法だからだ。ゆえに未だに私は誰にも穢されていない。


この冒険服は、手直しが必要だ。店の主人を見ると女性だった。ふむ、ならばこの店で注文しても悪くは無いな。男が主人の店だと、採寸時に容赦なく身体をまさぐる奴が中には居る。一発殴ってすぐに大人しくさせるが、最初から女性の店主だと問題なく気持ち良く、買い物ができる。女店主に黒い冒険服を持って行く。

幾つかのやり取りをし、結局、一から仕立てることになった。男性用を女性用に仕立て直すよりも女性用として作った方が着心地良く、納期も早いということだが、私の身長が低い為、仕立て直す事が出来ないのが本音の様だ。確かにLサイズの服をSサイズに直すのは、骨が折れるだろうし、一から作った方が手早いだろう。早速、試着室で採寸を済ませ、前金を払い、同時にチップを渡す。すると最初に聞いた納期が短くなり、三日後に渡せると言う。

冒険が終わってから、受け取るつもりだったので別に急いでなかったのだが、どうやら冒険に着て行けそうだ。それは嬉しい誤算だ。

仕上りを見て良ければ、着替えの分を発注しても良いだろう。

寄り道をしてしまったが、良い買い物ができたと思う。さあ、二代目の処に向かおう。

店を出るとウォンが待っていた。

「ミューレ、偶然だな。何処に行くんだ?」

偶然では無いだろう。もしかすると、朝から私が四季物語から出て来るのを待っていたのかもしれない。ウォンは、アルマズが苦手の様だからな。私と話がしたくともアルマズが居ない処が良かったのだろう。

「今から二代目の処にダガーのメンテと盾を買いに行くけど」

「そうか、俺も行くわ」

「どうぞ、ご自由に」

「おう。実はミューレに確認したいことがあるんだ」

「何?」

「いや、ここではマズイ。二代目の処で話す。覚えておいてくれ」

はてさて、ウォンが改まって言いたいこととは何だろうか。結婚云々の話を気にしているのだろうか。何だかんだ言いながらも、ウォンも二十八歳。そろそろカタラと身を固めてもおかしくないな。その相談だろうか。もしそうだったら、思いっきり笑い飛ばしてやろう。日頃の恨みだ。これ位は罰が当たらないだろう。

色々と妄想が浮かびは消えつつ、黙って二代目の鍛冶屋へと向かう。鍛冶屋に行く楽しみが一つ増えたな。

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