52.自称賢者は足が速い
わざわざ、馬を借りてまで人が居ない様な場所まで来たにも関わらず、戦闘音が森に木霊している。木と鉄、木と木がぶつかり合う音が聞こえてくる。戦闘の所為なのか、たくさん居るはずの獣や鳥の気配が消え、静かになった森に剣戟だけが響いている。
音源に近づくにつれ、音と気配が濃厚になり状況が判明してくる。一対五の小規模戦闘だ。
旅人が物取りか怪物にでも襲われているのだろう。馬をこの辺りの適当な樹に繋ぎ、気配を消して、さらに現場へと近づき、戦闘の全体を把握しやすい場所に移動し、状況を再度確認する。
一人の方がスタッフで戦い、五人の方が剣と棍棒で襲っている様だ。どうやら、一人の方が人間で、五人の方がゴブリンの様だ。ならば、人間に与する方がお得だろう。ここで恩を売り、金銭や労働で報酬を回収させてもらおう。
それに試し斬りをするにしても、ゴブリン共を斬る方が、後腐れがない。
簡単な革鎧を着た四十代位の男が必死にスタッフを振り回し、ゴブリン五匹と応戦をしている。状況は、五分五分。善戦はしているが、持久力が切れた時が男の最後だろう。
さて、私の助力は必要としてくれるかな?
気配も消さず、堂々と戦闘の中心へ入る。
「こんにちは。今日は良い天気ですね」
「はぁ、はぁ、はぁ、この状況が、分からぬのか。邪魔じゃ。戦闘中だ。どこかへ、逃げるか、手助け、して、くれ、給え」
警戒をされぬ様に気を使ってみたが、逆効果だった様だ。ならば、シンプルにいこう。
「助力いかがですか?安くしますよ」
サービスとアピールついでに、男とゴブリンの間に割って入り、ゴブリンの攻撃を剣で弾き続け、男を休ませてやる。男は、私の後ろでスタッフにしがみつき、息を整える為、小休憩を始めた。ちらっと見たが、茶色の髪は、ぼさぼさでハサミや櫛を通した形跡も無い。顔面はひげ面で、遠くから見ればドワーフと間違えられてもおかしくないくらいだ。もっとも身長は、一七〇センチあるかないかくらいの中肉中背だから、ドワーフ族と思われることは無いだろう。着ている服は、一番安い冒険服に使い込まれたボロボロの革鎧だ。
これは、金の匂いが一切しないな。ま、人助け位は、たまにはしておこうか。
「じょ、助力は嬉しいが、今は金はないのう」
「じゃあ、労働力かそれに類する物でいいですよ」
「ワシが貸せるのは知恵だけじゃ」
「ほう、知識に自信有りですか」
「自分で言うのもなんじゃが、巷では『転換の賢者』と呼ばれておるのう」
「正直な処、聞いたことないですな~」
駆け引きでも何でもない。本当に聞いたことが無い。四季物語のマスターならば、何か知っているだろうか。後で確認をしておくか。
この間も、ゴブリン五匹の攻撃を適当にあしらっている。やはり、ゴブリンでは私の相手にはならないか。トロールかジャイアント位は、出てきて欲しいものだ。肩慣らしにもならない。
「これでも、数多の相談を解決してきたんじゃ。汝の問題も解決できるやもしれぬぞ」
どうやら、自称賢者とやらは、落ち着いて話せるまで回復した様だ。意外に体力があるな。見た目や感じる気配通りではないという事か。
「なかなかの自信ですね。ちなみに賢者としての専門は?」
「古文書の解読じゃ」
「そこには魔導書も含まれる?」
「魔導書のう…。魔術言語は読めんが、古代語か、現代語に翻訳済みであれば、解読してみせるぞ」
「現代語には翻訳済みですよ。では、契約成立ということで」
ま、あてにはならないだろうが、あの魔導書を解読できる可能性が有るのであれば、試す価値はあるだろう。ゴブリン五匹で解読できれば、安いものだ。失敗されても失うものは無い。
さて、契約も成立した事だし、あしらっていたゴブリンとの遊びは終わりだ。
では、バスタードソードの仕立て直し振りを、二代目の仕事を確認させてもらいましょうか。
一匹目のゴブリンに上段から、斬りかかる。ゴブリンが剣で受け止めようとするが、意味がない行為だった。ゴブリンの使う粗末なショートソードは、抵抗を感じることもなく切断し、そのままゴブリンの頭部を両断した。頸部から血が噴水の様に湧き上がる。感触としては、熱したバターナイフでバターを斬るかの様だ。
二匹目が棍棒で殴りかかってくるが、棍棒を蹴り飛ばし体が開いたところを、心臓を一突きにする。その時、勢い余り二匹目の背後に居た三匹目のゴブリンも一緒に貫く。
まるで筋肉や鎧の抵抗を感じない。素晴らしい斬れ味だ。新月媛鎧の動きも静かでスムースだ。狙い通りに蹴りを放っても鎧の重さを感じさせない。気持ち良い程、目標を蹴り抜く。
串刺しにした剣を抜くと血の一筋が剣先から糸の様に繋がり、太陽の光を照り返した。直後、心臓より大量の血が流れ始め血の池を作る。
さて、残り二匹のゴブリンにゆっくりと正対する。
ゴブリンは逃げの態勢に入ろうとしているが、私が見逃すわけがない。一呼吸でゴブリン二匹を剣で横薙ぎに払う。あえて切断しにくい胴体を狙ったが、剣の斬れ味に問題はなかった。粗末な革鎧ごとゴブリン二匹をまとめて上下に両断する。これも鎧や骨の抵抗を感じなかった。下半身だけが惰性で数歩進んで倒れ、上半身だけその場に落ちる。ゴブリンを中心に血溜が広がっていく。
以前からこの剣で一刀両断することは出来たが、骨を斬る時に若干の違和感があったものだ。しかし、今回は全く違和感がない。余りにも斬れ過ぎる。どうも、剣が良くなっただけではなく、ウォンとの死の鍛錬が、大きく私の地力を底上げした様だ。剣を完全に使いこなせている気がする。
試しに近くの枝を斬らない様に剣を振ってみる。固い手ごたえが掌に返ってくる。枝は、樹皮に凹みが付いただけで切断することが出来なかった。
斬るも斬らぬも思いのままか。業物の条件を見事に満たしている。二代目の仕事は、間違いのない物だった。一般庶民の年収分以上の仕事ぶりだ。もう少し、報酬に色をつけても良かったかもしれなかったかな。また、仕事を頼むだろうから、その時に色を付ければ良いか。
剣という武器を握るという感覚は無い。手足の延長にしか感じない。一ヶ月以上、ウォンの死の鍛錬に挑んだ甲斐があった。これで以前と同じであり、成長がなければ、泣くに泣けない。痛いのを我慢して、手足を何度も何度も切り落とされた甲斐があった。
ウォンの指導は、正しかったということだな。
「毎度あり。ゴブリンを鎮圧しましたよ」
「見事な手際じゃのう。高名な冒険者かな。エルフ殿」
「おや、私はエルフと言いましたか?この黒髪は、染め物無しの地毛ですよ。それにエルフにしては、身長が十センチ以上低いですよ」
エルフは、基本的に金髪か銀髪だ。私の様に突然変異である低身長の黒髪のエルフは珍しい。顔は仮面で隠し、身体的特徴の先が少し尖った耳は、長髪で隠している。その為、外見は人間と変わりない様に変装している。
「確かに身体的特徴は、エルフとは似とらん。じゃが、ヌシが発しておる生気は、エルフ族特有の波長じゃ。こればかりは、偽ることは出来んのう」
「生気が見えるということですか?気配を感じるのではなく?」
「そうじゃ。生まれつきのワシの特殊能力でのう。生き物の生気が見えるのじゃ」
「では、エルフであることは内密に。人間族として扱って下さい。でないと殺します」
「わ、わかった。まだ、知りたいことが世の中に山程ある。その程度の事、忘れることは造作もないのう」
自称賢者が慌てる。余程、死が恐ろしいのだろう。だが、何か不自然だ。私のことを知っている?まさか、それは無いだろう。私がここに来たのは偶然だ。装備が完成しなければ、エンヴィーを出ることも無かった。南の森に来たのも何となくで、特段、考えて来た訳ではない。
「結構です。さて、助力の駄賃を頂きたいのですが、これからどちらに向かわれます?」
「この先のエンヴィーに向かうところじゃ。娘さんや今の恐怖で記憶障害を起こして、エンヴィーへの道が分からなくなってしもうた。街まで連れて行ってくれるかいのう」
この自称賢者は、口止め料として街まで護衛しろと言ってきたか。賢者と名乗るだけのことはあるか。頭の回転が早いことは認めよう。街にはどうせ戻るのだから、護衛はしても良い。しかし、助力の報酬である知恵は、あてに出来るのだろうか。まあ、ハズレでも良いか。どうせ私が数年かけても解けない謎だ。得体の知れない男に解けなくとも問題はない。
解いてくれれば良いなと思うレベルだ。
「おじさん、まだ帰るのは早いですよ。お客さんです」
「ふむ、生気を見るとトロール一体とおまけが近づいて来ておるようじゃ。早よう逃げよう」
「ご安心を。助力のアフターサービスです。しばし、お待ちを」
せっかく、私が希望していたトロールが出てくれたのだ。戦わない訳がない。剣だけでどこまでトロールと戦えるだろうか。楽しみだ。軽く剣を振って、刃先についていた剣の血を払い落す。
以前は、トロールの再生能力が面倒だったので、強力な魔法の火力で即座に滅していた。さて、私の剣が、トロールの再生能力を上回るかどうか試してやろう。
目の前の大木を回り込む様に一匹の巨人、トロールが目の前に姿を現した。トロールは、生涯一度も水浴びをしないと言われている。そのため、全身に苔が生え、汗や脂汚れと返り血が混じった例えようも無い悪臭を放っている。身長は、二~三メートルが平均的だ。ちなみに目の前に現れたトロールは、三メートル程ありそうだ。大物だな。
装備は、直径五十センチはある棍棒のみで、鎧の類は装備していない。種族特性の再生能力と皮膚が岩の様に固く、並の剣では歯が通らない事に絶大な自信を持っているのだろう。
そして、猟犬代わりか私より一回り巨大な二匹の巨狼を引き連れている。この巨狼が、ゴブリンの血の匂いを辿り、私達の元へトロールを連れて来たのだろう。試し斬りには、程良い相手だな。
「ひえ~、娘さんには無理じゃ。ワシを置いて魔法で逃げなされ。早う」
自称賢者が慌てふためいているが、私の敵では無い。だが、自称賢者に説明しても納得はしないだろう。実力を見せて黙らせた方が早い。
今日は、盾を装備していないので、バスタードソードを両手に握りしめ、どの様な攻撃にも対応できる中段で構える。
『狼どもよ、爺を狙え。女は寝床に連れ帰る』
トロールが、トロール語で狼たちに命令を与える。やれやれ、知能の低い怪物は、女と見ればやる事しか考えていない。だが、新しい私の戦い方を押し付けてやろう。
すぐに巨狼が私を迂回して背後の賢者を襲おうと走り出そうとするが、そうはさせない。
巨狼が最初の一歩を踏み出した瞬間に右側に居た巨狼を口から薙ぎ払い上下に分断する。だが、剣の勢いは止めない。そのまま左側への巨狼へと剣を回転させ、四肢を斬り落とす。
走る勢いがついていた為か、賢者の足元へ巨体を滑らせていくが、四肢を失い身動きがとれなくなり丸太の様に転がる。すかさず、首筋に剣を突き立てる。数度の痙攣を剣から感じた後、命の鼓動は感じなくなった。上空から見れば、半円形に剣を振るい、一瞬で二匹の狼がなぎ倒された様に見えただろう。
『お前、俺の犬、壊した。許さん。俺の固くなった剣で貫いてやる』
トロールがわざわざみすぼらしい腰布を外し、怒張した股間を私に見せつける。
『やれやれ。身体の大きさの割には貧弱だな。雌かと思った。見つけるのに苦労したぞ』
『うるさい。だまれ。すぐに悦び、泣き叫ぶ。待っていろ』
『泣くのはどちらかな。おっと、泣く暇も無いかな』
自分より大きい敵を相手にする時は、足元を狙うのが常道。足にダメージを与えて膝をつかせ、上半身を狙えるようにする。だが、この剣と腕ならば、剣術に拘る必要は無さそうだ。自然体で攻撃を待ち、反撃する方が上策の様に思える。
トロールは、真っ直ぐと私へ走り込み大きく巨大な棍棒をフルスイングする。
誰の目にも私の身体を棍棒で薙ぎはらったかの様に見えただろう。だが、私は何事も無かったかの様に立っている。
トロールが不思議そうな顔で棍棒を見つめるが、棍棒は無かった。正確には手首から先が無かった。トロールの強力な再生能力の為、血はすでに止まり、肉と骨が盛り上がり始めている。
『痛い。どうやって斬った?いつ斬った?許さない』
何かほざいているが、気にもしない。やはり、私の地力がかなり上がっている。今まで、力を入れて斬っていたトロールの固い皮膚を容易く切り裂き、骨ごと手首を切断した。それも構えもせず、剣術も使わずにだ。そういえば、ウォンの戦闘スタイルに似ているな。自然体で立ち、敵を無造作に切り捨てる。なるほど、これがウォンの見ている世界の入口か。
敵の隙を剣でなぞるだけで、先程トロールの岩肌の様な固い皮膚を物ともせず、手首を簡単に切り落とした。
確かに、この様な風景が見えているのであれば、構えは要らないな。自然体で立ち、隙に沿って剣を走らせればよい。それだけで自分の望む結果が得られる訳だ。
どうやら、自分は剣士という名に囚われ、剣術に拘り過ぎていた様だ。剣術の奥義を会得している私が強くなるには、この自然体を会得する必要があったのか。
一ヶ月以上、がむしゃらにウォンと剣を交えてきた効果をここまで体感できるとは思わなかった。ウォンに感謝だ。酒でもしばらく奢ってやるか。
ということは、隙さえ狙えれば自由に斬れる。どうしても隙がない時は、剣術で隙を作らせればよいだろう。ふむ、戦いの幅が一気に広がったな。
思索に耽っている間にトロールの再生は、終わったらしい。斬り飛ばされた棍棒は拾わず、素手で殴り掛かってきた。あまりにもゆっくりした動きに感じてしまう。ウォンの素早い動きに目が慣れた為だろう。トロールが迫って来た為に、自分の顔面にそそり立った股間が近づいて来る。ただでさえ風呂に入らず臭いのに、さらに強烈な酸い臭いが私を襲う。
『臭い。邪魔』
股間を根元から、斬り落とす。トロールが絶叫を上げ、両手を股間に押し付け、地面を転げ回る。口からは白い泡が湧き出してくるが、意識を飛ばすまではいかなかった。
『あはっ!固い剣ってどれ?この地面に落ちているゴムのこと?』
足元に落ちているトロールの剣とやらを踏みにじり、挑発の笑顔を向ける。
転がっていたトロールの動きが治まり、立ち上がる。斬り落とした股間は、力なく垂れ下り再生していた。ふむ、トロールの再生能力は、本当に早いな。数分で元通りか。
『再生して苔も取れ、きれいになったじゃないか。次は、どこをきれいにして欲しい?』
『お前、許さない。絶対に犯す』
トロールが、無造作に踏み込んで来る。トロールの右足を太ももの中程で切断する。支えるべき足を失ったトロールの身体が、地面に倒れ込む。私の剣の間合いに入ったトロールの両手を、剣を二閃させ肩口から切断する。固いはずのトロールの皮膚を私が固く感じることは無かった。
『いだい。いだい』
トロールの切断面はすでに出血を止め、肉が盛り上がり始めている。本当に再生能力だけは、さすがだな、
以前の私ならば剣だけでトロールをここまで簡単に追い詰めることは出来なかっただろう。
さて、このまま首を切断したらどうなるのだろうか。
首筋の隙に剣を這わせる。簡単にトロールの首が転がり、足元に転がってくるのを踏み付ける。トロールの目が私の目と合う。だが、その眼には生気は無かった。事切れていた。さすがに再生能力が高いとは言え、首を切断されればトロールも再生できない。
あっさりと静かに決着がついた。この戦闘で私は、一歩も動いていないことに気がついた。
なるほど、自分は動かない。斬る時も力を使わない。構えず自然体で立っている為、身体に無理がかからない。これが、疲れない戦闘というものか。
ここが、ウォンという戦士の申し子が立っている世界の入口なのか。何と奥が深いのだろう。剣だけでウォンに勝とうするのは、今の私では無理だ。やはり、勝つには剣術と魔法が必須だ。
ウォンの言う通り、死の鍛錬にもう少し付き合ってやろうじゃないか。これで体力回復の呼吸法を会得すれば、戦闘可能時間が以前と比べ物にならないだろう。現にこの戦闘では、呼吸一つ全く乱れていない。
「姉ちゃんは、見た目に寄らず、強いくてエグイのう。トロールを剣だけで倒すなんぞ初めて見たのう。何か特殊な剣、炎属性の剣でも使っておるのか?」
自称賢者が髭をさすりながら、話しかけてくる。
「いえ、切れ味が良くなるだけの魔法の剣ですよ」
「そうかい。なら、技量が良いのじゃのう。大したものじゃ」
賢者は、大したものだと言っているが、驚いた様な気配も様子も外見からは伺えない。本当に感心しているのだろうか。どうも、この自称賢者は、胡散臭い。さっさと街に戻って役に立つか立たないかを見極めて、別れた方が良さそうだ。
「では、街に行きましょう。徒歩ですか?」
「あぁ、徒歩じゃ」
「私は、馬に乗って来ていますので、馬は先に街へ返します。一緒に歩いて、街へ参りましょうか」
馬に大人の二人乗りは無理だ。幾ら私の体重が軽いとはいえ、鎧を着込んだ重装備だ。そこに大の男を乗せるのは、過重量で馬を潰すことになる。せいぜい小さな子供を乗せるのが関の山だ。
馬は、ゆっくり歩いても人よりも早いのだ。人間の歩く速度を馬に強要することも出来ない。それを二十キロ近く、時速四キロとして五時間も歩かせれば、同じく馬を潰しかねない。
だが、意外な返事が返って来た。
「大丈夫じゃ。これでも足には自信があってのう。馬の並足位は楽勝じゃ」
並足といえば、時速七キロ近くになる。早歩きというよりも、フル装備の持久走に近い速度なのだが、この自称賢者は、何を言っているのだろう。本当に魔導書を解読できるのか、不安になってきた。
「本当に私の馬について来られるのですね?」
「生まれてこの方、嘘は言ったことは無いぞ」
ここまで言うのだ。実際に確かめれば済むだけのこと。
「分かりました。馬の所に戻ります。付いて来て下さい。そのまま、エンヴィーに戻ります」
「はいよ。道案内は任せたからのう」
馬を繋いだところまで戻る。他の怪物や獣に襲われる事無く、無事だった。馬に餌と水をやり、並足でエンヴィーに向かうことにする。
驚いたことに自称賢者は、森の中の足場の悪さを物ともせず、私の馬に息も切らさず付いて来る。街道に出ると私の横に並んできた。確かに自称賢者の言う通り、馬の並足に付いて来るのは楽勝の様だ。
「ここまで道が整備されておったら、もう少し早くとも良いぞ」
その言葉に呆れ返る。どこからどうみてもただのおじさんだ。筋肉の付き方を見ても、走りや戦闘に向いている様には見えない。謎の存在としか言いようがない。
本当に付いて来られるのか疑問を感じたが、言われるままに若干速度を上げる。だが、涼しい顔で馬に付いて来る。
はて、森の賢者であるドルイドだろうか。それとも森の守り人であるレンジャーだろうか。それとも、その両方だろうか。一体この男は、何者だろうか。
自称賢者に一番驚かされたのは、エンヴィーに着く約二時間を休憩無しに走り通した事である。
無論、何度も私は男の体調を考え、休憩を提案しているが、すべて断られた。
「問題ないのう」
この一言だ。確かに呼吸の乱れも発汗も認められないので、休憩は取らなかった、だが、この足を持っているのであれば、ゴブリンと戦わずに走って逃げることが出来たはずだ。
あまりにも怪しい。四季物語に連れて行っても良いものだろうか。
いや、何かあってもウォンやカタラが居れば、どの様にでも対応できるか。やはり、四季物語に向かおう。
馬を馬屋に返却し、保証金を返して貰い、自称賢者を四季物語に案内する。
「表情に苦痛も無く、汗一つ掻いていない。一体、どういう身体の造りをしているんだ」
「日頃の鍛え方が違うんじゃ」
どうやら、考えていたことを口に出していたらしい。
「幾ら鍛えても、同じ事は普通の人間には出来ませんよ」
「そうかいのう。娘さんもトロールを剣一本で倒したではないか。普通の人間には出来んのう」
「私の他にも同じ事が出来る人間は居ますよ」
「ほう、そんな人間がまだおるのか。それは恐ろしいもんじゃ」
「基本的には人畜無害です。多分、宿に居ると思うので会えます」
「そうかそうか。それは会えるのが楽しみじゃ」
本当にこの自称賢者の正体が掴めない。歩き方を見ても一流の戦士の様に地面に根を張っている様に感じるし、ピグミット族の様に俊敏な動きも見せる。かといって、何も無い処でつまづいたりする。演技をしているのか、擬態をしているのか。あぁ、訳が分からんおっさんだ。
エンヴィーの大門をくぐり抜け、四季物語に帰って来る。
「マスターただいま~」
「ミューレさん、お帰りなさい。皆様、お戻りですよ。まもなく、お二人は夕食にされますが、一緒にされますか?それとも先に一風呂浴びてから、夕食にされますか?」
そうか、二人はもう帰ってきているのか。自称賢者を紹介するのも後回しにすると面倒だな。何時もなら風呂を優先するが、今回は夕食を優先して、自称賢者を紹介してしまおう。それに装備を外してはならないという警戒感が私の中に鳴り響いている。
「マスター、夕食が先で。後、今日は一名追加。部屋もよろしく」
「後ろに居られる方ですか?」
「うん、そう。賢者さんはお金持っているの?」
「うむ。安心しろ。ちゃんと持っておるぞ。大丈夫じゃ。安心しろ」
まぁ、宿代位は奢っても良かったんだけど、本人が出すのなら私が出す理由が無い。無駄金は、使わない主義だ。
「では、お席にどうぞ。すぐにご用意致します」
「はい、は~い」
マスターに促され、席に向かうとウォンとカタラが対面で席に着き、談笑をしていた。どうやら二人とも有意義な休みを過ごした様だ。
「ただいま~」
「お、帰ったか」
「お帰りなさい、ミュー…」
ウォンは、いつもと同じ様に迎えてくれたが、カタラの様子がおかしい。
私を見ずに、私の後ろを見て固まっている。自称賢者の事を知っているのだろうか。
カタラとの接点と言えば、教会関係者だろうか。
カタラの目に煌めくものが溜まり始め、一滴頬を流れる。そして、カタラから出た言葉は…。
「父様…」




