51.新装備完成
街は豪雨の中だが、晴れて村の焼き打ち事件の容疑者から無事に外れた。
ドラゴンを狩るということは、ドラゴンの財宝を持っているという事だ。その様な、財宝を持つ人間が、日々の糧に窮している様な村々を襲うはずがないと云う先入観を利用した。
これで、今後は類似の事件が発生しても私達に嫌疑がかかることは無いだろう。今思えば、少々やり過ぎたかもしれない。あまり、目立つことはしたくなかったのだが、鼠に周りをうろつかれるのは目障りで、気持ちが良いものでは無い。
知名度が上がるのは本意ではないが、結果往来という事にしておこう。あれだけ釘をさしておけば、噂に上る事もないだろう。もし、噂が漏れたとしても二十歳に満たない少女が、悪魔やドラゴンを斃すなどと信じる者が居るだろうか。いや、ほとんどの者が、信じないだろう。衛兵の与太話で終わるだけだ。この件は、これで忘れよう。さて、午後の鍛錬に向かいますか。
午後の鍛錬は、予想通りさらなる地獄だった。ぬかるみに足を取られ、一瞬の遅れをすかさず攻められ、防御一辺倒だった。ウォンは、ぬかるみの上でもいつも通り固い地面の上を移動する様に攻めてくる。
こちらは、ぬかるみに足を若干滑らせ、行き過ぎたり、離れ過ぎたりしながら攻撃を加えるもかすりもしない。だが、さすがに手足を切断されることは無くなった。ちょっと、剣での受け流しに失敗し、せいぜい骨折するくらいだ。
鍛錬を始めた時を思えば、動きに雲泥の差がある。確実に自分自身の地力が上っていることを実感する。これならば、もう一週間もすれば、ウォンが立つ達人の領域に達せられる。
だが、次の一言で私の憶測を微塵に粉砕してくれた。
「よし、この速度にも慣れたな。もう少しペースを上げるか」
ウォンが、気楽に言う。
私は、今後の鍛錬に絶望を感じた。
後の四週間は、予想通りだった。ウォンが速度を増すと手足の切断頻度が上がり、ようやく速度に慣れ切断されなくなると、また、ウォンが速度を上げる。後は、この繰り返しだ。
四週間は、長かった。途中で逃げようかと思ったが、ここで逃げては地力が上らぬと我慢した。だが、この我慢がストレスとなり精神に変調をきたそうとする瞬間にカタラに平常心を取り戻す魔法をかけられ、現実に引き戻された。ウォンに身体と心も壊され、カタラに元に戻してもらう地獄の日々だった。
今日は、二代目から装備一式が治ったとの連絡が入り、受け取りにくい日だ。その為、午後の鍛錬は休みとなり、四季物語でウォンとカタラの三人で昼食を摂っていた。
ふと、模擬戦という名の死を伴う実戦を一月以上も繰り返しながらも、肝心の体力を回復する呼吸法を教えてもらっていないことに、ようやく気がついた。そこまで、私は精神的に死の鍛錬に追い詰められていたのか。ならば、仕返しの一つもしてあげないと悪いな。
「ねぇ、ウォン、人の身体を散々弄んでおいて、何時認めてくれるの?」
意味深に自分のお腹を撫で回しながら、上目遣いに尋ねる。
たまたま、居合わせた数人の客が、その言葉に一斉に反応し、ウォンの次の言葉を静かに待つ。先程まで昼の喧騒に包まれていた四季物語に静寂が訪れる。予想通りマスターまで皿を拭く姿勢で固まっている。ここに居る全員が全身を耳にし、ウォンの言葉を待っている。
「弄ぶとは人聞きが悪い。同意の上だろう」
「確かに同意したけど、私のこ(と)を認める気にならないのね」
あえて、一文字声を小さくする。
「まだ、駄目だ。認める訳にはいかないな」
「そう、認知してくれないんだ」
「また、難しい言葉を使って。よく分からんが、認められん」
周囲の客がざわつき始める。
「聞いたか。やるだけやって、お腹の子を認めないんだと」
「あれじゃないか、隣の本妻が拒否しているんじゃないか」
「つまり、三角関係のこじれか」
「不倫か?」
「金持ちなら妾が居てもおかしくないぞ。ただ、子供を認知しないのは酷いな」
「なら、子供は私生児で父親無しか。そりゃ外道だ」
「ああいう手合いは、金で無理やり話をつけるんだぜ」
「しかし、男も嫁さんがあんな美人なのに、よく仮面を着けた変わり者とする気になったな」
「ほれ、十歳以上も若い様に見えるし、そこが良かったんじゃないか」
「口許を見れば、案外、美少女じゃないか」
「言われてみれば、そんな趣もあるな」
「とりあえず、男が悪いな」
「全くだ」
面白い程に野次馬が、私の思惑に乗ってくれる。カタラは、赤面して膝元で修道衣を握りしめて固まり、ウォンは、飲んでいた紅茶を肺に入れ、むせて苦しんでいる。
些細なことながら、復讐完了だ。
ここら辺で止めておいた方が良いだろう。さもないとエンヴィー中に不名誉な噂が轟いてしまう。
「ねぇ、ウォン早く新しい技を教えてくれる約束でしょう。まだ、認めてくれないの?そうじゃないと実戦で試せないじゃない。呼吸法って、腹式呼吸なのでしょう。習得するのに時間がかかりそうじゃない。早く教えて」
「確かに、呼吸法を教えると言ったが、まだ身体が出来ていないから、教えられない。もう少しだけ、鍛錬に付き合え。後、誤解を招く言い方は止めろ。俺は気にしないが、カタラが恥ずかしがっているだろう」
「ふむ、確かにカタラを巻き込むのは可哀想だったかな。次からは、ウォン一人の時にしよう」
「聞こえているぞ」
「おっと、口に出していたか。まあどうでも良いな。ウォンのことだし。」
「それも聞こえているぞ」
おっと、失言、失言。
回りの野次馬から落胆のため息が聞こえてくる。マスターも硬直が解け、何事も無かったかのように仕事に戻っている。
「ちっ、誤解を招く言い方をしやがって」
「何だ、剣の稽古か」
「ウォンさんが子供を認知しない訳ないだろう」
「そうだな、ウォンさんなら『そうか分かった』で終わりそうだもんな」
「解散、解散」
あっさりと皆が納得していく。これがウォンの人徳か。何か面白くないな。
「午後から、鍛冶屋に行くけど、二人はどうする?」
「俺は、久しぶりに酒でも飲んでくるか」
「私は、教会へお手伝いに参ります」
久しぶりの休日だし、自由日というのも良いだろう。
「了解。で、明日から鍛錬再開?」
「もちろんだ。で、そんなに呼吸法を早くマスターしたいのか?」
「当たり前。強くなれる方法が目の前にハッキリと分かっているのに実践しない冒険者なんていない」
「確かにそうだな。ちょいこっち来い」
ウォンに呼ばれ、隣に立つ。いきなり、冒険服の上から上半身をくまなく、まさぐられる。
背筋に電撃が走り、呼吸が荒くなる。力強く掌を押し付けるかと思うと、触れるか触れないかの絶妙な距離でまさぐられ、快楽の波が押しては引いてを繰り返す。
下腹部が熱くなり、足から力が抜け、ウォンに覆い被さる様に倒れる。
「おいおい、筋肉の付き方を確認しただけだぞ。どうした?」
多分、私の顔は上気し真っ赤になっているはずだが、仮面のお陰で見えていない筈だ。
ウォンの顔を睨みつける。そこには、ニヤニヤと笑う顔があった。くそ、さっきの仕返しか。
「くすぐったくて、足を滑らせただけ。で、結果はどう?」
くそ、やられた。ウォンがあんな手技を持っているとは知らなかった。不覚。だから、見た目の割には、酒場の女中に人気があるのか。納得した。
「まぁ、あと少し鍛えたいところだが、及第点だろう。明日から呼吸法の鍛錬を行うか。やることは、基本的には今までと同じだから、楽になると思うなよ。いや、俺も飽きたし、違う事するか。ま、考えておくか。そうだな。鎧も仕上がるのならフル装備で集合な。その方が鎧の重量分キツくて鍛錬になるだろう」
「了解…。加虐性愛教官」
「え、加虐性愛者はミューレだろ」
「そうですね、ミューレの方が加虐性愛者ですね」
二人に指摘されてみれば、そうかもしれない。敵への質問や尋問で相手に苦痛を与えることによって精神的満足を得る加虐性愛の傾向はある。ただ、これは効率を重視した結果であり、自身の趣味ではない。と反論したところで意味が無いか。実績が物語っているか。
ここは、聞き流して戦略的撤退だ。
「よし、装備を取りに行ってくる。またね~」
冒険服にインテリジェンスソードを腰に佩き、鍛冶屋へと向かう。さて、鍛錬中も鎧の調整をし、剣の拵えも新たに鎧に合わせて、黒系で誂えてみた。早く、フル装備をしてみたいものだ。フル装備をした姿を想像するだけで、足取りも軽くなってくる。
これで新たな呼吸法も会得すれば、間違いなく今までより、一段階は上の領域に足をかけることが出来る。ワクワクが止まらない。これだから、冒険者は止められない。さて、次はどんな冒険をしようか。
鍛冶屋に着くのに、いつもの半分の時間で来られた様な気がする。余程、自分自身、この日を楽しみにしていたのだろう。鍛冶屋の煙突からモクモクと煙が出ていることを確認し、扉を開ける。
「こんにちは~。二代目、取りに来たよ~」
ちょいと、はしゃすぎたか。二代目が私を見て苦笑している。
「いらっしゃいませ、ミューレさん。準備できていますよ。しかし、こんなに明るいミューレさんを見たのは、初めてかもしれませんね」
「そう?だったら忘れなさい。私は、冷血のミューレですから」
二代目に指を差し、ふんぞり返る。
「そうでしたね。冷血のミューレがスキップしながら店に入ってきたら、駄目ですね」
二代目が苦笑いをする。二代目が衛兵隊と共に殺気を当てられた一件以来、二代目の態度が、はっきりと変わった。
やたら金払いの良い得体の知れない人物から、尊敬できる高位冒険者へレベルアップしたらしい。ということは、それまでは盗賊や強盗の類にでも思われていたのだろうか。二代目には、実力をさっさと見せた方が良かった様だ。
今までは、つかず離れずの距離の接客から一気に積極的な接客に変わり、私の冒険譚を聞きたがるようになった。とりあえず、当たり障りのない怪物討伐の話でお茶を濁している。
闇深い数え切れない程の人斬りの冒険譚は、他の者に聞かせる訳にはいかない。
接客態度が変わったと言っても、二代目の仕事振りは変わらない。さすがにそこはプロだ。どんな客でも、一切妥協はしていなかった訳だ。
「私、そんなに浮かれていた?」
「はい、それはもう。扉の前から鼻歌も聞こえていましたよ」
これは参った。ということは、四季物語から鍛冶屋までの間、ずっとはしゃいでいたことになる。これはエンヴィーの噂好きに新たなネタを提供してしまった。久しぶりの失敗だ。ま、鬼の霍乱程度の噂は、すぐにでも消えるだろう。さて、気を引き締めよう。
「二代目、始めてくれる」
「はい、かしこまりました」
中央に白い布がかけられた人型がある。二代目が、ぱっと布を取り去ると艶消し黒に金縁のプレートメールが現れた。私の鎧だ。新品同様に復元されている。勿論、私専用に革ベルトの調整もこの一月の鍛錬の間に済ませた完成品だ。今日初めて、微調整が終わった完成品の鎧を装備することになる。
二代目が、私へ鎧を手際良く着装していく。この一ヶ月、何度も着けては外してを繰り返していたので、お互いに着装の手順は心得たものだ。見る見る部品が組み上げられ、備え付けの鏡に黒い鎧を身に着けた仮面の少女が出現した。相変わらず、兜は被らない。視界と聴覚と空気の流れを読むのに邪魔なだけだ。頭を殴られる様な三流の冒険者ではない。兜は不要だ。
二代目の腕の良さを物語るかの様に、鎧は私の身体にぴったりと吸い付いている。軽く、手足を動かしても金属が擦れることも無く、静かに動作する。また、稼働箇所も必要以上に隙間が空く様な事も無く、防御面でも安心できそうだ。
全身を隈なく鏡に映し、自分の鎧姿に満足する。
「磨いている時に、銘が彫られているのに気がつきました」
「何て、彫ってあった」
「新月媛鎧です」
「やっぱり、お姫様用だったか。…新月…」
確かに艶消しの黒に縁取りの金が、新月に似ているかもしれない。音もしない、光も反射しない真っ暗な夜空。そこにひっそりと浮かぶ新月の名が、しっくりと来る。この作者は、私とセンスが合う様だ。
「新月媛鎧、良いね」
「はい、ミューレさんによくお似合いです。そして、こちらもどうぞ」
新たに拵え直したバスタードソードを受け取る。今までは、鋼むき出しだったが、鎧に合わせ、鞘を艶消しの黒に金縁に塗り替え、柄を黒革で巻き直した。背負っても、鎧との違和感が無い。
色を合わせるのに、二代目はさぞ苦労しただろう。
ゆっくりと剣を抜く。白銀の刀身がランタンの光に反射し、キラキラと輝く。あれだけ波打っていた刀身は、桶にはった水面の様に水平だ。鞘から抜く時も静かに滑らかに抜けた。
一度、鞘に仕舞い、居合斬りをし、中段に構える。
ふむ、以前より鞘走りも早く、滑らかだ。確実に抜刀の速度が上がっている。死の鍛錬の結果か、二代目の腕なのかは分からない。だが、腕が上がった上でその実力についてくる武器ということは、非常に有り難い。いくら腕を上げようが、剣がなまくらでは真の実力を発揮できない。
達人であれば、木刀でも人を斬る事は容易い。だが、得物が良い物であればある程、切れ味が上るのは素人でも分かる事だ。達人は道具を選ばないという風潮が、素人の間ではあるが全くの間違いだ。達人である程、自分が使う道具には気を遣う。何せ、そこに己の命を預けるのだ。
大金を預けるのにそこらにある鍵がかからない木箱に預けるか、頑丈な鋼の鍵のかかる箱に預けるかを考えれば、誰でも鋼の箱を選ぶ。単純な道理だ。
「剣も良い。鞘走りが以前より滑らかだ。それに拵えも新月媛鎧と良く合っている」
「お褒め頂きありがとうございます。あの波打った刀身を直すのに苦労しました。強力な魔法が掛かっているので、今回も魔法ギルドに出張してもらって、直しました」
以前より腑に落ちなかった点が、ようやく分かった。魔力が無い二代目が魔法の物品をどうやって修復しているかだ。魔力により固くなっていたり、炎に強くなっている武具をどうやって手直しをしているかが疑問だった。
なるほど、魔法使いギルドが関与していたか。となると、二代目は、余程腕の良い魔法使いと太いパイプがある様だ。
同じ魔法使いと言えど、私は破壊に特化した魔法使いだ。この様な鍛冶仕事の助けは、一切出来ない。逆に鍛冶仕事に向いているのは、魔法の物品を産み出す創造に特化した魔法使いだ。
冒険者には向いていないが、創造の魔法使いは、貴重な人材だ。冒険に出る魔法使いとは違って、全く目立たない存在だが、この世界で必要不可欠な人材だ。身近なところで言えば、庶民でも買える医薬品のポーションや初級魔法使い御用達のスクロールなどを作っているのが、創造の魔法使い達だ。創造の魔法使いがいなければ、庶民や駆け出しの冒険者の死亡率が、格段に跳ね上がっていることだろう。
そして、高位の創造の魔法使いが、魔法の武具を産み出し、私達がいつの間にかお世話になっていることもある。まぁ、私達が装備しているランクの物は、過去の遺物からの発掘物が多いのが現実だが、それを一から作ることは出来なくとも、直す技術を現代にも継承している。実際にこの新月媛鎧やバスタードソードを修復できる様な人間は、この世界に何人いることやら。とにかく、このエンヴィーに居てくれて助かる。私が、ここを拠点にしている理由の一つは、そういった特殊な人材の宝庫だからだ。
「二代目、ありがとう。完璧な仕事。だけど、伝えておきたいことが一つだけある」
「何でしょうか?」
完璧な仕事をし、充足感に浸る表情を浮かべる二代目。そこへ私は、悪魔のような宣告をしなければならない。
「明日から、この装備でウォンと鍛錬をする」
二代目の顔が、紅潮から土気色に変わり、その場にへたり込む。その言葉だけで二代目には未来が見えたのだ。
「だから、また修理に持ってくることになる。よろしくね」
極力明るく言うが、二代目は立ち直れない。
「一月の苦労が…。一月の苦労が…。バックオーダーも溜まっているのに…」
駄目だな。二代目が現実から逃避しようとしている。これ以上、ここに居ても迷惑だろう。金を払って、出て行こう。
「二代目、お勘定」
二代目が、か細く呟く。何とか聞こえた。一般庶民の年収とほぼ同じ金額だな。
フォールディングバッグから金貨を数百枚適当に取り出し、テーブルに置く。多いことはあっても足りないことは無いだろう。数えるのが面倒くさい。
「じゃ、二代目。お金はここに置いておく。次のお客さんが来る前に片付けてね。じゃ、またね」
念の為、鎧にかけていた白い布を畳んで金貨が見えない様に被せておく。二代目の放心状態が、すぐに解ける様に見えないからだ。
「ありがとう、ございました」
二代目の条件反射的な挨拶を聞きながら、鍛冶屋を出た。さて、夕食まで時間があるな。さて、どうしようか。
色々考えた結果、街の外の森へ行くことにした。装備を試すため、近場のモンスターでも狩ろうかと考えた。この当たりをうろつく様な怪物は、ゴブリン程度だ。そのゴブリンも駆け出しの冒険者の練習相手に狩られる為、やや遠出をする必要がある。
街の外で馬を借り遠乗りすれば、程良い相手と出くわすだろう。大雑把な計画だが、これで十分だ。もし、敵と出会わなくとも乗馬の練習は出来る。新しい鎧だ。馬に乗った時にもしかすると動きに不具合が出るかもしれない。それを確かめるだけでも成果がある。
大門へ行く途中、街中でこの装備は、注目を集めるかと思ったが、あまり目立たなかった。艶消しの黒が、光を反射せず陰に溶け込んでいる様だ。これは、冒険者的にはありがたい。敵地への接近や潜入で目立っては、命に係わる。
普段は、マントで鎧を包み光の反射を抑えるのだが、この鎧だとマントも要らない様だ。
エンヴィー唯一の出入り口である石造りの重厚な大門が見えてきた。
まだ、昼過ぎということで門は大きく開け放たれ、左右に衛兵が行き交いする通行人に目を光らせている。
指名手配犯や衛兵の勘に引っかかった者は、守衛室に連行され、尋問される。そう言えば初めてエンヴィーに来た時は、私もこの仮面の為、守衛室に呼び出されたものだ。その時の衛兵にも同じ様に田舎の風習で穏便に納得してもらい、今日に至る。
ざっと、見回したが焼き討ち事件の衛兵隊は、今日は居ないようだ。居れば、挨拶の一つもしておこうかと邪なことを考えていたが、無駄に終わった。素直に門外にある馬屋に馬を借りに行こう。
馬くらい買う金は、いくらでもあるが正直な話、生き物を飼うのが面倒くさい。餌をやり、水浴びをさせ、定期的に運動をさせる。こんな面倒なことを冒険者はしていられない。長期に渡りダンジョンに潜ったり、船で川を渡るのに馬を置いていくことなど日常茶飯事だ。
ならば、レンタルの馬を必要な時に使う方が理にかなっている。
保証金とレンタル料を払うだけで使いたい時に、きちんと調教された馬を自由に使うことが出来る。それに馬が不要になり解き放てば、勝手に馬屋に帰ってくれる。これ程、便利な物を利用しない手は無い。三件ほど軒を連ねる馬屋を巡り、最も気に入った馬を借りる。
何の変哲もない茶毛の馬だが、性格は大人しそうだ。じゃじゃ馬に乗るのは、馬乗りが目的の時は楽しいが、遠乗りをする時は素直性格な馬の方が良い。そうでないと、目的地に着くまでに疲れてしまう。それでは、馬を借りた意味がない。早く疲れずに着くために馬を借りているのだ。本末転倒だと言えるだろう。
片道二時間程、走らせれば二十キロ以上はここから離れられるだろう。それを目安に街道を南下していこうか。
時々旅人とすれ違ったり、追い抜いたりする以外に何事もなく目的地の森に着いた。
この当たりは、まだ駆け出しの冒険者も進出して来られない。ゴブリンやホブゴブリンが主に出没するが、時々トロールが現れる。トロールの回復能力は、駆け出しには荷が重い。倒されるだけだ。かと言って、怪物の巣や住処があるわけでなく、冒険者には何の旨味もない地域だ。その為、余り怪物が駆除されておらず、遭遇率が比較的に高く、中位の怪物に会える。他の冒険者も来ないし、試し斬りには、絶好のポイントだと言えるだろう。
近くの木に馬を繋ぎ、気配を探る。東の方角から戦闘音が聞こえてくる。
先客が居ない場所をわざわざ選んだというのに、この運の悪さ。冒険者毎薙ぎ払ってやろうか。いや、ここはまだエンヴィーの支配地域と言っても良い。悪さは控えておこう。
耳を澄ますと一対多数の戦闘で五分五分の様だ。さて、見物にでも行こうか。状況によっては加勢して、護衛料でも頂くとしますか。




