5.ミューレの本性
春のうららかな日差しの中、ゴブリンの集落を目指して樹海の中を進む。
獣道を進むため、いつもより歩みが遅い。まもなく斥候の小隊と戦って一時間が経つ。そろそろゴブリンの集落が見えて来ても良いはずだ。地図上では、目的地に着いている。
一旦、歩みを止め、周りの気配を伺う。気配は特に感じない。十分ほど休憩を取ることになった。
「この辺りに集落があるはずなのですが、見当たりませんね」
カタラが顎先に指をかけながら言う。一生懸命に地図と現在位置を見比べて考えているようだ。
「まぁ、近くにあるのは間違いない。その内、ぶち当たる」
ウォンが何も考えずに答える。相変わらず、脳筋だ。
仕方ない。ここは、森の眷属であるエルフのミューレ様がアドバイスをしてあげようかな。
「ふむ、解りました。この獣道が正解ですね」
発言をカタラに遮られた。あ~、見せ場を取られたか。
カタラは、頭の中は神様だらけだけど、基本的に頭が良いからな~。
多分、正解だろう。私と同じ答えを出してくると思う。謹んで拝聴いたしましょう。
「いくつか獣道が通っていますが、あの一本だけ使用頻度が高いため草が少なくなっています。また、少し外れたところにゴブリンの足跡と思われるものを見つけました」
はい、正解です。その通りです。補足する必要もございません。
さすが、カタラです。
「私もその獣道が正解だと思うよ。理由は全く一緒」
悔しいが反論してもしょうがないし、意味もない。同調しておく。
自分で言うのもおかしいが、美女で頭脳明晰な処がカタラと被り、どうも無意識に反発、いやライバル視してしまう。
無駄なことだとは分かっているんだけどな~。同類嫌悪かな~。
「よし、じゃあそこを進むか。進行速度は偵察レベルだな」
「そうですね。早く歩くと鎧の音が周りに響きますから」
その獣道に向かって二人が歩き出す。私もいつもの隊列に従ってついていく。
極力、音を出さぬように注意する。
ゆっくり歩み、周囲の気配に集中する。しばらくすると前方に一筋の黒い煙が見えてきた。
「あれじゃないか?」
「見つけましたわ」
「ようやく着いたね」
三人同時に気づいたようだ。しかし、三者三様、別々のことを言っている。
素晴らしき協調性の無さ。いや、同時に見つけて報告するのだから協調性があるということかな。
まぁ、どちらでもいいか。
「じゃあ、道を外れて樹海の中を前進。集落が見える距離にて作戦会議でいいかな」
と、提案してみる。反対意見は出なかった。
集落が見えるギリギリ離れた地点で観察を始める。
周りは蹴れば簡単に壊れそうな木の柵で申し訳ない程度に囲まれている。
家と呼べるのか掘立小屋が六軒建っており、その内の一番大きい一軒の煙突から煙が登っている。
見張りは、集落の入り口にゴブリンが二匹立っているだけだ。
集落の中央に井戸がありその周辺に十五匹ほどが、井戸端会議をしている。どうやら夕食の準備を始めているようだ。その中には子供のゴブリンも数匹含まれている。
ということは、この集落は三十匹程度とのことだし、先ほどの斥候の五匹を引いて、家の中か外出しているのは、八匹くらいになるかな。
「作戦どうするの?」
私の中では、組み上がっているけど一応聞いてみる。私の作戦はカタラが嫌がるのが目に見えているから言葉に出さない。
「できれば、大きい家に忍び込んで、情報だけを聞き出せれば最善の策なのですが、忍び込むのが無理そうですね。忍び込むのが成功しても追撃が必ずあります。結局は戦闘になってしまうでしょう。撤退戦ではこちらが負傷する可能性が出てきます」
カタラが本気で困っている。あまり、殺生はしたくないのだろう。
神様に仕える身は大変だね。
「忍び込みは無理じゃないか。あの人数の前を横切って『こんにちは』は無理があるぞ。かといって裏に回り込もうとすれば、匂いですぐに気づかれるな」
そうゴブリンとかモンスターは意外と鼻が利く。奴ら自身、風呂に入ったりしないせいで悪臭を放っているくせに何故かこちらの匂いを嗅ぎつけてくる。結構、やっかいな鼻を持っている。
やはり、ここは私の案というか、いつものパターンかな。
「で、ウォンどうする?穏便策を試すか、いつものパターンでいくの?」
念のため、確認しておく。答えは、三人とももう出ている。
「いつものパターンで行くか。どうせ、俺達のパーティーにはシーフも狩人もいない。隠密行動には無理があるさ」
「は~い、では僭越ながらミューレが口火を切らして頂きます」
「そうですか…。神よ、今より起こる惨事をお許し下さい」
カタラが神へ祈りを捧げ始める。
私達三人は、隠れもせず集落へ堂々と進んで行く。
門番のゴブリンがゴブリン語で警告してくる。
『人間ども、止まれ。有り金置いてどこかへ消えろ。さもなければ殺す』
当然、無視だ。ウォンが剣を抜き、カタラがメイスを構える。
そして私は呪文の詠唱を始める。
私の目標はもっともゴブリンを一掃できる井戸周辺。門番はウォンとカタラに任せる。
『火炎爆裂』
井戸の真上に直径一メートルほどの火球が突然発生する。そして、数瞬で三十センチほどに爆縮し、一気に直径六十メートルの範囲を業火と爆風が蹂躙する。範囲内にいたゴブリン十五匹は即死だ。子供のゴブリンもいたが、私は容赦しない。私は良心の呵責も感じない。数年後に、生き残りに敵討ちされるなんて御免だ。
熱風と肉の焼ける匂いがここまで流れてくる。人型をした真っ黒に焦げた何かがあちらこちらに散らばっている。物によっては、手足が無かったりした。
全て完全に焼き尽くした。追撃の必要はなさそうだ。
駆け出しの頃は、この匂いと光景に思わず吐いたりしたが、今では慣れきってしまった。
心が荒んでしまったのだろうか。
一瞬で多くの命を奪いながらも何の感慨も浮かばない。
門番のゴブリンへと目を移す。
ウォンのロングソードがゴブリンの首を落とす。切り口からは、鮮血が噴き出している。
カタラのメイスは、ゴブリンの頭を強打しあらぬ方向に捻じ曲げている。
どちらも一撃必殺。
私達の攻撃に痛みを感じる瞬間もなかっただろう。
もしかすると、私が殺したゴブリン全員は、状況も分からず談笑しながら死んだのかもしれない。
集落が慌ただしくなった。家の中に居たゴブリンが慌てて外へ飛び出してくる。それはそうだろう。外で大爆発が起きたのだ。どれだけ深い昼寝をしていても目を覚ます。
すぐに状況が分かるだろう。目の前には自分の仲間の死体が死屍累々と転がっているのだから。
ゴブリン語で口々にこちらを罵ってくる。当たり前だ。自分の肉親や仲間が何もしていないのに殺されたのだ。かなり、頭に血が上っているようだ。死体を抱きしめて慟哭しているものもいる。
あぁ、こいつらも人間と変わらないな。モンスターにだって感情はある。
それを私達の都合で殺しているのだからゴブリン共に罵詈雑言を浴びせられても受け入れるしかない。こういう時は、ウォンの様に言葉が理解できない方が良いのかもしれない。
ゴブリン共が顔を引きつらせながら、こちらに駆け寄ってくる。駆け寄ってくるゴブリンは八匹。まさしく鬼の形相。必殺の覚悟で四方から迫ってくる。しかし、こちらは防御態勢のまま動かない。私の魔法待ちだ。
『魔力光弾』
私の周囲に七本の円錐形の光弾が現われ、ゴブリンへと吸い込まれていく。近くのゴブリン二匹には余っている二発をついでに当てておく。着弾の瞬間、光弾は爆発した。ゴブリン五匹が即死した。
残り三匹。あえて身体が大きく隊長格っぽいゴブリンは残した。
ウォンとカタラが集落へ走りこみ、手際よく、剣の柄やメイスでゴブリンを気絶させていく。
私も集落へ走りこみ、一軒一軒左側の家から中を確認していく。カタラは周辺警備を、ウォンは私とは反対の右側の家から家探しをしていく。
他に生きているゴブリンは、奥の大きい家に三匹いた。囲炉裏を囲むように座っている。この集落の長老達だろう。
『待て、反抗しない。助けてくれ。何が目的だ』
ゴブリン語で話しかけてくる。
『黙れ。話は後だ』
ゴブリン語で一言だけ発し黙る。色々長老達は話しかけてくるが全て無視する。あまりにもうるさいので、剣を突き付けるとようやく静かになった。
ウォンとカタラが来るのを待つ。
数分後、集落の掃討を終えた二人が入ってくる。ウォンが先に気絶させたゴブリン三匹を引きずり囲炉裏の前に転がす。三匹ともすでに両腕と足をロープで縛られ、逃げることが出来ない様にされている。
「他には誰も居なかった。隊長格の三人を連れ来たぞ」
「ありがとう。これで全員揃ったわけね。始めましょうか。ウォンが尋問する?」
「いや、止めておく。二回も虐める趣味はない。ミューレに任す。それに言葉が分からん」
基本的に尋問は、私の役目だ。ウォンは直球勝負、駆け引きなしのため聞き出せるものも聞けない。逆に相手にこちらの情報を渡してしまうことがある。
だから、ウォンが尋問するともう一度最初から私が尋問し直すことになる。
つまり、相手からしたら二回も同じ内容の尋問を受けることになるのだ。
カタラは、性格的に尋問ができるとは思っていないし、本人も自覚している。
消去法的に私がいつの間にか尋問担当になっていた。
まぁ、モンスター語にも堪能だからというのもあると思う。
「じゃあ、ミューレさんにお任せで」
私は軽い口調で言うが、実際にやることは陰惨なことだ。
カタラは、家の中をもう一度見回し外へ出て行った。
外へ出て行ったのは、他の家の探索と周辺警戒も兼ねているのだろうが、これから起きる事を見たくないのが本音だろう。
愛用のバスタードソードからダガーへと持ち替える。これからの尋問には、こちらの武器の方が向いている。
失神している隊長格共を蹴り起こす。何が起きたのか分からないのだろう。口々に騒ぎ立てるが、ウォンが剣を目の前で一閃させると恐怖のためか黙りこんだ。
今回は斬っていない。あくまでも脅しだ。仮にもゴブリン共も戦士だ。相手の技量がすぐに分かったのだろう。
囲炉裏の回りに座っているゴブリン共に話しかける。
『お前達はこの集落の長老か?』
誰も口を開かない。やれやれ。さっきはあれほどうるさかったのに、今度はダンマリで決め込んできましたか。
こういう時は、いつものパターンで行きましょうか。
転がされている隊長格のゴブリン共に無造作に近づき、その内の一人の右目へ無造作にダガーを突き刺す。
刺された隊長格は絶叫を上げる。
『お前達はこの集落の長老かな?』
まだ、黙っている。おや、まだ足りない?
右目をダガーで掻き回しながら、もう一度聞く。下の方が騒がしいがあえて無視する。
『お前達はこの集落の長老かな?』
『そうだ、三人で相談して決めている』
ようやく、口が軽くなったようだ。掻き回していた手を止める。
『今、外へ見回りに行っている奴は居るの?』
『精鋭が見回りに行っている。もうすぐ帰ってくるぞ。そうすれば、お前達は皆殺しだ』
『あ、そう。で、この近くに廃城があると聞いたけど、場所を知っているかな』
『精鋭が帰ってくれば、お前達は敵じゃない。潰してやる』
やれやれ、精鋭ってあの小隊のことだろうな。もう壊滅させたけど、どうやって納得させようかな。
「ウォン、小隊との戦闘での戦利品で個人を示すようなもの無かった?」
ウォンがフォールディングバックを漁り始める。何か見つけたようだ。
「高そうなダガーならあるぞ」
「じゃあ、長老達に見せてあげてくれる」
「はいよ」
手先のスナップだけでダガーを投げる。だが、早い。長老達の正面の床にダガーが刺さる。ゴブリンには投げるところは見えなかっただろう。突然現れたように感じたことだろう。
『こ、これは勇士オスロンのダガー、なぜ、お前達が…。まさか…』
この瞬間、ここにいるゴブリン全員の士気が一気に萎えた。援軍は来ないと悟ったのだ。張り詰めていた空気が一気に淀む。
『はい、仕切り直しますよ。この近くに廃城があると聞いたけど、場所を知っているかな』
『知らない。見たこと無い。聞いたこと無い』
一回心を折るとみんなスラスラ話し出してくれる。たまに刺激を与えてあげると思い出し易くなる。
『本当に知らないの?』
先のゴブリンの眼からダガーを抜き、次は太ももに縦向きにダガーを突き立てる。血管に傷をつけぬように慎重に刺す。
刺されたゴブリンは悲鳴を上げる。血はほとんど出ない。
『本当に知らない。止めてくれ』
長老達は駄目のようね。本当に知らないみたい。じゃあ、次はこちらに聞きましょう。
『君達はどうなのかな。廃城を知らないかな。噂だけでもいいのよ』
隊長格は誰も答えようとしない。一応、肝は座っているようだ。刺していたダガーを半回転させる。一気に傷口が広がり、血が溢れだす。ゴブリンの額に脂汗が浮かび出す。
今度は悲鳴を上げず、歯を食いしばっている。思わず、ご褒美にダガーをさらに半回転させる。流血が激しくなる。刺されたゴブリンの脂汗が一気に倍増する。しかし、未だに歯を食いしばっている。
人間のコソ泥より根性座っているわ。感心感心。
『もう一度聞きますよ~。廃城を知らないですか~?』
『知らない。聞いたことがない』
ようやく、口が軽くなったか。
『では、質問を変えますよ。この辺りでお前らを支配している奴はいますか?』
『ここから三日程奥に行った所にオークの村がある。そいつらがたまに食料を奪いに来る』
『誰がオークの村の場所を知っているのかな?』
『俺だ』
隊長格の一人が答える。
『そう、では君に道案内をしてもろおうかな』
ゴブリンの手を縛ったロープをウォンに渡し、足のロープを切る。
ウォンは堅い顔をしてロープを受け取り、家の外へゴブリンを連れ出す。
私とゴブリン五匹が家の中に残った。
『騒がせてゴメンね。これお詫び』
大粒のダイヤモンドを手のひらに現出させる。キラキラと光輝いている。ゴブリン共の表情が変わる。生き延びたという安心感が占めている。
長老の前のダガーを抜き、代わりにダイヤモンドを置く。
『じゃあ、お邪魔したわね。さようなら』
すぐに私もウォンの後を追って家を出る。
「ウォン、これ返すね」
ウォンにダガーを返す。
さて、このまま巻き込まれては、私もただじゃすまない。早歩きでこの場を離れる。
数秒後、背後で大爆発が起きる。『火炎爆裂』の魔法が発動したのだ。
最初の種火が火球の形をしているか、ダイヤの形をしているかの違いしかない。ゴブリンの誰かがダイヤに触れたのだろう。その瞬間に『火炎爆裂』の呪文が発動したのだ。
マジックトラップの一つだ。思い出しただけで腹が立つ。以前の冒険のおりに助っ人のピグミット族が、「ダイヤ見つけた。貰い!」と言い、拾った瞬間に『火炎爆裂』の呪文が発動した。パーティーの半分が直撃を受けた。その被害者の一人が私だ。爆心地にいたピグミット族とドワーフは半死半生。私も爆風による衝撃で全身打撲の重症を負った。その時、カタラが無傷で良かった。もしもカタラが負傷していれば、治療もできずパーティーが全滅していた可能性があった。あれは危なかった。
結果的に『火炎爆裂』にこういう使い方が出来ると知り、研究の結果、私も出来るようになった。しかし、あの二人だけは許さん。絶対に許さん。
前髪が焦げたじゃない。
背後では長老の家が、業火に燃えている。中に居た全員は即死だろう。周りにも飛び火し、延焼し始める。その内この集落すべてが業火に包まれ灰塵と来すだろう。
案内役のゴブリンが呆然としている。
ま、少し位感傷に浸らせてやろう。
「ミューレ、相変わらず、エグいな。」
ウォンが染み染みと言う。
「そう、私にとっては効率的な話し合い方だと思うけどな」
正直なところ、今回は大人し目だったりする。上級モンスターが相手ならば、もっと冷酷になれる。トロールを相手にする時は、もっと激しくなる。何せ強力な回復能力を持っている。痛め甲斐があるが、力が強いため逆襲の恐れに充分注意しておく必要がある。
「ミューレ、やはり私はあなたの仕打ちに馴染めません。他の方法は無かったのでしょうか?」
カタラが一筋の涙を流しながら、私の顔をまっすぐに見つめてくる。
「無用な殺生はしたくない気持ちは理解できるよ。でも理解と同調は別。一匹でも残しておくと禍根が残るの。敵討ちとか寝首をかかれたりとか、特に他の人間に八つ当たりしたりされるのは、私は絶対に嫌よ」
そう、私のした事で他人に迷惑をかけるのだけはしたくない。
「まぁ、何だ、カタラ。ゴブリンは人間を襲い食べる害獣だ。俺たちは良い事をしたんだ。これで被害者が出なくなった。これから襲われる人々を救ったんだ。そう思うんだ」
「確かにゴブリンは凶暴です。ウォンの言うとおり、襲われる人間の方が多いでしょう。私達は未来の人間を救った。それに間違いはないのですね」
「私達は未来の人間を救ったよ。この辺りは平和に旅が出来る様になったのは間違いないよ」
「わかりました。神よ。せめてこの者共に安らかな眠りを」
どうやら、カタラの心の葛藤が治まったようだ。今まで何度も経験しているのに馴染めないようだ。根が善良だからなのか、僧侶だからなのか。それとも両方かも。
私はカタラの様に善人にはなれない。常に冷静沈着。浮かれている様に見えていてもどこか頭の片隅で氷の私が居る。氷の私は、完全効率主義だ。効率が良いと判断すれば幾らでも残虐非道になれる。人助けでも同じだ。非道を貫いて百人助かる場合と正道を貫いて一人を救うならば、非道をためらいなく選び、百人を助ける。後で罵詈雑言を浴びようとも多人数が助かる方を選ぶ。
ただし、それは今では無く、未来を含めてだ。王族一人助けるのと庶民を百人助けるのでは、王族を助けた方が後々百一人助かると判断すれば王族を助ける。九十九人しか助からないのであれば、目の前の庶民百人を助ける。貴賤は問わない。一人でも多い人間を助ける選択をするだけだ。
だから、仲間と何かを引き換えすることになっても仲間を優先する。この仲間ほど、私や他の人間をたくさん影で助けてきた。これからも間違いなく、たくさん助けていくことになるだろう。それが表に出ることはなくとも。
まぁ、たまに例外はあるけどね。
カタラは途中経過を大事にし、私は結果を大事にする。どちらも間違っていない。どちらも正しいし、そしてどちらも間違っている。世の中に正解は無い。私が二百年生きてきて悟ったことだ。
人間として二十数年しか、この世界を見ていないカタラには理解できないと思う。
私は、エルフ族として高潔な精神を持ってエルフの里を出て冒険に出た。だが世界は余りにも非情で下劣だった。高潔な精神だけでは人は救えないことを世界に徹底的に教えこまれた。
私の高潔な精神を食い物にしてきた奴やそこを逆手に利用してきた奴がいた。世界は汚い心を持つ者が多過ぎる。駆け出しの頃は、私もカタラの様に純粋だったが、冒険を重ねる度に私の心は凍っていった。
いや、凍らさなければ冒険者であり続けることは出来ないと悟った。
この思想にたどり着くのに二十年は掛かった。そして、心を凍り続けさせることは無理だと十年掛かって分かった。だが、私は運が良かった。心を凍らせることで、心の闇を遠ざけていた。もし、心を汚して冒険を続けていたのならば、私は冒険者ではなく犯罪者として生きていただろう。いや、もしかしたら、すでに死んでいたかもしれない。
今の私が出来上がるのに冒険に出てから三十年掛かった。
百六十歳で冒険に出て、百九十歳にてようやく一人前に達す。
カタラも三十年経てば、一人前になるのだろうか。しかし、人間の三十年は長い。既に肉体のピークは過ぎ、冒険者を引退しているだろう。
それとも神の加護により、別の答えを出せるのだろうか。
もし、カタラが出した答えが理にかなうのであれば、私もその答えに従ってもいい。だが、私とカタラは根が違う。中立性を重んじる私。対して善良であろうとするカタラ。恐らく道は重ならないだろう。
正直、ウォンは何を目指しているのか良く解らない。
実直、真っ直ぐ、凡庸という言葉が似合う。正確に裏表がないが、感情的になりやすく興奮すると叫ぶ傾向があるが、単細胞というわけではない。それにすでに腹を括っている。私と出会う前に冒険者としての心構えをすでに身に着けていた。
剣の修業に時間をかけてきた為か、教養というか知識はそんなに持ち合わせていない。いや、ハッキリ言おう。勉強をして来なかった為、物知らずだ。しかし、知恵は回る。
私やカタラが知識や常識に考えが縛られている時にふと単純な解決策を提示してくる。策を弄しがちな私達にとって、単純な戦略・戦術を教えてくるのはパーティーとしては非常にありがたい。生き残る選択肢が増える。
ただ、剣に関しての執念は恐ろしい。自分の目の前に立ち塞がるものは、全て切り倒すべく常に全身を鍛えている。
本人は、陰で鍛えているつもりの様だが、丸わかりなのはご愛嬌。一応、私とカタラは気づいていないことにしてあげている。
無害そうな顔立ちをしているが、肉体は鍛えぬかれ余分な脂肪など付いていない。さらに、重りになる不要な筋肉までこそぎ落としている。
服を着ていれば優男、服を脱げば全身の筋肉がパンプアップしなくとも存在感を出している。
肉弾戦において恐ろしく、そして頼もしい男だ。
精神面においては、完成していると言っていいだろう。剣の技量を上げることがほぼ全てを占めている。悩みなどない。
ウォンに捕虜のゴブリンを預け、道案内をさせる。
時折、私が通訳をしながらオークの村へ向かう。樹海は更に濃くなり、緑の香りが濃厚になってくる。
地図を確認すると情報屋がくれた地図にオークの村はキッチリ載っていた。
やはり、あの情報屋は使えるな。正確さがよその情報屋よりずば抜けている。
しかし、ひとつ気になる。その地図ではそこだけ樹海が途切れており、岩山の表示になっている。この地図があれば、捕虜のゴブリンは不要な気もするが、念の為、連れて行く。もしかするとまだ何か黙っていることがある様な気がする。
悪い予感は当たりやすい。用心に越したことはない。明日の朝、もう一度地図を見て考えてみよう。
用心をする冒険者程、生存率が高まるのだ。
まもなく、夕刻になる。ゴブリンが逃げることが出来ないように猿ぐつわをし、木にぶら下げ、野営の準備にかかる。今回は火を使わない。さすがにオークのテリトリーに入っているだろう。火を使えば目立つ。敵に私達の場所を教えるようなものだ。
各々が冷たい携帯食を食べた後、鎧を脱ぎ、マントと毛布で寝床を作る。さすがにプレートメイルを着たまま、眠ることは出来ない。寝転がれば、全身に板金の端が筋肉に食い込み、眠れたものじゃない。睡眠時が最も冒険中の危険な時間だ。三時間交代で野営を立てることにする。熟睡することは出来ないが休息は十分取れる。
さて、次はオークが相手か。強敵ではないが、ゴブリンほど余裕をかませる程ではない。遊びは無しだ。特に地図が岩山を指しているのが気にかかる。まぁいい、今の内に私の当番までゆっくり休んでおこう。
どうせ、現場に着けば分かることだ。
そして、私はゆっくりと眠りに落ちた。