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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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49.死の鍛錬

四季物語の階下の喧騒で目が覚めた。窓の外を見ると夕焼けが美しい。となると、二時間も寝ていないのではないだろうか。だが、疲労感は抜けている。ただ、短時間の睡眠の為、魔力は一切回復していない。さて、何事だろうか。冒険服を着て、インテリジェンスソードだけを腰に佩き、一階の酒場に降りていく。

今日は、二十人程入れる酒場が満席だ。珍しく大繁盛している。マスター一人が、二十人は居る客の相手に頑張っている。これは、声をかけられる状態じゃないな。カウンターで様子を見ていようか。

勝手知ったる店だ。自分でボトルキープしているワインを取り出し、グラスに注ぐ。つまみは、適当に豆や肉類を台所からくすねて調達する。

さて、何の騒ぎだろうか。集まっている客の噂話に耳を澄ます。

「北の村が焼打ちにあって、皆殺しだとよ」

「違う違う。東の村だ。お前、誰に聞いたんだ」

「そうじゃない。北と東の両方の村が焼打ちにあったんだよ」

「え、それ本当か。北の村なら午前中に通ってきたが、平和そのものだったぞ」

「焼打ちにあったのは、昼らしい。それも北と東がほぼ同時らしいぜ」

「それは、野盗共かそれともモンスターか」

「おそらく、野盗だろう。見てきた奴が剣で急所を一撃だと言っていた。モンスターにはできない芸当だろう」

「それなら、野盗にも無理だぞ。あいつら凶暴だが、そんな技術は持っていないぞ」

「じゃあ、誰の仕業だ。まさか正規軍か。どこの国だ。エンヴィーに喧嘩を売る国があるのか」

「そんなもん、俺が知るわけないだろう。大門の衛兵にでも聞いて来いよ。何か知ってるかも知れないぞ」

「俺、奴らに聞いたけど、何も知らないでやんの。明日、調査隊を出すってよ」

「けっ、衛兵はのんびりしてやがる。何処かの軍隊だったら、今頃、街の中まで攻め込まれているじゃねえか」

「なら、軍じゃないのか。いったい誰の仕業だ?」

「それが分かれば、衛兵の調査隊が明日出ないっつーの」

「結局、誰も何も知らないのか。こんだけ人数が居ても役に立たねえな」

「なら、お前が今すぐ調べて来いよ。原因究明の自信があるんだろう」

「そんな、実力があったら街で職人なんぞやらず、冒険者をしてらぁ」

「そりゃ、違げねぇ。それならカカアの尻に敷かれずに済むのにな」

「うるせえ、家庭に波風立てない為の知恵だよ」

「負け惜しみを言うなら、結婚しなきゃ良いんだよ」

「結婚したら、女は変わるんだよ。嘘だと思うんなら結婚してみろ。あ、すまん。お前の顔じゃ、無理だったな。ガハハハ」

「け、言ってら~。容姿で決める様な女は、こちらから願い下げでぇ」

うんうん、容姿で決める奴はいらん。君の言う通りだ。頭がぼさぼさで顔は二流だが、何を考えているか分からないけれども、剣だけは超一流の奴の方が良い。顔が良いだけの奴よりは、非常に役に立つ。


これ以上、耳を傾けても有益な情報は、無さそうだ。酒のせいか、話がループし始めている。とりあえず、私達の犯行が、エンヴィー全域に知れ渡ったことが分かった。

近い村だったし、すぐに発覚するとは思っていたが、昼寝をしている内にエンヴィーの市民に浸透するとまでは思っていなかった。噂話は広がるのが、本当に早いな。

事件が発覚したところで、私が何かをする訳でなく、淡々と日常生活を送るだけだ。私から情報をくれてやる義理は無い。

それに私達の仕業であるとは、まず分からないだろう。証拠を残してきたつもりは無いが、もしかすると目撃者ぐらいは、居たかもしれない。後はカタラが、教会にどの様に報告したかが気になるところか。いや、どうでも良いか。カタラの性格上、嘘をつくは無い。という事は、ありのまま話すか、一部を話すかだけだ。私が気にする必要も無いだろう。

「ミューレ、噂で持ち切りだな」

背後から突然ウォンが声をかけてくる。思わず剣を抜くところだった。

「気配を消して近づくな。次は斬る」

「相棒には優しくしようぜ」

「はいはい、酔っ払いさん。綺麗なお姉ちゃんと飲んでいたのじゃなかった?」

「いや、気持ち良く飲んでたんだが、途中でこの騒ぎになって店中大騒ぎになったんで、うちの美少女、いや、中身はおばあちゃんか、と飲んでいる方が良いなと帰って来た」

「ほう、ここで寿命を全うしたいか。長年の付き合いだ。即死させてやろう」

「あっ、うん?俺、何か言った?お姉さん」

「分かればよろしい。ところで仮面を着けている胡散臭い戦乙女で通っている私だぞ。美少女かどうかは、分からんぞ」

「いやいや、俺の嗅覚が美少女だと言っている。間違いない。どうだ、仮面を外してみろよ」

「断る。外見で有象無象が寄って来るのが嫌で仮面を着けたんだ。外すわけがないだろう」

「ほれ見ろ。美少女じゃないか。可愛くなければ、虫も寄って来ない。ちらっと見せて欲しいもんだな」

「見せん。ウォン、かなり飲んだな。ちょいと絡み酒だな」

「そうか?ラム酒を一樽開けただけだぞ」

「完全に飲み過ぎだな。次、仮面のことを話題に出したら斬る」

「はいはい、了解であります。で、今後はどうするんだ?」

「そうだな。今は、装備の修理を待つだけか。多分、時間がかかるからその間に研究中の魔導書を解読出来ればいいな」

武器・鎧の修理が終わらなければ、次の冒険に出る気にもならない。大事な命を預ける商売道具だ。この機会に以前より地道に解読している魔道書が一冊有るのだが、完全に読み解くか。あと、昼にウォンが言っていた戦闘中の回復の呼吸法も、ウォンから学ぶ時間が取れるな。

「あと、戦闘中の呼吸法も教えて欲しいな」

「おや、冒険には行かないのか?前の鎧と喋る剣で冒険は出来るだろう」

「その通りだけど、今回完敗した。全く傷一つ付けられなかった。だから、強くならないといけない。それも基礎を鍛えないと意味が無い。冒険に出るのはそれからでも遅くない」

ウォンの目が、酔っ払いから戦士の目に戻る。精悍な目つきに変わり、私の目を見つめ続ける。数分経っても口を開かない。無言が続く。周りの喧騒は聞こえなくなる。

ようやく、ウォンが口を開いた。

「分かった。確かに俺達の地力を底上げする必要があるな。午後から修行に付き合ってやる。午前中は、俺も基礎から自分自身を鍛え直す。その間は、魔法の解読でもしててくれ」

「ありがとう。明日からその予定でいい?」

「問題ない。そうだ、手足の一本は覚悟しておいてくれ。何、痛いのは数時間だ。カタラが帰ってきたら、すぐに直してくれる」

なるほど、鍛錬を午後に持ってきたのは、そういう意味か。午前中に鍛錬をして、私の手足を潰せば、魔法の研究に支障がでるだろうという、ウォンなりの心遣いか。相当厳しい鍛錬を課してくるつもりだな。そうでなければ、現在でも人並み以上である地力を底上げすることは出来ないということか。確かに、鍛錬には骨折や切断も覚悟して臨む必要があるようだ。

「調査隊が明日出るということらしいし、新しい情報はもう無いと思う。部屋に戻る。早く眠って魔力を回復させる」

そう、今の私は、魔力ゼロのただの剣士。戦力半減だ。状況がどの様に変わろうが対応できる様に魔力の回復に努めた方が良い。情報収集は十分だろう。

「そうか、じゃあ代わりに情報をもう少し集めておくか。じゃ、おやすみ」

そういうと、ウォンは空のジョッキを持って集団に溶け込む。そして、どさくさにまぎれ、他の客のピッチャーのエールを自分のジョッキへと溢れんばかりに注ぐ。周りは噂話に夢中でウォンのねこばばに気がつかない。とんだ気配の消し方もあるものだ。あきれながら、自分の部屋に戻った。酒場の喧騒が伝わってくるが、眠るのには支障は無い。この程度の事で眠れない様では、冒険者は務まらない。状況によっては、滝のそばや火山の洞窟など幾らでももっと騒がしい処で眠ったことがある。酒場の騒ぎなど小川のせせらぎと変わらない。

部屋の戸締りだけは用心し、ベッドに潜り込む。さて、明日はどの様な状況になっているだろうか。


翌日、予定通りに早起きをする。朝食を摂りながら、マスターに聞いても一晩では新たな進展は無かった。当然、しっかりと睡眠をとった為、体力、魔力共にしっかり回復している。

午前中を魔導書の解読の時間にあてる。風と水の精霊が関連しているところまでは突き止めていた。魔道書には、水が分かれ、風に包まれて効果が発揮すると書かれている。水流を複数に分けて、風に包んで遠くまで飛ばすことに何の意味があるのだろうか。水そのものを高圧で遠くまで飛ばす魔法は、すでにあり、威力は使用者に左右されるが、岩や鋼を貫く。

だが、この魔導書はそういったものを表しているのではない。もっと画期的と言うか、革命的な思考を求められている様な気がする。だが、まったく思いつかない。触媒が不要であり、攻撃魔法というのが、冒険向けであり、この鎧の修理中には何としても実用化させたい。

本棚にしまっている他の魔導書を開け調べてみるが、当然この魔法に関することは一切書かれていない。ヒントになる様なこともない。

思索にふける内に真南の窓に太陽が入り、正午を迎えたことに気づいた。お腹も空腹を訴えている。さて、食事を摂り、午後の鍛錬に気持ちを切り替えようか。


食事中に外から帰って来たウォンが私の前の席に座り、マスターに昼飯を注文する。

「マスター、俺にも同じ物を」

「へい、かしこまりました」

程なく、ウォンの前に今日の日替わりランチが並ぶ。食事を摂りながら、ウォンが切り出した。

「ミューレ、今回の鍛錬は昨日も言った通り、骨折・切断は覚悟してくれ。あと、防具は無しだ。防具を着けるとそこに甘えが生じる。今回の鍛錬では、一撃も受けることは許さない。容赦なく叩き斬る。そして、剣一本で臨んでもらう。覚悟してくれ。」

「分かった。普段の仕合いとは違うということだな」

「絶対に気を抜くな。他の考え事もするな。警告はしたからな」

ウォンの真剣さを垣間見る。いつもの掴みどころの無いウォンでは無い。真剣に私を鍛えてくれるようだ。私もその真剣さに応えるのみ。気を引き締めて午後の鍛錬に向かおう。

食事を終え、私とウォンの視線が交差する。

「始める。中庭に行くぞ。マスター、午後から中には誰も入れない方がいい。死ぬぞ。カタラは、中庭に案内してくれ」

「はい、わかりました。では、その様に」

珍しく私が緊張している。手が汗ばむ。ウォンの本気を見たことが、今までに見たことがあっただろうか。いや、無い。いつもどこかに戦いに余裕を感じていた。

「さあ、始めよう」

四季物語の中庭に出る。中庭は、ほぼ二十メートル四方の正方形で四方に樹木や花が植えられている。外から中庭を垣間見ることは出来ない。

ベンチも置かれ、落ち着いた雰囲気だ。一年中、四季に合わせた花が咲いている事からこの宿屋兼酒場が、マスターから四季物語と名付けたと聞いている。

私が四季物語の陰のオーナーだと言っても、金と幾つかの要望を出しただけだ。建物や庭はマスターの趣味だ。そこまで私が口を出す事では無い。全てを任せている。突然、マスターから宿屋をしたいと言われた時には、面食らったものだ。てっきり、当時は、私と一緒に冒険者になるものだと思っていた。今では、宿屋を任せて正解だったと思う。帰る場所があるというのは、なかなかに良いものだ。

中庭の中央に私とウォンが正対する。ウォンの無言の圧力が、無意識に私に剣を抜かせる。剣を構えていないと、真っ直ぐウォンを見ることが出来ない程の気合いだ。

すでに鍛錬は静かに始まっている。いつでも、ウォンは斬りかかってくるだろう。気を逸らすことが出来ない。防具は身に着けていない。いつもの癖で盾で剣を受けようと左手を出せば、切り落とされる事は間違いない。まぁ、さすがにそうなれば、ウォンも寸止めをしてくれるだろう。

それだけの技量は、ウォンは持っている。骨折・切断は、あくまでも鍛錬の覚悟の持ち方を表現した物だろう。さて、ウォンをどうやって泣かせてやろうか。

誘いに一歩間合いを詰める。すぐさま、ウォンの抜き打ちの一撃が襲う。即座に一歩下がり、かろうじて一撃を避ける。少し、甘く見過ぎたか。

ウォンは、無表情だ。普段なら茶化す様な一言もあるのだが、何も言ってこない。葉が風で擦れる音しか聞こえない。ウォンが構え直す瞬間を狙い撃ちにする。上段からの袈裟切り、致命傷を与えぬ様に軽く振る。その瞬間、それがウォンの誘いだと気がついた。しかし、手遅れだった。右手に熱湯を浴びせかけられた様な熱さと痛みを感じる。目の前に赤い噴水が湧き上がる。

気がつけば、目の前に私の剣を握りしめた私の右手が地面に落ちている。右手首の辺りを見ると綺麗な断面を見せ、私の右手からは、勢いよく血が噴き出し続けている。ようやく、自分の腕先をウォンに斬り飛ばされたことに気がついた。

瞬間的に右手の付け根付近にある止血点を押さえ、血を止めるが、勢いが弱まっただけで止血にまでは至らない。今頃、右手に激痛が走る。手首が熱い。痛い。膝から力が抜け、地面にうずくまる。

「言ったはずだ。骨折・切断は、覚悟してもらうと。何だ、あの気の抜けた一撃は、本気で来い。俺を舐めているのか」

完全に私は考え違いをしていた。ウォンの発言は、言葉のあやだと考えていた。だが、現実は違った。ウォンは言葉通りに実践するつもりだ。鍛錬開始五分も経たず、右腕を斬り飛ばされた。私は一体何を考えていた。昨日、ウォンに目を覗き込まれた時に、気がつくべきだった。全て本気であると。躊躇いなく、腕を切断したのは私の甘えを捨てさせるためだ。

何が地力を上げるため、修行をつけて欲しいだ。自分から頼んでおいて、この体たらく。自分が情けない。腰のベルトを外し、歯も使い、右腕を千切れんばかりに縛り上げる。ようやく、右腕の出血が止まる。足元には赤い水たまりが大きく広がっている。自業自得だ。自分の甘さが原因だ。いきなり、大きいダメージを肉体的にも精神的にも受けた。

だが、ここで止める訳にはいかない。私の意地だ。絶対にウォンへ一撃を喰らわせてやる。

血だまりに沈んでいる剣を握りしめている自分の右手を左手で拾う。剣だけを取りたかったが、右手がしっかり握りしめ、剣を離してくれない。仕方ない。右手ごと剣を握り、振る事にしよう。

ゆっくりと立ち上がる。一気に大量の血を失ったせいか、めまいがする。だが、今は命のやり取りをしているのだ。めまいがするから休憩などと口が裂けても言えない。ただ戦うのみ。

ゆっくりと左手で剣を構える。

ウォンの目がやっと覚悟を決めたかと訴えている。そう、私は甘く考えすぎていた。だが、今、私には甘えは無い。ただ、ウォンと戦うのみ。

脚がふらつくが、甘えられる状況では無い。実際の戦いの中でも、この様な状況もあるだろう。では、どうやってウォンに致命傷を与えるべきか。

まず、攻撃される面積を減らす為、左手の剣を前に半身に立つ。これでウォンから見れば、攻撃できる場所は、おのずと私の左側面に限られ、攻撃のパターンが限定されるだろう。逆に言えば、私の攻撃パターンも限定されるが、右手と大量の血液を失った私には、大技を繰り出す体力や余裕は無い。

剣を握りしめている左手が、自分の右手の握りやすい処を確認し、しっかり剣を握り直す。荒くなっていた呼吸を無理やり落ち着かせる。痛みを脳の片隅に隔離する。戦闘には邪魔だ。

さて、第二ラウンドの開始だ。準備は出来た。死闘を始めよう。


ウォンの間合いに改めて突入する。即座にウォンの横払いが放たれるが、剣で受け流し無力化させる。ウォンの刀身に剣を滑らせ、勢いを乗せて顎をかち割る。下から振り上げた剣は、頭を右に動かされ、避けられる。だが、即座に力ずくで振り降ろす。これで、微力な一撃でもむき出しになった頸動脈を切り裂けるはずだ。しかし、即座に剣で弾き飛ばされる。

だが、これでウォンの身体が開いた。素早く後足から膝蹴りを金的に撃ち込む。だが、読まれた。ウォンは両膝を固く閉じ、私の右膝を受け止める。だが、攻撃をまだ止めない。

右膝の蹴りの動作から地面を一気に踏みしめ、斬られた右手をウォンの鳩尾に突き込む。

ウォンもさすがに斬られた部分を突き込んでくるとは、想像していなかったようだ。固い筋肉を抉る様にウォンの鳩尾をしっかりと突き抜く。

突き抜いた衝撃で傷口から強烈な痛みが走る。目の前に幾重にも雷が走り、痛みで脳が焼き切れ、意識が途切れた。


しまった。戦闘中だったな。気を失うとは情けない。固い地面に背中を横たえているのが、目を開けなくともわかる。だが、頭は何故か柔らかい枕が敷かれている。

中庭に枕なぞ、用意していただろうか。そう言えば、右手の痛みを感じない。そうか、死んだか。あの出血だったからな。最後の一撃でさらに血を失ったか、痛みでショック死したのだろう。やれやれ、まだ冒険を続けたかったが、仕方ないか。こういうこともあるだろう。

「ミューレ、気がつきましたか。目を開けて下さい」

あぁ、天使の声か。やはり、死んだのか。さて、どこの死後の階層に飛ばされたのだろう。この階層は、どんなところだろうか。ここで冒険を楽しみますか。

「ミューレ、起きて下さい。治療は終わっています」

起きる?治療が終わっている?死んだのであれば、治療の必要は無い。では、生きているのか。この声は、カタラか。という事は、私は死んでいないのか。

ゆっくりと目を開ける。心配そうに覗き込むカタラの顔が、間近に上下逆に目に入ってくる。

不明瞭だった全体の感覚が、徐々に戻りつつある。頭は、カタラのふとももに挟まれるように膝枕をされていた。どうりで、背中は固く、頭だけが柔らかい訳だ。

「私は、死んでいないのか…」

「はい、大丈夫です。切断された右手も綺麗に治療致しました。ご不便は無いはずです」

右手を自分の目の前に差し出す。確かに指先まで自分の思う通りに動く。切断痕も見当たらない。綺麗な白い肌のままだ。唯一、切断された事実を物語るのが、袖を斬られた冒険服だ。手の甲までかかるはずの袖が途中で無くなり、血で赤く染まっている。ここを切断された証だ。

「カタラ、ありがとう。問題ない。不自由なく動く」

身体を起こし、胡坐をかき周囲を見渡す。素振りを止めたウォンがこちらに近づいて来る。ウォンの冒険服の鳩尾には私の血がべっとりと染み込んでいる。

「やっと、起きたか。さっきのは良い攻撃だった。ミューレ、次はもっと本気で来い。それとも止めるか?」

ここで止めれば、せっかく芽生えた闘争心が萎えてしまう。何度でも挑戦してやる。

「いや、続ける!」

立ち上がり、ウォンに対し胸を張る。

「では、始めるか。剣を取れ」

地面に落ちている自分の剣を拾い上げ、握りを確かめる。甘さを捨てろ。目の前にいるのは超えるべき壁なのだ。下る事は出来ない。前に進むのみ。

深呼吸を一つし、構える。

「ミューレ、そこまでしなくとも貴女は強いではありませんか。本当に続けるのですか」

「カタラ、私は今、強さの壁では無く、驕りの壁の前にいる。自分は強い、魔法を併用すればウォンにすら対等に戦えると信じていた。だが、今回の悪魔との戦闘で思い知らされた。魔法が無ければ、上級の戦士とせいぜい互角。下手すれば、負けるかもしれない。魔力が無い魔法剣士は、役立たずだと思われたくない。この驕りを消すには、ウォンと生身でぶつかり、魔法無しでも対等に立ち向かえる力を得なければならない。そうでなければ、また同じことを繰り返す。ここで、今までの驕りを消し去る必要があると信じる」

「そこまでして、ミューレは、なぜ強さを求めるのですか」

「己の自由のため。自分自身が自由に生きる為」

「わかりました。では、私は貴女が何度斃れようとも癒しましょう。もう、止めることはしません」

その言葉を聞き、無言でウォンへ剣を構える。次こそ、ウォンに死者の階層を見せてやる。


この四日間、地獄を見た。午前中は、自室で古い魔導書を漁り、研究の糸口が無いか頭をフル回転させて頭痛を起こし、午後からは中庭でウォンから回復の呼吸法を学ぶために筋肉改造の為、みっちりと濃い鍛錬に時間を費やした。

今までにない鍛錬の濃さに右手は二回骨折と一回切断。左手は四回骨折。足は両方とも二回ずつ切断。鎖骨とあばら骨に関しては、多発性骨折という奴でカタラ曰く、毎回数えられない程の骨が折れているそうだ。怪我をしてもカタラが直ぐに元に戻してくれるのが、ありがたい様な、ありがたくない様な複雑な気持ちだ。

普通は大怪我をすれば、そこで鍛錬も中断されるのだが、カタラがそばに居る事により中断が許されない。怪我をした瞬間に回復魔法が飛んでくるのだ。腕を斬り飛ばされようが、筋肉が繰り寄せあい、瞬間的に接合してしまう。ゆえに休憩が入らない。休みたければ、ウォンを倒すしかない。だが、剣技だけではウォンを上回ることが出来ず、結局、周りが暗くなるまで通しで休憩も無く鍛錬に励むことになった。

ここまで、私が鍛錬で怪我を負う事は、非常に珍しい。理由は単純だ。ウォンの真剣を相手に鎧と盾無し、剣のみで相手をしている為だ。ほんの少しの集中力の欠如や反応の遅れが引き起こしたものだ。魔法を使えば、ウォンと対等に戦う事もできるのだが、それでは今回の鍛錬の意味が無い。

自分自身の底力を上げるには、魔法は封印すべきだ。

そして、自業自得だった。如何に自分が戦いにおいて魔法や防具に頼り切っていたかを思い知らされた。肉体的痛みよりも精神的な痛みの方が大きかった。ウォンとの力量差を改めて思い知らされた。ウォンがアッパーデーモンとの戦闘中に私のサポートに入れた理由も良く分かった。剣の達人の恐ろしさを身をもって味わうことになった。

まだ、私は、剣の名人の領域であって、達人に達していないことを存分に思い知らされた。

魔法剣士である私が、魔法に頼る事は当たり前のことだが、先日の様に魔力が枯渇した状態では、お荷物になってしまった。第三者から見れば、剣士として驚異的な強さなのかもしれないが、自分の強さに私は納得していない。私の周りが、常識外に強すぎるだけなのかもしれないが。

だが、魔法が無くとも、もっと強いはずだ。もっと高みに昇ることが出来るはずだ。

ゆえにカタラが居なければ出来ない、この無謀な鍛錬に挑んでいる。

回復の呼吸法よりもこの鍛錬を乗り越え、ウォンに一太刀でも致命傷を負わせることが出来れば、その時、一段階上の達人への入口に立てるのではないだろうか。

その思いが、この苦役に耐える糧となっている。

しかし、ウォンの奴、本当に遠慮が無いな。仲間の手足を斬り飛ばしても、良心の呵責が無いのだろうか。遠慮なく、私を切り刻んでくる。はて、ウォンの不興を買う様な真似をしただろうか。それとも、素顔を見せなかったことを根に持っているのだろうか。

戦闘狂には困ったものだ。

もしかするとウォンは、サドなのだろうか。美少女を何度も何度も痛めつけることが快感なのだろうか。これは、仲間の見たくない性癖を見てしまったかもしれない。


「俺は、ノーマルだ」

どうやら、声に出していたらしい。

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