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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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48/61

48.完敗

「生きている!」

青空に向かい心から叫ぶ。

叫んだ勢いで足がもつれ、背中から地面に倒れる。固い地面に背中を強く打ち付けるが、その痛みが、更に私が今、生きていることを感じさせてくれる。

大の字になって、雲が流れるのをしばし見つめる。

時間が経つにつれ、身体が訴える痛みが大きくなっていく。悪魔との戦闘の興奮状態から、日常の精神状態に戻ろうとしているためだろう。

精神状態が日常に戻るにつれ。痛い場所が次々に現れる。結局、痛くない場所など無かった。全てが痛かった。そう、心も痛かった。

久しぶりの完敗。言い訳のしようが無い程の完全なる敗北。勝てる要素は、見いだせなかった。

生きているのは、運が良かっただけだ。アッパーデーモンが、本気を出せば、去り際に止めを刺すことが出来たはずだ。だが、奴は奥とやらの命令を最優先にし、私達の目の前から去った。奥が何を示すのか知らないが、そいつのお陰で助かった訳だ。

悪魔の世界は、やっぱり知られていないことが多いな。奥とは何だ?

悪魔の支配者、悪魔の王の様な存在だろうか。それとも奥方の奥、つまり嫁さん。いや、さすがにそれは無いだろう。妻の呼び出しならば、多少待たせても問題ないだろう。だが、魔の王と仮定すれば、命令が最優先されるのに合点がいく。

つまり私達は、魔の王と直接対面する様な立場のアッパーデーモンと対峙していたことになる。悪魔の貴族階級か何かの実力者と命のやり取りをしていたことになるのだろう。

もしかすると、アッパーデーモンでは無く、噂でしか聞いたことが無い、デーモンロードという上級魔族だったのだろうか。有り得る話だ。まだ、奴は、私達を謀っていたのかもしれない。だが、それだけの実力者だからこそ、奥とやらの横槍に助けられたのは事実だ。

無駄に足掻くのも悪くないものだ。足掻いたお陰で時間を稼ぐことが出来、命を拾うことが出来た。やはり、何事も最後まであきらめては駄目だな。

消える時の口ぶりから、この階層に次に来るのは数十年後を予定している様に聞こえた。ウォンやカタラが、奴に出会う事は無いだろう。出会ったとしても冒険者からは引退しているだろうし、容姿も大きく変わり悪魔に気づかれることは無いだろう。

となると、出会う可能性があるのは、私だけか。その時は、まだ私は現役の冒険者だ。容姿も今と変化は、ほぼ無いだろう。奴と剣を交える可能性があるか。私に奴を倒す力を身に付けることが出来るだろうか。

いや、落ち着こう。数十年後に奴が来てもこの広い世界だ。出会う可能性の方が低いだろう。というか、普通に考えれば出会うわけがないな。

とりあえず、強さの目標が見えた。最低でも奴を超えることだ。最近は、人型の強者に出会う事が無く、おおまかにウォンに勝てれば良い位にしか意識していなかった。ここまで、圧倒的な力量差を見せつけられ、痛い程、明確な目標が分かれば、己を鍛える方法も解ってくるはずだ。自分の強さに慢心していた様だ。せっかく拾った命だ、気を引き締めて高みを目指しますか。

さて、このまま、痛みが治まるまで呆けていたかったが、そう云う訳にはいかない。ここは敵地だ。身体を騙し、すぐに臨戦態勢に戻る。


カタラの元に近づこうとすると、すでにウォンがカタラの鎧を解き、宗教着を着せている最中だった。重い身体を引きずりながら、近づいていく。

「ウォンのスケベ。眠っている美女の服を脱がすなんて鬼畜、非道だわ」

「はいはい、言ってろ。意外に余裕が有るじゃないか」

「ウォンほどじゃない。何で、そんなに動けるの」

「鍛え方が違うんだ。戦闘中でも呼吸法で、体力は、回復させることができるんだよ」

「そんな奥義があるんだ。今度、教えて」

「まぁ、いいだろう。奥義と云う程の物でもないしな」

「で、カタラはどうなの?」

「失神だけだな。呼吸や脈は正常。骨折も内臓破裂も見当たらない。多少の内出血はしているが、回復魔法も要らない様な軽傷だ。気付け薬を嗅がせたら、すぐに目を覚ますだろう。ちなみに綺麗なピンクだぞ」

ウォンの頭を軽く小突く。つまり、骨折や内臓破裂が無いか、全身くまなく触診と視診をしたということだな。

「そんな報告は要らない。着替えで見ているから知っている。もしかして、私が失神している時も同じような事をしているの?この変態戦士が」

「何を言っているんだ。堂々と俺の前で恥ずかしげも無く、着替えるお前を、一々服を脱がせてまで、確認するわけが無いだろう。何もしなくても勝手に見せられているのだからな。そんな手間暇がかかることはしない」

そういえば、そうだった。ウォンが男である事を意識したことがない所為か、冒険中は、普通に着替えをしていた。そういえば、カタラに何度か注意をされていたかな。慎みが無いと。

「で、どっちの方が好みだった?」

「そうだな、カタラの豊満な胸も捨てがたいが、やはり掌から少し零れるくらいの張りがあるミューレの胸の方が好みかな」

「わ~、具体的だ…。しっかり観察して、そういう目で私を見ていたんだ。ちなみに着替えの時、欲情していたの?」

「するか!形の話をしているだけだ。さっさとカタラを起こして、傷を治してもらうぞ」

「は~い」

ウォンがカタラの介抱をしている間に散らばった鎧や武器をかき集め、フォールディングバッグに片付ける。使えるかどうか分からないが、持って帰って二代目に修理をしてもらおう。

それに武器がダガーでは心細い。やはり愛用のバスタードソードが無いと落ち着かない。

鎧の代わりに真っ赤な魔法のローブを取り出し、ボロボロになった冒険服の上に羽織る。防御力の点では、黒い鎧とは比べ物にならないが、何も防具を着ていないよりは良いだろう。ローブとはいえ、これでも魔力により革鎧程度の強度はある。そして、戦闘の途中で手放したバスタードソードを拾い、装備する。刀身を見つめ刃こぼれや曲りなど無いか確認をするが、私の目では問題は無さそうだ。しかし、二代目から見ると相当酷い物だろう。二時間位、鋼に撃ち込んでいたのと同じ衝撃を浴びているはず。不具合が無い筈が無い。これも黒い鎧と一緒にオーバーホールに出そう。再装備は、一旦ここまでかな。シールドは大穴が幾つも開いており、もう使い物にならない。しかし、ここに残しておく訳にはいかない。私の愛用品だと分かれば、村を殲滅した犯人の証拠品となる。持ち帰り、二代目に処分してもらおう。能力は劣るが、宿に予備のシールドがある。当分は、そちらを使う事になるな。武器のオーバーホールが終われば、ブラッド・フィースト城の宝物を漁ってみるのも良いかもしれない。もしかすると、良い盾が見つかるかもしれない。何せ、手つかずだ。いや、案外ブラフォードが、こっそりと隠し持っていたり、横流ししている可能性が高い。あの馬鹿ドワーフは、そういえば強欲だった。忘れていたな。奴を城に置いて来たのは、失敗だったかもしれない。共有財産の認識が無いだろう。まぁ良い。その時は、おしおきをするまでの事。別に多少あの財産が売られても、あの量をドワーフ一人でどうこう出来るものでは無い。それだけ莫大だ。

さて、蝙蝠の件は、まだ終わっていない。この村の地下が残っている。

カタラに傷を治してもらったら、地下探索に行くとしよう。さすがに敵は居ないだろう。居たのであれば、先の戦闘に参加していたはずだ。出て来なかったということは、強者は居ないと判断しても良いだろう。

少し疲れた。カタラの介抱が終わるまで少し眠らせてもらおう。

地面に胡坐をかき、バスタードソードを支えに座ったまま、眠りにつく。洞窟での仮眠の癖だ。洞窟は、身体が冷えるため、横になれない。少しでも身体を冷やさない為に生まれた冒険の知恵だ。窮屈な姿勢だったが、すぐに闇に堕ちた。


余程、疲れていたのだろう。カタラの魔法による治療に気がつかなかった。

私が眠っている間に、三人全員の魔法による治療が、終わっていた。身体の節々の痛みは、綺麗さっぱり取れ、痣、打ち身、肌ずれ等の一切の痕跡は、無くなっていた。さすがはカタラだ。僧侶魔法を使わせれば右に出る者は無し。完璧な治療だ。軽く一眠りしたこともあり、これで一戦闘しても支障が無い。残念ながら魔力は、回復していない。数分から十数分の仮眠では、魔力は回復しない。魔法は何も使えない。本格的に睡眠をとらないといけないが、戦場で大休憩を取る訳にはいかない。

早く、村の地下へ潜らなければ、作戦完了とは言えない。とは言え、実際のところは、私もウォンも現実的には作戦完了したという認識にある。村が火事になるまでは確かに気配があったが、鎮火後には気配は無くなった。どこかに逃げたのではない。その場で気配が小さくなり、消失した。考えられる答えは一つだが、自分の目で確認するまでは、決めつけることは出来ない。

これは、私が始めた事なのだ。堕ちる事は途中で止めることは出来ない。崖下の地面に叩きつけられるまで堕ちなければならない。

「私一人で村の地下を確認してくる。二人は、地上で待っていて欲しい」

「ミューレ、危険です。私も付いて参ります」

「カタラの申し出はうれしいが、まだ、カタラは穢れていない。悪魔と戦っただけだ。穢れ役は、私だけで充分だ。それに地下に脅威は無い」

「しかし、誰かが隠れているかもしれません」

「カタラ、俺が保証する。地下には誰も居ない」

ウォンが、保証してくれたことにより、私一人が地下に潜る事にカタラが納得してくれた。

真っ赤なローブを翻し、村へ入り、大きく口を広げた地下への石段の前に立つ。

人の肉が焼け焦げた匂いが、村中に充満している。血は、炎により蒸発し、血の香りはしない。

真っ暗闇な地下へ一歩一歩階段を降りていく。エルフ族は、闇の中でも昼の様に見通すことが出来る。魔法で作られた闇でない限り、暗闇は、何の障害にもならない。明かりも点けず、このまま歩みを進める。炎は、地下にまでは回らなかった様だ。

地下は、頑丈な石造りになっていた。地上で大立ち回りをしても落盤の心配は無いだろう。

入り口付近に燃えた跡は、無い。しかし、未だに熱気が、ものすごく籠っている。少し汗ばむ。地上が燃えていた時は、ここはどれだけ熱かっただろうか。恐らく呼吸すれば、肺を焼かれたに違いない。

廊下の片側に幾つか扉の痕が残っている。炎は、地上から回らなかったが、熱による自然発火により扉は燃え落ちていた。如何に地下が高温になったかの証しだろう。

部屋の中に入ると、木や布の可燃物は、全て燃え尽きて灰になっていた。かろうじて、家具の形を残している物も幾つかはある。

手前の部屋に入ると石床には、少しでも炎の熱さから逃げるためか、地面に貼りついた焼死体が三体転がっている。服は燃え尽き、皮膚も炎に燃やされ筋肉が露出し焦げている。間違いなく、死んでいるだろう。これで生きていても死は時間の問題だ。カタラならば、治療が出来るだろうが、こいつらは私に刃を向けた敵だ。命を助ける義理は無い。

念の為、一体一体心臓に剣を突き立てていく。バスタードソードは何の抵抗も無く、筋肉を突き抜け心臓に到達する。やはり、鼓動や呼吸など何の反応も無い。剣からは何の振動も伝わって来ない。ただの焼死体だ。だが、念のため、心臓を破壊する。他の二つの死体も同じ様に止めを刺していく。

さて、この部屋に用は無い。次の部屋に行こう。

同じことを私は、三度繰り返した。部屋により人数は違ったが、状況は同じだ。変化は無い。

地下には四部屋あり、全ての部屋を回った。隠し部屋は無い様だ。結局、ウォンの言う通り生きている者は居なかった。

これにて、蝙蝠殲滅作戦は、完了だ。惜しむらくは、首領であるアッパーデーモンを取り逃したことであるが、実力差が有り過ぎた。二度と会う事も無いだろうし、私への暗殺依頼も白紙にできた。これ以上望むことは出来無い。

この件が、依頼者である馬鹿親子の耳に入れば、私の報復を恐れてエルフの郷から逃げ出すだろう。これで次期氏族長の権利を失ったわけだ。大人しくしていれば、私が冒険で命を落とし、郷に帰ることが出来ず、氏族長になれる可能性も幾分かあったものを。自分から可能性を無くすとは、馬鹿の考えることの予測はできるが、理解はできない。


しばらくは、エンヴィーで二つの村が謎の焼打ちにあったという話で持ち切りになるだろう。だが、生き残りも目撃者もいない。誰が犯人かは分からないはずだ。証拠になるような物は無い。エンヴィーの衛兵が状況確認に来ても、おざなりな調査でお茶を濁す程度だろう。真剣に犯人を捜す気は無いだろう。

いざとなれば、カタラに悪魔による汚染駆除の話をしてもらえば良い。カタラの言葉ならば、教会の有力者の言葉として、無条件で信じてもらえる。私が説明しても信じる者がいないというのは少し悲しいものだが、まあ、日頃の行いを考えれば妥当な処か。

地下の石段を登り、地上に戻る。ウォンとカタラが、地下への入口まで迎えに来てくれていた。

「状況は、如何でしたか」

カタラが心配そうな表情で尋ねてくる。

「地下は四部屋あり全焼。十数人の村人の焼死体を発見。悪魔に裏返らぬ様に止めを刺した」

あえて、淡々と事実だけを述べる。どうせ回りくどい言葉で伝えたところで、賢いカタラは正確に状況を認識するだけで意味が無い。ウォンは、最初から想像していた様だし、気にする必要は無いな。

「わかりました。少し時間を下さい。村を回ります」

そう宣言するとカタラは、一軒一軒の家を訪ね、祈りを捧げ始めた。

鎮魂の祈りだろうか。まだ、日は高いし、時間がかかっても問題ないだろう。後は、エンヴィーに戻るだけだ。

そういえば、昼飯をまだ食べていなかったな。

「ウォン、昼にしないか」

「そうだな、村の外で準備するか。飯が出来るくらいには、カタラも戻ってくるだろう。じゃ、よろしく」

「私一人で作るのか?手伝わないのか?」

「俺、剣は得意だが、包丁は苦手なんだわ」

「包丁って使わないじゃない。いつもダガーで代用しているし、ダガーなら使い慣れているでしょう」

「おっと、悪魔戦で握力が無くなった様だ。余計なフォローもしたし、疲れて拳も作れないな」

小憎たらしい笑顔で手をブラブラさせてくる。つまり、作る気が全くないし、戦闘中に助けただろうという事か。

「分かった。味付けに文句を言うな。料理に文句を言うな」

「作ってもらった物に文句は言わないぜ」

まったく、勝手なんだから。頭に思い浮かぶ悪口を口に出しながら、村の外で食事の準備を始める。簡単な火床を作り、鍋に水を入れ、干し肉や干し野菜を放り込んでいく。一煮立ちしてから味付けしたらいいだろう。私は、素材の味を楽しむ方が好みなのだ。当然、この間もウォンに対し悪口を言い続ける。同じ言葉は使わない。語彙が尽きるのが先か、料理が出来るのが先か、どちらだろうか。


料理の味見もし、丁度昼飯が出来た時、カタラが戻ってきた。結局、悪口より料理の方が先に出来てしまった。

「ミューレ、よく次々違う言葉で悪態がつけるな」

「伊達に魔法使いをやっていませんから、語彙は豊富ですよ~。ただ、難しい言葉を使っても意味が通じないと会話にならないから、普段は簡単な言葉しか使わないし、そういう素振りは見せないけどね」

「ちなみに、そういう状況を一言でどう言い表すんだ?」

「韜晦が近いかな?」

「は?とうかい?どういう意味だ」

「自分の実力や考えや地位を隠すが近いかな」

「ミューレのいつもの奴か。隠し事が多いものな」

「ウォンこそ、剣の実力を十割も発揮した事ないじゃない。それも韜晦」

「ま、実力を隠すのは、戦士の本能だからな。油断させるのも技の一つだ」

「じゃあ、お互いさまという事で」

ウォンがお手上げというポーズを取る。この話はこれで終わりという事か。ま、これ以上掘り下げても面白くも無いか。

「皆様、お待たせ致しました」

「カタラ、お帰り。丁度昼飯出来たよ」

「はい、ありがとうございます」

「じゃ、いただき。ちょい、味が薄めだな。塩くれ」

ウォンへダガーを放り投げる。だが、何事も無かったかのようにスプーンで受け止められ、器用にスプーンでダガーを地面に突き立てる。

「危ないな、何するんだ」

「死をくれと言った。あと、味付けに文句を言わない約束」

「死をじゃない。塩だ。それに文句でもない。感想だ」

「喧嘩をしては駄目です。感謝の気持ちで頂きましょう。すいません、お塩を私もいただけますか」

どうやら、エルフの味付けは、人間には薄く感じる様だ。いつもは、私とウォンが見張りに立つことが多い為、料理はカタラに任せることが多い。私が、料理を作るのは正直珍しい。だから、普段と違い味付けにクレームがつくのだろう。

しかし、百人以上の村人を虐殺しておいて、こんなにノンビリとしている私達の神経が恐ろしいな。三人共、感覚が麻痺している。ウォンは、戦場に立ったこともあるから慣れているのかもしれないが、カタラの反応が意外だ。もっと悲嘆にくれるものかと思っていたが、今回の事件が大きくて、感覚が麻痺しているのだろうか。

てっきり、カタラから人殺しの糾弾を受けるものだと覚悟をしていたのだが、その気配は一向に無い。悪魔がらみだった事がカタラの目を曇らせているのだろうか。

神の教えに合えば、全てが許されるのだろう。狂信者は恐ろしいな。


日が傾く前にエンヴィーに戻り、大門の所で私達は解散した。ウォンは姉ちゃんの居る酒場に行くと言い、カタラは教会へ悪魔の件を報告に行くとの事だ。私は鎧を早く直したいので、鍛冶屋の二代目の所に行くことにした。

「おかえりなさい、ミューレさん。珍しいローブを着ていますね。赤いローブもお似合いですよ。あ、ローブを着ているという事は、鎧の仮止めに問題がありましたか」

二代目が気まずそうな視線をこちらに投げかけてくる。

「いや、非常に良い仕事をしてくれたので、命が助かった。ありがとう。大変感謝している。…のだが、実は…」

二代目の目の前でテーブルに鎧の部品と盾を並べると、二代目はその場でへたり込んでしまった。

「至宝の鎧がこんな姿に…。朝は、あれだけ美しかったのに…。面影が無い…」

さらに二代目に追い打ちをかける。

「こっちの剣も見て欲しいのだけど」

二代目に愛用のバスタードソードを手渡す。床にへたり込んだ二代目が剣を受け取り、鞘から剣を抜こうとした瞬間に落胆するのが目に見えて分かった。

「あぁ、この得難い一振りも無残な事に…。鞘から抜くのが恐ろしい…」

どうやら、私の想像以上に鎧と剣のダメージは深刻な様だ。

「ええっと。修復の予定が立ったら、四季物語に連絡を頂戴。それと盾は直さなくていいから、処分してくれる。緊急の予定が無い限り、冒険に出るつもりは無いから。じゃ、よろしく」

そそくさと鍛冶屋から逃げ出す。二代目の落胆ぶりを見れば、今回得た教訓、逃げるが勝ちだ。

あのまま、鍛冶屋に居ても文句やお小言を貰うだけの気がする。まぁ、こちらは客だから、キツイ事は言われないだろうけれど、文句は聞きたくないのが、人情だ。

さて、肉体的にも精神的にも疲れた。四季物語でゆっくりしよう。

鍛冶屋を出ると真っ直ぐ、四季物語へ向かった。


四季物語に着き、すぐに風呂に入り、その後ベッドに潜り込んだ。悪魔との一方的な極限の戦いは、肉体と精神を限界まで痛めつけられた。もっとも身体は、カタラの魔法で完治した為、痛みや怪我は無いが疲労感だけは拭えない。部屋の戸締りだけは、しっかりし、ベッドの脇にはインテリジェンスソードを立てかけておく。何か異常があれば、剣が教えくれるだろう。それに愛用のバスタードソードは、鍛冶屋に預け、手持ちのロングソードは、此奴だけだ。

ベッドに倒れ込むとようやく人心地着いた。日常に帰って来たという実感がようやく湧いてくる。嗅ぎ慣れた自分の薫りが染み付いた布団に包まれ、眠気がやってきた。抗う必要は無い。眠気に己を任せた。

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