46.騙し合い
地面に横たわり、ピクリとも動かないミューレ。そばに佇むのは、心臓を貫いた右手を見つめる悪魔。そして、泣きじゃくるカタラ。ウォンは、無反応で自身の敵と戦うのに手一杯だ。
ウォンの奴は、気づいているのか、冷たいのかどっちだ。何か、腹が立つな。
充分に呪文詠唱の時間は、稼げた。さて、反撃をさせてもらおうか。
『氷結吹雪』
離れた所から高みの見物をしているアッパーデーモンの周囲が、突如急激に気温を下げ、絶対零度の冷気が全てをたちどころに凍らせていく。ベンチに座り、余裕をかましていたアッパーデーモンも完全に凍り付き、身動きが取れなくなる。表情を変える隙も与えない。にやついた顔で凍りついている。
これには、部下のレッサーデーモン共も主に危害が及ぶ状況を把握できず、棒立ちとなる。そこを見逃すウォンではない。一瞬の内に細切れにし、目の前のレッサーデーモン一匹を完全に黒霧化させる。そいつの魔力は、消滅した。
氷結吹雪の魔法は、アッパーデーモンの芯まで完全に凍結させ、魔法範囲である十メートル四方の全てを粉砕した。舞い散る氷の欠片が太陽に煌めき、舞い散る。
正方形に切り取ったかの様な無空間が出現する。そこに何があったか、全く想像できない。完全な無垢なる空間だ。
アッパーデーモンの魔力は、感じなくなった。完全に消滅させた。狙い通り、作戦成功だ。
私の真の目標は、最初からアッパーデーモンのみ。目の前の小物のレッサーデーモンなど本来ならば、敵では無い。ウォンに、実力は私と同等と言ったのは、この作戦を成功させるための嘘だ。悪魔共に二人の会話を聞かせ、私の実力を偽るためのものだ。ハッキリ言って、レッサーデーモンは、雑魚だ。
ただ、角ありのミドルデーモン以上は、実力がばらついており、私より強いかどうかは一概には言えない。悪魔の中には、ドラゴンすら飼い慣らす様な猛者もいるという。そうなると、お手上げだ。一人では一筋縄にいかない。まぁ、お目にかかることは無いと思うが…。
手先を倒してからでは、アッパーデーモンに警戒される恐れがあり、大技を喰らわせることなど出来なくなる。ならば、レッサーデーモンとわざと死闘を繰り広げ、アッパーデーモンを完全に油断させることが第一目標だった。そして、アッパーデーモンへは、私が持てる最大火力を叩き込む。作戦は成功し、アッパーデーモンは屠った。
アッパーデーモンの脅威は、完全に去った。いくら気配を凝らして探っても感知することが出来ない。もうネタバラシをしてもいいだろう。
地面に横たわる私の姿が、掻き消えていく。もちろん、辺りに巻き散らかした血も消滅していく。全ては、幻、影、幻影なのだ。
魔力光弾を大量に撃ち込んだ直後に、巧妙な自分の幻影を造り出し、自分自身は、瞬間移動で物陰に隠れた。レッサーデーモンの攻撃に合わせて、幻影を操作し、わざと攻撃を受け、その度合いに合わせて、ダメージの演技と怪我の演出を行っていた。
それと同時に、私の最強の魔法である『氷結吹雪』の神楽舞を始め、幻影操作と氷結吹雪の詠唱を同時に平行処理する荒業を密かに行っていた。おかげで膨大な魔力を瞬間的に放出し、しばし足腰に力が入らない。今は、皆の死角になる場所でへたり込んでいて、あまり人様にお見せしたくない格好だ。この姿を見た場合は、喋る事が出来ない様になってもらうが。
最後の心臓への一撃でレッサーデーモンは、手ごたえがおかしい事に気がついた様だが、カタラは、本当に私が斃れたと信じた様だった。カタラには悪いが、なかなかの好演といえるだろう。
カタラには恨まれそうだ。いや、カタラは恨まないな。そういう負の感情を持たないのが、カタラだったな。
ウォンが無反応だったのは、幻影であると見抜いていたのかもしれない。その為、目の前の敵が隙を見せるのを虎視眈々と狙い、止めをさしたのだろうか。
ま、その当たりはどうでも良いか。本命のアッパーデーモンとウォンが相手をしていたレッサーデーモンは、滅ぼした。残りは、私の相手をしていたレッサーデーモン一匹のみ。この勝負、私の勝ちだ。呼吸を整え、飛ばされたシールドを着け直し、皆の前に姿を現す。
頬に一発をもらった以外、ほぼ無傷。悪魔が驚きの表情で私を見つめている。
「主をどうした!エルフよ!そして、なぜ無傷なのだ!」
レッサーデーモンが、主の消滅に動揺している。奴らの常識には、主が消滅する事実など存在しなかったのだろう。
カタラも答えを欲している様だ。聞きたいことは同じか。ちなみにウォンは、ロングソードを床に突き立て、私の事をニヤニヤ見つめている。やっぱり、ウォンは、お見通しでしたか。ウォンとは寝食を共にする時間が一番長いから、思考パターンを読まれたかな。
「主ならたった今、消滅させたよ~。きれいさっぱり消えたね~。痕跡も無いね~。痕跡と言えば、誰かをサンドバッグにしていたみたいだけど、サンドバッグの痕跡も無いね。誰と戦っていたのかな~?幻かな?」
自然と口角が吊り上がり、見下し、微笑む。いかん、いかん。つい遊ぶ癖が出てしまう。
「儂を謀ったと言うのか。この悪魔である儂を騙したのか。悪魔を偽るのか。悪魔をペテンにかけるのか。何と、非常識なエルフか…」
悪魔は、自分自身が最初から最後まで騙されていたことに衝撃を受けている様だ。普段は、騙す立場にある者が、逆の立場に立たされるとは、それは非常識な出来事だろう。怒りすら覚えることを忘れる程の衝撃の様だ。
悪魔と対する場合、普通の者ならば、騙されない様に細心の注意をする。しかし、悪魔は、騙すことに関しては、呼吸することと変わらない。息を吐く様に嘘をつく。騙されない様に警戒しても無意味だ。些細な隙をついてくる。
逆に開き直って、私の様に悪魔の話には一切耳を貸さず、己のみを信じ切ることしか対策はない。一番有効と思われる手段を粛々と一段一段積み上げていくだけだ。そして、計画通りに積み上げた瞬間に囲いは出来上がり、効果を発揮する。
人は、何か一つの事に集中してしまうと周りの状況が、視野が狭まり、周りが見えなくなるものだ。逆にそれを利用しただけだ。眼中にあえて入れなかった。何が何でもアッパーデーモンに氷結吹雪で消滅させる。その思いだけでここまでレッサーデーモンの攻撃を捌いてきた。だから、奴は私に付け入ることが出来なかったのだ。
悪魔を騙すつもりは、私の中には微塵も無かったし、手玉に取るつもりも無かった。途中経過として、効率の良い方法を取捨選択していくうちに悪魔を騙す結果になっただけだ。最初から悪魔を騙す気など無かった。
悪魔を騙そうという気持ちが、欠片でも私の心に最初から芽生えていたならば、付け入れられた可能性は、相当高い物であったと想像に難くない。
さて、さっさと終わらせて、カタラのご機嫌を取りますか。今後の人間関係に響く。こういう問題は、早く修復するに限る。
「じゃ、死んでくれる。サヨナラ」
バスタードソードの連撃の雨を降らせる。悪魔は、騙された衝撃から抜け出せなかったのか、反応が遅れ、防御が取れなかった。
呼吸が続く限りの連撃を浴びせ続ける。一太刀一太刀を浴びる度に悪魔は踊らされ、黒霧化していく。私の連撃のダメージの方が大きく、再生が追いついていない。
「ウォン、交代。息、続かない」
「あいよ」
すかさず、ウォンがロングソードによる連撃を加え始める。私の一撃よりも重く早い。黒霧化の速度が加速される。私も深呼吸をし、息をすぐに整え、追撃に加わる。私とウォンの絶妙なコンビネーションで、悪魔の黒霧化が一層激しくなる。魔力が消失していくのが、手に取る様にわかる。あと数分でこの悪魔は、消滅する。対悪魔戦は、私達の勝利だ。
「フフフ。まさかここまで追い込まれるとは、やはり人間は面白い」
悪魔の雰囲気が突如変わった。魔力の質が変わった。今まで相手をしていた悪魔とは別人と言っても良い。危険を察知し、斬撃を中止。
カタラの居る方へ私とウォンは、合図も意思表示も無しで、隊列を組む為、同時に下がり防御態勢をとる。私とウォンが前衛、カタラが後衛の基本隊列だ。カタラも防御態勢を取っている。
勝利宣言には、まだまだ早かった様だ。ぼろぼろの姿のレッサーデーモンの輪郭が、おぼろげとなり溶けていく。そして、密度を増していき、再度姿を現した時は、頭に立派な巻き角があった。アッパーデーモンだ。どうやら、アッパーデーモンが、レッサーデーモンに化けていた様だ。完全に騙された。魔力も抑え込んでレッサーデーモンに擬態していたのか。どうも面倒くさいことになりそうだ。
「私に本来の姿を取らせるとは、本当に驚きの連続です。そして、大事に育ててきた部下を二名屠られるとは情けない。これでは、魔の階層に戻った時に周りから馬鹿にされますね。困ったものです」
正体を現したアッパーデーモンは、口では困ったと言っているが、表情は笑っている。久しぶりに面白い玩具を手に入れた子供の様だ。まさか、上級悪魔が下級悪魔に変身しているとは、想像していなかった。
「カタラ、悪魔はプライドが高いから下級悪魔に変身したりはしないとか、そういう事は無いの?」
「悪魔は、逆に騙す為ならば何でもします。変身する対象が、下等生物だろうが、人間だろうが気にしません。気にする様であれば、蝙蝠や鼠に変身したりしません」
言われてみれば、単純明快。納得するしかない。確かに悪魔は何にでも変身して人間に近づいて来る。ならば、下級悪魔に見せかけて人を騙すのも有りか。まだまだ、私も騙しの技術は、悪魔には敵わないか。
「なるほど、あれが本来の姿で間違いない?何か良い手はある?」
「はい、本来の姿だと思います。不可能だと思いますが、真名さえ手に入れば、間違いなく消滅させられるのですが、この状況では無理でしょう。私には策は浮かびません」
確かに悪魔の真名を知る事で、即死させることが可能な事は、理解している。だが、このアッパーデーモンから真名を聞き出すことは容易では無い。カタラの言う通り、不可能だろう。ウォンにならば、何か考えがあるだろうか。
「ウォン、何か策はある?」
「おう、あるぞ。斬る。息が切れても斬る。存在が無くなるまで斬る」
「それは策とは言わない」
聞いた私が、馬鹿でした。悪魔が初見で、さらに脳筋であるウォンに聞く事自体、私が動揺している証拠だろう。普段の私なら、二人に分かり切った答えを求めたりしない。
そうか、私は動揺していたのか。四百年も生きてきて、まだ甘い処が残っていたのか。客観的に自分を見ることが出来、逆に落ち着いた。では、冷血のミューレに戻ろうではないか。
敵の戦力は分からない。ハッキリ言えるのは、私の百発近い魔力光弾と、ウォンと私の斬撃に耐えてなお、魔力が強大であることだ。一言で言えば、強敵だ。
こちらが本命であることが最初から分かっていれば、氷結吹雪の魔法をこちらにぶつけて終わりだったが、過去には戻れない。過去に戻る事は、どれだけ偉大な大魔法使いや大魔導師でも不可能だ。魔法の歴史上で未だに成功例は、聞いたことが無い。私が知らないだけかも知れないが。
さて、どこから手を付けた物か。今の私には魔力は無い。魔法の連打と必殺技で、ほぼ使い果たした。剣士として戦力に数えるしかない。
カタラの魔力が温存されているのが、一縷の望みか。生命力を奪われても、僧侶魔法ですぐに回復してもらえるだろう。だが、カタラの魔力が尽きた時に勝敗が決する。カタラの魔力が尽きるまでに斬り捨てることが可能だろうか。正直に言えば、不可能に思える。
この間、悪魔はニタニタといやらしい笑みを浮かべ、私達のやり取りを見つめていた。まるで、愛玩動物がどんな芸を見せてくれるのか、楽しみにしている様だ。
残念ながら、悪魔が期待する芸は見せられない。こちらは正攻法あるのみ。正面から体力が続く限り、斬り結ぶのみ。それも悪魔には急所が無い為、技を出す余地も無い。手数をどれだけ出せるかが勝負になってくる。持久力の勝負。この戦いに面白味は無い。
「さて、エルフ共よ。作戦を立てる時間は十分にやったつもりだが、まだ必要かな」
アッパーデーモンが両手を胸で組み、見下ろしてくる。かなり余裕だな。私達に勝ち目はないと踏んでいるのだろう。悔しいが悪魔の見立て通り、勝ち目が見当たらない。
「提案としては、ここでお開きにするのが、私的には最善だけどダメ?」
自分ながら馬鹿馬鹿しい提案だ。目の前で部下を倒され、時間を掛けて作った暗殺集団<蝙蝠>も壊滅させられている。内心は、怒り心頭だろう。これで、何事も無く、魔の階層に帰ると言う馬鹿が何処に居る。あまりにも調子が良すぎる。私ならば、絶対に許さない。
「エルフよ。お前は面白い。この状況でまだ手打ちにしようと提案をしてくるか。真っ当な精神の持ち主ではないな。お前こそ悪魔ではないのか」
「それはない。悪魔であれば、精霊魔法は行使できない。悪魔が変化しているわけでは無い」
「ふ、真に受けるな。冗談だ。ところで、私の配下に加わらんか?私は、本気だぞ。たった今、優秀な部下が二名欠けて、頭を抱えているところだ。お前なら、あの二名の後を引き継げよう。それに、悪魔に対し物怖じせぬ度胸も気に入った。私とお前が組めば、ここに国を建国できよう。どうだ、お前が国王だ。贅の限りを尽くせ、何もかもお前の思い通りだ。何、私には月に一度、遊び相手を寄越してくれれば良い。どうだ、楽しそうだろう」
普通の人間ならば、魅力的な言葉に聞こえるのだろうが、私の心には全く響かない。
建国するつもりであれば、大昔に実行し、今頃ここに大国が生まれているだろう。それぐらいの才覚はあると自負している。悪魔に手伝ってもらう必要も無い。
財宝もすでにエルフの一生涯でも使い切れない程、持っている。金に執着は全くない。
それに名声も要らない。冒険で名声を得てしまう場合は、勇者君になすりつけている位だ。私達にとって、名声は、冒険する時の足枷にしかならない。
私個人としては、悪名が広がる方が、冒険する時には都合が良い。何せ、雑魚は寄って来ないし、聞きたい事は、相手が勝手に話してくれる。これ程、便利な物は無い。
悪魔は、私達が、規格外の冒険者であることを理解していないな。
「なるほど、これが悪魔の囁きと云うものか。初めての体験だ。話に乗ってみるか、カタラ」
「いけません!絶対に悪魔の言葉を聞いてはなりません!絶対です!」
軽い冗談でカタラに話を振ってみたが、エライ剣幕でお怒りだ。美女が本気で怒ると鬼人だな。普段の清楚など欠片も感じない。狂気じみた悪魔への嫌悪感が、カタラの全身を支配している。神への狂信者と云うのは、恐ろしい。
「やっぱり。そうだよね~。デメリットが大きいよな~」
「メリット、デメリットは、関係ありません!神の敵です!」
「解っている。悪魔の配下になる訳がない」
「ミューレは、本気か冗談か、わかりません」
「心を読ませないのが、軍師としての基本だから、職業病だと思って許して」
「そういう事でしたら、致し方ありません。納得致します」
とりあえず、カタラは私が心変わりしない事に、納得はしてくれた様だ。だが、状況は何も進展していない。さて、どうする。ウォンの言う通り、斬り合い続け、根性勝負に出るか。しかし、それでは軍師と言った手前、無策と云うのは悲しい。何か、一案でも欲しい。勝てる見込みが無い。
「悪魔よ。俺達は勧誘しないのか?」
ウォンが面白そうに尋ねる。もうこれ以上、状況が悪くなることは無いだろう。遊ばせておこう。その間に何か策の一つでも捻り出そう。
「戦士と僧侶を勧誘?なぜ、私の役に立たぬ者を欲しがる必要がある。力だけの戦士などモンスターで幾らでも代用できる。僧侶など悪魔に寝返った瞬間に、神によって滅ぼされるだけだ。勧誘する余地など何処にある」
「俺達は、特売品以下みたいだぞ。そうなのか、カタラ?」
「はい、事実です。神の敵である悪魔に降った瞬間、僧侶には天罰が降ります。ですから、悪魔は、僧侶を相手には致しません。勧誘に成功した直後に天に滅ぼされる存在など居ないのと同じなのです。ですから、悪魔にとって僧侶は、滅ぼすだけの存在です」
「まるで呪いだな。僧侶と云うのは、義務と規則ばかりで大変だな。俺には無理だな」
「いえいえ、そうでもありません。神の教えを実践することは、自分自身の精神を清浄化することになります。それはとてもとても清々しいものです。これを機会にウォンも一度教会へ足を運んでみませんか」
おいおい、カタラ。この状況で街へ戻れると思っているのか。
「断固、断る。酒が飲めない」
「あら、残念です。たしなむ程度であれば、神は許して下さりますよ」
「がぶ飲みがしたい」
「あら、それは困りました。痛飲するのはご法度です」
やっぱり、類は友を呼ぶか。私の仲間らしい。悪魔の目の前で、世間話をのんびり出来る神経が羨ましい。私は、戦闘回避か勝利の手段を必死で手繰り寄せようと考えているのに、困ったものだ。
「ほう、お前らも変わった人間だな。普通は、悪魔を見れば、恐怖で打ち震える者ばかりだというのに。なるほど、エルフ族と仲良くできる変わり者ということか」
「いや、種族がどうとか、考えたこと無い。そんな面倒な事を普通は考えるのか。そんなの邪魔くさいだろう。一緒に居て、面白いかどうかだろう」
「ウォン、それは私達のパーティーぐらいですよ。あまり、こういう言い方は好きではありませんが、大半の人間族は、亜人族に好意を持っていません。逆に妬みを持っている位です」
「へ、それは初耳だな」
「亜人族は、総じて長寿です。それだけでも人間からすれば、羨望の的なのです。そこに特殊な能力を持っています。エルフであれば八百年の寿命と魔法との親和性、ドワーフであれば二百年の寿命と怪我をしない頑強な肉体、ピグミットでしたら四百年の寿命と俊敏な肉体を持っています。天は二物を与えたのです。それが人間からすれば、自分達が劣っている様に感じ、妬みへと通じるのです」
「何だ。努力もしない奴の僻みじゃないか。馬鹿らしいな」
「はい、ウォンの言う通りだと思います。ですが、人間は…」
「頭で分かっても、心では割り切れないと」
「はい、その通りです」
「面倒だよな、人間も。妬む暇があれば、努力すれば良いのにな。そうすれば、馬鹿魔法使いの様にエルフを超えるのに」
「ですが、人は、苦労と快楽を突き付けられると、快楽を選択してしまうのです。この悪魔が邪魔をするのです」
カタラがズバッと迷うことなく、悪魔に対して指を差す。
あらら、カタラは最初からヤル気十分なんだな。僧侶ならば、悪魔滅ぼすべしと教会に洗脳されているか。
私は、冗談抜きで手打ちにしたかったのだが、カタラが挑発する様では、手打ちは無理になったかな。いや、最初から手打ちという選択肢は無いか。
だが、悪魔はニヤニヤと笑っているだけだ。愛玩動物が目の前でじゃれ合っているだけにしか、感じていないのだろう。カタラの行動も挑発とは感じてもいない様だ。
今まで以上にこの状況を面白がっている様だ。悪魔には、私の腹が立つほど余裕がある様だ。
ウォンとカタラの夫婦漫才の間も次の一手を考えていたが、新しい手が浮かばない。やはり総力戦、いや、魔力が尽きた今は肉弾戦で勝利をもぎ取るしかないのか。どちらの体力が先に無くなるかのチキンレースだな。いや、チキンレースでは寸止めか。悪魔を仕留めるのが先か、私達三人が全滅するのが先かのデスレースか。
先程の斬撃を考えても、私達が圧倒的に分が悪い。悪魔が肉弾戦に付き合ってくれるとは限らない。魔法で飛翔され、上空から魔法攻撃をされれば一方的に殺される。こちらに反撃する手段は無い。やはり、勝ち目が出て来ない。
各自逃走を実行しても、逃げきれないだろう。特に私が逃げることが出来ないだろう。どうやら、かなり悪魔に気に入れられた様だ。即座に私を捕まえるだろう。ウォンとカタラには、最初から興味が無い様だ。案外、あの二人は、逃げ延びられるかもしれない。
ならば、どうすれば私が逃げることが可能になるのか。それがこの戦闘の解なのだろうか。
本当に私が求める正解なのだろうか。正解であるならば、逃げ道を全力で考えよう。
まさか、あの言葉を実現させる日が来るとは、予想もしていなかった。
逃げるが勝ち、か…。




