45.ミューレ斃れる
現状、残り三匹の悪魔達が襲って来てもおかしくない状況だ。かと言って、村にこちらから攻め込むには、火勢が強い。無理やり魔法で火を消しても良いのだが、まずは、カタラの考えを想像してみよう。その間に下火になっているかもしれない。
読心術で得られたキーワードは、
悪魔・怨敵・滅す・村人・手遅れ・洗脳・唯一・解放・死・人助け・悲しみ・失敗・思い込み・信頼・神・救い・助けられない・救えない・ミューレ・自己犠牲・英雄
だった。
いくつかのグループに適当に分けてみる。
一.悪魔・怨敵・滅す
二.村人・手遅れ・洗脳・唯一・解放・死・人助け・悲しみ・失敗
三.神・救い・助けられない・救えない
四.思い込み・信頼・ミューレ・自己犠牲・英雄
直感的に四つに分けてみた。で、以前にカタラから聞いた悪魔の生態と教会の対応を加味し、無理に意味を通してみる。
一は、悪魔は怨敵であり滅ぼす。
二は、村人は、悪魔に洗脳され手遅れだ。悪魔からの解放は唯一の方法は死であり、人助けに失敗し、悲しい。
三は、神の救いには、村人を助ける方法が無い。救えない。
四は、自分の思い込みで、ミューレを信頼していなかった。周囲からどう思われようと正義を貫く自己犠牲。悪名を被ってでも、悪魔の村を滅ぼす英雄。
う~ん、ちょっと私に有利な解釈だな。まぁ、これでカタラが言いたいことが分かった様な気がする。
つまり、悪魔に一度でも洗脳された人間は、神の力をもってしても洗脳を解くことが出来ない。悪魔から解放される唯一の方法が、死のみである。悪魔に汚染された村の存在に気付いたミューレは、周囲から犯罪者扱いされようとも自己犠牲の精神で、この世から悪魔を殲滅する英雄だった。
それなのに、事情も知らず、話し合うこともせず、ミューレを信頼せず、批判し、挙句の果てに手を出してしまった。ゆえに負い目を感じ、誠心誠意の謝罪をするしか方法が無い。
カタラならば、こういう思考回路だろうか。これは、良い線をいっているのではないだろうか。
後は、正しいか答え合わせをするしかない。
「カタラは、もしかして私を自己犠牲の英雄だと考えているのか?」
この聞き方ならば、答えが違っていても再考の余地を作れるだろう。
「はい、その通りです。まさか、エンヴィーの近くに悪魔に汚染された村があるとは、思いもよりませんでした、ミューレが、いち早く気が付いて下されなければ、エンヴィーへ悪魔の浸透が始まっていたでしょう。一度、悪魔に誑かされた人間は、二度と元に戻る事はありません。狂気と悪意に染まってしまいます。それなのに、私はミューレを罵倒し、平手打ちまでしました。謝罪しても許されるものではありません。しかし、私には謝罪するしか方法が思いつかないのです」
カタラが涙声で答えてくれる。どうやら、私の予想通りだった様だ。最も、あれを罵倒とは感じないし、平手打ちもあっさり避け、実害は正直に言って何も無い。
この蝙蝠殲滅は、私の自己都合で始めた事だが、どうやら、世界を包む様々な精霊達に私は見捨てられていない様だ。カタラの教会の立場からすれば、エンヴィーの危機を守る英雄様だ。
「わかった。わかった。許すから」
これ以上、芝居に付き合うのは勘弁だ。さっさと謝罪に応じよう。
「いえ、私の気が済みません。何か出来ることはありませんか」
私の手を握りしめ、真っ直ぐに見つめてくる。その瞳には、涙が少し浮かんでいる。
やれやれ、子犬の様だな。私が男だったら、抱きしめたくなる仕草だ。可愛い娘とはこういうものだろうか。ま、私には縁が無いか。
では、カタラには悪いが、内緒で畜生道に堕ちてもらおうか。何でもすると言ったのはカタラだ。一度出した言葉には、力が籠る、それは無かったことには出来ない。覚悟してもらおう。
残っているのは、地上の三匹の悪魔と地下の村人達だ。こいつらを殲滅すれば、今回の虐殺は終わりだ。悪魔が他にも拠点を作っていれば、そちらも殲滅することになるが、報告書には記載が無かった。この村の地下の件も報告書に記載は無かったが、マスターの仕事ならば、そこまでの心配は不要だろう。この地下の気配に気づくには、上級の冒険者でないと厳しい。
「では、カタラ。悪魔の殲滅を手伝ってくれるか。後三匹が村の中に居る。そして、この村には地下があり、そこに洗脳された村人がいると思われる。その村人も殲滅することになる。後悔はしないな」
「はい、悪魔殲滅は私の使命です。何のためらいもありません」
「本当に村人も殺せるのか」
「…はい。死が救いになるのであれば、苦痛を与えることなく天へ送ります」
「わかった。火勢も衰えたし、行こう」
「了解」
「わかりました」
ウォンとカタラから低く重い返事を受け取る。虐殺をまだ続けなければならない心苦しさが、あるのだろう。
村を灰にした私の火炎魔法の火は、燃える材料がなくなり、今にも消えそうになっていた。しかし、村に入ると熱気を感じ、すこし汗ばむ。地面の灰を踏むたび、甲冑を通して炎の熱さを伝えてくる。どうやら、まだ可燃物の内部では、火が燻ぶっている様だ。
広場の中心近くの石造りのベンチに一人が腰かけ、その両脇に一人ずつ立っている。見た目は、三人とも三十代後半の男に見える。来ていた服は、燃えて灰となり全裸となっている。だが、身体のどこを見ても火傷の痕は見当たらない。
奴らの肌の色は、灰色で背中に蝙蝠の羽を生やしている。厄介な事にベンチに座っている男の頭には巻き角が耳の上にあった。アッパーデーモンだ。こいつは面倒だ。先程の様に不戦勝とはいかない。真名を聞き出すことも不可能だろう。
アッパーデーモンの両側に立つ悪魔には、角は見当たらない。こちらは、レッサーデーモンの様だ。主と僕の関係だろうか。
そして、奴らの足元には焼け焦げた村人の死体が幾重にも折り重なっている。魔法や炎のダメージの回復に生命力と魔力を吸われたのであろう。やはり、私が想像していた通りだったか。
「やれやれ、目標にここまで叩き潰されるとは想像の範囲外だ。私が丹精込めて作った農園を駄目にしてくれたものだ。また、一から作り直さねばならん。次は、規模では無く、実力重視の農園を試してみようか。なぁ、エルフ族のミューレよ」
アッパーデーモンが、渋い男の声で話しかけてくる。私の正体は割れているか。そらそうだろう。蝙蝠の仕事は、私の暗殺だ。私の顔というか、仮面をしている容姿を知っていて当然だろう。
「初めまして、暗殺者さん。おまえが首領か」
「いかにも。しかし、仕事は選ばなければならないな。いや、受ける前の下調べが必要だな」
「当たり前だ。冒険者も仕事を受ける時に裏が無いかぐらいは調べる。人間のことを理解できていない様だな。アッパーデーモンの分際で」
「全く、エルフの言う通りだ。これでも数百年は生きてきたのだが、足元を掬われたのは、この世に目覚めて初めてだ。まぁいい。今から滅ぼせば良いだけだ。軌道修正は簡単だ」
「そう簡単に軌道修正できると思う?」
「たかだか人間族三人と悪魔三人。実力差は十分あると思うのは、私の驕りかね」
「いえ、現状を考えるとその通りでしょう」
「それでも戦うのかね。我に降れば、人間族の幹部として末席に加えても良いぞ」
おやおや、アッパーデーモンがこちらを懐柔しようとは、何を考えている。先の悪魔二匹をあっさり倒したことに警戒をしているのだろうか。それとも、本当に仲間にしたいのだろうか。
「汚らわしき悪魔の手先にはなりません!」
間髪入れず、カタラが否定し、悪魔とカタラの論戦、というか罵り合いが始まる。
あらら、これでは真名を聞き出すとかの駆け引きは無理だな。
僧侶であるカタラは、悪魔を目の前にして興奮気味の様だ。何時暴発してもおかしくない。どうやら、これ以上の会話で悪魔の思惑や私を狙った人間の裏を取りたかったが、無理そうだ。今の内に小声でウォンに囁く。
「悪魔との戦闘経験は?」
「無いな」
「悪魔は人の形をしているが、中に骨は無い。つまり、どこを斬っても剣が欠ける心配は無い。逆に気をつけなければならないのが、骨が無いという事は関節が無いということだ。とんでもない向きに腕や足が曲がっても驚くなよ」
「なるほど、自由に斬れるのか。楽でいいな」
「まぁ、楽と言えば楽かな。あと、腹や背中から手足が生え、伸びてくるから死角は無い」
「つまり、正面から思う存分、切り刻めばいい訳だ。位置取りや間合いを考える必要が無いな。ふむ、他の敵より単純だ」
「触られると生命力を吸収されるぞ」
「え、避ければ問題ないんだろう?」
「心配した私が馬鹿だった。好きにしてくれ」
「任せろ。正面切って暴れるのは得意だ」
やれやれ、ウォンは、こちらの方が分が悪いというのに、強敵を迎えて喜んでいる。私には、連中に勝てるかどうか不安しかないのに…。
気軽に憂さ晴らしのつもりで来たら、実は大物が待っていましたか…。知っていたら、三馬鹿も連れてきて、戦力的に圧倒したかったな。
どうやら、カタラと悪魔の口論は、終盤を迎えた様だ。
「神の教えを守る者として、必ず滅します!」
「いいだろう。人間にどこまでできるか楽しませろ。行け!」
命令と同時にレッサーデーモン二匹が、私達の方に走り出す。アッパーデーモンは、静観する様だ。戦力の逐次投入の愚は、こちらには有り難い。三匹まとめて来られると為す術も無い。
ウォンに一匹、私に一匹が走ってくる。いつもの癖で前衛に二人で立っていた為、目標に設定されてしまった様だ。
「カタラ、防御優先とアッパーデーモンの警戒よろしく。ウォンと私は一対一で対応する」
即座に三人が武器を構え、迫る悪魔と接敵する。
悪魔は素早く私の間合いに踏み込み、右の貫手を腹に突き込んでくる。ダガーの様な爪を盾で受け流し、軽く袈裟切りにする。悪魔の左肩から胸まで切り裂くが、黒い霧が飛び散り、消え去る。手応えとしては、筋肉を切り裂くのとほとんど変わらない。ただ、途中で骨に当たらないのが、斬りやすく有り難い。
悪魔の左手から黒い槍が飛び出し、身体を半分捻り避ける。背後で槍が爆発する音がする。
早速、詠唱無しの魔法か。これでは、ウォンの悪魔やアッパーデーモンまで気にかける余裕が無い。目の前の悪魔に専念するしかないが、それだけでは勝てない。打開策が欲しい。
身体を捻った勢いを利用し、三点突きを入れる。悪魔に急所は無い。魔力を削ればいい。必然的に当てやすい胴体を狙う事になる。
心臓、鳩尾、臍と順に突いていく。人間ならば急所なのだが、悪魔には関係ないので狙う必要が無いのだが、日頃の動作が咄嗟に出るのは仕方がないか。これも修行の賜物として良しとしよう。ふむ、まだ心に余裕はあるな。
あと一撃は入れられるかと思ったが、甘かった。下から蹴りが上がってくる。上半身を背後に引いた瞬間、目の前を蝙蝠の尖った足が通過していく。
すかさず、下段に構えていた剣を振り抜き、目の前の脚を腿から切り落とす。
骨が無いのは本当に楽だ。自由に斬れる。切り落とした足が黒い霧と化して消えていく。
肉弾戦は、こちらに分がある様だ。経験の差かな。
体が開いたので構え直しの動作の隙を突かれた。左頬を殴られる。腕が頬に接触している間、生命力と魔力を吸われ、足腰から力が抜ける。そして、物理的衝撃が来た。左頬に拳が喰い込み、体重の軽い私は後ろへ数メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。地面との衝突のダメージは、鎧が上手く吸収してくれた。スライディングの勢いを利用し、すぐに態勢を立て直す。
顎が外れそうな程の激痛が走る。歯を食いしばったが、口の中が傷だらけだ。血があふれ出す。すぐに口の中に血が溜まり、地面へ吐き出す。前言撤回。肉弾戦も慣れてやがる。
灰色の人影が迫る。すでに足の再生は完了している。
こちらは態勢を立て直すので精一杯。カウンターは狙えない。防御優先か。
悪魔が連続で貫手を放つ。シールドで片っ端から弾いていくが、悪魔の連撃が止まる様子が無い。シールドを持つ左手が、衝撃で痺れてくる。反応が遅れた。シールドを弾き飛ばされ、胴体へ貫手が迫る。バスタードソードを両手で握りしめ、悪魔の貫手を払い続ける。
伊達に魔法剣士を数百年していない。この程度で押し負けたりなどしない。
悪魔の一瞬の隙を見出し、ダガーの様な指の間に剣を叩き込む。悪魔の掌を真っ二つに裂き、肘まで削り落とす。さすがの悪魔も再生させる為か、一瞬動きが止まる。
『気弾』
左手を悪魔の胴体に当て、空気の振動弾を撃ち込む。悪魔の脇腹が内部に発生した気弾で弾け飛ぶ。さらに追い打ちをかける。
『気弾』
悪魔の臍を中心に弾け飛び、悪魔の腹部の三分の二以上を消し飛ばす。
だが、悪魔はその場でよろめいただけで表情の一つも変えない。少しでも苦痛の表情を表してくれれば、ダメージをどこまで与えられたかの指標になるのだが、魔力を感知するしか方法は無い。今、目の前に居る悪魔の魔力は、まだまだ十分に蓄えられている様だ。枯渇する兆しは見えない。
取りあえず、手数で勝負するしかない。腹が再生する前に切り刻む。最初の数合は、防御される事無く、胴体に刻まれるが、すぐに正気を取り戻した悪魔の爪に弾かれる。
先程とは逆の立場だ。私が攻め、悪魔が守る。剣と爪の応酬だ。だが、悪魔と違い、こちらは長く息が続かない。
『風刃断裂』
息が切れる前に圧縮した空気の鎌の魔法を放つ。無数の鎌が、直径一メートル程の大穴を悪魔の胸に開け、頭、両手、翼を胴体から千切り落とす。悪魔の動きが止まった。だが、下半身は、大地にしっかりと立っている。千切れ落ちた部分が黒い霧となって本体に戻り始める。
呼吸を整え、魔法を唱える。
『石槍激発』
悪魔の足元より剣山の様に石槍が生まれ、下半身や地面に落ちた部分を貫き地面に縫い止める。これで、私のターンを続けられるはず。間合いを取り直す。
『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』
『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』
『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『魔力光弾』『幻想創造』『空間移動』
一番大きい塊である下半身に集中して魔法の光弾を連続して叩き込む。再生していた部分も吹き飛ばし、大半が黒い霧と化す。だが、私の魔力を感知する感覚は、敵の魔力の半分も削っていないと感じている。一方で、私の息が上がり始めている。やはり、悪魔が有利か。早くも再生が始まっている。このままでは、私の体力の方が持たない。今の内にポーションを一飲みし、少しでも体力の温存を図ろう。
腰につけたポーチから陶器製の試験管を取り出す。蓋のコルクを外し、中身を一気に飲み干す。口の中に薬草の苦みとえぐみが広がる。これだからポーションは好きになれない。
カタラの魔法だと、優しさに包まれ心地良い。同じ回復でも雲泥の差だ。
突如、甲冑の隙間に細く黒い棒が生えている。根元を辿ると黒い霧の中から細い棒は伸びている。
棒は、私の腹の中でモーニングスターの様に四方八方へ棘を伸ばし、腹を掻き回す。口へ大量の血が逆流させ、胃の内容物と一緒に血を吐き散らかし、地面に赤い水たまりを広げる。だが、膝はつかない。剣を支えに何とか踏ん張り、後方へ下がり、黒い棒を抜く。黒い棒は、すぐに消滅し、棘は霧散する。
傷口は、小さくゆっくりと出血しているが、内臓をぐちゃぐちゃにされたはず。これでは、内出血で一時間も待たないうちに死んでしまうだろう。
身体の中に溢れる血が出口を求め、また口から大量に血を吐き出せる。
鎧も吐いた血で血塗れにさせる。
これだけの重傷を負ったのだ。足も重く、軽かった鎧も重く感じ、全ての動きを緩慢にさせる。
悪魔が元の姿に戻りつつある。霧の形状から攻撃が出来るとは想像外だった。
だが、ミューレ様を舐めるな。備えあれば憂いなしという言葉がある事を思い知らせてやる。
悪魔は、一気に間合いを詰め、再生が先に出来た右腕で貫手を放ってくる。ダメージで私の腕は上がらない筈。ギリギリで見切り、最小限の動きで避け続けさせる。
自分の血だまりに足を滑らせ、態勢を崩す。致命傷となる貫手だけは避けよう。だが、悪魔の顔から私の顔へストレートパンチが決まる。悪魔の顔面から手が生えたのだ。
意表を突かれ、防ぐ手立ても無く、まともに悪魔のパンチを喰らう。
鼻が陥没し、盛大に鼻血が飛び散らせる。今ので鼻の骨を折った。血が止めどめなく流れ、鼻で息が吸えない。口も吐血で塞がれ、まともな呼吸が出来なくなっただろう。
脚も使えない、魔法も使えない、立っているのが精一杯。最初の圧倒的優勢が嘘の様だ。反撃から一分もかからず、死の入口に立たされる状況となった。ちょっとやり過ぎかな。
「圧倒的優位から死への扉の前に立たされる気分どうかな?」
悪魔から声をかけてきた。どうやら向こうは、勝利を確信したようだ。不審点を感じていない様だ。
「そうね…。最近は、よく、死の扉を、ノックするから、何も、感じないな…」
切れ切れに言葉を返すのが、精一杯の状況だろう。
「中々、強がりだけは上等だな。さて、念の為、確認しておくぞ。我が主は、お前を部下にしても良いと仰せだ。今なら、主と契約をすることで死から逃れることが出来るぞ。どうするエルフ。闇に仕えるダークエルフに成らぬか?儂もお主の力量を見て、驚いている。実力を見るために多少は斬られるつもりだったが、まさか実体を消されるとまでは思わなんだ。世界で指折りの力を失うのは、非常に惜しい。儂も部下にしたいと思っている。返答は如何に?」
ダークエルフとは、悪魔と契約を結び、闇に堕ちたエルフだ。一度闇に堕ちたエルフは精霊から嫌われ、一切の精霊魔法が使えなくなる。その代りに主となった悪魔より魔力を授かり、悪魔魔法を行使できる様になる。そして、僧侶魔法を一切受け付けない身体になり、回復魔法や蘇生魔法が効かない身体になる。悪魔に魂を売れば、神は守護してくれないのだ。
そして、死は本当の死でなくなる。アンデッドとして蘇る事になる。死んだ時の実力により、アンデッドの種族が決まる。死してなお、悪魔から逃れる術は無い。
さらに、同族のエルフからは、精霊に認められぬ者として、嫌悪の対象となり、一族から追放される。ただ、人間とは違い、命まで奪ったりはしない。故郷には二度と戻れなくなる。
他の種族からも悪魔の眷属として忌み嫌われる。街に近づくことすら難しくなる。
ダークエルフに堕ちても、何のメリットも無い。待っているのは、アンデッド化と完全なる消滅だ。とりあえず、今の死から逃れる方法でしかない。今死ぬか、後でアンデッドになってでも生き残るかの選択だけだ。アンデッドになっても自我を保たれる保証は無い。完全な博打だ。私には、ダークエルフに堕ちる選択肢は、存在しない。心が弱いエルフだけが、ダークエルフに堕ちるのだ。
悪魔がどの様に甘い言葉で誘って来ようが、実情を知る私が堕ちることは無い。
「あら、結構、高評価、なのね。そんなに、私は、魅力的?」
二つの魔法を、同時に処理している為、本当に呼吸が苦しくなり始め、途切れ途切れに返答を返すことになった。
「あぁ、非常に魅力的だ。人間族では、世界で五本の指に入る実力者だ。エルフ族では、最強であろう。そして、仮面で顔を隠しているが、あふれ出る気品と美しさ。だが、美しいだけでは無く、簡単に壊れない心の強さ。そして、その膨大なる魔力と知識。それを使いこなす頭脳。さらには、剣士としても一流。これ程の逸材は、百年に一人も現れないだろう」
「ふ、かなり、評価、高いのね。でも、剣では、そこの戦士には、勝てない。魔法では、馬鹿魔法使いに、勝てない。これでも、私の、パーティーでは、専門家には、勝てない」
「だが、そいつらは専門家だ。剣と魔法の両立は出来まい。両立による相乗効果では、パーティー最強ではないのかね」
「そう、かも、ね。レッサー、デーモンにも、勝てる?」
「ほう、この期に及んでも儂に勝てるつもりか。良いな。その負けん気の強さは、好みじゃな。我が主と契約をした暁には、儂の配下、いや、愛玩動物にしてやろう。さて、そろそろ返事を聞かせてみよ」
誰が悪魔の愛玩動物などになるか。肉や精神を削がれ、苦痛と恐怖を毎晩与えられるのは、お断りだ。
「鏡を、見て、出直しな。阿保…」
「そうか。ならば、死ね」
そして、無造作に悪魔の貫手が、鎧を貫通し心臓を正確に貫いた。胸から今までと比べ物にならぬ程の大量の赤い血が噴水の様に噴き出す。ゆっくりと背中から斃れ、地面に横たわり、ピクリとも動かない。
「これは…」
「ミューレ~!」
カタラの絶叫が響き、悪魔の声をかき消した。




