44.蝙蝠の正体
禍々しい気配は、五つ。二つは私達の前。残りは、燃え盛る村の中に三つ。勝つ見込みが少ないのならば、村の気配が合流する前に、目前の敵を全力で屠るのみ。戦いの基本、戦力の集中と各個撃破だ。少しでも生き残る道を作らなくては。
「ウォン。敵は、悪魔だと思う。こいつら、文字通り人の皮を被っている」
「なるほど、道理で斬った時の手ごたえがおかしい筈だ。死体を斬らされている訳か」
「そうだ。本体は、村人の中だ。表面を斬っても服を斬るのと変わらない」
「理屈は分からないが、どこを斬ればよいか分かれば充分だ。では、反撃といこうか」
「反撃って、まだ有効打ももらってないじゃない。仕切り直しが正しいかな」
「どっちでもいいさ。しかし、ミューレ。敵は、正真正銘の悪魔なんだろう。それにしては、余裕があるな」
「何回か戦ったこともあるし、正体さえ分かれば、ウォンなら何とかしてくれるが気がしてね」
「過分なご期待、それもお姉様にされるとは、涙が出る程うれしいね~。死ぬ気で頑張れということか?」
「まさか。死なない程度に頑張れよ。盾が無くなれば困るもの」
「はいはい。人使いが荒いなっと」
ウォンは、力比べをしていた悪魔をシールドで押し戻し、一気に頭から剣を振り降ろす。押し戻された衝撃で態勢を崩した悪魔は、剣を避ける事も出来ずに唐竹割りにされる。
人間の身体が左右にゆっくりと分かれ、倒れていく。しかし、一滴も赤い血が出ない。身体の中にあるべき内臓も存在しない。骨と筋肉と少しだけ焼け残った皮膚のみが地面に倒れ伏す。
内臓が有るべき場所に灰色の胎児の様な物体が浮かんでいる。そいつは、ゆっくりと手足を広げ、背筋を伸ばしていく。胎児の姿勢から直立の姿勢に近づくにつれ、身体が徐々に大きくなっている様な気がする。同時に私の正面の悪魔も姿を現すべく、死体を自分で腹から裂き、同じ様に生れ出ようとしている。
腹から身体を完全に体を出すと死体は、無造作に放り投げられた。
二匹の悪魔は、元の身体に戻るためドンドン身体が大きくなっていき、身長二メートル程で成長が止まった。肌の色が灰色以外は、見た目は人間の男と変わらない全裸の姿で地面に足を付け、仁王立ちをしている。局部も人間と変わらない。同じだ。
悪魔の背中から無理やり皮を剥ぐ様な音がする。聞いているだけでこちらが痛くなりそうな程、メリメリといっているが悪魔は目をつむったまま、微動だにしない。
背中に現れたのは、巨大な蝙蝠の羽だ。悪魔は、蝙蝠の羽を大きく広げ、目を見開く。
瞳は、縦に細長く金色に輝いている。変身というか、変態完了という事だろうか。
無造作に後ろに流された黒い長髪。肩や胸を盛り上げる分厚い筋肉。指先の爪は、まるでダガーの様だ。腹筋も綺麗に分かれ、太ももやふくらはぎの筋肉の立派な張り、足先は蝙蝠の様な足になっている。
部分的には異質だが、肌の色さえ人間族のどれかに類似していれば、偉丈夫で通じる男前だ。人を騙すことを生業とし、様々な物に変身することも得意な悪魔だ。肌の色を変えるだけで、頭と尻が軽い女ならば、虜にすることは造作も無いだろう。
人を騙し、生き地獄へと引きずり込み、その魂をしゃぶり尽くす事が悪魔の生態だ。
魂を弄ぶことに奸智を尽くし、人々を蹂躙することに喜びを感じる化け物だ。苦痛に満ちた魂に籠る魔力程、甘露な物は無いと噂で聞く。その為、知恵も働き、勤勉に働く。悪魔が働くと言うと可笑しく聞こえるかもしれない。だが、美味い果実を実らせる為には、悪魔共は知恵と労力を惜しまない。農家が地道に農作物を育てるかの様に、人間の魂に少しずつ苦痛を与え、悪魔共にとって甘露な魂へと育て上げ、最後に収穫をするのだ。怠惰な悪魔では、この甘露を手にすることは出来ない。悪魔は、人を騙す為ならば、勤勉なのだ。
肉体的特徴として、普通の剣では傷を付けることは出来ない。傷を負わせるには、魔法の剣か神の祝福を受けた剣に限られる。まぁ、私達が使っている装備は、全て何かしらの魔法が掛かっている為、攻撃力の心配は無い。
悪魔の実体は、魔力の塊そのものだ。ゆえに、魔法の行使に詠唱は、必要が無い。そのまま、念じた事が発現するため、魔法を得意とする。
あと、魔力の塊であるために自然治癒力が高い。傷を付けても周りの生命体の魂、つまり魔力と生命力を吸収し、治癒していく。その能力により、私の火炎爆裂の魔法で火傷を負っても周りの人間の魂を吸い込んで治癒させ、ほぼ無傷で済んだのだろう。案外、村人の多くは魔法による死亡では無く、悪魔共の魂吸収によって殺されたのかもしれない。そう考えないと、あの魔法火力で悪魔共が、無傷など有り得ない。
魔力と生命力が同一物なのだ。悪魔が魔法を使えば、自分の魔力を消費する、魔力は、悪魔にとって生命力でもある。魔法を使い過ぎれば衰弱し、魔力が無くなれば死亡する。
人間との大きい違いだ。人間は、魔力と生命力が完全に分かれている。魔力を使い果たしたとしても、死の危険は無い。悪魔は、魔力を使い果たせば死ぬのだ。だが、生命力が存在しない為、疲れることが無い。睡眠や食事を摂る必要も無い。魔力が減れば、手近な生物から魂を奪い取り、補充するだけで良いのだ。
悪魔共の肉体に対する怪我は、魔力が抉られることだ。そして、魔力が無くなれば、消滅する。理屈で言えば、魔法をたくさん使わせ、切り刻んで魔力が無くなれば、死亡するということになる。
難しい事を言ったが、単純な話だ。悪魔の魔力が尽きる飽和攻撃を行えば良いだけだ。魂の吸収はさせない。
さて、ウォンは初めて悪魔と戦う様だが、今の事を知っているのだろうか。
「すまん、理解できなかった。単語三つで頼む」
悪魔の変身中にウォンへ説明を試みたが、理解してもらえなかった。そうかなと思っていました。さて、単語三つか。どう言おう。
「斬って、避けて、斬りまくれ!」
「了解!分かった!任せろ!」
さすがに、略しすぎたかな。まぁ、細かいことは、その都度、私が指示を出せば良いだろう。
「あと、良い知らせ。こいつらは角なし。つまり下級悪魔のレッサーデーモンだ」
「角の有り無しで強さが変わるのか?」
「戦闘力と知恵と知識が極端に変わる。角がある奴は、ミドルデーモン。巻き角がある奴は、アッパーデーモンだ。まだその上にもいるが、お目にかかることは無いから知らなくていい。魔力が強くなる毎に角が生え始め、さらに強くなり成長すると角が巻き始める。それでその悪魔の強さを単純だが予測することはできる。この角なしのレッサーデーモンならば、二対二で勝てる。奥の三匹の強さが分からないから、油断はできないけどね」
「強くなるほど、角が立派になるのか。分かりやすいな。獅子のタテガミみたいだな」
「まぁ、そうなのかな。だが、角なしでも十分強いよ」
「どのくらいだ?」
「私と同等…かな」
「ふ~ん、魔法有り、剣術有りか。面倒だな。あと悪知恵が働くと」
「悪知恵とは、人聞きが悪い。戦術と戦略だ。ちなみに剣術では無いからな。アッパーデーモンまでは武具は装備しない。徒手空拳で攻めてくる」
「徒手空拳か。喧嘩でしか相手したことないな。面白そうだな。しかし、ミューレは、何でも良く知っているよな」
「伊達に三百年近く冒険者をしていませんから。どうせ四百歳のおばあちゃんですから」
「まだ、根に持っていたのか…。お姉さん、そろそろ機嫌を直してもらえませんかね。背中を預けるのが怖いんですが」
やれやれ、ウォンの悪魔への恐怖心を取り除く為に無駄話をしていたが、意味が無かった様だ。ウォンは、悪魔と聞いても普段通りで全く動じていなかった。神経が太いのか、無いのかのどちらかだな。
こちらの馬鹿話に敵の方が、しびれを切らした様だ。意外に悠久の寿命を持つ悪魔でも短気なものだな。エルフ族を見習え、少々の事は気長に待つぞ。
「貴様等。我の姿を見ても恐怖せぬとは、本当に人間か。普通の人間であれば、人の身体から抜け出し元の姿に戻る過程を見て、腰を抜かせ、恐怖に慄くと言うのに尋常な神経を持たぬのか。お前らの魂に恐怖という甘露が付かぬではないか」
私の正面に立つレッサーデーモンが、人間語で尋ねてくる。全身の気配がヤレヤレと呆れ果てている。とりあえず、こいつは悪魔Aと呼び、ウォンの方は、悪魔Bと呼ぶか。
「なぁ、ウォン。悪魔に人間扱いされていないぞ」
「ミューレ君、何を言っているのかな。君の事だぞ。俺は含まれていない」
「違う!お前ら二匹共だ。悪魔が怖くないのか」
悪魔Aが割り込んでくる。本当に短気だな。
「怖くないな。自分達の姿が蝙蝠に似ているから、暗殺ギルドの名前を蝙蝠って名づける様な安直な頭の持ち主を、私達が怖がる要素は何処にある。何かな、悪魔A。全ての人間が悪魔に恐怖するとでも思っていたのか。たかが、角なしでしょう。どこに恐怖を感じる必要があるの。そっちの悪魔Bも同じ考えなの」
「ほう。悪魔に対する知識は多少ある訳か。しかし、角なしとか、悪魔AとかBとか、失礼な人間だな。我らにも名が有ると言うのに。目の前に居るのは、頭のねじが外れた人間だったか。これでは、甘露な魂にはならぬか」
「へぇ~、生まれたての角なしで、上級悪魔の使いぱっしりにされている下級悪魔でも名前が有るんだ。教えてくれたら、名前で呼んでやっても良いぞ。若造共」
さて、こちらの挑発に乗ってくれるだろうか。今までの経験から言うと、こいつらは、生まれたての悪魔で世の中を知らない様に感じる。その勘を信じよう。
実は、人間の天敵とも言える悪魔にも、私の身近なところに天敵がいる。
私の計算というか、願望通りならば、まもなく悪魔の天敵がここに登場する筈だ。何としても名前を聞き出したい。この戦闘の根幹に関わってくる。
「ふ、下等生物の分際で我らの名前を口にするだと。ふざけるのは、その口だけにした方が良いぞ。今、我はお前らをどの様に魂に苦しみを与えるか思案の最中だ。それまで好きにほざくが良い」
予想通りの返事だ。間違いない。生まれたての悪魔だ。どうやって悪魔が生まれるのかは知らないが、人生経験が浅い。人間と変わらぬ返事をしてくる様では、人を騙すと言うか私を騙すことなど無理だ。しかし、悪魔Bが何も喋らないのが不気味だ。何か考えがあっての事か。それとも、まだ人語を解さぬ赤子だろうか。悪魔の外見と年齢は一致しない。魔力の塊なので、如何様な形状を取る事が出来る。今日生まれた赤子であったとしても、大人の姿となって、生命力を吸収するために人間の前に現れる。
とりあえず、悪魔Bは、ウォンに警戒を任せておけば、問題は無いだろう。悪魔Aを嵌めることに専念しよう。おっと、私としたこと事が嵌めるとは、はしたない。悪魔Aに素直になって貰いましょう。
「ではでは、お言葉に甘えまして、僕ちゃん幾つ?一歳かな?幼稚さが身体全体から溢れているよ。今までに人間を一人でも騙すことができたのかな?それともパパやママにご飯を貰っていたのかな?ねぇ、悪魔A君」
おっと、悪魔Aの雰囲気が少し変わった。状況的上位に立つ者の余裕が無くなった。こいつ、本当に悪魔か。チョロ過ぎる。あっと、失礼。私としたことが。手ごたえが無さすぎる。
「おい、人間。我が魔力を見よ!」
悪魔Aが気合を入れ、自分自身の魔力を全身に漲らせるが、魔力量はたいしたことない。私の方が遥かに多い。これは勝利確定でしょう。
「お~い、黒い煙でも出して全身に纏わせてくれるかな。それぽっちの魔力じゃ、見た目では分からないよ。見よと自分で言っておいて、その程度?恐怖心を植え付けるには見た目も重要だよ。本当に悪魔なの?実は羽を付けたトロールだったりする?」
面白い位、悪魔Aの表情が憤怒に変わる。悪魔と言えば、狡猾で頭脳戦を楽しめると思ったが、無理の様だ。悪魔Aは幼すぎる。本当に生まれたての様だ。
「おい、人間。我をトロールと同列に扱うか。あの様な汚き獣と一緒にするのか」
「だって、肌の色も大きさもトロールと変わらないじゃない。あっ、頭の中身もか」
悪魔Aの眉間に深い皺が刻まれ、目が吊り上がっていく。ますます、怒りで己を見失っているようだ。
「高貴なる悪魔であるスカンディッチを見くびるではない!」
はい、クリティカルヒット。真名を頂きました。あまりにも簡単すぎる。さて、次は悪魔Bの真名が欲しいな。待っていた悪魔の天敵が、その森から気配を消して様子を伺っているのだよ。悪魔Bの真名が分かり次第、悪魔の天敵はすぐに動いてくれるだろう。
「どうでもいいよ。名前なんて。悪魔A。で、相棒の事は、悪魔Bって呼んでいるの?」
あっと、焦り過ぎた。これでは名前を知りたいと言っているのと同じだ。失敗したか。とりあえず、見下すように笑う。これで誤魔化せれば良いが。
「この猿共が!チビの分際で我を見下すだと、許せん。リーヴォリをその様な記号で呼ぶわけがなかろう!」
悪魔Aの髪の毛が逆立つ。さらに怒りを買う事に成功したようだ。
はい、悪魔Bの真名も頂きました。悪魔にも大馬鹿が居たか。
一回戦から苦戦すると思っていたが、まさか不戦勝になるとは。では、天敵様、後は宜しくお願い致します。
『天より弱き者を導く正しき神よ。不浄なる怨敵を打ち払い、消し去る奇跡をお示し下さい。怨敵の真名は、スカンディッチ、リーヴォリ。この怨敵に神の鉄槌を』
美しい若い女性の声が、朗々と呪文を詠唱する。いつも私達の命を助けてくれる戦乙女の聞き慣れた声だ。
この村が燃える煙を辿り、私達の後を追ってくると信じておりました。
悪魔の天敵とは高位の僧侶だ。カタラは、教会始まって以来、神に最も愛されし僧侶だと言われている。筋金入りのガチガチの信者だ。カタラ自身が、神と結婚した身だと公言し、操を守っている。カタラの宗教では、悪魔は不浄で存在してはならないものだと定義されている。悪魔を発見した時は、状況に関わらず消滅が可能であれば、消滅させる。自身で無理ならば、教会に戻り、高位の僧侶の派遣を本部に要請し、悪魔を駆除することに全力をかけている。
特に高位僧侶で戦闘に長けているカタラには、悪魔の駆除の要請が来る事が多い。その時に護衛役として同伴することが多いのが私だ。つまり、先の薀蓄は、全てカタラからの伝聞と護衛役での経験だ。
カタラに護衛役を頼まれると断る訳にはいかない。何せ、普段の冒険で散々命を助けてもらっている。呪文詠唱中の無防備なところを守る位は、引き受けて当然だろう。
冷血と呼ばれる者が、恩を感じるとは意外に思うかもしれないが、人情で動いている訳では無い。次回の冒険時にも遠慮なく助けてもらうためだ。いわゆる打算だ。
カタラの呪文が、終わった瞬間、天から雲を切り裂き二条の黄色く輝く光が、二体の悪魔の頭上に落ちる。光は消えず、悪魔を照らし続け、火の爆ぜる音や家屋の崩れ落ちる音、風の音など消え失せ、静寂が世界を覆った。
「う?うんうんぬうう?うううう!ううう!うぬぬうううう?」
悪魔二体は、完全に金縛りとなり、口や指一本動かせない様だ。
多分、(何だ?この光は何だ?動けん!何故だ!何が起きた?)とでも言っているのだろう。
カタラの悪魔祓いは、強力だ。今までカタラと同伴して、悪魔祓いに失敗をしたところを見たことが無い。真名さえ分かればレッサーデーモン程度は、カタラの敵では無い。私とウォンの出番は無い。不戦勝、カタラの一人勝ちだ。
レッサーデーモンの頭上から黒霧化していく。ゆっくりと天へと黒霧が昇り途中で消滅していく。黒霧化の速度が急激に上がり、顔、首、肩と上から速度を増して消滅し、程なく二体の悪魔は、完全に消滅した。消滅後、光の柱はゆっくりと細くなり、何事も無かったかの様に元の音のある世界に戻った。
何時見ても原理が分からない。魔法使用時特有の精霊が動いた気配は無いが、現実に悪魔が消滅している。やはり、神は存在するのだろうか。無神論者の私には、奇跡を見せつけられても未だに神の存在を信じることが出来ない。私としては、未知の精霊が介在していると信じたい。
こちらに近づいて来る足音を、村が焼け落ちる騒音の中で私の耳が捉える。カタラが森から姿を現し、何故か恥ずかしそうな、いや、悪い事をした子供の様な態度でこちらにやってくる。カタラが気まずそうな顔をし、伏し目がちにこちらへ声をかけてくる。
「誠に申し訳ありません。私が早合点をしておりました。許して下さい」
第一声が謝罪だった。私としては、本日二度目の虐殺に激怒されるものだと思っていた。私の中には、疑問符しか浮かばない。村をたった一日で二つも壊滅させたにも関わらず、カタラが何故謝る。私は、衛兵に捕まれば死刑になってもおかしくない大罪を犯した。許されることは、未来永劫無い筈だ。畜生道に堕ちたはずだ。
ウォンの顔色を伺うが、こちらも状況を掴めずポカーンとしている。ウォンがこんな間抜け面をさらすとは珍しい。似顔絵画家でも連れて来れば良かった。こちらが呆気に取られ、何も話さないことを誤解した様で、カタラの謝罪が続く。
「何もお話しを聞かず、調べずに私が勝手に激怒し、さらにはミューレにも手を上げました。その時は、何も知らなかったとは言え、誠に申し訳ありません。どの様な謝罪の言葉を述べても意味が無いと理解しております。神に仕える僧侶である私が、人をそれも大切な仲間を信じなかったなど恥じ入るばかりです。どうか、未熟者である私にお二人の気に召す様に罰をお与え下さい」
どうも、状況というか、カタラの話が分からない。お互いの状況判断に齟齬があるのは分かる。
客観的に見た場合、私を殺そうとした暗殺者ギルドをこの世から抹消しようと、老若男女を問わず虐殺した。また、他の者から命を狙われたら面倒くさいので見せしめだ。この規模のギルドでも暗殺は出来ないぞというアピールだ。完全に私の自己都合による皆殺しだ。
そこへギルドの幹部が立ちふさがるが、実は幹部の五人は悪魔でしたというのが今の状況だ。
はて、カタラが謝罪する理由が分からない。はて、カタラに落ち度がある様には考えられないのだが。全く、不可解だ。
かと言って、何故謝っているのと、そのまま聞くのも気まずい。
とりあえず、読心術の魔法でカタラの心を読み取れたら、状況の理解も早そうだ。本人が何をされても構わないと言っているのだから、読心術の魔法をかけても許さるだろう。
「では、カタラ。すまないが、本心かどうか読心術の魔法で確認をさせて欲しい。いいかな」
恐る恐る提案をしてみる。反対されれば、面倒だが対話でお互いの意思の疎通を行うしかない。だが、カタラはあっさりと快諾した。
「もちろんです。私にやましい心はありません。逆にお願いしたいくらいです」
どうも調子が狂う。数時間前には怒り狂っていた人間が、今は頭を下げ、好きにして良いという。まぁ、カタラの心を読めば、私も得心がいくだろう。
「分かった。読心術の魔法をかける。魔法に抵抗しない事。後で恥ずかしい事も見られて後悔するなよ」
「はい、分かりました。どうぞ、覚悟の上です」
では、お言葉に甘えて。
『思考伝導』
カタラの額に親指を押し当て、ゆっくりとカタラの中を巡る精霊の力を探る。
人の心を読む場合は、接触面が大きい程読み易い。しかし、逆に私の心も読まれやすくなり、意識が逆流する恐れがある。カタラが魔法抵抗をしないのであれば、親指程度でも十分に読み取れるだろう。私は、隠し事だらけの女だ。心の中を少しでも見せる訳には行かない。
私の魔法の呼びかけに水の精霊と雷の精霊が反応してくれる。親指を通し、カタラの意識と考えが、断片で流れ込んでくる。こちらが質問をすれば、それに対する回答が、一番に流れてくるので理解しやすいが、今回は質問がしづらい。
何故、謝るのとはさすがに聞きづらい。仕方ないので悪魔に関する情報と最新の情報の断片を集め、後で考えることにしよう。
三分程、情報をカタラから集めた。さて、ここから集めた断片から答えを導き出さなければならない。人の気持ちだ。情報の繋ぎ合わせを前後間違えるだけで、全く正反対の答えになるかもしれない。ここは慎重に答え合わせをしよう。
「ウォン、村の中の三つの気配に動きはある?」
「いや、無いな」
「じゃ、警戒よろしく。ちょっと考え事する」
「了解」
与えられた情報は、次の通りだ。さて、どう紡ぐべきか。
悪魔・怨敵・滅す・村人・手遅れ・洗脳・唯一・解放・死・人助け・悲しみ・失敗・思い込み・信頼・神・救い・助けられない・救えない・ミューレ・自己犠牲・英雄
これは困った。なかなか上級者向けのパズルだ。この答えを導き出すには、自分自身がカタラの思考パターンになる必要がある。つまり、カタラに成りきるのだ。
カタラならば、どう考える。
僧侶ならば、どう考える。
善人ならば、どう考える。
人間族ならば、どう考える。




