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43.虐殺のち虐殺

東の村は、森の中にあり、濃い樹木で囲まれ、遠目では目立たない様にあった。村から少し離れた藪から村を観察する。

村は、高さ三メートルの木の柵で囲まれ、南側にのみ出入り口がある。その出入口には一名確認できるが、ここから遠いため、性別や年齢までは分からない。建物や訓練するための運動場など全て柵の中に押し込まれている。村なのに通常は出入り口は、複数あるのが相場だが、一か所しかなく、本来ならば生活には不便だろう。わざと出入り口を一か所しか設けていないのは、内部からの奴隷の逃走を防ぐためか。

村を囲むのが塀では無く、柵であるのは、村の内側からでも逃亡者を容易に発見し、弓矢で追撃がしやすくするためだろう。防御の為ならば、柵では無く、壁の方が良い。そうでなければ、今みたいに村の中を観察されたり、弓矢や魔法の攻撃を通してしまう。

「ウォン、念のために確認するけど、本当に一緒に堕ちてくれるの?」

ウォンの顔をじっと見つめ、虐殺開始の最終確認をする。この村には約三十人いるはずだ。それだけの人間を有無なく、殺していく。ただ、自分自身の保身の為にだ。本当に私に付き合わせても良いのだろうか。

「ああ。良心は、街に、置いてきた」

ウォンは、無表情ですぐに返事を返してくれたが、どこかしら、滑舌が悪い。無理も無い。犯罪者に、悪魔に、堕ちるのだから。

「過去に何があったの?」

ウォンの過去を詮索するつもりは全く無かった。だが、気が付けば心の奥底に沈めたはずの想いを言葉にしていた。

「いい、忘れて。失言。発言を撤回する」

ウォンの返事が出る前にすかさず訂正する。慌ててウォンの顔色を伺うが、一瞬眉間にしわを寄せただけで話してくれるようだ。

「まぁ、簡単な話だ。貴族の坊ちゃんが居ました。貴族の嗜みとして剣術を学んでいました。政敵に親が嵌められ、お家を取り潰されました。両親は、死刑。四人の子供達は、奴隷商人へバラバラに売り飛ばされました。長男で嫡子であった男の子は、死亡率の高い剣奴として剣闘士をやらされることになりました。剣術の基礎があった為、何とか殺し合いに生き残り、自分自身を買い取る事に成功し、冒険者となりました。兄弟を探しましたが、転売を重ねられていた為、行方不明です。多分、全員死亡しているでしょう。という設定は、どうだ」

ウォンの表情は、無表情のままだ。肯定できる材料も無ければ、否定できる材料も無い。結局、ウォンの過去は、謎のままか。まぁ、いい。こんな設定を考えるという事は、奴隷商人を憎むという気持ちがあるということは、分かった。この話が本当ならば、生き別れた兄弟を襲撃する村から見つけることもあるかも知れないという、微かな希望も手伝ってくれる動機になる。ウォンのお陰で少しだけ前を見る事が出来た。

「ごめん。ありがとう」

素直に謝り、感謝する。他の言葉では言い表せない。

「設定だと言っただろう。俺が、勝手に話を始めたんだ。言いたくなければ黙っていた。ところで、尾行者はどうするんだ」

実は、エンヴィーを出てすぐに尾行が一人付いている事には、お互いに気がついていた。

尾行者は、頑張って気配を消している。並の冒険者にならば、隠し通せただろうが、私達には無駄な行為だ。殺気と危害を加えるつもりが無いのは、最初から判っている。

「放置すべきだと思う。声をかけたら巻き込むことになる」

「そうなるよな。本来は、来て欲しくなかった。畜生道に堕ちるところを、直接見られたくなかったな」

「彼女自身の意志で来たんだ。最後まで黙って、見届けてもらうしかないね」

「了解…。ここの敵は、三十人以上だったな。行くか。いや、堕ちるか」

ウォンがロングソードを抜き放つ。続いて、私もバスタードソードを背中から抜刀する。

私が先頭に立ち、左斜め後ろからウォンがついてくる。

村の入口に座り、裁縫をしている老婆が穏やかに話しかけてくる。

「おや、どうされました冒険者の方々。剣を抜き身で…」

最後まで老婆が話すことは、叶わなかった。私の剣が肋骨の間を滑り抜け、正確に心臓を捉えた。剣から伝わってくる鼓動が、一瞬痙攣し止まった。剣を抜く。赤い一筋の糸が剣に纏わりつく。

見張りを消したことにより、村の気配が瞬時に不審から敵意に変わった。先程まで穏やかな村を装っていたが、一気に殺気の塊と化す。

正面の家の屋根から矢が一斉にこちらに打ち放たれる。数は十数本。

『暴風乱舞』

私は正面の家に直径十メートル程の竜巻を起こす。竜巻は、放たれた矢を吸い込むだけでなく、近くの粗末な家々も吸い込み、粉々に破壊していく。非力な者数人が竜巻の力に負け、風の渦に飲み込まれていく。一緒に飲み込まれた石や木材に揉まれて、体中を打ち据えられ、四肢を打ち切られ、また、捻じ切られ、肉の塊と化していく。

竜巻に弓矢の発射元と思われる場所を破壊させる。これで弓矢は無効化できただろう。竜巻は自然消滅に任せよう。風任せでそのまま放置する。

上空から殺気を瞬間的に感じるがすぐに消滅する。背後に肉塊が落ちる音が二つした。ウォンが屋根から飛び降りてきた暗殺者を両断したのだ。目視で確認するまでもない。

一際、人の気配が濃い家に近づいていく。非戦闘員が固まっているのだろう。数は八つか。

『氷筍連撃』

私の正面に氷が渦巻始め、即座に氷筍が生まれ続ける。出来た氷筍を次々にその部屋へ叩き込んでいく。土壁がすぐに吹き飛び、中に居る八人の顔が見えた。飯炊き女中三人と少年兵五人だ。私と一瞬視線が交わり、恐怖が顔に浮かんでいる。しかし、次の瞬間には氷筍に顔や体を貫かれ腸や血肉の一塊に変わっている。残り約二十人。

村の中心の広場から十数人が固まって駆け寄って来る。同時に背後からも気配が二つ忍び寄って来る。

ウォンが私の背中に回り込んでくれる。これで背後の敵二人は、ウォンにすべて任せればよい。私は、前から近づく教官と少年兵の十数人だけを相手にすればよい。

『風刃断裂』

剣を持った右手を前へ掲げると空気が圧縮され、無数の真空の鎌が少年兵達に襲い掛かる。少年兵や教官が身に着けている貧弱な革鎧は、無きに等しく鎧ごと肉体を切断していく。次々に人間のぶつ切りが仕上がり、広場の砂が、どす黒い血を吸っていく。突撃のまま崩れ落ちた為、虚ろな瞳がこちらを見つめ続けている。固まっていなければ、一撃で全滅せずに済んだものを、教官の教育が悪いな。

背後の敵の気配もすぐに消えた。ウォンの一振りで二つ同時に気配が消えた処を考えると肩慣らしにも無らなかっただろう。これで残りは、五人位だろうか。

竜巻も自然消滅し、静けさが戻ってくる。私達は村の入口からほとんど動いていない。この短時間で柵を乗り越えて逃げた者は、居ないだろう。となれば、まだ村の中に敵はいる筈だ。

ここからは、家探ししていくしかないか。

ウォンと目配せをし、私は左回りに、ウォンは右回りに村を回っていく。

一つ目の家の入口に立った時、家の中の頭上付近から殺気を感じた。扉を開けず、バスタードソードを構える。敵の気配を確実に捉え、一気に壁ごと貫く。

壁はパンの様に柔らかく突き抜け、敵の身体に抵抗も無く潜り込んでいく。剣先は、喉を貫ら抜いた。呼吸に苦しみ、敵が床に落ちる音がした。

剣にほんの少し力を籠め、壁ごと扉を切断する。扉を固定する物が無くなり、ゆっくりと倒れていく。足元には呼吸が出来ずに苦しむ敵が一人痙攣している。放置しておいてもすぐに死ぬだろうが、念を入れて心臓を一刺しする。すぐに痙攣が止まり、命がまた一つ消えた。

この家には、もう気配は無い。次に回ろう。

次の家は、先程まとめて氷筍で敵を片付けた家だ。壊した壁から中に入る。中に入ると若い女が二人、全裸で壁から鎖に繋がれていた。体中に痣を作り、股は白濁液と血で汚れきっていた。近づいていくと据えた臭いが二人から漂ってくる。風呂や水浴びもさせてもらえなかったようだ。

「た、す、け、て」

弱々しく女の一人が鳴く。意外にも一人は正気を保っていた。もう一人は、完全に正気を失い、視線が彷徨っている。

予備動作も無く、剣を横一線に閃かせる。二人の女の首が床に同時に落ちる。首元からは夥しい血流が噴き出す。返り血を浴びぬ様に二人から離れていく。どうせ、生きていても苦界しか受け入れてもらえないだろう。それか、もっと待遇の悪い奴隷にされるかだ。ならば、死の痛みも恐怖も感じない様に即死させるだけだ。

村の内部には、すでに私達二人以外の気配は無い。外に尾行者とは他に微弱な気配を一つ感じる。家の外に出ると、ウォンが丁度反対から回ってきた。

「全て片付けた。一人外に逃げたが、すぐに気絶させられたから追い掛けなかった」

「えぇ、そうみたいね」

「村は焼くのか?」

「煙を北の村の連中に見られたくないから、焼かない。魔法も火炎系は使わなかったでしょう」

「なるほど。となると、外の尾行者が問題か…」

「別に。説得するつもりは無い。ただ、堕ちていくだけ」

「そうか、堕ちるということは、底までたどり着かないと止まらないのか」

「そういうこと」

多分、私の表情は凄惨な笑顔を浮かべている事だろう。これだけの虐殺を行いながらも、全く良心の呵責を感じない。暗殺者共を人間として見ていない。ゴブリンと同じ様にしか感じていない。私の心は、ここまで凍らせることができるのか。自分自身は、もう少し涙の一つでも流すかと覚悟していたが、杞憂だった。皆が冷血と呼ぶのも納得だ。

一方、ウォンの表情は、相変わらず無表情だ。巻藁を斬りつけているのと変わらない様な風情だ。ウォンも心を凍らせているのか、それとも麻痺させているか、心を切り離しているのだろうか。まぁ、どちらでも良いか。一緒に堕ちると言ってくれたのだから。


村の外に出て、尾行者の元に行く。尾行者は姿を隠さず、村から逃げ出した暗殺者の一人を気絶させ、後ろ手に縛っているところだった。

「あなたたち!何をしているのですか!」

聞き慣れた声が、私達を一喝する。身体全体で憤怒を表し、普段の慈悲の女神が、悲しみの戦乙女と化している。尾行者は、カタラだ。私達がエンヴィーの大門をくぐり抜けた後、すぐに追い掛けて来た。出来れば聖職者であるカタラには、虐殺を見ては欲しくなかったし、知って欲しくなかった。

カタラとの今までの関係が失われるのが、怖かったのかもしれない。エルフ等の亜人種と対等の立場に立つ人間は、少ない。私が、長髪と仮面でエルフの特徴である耳と顔を隠し、人間族を装っていればこそ、周囲の人間は、対等に接してくれている。だが、ウォンやカタラ、そしてナルディアは、亜人種だからといって偏見や差別なく、対等に付き合ってくれる貴重な人間だ。そんな人間が、私の目の前から去っていくのが、耐えられなかったのかもしれない。

だが、堕ち始めた以上は、目的を達するまで堕ち続けるしか出来ない。見られても止めることは出来ない。

カタラが生きて確保した暗殺者を脇から剣を突き刺す。両肺と心臓を貫き、血を吐いてすぐに息絶えた。

「ミューレ!」

カタラの平手打ちが飛んでくるが、付き合う義理は無い。半歩下り、空振りさせる。

剣士には、そんな予備動作の大きい攻撃は通じない。あぁ、思考もやはり氷の様に冷えているな。

「カタラ。ついて来るな。忘れろ」

その言葉だけをその場に残し、ウォンと北の村へと歩みを進める。

「忘れることは出来ません。貴方達は、何とおぞましい事をしているのですか。無辜の民を虐殺するなど許されません。今からでも自警団に自首し、神へ懺悔いたしましょう」

背後からカタラが叫ぶ。その声には、悲しみが籠っていた。だが、私には返すべき言葉は無い。存在しないのだ。

彼らが暗殺者集団であり、奴隷商人であると説明したところで、私が人殺しであることには変わりない。カタラならば、殺さず自警団に付き出そうと提案してくるだろう。だが、それでは駄目なのだ。

暗殺者として養成される場合、赤子の時から弱い麻薬を飲まされ、麻薬中毒にしてしまう。その麻薬が切れると不安や激痛などが襲い掛かり、発狂してしまう。それを防ぐためには、定期的に麻薬を摂取する必要があり、アジトに戻らなければならない。長期任務に出る場合は、携帯薬が日数分を渡される。そんな人間を監獄に入れても麻薬中毒の禁断症状に苦しみ抜いて、発狂し衰弱して死ぬだけだ。暗殺者には捕縛よりも死を与える方が、慈悲なのだ。

だが、この理屈はカタラには通じないだろう。どんな病気ですら治すことが出来るカタラの魔法が、前提に話をしてくるだろう。だが、カタラが外出中に麻薬中毒者が禁断症状を発症した場合、どうするつもりなのだろうか。中毒患者かは外見では分からない。カタラが居ない間、中毒者は禁断症状に苦しみ抜いて死んでいく。

ここでそんな水掛け論に陥る様な話をする時間は無い。

畜生道という崖へ堕ちた時から、地上に居る人間に助けを叫んでも深い崖を落下していく人間を助ける術は無い。地上に居る人間は、堕ちていくのを最後まで見届けることしかできない。声をかければ、身を乗り出し過ぎ、私達と同じ崖を自分の意志では無く、何かの拍子で落ちてしまうかもしれない。ここは無言で離れていくしか、私には出来ない。振り返る事も出来ない。

「ミューレ、ウォン。何が貴方達を追い詰めたのですか。私に話して下さい。正当な理由があれば赦されるかもしれません」

残念ながら、私には赦しを請う必要性は無い。己の信念に基づいて真っ直ぐに生きている。他人からどの様に見られ、思われ様が関知しない。

「私の声は、二人にはもう届かないのですか?私達は苦楽を共にした家族ではないのですか?せめて、事の起こりだけでも教えて下さい」

カタラの声が、ガラスの欠片の上を素足で歩く様な悲鳴に聞こえる。しかし、私達は、歩みを止めない。堕ちている人間が、空中で静止することは無い。

カタラからの呼びかけは、やがて小さな泣き声となり、慟哭へと変質していった。

確実にカタラとの距離は、離れていっている筈なのに慟哭の大きさは変わらない。カタラの声が少しずつ大きくなっているのだろうか。カタラの気配は、出会った所から動いてはいない。

いつの間にか私達の歩く速度がいつもより早くなり、駆け足に近くなっていた。自分の心は騙せても、身体は正直なものだ。


東の村から北西へ森の中を二時間程、歩いただろうか。黒い煙が樹々の切れ目から見えた。太陽は、丁度真南にある。昼時か。村で昼食の準備による煙だろう。

いつもならば、空腹を感じてもおかしくないのだが、今回ばかりは一向に食事を欲する気にならない。だが、ウォンはどうだろうか。念の為に確認しようか。

「ウォン、昼食はどうする?」

「いや、今はいい」

「そう」

そういえば、カタラと別れてからウォンと初めての会話だな。普段ならば、道中、会話が切れることは無いのに珍しい。そうか、そうだな。崖から堕ちている最中の人間が世間話などしないな。馬鹿な事を考えた。

さて、敵は昼食で油断している可能性が高い。交代で食事を摂っているか、全員で食事を摂っているかは知らないが、確実に戦力は、通常より落ちているはずだ。この好機を生かす。

東の村は、潰したので応援が来る事は、まず無いだろう。ならば、攻撃範囲が広い火炎系の魔法を自由に行使できる。先よりは、さらに楽な戦闘になるだろう。

「魔法の効果範囲まで森の中を進み、そこから魔法の準備をし、一気に村を焼き尽くす。その後、突入。いいかな」

「分かった。ここは五十人だったな」

「もしかすると、もっと居るかもね。偵察時は五十人でも、仕事から帰って来る連中は、北の村に帰って来るから」

「なるほど。となると、さっきと違って手練れもいる訳か」

「さて、教官があれでは…」

「そうだな。では、意外性に期待しようか」

森の中を進み、北の村を視認し、魔法の効果範囲の処で歩みを止める。まだ、森の外には出ず、姿は隠している。

村の見た目は、東の村と遜色は無い。違いは、規模が三倍ほど大きいくらいだろうか。二人で攻めても、問題は無いだろう。

しかし、村の中の気配がおかしい。数は五十人前後で間違いないのだが、何か違和感がある。隠してはいるが、飛び抜けた強さを持つ気配が、五個ある。だが、人間の気配と呼んでも良いのだろうか。人を超えた強さを無理やり隠している様に感じる。それと、地面の下、つまり地下に何かあるのだろうか。微弱ながら、人の気配を感じる。これ程弱い気配だと、報告書には載っていない状況があるのかもしれない。

「なぁ、ミューレ。こんな所にも居るもんだな。達人級が五つだな」

「あれは、達人級と言っても良いものなの?」

「何、気配の毛色が少し違うが、強さは隠しているが達人だ。気をつけろよ」

「分かった。全力でかかる。あと、地下?何かある?」

「地下があるな。そこにも気配が数十はある。強さまでは読み取れないな。村の中に入れば、ハッキリするがな」

ウォンが達人級と呼ぶのならば、それ相応の実力があるのだろう。さらに、地下にも数十の気配があるという事は、敵は百人居てもおかしくないとも考えられる。気を引き締めて全力でかかろう。

『分身現出』

私の周りに四体の分身が生まれる。

『多重魔力光弾』

光り輝く円錐形の光弾二十八本が私の背後に後光の様に配置する。

ふむ、ここまで備えておけば問題は無いだろう。

「ウォン、焼き尽くすけど、いい?」

「始めてくれ」

『火炎爆裂』

先ずは、煙が立っている厨房と思わるところに魔法を叩き込む。直径六十メートルの業火と爆風が荒れ狂う。中に居た非力な人間は、悲鳴を上げることも出来ず焼け死んだだろう。私は、止まる訳にはいかない。

『火炎爆裂』

爆破地点を少しずつずらし、何度も何度も同じ呪文を唱え続ける。村がくまなく爆炎に染め上がる。燃えていない場所など無い。本日二度目の大量虐殺。大半の気配は、消え失せた。この数分で五十人近い人間が、この世を去った。痛みや熱さはほとんど感じなかったはずだ。即死に近いはずだ。

しかし、ウォンが達人級と呼んだ五個の気配は、何故か未だに健在だ。火炎爆裂の魔法によるダメージは、確かに受けているが、軽傷の様だ。

「まいった。本当に達人級だね。どうやって火炎爆裂の魔法に耐えたのだろう」

「何、行けば分かるさ。火勢が収まったら村に行こう」

ウォンの言う通りか。行かなければ、こればかりは判断のしようがない。遠くからでは敵は、ピンピンしている事くらいしか判断がつかない。だが、火勢が収まるのを待つのは性には合わない。自分で消火しようかと、慎重に村へ近づいていく。同じ様にウォンも私の後を追ってくる。

「ミューレ待て。俺が前衛をはる」

言われた通りにウォンの背後に下る。ウォンが剣を抜き、戦闘態勢に入る。私も念のため、剣を抜き構える。

戦士の勘だろうか。敵の気配は、未だ変わらず村の中から動いていない。最も近い気配で十五メートルは離れている。間合いに入ったとは考えにくい。だが、ウォンが警戒しているのであれば、敵の間合いに入ったのだろう。

突如、激しい金属音と火花が目の前で飛び散る。

ウォンがラージシールドで敵の初撃を受けている。敵を見れば、たいまつの様に燃え上がった人型だ。皮膚が焼けただれ、筋肉が露出しているにも関わらず、全力の貫手を放ち、ウォンがラージシールドで抑え込み、力比べをしている。

ウォンの勘が正しかった。あのまま、私が前進していれば心臓を貫かれていたかもしれなかった。仮に貫かれても、ダメージは分身が吸収してくれるので傷を負うことは無い。

敵の背後を取ろうと位置取りを変えようとした瞬間、敵の気配が背後に突如現れた。反射的に剣を振り降ろす。敵は反撃が予想外だったのか、あっさりと私に袈裟切りにされる。しかし、深手を負わせたにも関わらず、軽快な足取りで間合いを取り、二撃目に備える。こちらの敵の武器も貫手の様だ。ウォンと背中合わせになる様に剣を構え直し、敵を落ち着いてみると明らかに異常だ。

全身を火傷により、全ての皮膚と毛髪を失い、身体の八割以上の筋肉が露出している。さらに私が刻み込んだ胸の斬撃は深いにもかかわらず、血の一滴も零れてこない。自分の剣を確認しても血が付いた跡は無い。そこまで外見的な大怪我を負っているにもかかわらず、正常に呼吸をしている。通常なら、規則正しい呼吸や落ち着いて構えを取るなど出来る訳がない。異常すぎる。

「なぁ、ウォン。もしかしたら、こいつら人外じゃないかな」

「奇遇だな。俺もそんな気がしていたところだ。アンデッドではないよな」

「それは無い。炎に強いアンデッドは、聞いたことが無いし、見たことも無い」

「こいつらの正体が、分かるか?」

「しばし、考えさせて。何か心当たりがあるんだけど、直ぐに思い出せない」

「仕方ない。歳だもんな。四百歳だったっけ」

「失礼な。人間年齢に換算したら二十歳前後だ」

「はいはい、早く思い出して下さいな。お・ね・え・さ・ん」

ウォンの奴め、強敵が表れて舞い上がってやがる。さっきまで、虐殺で沈んでいたくせに単細胞め。こういう時は、脳筋が羨ましい。

さて、敵は何者だろうか。人間で無いのは、確かだ。

業火や爆風に強く、十五メートルの距離を一瞬で詰め、背後に回り込む素振り無しで回り込み、斬撃されても血を出さない。

血が出ない事や素早く間合いを詰めるなどは、アンデッド系の特徴にあるが、業火爆炎に耐性は無い。

業火爆炎に耐性があり、血が出ないとなると炎の精霊が当てはまるが、目の前にいる敵は絶対に精霊では無い。禍々しい気配が、ほんの少し傷口から滲み出している。

禍々しさ…。

…まさか!

蝙蝠と言う名の由来は、そういうことか!

もし、私の推測が正しければ、二対五では、分が悪い。勝率が確実に下がった。勝率二割あれば良い方だろうか。敵が人間であるとの思い込みが、失敗の原因だ。深遠の闇には、必ず奴らが居る事を失念していた。

「すまん、ウォン。計算違いだ。二対五なら勝てる見込みは、二割も無い」

「二割あれば上等。一匹斃す度に勝率が二割上がるんだろう」

「まぁ、数字上では間違いではないのかな」

「なら、一匹ずつ屠るのみ。さ~て、斬るか」

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