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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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41/61

41.調整

散々、ウォンの酒癖の悪さに辟易しつつも耐え続け、二時間ほどしてようやく待ち人が来てくれた。エンヴィーの衛兵二人だ。四季物語に来た瞬間からヤル気の無さが見て取れた。私を犯人と疑っているのであれば、だらしない態度をとらないだろう。それに二人だけで来たということは、捕縛しようとも考えていない。どうやら、私の欺瞞工作は、上手く行った様だ。

衛兵達は、終始事務的に対応し、必要な事だけを確認してすぐに帰って行った。

面倒だったのか、ウォンの酒癖の悪さから逃げたいのか、いや、両方かも知れない。

聞かれたことは単純だった。

現場に居たか。睡眠魔法を使ったか。怪しい人物は見たか。

端から酔っ払いの喧嘩でこの事件を終えたい事が、見え見えだ。その為に有利になる証拠だけを集めている様に見受けられた。逆に新事実は知りたくないとも取れる様な発言が、衛兵の口から出てくる。私が犯人であるとは、露とも考えていない事は間違いない。

やはり、犯人役を指名手配のならず者にしておいたのが、功を奏したのだろう。

衛兵は、殺人事件を解決し、その上、指名手配犯を捕縛した事になる。これ以上、都合の良い終わり方は無いだろう。ここで、真犯人が判明するなど衛兵達にとっては、迷惑以外の何物でもない。ゴロツキが二人死亡し、指名手配犯が捕縛され、大団円だ。誰にも迷惑をかけず、逆に街のゴミ掃除が出来た様な衛兵の口ぶりだった。

結局、追及の手が、私に伸びた時にウォンを押し付けて有耶無耶にするつもりだったが、その必要すら無かった。折角、用意した秘密兵器だったのに不要だった。衛兵も帰り、これ以上ウォンの酒癖に付き合う必要は、無くなった。マスターに声を掛け、早々に自室に逃げ込む。


さて、予定では鎧の調整が終わるまで、エンヴィーをうろつく蝙蝠探しに時間を取られる予定だったが、一日で終わってしまった。明日は、丸々予定が空いてしまった。

蝙蝠の村へ偵察に行くのは、鎧無しでは危険度が高い。さすがに丸腰に近い状態でも勝てるだろうが、怪我はしたくない。それに偵察に行くことで、敵が警戒し、逃げる可能性もある。

ならば、明日は、研究中の魔導書を読み説くことにしよう。どうしても、一か所だけ理解できないところがあった。そこが解明できれば、新しい魔法を得ることが出来るのだが、なかなか思うようにいかないのが、魔法の世界だ。思い込みというか、想像で理解できない部分を補う事は出来るが、無理に魔法式を作成しても魔法は発動しない。逆に暴走して、手の施しようも無い結果になる場合もある。まあ、暴走する事の方が圧倒的に多いのだが。

だから魔法実験は、確実に今から行う魔法の内容を理解した上で行わなければならない。そうでないと、自分の命が幾つあっても足りない。

それにしても、あの文章は、風の精霊を表しているのだろうか。それとも水の精霊を表しているのだろうか。などとベッドに横たわりながら考えていると、睡魔にいつの間にか憑りつかれた。


翌々朝、窓から入る日差しで目が覚めた。日の出とほぼ同時刻だ。

今日は、本当に清々しい朝だ。胡散臭い蝙蝠が街から居なくなり、昨日は魔導書をじっくりと研究し、今までの研究の遅れを少しは取り返せた様だ。

さて、鍛冶屋の二代目との約束で鎧の調整が終わっている筈だ。鎧を着る事を前提にして、寝間着代わりの貫頭衣から動きやすい冒険着に着替える。

一階の酒場に降りるとウォンとカタラが、すでに朝食を食べているというか、食べ終わろうとしていた。

「おはよう。相変わらず二人とも早いな」

「おう、起きたか。もう一汗掻いてきたぞ」

「おはようございます。日の出へ感謝の祈りを捧げる習慣がありますので、いつもと同じです」

冒険中でも休暇中でもいつもこの二人は、私より早く起きる。今日は、珍しく日の出とともに起きたというのに、一人は剣術の稽古を済ませ、一人は朝の祈りを済ませたという。なるほど、毎日その様な習慣があれば、日の出とともに起きてもこの二人より早く起きることが出来ない訳だ。まぁ、付き合う義務は無いから今迄通りに眠らせてもらおう。

二人と同じテーブルに座り、マスターに朝食をお願いする。

すかさず、プレーンオムレツとフレッシュサラダとパンと水が出てくる。

「へい、お待ち」

「持ってくるの早過ぎない。作り置き?」

「とんでもない。私が作り置きをする筈がないですよ。これでも宿屋のプロですよ。常連さんが望むことを先読みするのが仕事ですから」

「ふ~ん、確かにオムレツもパンもアツアツだ」

「でしょう。ゆっくりして下さいな。お代わりがいる様でしたらご遠慮なく」

マスターがカウンター裏の調理場に戻っていった。

「さて、今日の予定はどうする?私は、鍛冶屋に鎧を受け取りに行くけど」

「でしたら、私も一緒に参ります。二代目さんが、二日前に説法をしたら非常に喜んで下さいまして、昨日も今日も説法をして欲しいとの事です。はて、今日はどの逸話がよろしいでしょうか?」

「毎日、同じ話でもアイツは喜ぶぞ。なぁ、ミューレ」

「そうだね、二代目は、説法よりカタラに会えることが重要なんだよ。二代目は、カタラに恋している」

いつまでも二代目の気持ちに気づかないカタラへハッキリ言った。二代目も実らぬ恋にうつつを抜かすのも時間の無駄だし、可哀想だ。もう頃合いだろう。

「そうでしたか。信心深い方だと思っておりました。お気持ちは嬉しいのですが、私は神に嫁いだ身です。お気持ちを受け取るわけには参りません。今日、はっきりとお伝え致しましょう」

「それは待って。鎧が完成するまでは、待って欲しい。二代目が失恋で落ち込んで、仕事が出来なくなったら困る」

「おう、それは、ありえるな。奴が落ち込んだら、見に行ってやろう」

ウォンが楽しげに言う。それは、ちょいと趣味が悪い。同意できないな。

「ウォン、人の不幸を楽しんでは参りません。逆に慰めて差し上げて下さい。男同士であればこそ、掛ける言葉もあると思うのです」

「冗談だ。本気じゃない。が、ミューレの言う通り、鎧が出来てからの方がいいぞ。冒険とか戦いに出れなくなるからな」

ウォンが肩をすくめる。二代目に落ち込まれて、鎧が完成しなければ、予備の鎧で蝙蝠殲滅をすることになる。戦力は、あの鎧と比べれば確実に落ちるが、蝙蝠を殲滅するのには問題ない。贅沢を言えば、できれば新しい鎧の性能が知りたい。本当の性能を知るには実戦が、一番良く分かるのだ。

「わかりました。私も二代目さんの気持ちを汲み取れなかったことに責任があります。少しずつ説話の中に、私がすでに神の妻であることを含めて参りましょう。そうすれば、いずれは叶わぬ恋と気付いて頂き、心の傷も少なく済むでしょう」

「そうしてもらえると助かる。で、カタラは今日、鍛冶屋について来るの?」

「今のお話しを聞くと日を空けた方がよろしいでしょう。本日は止めます」

カタラが悲しそうに俯く。案外、カタラも自覚が無いだけで二代目に気が有ったのかもしれない。二代目は、身体は細めだが、仕事柄筋肉がたっぷり付き、たくさんの汗を掻くことで、余分な脂肪はほとんど無い。少し幼な顔だが、近所の娘たちの評判も良い。性格も真面目で明るい。案外、カタラと夫婦になるのも悪くない。似合いの二人かもしれない。

人の恋路は、私には関係ないか。どうせ、すぐに寿命で私の元から去っていくのだ。深入りするのは止めておこう。

「ミューレ、鍛冶屋に行ったら一旦戻ってこい」

ウォンが真面目な顔でこちらを見つめてくる。

「どうかした?」

ウォンは、変なところで感が良い。鎧を受け取った後、その足で蝙蝠の村を一つ殲滅する予定だったが、私の行動が読まれているのだろうか。しかし、今日の予定は、誰も知らない。マスターにも話していない。

「新調した鎧だろ。いきなり、本番で不具合を出すより、仕合をして具合を確認したらどうだ。手伝ってやる」

ウォンが歯を見せながら、にやつく。なんだ、新装備と戦いたいだけか。焦らせてくれる。

確かに本番で不具合が発生すれば、命に係わる自体に陥るかもしれない。ウォンの言う通りに一度手合わせをした方が良いだろう。

「分かった。鍛冶屋で受領したらすぐに戻る。のしてやるから楽しみにしていろ」

「おぉ~!怖いよ。カタラ、ミューレが虐めるよ」

「じゃれ合いには、私を巻き込まないで下さい。その…。男女の仲は、よく分かりません」

カタラが頬をピンクに染め、俯く。美女は何をしても様になるな。と、言うか。

「男女の仲?」

「おいおい、カタラがここまで人間関係に疎いとは思わなかったぞ。明らかに師弟関係だろう」

「おい、ウォン。勿論、私が先生だろう」

「はぁ~、魔法無しで俺に勝てたら、先生に認めてやろう」

「私は、戦士じゃない。魔法剣士だ。魔法も剣術の一つと思え」

「プププ。魔法無しじゃ勝てないと言っているのと同じだぞ」

「そう言ったんだ。魔法剣士は、魔法と剣術を組み合わせる事が基本だ。戦士に武器を持つなと同じ事を言っているぞ。何か間違えているか」

テーブルを挟んで、ウォンと私が睨み合う。もしかすると、窓の外から見れば、男女が見つめ合っている様に見えるかもしれない。

「やっぱり、お二人は仲が宜しいです」

カタラがニコニコと見つめている。毒気が抜かれた。

「鍛冶屋に行くには、まだ早いから寝る。おやすみ」

二人の返事も聞かず、二階の自分の部屋に戻る。朝から疲れた。早起きなんてするものじゃないな。剣をベッド脇に立てかけ、仮面をサイドテーブルに置き、布団に潜り込む。セットした髪が乱れるが仕方ない。また、櫛を通せばよい。不貞寝を決め込むと、冒険者の性か、すぐに眠りについた。冒険者たるものは、いつでもどこでも即時に眠る技術が居るのだ。


三時間程して、目が覚めた。水差しの水を飲み、無理やり意識を覚醒させる。部屋に異常は無い。寝ている間に問題は、無かったようだ。

髪に櫛を通し、仮面を着け、バスタードソードを背負う。下に降りるが、二人とも姿形は無い。どこかへ出掛けたのだろう。休暇中まで二人に干渉するつもりは無いので、行先などは詮索しない。カタラは、教会だろう。他に行く様な心当たりは無い。ウォンは、酒を飲もうが、博打をしようが、女を買おうが、私には関係ない。ウォンの自由だ。だが、何か、もやもやと納得できないところもあるが、気のせいだろう。私自身も自由気ままに休暇を満喫しているのだ。それにウォンが、女を買っていても文句を言う様な間柄じゃない。

マスターに部屋の鍵を預け、鎧の調整を頼んでいる鍛冶屋へ向かう。

天気も良く、久しぶりに黒い鎧に会えると思うと足取りも軽くなる。宿を出る時のもやもやは、鍛冶屋に近づく度に晴れていく。鍛冶屋の煙突から煙が出て居る事を確認し、扉を開ける。

「おはよう、二代目。鎧出来てる?」

工房の奥から二代目が出てくる。まだ、店を開けたばかりの為か、汗一つ掻かず、爽やかな好青年な状態だ。やはり、試着は、朝一番に来るのが良い。仕事で二代目が、汗臭くなるのは仕方ないが、余分な臭いは、無いに越したことがない。気持ちよく試着できるに越したことは無い。

「おはようございます。もちろん、仕上がってます。では、試着と参りますか」

部屋の片隅に掛かっていた布切れを二代目がめくると、そこから私の黒い鎧が姿を現す。艶消しのオイルで綺麗に磨かれ、数十年以上ガラクタの底に埋もれていたとは思えない美しさだ。アクセントに入っている金の漆塗りの模様が、上品さを引き出している。

こうやって磨き上げられると、確かに上流階級の姫仕様だという意見にも納得できる。私のエルフ族では珍しい長い黒髪と似合いそうだ。


二代目と私が、共同してテキパキと鎧を組み上げていく。革ベルトは全て新調されているが、動きを阻害しない様に柔らかく鞣されている。全身にパーツを全て取り付け終わり、ゆっくりと歩き始める。プレート通しが擦れ合い、黒板を爪でひっかく様な音が、時折する。何とも耳障りだ。背筋に寒気が走る。

「予定通りですね。金属がこすれるところに革を貼らないと実戦には使えません。しばらく、歩いて頂けますか。音が出るところをマーキングします」

二代目がチョークを持ち、キーキー音を撒き散らしながら歩く私の周囲をまとわりつく。問題点を見つけると素早く二代目がチョークで×を入れていく。

「はい、休憩して下さい。鎧を着たまま座って待っていて下さい。応急的に革を貼ります」

私が用意された丸椅子に座ると二代目は、分厚い革とにかわを持ち出し、バツ印の所に革を鋏で小さく切り無造作に貼っていく。直接、金属が接触しない様に革を貼りつけている様だ。

「はい、もう一度歩いて頂いてもよろしいですか」

立ち上がり、ゆっくり歩き始める。先程と打って変わり、劇的に静かになる。ほんの数分でここまで変わる物なのか。若いのに二代目の腕は、確かだな。亡き親父さんに小さい時から徹底的に鍛冶を仕込まれたことはある。

「では、剣を軽く振って頂いてよろしいですか」

剣を背負おうとするが、腕がつっぱる。スムースにいかない。早速、バツ印が肘に入る。

「背負えない様ですし、そのまま剣を抜いて、数回振ってみて下さい」

二代目に当たらぬ様に、上段からの振り降ろしを繰り返す。胸が絞められたり、腿が緩んだりする。そのことを指摘する前に二代目が、不具合を感じた所にバツ印を入れていく。何も私は言っていないが、不具合を感じた箇所に的確にバツ印が付けられていく。さらに、私が気付いていないところにもバツ印が入れられていく。

「はい、休憩して下さい。すぐ、調整します」

二代目が、プレートを外し、ベルトの固定位置を素早く微調整していき、再度着け直す。

「はい、次は実戦を想定して下さい。離れて見ていますので」

二代目は、壁際まで下がる。二代目は、その位置に立ったか。他に障害は無いか確認をする。机、椅子、カウンター、燭台などの位置を全て記憶する。

先程まで背負うことが出来なかった剣が、あっさりと何の違和感も引っ掛かりも無く、剣を背負うことが出来た。ベルトの微調整だけでこれ程、動きに差が出るとは驚きだ。

ここまできっちり調整してくれるのならば、初級の演武では無く、上級の演武を二代目の前で披露する。その方が、動きも激しく、不具合を出しやすいだろう。

実際に演武をこなすと、たまにプレートが擦れる耳障りな音や、ベルトの締まり具合に不満が出てくる。しかし、この程度の不具合であれば、実戦に耐えられるレベルだ。

流石は二代目。この短時間で私仕様に仕上げてくれている。

「ありがとう。最初とは雲泥の差ね。仮組みは終わりでいい?」

二代目は、難しい顔をして首を横に振る。

「まだまだです。プレートの擦れる音とベルトの微調整が必要です。戦いでは微妙な不具合が命取りになります。それに今は仮調整の状態で耐久性はありません。仕上げには、二週間下さい」

「うん、わかった。でも、今から三日位実戦に使っていい?」

二代目は、渋い顔をして悩んでいる。やはり、好ましくないのかな。

「やっぱり、黒い鎧で出られますか。できれば、この前ご紹介した内の商品をその間だけでも使って下さると安心なのですが…」

「実戦でないと不具合は出せないでしょう。どうせなら本調整に入る前に、完全に不具合を出してしまいたい」

「わかりました。必ず三日間の使用にして下さいね。そうでないと仮止めの革が剥がれたりして、強度がもちませんから。しつこいようですが、仮組みで耐久性はありません」

「了解。ありがとう。とりあえず、前金払ってなかったよね。ほい」

宝石を財布袋から適当に一つ掴み、投げ渡す。慌てて二代目が受け止め、ランタンの明かりに宝石を透かして見ている。どうやら、渡した宝石はダイヤモンドだった様だ。

「これ高そうですよ。いいんですか?」

「鑑定していないから価値分からないし、いい。それに鑑定代も馬鹿にならなそうだし」

「確か鑑定代は、その物の価値の一割から三割ですよね。これなら、鑑定代だけで相当な額になりそうですね」

「でしょう。だから、一々鑑定はしてないんだ。馬鹿が居れば、無料で鑑定できるだけどね~」

「じゃ、有り難く頂戴いたします。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ばいば~い」

軽く二代目に手を振り、鍛冶屋を出て行く。では、約束通り四季物語に戻りますか。

ウォンの奴、ワクワク楽しみにしているのだろうな。ウォンと仕合うのは久しぶりの様な気がする。


鎧の調子も良いためか、足取りも軽く、四季物語に戻ってきた。酒場にはウォンが、貴重品である南方の黒豆茶を飲んでいた。豆の焼けた香ばしい薫りが酒場を包み込んでいる。

これは、滅多に手に入らない黒豆茶だ。飲まない訳にはいかない。

「マスター!私にも黒豆茶一杯!」

マスターに対し、人差し指を一本を突き立て、注文する。

「すいません。売り切れました。次回の入荷は未定です」

な、売り切れ…。その場で膝から崩れ落ちる。豆一粒が銀貨一枚に相当すると言われている黒豆茶。以前に飲んだのは、二年以上前だろうか。目の前にありながら、一口すら味わう事も出来ぬとは…。いや、待て。

「ウォン!一口くれ!」

「プププ。残念だったな。カップに残っている一口分が最後だが、うん、美味い!」

最後の一口をウォンが飲み切る。わざわざ、空になったカップまで見せてくれる。

「いや~、数年ぶりに飲んだが、やはり黒豆茶は美味いな。ミューレを待っている間に三杯も飲んだわ~」

何!この一杯だけでなく三杯だと!入荷分を独り占めしたというのか。許せん。絶対に許さぬ。

「ねぇ、ウォン。確か、今から仕合いをするでしょう。準備はいい」

私の心に黒く蠢く妬みが、大きく広がっていく。この仕合いで黒豆茶の恨みをはらす。

「お、ヤル気だね~。俺も黒豆茶を飲んで頭がスッキリしてヤル気十分だぞ」

「問答無用。中庭に来い。切れた」

「いいね、いいね。ミューレの本気か。久しぶりだな。じっくり楽しませてくれよ」

「じっくり?本当にじっくりがいいの?後悔しない?」

「する訳ないだろう。こんな楽しい事は、じっくり楽しむに限る」

四季物語の中庭に出る。小さい中庭ながらも池や花壇、樹木が充実し、四季折々の花々を咲かせている。この宿屋が四季物語と名付けられた所以でもある。中庭の中央には、仕合いをするには十分な広場がある。

ここなら、外から見られることも無く、迷惑を他所にかけることはないだろう。表の大通りでは衛兵が駆けつけて来て、邪魔をする事は間違いない。

それでは、ウォンの要望通りにじっくり痛めつけることが出来ない。だが、今回はじっくり痛めつけるつもりは無い。速攻で決着をつける。何せ、午後の予定が詰まっているのだ。こちらは、ウォンと違って忙しいのだ。

剣を抜き、ウォンと対峙する。ウォンは相変わらずの自然体でロングソードを右手にぶら下げている。私は、盾を前面に立て、中段の突きの構えを取る。一撃でウォンの喉を貫いて終わらせる。心に冷静さをとり戻し、いつもの自分に戻る。

二人の間合いが徐々に詰り始め、周りの喧騒が消えていく。二人だけの世界だ。今、殺し合う為だけに二人が見つめ合う。緊張感がどんどん高まっていく。しかし、筋肉には無駄な力は入らない。そんな初心者の領域は、数百年前に通り過ぎた。

間合いに入った瞬間、私が動いた。盾を投げつけて気を逸らす。限界まで奥に引いた右手を一気に解き放つ。ウォンの目の前は、私の盾が視界を妨げているはずで、こちらを見ることは出来ない。盾を避けずに突っ込んできても私の突きが貫くのは必至。盾を打ち払えば、隙が出来て貫くことも必至。ウォンに避ける術は無い。だが、油断はしない。予想もしない反撃があるかもしれない。相手はウォンだ。油断はできない。

ウォンがどんな行動をするかは、分からないが全力の突きを繰り出す。前足への体重移動、理想的な急所への剣筋。鎧が軽くなったためか、身体の動きも滑らかだ。間違いなく、今までで最高の突きだ。ウォンの首を取った!私は確信をした。

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