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4.冒険開始!

城塞都市『エンヴィー』を出て、三日経った。

春の陽気の中、街道を南東方面へ移動していく。街道の両側は樹海で展望が悪く何時モンスターに襲われるか分からないが、道端に咲く花々を楽しみながら進んでいく。私にとっては、心地よい緊張感というやつだ。

ちなみに、幸いなことに一度も雨に合わず、予定より距離を稼いでいる。


隊列は、前衛を戦士ウォン、中堅を僧侶カタラ、後衛を私こと魔法剣士ミューレの順で一列に進んで行く。数年以上続けてきた隊列だ。特に相談することなく自然とこうなった。

ウォンは、さっき摂った昼食の為かあくびばかりしている。余程、眠いのだろう。緊張感など全く感じさせないというか、完全に気が抜けている様に見える。

カタラは、真っ直ぐに正面を見据え、私は何人も恐れませんという雰囲気を醸し出している。多分、私には神のご加護がありますとか考えているのだろう。

で、私はエルフらしく自然の変化を楽しんでいる。道端に咲いている花、一言で樹海と言っているが様々な木々、そしてそこにも咲く花々、どうしてもそちらに意識が寄っていく。


他人からは、頼りない危機感のないパーティーに見えるだろう。

しかし、三人の誰一人として油断をしている者はいない。

何時敵の襲撃があってもおかしくない様に臨戦態勢は整っている。

無駄に力んで、周りから見て警戒していますと分かるようでは三流の冒険者だ。そんなんでは、長旅が持つはずがない。常にリラックスと警戒を同時に行えるのが一流の冒険者で長生きの秘訣だ。


隊列にしても重要だ。本来はパーティーで色々な状況を想定して相談し、熟考していくつかのパターンを決めるのが本来だが、何せ私達は三人しかいない。パターンなんて取れない。

昔、二人に出会う前のパーティーは五人から六人位で組んでいた。それだけの人数がいれば決め事も多くなり、揉めることもあった。冒険に出るのに作戦会議で一日潰れる事もあった。何せ生死がかかっている。おろそかにはできない。彼らも年齢的に冒険者が続ける事ができなくなり引退した時に二人に出会った。

考え方や性格が全く違う三人で、うまくまとまるか心配だったが杞憂だった。ジグソーパズルのように一コマ一コマ同じ形は無いのにぴったりと当てはまる。そんなパーティーだった。

やはり私は、この三人で冒険が出来ることが嬉しい。

後付けで考えると、体力のある戦士が前衛で盾役をし、後ろから僧侶の回復と援護、そして前方に攻撃魔法も加えられ、背後からの不意打ちに備えられる魔法剣士が後衛に備えるということかな。

僧侶が後衛に回り、不意打ちで回復不能になればパーティーは全滅だ。戦士や剣士が深手を負っても僧侶さえ無事で有ればパーティーを立て直せることが多い。

結局、三人パーティーではこの隊列しか取りようが無かったのだ。


ふいにウォンがロングソードを抜き放つが、歩みは止めない。どうやらお客様の様だ。

カタラもメイスを取り出す。私は両手を自由にさせておく。魔法でも剣でもどちらにでも対応できるようにだ。

「ゴブリンが三匹だな。左前方の岩陰にいるな。こっちをチラチラ見ている」

ウォンが剣を抜いたという事は、戦闘回避の可能性はないということだ。回避の可能性があれば、そう簡単にウォンは剣を抜かない。

というか、ゴブリンは非常に好戦的だ。敵が自分より強いか弱いかが判断できない。とりあえず戦闘を仕掛けてくる。敵が強ければ逃げる。逆に弱ければ蹂躙してくる。

初心者の冒険者用に置いておいても良いのだが、街道は商人や地元の人々も通行する。この様な危険なモンスターを排除しておくのも冒険者の仕事だ。

「後詰めは居そうですか?私には後詰めの気配は感じられませんが」

カタラが状況を確認する。

「いないんじゃないか。どうも強盗っぽいぞ」

「作戦はどうするの?」

「とりあえず切る」

「それは作戦と言いません。ミューレはこのゴブリンから廃城の情報収集の可能性はあると思いますか?」

「無いんじゃないかな。まだまだ、渓谷まで距離あるし、あのゴブリンのテリトリーだと遠すぎると思うな」

「では、ウォンの言うとおりにしましょうか。力押しは優雅さに欠け、あまり好きではないのですが」

「はいはい、優雅さに欠けるのはメイスを使っているからでしょ。私なら優雅に戦えるわよ。さて、近接戦闘用意。いざ抜剣」

左手にミディアムシールドを装備し、背中のバスタードソードを抜く。

ゴブリン達に気づいていない振りをして、街道を進んで行く。まだ襲ってくる気配はない。同時に周辺にも気を配っているが、生き物の気配はない。

動物たちはゴブリンの殺気から逃げてしまったようだ。

ウォンもカタラも後詰めを感じないと言うし、どうやら、ゴブリン三匹に専念してもよさそうだ。


ゴブリンが隠れている岩陰まであと十五歩位まで近づくと動きがあった。

三匹のゴブリンが街道に飛び出し、こちらに剣を向けてくる。小柄な体躯に粗末なレーザーアーマーとショートソードを装備している。

まるでモンスター図鑑に出てくる見本の様だ。

「オマエ、カネダス。コロサナイ。カネダサナイ。コロス」

片言の標準語で脅迫してくる。

「きゃ~、強盗よ~。ウォン助けて~」

取りあえず乙女らしい悲鳴を上げておこう。こういうのは雰囲気が大切だ。冒険しているって感じがするよね。

「え、何か言ったか?ミューレ。一人で相手するってか。よし、後は頼んだ。」

「そうですか、偉いですね。率先して自分から犠牲になるなんて。では、お任せしましたよ。それに優雅な戦闘を見せて頂けるそうですし、楽しみにしておりますわ」

ウォンとカタラから丸投げされる。失敗した。遊びが過ぎた。

「はぁ~、わかりました。遊びが過ぎました。一人でけりをつけます」

ため息を一つつく。そしてパーティーの先頭に出て、無造作にゴブリンに近づいていく。

「カネダセ。ソコオケ」

ゴブリンの言葉なんて無視をする。歩みを止めない。同じ速度を保ちつつ、若干進行方向を補正する。三匹が同時に襲って来る事が出来ない様に私の正面、直線上に極力ゴブリン三匹を収めていく。

「トマレ。カネオク」

ゴブリンが何か言っているが、それよりもギャラリーがうるさい。真剣勝負だというのに、後ろでウォンがゲラゲラ笑っている。カタラは、ここでお別れとは寂しいものですとかほざいている。困ったものだ。いくら格下相手だからといっても援護体制はとってくれても良いと思うのだけど。

まぁ、この一週間まともに体を動かしていなかったから勘を取り戻すにはちょうどいい相手だけどね。


まもなく、一匹目が私の剣の間合いに入る。そして、入った。私のバスタードソードの方が間合いが広い。先制攻撃、防具の無い喉を横一線に薙ぐ。

ゴブリンAは、切られたことにまだ気づいていない。そのまま歩みを進めゴブリンAの横を通り過ぎる。ゴブリンAが振り返って私に切りかかろうとするが、動いた衝撃ですでに切断されている首から上が空を向き、背中に後頭部を着ける。頸動脈と気道が上下に分断され絶命する。首から大量に血液が噴出している。ゴブリンも赤い血だ。みるみる大地に血だまりが出来ていく。

首は切り落としてはいない。骨に当てて折角綺麗にした剣を痛めたくない。次はゴブリンBだ。まだ何が起こったのかを把握していないようだ。

ゴブリンBの横を通り過ぎる時、下脇腹のアーマーの隙間から心臓へ剣を通す。もちろん、これも骨を避ける。

良い剣だ。肉の抵抗を感じない。自分の思い通り、隙を通す事ができる。隙と言っても分かりにくいかな。動物の身体には固い所と柔らかい所がある。分かりやすいのは固いのが骨で柔らかいのが内臓。そして、筋肉は固くもなり柔らかくもなる。

敵の構えや力の入れ方によって柔らかい部分が戦闘中にどうしても発生する。私は柔らかくなっているところを隙と呼んでいる。いわゆる弱点とはまた違う。弱点は火に弱いとか水に弱いなどで種族的なもので常時その弱点に影響される。

隙は、すべての生き物に必ず生まれる一瞬の間だ。次の瞬間には消えていたり、または場所が変わっていたりする。

隙通し、これが私の戦い方の一つ。一撃必殺、疲れず、剣を痛めない方法。格下相手か油断している敵にしか使えないけど、このゴブリンには十分する剣技だ。

二代目くん、いい仕事しているよ。剣が綺麗に隙を通っていくよ。

剣を刺すのは一瞬。すでに剣を抜きゴブリンCへ構え、足が向かっている。

背後で遅れて傷口から血が勢いよく噴き出る音が聞こえてくる。

ゴブリンCに見える隙は口だった。

数瞬で二匹が屠られたことに驚き、大きく口を開け驚愕し硬直している。

私は予備動作もなく右手を前に差し出す。まるで握手をするかのように。

剣はゴブリンCの口の中に吸い込まれ、素早く脳をかき回し、剣を抜く。

ゴブリンの口から泡だった血が次々溢れてくる。ゆっくりとゴブリンCは仰向けに倒れていった。

戦闘終了だ。戦闘時間は十秒かかっていない。ゴブリンのマントで剣に付いた血と脳漿を綺麗に拭き取り、背中に背負い直す。


「どう、カタラ。これが優雅な戦闘よ。あいつら痛みも感じず、即死のはずよ」

誇らしげに胸を張る。

「ミューレらしくないものを拝見しました。いつもの残虐性はどこへいったのですか。あぁ神よ、この者に祝福をお与えになり、性格を正されたのですね」

「面倒くさい事してるな~。いつもみたいに切り捨てれば簡単なのに」

「誰か褒めてよ~。隙通しなんか普段しない技だよ。返り血を受けないし、剣だって痛まないし、達人技だよ~。優雅さがないっていうから披露したのに~」

ウォンが真面目な顔をして、私の正面に立ち両肩に手を置く。

え、これって何?何かが起こるの?

「うん、似合わん。らしくないな。悪い物でも食ったか。拾い食いは止めとけ。さて、こいつら何か良いものでも持っているかなっと」

私に背を向けるとゴブリンの荷物を漁り始めた。カタラも同じように荷物を漁り始める。

私はみんなの反応にガッカリしながら近くの岩に座り、周囲の警戒に着く。


数分後、一通り確認が終わったようだ。

「ホイ、カタラ持っててくれ。後で分けよう」

「わかりました。預かります」

「成果はどう?」

「そうですね、銀貨10枚相当ですね」

「ただ働き同然か。仕方ないか、所詮ゴブリンだな」

「あの~、働いたのは私ですけど~」

「そうそう、街道に置いといたら邪魔だから脇にどかすぞ。カタラ、足を持ってくれ」

完全に無視された。火炎の呪文でも投げ込んでやろうか。

ウォンとカタラが三匹のゴブリンの死体を近くの藪に捨てる。この辺りに住んでいる肉食獣が死体をきれいにしてくれるだろう。

いつも戦いが終わった後に思うが、下手をすると明日は私が死体になっているかもしれない。実際どんなモンスターに出会うか分からない。ゴブリン程度なら脅威にならないが、ドラゴンにでも会えば全滅の可能性が高い。

油断禁物。改めて自分を戒める。少し調子に乗りすぎた。

「よし、先に進もうか」

ウォンが声をかけてくる。

私達は、街道を何事もなかったかの様に進み出す。後には戦闘があった形跡を残す血溜りが残っているだけだった。


街道を順調良く進んで行く。そろそろ街道を外れ、獣道へ入る。

最初の目的地であるゴブリンの集落がその先にあるはずだ。

情報屋によると全体で三十匹位がそこに住んでいるようだ。さすがに今度は作戦が必要だ。情報を仕入れる必要もあり、村長や長老など重要人物を生かしておく必要がある。

殲滅戦なら正直三十匹程度なら問題にならない。

作戦立案は、基本的に私が立てることが多い。悔しいが年の功という奴で戦闘経験がこの三人の中で断トツだ。そりゃ二人が生まれる前から冒険者をしているんだもん。当たり前か~。

で、カタラが細部を検証し、ウォンが頷き、頷きといっても何も考えていないと思う。作戦が開始される。これがいつものパターンだ。

ちなみに、このパーティーにリーダーはいないというか、必要が無い。

状況に応じて、それに相応しい者が判断する。

人数が少ないパーティーだからこそ、出来る芸当だ。意思の疎通と共通化が即行えるからだ。


ただ、助っ人を呼ぶことがある。

どうしても三人では対処できない時だ。実力は折り紙付きで私達と遜色はない。ただ、性格面で問題があり、普段は別行動をしている。

そう言えば、奴らもこの辺りで冒険しているって情報屋がサービスで教えくれたな。

奴らを呼び寄せる必要がある時は、本当に大冒険か絶体絶命の覚悟が必要な時だ。

あの三人が加わると統制がとれなくなる。

特にあのドワーフが加入すると一気にパーティーが崩壊する。そこに小人のピグミット族が加われば、ドワーフと意気投合しさらに収拾がつかなくなる。そこに暴走する二人へ悪知恵を仕込む魔法使いが加われば、地獄絵図と変わる。

問題なくダンジョンを攻略することの方が多いが、実際に幾度かパーティー全滅の危機に陥ったことがある。街に帰るどころからダンジョンから抜け出すのに罠にハマって、通常の三倍の時間はかかったこともたびたびある。

あれ、こいつら三人を助っ人と呼んで良いのだろうか。

戦闘力に関すれば彼らに匹敵する者は、後は勇者パーティーだ。しかし、彼らはハッキリ言ってオーバーワーク、過労気味だ。あちらこちらからお声が掛かっていて、正直背中を預けるのには不安が残る。常に依頼を受注で予定が合わない可能性の方が高い。

となると消去法でどうしても問題の三人に頼ってしまう。

今回は嫌な予感がする。奴らを呼ぶ必要があるかもしれない。

それだけは避けたい。本当に避けたい。そんなことを考えながら歩みを進めていた。


獣道に入って二日後、私の耳にゴブリンの会話が聞こえてきた。自然と全員の足が止まる。ウォンとカタラも気がついたようだ。

ゴブリンとの距離は、かなり開いている。

小声ならばゴブリンに気づかれることはないだろう。

「斥候でしょうか。やり過ごしますか。それとも…」

「斥候だろうな。全部で三十匹いるって話だし、間引いた方がいいんじゃないか」

「五匹位の小隊だよね。潰しておいた方が集落に行った時に楽できると思う」

「だが、ここで戦うと音が集落まで確実に聞こえると思うぞ」

「確かに応援を呼ばれて背後からの不意打ちなんて、ぞっと致します」

「はい、提案。まず、静寂の呪文を戦闘範囲にかけます。混乱したところを切ります。以上」

「シンプルだな~」

「作戦って呼べないレベルですね。ですが、合理的です」

「じゃ、賛成かな。魔法は途中で消せないから、戦闘後はここに戻ってね。そうじゃないと私達も話せないから」

「了解、ミューレが魔法をかけ次第、二人で突入して暴れる。ミューレは後どうするか任せる」

「う~ん、弓で援護射撃するか。多分、遅れて近づいていく内に終わっちゃうと思うし」

「俺に当てるなよ」

「は~、当てるわけないでしょう。エルフ族が弓の扱いが下手だったら、世間の笑いものじゃない」

そう、エルフは魔法だけでなく弓にも長けている。実は本来のエルフ族は剣よりも弓の方が得意だ。ただ、私は変わり者で剣の方が楽しいなぁと思い、剣の達人に修行をつけてもらった。もう五十年以上前になるかな。師匠、生きてるかな。八十歳位か…。人間族だし、無理か…。

一瞬、感傷に浸るが、すぐに切り替える。

「じゃ、作戦開始」


ゆっくりとゴブリンの小隊に近づく。プレートメイルを着こんでいるため、音を鳴らさぬようにしているため歩みは亀より遅い。

幸い、向こうから近づいてきているので、ここらで待ち伏せといこう。

私の前にウォンとカタラが木陰に隠れている。カタラはメイスを構えているが、ウォンはまだ剣を抜いていない。

剣が光を反射して見つかる可能性を減らす為だ。

反対にゴブリンどもはショートソードを肩に当てていたり、地面に引きずっていたりしており、さっきから光が反射して自分達の居場所をアピールしてくれている。

この辺が冒険者レベルの差だ。剣一本の取り扱いでここまで差が出る。

小隊は、やはり五人。全員が戦士の様だ。魔法使いの類はいないようだ。ごくまれにゴブリンシャーマンというやっかいな魔法が使える奴が現れる。ゴブリンのエリート様だ。魔法は、鎧や盾では防げない。諸に魔法の影響を受けてしまう。いくらゴブリンが弱くても痛いのは嫌だ。

もっとも、今回の作戦は静寂の魔法を使うので中では魔法の詠唱もできないから、シャーマンが混じっていても影響ない。

ま、私もカタラもこの空間内では魔法は使えなくなるけどね。

小隊がウォン達の間合いに全員が入る。

『静寂空間』

この瞬間、直径五十mの空間は静寂に満たされる。今まで風でざわついていた葉のこすれる音が消える。

何者にも音を立てることは許されない。

ゴブリンが急に声が出なくなったことに驚き、慌てふためいている。

この機を逃すウォンとカタラではない。即座にゴブリンへ走り寄る。

本来ならプレートメイルがぶつかりあい、凄まじい金属音が鳴るはずだが魔法の効果の為、全く音が鳴らない。あまりにも静かな戦闘が始まった。静けさが全てを支配している。

ウォンはまだロングソードを抜かない。抜刀体勢のまま集団に近づく。カタラはメイスを大きく振りかぶり渾身の一撃を与えられるように走り寄って行く。

私はあらかじめ木に立てかけておいたロングボウを持ち、矢をつがえる。

ウォンとカタラが接敵した。ウォンの最初の一撃は抜刀術だった。刀身を鞘に滑らせ、その勢いを筋力で加速させ下から一気に振り抜く。

ゴブリンの鎧など考慮にいれていない。力づくで切り裂く。ゴブリンは簡単に胴体を斜めに分断された。剣は高々と上段の構えになり、振り上げた剣を勢いのまま振り下ろす。次のゴブリンが袈裟切りに分断される。

だが、まだウォンは止まらない。振り下ろした剣の力を背後に流し、さらにもう一匹を回転切りの要領で首を飛ばす。ここで初めて剣の勢いが衰えた。

流剣乱舞と言ったら良いのだろうか。剣の勢いを殺すことなく、剣が動く方へどんどん力を加え加速させ、一筆書きの様に剣を振るう。

無駄が無い。一瞬の出来事だ。さすが、一流の戦士。

カタラも容赦がない。メイスのフルスイングがゴブリンの側頭部へ命中する。首があらぬ方に折れ曲がりその場に崩れ落ちる。すかさず、次のゴブリンの顔面にメイスを真っ直ぐ叩き込む。ゴブリンの顔を突き破り頭の中ほどまでメイスがめり込む。人の事は言えないが、あの華奢な体にあんな剛力がどこから出てくるのだろうか。

結局、私の弓の出番はなかった。そういえば構えるだけでここのところ実際に放ったことが無いな。

戦闘終了だ。魔法をかけてから数秒の出来事。これほどの惨事が静寂の魔法の為、無音で行われた。

一応、周りの気配を読む。念のためだ。無音という事は、敵が近づいてもこちらは分からないということだ。まだ数分は魔法の効果が持続する。警戒を怠ることなく、引き続き気配を読み取り続ける。

今のところ、一切気配を感じない。大丈夫そうだ。

ウォンとカタラは、ゴブリンの持ち物を軽く物色している。これも私達が生きるために必要なことだ。今回の冒険は依頼された冒険じゃないから報酬が無い。自分達でコツコツと稼いでいくしかない。

稼ぐには倒したモンスターの金品や貴重品を頂くしかない。綺麗事ではお腹は膨れないのだ。

どうやら、戦利品の回収が終わったようだ。二人がこちらに帰ってくる。

今回は、ゴブリンの死体はこのままにしておく。

ここは樹海の奥深くの為、他の人の邪魔にならないだろう。また、他のゴブリンに見つかって、集落の防備を固められても問題ない。敵がどれだけ強くてもそれ以上の力をもって食い破るだけだ。


森の喧騒が、突如戻ってきた。葉が風に揺らされざわめく音、どこかで水の流れる音、獣たちの息吹、それが急に耳を刺激する。

静寂の魔法が切れたのだ。敵の音がしないか、耳を澄ます。話し声や足音、武器や鎧が出す騒音はしない。

「優雅な戦いだったね。カ・タ・ラ」

「こ、これは、スピードを優先した結果です」

「え~、スピードなら私の時とあまり変わらないよ」

「良いのです。そう、怪我をしないこと。つまり安全性を優先したのです」

「ま、いいか。そういうことにしてあげる。ウォンは相変わらずお見事だね~」

「何がだ。普段通りだぞ」

そう、普段通りの練習が実戦で百パーセント発揮できるところが恐ろしい。

特にウォンはどんな強敵に対しても常に百パーセントの力を発揮して対峙している。本人は気づいていないが、これは恐ろしい特技だ。でも、教えてあげない。何かくやしいもん。

「で、戦利品はどうだったの」

「う~ん、小銭だな。一日分の食費にもならん」

「集落に幾らかあるといいね」

「私達は野盗ではありません。モンスターを狩るのは、人々が安心して暮らしていける様にする為です。お金の為ではありません」

さすが、僧侶のカタラ。お堅い。人間ってやっぱり自己主義だなって、こういう時に思う。

狼や熊だって人間を襲うけど、猟師で退治できるレベルというだけでモンスター扱いをしない。エルフの私から見たら、狼たちと同じようにゴブリン達も森に住む生き物なんだけど。ちょいとばかし、一般人には手に負えない強さを持っているだけで、人間がゴブリンを狩る様にゴブリンも生きる為に人間を狩っている。何も変わらない。

昔のパーティーでそれを言ったら、理解されず笑われたな。

今なら人間の思考パターンが解るから、口に出さないけど。


「さて、次は集落だね。地図通りに進めば後一時間位だよ」

「集落の手前まで前進し、そこで状況確認し作戦を立てましょう。まぁ、強行突破になるような気がしますが」

「いいんじゃないか、強行突破上等!」

「はぁ~、何のために頭がついているのでしょう」

「そだね~、これだけは言えるかな。信頼できる仲間がいるから、安心して背中を預けられる」

ウォンとカタラが、狐に包まれたような顔で私を見つめてくる。

「ミューレの口からそのような言葉が出てくるとは思いませんでした」

「確かに背中を預けられる奴は必要だ。違いない。俺も実感している」

今までの冒険が、仲間の存在を私の心に大きく占めている事を実感させてくれている。

いつの間にか、コンビネーションプレイで名前を呼びあったりもする。

以前のパーティーでは考えられないことだ。本当に二人を心から信頼しているのだろう。

だが、この二人とは年齢的に後十年くらいしか一緒に旅はできないだろう。

でも二人にとっては十年も旅が出来ると考えていると思う。

エルフである私にとって十年は一瞬だ。人間の一年程だ。

少し涙が浮かぶ。なぜ泣く必要があるのだろう。多分、二人が好きなのだろうな。でも絶対に口に出さない。

仮面をしていて良かった。二人に泣き顔なんて見られたくない。

私達は、気を引き締め直して樹海のさらに奥のゴブリンの集落へ踏み出した。

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