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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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39/61

39.報告書

ワインは種類も多く、料理に合わせて選べるところが一番好きだが、やはり風呂上がりには、エールが一番合う。まず、一口味わう。炭酸とほろ苦さが口の中に広がり、鼻腔を麦の薫りがくすぐる。喉を通る時に炭酸が弾ける感触が何とも言えない。喉の渇きが瞬時に癒される。

アルコールを摂取するのは、久しぶりだ。基本的に冒険中は飲まない。酔っぱらって、夜襲に対応できませんでしたでは、お話にならない。

「ふ~。お風呂上りはエールに限るわね。マスター、新鮮野菜のサラダを持って来て。生ものに飢えているの」

カウンターで何か料理を作っているマスターにオーダーする。

「ミューレさん、それはちょいと待って下さいな。ウォンの旦那と同じ乾き物で待っていて下さい。後でご用意しますから」

「ほれ、酒のあて」

横からウォンが大皿を一枚こちらに押してくる。その上には、干し肉や煎り豆が乗っている。

保存食とほぼ変わりがない。これは、さすがに食べ飽きた。

「マスタ~。新鮮な物が食べたい~。これ保存食と同じ~」

「お気持ちは分かりますが、カタラさんを待ちませんか?カタラさんも生ものに飢えていると思うんですよね。それとも先に食べますか?」

そう言われると確かに食べづらい。カタラには色々と助けてもらっているし、あと少しの時間を待てばいいだけだか…。

「俺も乾き物で我慢しているんだ。付き合え」

「はいはい、分かりました。マスター!その代り、カタラが来たら遠慮なく新鮮な料理を持って来て!」

「勿論ですよ。今、色々作ってますよ」

確かにカウンターから良い匂いが漂ってくる。よだれが垂れてきそうだ。

結局、カタラが来るまで一時間待たされた。原因は、間違いなく私だ。風呂掃除に時間がかかり、カタラがすぐに風呂に入れなかったのだろう。許すまじ蝙蝠!この食事の恨みもぶつけてやる。

しかし、マスターがここに居るという事は、片づけは他の者というか、部下がしているのだろう。そういえば、四季物語でマスター以外を見たことが無い。どうやって運営しているのだろうか。はてさて、マスターもいつの間にやら謎の多い男になってしまった。子供の頃は、冒険から帰ると無邪気に胸へ飛び込んできたもので、可愛かったのだが。まぁ、私にとっては今でも可愛い子供に変わらない。マスターからすれば、中年オヤジを子供扱いするなと反論されるだろう。

ここの収支報告は、黒字の報告しか受けたことが無い。最高に使える男だ。へたに口を出せば、潤滑に回っている歯車を止めてしまうかもしれない。四季物語の運営は、全て任せておこう。

オーク砦でも温かい料理を食べたが、やはり人間とオークでは味覚が違う。オークの料理は、味が薄い。塩や香辛料などを使わないからだ。調味料という概念がオークには無いから、仕方がない事だろう。

やはり、四季物語の料理はうまい。家に帰ってきた様な錯覚を起こす。

マスターも私達の好みを熟知している。冒険中には食べられない新鮮な生野菜系の料理を中心に前菜が、その後には下ごしらえに数日かかる手の込んだ肉料理が振る舞われる。当たり前のように、料理が無くなる直前にすかさず次の料理を持って来てくれる。勿論、アツアツの状態だ。

久しぶりのまともな食事に私達三人は、会話もせずに黙々と食べて飲み、味覚を楽しむことに専念する。また冒険に行けば、こういった手の込んだ食事は取ることが出来ない。

ちなみに、カタラは聖職者の戒律とかで酒精を取らず、ハーブティーや紅茶を楽しんでいる。

さすがにお腹も膨れ、食事のスピードが落ちてきた。ウォンに関しては、食事は止め、酒に専念し始めている。カタラもフォークを離し、紅茶の薫りを楽しみ始めている。

私だけか、まだ食事に満足していないのは。

「ミューレさん、リクエストはありますか?」

マスターが気配から食事を欲しているのは、私だけと踏み、直接料理の希望を聞いてくる。

さすがの私も重たい肉料理とかは、もう遠慮したい。あと一品食べれば十分だろう。さっぱりしていて、冒険中に食べられなかったものと言えば…。

「フルーツ盛り合わせ!」

「かしこまりました」

これなら、酒のつまみにも紅茶の口受けにもなるだろう。どうだ、このベストチョイスは。

「何だ、もう〆か。ステーキでも追加すると思っていたぞ」

「さすがにもう無理。あっさり系でないと入らない」

「ミューレも良いものを注文下さいました。果物でしたら、まだ食べられます」

「ふふ、最高の軍師は、食事でも能力を発揮するのだよ」

「最高?最凶の間違いじゃないのか」

「ウォン、駄目です。人間は本当の事を言われると傷つくのですから、そういう事は言ってはなりません」

うんうん、ありがとう。ウォンの考えも良く分かったし、その傷口にカタラは塩を塗ってくれた。私は、皆の評価で涙が出そうだ。どうせ、パーティー内では冷血のミューレと呼ばれています。

さてと、そんな分かり切った事で悩む様な私では無い。ウォンと私が、酒で正常な判断が出来なくなる前に今後の方針を決めよう。


「さて、明日からの予定だけど要望はある?」

自分がやりたいことがあっても、自分の意見を押し付けるのではなく、まず、皆の意見を聞く。これが人間関係を円滑に進めるコツだと考えている。

「俺は、無しだな」

「私は、教会へ帰還の報告と寄付へ参ります」

予想通りの答えが返ってくる。

「私は、鍛冶屋の二代目に行って鎧を調整してもらう。その後、カジノに行くけど一緒に来る?」

「鍛冶屋には今回は、用が無いな。今回の冒険では接近戦をほとんどしてないから、自分で手入れできる範囲だな」

「確か、二代目さんへ説法に行った方が良かったのでしたね、ウォン」

「あぁ、大喜びするぞ」

「では、教会の庶務を終えた帰りに寄りましょう」

「私は、朝から鍛冶屋へ、カタラは、教会へ。ウォンはどうするの?」

「ふむ、飲むか。酒場巡りだな」

「じゃあ、明日は自由行動ということで。何か面白い話を聞いてきたら、披露して考えるという事で決まりかな」

「それでいいぞ」

「私も問題ありません」

三馬鹿が居ないと本当に物事がスムースに進む。やはり、今までに幾多の人間達とパーティーを組んできたけれども、この三人パーティーが一番気楽でしっくりくるな。

さて、特に真面目に決めることも無くなったし、では本格的に飲みますか。

「では、改めて私達の前途に明るい未来に乾杯!」

「乾杯!」

「未来に祝福がありますように」


翌朝、少し頭がかすむ中、目が覚めた。日が昇って二時間位だろうか。昨晩は痛飲した割に二日酔いも無く、快適な朝を迎える。快適なベッドで眠ることが出来たことと敵に襲われる心配がなく熟睡できた為だろう。窓を開け、部屋の換気をする。春の温かい日差しが窓から入ってくる。

今日は、自由行動だ。とりあえず、朝食を摂ろう。空腹では、まとまる考えもまとまらない。実用性本位の寝間着から、これまた実用性重視の冒険着に着替える。お洒落着は、鍛冶屋の用事が済んでからだ。何せ、鍛冶屋へは鎧を着込んで行くのだ。お洒落着など着て行けば、折角の服が鎧の重みでシワシワになってしまう。やはり、冒険着が基本になってしまう。鍛冶屋の帰りは、寄り道せずに帰る事にしよう。

一階の酒場に降りるとマスターが料理の仕込みをしている。私達より遅く眠り、そして早く起きている。一体、何時眠っているのだろう。オーナーとしては気になるところである。

「おはようございます。ミューレさん。カタラさんは、教会へ行かれましたよ。ウォンさんも何処かにおでかけになりました」

「あらら、私が最後か。ウォンの奴、私の倍以上は酒を飲んでいたはずなのに、タフだな」

「はい、しっかりした足取りでしたよ。二日酔いの気配は無かったですね」

「そう、ま、いいや。適当に朝食をお願い」

「はい、かしこまりました」

窓際の席に着き、窓の外を眺める。本来は暗殺者に狙われる身だから、物陰に隠れた方が良いのだろうが、負けと言うか恐れている様に思われるのは嫌だ。あえて、堂々と目立つ場所に姿を見せる。かかってくるなら、どんと来い。返り討ちにしてやる。

「はい、お待たせ致しました。昨晩は、重たい物をお召しでしたので、軽く干しぶどう入りオートミールにしました。お気に召さない場合は、お取替えしますが」

「いえ、ありがとう。こういう食事の方が助かる」

さすがに昨晩に肉を一キロ以上食べれば、朝食に肉を食べようという気にならない。マスターの心配りがありがたい。

「ちなみに、報告書をご用意してあります。」

マスターが去り際に耳打ちをしていく。客は誰もいないが、念の為だろう。食事が終わった後に確認をしよう。

食事を済ませ、地下の脱衣所に身だしなみを整えに行く。歯を磨き、顔を洗い、櫛を丁寧に通して完成だ。仮面を被った美少女が鏡に映っている。背が低いのが玉に瑕だ。世の中には背が低くくて幼さが残っている方が良いという吾人もいるが、エルフ族として生まれたからには、もう少し背は欲しかった。

ボディラインは完璧だ。胸の膨らみ、腰の括れ、尻の形、どれをとっても魅力的だ。暴飲暴食をしている割にこの体型を維持しているのは、冒険のお陰だろう。無駄な脂肪など無い。というか、エルフなので元々脂肪は付きにくい体質であるというのが、正確なところだろうか。

脱衣場まで来たついでに、浴室を覗いてみるが、昨晩の痕跡は一切無い。非常に清潔な浴室だ。この浴室で何人もの命を奪っているとは、誰も思わないだろう。マスターの仕事は、完璧だ。

二〇三号の自室に戻り、扉に鍵をかける。そして、窓も閉じカーテンを閉める。これで密室の出来上がりだ。外から中を窺い知ることはできないだろう。念の為、周囲の気配を探るがこの部屋に異常は感じない。

備品の机の引き出しを外し、裏返す。底板を外すと隠し箱になっており、羊皮紙が一枚入っている。マスターが言っていた報告書だ。引き出しを元に戻し、報告書に目を通す。

カーテンを閉めているため部屋は薄暗いが、夜目が効くエルフには問題なく、報告書を読み通していく。

相変わらず、明瞭簡潔、誤解を生まない報告書だ。

城の攻略中にマスターには蝙蝠についての調査を依頼しておいた。何せ、この私にお痛をしてくる連中だ。私が、報復しない訳が無い。報復するにしても敵を知る事が重要だ。敵の規模や場所が分からないと作戦の立てようも無い。無謀な戦いはしない主義なのだが、今までの戦いぶりを見れば、説得力は無いだろうな。


Dear Mom

―Kについての報告書―

総数 約八十人

エンヴィー 北方四キロの村 本部 約五十人

エンヴィー 東方四キロの村 訓練所 約三十人

双方の村とも、周囲を高さ三メートルの格子状の柵にて囲む。

出入り口は一か所のみ。見張り番は認めず。農村に偽装するも近くに耕作地は確認できず。

構成員は全員が血族。〇歳から六十代まで確認。一般人の存在は確認できず。

子孫は、近親婚を避け、誘拐した奴隷より繁殖。

誘拐時に不要な人間は、奴隷市場に放出。

不要な人物は、秘密保持の為、訓練場にて殺人の練習台として処理。

訓練教官の動きを見る限り、脅威判定Cと判断。

窓口三名の男を確認。

蝙蝠の羽を着けた帽子が目印。エンヴィーの酒場とカジノを巡回。


マスターの報告書は、相変わらず素っ気ない。しかし、これほど簡潔で分かりやすい物も無い。無駄な主観など不要。客観性が重要なのだ。小さい頃からの教育がきちんと発揮されている。

脅威判定は、一般人の喧嘩自慢がE、駆け出しの冒険者でD、軍隊レベルがC、ベテラン冒険者がB、軍の特殊部隊がAというのが、基準になっている。それ以上の存在は全てSでまとめている。逆にそれ以下は全てFだ。言うまでもないが、先のレッドドラゴンは、当然Sランクだ。迷う必然性が全く無い。

蝙蝠の脅威判定がCならば、私一人でも十分対応可能だ。状況によっては、ウォンたちにも手を借りねばならないと思っていたが、どうやら杞憂だった様だ。

暗殺の窓口係は三人、エンヴィーの酒場よカジノを転々と回り、そこで依頼人と落ち合っているのか。目印は、蝙蝠の羽をつけた帽子とは、古典的だな。敵に襲ってくれと言っているに等しい。どうやら、三流の暗殺者集団の様だ。私一人で十分対応できるだろう。

報告書の中身は、完全に暗記した。備え付けの灰皿の上に羊皮紙を置き、火の精霊にお願いをして燃やして貰う。

報告書が燃えている間に、黒い鎧を身に着け始める。やはり、一番小さくベルトを締めてもガバガバだ。体格に合っていない。

報告書が完全に灰になるのを確認する。焼け残りは無い。ちなみに私は煙草の類は吸わない。証拠隠滅するのに灰皿があった方が良いために、この私専用の客室にも灰皿が置いてあるだけだ。


四季物語を出て鍛冶屋へ向かうが、胴体と鎧の隙間に余裕がある所為でプレートメイルが、歩く度に金属同士がぶつかってガチャガチャとなり、注目を集める。背中のバスタードソードもうまく固定できず、不協和音に協力してしまっている。

マントぐらいは、羽織ってきた方が良かったかもしれない。その方が、少しは静かに歩けたかもしれない。だが、もうまもなく鍛冶屋だ。ここまで来てしまったら、戻るのも億劫だ。視線を浴びることには慣れている。このまま、鍛冶屋に行こう。

鍛冶屋の前に着き、ノックをし、返事を待たずに中に入る。中に入ると窯の熱気が部屋中に籠っており、一気に汗が噴き出してくる。

「二代目いる~?」

奥からカツンカツンと鎚を振る音が止まる。どうやら、私の声が聞こえた様だ。

「いらっしゃいませ。ミューレさん。今日は、どの様なご用件でしょうか?」

二代目が首に巻いた布で汗を拭きながら、工房から店頭へやってくるが、しきりとキョロキョロしている。どうせ、カタラが居ないか探しているのだろう。夕方には来ると言ってやろうかと思ったが、サプライズの方が喜びも大きいだろう。それに、用事が入って来られない可能性が無い訳でも無い。ここはあえて黙っておこう。

「どうした。私一人だぞ」

「失礼致しました。いつもお三方で来られますので、つい探してしまいました」

「ほう。ウォンを探していたのかな。それともカタラかな」

「いえ、気になさらないで下さい。確認しただけです」

二代目は、カタラの名を聞いただけ顔を赤くしている。あまりに純情すぎるでしょう。もう、結婚して赤ん坊位は、居てもおかしくない年頃だというのに。まぁ、鍛冶の腕は確かだから、その点は目をつむろう。

「今日はね、この鎧の調整をお願いしに来た。少し、大きいんだよね。私用に合わせられる?」

「では、失礼して拝見させて頂きますね」

二代目が、プレートメイルの全身を見た後、一枚一枚のパーツを確認していく。

「大分、大きいですね。かなりベルトを絞らないといけませんね」

「大分、大きいのね?」

「はい、かなり大きいですね」

「少し、じゃないかな」

「いえ、これはベルトを総替えするくらい大きいですね」

ふつふつと怒りを湧き上がってくるが、二代目には悪気は全く無い。客観的に職人としての判断だ。だが、大きい大きいと連発されるとさすがに切れそうになる。いかん。二代目は鎧が普通より大きいと言っているのだ。私が小さいとは一言も言っていない。勘違いは良くないないな。

「ミューレさんは、やっぱり小さいですね。胸回りは大きいので若干の調整で済みますが、他は革ベルト総替えですね」

プツンと切れて殴りそうになるが、胸が大きいという言葉で殴りそうになった手が止まった。危ない。私が小突いたら大けがをさせるところだ。

「では、パーツを一つずつはずして採寸していきますね。しかし、こんな貴重な鎧をよく手に入れることができましたね」

二代目は、手際よくプレートメイルを解体しながら革ベルトの寸法と調整用の穴を書き込んでいく。

「これって、貴重なの?」

確かにかかっている魔法は、凄いことは知っている。だが、二代目は鍛冶屋だ。魔法や魔力の事は何もわからない。何をもって貴重品だと言っているのだろうか。

二代目が、一枚のプレートの裏面を私に差し出してくる。

「ここの刻印を見て下さい」

そこには、ツヴァイ魔工房と打刻されている。

「このツヴァイ魔工房は、鍛冶屋の中では幻の工房と呼ばれています。噂だけの存在だと思っていましたが実在していたんですね。魔法使いと鍛冶屋が共同製作する工房だったらしいです。非常に優秀な武具を作っていたそうですが、数年で工房を止めているんです。

原因は、商品が高すぎて売れなかったのか、二人が仲たがいしたとか言われています。

しかし、魔法使いと鍛冶屋が共同製作するという事は、出来上がった武具に魔法をかけるのではなく、原材料の段階から魔法の触媒を仕込むことが出来、魔法の効果を十二分に発揮できるという優れた武具を産み出してきたそうです」

二代目が目を輝かせ、力説しているが話の半分も聞いていない。どうせ、製作工程や裏話を知った処で使う時には、全く関係が無い。私には意味が無いものだ。ただ、二代目もプロだなと思うのが、出所を一切聞いて来ないところだ。出所を聞かれるのは冒険者にとっては嫌なものだ。命懸けで苦労して、探しだした迷宮を第三者が噂を聞きつけて、攻略でもされたら溜まったものじゃない。もし、そんな風に噂が漏れれば、噂の発信源は、怒りで殺されるだろう。

ちゃんと分を弁えている以上は、好きに喋らせておこう。どうせ、採寸されている間は、私は動くことが出来ない。採寸中の暇つぶしのおとぎ話として聞いておけば良いだろう。


二代目は、あれから採寸が終わる三十分間、喋りに喋りつづけた。そんなにツヴァイ魔工房製の鎧に触れることが嬉しいのだろうか。よくもあれだけの薀蓄を語ることが出来たものだ。

当然、私の頭には入っていない。採寸の間は、昼ご飯を何にしようとか。宿に戻ったら、汗を流してからどの服を着ようか。どこのカジノに行こうとか、今日の予定ばかりを考えていた。

「お待たせしました。採寸が終了しました。何かご要望はありますか?」

やっと、採寸が終わったか。二代目のマシンガントークも終わった。

「背中にバスタードソードを装備する時、収まりが悪い。一工夫を頼みたい」

「この剣ですね。多分、サイズが合っていない為ですね。サイズ合わせが終わってから、再検討でもよろしいですか?」

「二代目がそう言うならば、それでいい」

「分かりました。では、お時間は如何ほど頂けますか?」

「すぐに片づけたい仕事があるから最速で」

「では、その仕事は、難易度が高いですか?」

「そうでもない。今のままでも達成できるが、問題点は無くしておきたい」

「となると、仮調整で二日後にお越し下さい。革ベルトの交換だけで済ませます。その冒険時に出た新たな問題点を本調整で後日、直すと言うのはいかがでしょうか。本調整は二週間下さい。それとも、魔法はかかっていませんが、内の工房のプレートメイルを購入されますか。それでしたら、実はミューレさん用に一つ造ってありますので、すぐに着て頂けますよ」

「いや、最初のプランでいいよ。ところで何で私用のプレートメイルがあるの?」

「ミューレさんは小柄だから、全てのパーツが小さいんですよ。手先の訓練に丁度いいなと」

二代目のおでこを思い切り、人指し指で弾く。二代目が声にならぬ叫びで床をのたうち舞う。

「小さい言うな。拳で無くて良かったな。拳だと首の骨が折れているぞ」

「ミューレさん、ひどい…」

額を真っ赤に腫れ上がらせた二代目が涙目で抗議してくる。

「はい、工賃と治療費。足りない?」

ポケットから二センチ四方のサファイアを渡す。

「え!多すぎです」

「持ち合わせがそれしかない。諦めて受け取り給え」

「困ります。他のお客さんとのバランスが取れません」

「それが狙い。それだけ多く貰ったら、素材は惜しめないし、他の仕事より最優先になるでしょう」

「さすが、ミューレさんだ。参りました。では、ありがたく頂きます」

「じゃね~」

「ありがとうございました!」


鍛冶屋を出て、自分の部屋に戻り着替えを取りに行く。クローゼットを開けると一番に目に入ってきたのが赤いドレスだ。露出は少なく、フリルの隠しポケットからダガーを取り出せるドレスだ。今日は、これを着る事にしよう。

ドレスとお風呂用品を持って風呂場に向かう。鍛冶屋で予想外の汗を掻いてしまった。カジノに行く前にさっぱりしたいのは乙女心。まだ、午前中だと言うのに風呂に入る。

さすがに敵も私が朝風呂をするとは想像していなかった様で、今回は襲撃は無かった。

さて、大通りのオープンカフェでランチをとって、貴族街のカジノにでも行きますか。

そんなことを湯船につかりながら、ボーっと考える。

今日は、良い一日だったらいいな。

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