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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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38/61

38.激怒

私が影のオーナーである酒場兼宿屋の四季物語の地下にある女風呂にて、久しぶりの湯を堪能する。すでに洗い場にて、旅の垢は綺麗に流している。

浴室一杯に心地よい湯気が溜まり、バスタブに肩まで浸かり、目をつむってお湯の温かさの有難味をかみしめていた。お湯と湯気の温かさが固くなった筋肉と心を解していく。今回の冒険の疲れがお湯に染み出していくのが目に見える様だ。

四肢をしみじみと眺める。ボロボロとなって指を失い、レッドドラゴンに右手を食い千切られたにもかかわらず、美しい珠の肌がお湯を弾く。繋ぎ目も色の違いも無い美しい肌だ。

カタラ様々だ。カタラが居なければ私の身体は、手足を失い冒険者を廃業し、故郷で隠居生活をしなければならかっただろう。

いや、待てよ。カタラが居ない場合は、怪我をする前に逃げているか。ふむ、三馬鹿を囮にして逃げるな。奴らがどうなろうが私が関知する処では無い。自分の身が一番大事だ。という事は、怪我はしなかった訳だ。あそこまで頑張ったのは、あくまでも後で治療なり、蘇生をしてもらえるという確約があるからだ。

確約が無ければ、私が命を張って頑張ることは無い。私は冒険を楽しむことが出来れば、充分なのだ。


さてと、今後の展開をどうしたものか。一つずつ整理していこう。

まず、先の目的は達成したのか。次の目標は何か。

先の目的は、手狭となった財宝を保管しているアジトが手狭になり、代わりになる場所を得ることだ。これはブラッド・フィースト城を獲得した事で目的を達したと言える。

財宝の移動は、しなくても良いだろう。分散しておく方が安全だろう。何せ、今回得たレッドドラゴンの財宝は、とてつもないオマケだ。今まで溜めてきた財宝を軽く凌駕している。

アジトに隠してある財宝を失っても惜しくない額だ。後は、時間をかけて新しい財宝の塊から宝を発掘し、鑑定していくだけだ。新しい鎧の様に、財宝の底の方に素晴らしい宝がまだまだ眠っている可能性がある。

しかし、これは後回しだな。急ぐ必要は無い。面白そうな冒険がない時にでもすれば良いだろう。何せ時間だけは、私にはたっぷりとある。

手元には生活に困らない様に貴重性の高い宝石は常に持ち歩いているので、換金すれば、一年間は贅沢に暮らしていける。アジトと城の財宝が無くなっても新たに手に入れればいいだけだ。勝手にならず者や怪物共が私の代わりに今もせっせと集めてくれているから、別に私は困らない。どうせ、悪銭だ。奪えばいい。

ナルディアやブラフォードは、あの財宝を失えば号泣するのは間違いないだろう。しかし、私を含めた他の者は、金には無頓着だ。無理なく生活が出来る金さえあれば満足だし、心を満たす為に冒険をする。だから、報酬よりも依頼が楽しそうかが、冒険を受ける基準になる。

そう言えば、上級者の楽しい冒険には、強力な怪物が付き物で勝手に財宝も手に入ってしまう。強い怪物程、不思議と財宝を溜め込む習性がある。ま、私の為にせっせと溜め込んで下さいな。その内、収穫に行きますからね。


今後の目標というか目的は、何にしようか。

①ちょっかいを出してきた暗殺ギルド「蝙蝠」を潰し、根本を絶って後顧の憂いを無くす。

②冒険者ギルドに行って、面白そうな依頼を受ける。

③豪遊する。

選択肢としては、この三つぐらいかな。このところ、滅多に出会うことが出来ないはずのドラゴン戦が続いて疲れたし、パーっとカジノで散財するのもありだろうか。

どうせ、カジノは胴元が儲かる様になっている。あそこは、金を稼ぐのでは無く、雰囲気を楽しむ場所だ。綺麗なドレスを着て、酒を嗜み、カードでディーラーと知的に楽しむ。ディーラーがイカサマしても気にしない。それを見破るのもカジノ遊びの一つ。次のテーブルに移る時にディーラーに耳打ちするだけ。丸見えだったよと。

よし、そうしよう。たかが暗殺ギルドの一つなぞ何時でも潰せる。まずは遊ぼう。どうせ、鎧や剣の手入れも二代目に頼まなければならない。待ち時間に十分、遊べるだろう。

と、人が気持ちよく次の目標を定めたにもかかわらず、水入りだ。

はぁ~、結局は、①が優先事項になるのか。向こうは、こちらを遊ばせておく気が無いらしい。依頼人から余程せっつかれているのだろうか。帰宅の初日くらいは、のんびりとさせてほしいものだ。


気配を消しているつもりなのだろうが、忍び足で脱衣所に入ってくる気配を二つはっきりと感じる。今も小声で何か話をしている。完全な素人だ。暗殺者の類では無い。

私以外の人間が動かなければ起きない空気の流れが起きている。見れば、脱衣所と浴室を仕切る扉がほんのわずかだが開いている。これが、空気の流れを変えた原因だろう。

のほほん気分も終わりの様だ。蟻地獄に二匹ご招待。前回は、蟻さん一匹ではあっさりと返り討ちにした為、念を入れて蟻さん二匹でご登場の様だ。身の回りにあるのは、顔を拭いた布と長さ三十センチほどの木製の垢すり棒のみだ。剣の類は手入れが大変なので、今回も持ち込んでいない。向こうの出方次第だが、どの様に料理しようか。

扉が開いたために、二匹の蟻さんの小声がはっきりと私の耳に聞こえる。

「中のエルフの姉ちゃんをやればいいんだろう」

「おう、それも好きなように遊んでいいというか遊べという条件だ」

「うは、今までに何十人も遊んだけど、エルフとするの初めてだわ。楽しみ~」

「だけど、エルフは肉付きが悪くて背が高いらしいぞ。実物見たら、たたないかもな」

「そん時は、いつもみたいにナイフで抉って遊ぶだけや」

「ちなみに今回も持ち帰りは禁止だぞ」

「分かってるよ。遊んだ後は、やればいいんだろ。後始末はどうすんだ?」

「気にするなって、いう話だ。思う存分、遊べとよ」

「いい依頼人じゃん。じゃあ、最後は腹に穴開けてフィニッシュだな。あれが病みつきだわ」

「本当にお前は病気だな。奴隷に売る奴までやっちまうんだからよ」

「ワリイ。そのかわり、奴隷代は払ってるだろ。やべ、想像したらいきそうだ。まだか」

「もうちょい待て。あと少しで眠り薬が回る」


気が付かぬふりをしていたが、仮面の下は怒りに満ち溢れている。この蟻共は、最低だ。娘を拐かし、嬲り、傷つけ、殺し、奴隷に売るだと。それも何十人もだと。絶対に許さん。

だが、私が怒っているのは、正義感ではない。そんな事で怒れる様な堂々とした人生は歩んでいない。

実際にモンスターだけでなく、人間からも略奪や虐殺をしている。そういう立場で言えば、蟻共と同じ側の人間だ。ただ違うのは、趣味や遊びで行ったのでは無い事だけは言える。自身の命を最優先した結果、皆殺しにしてしまっただけだ。別にそのことに関して、詫びるつもりも誤魔化すつもりも無い。生き抜くためには、手段は選ばない。

私が怒っているのは、こんな雑魚を追っ手に回してきた事が許せない。この世は、力が正義だ。法も暴力や財力で幾らでも捻じ曲げることが出来る。

こんな手合いを回してきた蝙蝠は、全滅させる。同じ穴の狢だ。やっている事は同じだろう。次の目標は①の蝙蝠全滅と依頼人の抹殺で確定だ。

準備を済ませたら、存在を消滅させてやる。そう、怒っているのは正義感からではない。私に正義感なんてない。少し苛立っているだけに違いない。


脱衣所よりアロマの薫りがしてくる。蟻共がアロマを脱衣所で焚いている様だ。蟻が言っていた眠り薬だろう。浴室にアロマを流し、私を眠らせるつもりだろう。

だが、逆に利用させてもらう。浴室より脱衣所の方が狭い。風の精霊にお願いし、風の流れを逆流させれば、蟻共が眠る事になる。もう少し浴室にアロマを溜め、一気に押し返そう。

念の為、布を濡らし鼻と口を塞ぐ。これでしばらくは、私に害を及ばないだろう。

布越しでもアロマの薫りを感じる様になる。頃合いだろう。

『風の精霊シルフよ。我の願いを聞き入れ給え』

魔法と呼べるほどの物ではない。精霊にお願いをしただけだ。精霊と友好な関係を築いていれば、こちらの簡単なお願い位は聞いてくれる。精霊を酷使するナルディアとかと言う魔法使いには、無理な事だ。

浴室に溜まったアロマが一気に脱衣所へと逆流していく。脱衣所からゴトン、ゴトンと何かが倒れる音がした。濃縮されたアロマを無防備に吸い込んだ蟻共二匹が転がったのだろう。

湯船から上がり、垢すり棒一本を手に慎重に脱衣所へ向かう。

脱衣所に近づくに連れ、下品な寝息が二種類聞こえてくる。最初は芝居かといぶかったが、気配を探るがどうやら本当に寝てしまったらしい。さて、間抜けな蟻共はどんな顔をしている事やら。

脱衣所への扉を開けると質素な皿に香油が灯されているだけだ。せめて香炉位は使って欲しかった。床には小汚い風来坊の三十代の男が二人、団扇を握りしめ幸せそうに眠り込んでいる。

これ以上のアロマは、私にも影響が出るので火元を指先で摘み火を消す。そして、脱衣所の二人を浴室に引きずり込み、扉を閉める。これで、遠慮なく泣こうが、血反吐を吐こうが後片付けが楽になる。ちなみに私は裸のままだ。どうせ返り血を浴びるのだ。裸なら後で洗い流せば済む。前に言ったかもしれないが、死人に対して羞恥心など無い。何を見られようが気にしない。他の誰かの目や耳に入る事はないのだから。

浴室で仕事をするのにも水洗いするだけで簡単に掃除が出来るからだ。実際に掃除するのは、マスターなのだが、これからも私が入る風呂だ。脱衣所まで汚したくは無い。あちらは、調度品もあり血で汚れると調度品や床を入れ替える必要が出てくる。それは面倒だ。

手早く男共の服を全て脱がせ、所持品を漁る。やはり、身許を明かす様なものは無い。身体に所属を表す様な刺青も無い。所持品は、安物のダガーと香油の瓶だけだ。香油の瓶にはラベルすら貼っていない。出所を探られないためだろう。

一人はバスタブの脚を利用して、暗殺者共が着てきた服やベルトを利用して手足を固定する。

もう一人は、背中側で両手両足を繋ぎ、海老反りの様に縛りつけ床に転がす。

話し合いの準備は出来たが、起きる気配が無いな。もう一浴びするか。少し怒りを鎮めよう。

詳しい事は、本人達に直接聞く方が早い。さあ、楽しい話し合いを始めようか。


下準備もつつがなく済み、鼻歌を歌って自分の機嫌の悪さを誤魔化しながらバスタブに浸かっているとようやく蟻共が目を覚ましたようだ。頭が痛いとか、手足が痺れると呟いている。まだ、本格的に覚醒していない様だ。バスタブの湯をぶっかける。これでどうだ。

「ぶば。ゲホ。何だ動けん。え、お前何という格好してるんじゃ」

「は、お前こそ諸出しで転がされとるぞ。何、ワシも動けん」

じたばた、暴れる二人をバスタブの縁に手をかけながらほくそ笑む。

こいつらは、暗殺者じゃない。そこらのごろつきだ。蝙蝠に雇われた下請けだ。

どうやら、蝙蝠は本気で私を暗殺に来た訳ではなく、挨拶を寄越しただけの様だ。

お前を何時でも殺すことが出来るぞ、常に見ているぞと言いたいのだろう。前回の失敗から精神的に参らせる作戦にでも出たか。つまらん。楽しい話し合いが出来ると思って下準備したが、不要だった様だ。情報は何も聞き出せないだろう。マスターには、私が冒険中に蝙蝠について、調査をしてもらっておいた。その報告書を読めば済むだろう。

離せとか、殺すぞとか、他にも下品な言葉が床から聞こえてくる。挙句の果てには、犯すぞときたものだ。やれやれ、無知とは恐ろしいものだ。この私にその様な暴言を吐くとは。

少しは遊ばせてもらわねば、気が晴れぬ。

「お前ら、所属と目的を言え」

「は、何のことだ。ちょいと覗きをしただけで、ここまでしなくても良いだろう。早く離せや。ぶっ殺すぞ」

海老反りに縛った男が恫喝してくるが、今の姿でどうやって私を殺せるのだ。

バスタブから出て海老の男の顔の前にしゃがみ込む。

「うひょ~。いい眺め。ぼぼが丸見えじゃないか。てめえ恥ずかしくないのかよ」

「質問に答えろ。所属と目的を言え」

「何だ、相棒はそんないいものが見えているのか。こっちはケツしか見えないぞ。俺にも見せろや。これを解いたら、廻してやるから楽しみにしとけよ」

海老から話し合いをするつもりだったが、予定変更だ。癇に障った。バスタブから話し合いを始めよう。改めて、バスタブに括り付けた男の顔の前にしゃがみ込む。

「相棒の言う通りじゃねえか。最高の眺めだな。サービスしろよ、このアマ。さっさと解け」

「質問に答えろ。所属と目的を言え」

「はぁ~。他に喋れないのか。それよりも俺の分身を何とかしてくれよ。てめえのせいで昂ぶっちまった」

ちらりと、みると確かに分身が怒張している。下半身でしか物事を判断できない知性体か。話し合いは無理だな。弄って終わるか。

「今、見たのはこの両目よね。お駄賃を貰うか」

無造作にバスタブの男の右眼に垢すり棒を突き刺す。眼球が潰れる感触が伝わってくる。

「んぎゃ~!」

唐突の痛みにバスタブが叫ぶ。

「そういえば、左目でも見たな」

垢すり棒を躊躇いなく、左目に突き刺す。同じ様に眼球が破裂する感覚が伝わってくる。これでバスタブは、完全に一生失明だ。だが、それは些末な問題でしかない。まもなくバスタブと海老の寿命は終わるのだから。

「で、所属と目的は何?」

「目が、目が…」

「なぁ、バスタブ。最後に良いものが見れて良かったな。で、所属と目的は?」

「所属って何だ?酒場でお前を好きにしていいって言われて金を貰っただけだ」

「それだけ?」

「あぁ、本当だ。ちょいと良い目が見れたらと思って来ただけだ。だから、早く離せ。とっと帰って忘れるからよ」

やはり、使い捨てか。得るものなし。この怒りを晴らす為、私の遊びに付き合ってもらおう。

「おい、海老」

海老反りの男に声を掛ける。

前触れも無く、相棒の両目を簡単に潰すイカレタ女だという、怯えた目で私を見つめる。

少しは、海老の方が賢いか。いや、五十歩百歩だな。

「はい、なんすか?」

完全に委縮モードに入っている。こんな美少女が全裸で何も隠さずに居るというのに、海老の分身は縮こまり、何処にあるのか探すのに一苦労だ。余程、私が恐ろしいらしい。

「バスタブが昂ぶって、困っているらしい。相棒だろう。処理してやれよ」

「へ?いや、動けないし手も塞がっているんで無理っす」

「そうなのか。本当に無理なのか。今までの女にしてもらった事を思い出せ。相棒の目の前までは、飛ばしてやる」

美少女の力で大人の男を蹴飛ばしたところで動かせない。海老の背後に回り、狙いをつける。

背中の上辺りに優しく気弾でもあてれば、うまく転がせそうだ。

『気弾』

魔力を極限にまで絞り、殺さぬ様に海老の背中に空気の弾丸をぶちあてる。カエルを踏んだ時の様な声を出しながら、海老は床を狙い通りに滑っていき、バスタブの分身に海老の顔面が直撃する。

両目を潰された影響かバスタブの分身も縮こまっていた。根性なし共が。

「おい、海老。早く、相棒の昂ぶりを抑えてやれよ」

「待ってくれ。縛られたら何も出来ねえし、やり方なんか知らねえよ」

小銭で動く小悪党が何を言うんだか。散々、自分でさせてきたはずだ。やり方は熟知しているはずだ。

「分かっているんだろう。手が使えないのであればどうすれば良いか。今までに手籠めにしてきたのじゃないのか?」

「いや、あれはお互いの同意があってしたわけで、向こうから頼んできたから、断らなかっただけだ」

「つまり、人質や暴力で許可を取った訳だ。では、私もそうさせてもらおう」

海老の足の指を垢すり棒を使って、逆に方向に折り曲げる。梃子の原理を使えば、骨を折るのには力は要らない。骨を折られた痛みで海老が叫ぶが気にしない。

「なぁ、今までに何人と同意したんだ?」

「二十人以上は…」

「困ったな。指の数以上じゃないか。一人一本のつもりだったが、足りない分はどうしたものか」

「待て!いや、待って下さい。思い出しました。します、すぐにしますから」

「最初から素直にやれ」

海老が、恐る恐る舌を出す。そして、躊躇いながらもバスタブの分身を一舐めする。

「終わりました。ですから解放して下さい」

三十代の男が泣いている。大粒の涙を流しながら泣いている。

「ふ~ん。で、お前達は、そこで止めたのか?」

「えっ…」

「そうだよな。止めなかったよな。最低でも出したよな。そこまでやれ」

また、足の指を一本折る。

海老が悲鳴を上げた後、息を整えバスタブの分身にしゃぶりつく。涙が止まらない位に嬉しい様だ。

バスタブの分身は、この状況にもかかわらず力を取り戻していく。生理現象には、絶対に勝てない。

女が濡れるのも気持ちが良いからではない。防衛本能によって身体が怪我しない様に潤滑油として分泌しているに過ぎない。馬鹿共は、それを感じていると誤解しているだけだ。


数分後、あっさりとバスタブは果てた。同性は弱点を知る。

「飲めよ。大事な相棒のだろう。吐き出したら、折るからな」

海老の喉がぐびりと動く。どうやら飲んだらしい。

「口を開けてこちらに見せろ」

海老が大人しく、こちらに口の中を見せる。碌に歯も磨いていないのだろう。黒ずんだ歯が多数並んでいる他には何も見当たらない。しっかり飲み干した様だ。

「良かったな、バスタブ。相棒が昂ぶりを抑えてくれたぞ。感謝しろよ」

バスタブは、歯をカタカタ言わせながら震えている。今頃、誰を殺そうとしたのか理解し、恐怖しているのだろう。バスタブは、恐怖で完全に固まっている。分身も果てた為なのか、恐怖の為か、すでに縮こまっている。

「おい、海老。逃げ出した娘には、どうやってお痛をしたのだ?」

海老の顔色が蒼白になる。余程、酷いことをしたらしい。

「早く、答えろ」

「捕まえて、逃げられぬ様に…」

海老の声がドンドン小さくなっていく。

「聞こえん。ハッキリ言え」

「手足を折って、やりました…」

海老がうなだれる。まぁ、予想通りか。では、同じ目に合わせてやろうか。

「そうか、そこまでしてしたいのか。分かった。その前に一つ聞きたい。腹でするのが、好きな奴はどっちだ?」

バスタブが震え、海老がちらりとバスタブを一瞥する。ほんの一瞬の事だが、私は見逃さない。

「そうか、バスタブは女の腹に穴を開けてするのが好きなのか。そうかそうか。趣味は人それぞれだ。なかなか理解を得られないよな。相棒にすら理解されていないみたいだしな。お互い経験してみたらどうだ。相互理解という奴だ。バスタブは、海老にスッキリさせてもらったし、海老にもスッキリしてもらわないと不公平だと思わないか?」

「いえ、もう勘弁して下さい。両目が見えないんです。もう生きていけません。どうか許して下さい。」

「私も許して下さい。もう一度、舐めろと言われるのなら舐めますから命ばかりはお助けを」

私は、今怒りで脳が沸騰しそうなのだ。誰が助けるか。

「海老、今から戒めを解く。バスタブに穴開けて突っ込め。お前もスッキリしたいだろう」

「勘弁してくれ。俺にはそんな趣味は無いんだ」

海老の顎を蹴り上げる。数本、歯が飛んで行く。

「お前に選択はさせない。私の言う通りにしろ」

ナイフで海老の拘束を解き、海老の目の前にナイフを転がす。鈍い金属の音が浴室に木霊する。

「ほれ、刺せ」

海老が恐る恐るナイフを掴み構える。多分、こちらに来るだろう。

「死ねや!あま!」

はい、予定通りです。

『気弾』

右手から空気の振動弾が発射され、海老の鳩尾を抉る。その場に崩れ落ち、胃の中の物を盛大に吐き散らかす。血も大量に混じっているが、問題ない。これでも威力は大分抑えている。そうでなければ、防具をつけていない海老の身体は、二つに千切れている。

浴室内が酸っぱい臭いで満たされるが、私は気にならない。戦場で嗅ぎ慣れた臭いだ。しかし、バスタブはそうでもなかったらしい。臭いに刺激され、同じ様に吐いている。

「甘く見過ぎだ。女が弱いと思っていたのか。強さに性別は関係ない。さっさと命令通りにしろ」

海老が震える手でナイフを掴み直す。次はバスタブの腹を見ている。私に抵抗する無駄を悟った様だ。ゆっくりとバスタブに近づきへその辺りにナイフを突き立てる。

バスタブが絶叫を上げるが、海老は心が折れ、完全に私の支配下にある。バスタブの絶叫も耳に入らず、萎びれた分身を無理やり腹に刺しこみ、動きが止まった。

もうこれ以上は、私が見るに堪えない。もういい。終わりだ。

『氷筍刺突』

私の目の前に長さ一メートル、直径二十センチほどのつららが一本出来上がる。大きさは、魔力の加減でいくらでも調整できる。今回は、このサイズで良いだろう。

海老の背後からつららが刺し貫く。繋がっていたバスタブも同時につららに刺し貫かれる。

すぐに蟻二匹は絶命した。

返り血も浴びていないが、軽く掻いた汗をシャワーで流し、脱衣所へ向い扉を閉める。

こちらは、香油の良い香りがまだ漂っている。

少しは、怒りが収まった。だが、これは正義感じゃない。私には正義感は無い。義憤を感じることも無い。そう、私への対応に腹が立っただけだ。それだけのはずだ。

きれいに体の水分を拭き上げ、替えの冒険着に着替え、一階のマスターのもとへと行く。

「マスターごめん。また、風呂場を汚した。掃除を頼める?」

「はい、かしこまりました。ミューレさん。早急に致します。ちなみにウォンさんがテーブルでお待ちですよ」

衝立から覗くとウォンがエールを飲みながら、待ちほうけている。少し遊びに時間を掛けすぎたか。

今回は、返り血とかを浴びていないし、ウォンには気づかれないだろう。

何食わぬ顔でウォンが待つテーブルに着く。

「何だ、冒険着か。少し遅いからおしゃれの一つでもしてくるかと期待して損したな」

「期待させてごめんね。すこし、お風呂で寝たみたいで遅くなった」

「どうせ、カタラがまだだ。夕食は揃ってからだろ」

「ええ、明日の打ち合わせもしたいしね」

「ま、男はいつも待たされるものさ」

そう言って、ウォンは窓の外を眺めながらエールをまた一口飲んだ。

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