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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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35/61

35.中休み

レッドドラゴンの生死を確認したウォンとロリ、そして途中でナルディアが合流し、パーティー五人がブラフォードの焼け焦げた死体の周りに集まった。

ブラフォードは、走っていた時の姿勢のまま、こんがりと焼けている。魔法の物品だけが、焼けずに元のまま残っている。さて、こいつをどうしたものか。

「フハハハ、どうだ。我の魔法の威力は、トカゲも身動きが取れなかっただろう」

「あぁ確かに良い目くらましにはなったな。あと、地味にダメージを蓄積していたな」

「その様な筈は無い。我の力が今回最も貢献したであろう」

「ロリが思うに、一番の活躍はミューレだよね。お尻に腕を突っ込んだんだよ。ロリにはできないよ。プププ」

「ふ、それは我の魔法の援護があってこそ。やはり、我が殊勲賞だな」

「なら、お前が次にやってみろ。私が魔法で援護してやるから、ドラゴンの穴に腕を突っ込んでこい!」

「ロリもミューレの言うとおりだと思うよ。今度してみたら、手伝うよ」

「いや、その…、前衛は、我の体力では少し厳しいかもしれんな。それに我はミューレと違って、鎧を着込めぬ」

「ナルディアも鎧を着ればいいんじゃないか」

「ウォン、我の場合は鎧を着込むと詠唱の動きに支障が出る。鎧によって手の動きの範囲が狭まる。そこの耳長族と同じにするでないわ」

耳長族って、悪口のつもりなのだろうか。実際にエルフ族は、耳が長い身体的特徴だからその呼称も間違いではないのだが、ナルディアの語彙は相変わらず貧相だ。

「俺にはその理屈がさっぱり分からん。確かに、ナルディアには体力的に鎧を着て前衛で戦うのは、無理そうだな。だが、ミューレは、プレートメイルを着けたまま、ナルディアと同じ呪文も唱えていたし、舞っていたぞ。何故、体力は別として、大魔法使いさんにはできないんだ?」

「それは、詠唱の最適化が出来ていないから。人間には無理だ。私だって百年近くかけて身につけた技だもの。人間の寿命では、身につく前に土の中だ」

「そういうものか。魔法とはつくづく俺には縁がないな。で、レッドドラゴンの内部爆発の種明かしは、そろそろどうだ」

「我の詠唱が完璧でないと言うのか!この大魔法使いナルディア様の魔法は、芸術の域に達しておるのだぞ!」

「そこが勘違いの原因だ。自称、大魔法使いさん。魔法は、芸術じゃなく学術だ。詩的な呪文を作るよりも、精霊が誤解しない明確な指示を如何に単純に表す呪文にするかが、一番重要な事だ。見栄えや韻を大事にしている様では二流だな。術式の無駄をそぎ落とす事が最も研究すべき事だ」

「あのう、ブラフォードは…」

「我の研究が無駄だと言うのか!」

「今の時点で止めれば無駄。そこから無駄を減らせば意味はある」

「その理屈でいけば、ミューレの秘術こそ無駄の塊りではないか。十分近く舞い続けて完成するなど、ナンセンスだ」

「ブラフォードを…」

「その欠点は、ナルディアの指摘通りだ。現在も秘術の分解と再構築をして、詠唱時間の短縮を目指している。つまり、無駄をそぎ落としている最中だ。大魔法使いを名乗るならば、ナルディアも秘術の一つでも披露してくれて良いのだぞ。」

「我は、数多ある上級魔法を可能な限り、多く習得する事に集中している最中。そんな戦闘での使い勝手が悪い魔法なぞ不要だのう。」

「質より量で勝負か?魔法使いとは思えぬ非論理的思考だな。そんなおつむでは、秘術に手を出すだけ時間の無駄だな。世の理を知る事は一生叶わぬな。そういうことか。たくさんの魔法を収集することに注力するとは、自分の事が良く分かっているじゃないか」

「そろそろ、ブラフォードを…」

「ふ、貴様の物言いだが、長生きしているだけで、十年勉強しただけの我の魔法力と変わりないではないか」

「次は、魔力量で対抗するのか。そこは確かにほぼ同じだな。ならば、高速詠唱はできるのか。インテリジェンスソードとの二重詠唱はできるのだろうな。私と同じ魔法力なのだろう。だが、勘違いするなよ。魔力というタンクの容量は同じであっても、一度に使う魔力は最適化され、ナルディアより少ない魔力にて魔法を行使できる。つまり単純な魔法の詠唱回数であれば私の方が多い事になる。ちなみに魔法の研究だけでなく、剣術の研鑚も同時にしていることを付け加えておくぞ」

「く、そ、そこは研究内容が違う為だ。我が研究していないだけだ。我が研究すれば、同じ様に最適化は出来る。だが、もっと高尚な研究に貴重な時間をさいておるのだ!」


「ブラフォードの蘇生をしないのですか!」


ついにカタラの堪忍袋の緒が切れた。ナルディアで遊ぶのはここまでだな。

ちなみにウォンとロリは、口論が始まったぐらいから手頃な瓦礫に腰かけ、剣の手入れをし、こちらを見て笑いながら観客になっていた。いつもの事だ。

折角、自称大魔法使いをこれから口で叩きのめす楽しみが始まろうとしていたのだが、ここは戦場だし、次回に持ち越すか。何よりもカタラが本気で怒ってしまった。これは宜しくない。

カタラの説教を聞くのはつらい。長時間に亘り、神の愛とやらを説教される。神の存在を信じないエルフ族に信仰心を求めるのは意味が無い事だが、こればかりは何度言っても理解してもらえない。全ての魔法は精霊によって発現するのだが、実際に精霊を召喚して見せても神とは別の存在だと信じている。教会も精霊と神は別の次元の存在であると説いている事に問題がある。カタラのせいではないかな。

「まだ、蘇生はしない」

あっさりと私は否定する。奴が居るとまとまる話もまとまらない。今後の方針を決めてからで良いだろう。

「我も同じだ。まだ蘇生は不要だろう」

ナルディアも否定する。やはり、論理的に考えると後回しの結論になるよな。

「ロリは、どっちでもいいよ」

ロリが深く考える訳ないな。しかし、遊び友達が転がっているのに、それでいいのか。

「ほっとけ、後回しだ。どうせ、一連の攻防も知らずにドラゴンの尻に手を突っ込んだという話だけ取り上げ続け、まともな話し合いができなくなる。後だ、後だ」

カタラの提案にウォンも完全否定するとは非常に珍しい。今回のロリとブラフォードの勝手な行動に相当腹を立てているようだ。これは、ブラフォードを復活させた後にロリへも今回の行動に関する追求が行くな。巻き添えでドラゴンブレスを浴びた時は、ロリもぶっ殺すと考えていたが、今回は疲れたし、ウォンに後始末は私の分もしてもらおう。

カタラの表情が少し寂しげだが、憂いを含んだ表情も美人は絵になるな。

「じゃあ、内部爆破の種明かしをしようか」

どうせ、魔法の細かな説明をしても通じない者がいる。話を端折ることにし、説明を始めた。


レッドドラゴンの外面が固いため、内側から攻撃する必要があると判断した。

レッドドラゴンの体内に埋め込んだのは火炎爆裂の魔法をダイヤモンド化した物を六つだ。光り物だと目立つ為、あえて表面を土で汚し前後、つまり尻に三つ、口から腹へ三つずつ埋め込んだ。口から腹へ埋め込ますには、怒らせる必要があり、右手ごと喰らわせるのが有効と考えた。では、怒らせるにはどうすべきか。自分がされたくない事を相手に仕掛けるのが有効だ。自分が一番されたくない事と言えばと、思いついたのが尻の穴に腕を突っ込む事だった。

効果てきめん、レッドドラゴンの怒りはすぐに最高潮に達した。

予定通りに右手を喰いちぎられ、前後に各三つの『火炎爆裂』の種を埋め込むことに成功した。そして一回目の爆発は、五つだけに留め、腹の一つを隠し玉として残しておいた。

レッドドラゴンは、全てが爆発したと思い込んでいた様だが、現実は違う。ドラゴンブレスを吐く時に爆発させることにより、体内にさらに穴を開け、自身の火炎で身を焦がさせることを意図した。

ドラゴンブレスはあくまでも、ブレスの通り道だけが強化され、自身に影響を与えない構造にできている。これは今までのドラゴン戦で気がついたことだった。

他の毒を持つ動物もそうだ。自分の毒に耐性を持っていないことが多い。

ならば、通り道以外に通路や穴を開けてやれば、内部から自身のドラゴンブレスが己の身を焼き尽くすことになる。

その為、柔らかい内臓の破壊がスムーズに行われ、戦闘力と行動力を削ぎ落とすことができるだろうと考えた。

結果として、特にラージ級が最大まで高めたドラゴンブレスだ。それはもう、高温高圧で効果抜群だった。

ここまで計算通りに行くとは思っていなかった。

戦闘中にダメージをもっと喰らう予定だったが、意外にもほぼノーダメージでいけたのは嬉しい誤算だった。失われていた体力をカタラがこまめに回復させてくれていた為、秘術が使えると途中で判断し、予定を変更し、秘術で確実に止めを刺した。

「ということだが、何かある?」

魔法を使わない戦士組にも分かる様に説明したつもりだが、理解してもらえただろうか。

「とりあえず、お疲れさん。がんばったことは良く分かった」

ウォンに肩をポンと叩かれる。つまり、意味が通じなかったということか。

まぁいい。経過より結果だ。少しは褒めて欲しかったが、気持ちを切り替えよう。


「今後の行動は、どうするか意見はある?」

説明も終わり、次の行動に移さねばならない。今回の冒険は、ドラゴン退治で完結では無い。

「まず休息を一番に取るべきです。特に皆の魔力が枯渇しています」

カタラからもっともな意見が出る。この戦いは、魔法戦と化し、肉弾戦は防御優先だった。

「確かに我も少し疲れがあるかな。ここは、カタラの言う通りに、魔力の回復を最優先にすべきであろう。最もまだ冒険を続けることも可能であることは、付け足しておくがな。フハハハ」

虚勢をはっているが、ほぼ魔力を使い切り凡人と化したナルディアもカタラの案に乗る。

「魔法使い、魔力が無ければ、只の人。だもんね~。ロリも疲れちゃったから休みた~い」

ロリも戦闘では、敏捷性に任せた激しい動きを繰り返していた。確かに疲れが残るだろう。

「そうだな。疲れているみたいだな。休むか」

ウォンは他人事のように言う。確かに、ウォンは有効打を浴びてもいないし、呼吸の乱れも無い。本当は、疲れていない様だ。

「なぁウォン。本気出した?」

つい気になり、言葉に出す。

「何を言っているんだ。俺は本気だったぞ」

「はいはい、分かりました。攻撃には本気出してない。周りの援護というか防御を優先したのでしょう」

ウォンの目をまじまじと見つめる。ウォンの目が上を見たり、下を見たり挙動不審に陥る。

「ミューレには隠せんか。今回は攻撃力が充実していただろう。防御役に徹した方がパーティーの生存に繋がると思ってな」

無造作に後ろに流した髪を掻きながら呟く。はて、何か落ち着かない要素でもあったか?

実際に筋肉馬鹿の自爆以外に大きな被害はない。ウォンが防御を頑張ってくれた証しだろう。ラージ級のレッドドラゴンと戦闘を行って死者一名で済んだことは奇跡に等しい。

「では、休息は最初の広間の二階の一室にし、明朝よりこの奥を調べるという事でいいか」

「了解」

「よかろう」

「分かったよ~」

「承知しました」

全員の了解を得たし、部屋へ移動するか。いや、忘れ物があったな。

「ところで筋肉馬鹿を蘇生させる?」

「任せた」

異口同音で皆から返事が返ってくる。

ブラフォードの死体を再度確認する。見事にこんがりと焼けている。これを安全な場所まで移動させようとすると末端部分だけでなく、手足がもげるのは間違いなさそうだ。

「カタラ、手足がもげたら後が大変?」

「はい、蘇生後に欠損部分の再生を行う必要があります。出来ることならば、このまま蘇生を行う方が良いでしょう。蘇生させる魔力はあります」

やはり、そうか。この馬鹿は何も活躍もせず、手間ばかりかけさせる。仕方ないか。蘇生が可能なら後の事を考えれば、今、蘇生をした方がカタラの為になるか。

「分かった。では、カタラを中心に円陣を組み、全員で周辺警戒。カタラの蘇生の邪魔をさせるな」

カタラがブラフォードの傍らに屈み、天へ祈りを捧げ始める。

『生死還元』

ブラフォードを白い光球が包み込む。中は白い幕がかかっている様な状況で伺うことは出来ない。カタラが静かに一定のリズムで神への祈りを捧げている。どうやら時間がかかりそうだ。先に詠唱時間を聞いておけば良かったか。

その間に私を含めた残った四人が円陣を組み、敵の襲来に備える。もしかすると、城内のモンスターはすべて排除したかもしれないが、まだ城の奥を調べていない。油断は禁物だ。

警戒が杞憂であるに越したことは無い。

カタラの天への祈りの声だけが広場に響く。ウォン達も疲れていたのだろう。ブラフォードの蘇生が完了するまで会話は無く、敵の襲来も無かった。


ブラフォードを包む光球が消えた。蘇生が完了したのだろうか。

「無事、蘇生できました」

カタラが告げる。魔法の詠唱時間は五分程だろうか。四肢再生より蘇生の方が、詠唱時間が短いのが不思議だ。恐らく、四肢再生の魔法が効率化されていないのだろう。

教会での魔法の需要は、蘇生の方が多いと考えれば辻褄が合うか。

蘇生や四肢再生は、一軒家が建てられる程の高額な寄付を求められるが、あくまでも寄付なので、寄付を断っても魔法をかけてくれる。ただし、成功率ゼロだ。寄付を断れぬ様にわざと失敗しているのだろうと、冒険者では有名な話だ。

その実態を何も知らない一般人は、教会に行って魔法をかけて貰えたという事実に納得し、失敗しても神への信心が足りなかったと勝手に結論付ける。

貴族階級が戦場で手足を失っても再生されるのを見て、信心深いから再生されたと一般人は信じている。もちろん貴族階級は、要求された寄付額を値切ることなく支払っている。一度、値切った貴族がいたが、値切った割合に応じて再生されたそうだ。自分の手足に対して値切る馬鹿対策として非常に有効だ。その貴族は、すぐに値切った額に追加金を増やして、完全再生してもらったそうだ。

ちなみに、軽微な怪我や病は、無料で直してくれる。ひらたい話が、駆け出しの僧侶の実験台だ。練習台は、多い程良い。ゆえに、教会の権威は貴族に匹敵する程に高い。

よくできた商売だ。ただし、蘇生は外傷によるものに限られる。病死には魔法が効かない。蘇生した瞬間に病が生命力を奪い去るというのが、教会の見解だ。事実かどうかは、私が僧侶ではないから分からない。

カタラは、そんな貴重な魔法を自由に使いこなせる。私達のパーティーに存在することが奇跡だ。カタラに何度、命を救ってもらったことだろう。カタラだけは絶対に怪我をさせてはならない。

ブラフォードがむくりと起き上がり、しばらく呆けている。状況が分かっていないのだろう。どうせ話しかけても怒声が返ってくるだけだ。放っておこう。

「貴様ら!よくもワシをないがしろにしてくれたな!」

ブラフォードの開口一番がやっぱり怒声だった。ようやく、記憶が戻って来たらしい。

「で、トカゲはどこじゃ!ワシが退治してくれるわ!」

「そこで死んでるよ~」

ロリがニコニコしながら、レッドドラゴンの死体を指差す。

「何じゃ、この魔法を乱発した後は。ち、ワシがおれば一撃でトカゲの首を落としてくれてやったものを。さっさと蘇生させぬから、魔法を無駄打ちするのじゃ」

ブラフォードの話を聞いているだけで腹が立ちそうになるが、馬鹿の話を真に受けていては自分を貶めるだけだ。ここは無視するに限る。

「フハハ、死人に口無し。好きに言うが良かろう。我の魔法に恐れ慄け」

ナルディアが、さも自分の魔法で倒したかの様に振る舞う。事実は、ブラフォード以外の皆が知っている。筋肉ダルマに知ってもらう必要は無いし、馬鹿に説明するのも面倒だ。好きにしてくれ。

「はい、休憩します。休憩所で話を続けて下さい」

カタラがニコリと笑い、話を止める。

「うむむ。カタラがそう言うのであれば、仕方あるまい。蘇生をしてもらった恩もあることじゃし、ここは言う通りにしよう」

ブラフォードもカタラには頭が上がらない。ある意味、カタラが真のリーダーとも言えるかもしれない。

パーティーは、いつもの隊形を取り、周囲を警戒しつつ休憩所へ何事も無く到着する。

とりあえず、ウォンがブラフォードに扉にバリケードを立て掛けさせる。

意外にもブラフォードは、小声で文句を言いながらも素直にバリケードを構築する。ドラゴン戦に負い目があるのだろう。

「さて、立哨だが申し訳ないが戦士組のみで頼みたい。魔法組は、まとまった睡眠を八時間とらなければ魔力が回復できない。ウォン、後は頼む。実は非常に眠い。よろしく」

すぐに鎧を脱ぎ、マントで身体を包み込み、目をつぶる。

昨日、今日と身体の一部を失い、精神的なダメージが回復していない。体力は、カタラの魔法でいくらでも直してもらったが、ストレスはさすがに魔法では回復はしない。

四肢を失うのは、非常にストレスがかかる。試しに利き腕を使わずに食事をしてみればすぐにわかる。ステーキを食べようにも切れない。パンにバターを塗りたくともパンを持つか、バターを持つかの二者択一で塗れない。そんな日常が送れないだけで、途轍もないストレスがかかる。

トイレにしてもそうだ。ズボンの紐をほどき、脱いで用を足し、紐を結ぶ。こんな無意識に行っていることですら、時間をかけ、または人に助けてもらって初めてトイレを済ますことが出来る。

人間の身体が、便利に出来ていると感じるのは、あくまでも五体満足であることが前提条件だ。前提条件が一部でも崩れれば、これほど不安定な存在は無い。

パーティーにカタラが居てくれたことに本当に感謝だ。誰もがカタラに頭が上がらないのは頷ける。私自身、カタラに頭が上がらない…。そこで考え事が途切れた。


不覚にも戦場であるにもかかわらず、深い眠りだった。余程、疲れていたのだろう。普段であれば、呼びかけられれば即座に覚醒するのだが、今回は、未だに寝ぼけている。

「ミューレ、起きて下さい。睡眠をとって九時間は経っています。魔力は回復していませんか」

カタラの声だ。どうも、頭に話の内容が入ってこない。何をすれば良いのだ。

「目を覚まして下さい。冒険の時間です。起きて下さい」

そうか、冒険中だった。熟睡している場合ではなかった。

「済まない。どうも疲れが酷かった様だ。今、覚醒させる」

自分の頬を軽く叩く。軽い痛みで徐々に目が覚めてくる。ようやく、現状を確認する。

「ウォン、敵襲は?戦士組の休息は?」

「いや、無かった。静かなもんだったよ。立哨もローテーションで立てたし、問題ない」

「ミューレ待ちだ」

私以外は、冒険の準備が整っており、目の前に簡単な食事が用意されている。パンと干し肉だ。石床で体が冷え、温かい物が欲しいが無理は言えない。

「カタラ、ありがとう」

「どういたしまして」

固い干し肉をかじる。ゆっくりと噛みながら少しずつ柔らかくしていく。

「みんな、すまないが、ドラゴンに右手と一緒に篭手も食べられたので、代わりの鎧が欲しい。それらしい物を見つけたら譲ってくれると嬉しいのだが」

「前衛が、鎧なしじゃ戦力にならんな。俺は良いぞ」

ウォンがすぐに私の希望を聞いてくれる。

「ふん、戦士がトカゲに篭手を奪われるとは情けない。仕方あるまい。右手だけ素肌の戦士など見っとも無いからのう」

意外にもブラフォードが賛成してくれた。一番、装備品や宝に執着を持ち、所有権を最後まで主張するのだが、拍子抜けだ。私が寝ている間にドラゴン戦の事実を聞いたのか。

他の者からも異議は出なかった。確かに剣士が、右手だけ無防備というのは見た目が悪いな。

愛用の鎧は、強化魔法が掛かっていて鋼の硬度を上げてくれていた。しかし、それは全てのパーツが揃っていなければ効果を発揮しない。今はただのプレートメイルだ。デザインが流麗で気に入っていたのに残念だ。

ドラゴンの財宝の中に程度の良いプレートメイルがあれば良いのだが…。

遅い昼食か早い夕食になるのかは分からないが、食事を終え、すばやく身支度をする。

「ぷぷぷ、完全武装で右手だけ素肌丸出し。間抜けな姿だな」

ウォンに気にしている事を笑われた。とりあえず、回し蹴りを放つがあっさりと盾で正面から受け止められた。純粋な筋力では勝てないか。

「みんな、お待たせ。では、レッドドラゴンが溜め込んだ財宝がある事を祈って出発しよう」

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