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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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32/61

32.赤龍攻防戦1

私が『空間移動』で後方へ瞬間移動した直後、レッドドラゴンを中心に魔法による飽和攻撃が始まった。

ナルディアが持てる魔法を駆使し、炎、水、風、土の四大精霊を使役し、レッドドラゴンへ効率的にダメージを加え続ける。目の前で爆発の瞬間に石壁が回り囲み、爆風が効果的にレッドドラゴンを巻き込む。さらに石壁が盛大に弾け飛び、拳大の礫が四方八方より降り注ぐ。

四方八方より真空の鎌が襲い掛かり切り刻む。小指の半分にも満たない太さの超高圧水流が地面より槍の如く突き上がる。

もうもうと立ち込める土煙と爆炎の為、状況は分からない。レッドドラゴンにどこまでダメージを与えているか確認できない。しかし、あれだけの巨体、視界がゼロでも魔法を外すことは無い。

『火炎断絶』

この間にカタラが私達に火炎攻撃を緩和してくれる防御魔法をかけてくれる。

天より光のマントが五人分舞い降りてくる。私のところにも一枚光のマントが舞い降り、全身を包み込んでくれる。これで火炎攻撃によるダメージを緩和してくれるはずだ。ドラゴンブレスの直撃で死ぬことはないだろう。

生き残っている全員を包み、光は消えた。

『光幕防』

続いて、カタラが呪文を唱える。目の前に光のカーテンが出現し私の身体を包み込む。

これも物理的攻撃や魔法攻撃によるダメージを緩和してくれる魔法だ。

この間にも、私も持てる火力を注ぎ込んでいる。

『火炎爆裂』

『火炎爆裂』

とりあえず、すぐに詠唱できる呪文を撃ち込んでいく。レッドドラゴンの反撃が無いうちに少しでもダメージを与えておきたい。今なら一方的に攻撃が出来るチャンスの様だ。不意を打てた。

あちらさんは、戦闘開始と同時に連携攻撃が行われると思っていなかったようだ。

こちらの事を虫けらとして完全に舐めてくれていたおかげだ。

ちなみにレッドドラゴンだから、火炎の攻撃が効かないと云う迷信が一部の冒険者の中で信じられているが、全くのデタラメだ。普通の動物と同じ様に効く。ただ、身体をほぼ全身を覆う鱗に阻まれ、効きにくいというのが真実だ。つまり、ドラゴン族全体に云える事で、魔法攻撃や物理攻撃が鱗に阻まれ、有効打になりにくいという事だ。だが、こちらは普通の冒険者ではない。同じ魔法でも普通の冒険者とは火力が全く違う。多少、鱗に阻まれようが確実にドラゴンの肉体を削り取っていく。

無意識に次々と魔法を撃ち込みながら、皆が私とドラゴンとの会話での暗喩を理解してくれて安堵する。

扉から取り出す=空間移動、焼き菓子=火炎魔法、氷菓子=氷魔法、光の出し物=防御魔法、

そして、まだ出番ではないが、肉の切り身=斬撃を暗喩していた。

つまり、私が逃げたら総攻撃してねという意味だ。今まさにその総攻撃状態だ。

だが、正直なところこの攻撃の一割も有効に効いているとは考えていない。

ドラゴンのラージ級は、この程度の攻撃で倒せるほど甘くない。多分、今は怒り心頭で動けないだけだろう。まもなく、怒りが頂点に達し反撃が来るはずだ。気は抜けない。

だが、ナルディアは絶好調だ。というか調子に乗り過ぎだ。

「フハハハ。ナルディア様の魔法を特と味わえ!どうだ、このバリエーションの数々。今までにこれ程の魔法を喰らったことがあるか?トカゲなぞ、我の敵ではないな。フハハハ!」

完全にレッドドラゴンを舐めきっている。反撃は、まずナルディアに行くな。一安心、一安心。


こちらの攻撃が続けられている今の内にカタラに火傷を治療してもらおう。

「カタラ、治療をお願い」

『体力回復』

遠く離れたカタラから、返事代わりに回復魔法を飛ばしてくれる。

火傷でただれた皮膚はみるみると元の美しい肌に戻り、身体の奥底から活力が湧いてくる。

よし、これでドラゴンブレスを浴びる前の状況に戻った。

「ありがとう」

感謝の言葉を述べ、今の内に白兵戦の準備を進める。

『分身現出』

四体の分身を産み出して、攻撃の回避と身代わり。

『魔力甲冑』

魔力を全身に覆い、見えない甲冑化とし、物理攻撃の緩和。

『氷雪付加』

刀身を絶対零度にし、切り刻んだ処を凍傷にし、自然再生をさせない。

私の強敵と戦う際の定番の魔法だ。

もうもうと立ち込める爆炎と砂塵の中で魔法とは違う赤く光る物が一瞬見えた。

「ブレス!防御!」

ウォンが叫ぶ。ウォンが言うのならば、間違いない。まもなく、炎のドラゴンブレスがこちらを焼きつくそうと吐かれるだろう。

レッドドラゴンの怒りが頂点に達したらしい。今見えた赤い光は、ブレスを吐く前の炎のチラつきだ。二人同時にドラゴンブレスを浴び無い様に間隔を開けているが、レッドドラゴンが何をしてくるかは分からない。身体を覆える瓦礫の陰に隠れ、盾を構える。

ナルディアも魔法の連打を止め、身を隠す。

静寂が戻ってくるが、今までの魔法による轟音の為、耳がキーンと鳴り痛みを感じる。ドラゴンの呼吸音が聞き取ることが出来ない。

いつ、ブレスが来る。すぐか、一秒後、それとも五秒後か。盾を握る手のひらに汗がにじむ。

さすがにドラゴン戦を何度経験してもこの瞬間は緊張する。ほんの数瞬が時が止まったかのように感じる。

突然、部屋全体が赤く染まった。すかさず、熱風が部屋の中を荒れ狂う。砂漠や火山の熱気とは比較にならない。じりじりと肌を焦がしていく。

やはり、狙いはナルディア。レッドドラゴンは、魔法連打していた魔法使いに的を絞った様だ。ナルディアが立っていた周辺を炎のドラゴンブレスが念入りに焼き尽くす。

この瞬間、ウォン、ロリ、私はレッドドラゴンへ駆け寄った。

何も打ち合わせはしていない。私達がこの隙を逃すはずがない。

ウォンの強打が右足の脛を、ロリの強打が左足のひざ裏を、私の隙通しが左わき腹を同時に襲う。

ドラゴンの固い鱗が数枚空中に飛び散り、皮膚が見え、そのまま筋肉の隙間を通し、内臓を抉る。絶対零度の刀身がレッドドラゴンの内部を凍結させていく。

ウォンやロリの強打も有効だったようだ。

ドラゴンブレスが止まり、痛みの咆哮をあげる。まだ、追い打ちをかけられる。

剣を腹に刺したまま、手を放しレッドドラゴンへ手のひらをあてる。

『気弾』

胃腸の中の空気が風の精霊の力により圧縮され空気の弾が出来上がるのを感じる。

極限まで圧縮したところで一気に破裂させる。胃腸を空気の鎌が縦横無尽に食い破る。さらにレッドドラゴンが痛みの咆哮をあげる。

筋肉が締まる前に剣を抜き、ついでにもう一突きお見舞いしておく。剣を抜くと同時に凍り付いた血液が雪の様に舞い散る。

私が攻撃をしている間にもウォンやロリも数撃与えているのを気配で感じとっていた。

「己、人間共。好き勝手にしてくれるわ。いい加減にしろ!」

ドラゴンの低く怒りの籠った叫びが腹に重く響く。

『火炎爆裂』

レッドドラゴンが自身を起点に魔法を爆発させる。誇り高いドラゴン族が、自爆攻撃を仕掛けて来るとは予測外だ。ウォン、ロリ、私がレッドドラゴンと共に魔法の業火に焼かれ、爆風に弾き飛ばされる。うまく転がり衝撃を逃がし、回転の勢いが弱まった処で勢いを利用して構え直す。防御用に造っておいた分身は魔法で全て消し飛び、自身にダメージの一部が残る。多少痛みを感じるが、カタラの防御魔法のお陰で最初に喰らわされたブレスに比べれば、遥かに軽傷だ。戦闘に支障は無いし、回復の必要も無い。

「屑どもが好き放題に魔法を撃ち込んでくれたものだな。俺にとっては、大した事は無いとは云え、痛い物は痛いのだ。お前らにはそれが理解できぬのか」

話し好きのレッドドラゴンの様だ。こちらに息を整えさせてくれる時間を与えるなど馬鹿なのか。それとも、こちらの力を未だに侮っているのか。まあいい。レッドドラゴンを冷静に観察する機会が来たようだ。

大量の魔法を撃ち込んだものの、レッドドラゴンが言う通り、ところどころに焦げ目、痣、氷等がついているが、残念なことに有効打は無いようだ。鱗があちらこちらはがれ、皮膚が見えているのは、ありがたい。攻撃の糸口になる。

遠くからの攻撃魔法よりも斬撃や接触攻撃魔法の方がダメージを確実に与えている様に思える。私達三人が攻撃した箇所からは出血を認めるが、遠隔攻撃魔法は鱗を剥したに過ぎない。斬撃を主に攻撃をした方が良さそうだ。魔法は、目くらましや注意を引きつけるのに使ってもらおう。

だが、魔法馬鹿は逆に魔法で何としてでも倒そうと躍起になるだろうな。

ふむ、利用するか。


「フハハハ、トカゲめ。やせ我慢はいかんぞ。我の魔法で本当は泣く程痛かろう。泣いてもいいのだがな。フハハハ」

魔法馬鹿が元気なのが、よく分かった。予想通りにレッドドラゴンを煽っている。自業自得だ。この際、徹底的に目標になってもらおうか。

『遠隔声帯』

離れた所から自身の声を出す魔法だ。声の発生場所をナルディア近辺に設定する。この魔法を使っている間は、自身の口からは声が一切出ない。

「いやいや、トカゲは泣くに泣けぬか。涙など高等な物など持っている筈はないな。フハハハ」

極力、低い声でナルディアの口調を真似る。しかし、自分でモノマネをしておきながら似ていない。恥ずかしい。その時、ロリと目が合った。幻聴が聞こえてきそうだ。

<ロリの方がもっと上手にできるよ。ミューレは、ナルディアの真似が下手だね>

そうロリの目が語っており、口許が笑っている。

ええい、こっちだってレッドドラゴンを怒らすために恥ずかしいのを我慢しているのだ。

ナルディアは、自分は何も言っていないのに勝手にレッドドラゴンを煽りだす為、焦りはじめる。基本的に小心者なのだ。

「ほう、魔法使いよ。まずは主が死にたいということだな。良かろう。主から屠ってくれよう」

「ま、待て。今のは…」

「トカゲに何ができるのだ。せいぜい、火を噴くか噛みつくしかできぬのではないか」

すかさず、ナルディアの発言を遮る。しかし、煽り始めてすぐに尻込みするとは情けない。さすが、馬鹿だ。尻込みするくらいなら、大人しく隠れていれば良いものを。下手に煽るから私に利用される。

「おお、忘れておった。先程、小さい花火を見せてくれたな。スマンスマン。あまりにも貧弱で記憶に残らぬところであった」

「魔法使いよ。なかなか饒舌じゃないか。この俺にあれだけ魔法を放ちながら鱗を数枚はがしただけではないか。何故そこまで誇ることができる?」

「フハハハ。普通のモンスターでは、我の魔法実験に耐えられんからな。順番に弱い魔法を撃ち込んでいただけだがな。次からは初級魔法は止め、中級魔法で遊んでやっても良かろう。これだけ頑丈なトカゲならば、どこまで我の魔法に耐えられるか見ものだな」

私の出まかせにより、ナルディアの状況がますます悪くなっていき、奴の顔が青くなっていく。

実際には中級魔法も撃ち込んでいるのは確認している。さて、ナルディアは、どんな魔法を使ってくるかな。

「俺を実験台だと。たかが虫けらの分際で傲慢な事を考える。では、その自慢の魔法の数々を見せてみよ。一言だけ言っておく。全ての魔法を出し尽くす前に死ぬんじゃないぞ」

レッドドラゴンがニヤリと笑う。

「ほう、トカゲの分際が笑うか。面白い物を見せてもらった。街に戻った折には面白おかしく皆に聞かせてやろう。フハハハ」

すかさず、反論を入れる。ナルディアに反論させる余裕は与えない。ナルディアの顔色は青く、言っている事と全く合わない。しかし、頭に血が上っているレッドドラゴンは、そんな事にも気づいていない。

怒り心頭の様だ。周りが見えていない。ナルディアしか見ていない。戦士組三人など眼中に無い様だ。

ナルディアにだけ聞こえる様に囁く。

「と云う訳で、上級魔法をガンガン撃ち込みなさい。出来るのでしょう。大魔法使いさん」

「はめたな。ミューレ。後で魔法の実験台になってもらおう」

「その前に生き残れるかな?じゃ、健闘を」

「くそー!やってやろうではないか!トカゲもエルフも死ね!」

ああ、怖い怖い。誰だろうねえ。あそこまでナルディアを追い詰めたのは。

カタラからお怒りの視線を感じるが、気にしない。レッドドラゴンに勝たねば、生き残れないのだから、手段は選ばない。勝てる方法があれば、それを選ぶだけだ。生贄一人で勝てるなら安い計算だ。ちゃんと戦闘で勝った後に、筋肉達磨と一緒に蘇生してやる。多分。


『氷筍連撃』

ナルディアの正面に雪が渦巻き始める。すぐに雪は氷となり巨大な氷筍となった。

「味わえ、我が魔力を!」

一本の氷筍が一直線にレッドドラゴンを貫こうとする。その間にも次々と氷筍が生まれ続け、レッドドラゴンへ雨の様に襲い掛かる。

レッドドラゴンは一本目を噛み潰し、二本目三本目を拳で殴り潰す。その間にすり抜けた氷筍がレッドドラゴンの身体を貫こうとするが、堅牢な鱗に阻まれ砕け散っていく。だが、何度も同じ個所に攻撃が集中する為、鱗がはがれはじめ、皮膚が露出してくる。

正面に攻撃が集中している今、自然と戦士組がレッドドラゴンの尾の付け根に集まる。

三人の視線が交錯する。この一瞬で何をするか決まった。

三人が同じ構えをし、同時に同じ斬撃を繰り出す。一瞬のズレも無い。無呼吸で息切れする直前まで三人によるシンクロの斬撃攻撃が続く。ファントム・ソーサリーにも使ったデルタアタックだ。

初撃で鱗が飛び散り、すぐに皮膚が表れる。分厚い皮膚を刻み続け、筋肉にようやく斬撃が到達する。図体が大きいせいなのか、まだこちらの攻撃に気づいていない。ナルディアが繰り出す魔法の対応に追われている様だ。

ロリの息切れを感じ、デルタアタックを終える。尻尾による反撃も考慮に入れていたが、ナルディアへの憎悪が痛みを忘れさせている様だ。ならば、個々で攻撃を続けるのみ。

強力な剣技の一つも入れたいところだが、尻尾に急所となるべきものは無い。レッドドラゴンの攻撃力を削ぐ為に尻尾を切断するまでいかなくとも、使用不能にまではもっていきたい。

分厚い筋肉を通り抜け、神経を切断したい。戦士組の考えは同じ様だ。三人とも同じ目的で斬撃を続けている。

隙通しを使って奥まで刀身を刺すが、神経を斬った感触がない。レッドドラゴンの尻尾は未だに健在だ。余りにも太すぎる。付け根で直径三メートルはあるのではないだろうか。

尻尾に空気の溜まり場でもあれば、気弾の魔法でその空気を爆縮させることにより内部破壊も可能だが、尻尾には空気溜まりは無い。

もう一度、隙通しを使い奥深くまで刀身を刺して抉るが、神経に掠らない。地道に筋肉を削っていくしかないのか。それとも、ナルディアの魔法攻撃に巻き込まれるのを承知で腹部に攻撃を加えた方が良いだろうか。

いや、ナルディア本人は馬鹿に出来るが、魔法の威力は馬鹿には出来ない。レッドドラゴンは平気であっても、こちらは死に至る恐れがある。やはり、安全に攻撃できる尻尾の当たりが手堅いか。この間にも三人で尻尾の筋肉を削いでいくが、尻尾の動きを見ていると効果があるように見えない。

さて、何かうまい手はないか。何時、ナルディアへの怒りも治まり、こちらに注意が来るかも分からない。こちらが優勢なうちに何か強力な一手が欲しい。

その時、ウォンの刀身がキラリと光る。

一つのアイディアが浮かんだ。これは効果的だ。作戦的には下策だ。普段なら採用しないが、手段は選んでいられない。但し、私以外が実行するのであれば何の問題も無い。

しかし、実行するのにはどうしても乙女である私には引っかかる。恥ずかしい。そして痛い。だが、他に出来る者は、ここには私しかいない。全く気が進まないが、勝利の為か…。

ウォンとロリへ目配せをし、一時離脱する。返事も待たず、物陰に隠れる。

レッドドラゴンには見られていないだろう。ナルディアと見た目は派手だが、幼稚な攻防を続けている。その間に急いで準備をしよう。


やはり、この策は止めようか。人前ですることじゃない。だが、膠着状態を打破するにはこれが一番の策だろう。それに思惑通りにいけば、この後をかなり優位に進めることが出来ることは明白だ。仕方ない。実行するしかあるまい。

準備の終わった私は、戦線に復帰する。しかし、剣は鞘に入れたままだ。ウォンがいぶかしかがる。ロリが好奇の目で何が起こるか見つめてくる。

覚悟を決め、右手をギュッと握りしめる。そして、おもむろにレッドドラゴンの肛門に右手を突っ込む。

さすがにこの巨体の肛門、すんなりと入り、抵抗も無い、中は生暖かく、ぐにゃりとした柔らかい物を掻き分け、私の右手の付け根、肩近くまで肛門に入る。

顔の近くに肛門が近づき、腐臭、いや、ハッキリ言おう大便の臭いで吐き気をもよおす。早く、手を抜くために握りしめていた三つの石を直腸に放り捨て、すぐに右手を抜く。

しかし、茶色く染まった右手から便の悪臭が漂う状況は変わらない。肛門から離れても変わらない悪臭の強さが、私を悩ませる。今すぐに風呂に入りたい欲求にかられる。この右手にこびりついた便を今すぐ洗い流したい。臭い、臭すぎる。だが、それもあと少し我慢すれば、おさらばできる。

ウォンとロリは、肛門に腕を突っ込んだ瞬間から、二人して同じ様に指を差してゲラゲラ笑っている。ロリに関しては、床に転がってまで笑っている。こっちはこれから笑い事じゃすまないんだ。お前達、戦闘中だぞ。それもラージ級のレッドドラゴン戦だぞ。気を抜くんじゃない。

普通は、誰も戦闘中にこんな事は考えない。笑われることも予測内。腕を肛門へ絶対に入れないと始まらない。策の一つなんだ。それ以上笑うんじゃない。やっている本人が、他人が見れば馬鹿みたいだろうなと思っているのだから。

さすがに、レッドドラゴンも肛門に腕を突っ込まれのは、生まれて初めての体験の様だ。

おぉ、ふうう、とか言葉にならない声を出し、私を睨む。その顔は、恥じらいというか新しい喜びを見つけたかの様に見えなくもない。ドラゴンの表情は、今一つ読みにくい。怒りや喜びは、一目で分かるのだが、ドラゴンが恥じらったりしているところを今までに見たことが無いから、正直自信が持てない。というか、ドラゴン族に恥じらいなどの感情などあるのだろうか。

ナルディアの魔法をまともに横顔に喰らい、血を流しながらも私から目を離さない。激怒の表情に変わった。

やはり、逆鱗に触れたか…。そうだろう。私がレイプされたら絶対に許さない。何があっても犯人を八つ裂きにする。だが、実際はその様な事態はありえないだろう。服を脱がす前に、犯人の命は無い。未遂だろうが、計画だけだろうが、私が許すはずがない。

なら、レッドドラゴンはどうだろうか。やはり、同じだろう。この様な屈辱を受けるのは生まれて初めてだろう。いや、もしかするとドラゴン族の中でも初の屈辱なのかもしれない。

他の冒険者にドラゴンの肛門に腕を入れるという発想は出て来ないだろう。間違いなく、私が世界で最初にドラゴンの肛門に手を入れた人類という称号を得ただろう。

引き換えにレッドドラゴンの怒りの表情は、今までに出会ったドラゴンの中で最も凶悪な顔になっている。

ナルディアから攻撃魔法を受けて続けているにも関わらず、私の方にゆっくり歩みを進めてくる。標的は完全に私に切り替わった。

ポシェットへ手を突っ込み、中の石をしっかり握りしめ、右手で防御態勢をとる。分かっている。右手でドラゴンの攻撃を防げるわけがない。だが、この汚い手で剣は握りたくない。この剣は、非常に気に入っており、汚したくない。

さすがに、事態の変化にウォンとロリも笑うのを止め、こちらの状況を伺っている。

レッドドラゴンが私の前方二メートルまで近づいてきた。完全に間合いだ。

レッドドラゴンの息が上から降り注いでくる。炎で浄化されているためか、意外にも呼吸は臭くない。無臭だ。目の白い筈の部分は血走って充血し真っ赤に染まり、口からは時折、呼吸に合わせて炎が漏れ出している。

顔中の鱗もすべてが逆立ち、怒りを表している。

私は怯むわけにはいかない。ここで背中を向けて走り出しても食いちぎられるか、ドラゴンブレスをまともに喰らい死ぬだけだ。恥ずかしい思いをした意味がなくなる。

逃げ出したい恐怖と戦い続け、レッドドラゴンと相対する。

最早、会話など不要。そんな状況は、疾うに過ぎている。

また一歩、レッドドラゴンが近づく。私は、無理やり心を落ちつかせる。

レッドドラゴンが動いた。噛みつき攻撃だ。凶悪な歯がびっしりと口の中に並んでいる。

「くそくらえ!」

鼻を狙って右手で殴り掛かるが、避けられ右手の付け根まで咥えられ、一気に噛み千切られる。

右手を失い猛烈な激痛に襲われる。頭の中に火花が走りつづけ、脳が破裂しそうだ。右肩は熱く火照り、赤い赤い血しぶきがレッドドラゴンの顔を染め上げる。

レッドドラゴンは、勝ち誇った顔で私の腕を咀嚼し飲み込んだ。

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