31.赤龍邂逅
さて、この大扉の向こうで敵も無い知恵を絞って待ち伏せをしているわけだが、こちらが無策で飛び込んでも問題ない。ゴブリン三十匹、オーガ二十匹、トロール八匹、ジャイアント二匹など眼中に無い。
だが、ここで無駄な怪我などしたくはないし、同士討ちも困るので、一応作戦を立てておこうか。
「はい注目。中堅パーティーにとっては命懸けだろうが、私達からしたら雑魚。好きに戦闘しても良いが、同士討ちで怪我するのも無駄なので作戦を立てる」
「好きにしてくれ。あまり燃える相手じゃないからな」
「皆が怪我をしないことに越した事はありません」
「カタラがいいなら、ロリもいいよ」
「ふむ。確かに脳筋に突撃されて魔法を打てないのでは楽しくないな」
「ガハハハ、何を怖気ついておるんじゃ。有無を言わさず斬れば良いのじゃ。だが、皆がそう言うのであれば仕方ないかのう。作戦に従おうか。パーティーを組んでおるんじゃからのう」
ま、声が震えている一名を除いて完全に余裕を感じられる。油断では無く、実績に裏打ちされた余裕だ。数字上は六対六十だが、数の優位など一瞬で消し飛ばすだけの実力がある。
逆にそれだけ実力差があれば、作戦というのもおこがましい。単純に私達の攻撃順序と役割を決めるだけだ。
「ウォンが大扉中央で防御態勢。ロリとブラフォードで大扉を開ける。私が右翼からナルディアは左翼から魔法で薙ぎ払う。カタラは、後方警戒。魔法の飽和攻撃完了後、戦士組が突撃白兵戦。魔法組は後方警戒。ちなみに私は魔法組だ。これでいいか」
皆から了解の返事を貰う。本当に作戦と呼べないレベルだ。段取りと言った方が近い。
「じゃ、後はいつも通り成り行きで。作戦開始」
皆が所定の場所に着く。大扉がゆっくりと開いていく。部屋の造りは、こちら側とほぼ同じ階段が無いだけだ。
モンスター共がこちらに走り出してくるが、何匹がここまでたどり着ける事やら。
さあ、好きなだけ魔法をぶっ放しますか。
『火炎爆裂』
『火炎爆裂』
『火炎爆裂』
『火炎爆裂』
面倒なので、詠唱が簡単で効果的な魔法を連発していく。
となりのナルディアも同じだ。面倒なのだろう。
『火炎爆裂』
『火炎爆裂』
『火炎爆裂』
『火炎爆裂』
私と同じ魔法を唱えている。
部屋の中が、業火と爆風が暴走している。まるで溶鉱炉の様だ。相変わらず、心躍る光景だ。
燃える物が無くなり、火が鎮まり舞い上がる埃も落ち着き、視界が確保される。
美しかった部屋は、全てが焼け焦げ炭化している。
「ふ、ミューレ。我の方が倒した敵が多い様だな」
「単にそっちに敵が固まっていただけ。雑魚で数を競っても意味が無い」
「ふ、正論だな。雑魚の数で威力を誇る方が恥ずかしかったな。これは我ながら失敬、失敬」
今の魔法の飽和攻撃でゴブリンとオーガは全滅した。トロールも半数が死亡し、残り四匹とジャイアント二匹が自然再生の真っ最中で、足が止まっている。数の優位など魔法使いが居れば簡単に引っくり返る。これで数字上は、六対六の対等だ。
「突撃」
ウォンとロリが間髪入れず、すぐに間合いを詰める。まずはトロールから仕留める様だ。一呼吸遅れて、ブラフォードも突撃していく。
魔法組三人も周囲を警戒しながら部屋に入り、中の状況を確認する。
こちらの部屋は、従者たちの死体や瓦礫もなく、出来立てのゴブリンとオーガの丸焼きが転がっているだけだ。少し焼き過ぎたか。いや、火加減はどうでもいいか。食べるわけでもないしな。
大扉の反対側に同じ様な豪奢な大扉が一つあるだけで他には扉は無い。
どうやら、目当てのレッドドラゴンは、あの扉の向こうか。どうせなら、一緒にこの部屋に居てくれれば、魔法の飽和攻撃で大ダメージを与えられただろうに。残念だ。
居ない物は仕方がない。まずは目の前から片付けよう。
ちらりと状況を確認しているうちにウォンがトロールを一刀両断にしている。身体は少しずつズレ始め、内臓と体液を撒き散らしながら、倒れていく。これならば再生能力の強いトロールでも再生できない。
「アッサーシン・ビーム!」
ロリが叫ぶ。ショートソードを背中に構え、床ギリギリまで体のバネを縮め、ピグミット族の瞬発力を一気に解き放ち、トロールを飛び越しつつ、トロールの首を一閃で斬り落とす。
首がゴロリと背中の方向に落ち、膝から崩れ落ちていく。切り落とされた首元から大量の血しぶきが噴水の様に吹き上がる。
ロリの剣技の一つだが、魔法ではないのだから掛け声は不要だ。だが、本人がこの方が効果が上がると言うのでは仕方がない。別に迷惑がかかるわけでも無いので好きにさせているが、アサシンというのは暗殺者だろ。そんなに存在を誇示していいのかという疑問もあったが、ロリ曰く、暗殺者の閃光の剣をイメージしているそうだ。ま、子供の言い分に本気になっても仕方がない。好きにさせておこう。
ようやく、足が遅い筋肉達磨のブラフォードがトロールの一匹に取り付いた。最も魔法ダメージを受けている奴だ。つまり、生き残りで一番弱っている奴ということになる。
「ワシらドワーフ族の強さを思い知るが良いわ!」
なら、ジャイアントに攻撃をしろ。わざわざ一番弱い奴を狙うな。相変わらず、自分より大きいバトルアックスに振り回され、攻撃は当たっているが急所から外れている。
再生とダメージの繰り返しで一進一退の攻防戦を一人で勝手に繰り広げている。
「むむむ、トロールの分際で中々やりおる。トロールでは名のある奴か!」
出来レースを見ている様だ。気分が悪くなる。一瞬魔法で始末しようかと考えたが、放置しておこう。魔力が勿体ない。
その間にもウォンが別のトロールの心臓を綺麗に貫き、絶命させている。筋肉が締まる前に剣を素早く抜き、次に備えている。
ロリもジャイアントに取り付き、攻撃を開始している。敵は、ロリの小ささと敏捷性に惑わされ、攻撃を空振りばかりしている。
ロリが隙を見つけ、アキレス腱を切る。態勢を保てなくなったジャイアントが棍棒を振り回した勢いで前に倒れ、四つん這いになる。
「はい、いらっしゃい」
ウォンがすかさず、目の前に差し出された首を切り落とす。
「あ、ズルい。ロリが倒すつもりだったのに」
「スマン、目の前に転がってきたもんで、つい手が出た」
ウォンはああ言っているが、ジャイアントが倒れてくる場所を計算して先回りしているのを私は見逃さない。
「ほれ、代わり」
無造作にウォンがもう一匹のジャイアントの左足を切り落とす。突然、足を失ったジャイアントはロリの方へ倒れていく。
「アッサーシン・ビーム!」
ロリの必殺技がまたも放たれる。倒れてくる勢いとロリの敏捷性が相乗し、ジャイアントの太い首を切り落とす。
「これでいいか」
「仕方ないなぁ。次からは途中で手を出さないでよね」
「分かった。分かった。任せられる時は、最後まで任せる」
「分かってくれたらいいんだよ。ロリね、もう怒ってないから」
二人のコンビネーションであっさりと戦闘が終わる。そういえば、ジャイアントの種族を確認していなかったな。まぁ、いいか。もう倒したし。さて、馬鹿の方は、いつ終わるのかな。
とりあえず、敵の増援が来る気配は無い
「オリャオリャ!どうじゃ!ワシの二連撃は効いたじゃろう」
連撃というよりも二回斬っただけにしか見えないが、本人が言うのであれば、ドワーフ族ではあれが連撃なのだろう。他種族の習慣や風習まで面倒を見ていられない。
「ブラフォード、手伝おうか。プププ」
ウォンが笑いをこらえながら確認している。返事は分かり切っている。
「何の!この程度、朝飯前じゃ!助太刀不要!」
ドワーフ族は、朝飯前に一時間ほど待たされるのか。大変だな。まぁ、時間をかければ勝てそうだけど、待たされるのは嫌いだ。
ロリに指でサインを送る。
<ブラフォードの死角から攻撃を加えろ>
ロリは頷くとブラフォードとトロールを挟む位置へ静かに移動する。
両者に気づかれぬ様に急所にやさしく剣を差し込んでいく。剣が急所に刺さる度にトロールの動きが止まる。
「ガハハハ!隙あり!」
ブラフォードの渾身の一撃がようやく命中する。反撃しようとするトロールの先を制し、ロリが腕の健を斬る。
「スタミナ切れか。棍棒も碌に振れない様じゃな。とどめじゃ!」
ブラフォードのバトルアックスがトロールの脳天へ振り下ろされる。多少、正中線からずれているが、とどめは差せた様だ。
やれやれ。最初から最後までロリのサポートに気づかないのか…。ブラフォードを連れてきたのは失敗だったかな。囮にもなりそうにない。
「グハハハ!見たかワシの実力を。ミューレ、ワシの真似が出来るか」
出来る訳が無い。そんなショボくて、品の無い戦い方なんて。
「そうね。真似をしろと言われても無理ね。品が無い。華が無い。色気も無い」
「貴様、ワシを愚弄するか!」
「事実よ。ならば、ウォンやロリの様にあっさり終わらせてね」
「ぬおおおおお!」
本当の事を言われ言い返せないのだろう。その場で地団駄を踏み、吠え続けている。
「ふ、己の実力も分からぬとは浅はかなり」
横でナルディアが呟く。お前も深く考えような。今度は、隕石落としの魔法は使うなよ。この城は、壊したくないからな。
さて、馬鹿は放置して、次の扉が本番だ。待ち伏せがあった事といい、戦闘による魔法の爆音で私達がここに居る事は分かっているだろう。敵が待ちかえている事は間違いない。次の部屋も慎重に調べる必要がある。手順は先程と同じで良いだろう。
「こうなったら、ワシが次の部屋で真の実力を見せてやる!」
「ロリが一番乗り~」
馬鹿二人が走り出す。先に走り出したブラフォードは、途中であっさりとロリに抜かされる。
「馬鹿共!止めろ!次は本番だ!」
思い通りにならないのが人生か…。
私も止めようと走るが、追いつかない。扉の前で三人が直線に並ぶ形になる。
ロリが扉を開けようとする。
「ロリ、開けるな!」
私の警告は無視された。ロリが、大扉を開けてしまう。
「ロリがいちば~ん!」
開いた扉の隙間から赤い炎がゆらめき、一気にこちらに凶暴な火炎となり襲い掛かる。
盾を掲げその場にしゃがみ込む。少しでも炎が当たる面積を減らす為だ。
炎から身を守ろうとするが盾を回り込み私の身体を焦がしてゆく。カタラに折角身体を綺麗にしてもらったのに…。ゆるさん。
火炎に耐える為にかなりの生命力を放出して気を張って抵抗をする。なかなか、火炎が途切れない。体力がかなり奪われていく。
地獄の火炎は、まだ途切れない。ロリとブラフォードの状況もこの状態では、自分の身を守るのが精一杯で確認できない。
数秒が経ち唐突に炎が途切れ、重く、低く、恐怖を与える咆哮が鳴り響く。
ようやく火炎が終わったか。肩で息をする。深呼吸する度に灼熱の空気が肺を焼きそうになる。今のは、かなりのダメージを受けた。あの馬鹿共が、生きていたら私が殺す。
盾を戻し、扉の先を見るとレッドドラゴンと目が合った。顔だけを扉から突き出している。真っ赤な鱗に真っ赤な瞳。二本の凶悪な角が生えている。顔だけでは、身体の大きさが分からない。だが、ミドル級以上であることは確かだろう。
「汚らわしき人共め。今ので死なぬとは忌々しい奴だ」
レッドドラゴンが人間語で語りかけてくる。態勢を立て直すチャンスだ。会話を引き延ばさねば。
「貴方がこの城の主でよろしいのでしょうか」
「如何にも。俺のブレスを浴びて元気にしている奴なぞ久方ぶりだ。楽しませてもらおうか」
どうやら、向こうはまだ攻撃を再開するつもりは無い様だ。逆にドラゴンブレスで生き残っているのを見て面白がっている様だ。絶対強者の余裕ってやつですか。
今の内に現状を確認しておこう。
自分の身体は、全身に火傷を負っているが致命傷は無い。体力をかなり消耗したが、戦闘続行には支障は無い。
目の前に筋肉達磨が消し炭になって倒れている。あれは、死んでいるな。近づいて確認する必要も無い。だから盾を装備しろと言ったのに。まぁ、最初から戦力の当てにはしていなかったが、囮にもならなかったか。
ロリは、意外にも無傷だ。扉に小さく縮こまり貼りついている。炎が見えた瞬間に避けたのだろう。さすが、ピグミット族だ。恐ろしき反射神経とそして身長の小ささ。しゃがみ込むと本当に小さくなり、ちょうど、レッドドラゴンの死角に収まっている様だ。
ウォン、カタラ、ナルディアは私の背後だ。気配を読んだ感じではブレスの範囲外に居た様だ。私も走りださなければ、ブレスの範囲外に居られたものを、この馬鹿共のせいで巻き込まれてしまった。
この状態で如何にレッドドラゴンに勝つか。作戦を立てたいが、私とロリが孤立状態では、作戦を立てても伝えようがない。
とりあえず、時間稼ぎの会話だ。その間にカタラが作戦を立てる事を信じよう。と思ったが無理か。神の守りがあります。突撃します。というのが聞こえてきそうだ。
ウォンは、面倒だ。斬れば~。だろう。
ナルディアは、自分が何の魔法を使うか楽しみにしているだけだ。
ロリは、間近にドラゴンを見て目を輝かせている。何も考えていない。
駄目だ。誰も頼れない。作戦立案が私だけなのが、このパーティーの欠点か。
冷静に分析している状況じゃなかったな。しかし、レッドドラゴンを相対して誰も怖気つかないのは、大したものだ。さすが、ブラックドラゴンを二体同時に相手にしただけの事はある。ならば、私が会話を進める内に戦闘に有利な位置に移動はしてくれるだろう。
「お初にお目にかかります。レッドドラゴン殿。この度は、私共に過分なるおもてなしを頂き、誠にありがとうございます」
「ほう、そのかすかな訛り、お前はエルフだな。仮面を着けているので人間かと思ったぞ。少しはドラゴンへの敬意を持っている様だな」
「はい、悠久の時を同じ様に紡ぐものでございます。他のドラゴン族の方と交友もございます。私は、緑の氏族の出身。ミューレと申します」
とりあえず、こいつらは下出に出ていれば、機嫌が良くなる。いくらレッドドラゴンが、凶暴で頭が良かろうが、脳みその使い方を分かっていない。使いきれない才能や能力など無いのと同じだ。
「ふむ、緑の氏族か。エルフの根源の四大氏族の一つか。最も純血のエルフ族に近い氏族だと聞いておるぞ。なるほど、ドラゴンブレスに対する耐性を持っている訳だ。歳は幾つだ」
「今年、丁度四百歳になります」
「これは意外だな。お前の方が俺よりも年上か。俺は今年で二百五十歳になる。俺の方が敬語を使うべきか」
「いえ、敬語は弱者が強者に対して使うべきものと心得ます。弱者である私に敬語は不要でございます」
「弱肉強食が世の道理であると知っている様だ。さすがに四百年も齢を重ねているだけのことはある。そうだ、強い者が敬意を得るのだ。そして、欲しい物を得、生き残るのだ。そうであろう、緑の媛よ」
「私の事をご存知でしたか。御見聞の広さに驚いております」
「聞きもせぬのに雑魚共が、勝手に報告に来るからな。たまたま、手配書を見ただけだ。それで仮面を着けている訳か。面倒な物だ。気に入らぬものなど全て吹き飛ばしてしまえばよかろう。その程度の実力はあるのだろう」
「ご賢察痛み入ります。この城を出た後に、手配書の出所を吹き飛ばしに行く所存でございます」
「ほう、すでに出所をつかんでおるか」
「はい、謀略は私が得意とするところです」
「確かに緑の媛に謀を仕掛ける様な馬鹿は、すぐに身許が分かって当然か」
「はい、おっしゃる通りです。出来ましたらば、御身の姿を拝見したく存じます。少し喋り憎いかと存じます」
「良かろう。緑の媛に対しては非礼だったな。しばし、待て」
部屋の向こうから鈍く低い音が響き始める。レッドドラゴンが、扉を簡単に吹き飛ばし全身を表す。全身を覆う目も覚める真っ赤な鱗。背中に生えた大きな皮の翼。太い丸太ですら枝に見える逞しい筋肉が付いた四肢。さらに指先には一本の指に握り拳程の大きさの凶悪な爪が並んでいる。全長二十メートル。体高十メートルはある。ラージ級に間違いない。
レッドドラゴンは、ドラゴン族の中で最も激情家で一度暴れ出すと認定した敵を倒すまで戦闘を止めない。戦闘力も先日のブラックドラゴンのラージ級二体より間違いなく強い。
今頃、ウォンの筋肉が興奮でピクピクしているのだろうな。
こちらは、いつ機嫌が悪くなるか、内心ビクビクしているというのに。
「御身の姿を拝見奉り、恐悦至極に存じます。これ程の立派な体躯をお持ちのドラゴン族の方にお会いしたことはございません。恐れ戦く次第に存じます」
「ほう、緑の媛よ。俺は逞しいか」
「はい、間違いなく今までにお会いした方々の中で一番立派な体躯をお持ちでございます」
「一つ聞くが最近出会ったドラゴン族は、どんな奴だ」
「はい、ブラックドラゴンのつがいでありました。御身よりは二回りは小さかったと存じます」
「この近くでつがいと言えば、あいつらか」
「ご存知ですか」
空気が変わる。今まで和やかだった雰囲気が一気に凍り付く。部屋の空気が全て敵意に変わる。ちっ、逆鱗に触れたか。ドラゴンの怒るポイントは人と違い分かりにくい。
「そうか、あのつがいを殺したのは、貴様達か。俺の縄張りにも手を広げて来て、そろそろ滅ぼしてやろうと思っていたが、貴様達の仕業か。ふははは。緑の媛よ。先程、面白い事も言っていたな」
「何でしょうか」
「この城を出ると」
「確かに申しました」
「俺が城を出ていくことを許すと思うか」
「はい、私の事をご存じであれば、お許しを頂けるかと愚考しておりました」
本当は、これっぽっちも思っていない。奴を殺してこの城から堂々と出ていくのだ。
「ふむ、先程までは緑の氏族と縁を結ぶのも良いかと思っていた。だが、貴様達は俺の獲物であるブラックドラゴンを横取りした。間違いないか」
「突然、襲われ、結果的に横取りしたことは謝罪申し上げます。如何にすれば、お許しをいただけますか」
謝罪の気持ちなぞ、一切ない。空気が変わった時から、こちらが襲い掛かるタイミングを計っているだけだ。ウォンたちは、ブレスを皆が同時に喰らわない様に間隔を十分に広げ終わった様だ。
ロリは扉から動かず、レッドドラゴンの背後を取っている。今なら、『火炎爆裂』などの範囲魔法を唱えても私以外は、効果範囲外だ。後は、レッドドラゴンから私が距離をどう取るかが問題だ。作戦はもう頭の中で出来ている。如何にして皆に伝える。
「俺が許す?ははは、面白い事を言う。レッドドラゴンが許す。その様な事が有り得ると思うか」
「御身程の知恵者であれば、慈悲の心もお持ちであろうと期待しております」
「長い時を経て、知恵を得た。ようやく、人間共の雑魚の機微とかいうものも理解出来る様になった。では、緑の媛の後ろの者は、なぜ離れ離れになる」
「それは、恐怖によるものでございましょう。後ろの人間はたかだか二十年程生きた赤ん坊も同然でございます。御身の堂々たる体躯を見て、本能的に恐怖を感じ、体が逃げるのでありましょう」
「さすがに、謀略の一族の媛。すらすらとそれらしき事を淀みなく述べよる」
「事実でございますので、謀略をめぐらす必要もございません。出来れば、私がここを離れる時にお詫びとして馳走を振舞いたいと存じます」
「馳走とな?その様な物が用意出来る様には見えんな」
「いえ、ほんの数瞬、お時間を頂ければ、扉を使い、焼き菓子や氷菓子などを沢山ご用意することができます」
「つまり、魔法で取り寄せると云う訳か。なかなか面白そうな趣向だ。だが、どうも菓子類は、俺の口には合わん様な気がする」
「御安心下さいませ。同時に天からの光の催し物もお見せすることもできます。菓子がお口に合わなければ、肉の切り身などもご用意できます」
「人間の料理では、肉を食った後に菓子を食うと聞く。逆ではないのか。謀略の媛よ」
「謀略の媛とは、悲しゅうございます。お疑いでございますか。日頃より食べなれた肉よりも菓子の方がお喜び頂けるかと愚考した次第でございます。深い意味はございません。我らが一同。誠心誠意をもって歓待させて頂きます」
「では、その馳走とやらを頂こうか。すぐに準備をしろ」
完全に向こうは戦う気だ。逃げる事は許されない。背中を見せても殺される。
レッドドラゴンの口の奥に赤い炎が覗く。どうやら引き伸ばしも限界の様だ。
さて、私の作戦は伝えた。皆に通じていることを願うのみ。
『空間移動』
レッドドラゴンから一気に魔法の力で後方へ瞬間移動する。これで魔法の効果範囲外に出た。
さぁ、レッドドラゴン討伐戦の開始だ。




