30.城の正体
モンスターに遭遇することも無く、問題なく城の中にある魔導士の研究室に着いた。
研究室には、あちらこちらに私が撒き散らした大量の血液が、赤黒く乾いている。
戦闘中は、全く気にならなかったがまさか部屋の四分の一近くも私の血で染め上げているとは思わなかった。道理でカタラが私の治療のみに専念しなければならかったわけだ。これは、予想以上に酷い。よく、命があったものだ。カタラに心の中で改めて感謝しておこう。
懸念していた氷漬けは、きれいさっぱり溶けており、この部屋が先日まで雪国の様であったとは誰も信じないだろう。試しに近くの書物を手に取ってみる。まだ、水気を含んでいるため若干重みを感じるが、インクのにじみも無く、水気でページが柔らかくなり、めくり難いだけで読むのには、不都合は無い。さすが魔導士、良い羊皮紙とインクを使っている。
さて、まずは日記でもあれば、この城の状況を把握できると思うのだが、部屋にある膨大な蔵書を見るだけで頭が痛くなってくる。地道に探しますか。
すでにナルディアは、ファントム・ソーサリーが座っていた椅子に座り、蔵書を漁っている。時折、奇声や嬌声を上げている。余程自分の研究に役に立つことでも書かれているのだろう。
カタラも黙々と日記や研究日誌の類はないかと、探してくれているが、時折、顔をしかめ悲しげな表情を浮かべている。まぁ、アンデッドに堕ちてまで研究を続けてきた魔導士の書物だ。内容はグロテスクな実験も書かれているのだろう。
で、予想通り探索の役に立っていないのが居る。ブラフォードとウォンだ。以外にもロリは、宝探し気分なのか、色々と探し出してはカタラに見せに行っている。もしかすると、面白い物を発見するのは、案外ロリなのかもしれない。
ブラフォードは、アンティーク家具を鑑定し始めている。これは予想の範囲内で最初から当てにしていない。逆にトカゲ退治に行くぞと騒ぐものとばかり思っていたが、ドワーフ族の琴線に触れる物があったらしく、じっくりと家具の彫刻や造作にしきりと感心している。このまま、放置しておくのが一番だろう。下手に声をかければ、こちらの邪魔になるだけだ。
ウォンは、出入り口の扉の横に佇み、目をつむりピクリとも動かない。
理由は分かっている。『俺、面倒だからパス。後は任せた。敵を警戒しておく』とでも考えているのだろう。長年の付き合いだ。幻聴まで聞こえてきそうだ。
実際の処、魔法の知識の無いウォンとブラフォードが、魔術書を読んだところで何が書かれているか理解できないだろう。特に魔術書は、書いた本人にしか分からない様に暗号化されていることが多い。
何せ、大切な時間、短い人生を浪費してまで得た貴重な魔術だ。他人に簡単に魔術書を読まれて、その魔法を奪われれば、今までの人生が無駄に等しく感じ、非常に悔しい思いをすること間違いなしだろう。
私自身の魔術書も暗号化してある。他人が読めば、小説にしか見えないように工夫はしてあるが、あまり、凝った暗号にすると自分が読みにくいので、私の魔術書は解読しやすいと思う。正直に言えば、ポピュラーな魔法が大半を占めており、隠す必要が無いというのが本音だったりする。もちろん、私のオリジナル魔法やナルディアが使えない上級魔法等は、念入りに解読しにくくは、してある。
ま、六人中五人が探索に夢中になっているのであれば、このままウォンに警戒役をしてもらった方が良いだろう。
調査を開始してから一時間ほど経過しただろうか。一際安っぽい装丁の本を見つけた。豪華な装丁な魔術書の中で、その本だけが異彩を放っている。この部屋には似つかわしくない。
ページをめくっていくと平文で日記が書かれている。読み進めていくと、どうやら当たりを引いた様だ。ここに来た時から死の直前までが書かれている従者の日記だ。ざーと目を通し、重要な事だけを記憶し、要旨を頭に描き出す。
「みんな、従者の日記があった。要旨だけを読むぞ」
皆の手が止まり、私へ視線が集中する。重要な処だけを声に出し読んでいく。
余計なページは、飛ばしていく。
―――――
第一王子様が魔道に落ちた。魔法使いとして筋が良かったが、近隣の村々の家畜におぞましい魔法実験を繰り返す。口に出すことも憚れるような実験だ。普通の人間には考えつかない。
第一王子様が発狂したという醜聞が、国中に流布する前に、国王様は第一王子様の幽閉を決定し、この城を築城し幽閉した。城に名はお付けになられなかった。名を付けることにより、誰かの耳に城の名が入った時に興味を持つ者が現れる可能性を国王様が憂慮されたのだ。
その為、城と呼べばここの事を自然と差すようになった。
第一王子様は、この名もなき城に幽閉されても魔道の研究を止めない。研究を止めることが出来る唯一の存在である国王様は、この城に居られないし、行幸されることもないだろう。従者である私達が、第一王子様に諫言することなど到底できない。
国王様の意向で幽閉する代わりに実験は自由にして良いとの許可が、研究に拍車をかけた。第一王子様を魔道に落とした罰として、師匠の魔法使いも一緒に幽閉されている。
私達従者は、半年に一度交代要員が来るとは聞かされていたが、半年たった今も食料や第一王子の欲する物だけが届けられ、交代要員が来る雰囲気は感じられない。国王様は、お約束をお忘れなのだろうか。
今思えば、この城に居る従者は全員身寄りが居ない。最初から交代要員など来ないのだ。国王は、王子と一緒に我らまで捨てたのだ。外から頑丈な閂で門が閉められ、城から逃げる事など出来ない。日に日に狂気を増していく王子が恐ろしい。そして、王子の狂気に当てられ、従者の中からも気狂いが出始めてきた。
王子が遂に一線を越えた。師匠を実験台にした。
魔道に堕ちた研究室は、意外にも整理整頓がされている。王子の性格は、几帳面なのだ。
研究中に不純物が混じり、研究が失敗する可能性を少なくするためだ。
王子が師匠に手をかけ、片づけを命じられ私達が綺麗に片づけた。その姿は、直視に耐えがたく、文章にできない。今もその悪夢にうなされ、真夜中に目覚める事がある。
魔法使いを埋葬したかったが、私達は外に出て埋葬する事が出来ないため、大広間の暖炉にて魔法使いを火葬にした。人の肉が焼ける匂いが城を数日間覆い続けた。
次は、我々が確実に実験台にされる。王への助命嘆願書を何通書いたことだろう。一切返事は無い。食料等を届ける兵士は、私達とは一切口をきいてくれない。外の状況も分からない。私も気が狂いそうだ。
従者の一人が食料搬入時に逃げようとしたが、あっさり兵士に無言で切り殺された。私達は王に見捨てられたことを受け入れるしかない。その死体を兵士が外に持ち出そうとした時、王子が寄越せと二階から声を掛けてきた。
兵士は、何も言わず死体をこちらに放り投げ、門に閂をかけて去って行った。
死んですら、この城を出る事は叶わないのか。
とうとう、我らの番が来るのだ。王子の実験台にされるのだ。王子の命に従い、仲間だった死体を王子の研究室に運び入れた。
魔法使いを火葬したのは大失敗だった。人の肉が焼ける匂いが王子の狂気に拍車をかけてしまっていた。
窓にはめ込まれた鉄格子の隙間から少しずつ外にバラして捨てるべきだったのだ。
腐敗による病気を恐れて火葬したが、外の獣に食わせれば良かったのだ。
また、一人従者が消えた。王子は狂った人間から実験台にしている様だ。
狂った人間は、王子の世話ができない。役に立たない人間から実験する理性は残っている様だ。
正気を保っている自分が怖い。早く、自分も気が狂えばこの恐怖から逃げられるのだろうか。だが、正気を保たなければ殺される。二律背反だ。
もう城に幽閉され幾年がたったのだろうか。それとも実は一年も経っていないのだろうか。
ここに居ると時間の感覚が無い。変わらない景色。変わらない人間。変わるのは、朝起きると従者の数が時々減っている事だ。
ここでは時が止まっている。ただただ、奴の狂気が私達を蝕んでいく。
普段は、自分の部屋に呼びつける奴が珍しく、私達の控室に直接やってきた。
何が「人間を超越する方法が分かった」だ。「明日、皆に披露してやる」だ。
もう奴の発言は理解不能だ。奴を殺してしまった方がいいという声が高まっている。私も賛成だ。明日、わざわざ奴から私達の前に現れるのだ。いくら魔法に優れていると言ってもこの大人数相手では、奴が勝てる訳がない。明日のお披露目とやらは、絶好のチャンスだ。皆で処分してやる。
処分すれば我々は、城から解放されるかもしれない。王には病死とか実験中の事故死と言えばそれで済むはずだ。どうせ、捨てた子供。手紙一つ送ってこない。興味など無いのだろう。
―――――
「で、ここで従者の日記は終わっている。が、実はこの日記帳には続きがある」
「おいおい、ミューレ。終わっているのに続きがあるとはどういう事かな。君も魔法使いの端くれなら理論立てて話してくれないか」
ナルディアが指摘する。そら、そうだろう。終わった日記に本来は続きなど有り得ない。
本人が書いていた日記が終わり、別人がこの日記帳に続きを書いているのだ。
「ここからは別人の筆跡で書かれている。日記の引継ぎではなく、後書きだそうだ。」
「よくわからん話だな。聞けば分かるのか?」
ウォンから疑問が上がる。
「分かると思う。読むぞ」
日記帳に目を落とす。
―――――
隅々まで読んでやったぞ。下郎共の心境の変化が手に取る様に分かるのう。
余程、吾が恐ろしかったのか、それとも死が恐ろしかったのかのう。
これは、人心を理解する貴重な資料となるであろう。
褒美にこの日記の後書きを第一王子である吾がしたためてやろうかのう。そして、記念に蔵書の一冊にする栄誉を与えよう。
それに今回の実験で何が起きたか忘れてはいかんし、この続きに記しておくのが、実験の流れが分かりやすくて良かろう。
我は、下郎共が集まる控室に近づくが、部屋の中から凄まじい殺気が漂っておる。これほど部屋の外へ殺気が漏れていては、意味が無いのう。所詮は下郎か。吾を屠る気だろうが無理であろう。これから吾は、下郎共の生命力を利用し、人間を超越するのじゃ。
多人数であれば、吾に勝てるなど可愛いことを考えておるのう。
じゃが、すでに昨晩の内に控室には魔法陣を張り巡らしておる。吾が下郎共と同じ部屋の空気を吸うはずが無かろうに。吾が部屋に入ると信じておるとは純粋な奴らじゃのう。
では、始めるとしようか。
長い呪文を唱え続ける。十分程かけ、ようやく詠唱が終わった。そうすると控室の中からパンと弾ける音が順々に聞こえてくる。
下郎共の叫び声、阿鼻叫喚が甘美じゃのう。下郎共が激しく叩いておる出入口の扉はすでに魔法で閉じておる。逃げる事など叶わぬわ。
控室の中の魔法陣から人の生命力が吾の中に流れ込んでくるのう。今頃、部屋の中では一人ずつ腹が中から弾け飛んでおるじゃろう。そう簡単には死なんぞ。その様に調整しておるからのう。
恨め恨め、吾を憎悪するのじゃ。
咲かせ咲かせ、大量の血の花を咲かせるのじゃ。
踊れ踊れ、痛みと恐怖の舞踊を死ぬ瞬間まで舞い続けるのじゃ。
一人弾けて死ぬ度に吾の中に下郎の生命力が吸収されていく。下郎でも魔力は少なくとも生命力は十二分にあるのう。吾の計算通りじゃ。
中には五十人は、居たかのう。そろそろ十人位を吸収した頃に吾に変化が出てきたようじゃ。
魔力が増強され、控室の中の様子を無意識に透視が出来る様になったのう。
ほほう、腹に大穴を開けて地べたを下郎共が這いずり回っておるわ。
おお!また一人腹が弾けたのう。腸を垂れ下らせて死の踊りを舞っておるわ。
次々に腹が弾け、血の花火じゃ。血の中を舞え!叫べ!
ほんに血の舞踊は、美しいのう。
益々、下郎共の生命力が吾に流れ込んできよる。うむうむ、生命力に強い憎悪を感じるのう。
これは甘露甘露。おや、いつの間にか吾の手足が無く、宙に浮いておるのう。
始まったかのう。
ほほほ、吾の肉体が崩壊を始めおったわい。ついに人間の殻を破る時が来たのじゃ。
ふむ、ようやく吾の肉体が滅び、思念体だけになったか。意外に時間がかかるものじゃのう。
だが、憎悪の生命力が吾の思念体を包み始め、黒い霧としてまとわり始めたのう。ここまで計算通りじゃ。中の最後の一人がこと切れた時が楽しみじゃのう。後、十人程残っておるようじゃのう。どれ、ここまで生き残った褒美に中へ入って、超越者の姿をみせてやろうかのう。
吾を見て、恐怖に引きつる者はおらぬのか。これは想定外。すでに皆、気がふれておるのう。残念じゃ。
皆、見事に血の舞踊を披露してくれるのう。一人一人個性的じゃ。褒めてつかわす。
最後の一人が舞い終わったか。
吾の身体も黒い霧から人の身体を取り戻しつつあるのう。まもなく、魔法も完了じゃ。
下郎共のお陰で、人間という窮屈な皮を捨てることが出来たのう。
人を捨てるとは、これほどの解放感に満ち溢れる物なのか。少しは残っていた罪悪感などが瞬時に消え去ったわ。ふつふつと新しい魔法法則が思いつくのう。時間は無限にある。一つずつ検証していこうかのう。
それにしても。この日記は中々正確に書かれているではないか。下郎からの我への視点中々に面白いのう。
特に時間の経過と共に、我への尊敬の念が消え去っていくのが面白い。
この日記の存在を知っておれば、こやつだけでも生かしても良かったのう。今にして思えば、助手は居た方が良かったかのう。まあ、済んでしまったものは戻らぬ。どれ、怨念の強い奴をファントムとして、我が下僕にしてやろうかのう。何匹生まれることじゃろう。
楽しみにしておくとしておこう。
良きことを思いついた。城に名が無い事を思い出したのう。詮無きことと思っておったが、超越者の館に名前が無いのは寂しいのう。
はて、何と付けようかのう。
目の前に広がるは、血の饗宴の跡か。つまり、ブラッド・フィースト。
では、『ブラッド・フィースト城』じゃ。
ふむ、吾ながら良い響きじゃのう。何せ、これからも血の饗宴は続くからのう。
さて、後書きにしては長々と書き過ぎたかのう。
時間は、無限になった今、この位は気にするほどでもないのう。
吾を超越者に高めてくれた父君や発狂者扱いした臣民に挨拶に参るかのう。
いやいや、折角この城に名を付けたのじゃ。命名パーティーに招待するのが筋か。
では、真のブラッド・フィースト城の幕開けじゃ。
―――――
私は、日記帳をパタンと閉じ周りを見渡す。
誰も口を開こうとはしない。
一人一人が今の日記の内容を反芻している様だ。
皆、状況を飲み込めたかな。
しかし、何たる偶然。冒険者の間で風の噂として流れているブラッド・フィースト団と呼ばれる正体不明のパーティーこと、私達がこの城と同じ名前を持つとは。この因縁は面白い。
是が非にでも私達の物にしたい。
「というわけで、この城は、ブラッド・フィースト城と呼ばれ、狂った王子を幽閉する為だけに造られた事が分かった。そして、先日倒したファントム・ソーサリーがその王子だったのだろう」
「それにしてもすごい偶然だな。俺達が噂でブラッド・フィースト団と呼ばれ、この城がブラッド・フィースト城と名付けられるとはな」
「そう。本当にすごい偶然。これは私達の城に是非したい」
「いいのか。人死にがいっぱい出てるぞ。つまり事故物件だな」
「そんな些末な事を気にしていれば、どこにも住めない。戦場の上に街が建っているのが普通じゃない」
「それはどこの事だ」
「一般論よ。どこの城下町も戦争にまきこまれているでしょ」
「なるほど、確かに大きい目で見れば、そこら中、事故物件だな」
ウォンが肩をすくめる。
「控室のご遺体は先に幽閉された従者の方々で、大広間のご遺体は、その後に招待された王や臣民ということですね」
「その中で怨念が特に強かった者がファントム・ナイトとして漂っていたわけか。面倒な話だな。なら、奥にファントム系がまだ居るという事だろう。勘弁して欲しいな」
「つまり、この研究室の中にファントム・ソーサリーになる魔術書があるのだな。これは調べなければ。だが、我はファントムにならず、人間のまま魔力をあそこまで高めたい。その本はどれだ。どれだ」
ナルディアの目の色が変わる。あれだけの力を見せつけられれば、魔法使いとしては、真実を知りたいだろう。同じ魔法使い、気持ちは分かる。
「まあ、待て。ナルディア。先にここのドラゴンを倒さんと落ち着いて研究できないんじゃないか」
ウォンの一言がナルディアを一気に現実に引き戻す。
「確かにウォンの言う通りであるな。思案するには、ドラゴンは不要。いやいや、触媒の材料にしてしまうのが先であるな。よかろう。ドラゴンを倒した後に研究所をエンヴィーからここに移せば良いだけだ」
「本拠地を見つけるのが、今回の冒険の目的だよね。本拠地プラス研究材料がたくさん手に入って、ナルディア良かったね。だったら、ドラゴンの財宝は要らないよね」
ロリ、ナイスだ。いい提案だ。この研究室と引き換えに出来る程の宝をドラゴンが持っているとは思えない。
「待つのだ。我にも報酬を貰う権利はあるはずであろう」
「うん、だから報酬がここの魔術書」
ロリがにこやかにナルディアへ伝える。確かにこれを超える報酬などそうそう無い。
「ちっ、ピグミット族は永遠の子供では無いのか。この様な時ばかり、無用な知恵を働かせよって。普段通り、無邪気にしていればよいのである」
「とりあえず、ドラゴンを倒してから考えようや。ドラゴン戦で死んじまったら、研究もできんぞ」
緊張感のない声でウォンが口を挟む。ウォンは、魔法の武器には興味があるくらいでナルディアと欲しい物が被らないから呑気なものだ。
私は、ウォンとナルディアが欲しがる物と被るので困る。ウォンの言う通り、倒すどころか会ってもいない敵の財宝を気にするのは馬鹿らしい。まずは、廃城、いや、ブラッド・フィースト城の探索を進めねば。
「はい、お遊びは終わり。ブラッド・フィースト城の探索に戻る。皆、気を引き締め直して」
自分にも言い聞かせる。この城にはファントム系がまだいるかもしれない。壁をすり抜けて背後から精気を吸われては堪ったものではない。それにドラゴンの気配も感じられないのが正直言って恐ろしい。今までの冒険の中で精神的にしんどい。だが、ここで止める訳にはいかない。なかなか、この様な好物件は無い。絶対にこの城を奪う。
大広間に戻り、謁見の間に続くと思う大扉の前に立っている。
二階の他の部屋を見回ったが、王子の寝室や執事の部屋などで目ぼしき物は、何もなかった。
探索していないのは、この扉の奥だけになった。扉の先が謁見の間なのか、それとも控室か、それとも廊下になっているかは分からない。
何せ、ここは王子を幽閉するための城だったのだ。ならば、謁見の間など必要だろうか。不要だ。従者の日記にあったように訪問客は誰も来ないのだ。そんな城に謁見の間を造るとは思えない。では、この大扉の向こうは一体どんな造りなのか、予測がつかない。
従者の生活空間かと思ったが、それにしては大扉は立派過ぎる。普通の扉で十分だ。
建築時に幽閉用の城と悟られぬ様に謁見の間を造っている可能性も捨てきれない。
つまり、開けてみてのお楽しみか…。幾ら考えても答えは出ないだろう。
「ロリ、扉の向こうはどんな感じ?」
聞き耳を立てているロリに確認をしてみる。
「う~ん、何かが息を潜めているのは分かるよ。だけどね、数が多いのと、大きいのと小さいのが混じっているから聞き分けにくいよ。でも、アンデッドがいるかどうかは分からないよ」
ロリの、ピグミット族の聴覚でも聞き分けられない程、敵がいることは分かった。
「ウォンは、どう感じる?」
「そうだな。人間級が二桁。巨人級が一桁。ドラゴンはいないな。こんなところか」
「カタラは、何か感じる?」
「邪悪な気配ではありますが、全て生き物です。アンデッドは居ません」
どうやら、久しぶりに大暴れできそうだ。
「ナルディア、『次元眼球』で中を確認してくれる。敵が少人数なら気にせず突入するんだけど、多人数で歓迎準備が出来ているとなると用意がいるかな」
「よかろう。我の魔法にて壁など無きに等しいもの。しっかりと、魔法の目で確認してやろう」
『次元眼球』
ナルディアが魔法を詠唱する。周りから見ても変化は無いが、目に見えない眼球が壁を通り抜け、大扉の向こう側の部屋をくまなく探索しているだろう。
私自身が魔法を使っても良かったが、自分の魔力は温存しておきたい。この後、何があるか分からない。
使える物は何でも使う。その為に三馬鹿を連れてきたのだ。
「フフフ、待たせたかな。ゴブリン三十匹、オーガ二十匹、トロール八匹、ジャイアント二匹だな。見落としは無い。部屋の広さは、こちらと同じ大きさで遮蔽物は何もない。この扉を中心に半円形で待ちかえているな。情報はこの位でよかろう」
「ありがとうナルディア」
「ガハハハ、こ、この数ほど大したことなどないわ。ひ、捻りつぶしてくれる」
筋肉ダルマが声と足を震わせながら叫ぶ。
ま、作戦の数に入れなくていいか。
さて、結構な数が待ちかえているが、正直なところ脅威では無い。オークの族長が言っていた通りのモンスターがようやく現れたか。全く聞かされていたモンスターが出て来ないので、アンデッドに駆逐されたのかと思っていたぐらいだ。
ドラゴンとファントム・ソーサリーが共存していることに違和感があったが、アンデッドと生物が共存している事にも正直驚いた。アンデッドにとって生き物は食糧にすぎない。
共存する理由が無い。
という事は、ドラゴンとファントム・ソーサリーが何かしら協定を結んでいたのだろうか。それならば、この扉を境界線とした相互不干渉ということか。そして、このモンスター共はドラゴンの手駒だろう。
これは、ドラゴンの知能が高い証拠だろう。つまり、今回のレッドドラゴンはラージ級以上の強敵か。面白い。ブラックドラゴンとは比較にならぬと云われる強さを見せてもらおうか。
さて、まずは手下共を蹴散らす。さて、楽しい血の宴の始まりだ。




