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3.下準備、そして冒険へ

窓の外が明るくなり、小鳥たちがさえずり、朝が来たことに気づいた。

窓を大きく開け深呼吸をする。

心地よい寝起きだ。

昨日は久しぶりの街に少しはめを外してしまったが、今日は真面目にしよう。少し遊びが過ぎた。昨日のことを考えると一階の食堂へ降りるのが恐ろしい。もう少しこの部屋で朝の空気を楽しむことにしよう。


私はミューレ。エルフだ。迫害を逃れるため顔の上半分を隠す仮面を被る。

仮面を被る様になってから素顔を誰にも見せたことが無い。

仲間であるウォンとカタラも私の素顔を見たことが無いだろう。

迫害してくるような器の小さい者たちは力づくで叩き潰してきた。しかし、それも面倒になりエルフと分らぬように仮面を被ることにした。

おかげで胡散臭い人物として見られることも多々あるが、迫害はなくなり快適だ。


昨日からこの大陸の中心にある城塞都市「エンヴィー」に滞在している。

「エンヴィー」は、うっそうと茂る樹海に囲まれた中立都市だ。

冒険者や職業組合の力が強く、近隣諸国は「エンヴィー」に手を出すことができなかった。一度、暗殺者を送り込んできた国があったが、翌日には首だけが王の枕元に返品されていたという逸話がある。

それ以来、この「エンヴィー」に手を出そうという国はなかった。


今日からは下準備と情報収集だ。この近辺に廃城があるという噂を聞いた。

正直この噂は眉唾物である。大半の冒険者が知らないか、聞いたことがあっても信じていない。

ゆえにこの情報が真実であれば希少価値がある。誰も知らない廃城が存在すれば利用価値はかなり高い。

もし、ただの噂であっても冒険するだけの価値はある。だって私たちは冒険者ですもの。

あとこういったクエストは、冒険場所で他のパーティーと鉢合わせしたりしてヤル気が無くなったり、早い者勝ちのスピード競争になったりする。じっくりと冒険を堪能できる方が私達の冒険スタイルに合っている。


昨日の打ち合わせでは、街での情報収集は情報屋と教会のみにとどめておき、まず長丁場になるであろう冒険の下準備をしておくことで決まっていた。


今日は、街を出ないから身軽にしておこう。必需品は、調整に出すバスタードソードと護身用のダガーくらいかな。

ふむ、ならバスタードソードを預けたら身軽になるし、とっておきの服を着ていこう。薄いピンクのワンピースに白いレースのカーディガンを合わせて、後はハイヒールをフォールディングバッグから取り出す。

このフォールディングバッグは非常に重宝している。普段はバックパックの中に放り込んでいるが、今日は手提げかばんの代わりに使おう。

大きさは二十センチ四方の手提げかばんのマジックアイテムで大きさに関係なく何でも放り込める。重たい物を中に入れても重量は変わらないという優れもの。ウォンもカタラも持っている貴重品だ。まぁ、さすがに大きさは問わずに中に入れられると言っても重量制限はある。

合計で約二十キロまで。それ以上は入れられない。いったいどんな魔法使いが作ったのだろう。理論も理屈も全く見当がたたない。

様々なマジックアイテムが世界に多々あるが、これほど日常にも冒険にも役立つ物はない。


さて、ワンピースを着てフォールディングバッグを提げハイヒールを履き鏡の前に立つ。仮面を除くとそこに我ながら愛らしい少女が映っている。

ただ、背中に背負っているバスタードソードが全てを台無しにしているが…。

まぁ、バスタードソードは鍛冶屋に一番に渡すから問題は無い。どこから見ても愛らしい町娘だ。

何となくクルリとその場で回ってみる。スカートがふわりと広がり、少女の愛らしさを余計に感じさせる。


実は、コンプレックスが一つだけあった。

身長がかなり低い。

基本的にエルフ族は痩身で長身というのが身体的特徴なのだが、何故か私だけ背が極端に低い。公式というか、みんなには151cmと言っているが、実際には149cmしかない。ウォンの胸あたりに頭が来る。いつもみんなを見上げることになる。少し悔しい。私の家族はみなエルフの平均的な身長なのに私だけが背が低い。カタラと並んでも頭が肩を越えない。あぁ本当に悔しい。

カタラに見下ろされるとは…。くやしい。飛行魔法を使っている時は見下ろしているのだけど、何か違うと思う。


背が低い分なのか、その分胸と尻に肉が集まってプロポーションは良い。

私って本当はエルフじゃないのかな…。

ちなみに街を歩いていても後ろからよく声をかけられる。もっとも仮面のおかげでナンパ男はすぐに逃げていくけど…。

さて、気を取り直して朝食を取りにいこう。


一階に降りるとウォンとカタラがすでに食事をしていた。

「おはようございます。あら、今日は珍しく少女らしい恰好をしているのですね」

「久しぶりの街歩きだし、おしゃれの一つもするわ。で、カタラは相変わらず宗教着かぁ。たまにはおしゃれをしたら」

「いえ、一生を神に捧げると決めたのですからおしゃれという俗物とは決別致しました。どちらにしましても教会へ行きますから普段着というわけには参りません」

「そだね、仕事場に普段着で行ったら怒られるよね」

目の前のウォンは固まっていた。まだ一言も発しない。

「ウォン、おはよう。どうしたの~固まって?そんなに魅力的?」

さっき鏡の前でした通りその場でふわりと回る。

「ミューレ、お前、その何だ、どう言っていいか分からんが、え~、女だったんだな」

瞬間的にテーブルに有ったフォークを殺す気でウォンの喉元へ投げつける。当たれば致命傷になってもおかしくない速度と重みでフォークが飛んで行くが、ウォンは何事もなく掴み、手のひらでクルクルと回す。

「どういう意味かしら、何年もパーティーを組んでいてその言葉が出てくるなんて」

すでに私はテーブルに有ったナイフを掴んでいる。

「いやな、普段はごついプレートメイルに身を包んでいるから体型はよく分からんし、顔は仮面で隠しているんだぞ。実は男でしたと言われても違和感ないぞ。特にあの戦い方を見ていると」

涼しい顔でウォンが答える。

すかさず、手に持っていたナイフをウォンの眉間に向けて本気で飛ばす。だが、またもやウォンは何気なくナイフを掴み、手元でくるくる回し始める。

ちっ、殺しそこなったか。やはり、戦士としての技量は超一流か。

「確かにミューレの戦闘装備を見ていると男か女かは分かりませんね。鎧には飾り気もありませんし、ミューレの戦い方や作戦は男性的ですし」

カタラまでウォンの味方をする。少し悲しい。

「まぁ、気にするな。普段着を着ていれば間違いなく少女だ。その仮面を除けばな」

「そうですよ。後ろから見れば間違いなく今は少女ですよ」

「二人とも、フォローになってないよ…」

いくら私が二百歳でも人間年齢では十六歳位の乙女だぞ。ショックだ。

渾身のお召かしだったのに…。

力が抜け、椅子に崩れ落ちる。


気を取り直して、マスターに軽い朝食を頼む。石窯パンと紅茶が出てくる。

「ベーコンはいるかい?」

今のショックで肉類は食べる気がしない。今日は戦闘もないだろうし、パンだけでいいだろう。

「いえ、これで十分だわ。ありがとう。マスターはどう?このカッコ?」

「あぁ良く似合っているぜ。ちなみに、仮面を外してくれると素直に褒められたんだが」

「マスターもか。やっぱり仮面って怪しい?」

『怪しい(な)(ぜ)(わ)』

三人から同じ答えが返ってくる。もういい。気にしない。私は私の道を行く。

ゆっくりと紅茶の香りを楽しむ。少し落ち着いてきた。どうやら気を利かしてマスターがハーブを足してくれていたようだ。ほのかにローズの薫りが鼻腔をくすぐる。


ウォンは私が朝食を摂り終わるのを待っていてくれたようだ。

「さて、ミューレと俺は、鍛冶屋に行き、その後情報屋に寄ってくる。ついでに冒険に必要な消耗品や携帯食を買ってくるが、何か必要な物はないか?あるならば一緒に買ってくるぞ」

「いえ、特に必要な物は思いつきません。必要な物を思い出した時は、自分で用意しましょう。私はこのまま教会に参ります。少しでも何か良い話が聞けると良いのですが…」

「了解。お互いに収穫があるといいな」

「ええ、では行って参ります」

「おぅ、気をつけてな。って、不要か。カタラの実力なら」

「いえいえ、神のご加護です」

カタラが酒場兼宿屋の四季物語を出て行く後ろ姿を眺める。やっぱり宗教着でも美女だな。

私も仮面を外せば、女に見てもらえるのは分かっている。

しかし、有象無象が集まってくるのが邪魔くさい。あれはもう二度と御免だ。やっぱり仮面は付けておこう。


そういえば、いつウォンと一緒に行動することになったのだろう。約束したかな。覚えていない。というか、多分していないんだろうなぁ。

まぁ、護衛兼荷物持ちと思えば良いか。

「よし、ミューレ行くか」

「はいはい。じゃあ、まずは鍛冶屋へ行こう。重たい剣を下ろしたい。ねぇ、ウォン、剣持って…」

とりあえず、甘えてみる。持ってくれればラッキー。でも答えは分かっている。

「うん、何か言ったか?鍛冶屋代おごってくれるのか?」

やはり、ごまかされたか。

「誰がおごるか。お金なら十分持ってるでしょう。はいはい、鍛冶屋に行きましょうね」

テーブルに立てかけていたバスタードソードを軽々と担ぐ。魔法の剣だから普通の剣より軽い。

ウォンも同じようにロングソードを腰に佩く。ウォンも魔法の剣だ。

切れ味がただの剣とは相当違う。切るも切らぬも思いのままだ。

二人並んで四季物語を出る。朝日が眩しい。樹海から吹く風が新緑の薫りを含んでいる。今日もいい天気になりそうだ。


下町の石造りの何も看板が出ていない民家の前に立つ。煙突からは黒い煙が際限なく吐き出されている。一つ目の目的地である鍛冶屋だ。腕が良いため、これ以上客を増やさない為に看板を出していない。

確かに看板がないため、ただの民家にしか見えない。ここが鍛冶屋だと知らなければ通りすぎて行くことだろう。

私が扉を開けて中に入る。

「よ、二代目くん元気~。仕事をお願いしに来たよ~」

上半身を真っ黒に煤にまみれた男がこちらに顔を向ける。年は二十代後半。上半身裸でよく引き締まった筋肉が誇らしげに見える。仕事に誇りを持っているのだろう。態度に現われている。

先代、つまり二代目くんの親父さんの頃から私は通っている。ウォンは私の紹介でここの客になった。

「お久しぶりです。ミューレさん。半年ぶりくらいですか」

「そうだね。そのくらいになるかな。ちょっと、大陸の端まで行ってたからね。ところで二人分頼めるかな。やっぱり忙しい?」

「いくら忙しくてもミューレさんの頼みは断れませんよ。三十年以上のお得意様ですよ。再優先で仕事させてもらいますよ」

「そうだよね、先代が仕事中はよくおむつ替えてあげていたものね。あんなに小さくて可愛い物が、今じゃ興奮すると血管が浮き出るくらいごつくなるんだろうね。本当に大きくなったね」

「や、やめて下さい。恥ずかしいじゃないですか。もう僕も一人前の男ですよ。ミューレさんから見たらつい最近でも僕にとっては二十年以上も前なんですから」

そう、エルフである私にとって二十年前なんてつい最近。でも人間は成人して全くの別人だ。つい失念してしまう。

「ごめん、ごめん。ついエルフの癖が。ところでこの剣二本だけど、どのくらいかかりそう?」

私達から二代目くんは剣を受け取り、一本一本吟味していく。長い付き合いだ、細かい事を言う必要が無い。実物を渡して後は任せればいい。

「ミューレさんの剣は、二日。ウォンさんの剣は五日欲しいですね。やっぱりウォンさんは前衛に立っておられるので柄や留め具の消耗が激しいですね」

「やっぱり、五日かかるか。だよな。剣をぶつけっぱなしだったからな。ミューレは魔法を使ったりで俺より剣の使用頻度低いもんな」

「仕方ないでしょう。女の細腕で力比べは出来ないし、私は魔法剣士で魔法も打放なさいといけないんですもの。それとも援護いらない?」

「それこそ勘弁してくれ。援護がなくなったら、もっと剣の摩耗が早くなるじゃないか。いくら魔法の剣でも刀身以外は普通の剣と変わらんのだから」

ウォンがわざとらしく肩を竦める。逆にとると援護がなくとも自分は殺されないって自信がすごい。相変わらず脳みそも筋肉だ~。

「二代目くん、五日後に取りに来るね。よろしく~」

「え、二日足す五日の七日後ですよ!」

二代目くんの顔がさっきまで仕事で真っ赤だったのが、みるみる青ざめていく。予想通り面白~い。

「な~に言ってるの。出来るんでしょう。二代目くん。五日で」

二代目くんの頬をつつく。二代目くんの真っ黒に汚れた顔が今度は一気に赤面する。

ちなみに二代目くんは独身だ。女性に対する免疫がない。多分女性経験もない。鍛冶屋一筋二十年。

「はい、代金。ここに置いておくわよ。いいわね」

机の上に相場の倍の金貨を積む。無理を通すのだから報酬は弾まないとね。

「こ、こんなに貰えません。半分はお返しします!」

二代目くんが金貨を引っ掴み返そうとする。

「あ、受け取った。商談成立~!五日後に来るね~。よろしく~」

素早く、ウォンの背中を押しながら鍛冶屋を出る。

遠くで声にならない叫び声が聞こえるが、気にしない、気にしない。


ある程度鍛冶屋から離れた所でウォンが話しかけてくる。

「相変わらず、えげつないな。あれは徹夜仕事になるぞ」

「いいのよ。二代目くんの肌ツヤ良かったでしょう。実際に触って確かめたし。きっちり休めている証拠よ。たまには苦労しないと腕が鈍るわ」

「健康状態を確認するために頬をつついていたのか。遊んでいるのかと思ったぞ。相変わらず、ミューレの行動は読めん。その代わり、手を抜かれたり、失敗されたら意味ないぞ」

「二代目くんはそんなこと絶対にしないよ。先代に徹底的に基礎を叩き込まれているからね。それと私からも本当の恐怖を叩き込んであるから」

ニヤリと笑う。そう二代目くんが十代の時に簡単な冒険に連れて行った。

冒険者の仕事を知らないと鍛冶屋の仕事にならないと先代から依頼を受けた。その時に死の恐怖と云うものをまざまざと見せつけてあげた。

いかに冒険者が使う武器が重要か身に染みただろう。

今も夢に見るとかそういえば前に言っていたな。

「かわいそうに。ミューレに目をつけられたのが運の尽きか…」

「それどういう意味よ。美少女である私に可愛がってもらえることなんて無いのよ。説明してもらおうかしら」

素早くダガーをウォンの脇腹に突き立てようするが、握られピクリとも動かない。刃は握るだけではそう簡単に切れない。切るには前か後ろに引く必要がある。

「こういうところだよ。まったくすぐ実力行使にでるからな。二代目の目を見たか。完全に動揺していたぞ」

「うん、知ってる。赤ん坊の頃から世話してるんだから、すぐ分かったよ」

「大人しくしてりゃ美少女なのに、喧嘩ぱやいのが欠点だな」

「効率主義と言って。どうせ最終的に結果は一緒なのよ。だったら、楽しく効率的に進めましょうよ。それに二代目くんも五日後を楽しみにしているのよ」

「へ、どう意味だ。さっぱり分からん」

「当日になったら分かるわ」

「了解。じゃあ、次は情報屋だな。こっちは俺に任せてもらうぜ」

「いいわよ。お手並み拝見と行きましょうか。あまり待たせないでね」

「善処するよ」


情報屋も同じように石造りの民家だった。もちろん看板の類は出ていない。当たり前だ。看板を出すのは自分の身を危険に晒すだけだ。

ウォンがノックをリズム良くする。このリズムが違うと扉は開かれない。一見さんはお断り。自分の身を守るためには、これ位用心深い方が信頼できる。

覗き窓が開かれ私達二人を一瞬確認し、すぐに窓は閉められ鍵が開く音がする。

ウォンが扉を開ける。


中に入ると窓もなくローソクの明かり一本だけが部屋を照らしていた。

中に入ると入口と奥に扉があり、部屋の中心で鉄格子が前室と後室の二つに分けられていた。

鉄格子を挟むように簡素な木の机が置かれている。椅子は無い。

鉄格子の向こうの机の前にフードを深く被った男が立っている。部屋が暗いため口元しか見えないはずだが、私は違う。エルフ族は夜目がきく。明かりが無くとも温度差で明確に見える。

だが、フードを深く被っているため、結局見えないのと同じだ。夜目がきくのと透視とは全く違う。

それに相手は情報屋。正体を知られたくないだろう。情報屋の顔を見ない様にそっぽを向いておこう。それが礼儀だ。情報屋ならエルフの特殊能力も把握しているだろうし。


「廃城の場所が知りたい」

ウォンが何の説明もなく、結論だけを述べる。駆け引きという言葉を一晩かけて叩き込んでやろうかしら。まずは世間話からただで情報を引き出しなさい。無理か脳筋だもんなぁ。

「信憑率ゼロの噂の廃城の事でいいのか」

「そうだ」

「金をドブに捨てることになるかもしれんぞ」

「お前なら何とかしてくれるのだろう」

「難しいな。あれは俺も信じていない。今まで調べたことが無い。時間をもらう」

「いいだろう。何時返事がもらえる」

「そうだな、三日後には何かしら答えが出せるだろう」

「わかった。三日後に聞きに来る。帰るか」

「ウォンの馬鹿。他にも聞くことがあるでしょう。何のために作戦立てたのよ」

脛を蹴飛ばす。固い。痛い。次からは太ももか尻にしよう。

「何か他に聞くことあったか」

思い切り蹴ったのに何の反応もしない。くそ、この鈍感め。

「ゴブリンとかの集落の場所よ。忘れたの」

「へ、ここで聞くのか。単純に樹海をうろうろして見つけたところを襲うと思っていたぞ」

頭痛が痛い。いや、頭が痛いから頭痛か。

「ここでいくつか集落の場所を聞いておいたら、樹海を無駄にうろつく必要が無いでしょ。この位なら情報屋さんなら朝飯前よ。ねっ」

「あぁ、それは簡単だ。だが、たくさん有りすぎて逆に答えるのに困るな」

「そうね、廃城がありそうな方向で三つ程上げてくれる。種族は人間並みの知能があれば何でもいいわ。強さは問わない。そいつらにも話を聞くから。三日後に一緒に報告できる?」

「強さ…ねぇ。あんたらに勝てる奴は樹海にはいないだろう。わかった。取引成立だ。支度金をもらおうか」

「はい」

机の上に銀貨を置く。さすが情報屋、私達の正体は分かっているってことね。情報屋は銀貨を手に取ると背中を見せぬように奥の扉から出て行った。

念入りな事ですこと。


「さて、私達はどうする?」

「ふむ、昼飯にするか」

「そうね、肉や魚ばかり続いていたから街中でしか食べられない物がいいわね」

「となると、スパゲッティとかピザか」

「ウォンにしては良い思い付きね。冒険中は食べられないものね。それ頂き」

「じゃあ、屋台街に行くか。あそこなら自由に選べるだろう」

「さぁ行くわよ。手下一号」

「誰が手下だ。殴るぞ」

「きゃ~犯される!だれか助けて!」

「冗談でもそれは街中では止めろ。洒落にならん。警備ギルドや正義の冒険者が飛んでくる」

お腹の空き具合からみて、結構時間が経っていたのね。

情報屋の家を出て、屋台街へ二人並んで進んでいく。


屋台街で向かい合わせに私達は座って食事を思い思い取っていた。

私はスパゲティで、ウォンはピザをエールで流し込んでいる。

相変わらず食べるのが早い。すぐに私の目の前からピザが消えた。

私は落ち着いて、ゆっくり味わう。

そして、ウォンの前に右手を出す。

「はい」

ウォンは少し考えた後、手を載せる。まるで犬のお手だ。

「ち・が・う!鍛冶屋と情報屋の代金。私が全額出したでしょ。割り勘分を出しなさい」

「あぁ、忘れていた。やっぱりいるのか」

とぼけているのか、本当に忘れていたのか、きょとんとした表情を浮かべる。

財布に手を突っ込み、私に渡す。まぁ少し足りないけどいいか。

「はい、確かに。後はカタラね。向こうは教会で上手く情報を仕入れたかしら」

「それこそ神のみぞ知るだな」

「誰が上手い事言えと…」


照明用の油やロープ、保存食などこまごました物を買い物し、「エンヴィー」五日間を堪能した。一度ここから出たら都会的生活とはしばらくはおさらばだ。今のうちに楽しまなければ。


三日後、情報屋から廃城は確認できなかったと言われた。ただ、可能性として樹海の南東にかなり深い渓谷があり、そこから先に足を踏み入れたものは誰もなく、廃城があるならば渓谷を越えた向こう側だろうという情報を得た。

確かに今もらった地図に書かれている渓谷の存在は知らなかった。近くに街道や重要拠点もない。この付近を通り掛かる物好きはいないだろう。

もらった地図にはゴブリンとオークの集落の場所も書き込まれている。

カタラは教会では何の収穫も無かったが、本人はリフレッシュできたようだ。そんなに神様への祈りって大事なのかな。僧侶は大変だ。


そしてさらに二日後、プレートアーマーに身を固め、旅の準備をする。鍛冶屋の二代目くんはキッチリ仕事を仕上げているはずだ。剣を受け取れば、冒険の準備は終わる。

四季物語の宿代を精算し、鍛冶屋へ向かう。

そこには目の下に隈を作り、頬もそげた二代目くんが立っていた。約束通り、二本の剣を五日間で仕上げてくれた。

二代目君は、私の後ろに立っているカタラを見てそわそわしている。あえて、知らぬふりをしておいてあげよう。私ってやさしい。ウォンは剣の仕上りが気になるようで気づいていない。

剣を鞘から抜き放ち確認する。

見た目は問題なし。少し皆から離れ軽く剣を振るう。違和感なし。重量バランスも問題なし。完璧だ。

同じようにウォンも反対側で確認している。

「問題ない。いい出来だ」

「二代目くん、ありがとう。約束をキッチリ守ってくれる人って好きよ。ゆっくり休んでね。こんなに無理しちゃって、体は大事にしなきゃダメよ」

お礼を言うが二代目くんにとっては、これからがご褒美タイムだ。

「二代目さん、すみません。馬鹿コンビがご迷惑をお掛け致しました。これはほんのお詫びです」

『神の癒しよ、この者に』

カタラが祈る。二代目の血色が見る見る良くなっていく。

いわゆる治癒魔法だ。低位の治癒魔法を使ったようだけど一般人には効き目抜群だったようだ。まぁ、血色が良くなったのは魔法の効果だけじゃないけど。

「相変わらず、カタラさん凄いですよ。疲れが一瞬で吹き飛んでいきました。ありがとうございます」

思わず二代目くんがカタラの手を握りしめる。カタラが二代目くんに微笑む。二代目くんの顔がますます赤くなる。

「本当に分かりやすい。奴はカタラに間違いなく惚れている。これは今後も利用できるな。」

「声に出ていますよ。ミューレ」

カタラの怒りを感じる。おや、声に出してしまったか失敗、失敗。

「ごめんね二代目くん。またね。次来る時もカタラを連れて来るね。その方が嬉しいよね」

二代目くんの目がカタラへチラチラと動く。

そう、仕事が終われば私がカタラを連れてくることを二代目くんは分かっていた。そして、頑張るほどカタラがやさしく接してくれる事を。つまり、二代目くんの恋心を利用したわけだ。でなければ納期を二日も短縮できない。恋は盲目とは、よく言ったものね。

「ミューレ、いい加減になさい。行きますよ」

「お、漫才終わったのか」

「ウォン、漫才ではありません。人心を悪用することは許されません」

何か小言が続いているようだが聞き流す。

さぁ、大好きな冒険の始まりだ。私達三人の本領発揮。

いよいよお楽しみだ。

よし、冒険へ行くぞ!


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