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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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29/61

29.治療

扉の向こうが騒がしくなってきた。どうやら、私が散々待ちわびた朝を迎えた様だ。

全身の痛みと痒さで睡眠はほとんどとっていない。そのため、魔力は全く回復していない。まあ、魔力が回復していてもこの満身創痍の身体では、動くことが出来ず意味が無い。

今日も大人しく、この固いベッドに横たわるしかない。

扉の向こうの騒々しさも一段落してから扉が開いた。

入ってくる気配は、ウォンだ。

「ミューレ、寝れたか?」

ウォンがのんびり聞いてくる。目を動かすが視界に入らない。人と話す時は、顔を合わせような。ウォンの顔が見えない。

「無理。ほぼ徹夜。疲れた」

「そうか、だが昨日よりは血色が良くなっているな。ちなみにカタラがポーションを作っているぞ。ミューレの朝飯だそうだ。もうすぐ来るだろう」

「そう、腹に穴が開いているし、固形物は食べられないからでしょう」

「だろうな。まぁ、カタラ曰く、今日の午前中の辛抱らしいぞ。それで半分以上回復させるとか昨晩言ってたな。もう少し、ゆっくり寝てろ」

「寝てろと言われても痛いし、動けない」

「そうだったな。じゃ、俺は外に出るわ。カタラが午前中はこの部屋に誰も入るなと言っていたからな。死ぬ前に顔を見ておこうと思ってな」

「これで、死ぬ程やわじゃない。治ったら、この前の続きの様に喉笛を噛み切ってあげる」

「おお、怖。退散退散」

私の様子を確認しに来たのだろう。無駄口を叩けるほど元気があり、安心したという雰囲気を感じる。

ウォンの気配が、扉が閉まる音とともにこの部屋から消える。どうやら、部屋から出ていったようだ。部屋が静かになる。しかし、すぐにカタラが部屋へ入ってきた。

「ミューレ、おはようございます。調子は如何ですか?」

「昨日と変化なし。全身が痛くて痒い。結局、寝ていない」

「やはり、薬が切れると眠れませんか。しかし、顔色は昨日より確実に良くなっています」

「自分では、実感が無いんだが…」

「大丈夫です。ここまで回復すれば、今日の午前中には身体を起こすことが出来ると思いますよ」

「ああ、カタラを信じている。治療は任せる。好きにして」

カタラが口許にポーションを近づけてくる。ハーブの香りが心を落ち着かせてくれる。

「昨晩は眠っていないでしょう。ポーションを飲んで少し眠って下さい。そうすれば、さらに血が増えて、治療魔法の効果が上がります。一眠りをしてから、治療にはいりましょう」

「分かった。私も少しでも眠りたい」

ポーションをゆっくりと飲み干していく。身体の中心が火照り、眠気が徐々にやってくる。

ようやく、数時間ぶりに眠れる。


「ミューレ、起きて下さい。治療を開始します」

カタラの声で目が覚めた。ポーションを飲んで五分も経っていないと思うのだが、先程の説明と少し違うな

「いや、まだ五分も眠っていないと思うのだが、一眠りにしては短くないか」

カタラがキョトンとしている。私は何か変な事を言ったのだろうか?

「すでに眠り始めてから一時間半が経ちました。ポーションを飲んでいる最中に眠ってしまったのです」

病気や怪我とは、恐ろしいものだ。見事に私の体内時計が狂っている。五分と一時間半の違いも区別できないとは。

「そうなのか。では、治療を始めるのか」

「はい。まず、内臓、骨折、凍傷、指の再生の順に治します。途中で気分が悪くなると思いますので、その時は遠慮なく申し出て下さい。バケツを用意していますので、そちらに吐いて下さい」

そういえば、昨日も腹の中を掻き回され、戦闘中に吐いていたな。あれが、また起こるというわけか。仕方ない。それで治るなら幾らでも受け入れよう。

「では、始めます」

『体力回復』

カタラがベッドの横に跪き、神へ一心に祈る。

身体全体を覆っていた倦怠感が徐々に薄れ、体が軽くなる。疲労も取れ、気力がわいてくる。

『身体復元』

身体の中に無数の手が突然現れる。手首から先の手が腹の中を文字通り探り続ける。胃や腸を掴まれ、中に溜まっていたポーションが逆流する。

「カタラ…」

すかさず、カタラがバケツを口許にあてる。今朝飲まされたポーションをすべて吐き出す。

これは、気持ちが悪い。昨日よりも丁寧な仕事だという事は分かるが、強い吐き気がこみ上げてくる事には変わりがない。

三十分程、同じことを繰り返す。すでに吐くものは体の中に何もない。強い吐き気が延々と私を苛む。

「ここで五分、休憩しましょう。内臓の治療は終わりました。次に骨折の治療に入ります」

息が荒い私は、返事が出来ない。肩で息をしながら軽く頷く。

カタラが脂汗を拭いてくれる。

ようやく、気持ち悪さも落ち着き呼吸が整ったところで五分経ったようだ。

「では、骨折の治療に入ります。これは先程より楽なはずですが、何かあれば遠慮なく申し付けて下さい」

『身体復元』

カタラがベッド脇に跪き、胸の前で手を組み神へ祈る。

先程と同じ様に私の体内に無数の手が蠢くが、触られているのが骨の為か、気持ち悪さはさほど感じない。ただ、患部を直接触れる度、激痛に襲われることには変わらない。肋骨と骨盤を中心に魔法の手が執拗に撫でまわす度に激痛が走る。

割れてずれた骨を正しい位置に戻している様だ。骨の欠片を動かされる度に電撃の様な痛みが走る。常人ならば痛みで気絶できるだろう。だが、その痛みで気絶できない自分が今回ばかりは憎い。気絶できれば少しは治療も苦にならないだろうに。

唐突に痛みが薄らいだ。

「骨折の治療が完了しました。これによりかなり体への負担が無くなったと思いますが、いかがですか」

カタラの言う通り、呼吸をしても痛みを感じないし、多少、身体を身じろいでも凍傷の傷は痛むが、身体の内部が痛むことは無い。

「ありがとう。カタラの言う通り楽になった」

「それは良かったです。では、凍傷の治療にまいります。よろしいですか?」

「ああ、任せる」

『身体復元』

次は、体の表面を魔法の手が撫でまわしてくる。痛さと痒さにこそばゆさが足される。

時間が経過するにつれ、痛みと痒さが和らいでくる。しかし、魔法の手が撫でまわすこそばゆさは消えない。

「凍傷の治療が終わりました」

全身を撫でまわしていた魔法の手がいつの間にか消え、痛みと痒さも完全に消えた。

肌を見ると酷かったケロイドの痕は一切ない。怪我する以前の玉のような白い肌が前にある。

「後は、失った指の再生です。これは明日の予定にしておりましたが、ミューレに余力があるようですので、午後から治療できます。どうされますか?」

痛みも痒さもない今の状況は、すこぶる調子が良く感じる。多分、狂っていた内臓の調子や歪んでいた骨の並びも同時に治療されたのだろう。

以前より、身体が軽やかに感じる。

「問題ない。カタラのおかげで今までより気分が良い位だ」

「では、昼食後に治療再開致しましょう」

「もう、そんな時間?」

「はい、もうお昼時です。後で昼食をお持ちします。少し横になって、寛いで下さい」

カタラが部屋を出ていくのを見送る。今朝はこの動きすら取れなかったというのに、今はベッドから自分の力で身を起こし、久しぶりに天井以外の景色を見たような気がする。目の前に広がるのはただの石壁だが、珍しい物を見たかの様な錯覚を感じる。たった一日しかたっていないのに。


自分の手のひらを見ると綺麗に全ての指が根元から無い。凍傷の影響を一番受けたのだろう。これでは、自分では何もできない。昼から治療を再開してもらう事にして良かった。

確かに内臓の治療はかなり体力を消費したが、飲まされ続けていたポーションが良かったのだろう。あのポーションのお陰で治療に耐えることが出来た。

扉が開く音がし、カタラが入ってくる気配を感じた。久しぶりに美味しそうなスープな香りを嗅ぐ。

「まだ、胃腸が本調子ではありません。身体に負担のかからない様にスープを用意してきました。中身に関してはお聞きにならない方がよいです」

という事は、中には得体のしれない物が入っている訳だ。ここは忠告に従いますか。

「分かった。中身は聞かない。美味しそうな匂いはしているから大丈夫だろう。カタラは味見をしたのだろう」

何気なく聞いたのが失敗だった。カタラが視線を逸らす。

あ、味見をしていないということか。カタラが味見したくない様な物が入っているのか、このスープは…。

「ミューレ、安心して下さい。滋養強壮には間違いありません」

カタラが私の顔を見て力説する。ここまできて、散々身体を弄繰り回されたのにスープで怯んでも仕方ない。

「分かったから、食べさせてくれると嬉しい。指が無いから」

「それは勿論です。では、どうぞ」

差し出されたスプーンからスープをすする。多少のえぐみと苦みを感じるが、美味しい野菜スープだ。

「やや、苦いが美味しい。問題ない。カタラも飲めば」

「さ、食べ終わりましたね。指の再生治療に入りましょう。少し、治療過程がややグロテスクですが、目隠しは必要ですか?」

あ、ごまかした。余程、変な物が入っていたのだろう。カタラが隠し事をするなど初めて見た。逆に追及するのが怖くなる。聞かない方が幸せだな。

「いや、グロいのは慣れている。このまま始めてくれていい」

「わかりました」

『身体復元』

先程と同じ様に神へ祈り始める。

右手の親指があった場所が、盛り上がり始める。内側から骨が突き破り徐々に伸びていく。追いかける様に血管と神経が骨に巻き付くかの様に伸びてくる。

骨と血管と神経が指の半分まで伸びると筋肉が伸び始め、仕上がった部分から皮膚が覆い被さっていく。指先まで仕上り、皮膚に覆われると指先に爪が浮かび始め、完成する。

自分の体の中をここまでじっくり観察などしたことがない。なるほど、人の身体はこの様に出来上がっているのか。剣術や魔法で何かの役に立つだろう。

「親指が終わりました。次の指に参ります」

ここまでの指一本当たり所要時間十五分。恐るべき再生速度だ。このペースなら二時間半で全ての指が復元されることになる。ここまで強力な治癒魔法を連発しているにも拘らず、カタラに疲労の気配は無い。恐るべき魔力量だ。

恐れていた治療の副作用と言うか、反作用があるかと思っていたが、全くない。気が付けば指が生えているといった状態だ。治療中にゆっくりと考え事が出来そうなくらいだ。

教会一の天才がパーティーにいることは本当に心強い。感謝だ。しかし、カタラ一人では、このパーティーでは負担が大きい事を今回痛感させられた。

何せ、私達が狙う敵は、通常より最低でも一段階は強い上級モンスターとの戦闘が主になる。そうなると敵から貰う一撃のダメージも大きい。

今回の様に私が重体に陥れば、他の者に対するフォローが一切できない。

となると、もう一人は腕利きの僧侶が欲しくなってくる。そうすれば、回復と防御が両立できそうだ。だが、そう簡単に腕利きの僧侶が見つかるだろうか。腕利きの僧侶は、冒険者パーティーのみならず、貴族や王族などの特権階級も喉から手が出る程欲しい存在だ。

普段は王の毒殺を防ぎ、病気や怪我をしても確実に治療でき、戦争では傷ついた兵士を治療し、最前線に即座に戻す。有能な僧侶が何人いても問題ない。

権力者が教会を厚く保護するのは、そういった人材確保の側面もある。そうやって、権力と教会が癒着したりすることも多々あるが、私達には関係ない。

王族だろうが、背後に強大な勢力を持つ教会だろうが、私達の敵と認定すれば、叩き潰すのみ。今まで知名度が無いため、今までそういう事態になったことは無いが、敵対すれば国だって亡ぼしてやろう。私達なら出来る。

さて、新人僧侶を迎え入れると七人パーティーになってしまうが、パーティーとしては六人の方が動きやすい。一度、ウォンとカタラと相談をすべきだな。三馬鹿は、こういう事を考えるのには向いていない。

だが、まずは今回の廃城攻略、レッドドラゴンを倒すことが優先だ。


「ミューレ、治療が終わりました。具合は如何ですか?指は問題なく動きますか?」

いつの間にか、かなりの時間が経過していた様だ。目の前に剣術でタコだらけになっていたはずの指が、失われる前より美しい指となって十本揃っている。

私の指ってこんなに綺麗だったのか。しばし、我ながら美しさに見とれる。

「ミューレ、もしかしたら指が動きませんか?」

カタラが心配そうにのぞき込んでくる。

「すまない。失う前の指より綺麗すぎて驚いていた。今から試してみる」

恐る恐る握り拳を作る。痛みやこわばりも何も感じず、自由に滑らかに動く。

軽く指の運動をするが、頭の中と寸分たがわずに動く。完璧だ。

「カタラ、ありがとう。完全に元通りだ。握力が落ちたり、障害が残る事を覚悟していたが、ここまで完璧に治療してくれるとは、想像できなかった。まだまだ、カタラの力を侮っていた様だ。すまない。本当にありがとう」

感謝の念を込め、カタラを強く抱きしめる。ウォンと違い、筋肉も柔らかくハーブの良い香りがする。カタラも私を優しく抱きしめてくる。

「良いのです。これが僧侶としての本分です。人に喜んでいただくことが私の幸せです」

一旦離れ、立ち上がろうとした瞬間、目の前が真っ暗になった。

気が付くとカタラに支えられていた。

「まだ、立つには早すぎます。ベッドに戻って下さい。今は、回復魔法により体が軽く感じますが、相当の負担が身体にかかっています。今回の治療でミューレの寿命が十年は縮まったと思って下さい。魂を削り、肉体を産み出しました。まもなく、重度の疲労感が全身を襲うはずです。ですが、治療は完了していますので、安心して下さい。明日の朝には、すっかり元気になっている筈です。今日はベッドで大人しくして下さい」

「分かった。カタラがそう言うならば、間違いないのだろう。大人しく寝させてもらう」

ゆっくりとベッドに戻る。今のところは、身体が軽く今すぐにでも冒険に出られそうな程、体調がとても良いのだが、そんなに重度の疲労感が訪れるのだろうか。そんな気配は全く感じない。だが、カタラが嘘をつくことは無い。現実に疲労感はまもなく来るのだろう。

なら、明日から冒険に出られるのであれば、今出来る事は明日からの段取りを考える事だ。まず、廃城の研究室へ行き調査をする。その後、他の部屋を調べ、奥の大扉へ進む。

次の瞬間、重度の疲労感が唐突に来た。それは疲労感と言うよりも分厚く重い鉄板を身体の上に載せられたかの様な圧迫感だ。

呼吸も自由に出来ない。あまりの重さに耐えようと体中の筋肉が幻覚の鉄板に対抗しようとする。これが、魂を削った代償か。

みるみる全身が脂汗にまみれていく。動くなと言われても、これは動くことなど不可能だ。さらに圧力が高まる。鉄板が増やされたかの様だ。脳の血管が切れそうだ。

遠くでカタラが何かを叫んでいるが、もう聞こえない。手をカタラに握られた様だが、そこで圧力に抵抗できず、闇に落ちた。


干し肉を焙る匂いで目が覚めた。

全身にひどい汗をかき、肌着がべっとりと肌に貼りついている。

だが、気分は爽快だ。身体のどこにも痛みもかゆみもない。それに熟睡もしたのだろう。魔力も完全に回復している。ゆっくりとベッドから立ち上がってみる。

めまいも違和感も無く、軽やかに体が動く。昨日の朝まで、腸がはみ出し、足が取れかけていたとは信じられない。少し体術を行う。右手で敵の拳を払い、みぞおちへ左手で正拳突き。

自分のイメージと寸分違わず身体が動く。もちろん痛みは無い。完全復活だ。

カタラ様々だ。これは大きい借りが出来た。エルフ族、いやウィーザー家こと緑の氏族の誇りにかけて、カタラを守る。長老共が何を言おうが、今、私が決めた。


壁に立てかけてあった愛用のバスタードソードと着替えを持ち、隣の部屋へ行く。

朝食をとっていた五人の視線が私に集中する。

「面倒をかけた。みな、ありがとう。恩に着る。汗を流しに行ってくる。カタラ、かまわないかな?」

「はい、身体は大丈夫です。周りには気をつけて下さい。モンスターがいるかもしれません」

「大丈夫だ、カタラ。今のミューレならば、問題ないな」

ウォンが呟く。ウォンのお墨付きがあるのならば、体調は問題ないだろう。

「じゃ、行ってくる」

たった一日しか経っていないが、外に出るのが久しぶりに感じる。少しひんやりとする清浄な空気を胸の奥まで吸い込む。洞窟ではどうしても空気にカビ臭さがあった。外の新鮮な空気は格別だ。

洞窟からあまり離れず、河原の開けたところで剣を抜く。軽く基礎の形を振るってみる。身体に違和感もズレも無い。これならば、今すぐ戦場に立っても問題ない。

少しずつ形の難易度を上げていく。今まで通り、狙い通りに剣が自由に動く。そして、奥義へと移る。一通りこなし、全身から湯気が上がる程、汗を掻いた。さすがに奥義を連発しすぎたか。息が切れ肩が上下する。

本当に身体が完璧に治療されている。身体に不自由さが無い。もしかすると、どこかに障害が残り皆の足を引っ張るのではないかと危惧していたのだが、どうやら杞憂だった。

とりあえず、この二日間と今掻いた汗を流そう。

念の為、周りの気配を探る。敵や動物もいない。他の皆も洞窟にいる様でこちらには来ていない様だ。

仮面を外し、恐る恐る鏡の様な水たまりを覗く。そこには見慣れた美少女の顔があった。

心の底から安堵した。もしかすると、治療中も仮面をしていたので、顔に傷が残っているのではないか。もしも、残っていれば治療の為に、カタラに素顔を晒さなければいけないのではないかと不安だった。これでも暗殺者に狙われる身。素顔を知る人間はいない方がいい。

水たまりに映った自分へにっこりと微笑んでみる。自分で言うのも何だが、人の心を鷲掴みする微笑だ。顔の動きも自然だ。

これで一つ心配事が消えた。次は身体だ。やはり、多少の傷が残るのは冒険者だから仕方がない。だが、もしかすると大きな傷が残っているのではと不安が残る。幾ら四百歳だといっても、人間年齢ではうら若き乙女なのだ。気にならない方がおかしい。

カタラが指をあれほど綺麗に治療したのだから、頭では傷が残っている訳がないと理解しているが、やはり自分の目で確認をしておきたい。

着ている服を全て脱ぎ、裸身を太陽のもとにさらす。

全身を色々な角度から見るが傷一つない。逆に今までの冒険で少し荒れていた肌が珠の様に輝いているぐらいだ。カタラの治療は完璧だった。非の打ち所がない。

汗と埃にまみれた身体をゆっくりと清流に浸かっていく。雪解け水が混じっているのか、思っていたより水が冷たい。

金髪が多いエルフ族には珍しい、黒く長い髪を丹念に水で洗い解していく。よく見れば、痛んでいた髪まで治っている。ここまで治す必要は無いのだけど、完璧主義のカタラらしい。

浅瀬に寝転がり、しばし水の流れを楽しむ。嫁入り前の乙女の身体、本来なら岩陰で隠れて水浴びするのだが、今日はこの五体満足を楽しみたい気分だ。

水の流れに合わせて胸が揺れる。いつの間にか、大きくなっている。ウォンの言う通りだ。成長している。

普段は、戦いの邪魔にならぬ様に布を巻き付けていた為、気が付かなかった。と言うか、言われるまで胸の大きさ何て気にしていなかった。大きかろうが、小さかろうが子供を育てるのには関係が無い。胸の大きさで、一喜一憂するのは男だけだろう。中には気にする女もいるようだが、私は気にしたことが無い。

色仕掛けは、私には関係ない。仮面をつけた完全武装の少女が寄ってきても胡散臭いだけだろう。近くの岩場に腰かけ、仮面を丁寧に磨き、先程まで着ていた肌着や下着を洗濯する。

これで水浴びは終わりだ。

用意しておいた着替えを身に着け、さっぱりする。ここで初めて自分が空腹であることに気づいた。では、洞窟に戻り朝食を摂り、楽しい冒険へ出ることにしよう。


「ただいま」

「おかえりなさい。朝食の準備が出来ています」

さすが、カタラ。手抜かりなし。私が帰ってくるタイミング分かっていたのだろうか。温かい朝食が並んでいる。病人食ではなく、通常食だ。つまり、普通に飲み食いをしても支障は無いということか。本当にカタラの治療魔法には脱帽しました。

「では、いただきます」

用意された食事を摂りながら、今日の予定を皆に提案する。

「まず、研究室の調査をしよう。あそこには、虐殺に関する何かの答えがあると思う。それを知る事が、あの城の事を知る手がかりになると思う」

「ふむ、ミューレの言う通りであろう。ぜひ、研究室は調べるべきだ。特に丹念に時間をかけるべきだ」

ナルディアが興奮気味に話す。奴の魂胆は、魔導士の魔導書を読み説きたいのだろう。もちろん、私も非常に興味がある。新しい発見が期待できる。

「ふん、過去の事などどうでもよいわ。それよりも早くトカゲと戦わせろ」

「じゃ、一人で行ってきたら」

ブラフォードの提案は一蹴する。検討の価値も無い。

「貴様、怪我人だと思って優しくしておれば、つけあがりおって!ゆるさん、殴り飛ばしてやる」

ブラフォードがズカズカと私に近づいてくるが、途中で豪快に前のめりにこける。

ウォンの仕業だ。足を引っかけるのを見逃さない。

「おいおい、大丈夫か。いきり過ぎじゃないのか。少し落ち着け」

ウォンはのんびりとブラフォードに話しかけ、起き上がるのに手を貸す。自分が犯人なのに、よくもしれっと話しかけられるものだ。

「おぉ、すまん。そうじゃな。少しさかり過ぎたか。メインディッシュは、最後に取っておくべきじゃな」

そう言って自分の席に戻る。豪快に皆の前でこけたことが恥ずかしいのだろう。大人しくなってくれた。

ちなみにメインディッシュは最後には食べない。最後はデザートなのだが、指摘するとうるさくなりそうなので、止めておいた。これ以上相手をしたくないというか、ブラフォードにやさしくしてもらった覚えは無いと思う。

「ミューレの案が妥当だろうな。俺もあの城の曰くには興味があるな」

「はい、確かになぜ虐殺があったのか、なぜ中から外に出ることが出来ない造りになっているのか興味があります」

「ロリは、カタラが言う通りでいいよ」

「ふん。他の者がそれで良いのならば、ワシにも依存は無い」

はい、六人の意見を頂戴しました。予定通りです。

「では、朝食後に出発。廃城探索、今日もよろしく」

さて、今度はどんなモンスターが待っていることやら。それとも、いきなりドラゴン戦に突入か。大分、城を荒らしたし、そろそろ怒ってきてもおかしくない。

さて、今日の冒険は荒れそうだ。

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