28.因果応報
ブラッド・フィースト戦記
28.因果応報
しゅう かいどう
冷たい布が肌に触れ、意識が戻った。だが、頭の中がかき回される様に痛み、覚醒には程遠い。どうやら、ベッドに降ろされた様だ。全身に激痛が走り、動くのが億劫だ。だが、状況は把握したい。無理をして両目を開く。
何か卵形の輪郭が見えるが焦点が合わない。一体、私は何を見ているのだろうか。
「ミューレ、目覚めましたか。動かないで下さい。傷に響きます」
卵が話しかけてくる。この声はどこかで聞いたことがある。確か、カタラだったかな。
動くなと言われても正直なところ全身の痛みが酷く、戦闘中でなければ自分から動きたくはない。
目の焦点は、相変わらず合わないままだ。この卵がカタラの顔なのだろう。耳をすませば、三馬鹿の声も遠くに聞こえる。どうやら、ベースキャンプの洞窟に帰ってきたようだ。
少しずつだが、意識の混濁から抜け出しつつある。それに合わせて目の焦点も合ってきた。
やはり、卵はカタラだった。私の顔の汗を濡れた布で拭き取ってくれる。水の冷たさが気持ち良い。
「どのくらい、意識を無くしていた?」
もしかすると二日や三日経っていたりするのだろうか。
「丁度、城から帰ってきてベッドに寝かせたばかりですから、数時間ですよ」
意外に時間が経過していない。あれだけのダメージを身体に喰らいながら、数時間で意識が回復するなんて意外と私も頑丈なものだ。
「戦闘には勝ったのは夢じゃないよな」
「はい、夢ではありません。私達は勝ちました。ミューレの作戦通りです。他の皆さんは、軽傷です。ミューレだけが重体です。次からは、この様な無茶な作戦ではなく、理知的な作戦をお願い致します」
「そうだな。私も二度と御免だ。戦闘中に自分の腹が爆発する幻影まで見たよ」
「幻影?ミューレ、実際にウォンの攻撃を受けて内臓が飛び散ったのですよ。それを立て直す為、私が背後から身体復元や体力回復の魔法をミューレにかけ続けていたのですが、気づいていませんでしたか?」
「いや、敵の風魔法で吹き飛ばされてから、初めて回復魔法を受けたと記憶しているのだが…」
どうも、私の主観と客観とでは食い違いがあるようだ。カタラに一つずつ確認をしていく。
そして、お互いの話をまとめると、次の通りだった。
ウォンの素振りを受けて、分身がダメージを吸収しきれず消滅し、私の腹部が衝撃で破裂し内臓をぶち撒けた。カタラが、私の命の危険を感じ、私へ身体復元と体力回復の魔法を交互にかけ続け、身体を復元し、生死の境から引き戻した。
私は極度の興奮状態にあり、腸がはみ出た状態で戦闘を続けていた。
カタラが私への回復魔法に専念したため、他の魔法をかける事が事実上不可能となり、パーティーへ防御や回復のサポートが出来なかった。
そのため、私に防御魔法をかけ直す事が出来ず、敵の風魔法によって私は肋骨数本と骨盤を骨折、折れた肋骨が肺を貫通し、胸から骨が飛び出し、出血が酷かった。
ところが敵が凍結魔法を使用した事により、出血部の血が凍り付いたことにより出血は停止し、失血死の可能性は低くなった。
手足は凍傷により完全に黒ずんで壊死し、手の指が全て無くなっている。
意識があることを確認できたため、カタラは魔力量の残りを考え、内臓の治療を最優先し、手足の再生は戦闘後に行うことにした。
敵を撃破し、私は意識を失った。その後、鎧を脱がし怪我を確認したところ、内臓破裂の治療は不完全、骨折箇所は数多で数える事を断念。全身に重度の凍傷、手足は壊死していた。
一方、他のメンバーは、風や凍結魔法で吹き飛ばされたが、防御魔法により打撲と軽い凍傷を受けたが、自然治癒するようなもので軽傷で済んだ。
カタラの魔力は、私の治療で大量に消耗したため、一旦キャンプへ帰投し、キャンプにてカタラの魔力を回復後に私の治療を再開することにした。
研究室の調査・探索は、凍結魔法により全てが厚い氷に覆われている為、不可能。ミューレ回復時には氷も溶けていると思われる為、後日、万全の態勢にて調査することにする。
そして、キャンプに戻ってきたと云う訳だ。
ちなみに私の仮面は、何か深い理由があるのかもしれないので外していないとの事だ。
「手間かけたね。カタラ、ありがとう」
素直に感謝の言葉を述べる。私だって感謝の言葉は幾らでも言う。何せ元手が要らない上に、好感度を簡単に上げる魔法の言葉だ。使わない方がもったいない。
「いえ、私が未熟なために回復が追い付かず申し訳ありません。明日、魔力が回復次第、治療を再開いたしますので、今日は痛みと身体が不自由でしょうが我慢をしていただけますか。必ず、傷も残さず元の身体に戻します」
カタラは本当に心から申し訳なそうにしている。
カタラが未熟な訳がない。もし、本人の言う通り未熟ならば、一般の僧侶は見習い以下になる。
「いや、カタラは何も悪くない。私が立てた計画通りに実行した結果なんだ。現状を素直に受け入れる」
「ミューレはお強いのですね。もしも、私がこの様な怪我を負えば、痛みで冷静にしていることはできません」
「自業自得、因果応報。今まで自分が敵にしてきた事が返ってきただけ。文句など言えない。冷静と言うより諦めに近い」
「そうですか。では、今日は気休めにポーションを飲んで眠って下さい。眠る事によりミューレ自身の疲労も取れ、回復能力も活発化されるはずです」
「わかった。大人しく眠らせてもらう」
カタラが少しずつ私の口にポーションを流し込んでいく。しばらくすると、じんわりと腹が温かくなると同時に眠気が襲って来る。カタラめ、ポーションに眠り薬も仕込んだな。
疲れ切り、ボロボロの身体は睡魔にあっさりと負けた。
激痛で目が覚めた。眠り薬の効果が切れたのだろう。身体と心は疲れ切っているが、眠り薬が無ければ、あまりの痛さに眠る事などできない。寝返りを打とうと身じろいだ瞬間に全身に強烈な電撃が走る。眠り薬を飲まされたのは正解だったかもしれない。
手足が非常にかゆい。が、痛みで身動きが取れず、かゆいところをかく指も無い。かゆさをひたすら我慢するしかない。まるで拷問だ。
自業自得か…。今までに散々敵に対して、拷問をしてきた。
爪をはがし、指の骨を折り、歯を抜いたり等、その場で簡単にできる事はすべてやってきた。
今の私は、まるで拷問をされた直後の様だ。因果応報とはよく言ったものだ。
カタラが仲間であったことが私にとっては本当に救いだった。
もしも、カタラがいなければ最初のウォンの素振りの攻撃の折に絶命していただろう。
並の僧侶では平時ならまだしも、戦闘中に臓器を修復させる事など不可能だ。さすがはカタラ。教会一の天才と呼ばれるだけの事はある。
先程、傷の無い元の身体に戻すと簡単に言っていたが、あれもカタラだからこそ言える言葉だろう。無くした指や壊死した手足を復元できる存在は、数百年生きてきた私でもカタラしか知らない。それ位、稀有な存在だ。よく、私達の性悪パーティーに加入してくれたものだ。
逆に極悪すぎて、改心させようと企んでいるのかもしれない。実際に私は、数年をかけて洗脳されつつあった。まぁ、ウォンが洗脳を解いてくれたおかげで覚醒し元に戻れた。
もしも、覚醒していなければファントム・ソーサリーとの戦闘は、逃げる方向で計画を立てていただろう。そして、全員が安全に逃げる方法が思いつかず、目くらましをかけて各自の判断で撤退の方針をとったに違いない。そうしていれば、数人が死亡したのは間違いないだろう。その死者にカタラが加わっていれば、回復も蘇生もできない。パーティー壊滅だ。
ウォンの危惧した通り、私が覚醒していなければ、勝利は有り得なかった。ウォンは、普段何も考えていない様にしか見えないが、ここまで考えていたのだろうか。いや、考えていないな。戦士の感だろう。今回の冒険で生き抜くには、私の覚醒が必要だと感じたのだろう。
それで、今まで放置していたカタラの洗脳を解くことにしたのだと思う。
多分、深く考えていない。直感で動くタイプだからな。
扉が開く音がした。扉が開くと隣の部屋から三馬鹿の大声が聞こえ、すぐにカタラに怪我人がいます。静かにしなさいと怒られ、黙り込む。三馬鹿はカタラに頭が上がらない。
何せ、冒険中の生殺与奪の権利を持っているのはカタラだ。カタラの機嫌を損ねて、回復魔法をかけて貰えなくなれば大変なことだ。その点に三馬鹿は、戦々恐々している。
三馬鹿は、本当に馬鹿だ。カタラが、困っている人間を見捨てる訳がない。底抜けのお人好しと言っても良い。心が狭量な人間ではない。
扉が閉まり、再び静けさが戻った。一つの足音がベッドに近づいてくる。気配で誰かすぐに分かった。
ベッドの縁に座り込み、私の顔を覗き込んでいる様だ。いくら私が仮面をしているとはいえ、乙女の寝顔を覗き込むとはデリカシーの欠片も無い。普段なら見られて困ることは無い美貌だが、今は凍傷で酷い肌になっているだろう。できれば、今回は見て欲しくない。
「ウォン、私の顔を覗き込むのは止めてくれないか。乙女の顔を覗き込んでいいのは、王子様だけと相場は決まっているのだが」
「起きていたか。ならば、俺には権利があるな。お姫様抱っこでここに連れてきたのは、俺だぞ」
「待て。という事は、鎧を脱がし、ここまで連れて来てくれたのは誰だ?」
いや、本当は分かっている。
ロリとブラフォードは、背が低くて私を背負う事はできない。
ナルディアとカタラは、頭脳派で特別に身体を鍛えていないから私を長時間背負う筋力は無い。
消去法でいくと残っているのはウォンしかいない。そう、答えは最初から出ている。
「全部俺だな。鎧は、凍っていたから力づくで、紐を引き千切って引きはがし、まずは背中に背負い、帰り道の半分くらいまで来たところでカタラにミューレの足だけが落ちそうだと言われて、お姫様抱っこに切り替えてベッドに寝かせた。その後は、カタラに任せた」
という事は、途中で夢を見ていたのは、ウォンの背中や胸の中だったのか。
道理で、知っている匂いや聞き慣れた鼓動だった訳だ。だから、安心して気絶できたのか。
ま、これで一つ大きな借りを作ってしまったな。その内、借りを精神的にか、食事で返すことにしよう。
「そうか、面倒をかけた。ここまで連れて来てくれてありがとう。この借りは、精神的に返す」
「借りと言うか、原因の半分は俺だからな。気にしなくていいぞ」
「ふむ、なるほど。確かにその通りだ。ウォンの斬撃でこうなったのが発端だ。わかった。気にしない」
「待て、そこは社交辞令でも借りは返す的な発言はするだろう」
「私は、純粋無垢なので気にしなくて良いと言われれば、言葉通りに気にしない。何かおかしいか?」
「おかしいな。純粋無垢というところが非常におかしい。一体誰の事だ?カタラの事か?」
「どうやら、先の戦闘でウォンは目を負傷したようだな。目の前に可憐で純粋無垢な美少女がおるではないか。後でカタラに目の治療をしてもらった方が良いぞ」
「うん?何のことだ。俺の前には腹黒、陰謀大好き、残虐非道のエルフがいるだけだが。まぁ、仮面を被ったうさんくさい美少女と言う点は、認めてやるか」
「ありがとう。ウォンの私への認識が良く分かった。これからは、作戦を立てる時に必ず死地に立たせてあ・げ・る」
「そんな、計らいはいらん。で、話すのは苦痛じゃないのか。そろそろ休むか」
「確かに話すのは痛むけど、安静にしている方が痛みが激しい。このまま、おしゃべりを続けてくれる方が気が紛れて助かる」
「了解。一つ気になった事があるんだが…」
「何、今回の敵?」
「ミューレ。前より胸が大きくなったな」
『魔力光弾』
私の周りに魔力による光弾が発生し、ウォンに次々着弾していく。
全弾、クリーンヒット。この位の魔力は残っている。動けなくとも詠唱のみで発動できる。
「痛た。何も魔法を撃ち込まなくともいいだろう。その光弾は、自動追尾で回避出来ない魔法なんだから、全部喰らっちまったぞ」
「変態戦士」
しかし、本当にウォンは頑丈だな。魔力光弾を喰らっても平気な顔をしている。どれだけ頑丈な体をしているんだ。本当に毎日の鍛錬を欠かしていないんだな。
「仕方ないだろう。背負った時に背中に当たって分かるんだからな。初めて出会った時から見た目が変わらんから成長していないと思っていたが、ゆっくりと成長しているんだな」
「当たり前でしょう。エルフ族だって成長しないと大人になれない」
「という事は、ミューレお前はまだ大人じゃないのか?」
「人の年齢に合わせると十代後半かな」
「何!俺と十歳も年下なのか。それは今までで一番の驚きだ。てっきりその貫禄から三十路は超えているものとばかり。だが、実年齢で言うと俺が数百歳年下か…」
「ほ~、もう一発魔法が欲しいのかしら」
「まぁ、冗談はここまでにしておこう。俺の命が危なそうだ。で、今日の敵は何だったんだ?」
「今日のは、ファントム・ソーサリーと呼ばれるアンデッド。だけど、ファントム系は素材となった死体の怨念や未練によって、種族や職業と強さで何になるか変わってくる」
「昨日のファントム・ナイトは、素材が騎士だからファントム・ナイトになり、今日のファントム・ソーサリーは、素材が魔法使いだったということか。ならば素材が僧侶ならファントム・クレリックとかになるのか?」
「クレリックは無いと思う。多分、僧侶は未練を残さずに死んでいくと思う。いわゆる神の思し召しで納得していると思う。でも、盗賊のファントム・シーフや戦士のファントム・ウォーリアは居る」
「なるほど、その素材が上級者であれば手強く、初心者であれば弱いファントムが出来上がる訳か。昨日のファントム・ナイトは、常人並の騎士だったから手こずらなかったと。で、今日のソーサリーは素材の魔法使いが尋常じゃない強さの持ち主だったということでいいのか?」
「そうよ。それも魔法使いを超えた魔導士と言ってもいい強さね」
「俺には、魔法使いと魔導士の違いが分からん」
「魔法使いは、魔力を世界によって定められた法則に従って力を行使する者。つまり、魔法を使う為の魔力法則、つまり呪文や動作・触媒等を知らないと求める結果を生み出すことが出来ない。魔力が大量にあっても、知識が無ければその魔力には意味は無い」
「そうなのか。お前ら、何かバンバン適当に魔法を放っていないか」
「これでも私もナルディアも魔法書を読み込んで、法則を学び、自分の中で最適化してきたから、無造作に魔法を使っている様に見えるだけ。同じ魔法使いが見れば、ちゃんと世界の法則に従って、つまり儀式に則って魔法を使っていることがわかるはず。その儀式を簡略化できる魔法使いが上級者として認められるのよ」
「魔法を使うには、儀式があり、その通りにしなければいけないという事だな。知恵の輪を解くのに、既定の解き方通りでなければ外れないのと同じでいいか?」
「まぁ、大体それでいい。で、魔導士は、元は魔法使いなのだけど、究極の最適化に気づき、魔法の真理や核心に辿り着いた者を言う事が多い。修行や研究により膨大な知識や魔力を身につけている。魔法の根源を理解したことにより、法則を無視して自分が思う通りに魔力を導き、膨大な魔力量で無理やり望む結果を生み出す。知恵の輪で言えば、鉄の輪を魔力で分解して、粉にして再構築して外れたような結果にするかな。もしかすると、透過の呪文を生み出しそのまま引き抜くかも」
「知恵の輪を魔法でバラして元に戻すのは、ミューレでも出来るだろう」
「時間をかければ、似た事はできる。分解の魔法か、溶解の魔法をかけて、知恵の輪を分解し、その形に近い物に再度整形する魔法をかければ理論上は可能。でも、私の場合は、最低でも二回は魔法を詠唱しなければならないし、仕上がった物は、分解する前と違和感を感じる似て非なる物になると思う。魔導士は、分解する前の知恵の輪を魔力で包み、金型の様に魔力を物質化し、その金型を分割して金属へ変換し、寸分たがわず同じ物を構成できると思う。それだけ複雑な工程を膨大な魔力によって一瞬で済ませることが出来るはず」
「今の説明はよく分からん。とりあえず、神に近い人間でいいか?」
がんばって、ウォンにも理解できるように噛み砕いて説明したつもりだったけど、無駄だった。私も魔導士のことを想像で語っている。要点を得ない説明になるのも仕方がないかもしれない。
だが、神に近い人間というのは要点を得ている様に思える。
確かに、砂漠で水を無限に生み出したり、海を二つに割ることも可能だろう。
ならば、神が起こしたと言われている奇跡とやらと変わらない。
やはり、ウォンは地頭が良いな。勉強し知識を蓄えれば、どこかの国の軍総監にでもなれるものを。面倒だと言って勉強しないなんて惜しい。
「ずばり、そうね。一番わかりやすい例えだわ」
「となると、魔導士、それもアンデッド化して更に凶悪化した奴に勝った俺達は、もの凄い事なのじゃないのか」
「それは間違いない。今までに魔導士を倒したという話を聞いたことが無いもの。逆なら幾らでもあるけど。ちなみに魔導士がアンデッドになったのではなく、人間は命に限りがあり、研究時間が足りないから、自分から永遠に存在するアンデッドになったと思う」
「は?何か、魔導士ってアンデッドばかりなのか。そんなのがゴロゴロいるのか?」
「私が知っているのは一人というか一匹。そいつは、ちゃんと生きている」
「ミューレの知り合いにそんな奴がいたのか。一度、会ってみたいな」
「その内、会えるんじゃない。カタラの知り合いでもあるし」
あっと、口が滑り過ぎたか。人様の領域に勝手に踏み込むべきはなかった。失敗だ。
「ふ~ん、そうか。ま、会えるなら気長に待つか。で、俺達は神に近い者を倒した者達か…。つまり、ゴッドスレイヤーズだな。しかし皮肉だな。この世で神に一番近い者がアンデッドなんてな。」
「それを言うとカタラが激怒すると思う」
「確かに。今のは無しにしとくか」
ウォンなりに気を使ってくれたらしい。聞かなかったことにしてくれた。感謝。
扉が開き、カタラが入ってくる気配がする。今のを聞かれたか。もしそうならば、二人の命が危ない。
「ミューレ、お薬の時間です。あら、お二人とも身体を強張らせてどうかされましたか。もしかしたら、私、お邪魔をしてしまいましたか?」
どうやら、ゴッドスレイヤーズやアンデッドの話は聞かれていない様だ。危ない。ところで邪魔って何のことだ?
「いや、俺の不注意でミューレの身体に当たり、痛がらせてしまったんだ」
「駄目です。怪我人を相手にしているのですから、些細な事でも注意して下さい」
「分かった。話疲れただろう。俺は戻る。カタラ、後はよろしく」
「はい、分かりました。ではお任せ下さい」
ウォンが後ろ手に手を振り視界から消え、気配が部屋から出ていった。カタラがベッドの脇に座り込み、ポーションを用意する。
「先程と同じ物です。今日は、このポーションで我慢して下さい。明日には、神の御力により劇的に治りますので、それまでの辛抱です」
「分かった。頼りにしているよ」
言われるままにポーションを飲み込む。先程と同じく腹の中心が温かくなり、眠気がやってくる。眠気に対抗する気など一切ない。薬で眠らされている間は痛みから解放されるのだ。歓迎すれど抵抗する意味が無い。一気に意識が途切れた。
この後、何度か眠り薬が切れ激痛で目を覚まし、しばらくするとカタラがポーションを飲ます事を繰り返した。
日が沈んだのか、隣の部屋のざわめきも静かになり、誰もこちらの部屋に来なくなった。皆、今日の戦いで深い眠りについたのだろう。
食事を摂る余裕も無い。朝食以後、何も食べていないが、空腹など一度たりとも感じない。ただただ、全身の激痛とかゆみと戦い続ける。魔力回復のため、夜中にカタラたちが来る事は無いだろう。魔力を回復させるには、まとまった睡眠しかない。
今晩は、このまま眠ることなく激痛と対話をして過ごしていくことになるだろう。昼間に散々強制的に眠らされたせいで眠気は来ない。
これから、真の苦しみの時間が来るわけだ。骨が折れたところは熱をもって腫れ上がり、凍傷になっている部分は、かゆくてかゆくて気が狂いそうだ。爪を立てて掻き毟りたくなるが、指は凍傷で失い、掻き毟る事も出来ない。
身じろぐ度に痛めた内臓が悲鳴を上げ、身動きを取らせない。
顔からは脂汗が流れ落ちるが、身体からは一切汗が出ない。凍傷で汗腺が潰さ汗をかくこともできないのだろう。そのため、熱が内にこもり身体が非常に熱い。
痛みに耐えきれず、失神するがすぐに別の痛みかかゆみにより目が覚める。
今晩は、これを何度繰り返したことだろうか。もう日が変わったのか、深夜なのか、早朝なのかも分からない。もしかすると、カタラが最後にポーションを飲ませてくれてから一時間も経過していないのかもしれない。それとも逆にまもなく日の出だろうか。
体内時計は完全に狂っている。
これ程、朝が来る事を望んだことが今までにあっただろうか。
せめて、ウォンと無駄話が出来れば気が紛れるのだが…。




