27.囮
久しぶりの強敵ファントム・ソーサリーと相対している。
こちらの攻勢は全て無力化され、本体への攻撃が一撃も当たっていない。隙を与えると無詠唱で魔法がこちらに飛んでくる可能性が高い。さて、この手詰まりをどこからほぐしていくか。早くしなければ、今も攻撃を続けているウォンとロリの体力が無くなる。
フフフ、楽しいじゃない。このパーティーが力押しで負けるなんて数年ぶりだ。デーモンやドラゴンの数々を屠ってきたパーティーが、たった一体のアンデッドに簡単にあしらわれるとは最高の展開じゃないか。
「ブラフォード、突撃。ドワーフ族の真の力とやらを私に見せてみなさいよ」
今まで防御姿勢で固まっていたブラフォードがピクリと動く。ようやく、目に力が戻り、準備運動のつもりか、肩を回し始める。やっと、放心状態から戻ったか。トロイ奴め。
「ガハハハ、やはりワシの力が必要か。いいじゃろう。ドワーフ族の実力をとくと見るが良いわ!」
ちらりとウォンが迷惑そうな視線をこちらに送ってくる。ロリとの連携が崩れるからだろう。だが、そんなことは私も分かっている。
「ナルディア、連続攻撃魔法。初級魔法でいい。奴に魔法を使わせるな」
「ふ、お安い御用だ。大魔法使いナルディア様の実力の一部を垣間見るのだな。一時間でも二時間でも魔法を放ち続けて見せようではないか」
ナルディアが火球や風刃などの初級魔法を次々に放つ。ナルディアの実力なら初級魔法は詠唱時間がゼロに等しい。それに魔力消費もごく僅かだ。確かに一時間以上魔法を放ち続ける事も出来るだろう。だが、魔法のことごとくをファントム・ソーサリーは、黒い盾を自由に操り、防ぎ続ける。有効打は無いが、私のもくろみ通り敵の呪文詠唱を防いでいることは確かなようだ。
ようやく、足の遅いブラフォードが敵に取り付き、バトルアックスを振り回し始める。だが、無理に重たいバトルアックスを振り回している為、狙いと攻撃がずれている。逆にそれが敵にとっては攻撃が読めない結果となっており、黒い盾をうまく操れない様に感じる。だが、実力差がはっきりしている。本体に攻撃が届く気配が全く無い。
ウォンとロリにこちらへ戻れとサインを送る。すぐに二人が気付き、ブラフォードに注意を集め、素早く離脱してくる。
「何~!ワシ一人だと!お前達帰ってこい!戻るんじゃ~!」
ブラフォードが叫び続けるが、無視をする。多分、誰かが戻るまで叫び続けるだろう。
今、ブラフォード自身が逃げようとすれば、即座に殺されることを実感しているだろう。
応援が来るまで罵詈雑言を放ちながら、戦い続けることは間違いない。
ナルディアにも聞こえる様にナルディアの背後にブラフォード以外が集合する。
「ナルディア、魔法の詠唱を続けながら聞いて。奴はこちらの詠唱を聞いて魔法に対応している。つまり、アンデッドの分際で人様の言葉を理解し、自分で判断する知恵まで持っている訳だ。声は出さないで、首を振って返事をして」
皆が頷く。ブラフォードを前衛に立たせたのは、戦闘音にブラフォードの騒音を混ぜて、こちらの作戦が聞こえぬ様にする為と時間稼ぎだ。作戦を伝える時間さえあれば稼げれば良い。
だが、ブラフォードでは長時間は持たないだろう。手短に作戦を段階ごとに伝えていく。
最初の段階でカタラだけが、横に首を振った。だが、私の目を見つめ覚悟を決めている事を悟り、頷いてくれた。次の段階に説明へ移り、その都度皆がうなずく。もう反対意見は出ない。
では、作戦開始といきますか。
皆には言わなかったが、正直、作戦と言うレベルではない。博打だ。上手くいく方がおかしいと自分自身でも思う。だが、勝てる見込みがあるのであれば、試すしかない。試さなければ、ここでパーティーが全滅するだけだ。自身の安全を取るならば、私とナルディアは魔法で逃げる事も出来るのだが、さすがにここまで冒険者レベルが高く、居心地の良いパーティーを見捨てるのは勿体ない。逃げるのは、完全に負けが確定してからでも遅くはない。
さて、第一段階開始だ。
『分身現出』
呪文を唱えると四体の私の幻影が現れる。そして、ファントム・ソーサリーへと歩みを進める。背後からウォンとロリも一緒に歩みを進めていく。
「来たか!何をしておった!とっとと、お主らも参加せぬか!!!!」
ブラフォードが顔を真っ赤にし吠える。汗が湯気になり、全身から立ち上っている。どうやら、ナルディアの連続魔法のお陰で何とか攻撃を受けずに済んだ様だ。まだまだ元気があるねぇ。もう少しまともな作戦を考える時間がとれたかな。まぁ、考える時間をかけても結論は変わらないか。
ナルディアの連続魔法は引き続き行われており、私の目の前で炎や氷が爆発している。
ファントム・ソーサリーを間合いに入れると床へ剣先を当てる。剣技『流剣乱舞』の構えだ。ファントム・ナイトにはこれで止めをさす事が出来たが、ファントム・ソーサリーにはどこまで効果があるか疑問を感じる。やはり、作戦説明をした時の通り、効果は目くらまし程度だろう。黒い盾さえなければ、倒すことは可能だと思えるのだが…。
間合いにはブラフォードが入っているが気にはしない。力をじっくり溜め、初撃を発動させる。
その瞬間、作戦通りに背後からカタラが聖水の入ったガラス瓶を大量に投げ込んでくる。
聖水瓶ごと切り刻む。聖水が瓶から零れ落ち、ファントム・ソーサリーへと次々に振りかかる。聖水はわずかだが効果があった。聖水が当たった処から白い霧が立ち上る。しかし、ダメージ的にはかすり傷に等しいが、嫌がらせ程度の効果はあった様だ。嫌がらせでも魔法の詠唱を邪魔するには十分だ。
流剣乱舞は刹那に十合斬る技、上手くいけば一撃か二撃は本体に届くだろう。分身も含め流水の如く、幻影も含めた五十合の斬撃を繰り出すが、本体の剣だけ盾によって弾かれ、一合も本体に通らなかった。幻影の剣に関しては、避ける動作すら無かった。どうやら、本体と幻影を見極める力を持っている様だ。
まさか、本体と幻影を戦いの一瞬に見極めるとは想像もしていなかった。魔導士とは斯くも恐ろしい存在なのか。魔法使いが見習いに見えてくるな。
本体にダメージは通らなくとも、盾にはかなりのダメージを蓄積させたはず。どんなに頑丈であろうとも、私の剣技をまともに受けて壊れない道理は無い。それに初級魔法とはいえナルディアの連続魔法のダメージも黒い盾に蓄積しているはずだ。
ちなみに足元には、私に背中をザックリと斬られ、痙攣しているブラフォードが転がっている。当たったのは、一撃だけか。運のいい奴だ。ブラフォードを避けて斬るなどファントム・ソーサリー相手には無理だ。最初から切り捨てるつもりだった。後一撃で流剣乱舞が終わる。そして、私も計画通りに…。
背後から、ウォンの気合が聞こえた。衝撃に備える。背中から疾風、強風、それとも暴風か。いや豪風が背中から腹へ抜け、急激に腹が灼熱し、一秒ほど遅れ衝撃が訪れる。腹が爆発し内臓が飛び散る幻影が見えた。私の身体を背後から通り抜けたのは、ウォンのロングソードだった。
ウォンは、私より体格が大きいのにも関わらず、私の身体を利用して、完全にファントム・ソーサリーの死角に入り続け、流剣乱舞の最後の一撃と完全に攻撃を同調させた。
私が浴びた技は、ウォンの素振りだ。分身がダメージを肩代わりし、私は無傷のままのはずだったが、計画外の相当なダメージを自分自身に貰った。四体居た分身は、今の技で全て消滅した。カタラの防御魔法も即座に効果が吹き飛ばされた。
『分身現出』の魔法は、術者が斬られようが貫かれようが燃やされようが、分身が術者の見代わりに完全にダメージを吸収し、ダメージの大小に関わらず一体ずつ消滅していき、術者に傷痕など一切残さない魔法だ。
しかし、全ての分身が同時に消滅してもダメージを吸収しきれず、私の内臓の幾つかが破裂した様だ。その証拠に剣が通り抜けた後に大量の血を吐き、赤い鮮血の血溜りが目の前に出来ている。ウォンの素振りの威力は想像以上だった。作戦を立てた時に、分身が四体全て消滅する可能性は考えていたが、私にダメージ及ぶ事があるなど一切考えていなかった。
今は戦いの最中、自分の身体が両断されなかっただけマシとしよう。まだ、ここで倒れる訳にいかない。私の役目は、囮となって、ウォンの素振りを当てる事だが、次の役目が終わっていないのだから。
私の胴体を通り過ぎたウォンのロングソードを防ごうと黒い盾が並ぶが、無駄な行為だった。
私とナルディアが散々叩き込んだ攻撃で黒い盾は、ウォンの剣が触れただけで粉々に砕け散り、空中に溶け込んでいく。
黒い盾を粉砕した剣は、ファントム・ソーサリーの腹部に直撃する。私の身体と盾が威力を落としている筈だが、ファントム・ソーサリーの上半身と下半身を完全に引き千切る。ようやくクリーンヒットの大ダメージか。剣圧で敵の背後の本棚も両断され、ゆっくりと倒れていく。だが、これで終わるとは私達は思っていない。奴は、まだまだ余力を残している筈だ。
打ち合わせ通り、第二段階へ移行する。ロリが敵の背後へ、ウォンが私の左側へ回り込み正三角形の形に囲い込む。
『デルタアタック』
三人による三方向からの全く同じ攻撃が行われる。完全に三人がシンクロし、寸分の狂いも無く同じ斬撃を本体へ叩き込み続ける。攻撃を合わせようと目で見ていては、シンクロ出来ない。気配を読み、呼吸を聞き、思考を先読みし、技を繰り出す。体力よりも精神力がすり減っていく。途中で、さらに血を吐き散らすが途中で止める訳にはいかない。身体を動かし続け、自分自身も同時に破壊していく。時々内臓がかき回されるような感覚に襲われる。内出血がますます酷くなっている様だ。ここで攻撃を止めれば、奴を倒す機会を永遠に失うかもしれない。激痛に耐え、二人のトップスピードに合わせるしかない。目がかすみ、視界が狭まってくるが、気力だけで補い続ける。
ファントム・ソーサリーは、全く同じタイミングで攻撃が来た場合、防げるのはどれか一つ。少しでもタイミングがずれると盾で防がれてしまう。その事に作戦に入る前の攻防を見て気が付いた。
完全な同時攻撃を行えば、一つは防がれても残りの二つは本体に攻撃を加えることができる。第一段階で全ての盾を壊すことが出来たのは、嬉しい誤算だ。この第二段階のどこかで壊せればと考えていた。敵が防御の出来ない状態でデルタアタックに入れたのは幸運だった。
盾の無い状態で三方向から連続で斬撃を浴び続け、少しずつではあるがファントム・ソーサリーの存在濃度が希薄になっていく。敵の上半身と下半身は繋がろうと、触手の様に影を伸ばし、お互いを探し合う動きをしている。
ナルディアの連続魔法が意識の集中を阻害しているためか、それとも魔力が枯渇したのか、合体を優先しているのか、新たな盾も召喚できないようだ。
だが、私の状況は、ますます悪くなっていく。私の目の前が暗くなっていく。
まずい。血が足りない。自分の想像以上にウォンの素振りのダメージが大きい。
しまった、攻撃がずれた…。
突然、前方から突風を浴びせられ、研究室の壁まで強烈に叩きつけられる。
とっさに受け身を取ろうとするが、身体に限界がきたのか、身体に染みついている筈の受け身が取れない。
まともに壁に激突し、激しい衝撃で肋骨が数本折れた。さらに血を吐く。どうやら折れた骨が肺に刺さったのかもしれない。呼吸がもどかしい。もう、どこが痛いのか分からない。
どうやら、ファントム・ソーサリーが魔法で私達三人を吹っ飛ばした様だ。何の魔法を喰らったのかを判断する余裕も無い。脳の中も思考と記憶が混ざり合い、現実感が乏しくなるが、激痛が数瞬で現実へ無理に引き戻す。ここで夢を見ている余裕など無い。
想定していた第三段階に移行だ。敵は、元 魔導士だ。幾ら攻撃を受け続けていてもわずかな隙で魔法を放つことがあり得る。私は、常に最悪の状況を考える。実際に私のミスを突かれた。
敵の周りに味方は居ない。思う存分魔法が使える。魔法戦に突入し、その後に隙を見て接近戦に再度移行する。
『氷塊刺突』
魔法の範囲外にいたナルディアの声が響く。直径五m、長さ五十mの範囲に無数の氷筍を飛ばし、相手を刺し貫く。ファントム・ソーサリーの身体に無数の穴が開いていき、穴だらけの雑巾の様な姿になっていく。そして、通り抜けた氷筍が敵の背後の壁も打ち砕いていく。壁が壊され、埃が立ち、ファントム・ソーサリーの姿が隠れていく。一旦、ここで攻撃を中断して、回復される訳にはいかない。すぐに私が魔法を放たねば…。
剣を杖代わりに立ち上がろうとした瞬間、恐れていたことが発生した。ファントム・ソーサリーの二発目の魔法だ。
実験室の中央に青い光が現れ、一気に部屋を包み込む。
実験室の隅々まで一気に氷点下へ気温が下がり、何もかもが分厚い氷に覆われ凍りつく。
私の身体から体温が根こそぎ奪われ、手足の感覚が無い。全身が凍傷になった様だ。金属鎧が皮膚に貼りつき身動きがとれない。
ファントム・ソーサリーは、アンデッドだ。凍傷の影響は受けない。広範囲魔法で私達だけに有効な魔法を使ってくるとは、やはり知恵者だな。
他の五人の状況が気になるが、自分の身体の面倒を見るだけで精一杯だ。後は、己の力で何とかしてもらおう。
手足は動かないが、私は口さえ動けば、まだ戦える。伊達に魔法剣士とは名乗っていない。
『風刃断裂』
血を吐きつつ、魔法を唱える。私の目の前から見えない圧縮した空気の無数の鎌が敵へ向け走り抜ける。風の魔法で切り刻み、ついでに埃も吹き飛ばし視界を確保するためだ。風が埃を吹き飛ばし、ファントム・ソーサリーの姿が見えた。
穴だらけの雑巾から人型に戻っていたが、向こう側が透けて見えている。ようやく、致命的ダメージに達したか。
いつの間にかファントム・ソーサリーに接近したウォンが素振りの溜をしている。さっきの攻撃で素振りが非常に有効なのが分かった。使わない手は無い。ロリも背後から攻撃する準備をしている。どうやら、二人はカタラの防御魔法で冷気から守られた様だ。私だけ防御魔法が消えていた為、ここまで魔法をまともに浴びたのだろう。となると、他の三人は無事だろう。
ウォンが剣を基本に忠実に一気に振り抜く。ファントム・ソーサリーが盾を生み出すが、一枚しか出ない。盾は効果なく粉砕する。ファントム・ソーサリーの身体がまたもや両断される。黒い盾に最初の頃の固さが無い。今度こそ魔力が枯渇してきたようだ。
素振りが通り過ぎた瞬間、ロリの剣技が炸裂する。ピグミット族の敏捷性を活かした他方向からの連続刺突だ。ファントム・ソーサリーの身体に新たに穴が出来上がっていく。
「ナ、ナルディア。火球を連続で…」
痛みをこらえ何とか声を絞り出す。また、口の動きに合わせ、血があふれ出す。
私の要求通りに初級魔法の火球を次々にファントム・ソーサリーに叩きつける。今度は防ぐ盾は無い。全て直撃だ。これで敵に魔法を打たせるタイミングは摘んでいる筈だ。
魔法の効果範囲が狭い火球の合間を縫って、ウォンとロリが持てる剣技を叩き込む。
ファントム・ソーサリーの姿がさらに薄くなった様な気がする。
気を失いそうになる私の元へカタラが、治療の為に駆け寄ってくれる。
『体力回復』
身体の中心に温かみが生じ、血の気が徐々に戻ってくる。だが、この魔法は体力を戻す魔法。破壊された臓器までは治せない。
『身体復元』
続いて、臓器や筋肉などの組織を復元してくれる魔法をかけてくれる。体の中に無数の手が全身に現れ、まるで粘土細工をこねくり回している様だ。あまりの気色悪さに胃の中の物を盛大に吐き出す。あぁ、こんな姿、美少女が台無しだよ。
どうやら、先に体力をある程度回復させねばならぬ程、私の身体は破壊されていたようだ。保険に分身魔法をかけておいてもこのダメージか。どうやら、ウォンが立っている剣術のステージは、私が思っていた以上に上のレベルの様だ。
ウォンが本気の素振りを出すためには、溜が必要だった。そこで私が『流剣乱舞』で敵の注意を引きつけ、囮となり、そのまま敵と共に斬られる。考える時間が無かったとはいえ我ながら酷い作戦だ。
効果があると思えば、味方ごと攻撃する。もし、火炎爆裂の魔法一発で片付くのであれば、躊躇いなく全員を巻き込んででも撃ち込んでいただろう。
ブラフォードも私の剣技で斬られ気絶している。必要だと考えたからだ。そして、この考え方に自分自身も例外では無い。それが最も効率が良いのであれば、今の様に私も仲間に斬られる。
だから、みんなが私の作戦に賛同してくれる。自分自身を特別扱いしていれば、誰もこんな馬鹿げた作戦についてくる訳がない。さすがに、カタラは一度反対したけれど、そのままカタラの言う事を聞いておけば、こんなに痛い目を合わずに済んだかもしれない。だが、馬鹿な作戦を決行したため、勝ちが見えてきた。
カタラの魔法のお陰で命に支障が無い状態まで回復した。まだ、身動きは取れそうにない。
そういえば、カタラがこちらに走って来た時は、真っ青な顔色で、泣き出しそうな形相だったな。もしかしたら、死んでもおかしくない状態だったのかもしれない。
さて、今なら多少長い呪文でも唱えられそうだ。ちょいと詠唱時間が長く、戦闘に向いてはいないが、使い勝手と威力は十分だ。一分ほどかけて呪文を唱える。
『多重魔力光弾』
通常の魔力光弾と同じ白く輝く円錐の光弾二十八本が、私の周囲に浮かぶ。通常の魔力光弾は、詠唱と同時に全光弾が発射されるが、これは違う。私が望んだ本数だけを自在に発射することができる。一本ずつ発射することも可能だし、全弾一斉発射することも可能だ。
状況に応じて、まずゴブリンに四本、次にオーガに十本など自在に使い分けることもできる。
また、全弾発射した時の破壊力は、『火炎爆裂』よりも強力なものとなる。この狭い空間で火炎爆裂などの強力な広範囲魔法を使えば、味方も全滅するが、この多重魔力光弾であれば、敵のみを倒すことが出来る。
私のとっておきのオリジナル魔法だ。
「全弾発射」
冷たく静かに命じる。
二十八本の光弾が、静かに確実にファントム・ソーサリーの本体に次々に着弾していく。
魔力の無い魔法使いなぞ、ただの村人と同じだ。黒い盾を生み出す力もなくなったファントム・ソーサリーは、すでに脅威ではない。ファントム・ソーサリーの姿が一段と薄くなった。
まるで霧の様だ。ここまで弱らせればいけるか。
第四段階に移行だ。
「カタラ、『天昇』を…」
「はい、わかりました」
カタラが胸元で両手を握りしめ、神へ祈りを捧げはじめる。
『不浄なる者よ。囚われし憎念を清め、天昇せよ!』
アンデッドの中心に白い光が輝き始め、部屋一杯に光が充満し、数秒後、元の明るさに戻る。
奥の机に居たファントム・ソーサリーの姿は、無くなっていた。やったのか、それとも逃げたのか。不安が頭をよぎる。
「ファントム・ソーサリーは清められ、天に昇りました」
カタラが泣きながら、『天昇』に成功したことを伝えてくれる。
一抹の不安が安堵に変わる。勝った。辛勝だ。博打に勝った。
ウォンの馬鹿。加減をしろ。
そこで記憶が途切れた。
ふと、意識が戻る。身体は何も言う事を聞かず、目を開ける事すらできない。頭の中は、靄がかかったままで、もしかすると夢なのかもしれない。
身体が上下に揺れている。何か大きな暖かい物が私の前に広がっている。
少し硬いようで柔らかい。心地よい。
兄様の事を思い出す。だけど、兄様は緑の匂いがした。
今している匂いは、少し汗臭い。けれども良く知っている匂いで逆に安心する。
心が落ち着く。身を安心して委ねられる。
そこで気絶した。
また、意識が戻る。先程と状況は変わらない。相変わらず、自分自身の状況が分からない。夢うつつだ。
大きな二本の温かい丸太が私を上向きに支えている様だ。
大きく揺れてはいるが、しっかりと抱え込まれ、落ちる心配はない様だ。
耳元でドクンドクンと強い鼓動が聞こえ、心を和ませる。
頬にぴったり貼りついている何かが温かい。まるで揺り籠の様だ。
母親の腹の中ってこんな感じなのかな。
また、闇に落ちた。




