26.話し合い
ウォンの豪快かつ繊細な素振りには心底驚かされた。奥義と言っても過言ではない。他の戦士には真似のできない技だ。
素振りという誰にでもできることが、ウォンの手にかかれば奥義に変わる。
剣の軌道が少しでもぶれれば、壁にヒビが入り剣筋だけを通す事だけは出来無い。また、剣が壁に入る角度が直角から少しでも斜めにずれれば、斬るのではなく打撃に変わり、壁を破砕することになる。それを重量八キロのトゥーハンドソードにて行うとは、ただただウォンの技量に驚くしかない。
基本技を昇華させれば、理想論だが奥義になりえるとは剣の師匠からは聞いていた。
だが、それを体現化できる人物がこの世にいるとは思ってはいなかった。それも私の目の前にだ。これでまた、私の中のウォンの評価が書き換わった。私の評価を何回、上方修正させれば気が済むのだろう。相変わらず、底が見えない男だ。いや、見せないと言った方が正しいのかもしれない。私との本番では、どこまで力を出しているのだろうか。実力の大半を引き出せているのだろうか。それとも半分も引き出せていないのだろうか。もし、後者であれば剣士として非常に悔しい。機会があれば、今まで以上に冷徹に攻めることで見極めてやろう。
一瞬の動揺も治まり、大広間に出ると四つの死体と気絶している無傷の男が一人いた。ウォンは、私のリクエスト通りにしてくれた訳だ。
死体は、見事に鎧ごと上半身と下半身に分断され、床に転がっている。切断面は余りにも滑らかでトゥーハンドソードで斬ったとは思えない。普通は、トゥーハンドソードで斬られると切断ではなく、その質量で押し潰されるか、引き千切られる。だが、この死体は、鋭利な刃物で切断された様にしか見えない。まだピクピクと蠢いている贓物も胴体からほとんどこぼれていない。赤黒い血が大量に切断面から流れ、巨大な血溜りに死体が浮かんでいるだけだ。
暗殺者共は、何も知らずに即死しただろう。血で汚れる事も気にせず死体を物色するが、身許を明かす様な物は、やはり持っていない。四人とも、どこにでもいる冒険者の格好をしており、服装からどこの国の者かも判断できない。後は、失神している暗殺者が情報を出してくれるといいのだが…。
失神している暗殺者は、ウォンの素振りによって生じた衝撃波により吹っ飛ばされ、気絶をした様だ。頭部を強く打って、頭がおかしくなっていなければいいが…。
「ウォン、カタラ、ナルディアは周辺警戒をよろしくね。こいつを控室に連れて行って、お話をしてくるから」
「ああ、またか。ほどほどにしとけよ」
「ウォン、話し合いはしっかりすべきです。ほどほどでは誤解を招く元です」
「カタラいいんだ。ミューレの場合は、ほどほどが丁度なんだ」
「よく分かりませんが、ウォンがそう言うのならば、そうなのでしょう。ミューレにお任せします」
カタラは、今から何が起こるか理解していないな。知らない方が幸せか…。
「ブラフォード、ロリ。こいつを控室に連れて行ってくれる。今からお話しをするから裸に剥いて柱に縛って。裸に剥いた後のボディチェックもよろしく」
放心しているブラフォードが我に返る。だが、衝撃は大きかったようで未だに眼の焦点が定まっていない。いつもならば何かしら反論をしてくるのだが、操り人形の様に暗殺者の身体を控室へ引きずり込むと装備を剥ぎ、ロリと一緒に素直に柱へ縛りつけていく。
背が低い二人が柱に縛りつけた為、柱の前に座らせる形になる。後ろ手に柱を挟んで縄で縛り、両足をそれぞれ違う柱へ縄で結びつけている。座って大股を広げる形になる。縄には余裕は無く、きつく締め上げているため、暗殺者は微動だに出来ないだろう。
話し合いをする場合、下から見上げて話をするよりも見下ろして話をする方が、話の通じやすさが格段に違う。また、服を着ているか、着ていないかも大きい要素になる。人は、裸になると羞恥心や肉体や心に不安が生まれ、弱くなるものだ。
特に一枚の布切れで女は、態度が大きく変わる。て、私も女だったな。まあ、私は見られて困る様な身体ではないし、見た者は基本的に生かしておかないから、いくら死人に見られたところで恥ずかしがる訳がない。
しかし、暗殺者なら訓練を受けているだろうから、これらの効果は無いだろう。逆に話し合いが私の楽しみになるといいな。
ロリが裸にした暗殺者のボディチェックを丁寧にしていく。時折、「髪の中に毒針見っけ」とか、「舌の下に含み針発見!」とか、楽しそうに宝探し気分で暗器を探している。こういうことは、ロリに任せておけば大丈夫だ。言葉通り尻の穴まで本当に調べる。
「う~ん、もう無いかな~。これで全部かな」
「終わった?」
「うん、終わったよ。ミューレ見て。こいつねぇ、左手にね、投げナイフを埋めていたよ。ロリには、痛いからこんなことできないよ」
と言いながら、暗殺者の左手首から投げナイフを抜き出している。投げナイフは皮膚のすぐ下に埋め込んでいたようだ。投げナイフは非常に薄く尖っており、左手を強く振る事により皮膚から飛び出し、標的へ不意打ちを喰らわすことが出来そうだ。
それでは、血塗れの投げナイフの切れ味を早速試してみよう。これは斬る型ではなく、刺す型の様だ。暗殺者の太ももにゆっくり突き刺す。よく手入れされており、皮膚が一瞬凹んだ直後にすぐに反発力で皮膚に食い込み、そのまま筋肉を苦も無く貫き、骨に当たって止まった。勿論、血管は避けて刺している。腿の半分まで投げナイフは突き刺さるが、出血はほとんど無い。
投げナイフを刺された痛みで暗殺者が目を覚ました。痛みに顔を歪め脂汗を額から流しているが、一言も言葉を発しない。苦痛の呻きすらあげない。ほぉ、充分に訓練された暗殺者だ。これは話し合いが楽しみだ。
暗殺者の前に立ち、バスタードソードを抜き身で床に軽く突き立て、足を軽く広げ見下す。
まだ、言葉は何も発しない。
柱に裸で括り付けられ、目の前に抜き身の剣を提げた血塗れの仮面の女剣士が居れば、どの様な気分だろうか。私なら恐怖を感じるだろう。
冷血のミューレと呼ばれる私が恐怖を感じるのは意外だと思われるかもしれない。だが、恐怖心というものは、利用すればこれほど便利な物は無い。気配を感じられない時でも、嫌な予感という軽い恐怖心が警告を発してくれたり、分かれ道でどちら側からか恐怖を感じることで危険を回避することもできる。恐怖など自分の道具にしてしまえば、これ程、便利な物は無い。飼い慣らしてしまえばいい。本当に恐ろしいのは、必要以上に怖がることだ。
で、残念ながら暗殺者には必要以上の恐怖心を与える事には失敗したようだ。仕方がない。こいつはプロだ。訓練を積んできている。この程度で恐慌状態になってもらっては話し合いのやり甲斐が無い。
「知りたいことは三つ。所属、目的、依頼主。話せ」
駆け引きは通用しない相手だ。簡潔に聞く。時間の無駄は省く。
暗殺者は無言のまま。そうだろうね、簡単に喋る訳がない。剣で腿に刺した投げナイフを小突く。一瞬だけ暗殺者の眉間にしわが入るが、口は真一文字に結んだままだ。
「早く言え。それとも私との会話を楽しみたい?」
股の間の急所を踏み付け、ゆっくりと体重をかけていく。足の裏にコロコロとした球の様な感触を感じる。暗殺者の顔が真っ赤に染まり、次第に青白くなっていく。相当な痛みのはずだが何も声を発しない。効果なしか。球が潰れる寸前で力を抜き、元の姿勢に戻る。
では、次の方法に移りますか。
「これな~んだ?」
ロリが暗殺者の髪から見つけた毒針を目の前にチラつかせる。暗殺者の顔に一瞬なぜそれを持っているという様な表情を見たような気がする。
「はい、刺しました」
暗殺者の首筋に毒針ではなく、裁縫で使う縫い針を刺す。暗殺者からは死角だ。毒針を刺されたと思い込むだろう。
「何か、思い出した?話したいことは?」
「解毒剤をすぐに俺に投与しないと死ぬぞ。いいのか」
暗殺者は、落ち着いた低い声で警告してくる。
「はいはい、死んで下さい。次の暗殺者に聞くだけ。代わりは、あるからね」
この言葉に偽りは無い。本当に次に来る暗殺者に聞けばいいだけだ。
「死ぬ前に言いたいことがあれば聞いてもいいが。何か言いたいか」
暗殺者に興味が無いかのように話す。逆にこれが暗殺者の命を軽く見ている証になる。
「待て、解毒薬がズボンのポケットに入っている。先にそれをくれ。あと五分しかない」
ロリが気を利かせて、それらしき物を持って来てくれる。ガラスの小瓶に白い液体が入っている。これが解毒薬か。
手のひらで転がせてみる。暗殺者の顔色が青くなる。どうやら本物の解毒剤のようだ。
「ロリ、パス」
少し離れた所に戻ったロリに放り投げる。ロリは予測していたかの様に危なげなく受け止める。
「行くよ~。はい」
また、ガラス瓶が私の手元に返ってくる。そして、また、ロリに投げ返し、数度のキャッチボールを行う。暗殺者の顔が青さを通り越し、白くなっている。
「おまえ、手足が痙攣しているぞ」
全く暗殺者の手足は、震えてはいなかったが、その一言で突然痙攣が始まる。
「駄目だ。後三分以内に飲まないと助からん。取り敢えず薬をくれ。それから話し合おう」
私の口許に笑いが浮かび上がる。人間の心は単純だ。ただの縫い針を毒針と誤認し、健康体であるにも関わらず、「痙攣しているぞ」の一言で本当に痙攣が始まる。
薬や武器などいらない。思い込みで人を殺す事など造作もない。
「話し合いって何?私は必要無い。死ねばいい」
もてあそんでいたガラス瓶を落としかける振りをする。面白い位に暗殺者の焦燥感が高まってくる。痙攣も激しくなってくる。四肢を固定している縄が喰い込み皮膚が破れ、血が滲み出す。
「すまない。話す。薬を!」
「だから、代わりの人に聞くから死ねば。薬の効果を確かめてあげる」
「ええ。ああっ、申し訳ありません。話を聞いて頂けますか」
「聞くだけなら聞くが、後一分で話せる?」
「薬を頂ければ、ゆっくり話せます。お願い致します」
「仕方ない。口を開けろ」
暗殺者がすぐに口を開ける。余程、切羽詰っているのだろう。それほど強力な毒なのか。
面倒なので、ガラス瓶ごと蓋を開けずに口に放り込む。
暗殺者はガラスで口を切るのも気にせずガラス瓶を噛み砕き、中の白い解毒薬を飲み込む。多少、ガラス片も一緒に飲み込んだはずだ。さぞ、口や喉が痛いことだろう。
薬を飲み終わり落ち着いた後、口に残ったガラス片を吐き出している。一緒に口の中の血も吐き出している。かなり口の中の傷も酷そうだ。
暗殺者は肩で激しく息をし、薬が効くのを待っている様だ。毒など盛っていないのだから、効くはずがないのだが、手足の痙攣が収まり、顔に赤みが戻ってくる。人間の思い込みほど怖い物は無い。
私からは何も話さないし、聞かない。さて、この暗殺者はどの程度のレベルなのかな。
「所属と依頼主は言えないが、目的はミューレの暗殺だ。これで解放はしてもらえないだろうか」
暗殺者は口から血を垂れ流しながら答える。だが、それは最初から分かっている。このパーティーで暗殺者を雇われる程の恨みを買っているのは、私ぐらいのものだ。他の者は、多少恨まれようが命を取られる程の物ではない。
「ふ~ん。知っていることを言われても面白くない。他は?」
「言えません。俺だけで無く、家族も殺されます」
「私には関係ない。所属と依頼主を言えば解放してあげる。言わなければ、人生の幕を今すぐ下ろしてあげる。リクエストがあれば聞いてあげるわよ」
「言えば組織に殺されます。今ここで殺されるのも同じです。それなら、ここで死んだ方が家族が生き残るだけマシです」
「じゃ、今死ねば」
「目的は言いました。それで勘弁して下さい」
はぁ、すぐに目的を言ったから、もう少し口が軽いかと思ったが、中々しぶとい。この暗殺者が恐れる程の暗殺者ギルドとなると、上級の暗殺ギルドの仕事だな。そこへ依頼を出しそうな組織が、心当たりが四組織ある。
「赤?青?黄?それとも、緑?」
暗殺者の表情や体に変化は全く無かった。だが、首筋に刺した縫い針が「緑」で微かに震えた。
暗殺者はポーカーフェイスを貫いているつもりだろうが、身体は正直だ。神経に縫い針を刺していなければ分からなかっただろう。
そうか、依頼主は緑か…。参ったな。緑だけは無い様にと期待していたが、裏切られた。
冒険に旅立つ前に身辺整理をしておくべきだった。緑が使う暗殺ギルドは、一つしかない。
通称『蝙蝠』。真のギルドの名前を知る者は、ギルドの幹部しかいない。誰かがつけた呼び名が通称として定着している。だが、敵が『蝙蝠』なら幾らでも、どうとでもできる。
暗殺依頼が末端か中間で受理されたのだろう。暇な時に遊んでやろう。エンヴィーに帰った時の楽しみが増えた。
知りたいことは全て分かった。さて、こいつには用が無い。死んでもらおうか。
「はい、ではリクエストの時間です。希望する死に方を言って下さい」
言葉に何の抑揚もなく淡々と述べる。事後処理が残っているだけだ。その事後処理を本人に選択をさせてやる。
「待って下さい。私を殺せば情報は手に入りませんよ」
あぁ、煩わしい。終わらす。バスタードソードで心臓を正確に貫き捻る。
自分が剣に刺された事にも気づかず、痛みも感じず暗殺者は即死した。
「ねぇ、ミューレ。どうしていつも剣を刺した後に捻るの?いつも不思議に思っていたんだ」
そばにいたロリは、以前から私の剣の捻りに疑問を感じていたようだ。確かにウォンやロリも含め、他の戦士や剣士で剣に捻りをくわえる者はわずかだ。
「これはね、確実に血管や内臓を破壊するために捻るの。もしも、血管や内臓のすぐ横を剣が通って斬れていなくても捻れば、確実に剣の周辺にある物は全てを巻き込んで破壊するでしょう。それに急所を貫いている場合は、確実に止めをさせる。後、もう一つある。外科的治療が出来なくなる」
抉る事により、組織が丸ごと破壊される。斬るだけならば縫い合わせる事で治療することも出来るが抉られれば、出血も通常よりも激しくなる。
抉られると血管や神経は細かく分断され、切断面同士が届かなくなり、繋げることができなくなる。
内臓に関しては、抉られれば手の施しようが無い。止血も出来ない。その場から逃げても魔法による治療を早急に受けなければ、出血多量による確実な死が待っている。
「うわ~、ミューレってエグイね。そこまで考えていたんだね。誰に教わったの?」
「剣の師匠だけど、私向けの良い先生でしょ」
「その師匠には、他に何か習ったの?」
「ふふふ、それは、ヒ・ミ・ツ」
「え~、ロリにだけ教えて~」
「だ~め。その内、見せてあげる」
剣の師匠は、確かにエグイ。私が無垢な頃に剣の修行をつけてもらった時に、話を聞くだけで吐き戻す様な事例を無数に聞かされ、習得させられた。あの師匠のせいだ。私が冷血のミューレとなったのは。それだけは間違いない。
だが、ここまで五体満足、身体に傷一つなく生き残って来られたのも、師匠のお陰であることも事実だ。無垢な乙女な時は恨みもしたが、逆に冒険者として旅をする様になってからは感謝している。
師匠は、人間族の男だった。ウォンとぜひ力比べをして欲しかった。一体、どちらが強いのか気になるところだ。正統派のウォン対邪道上等の師匠。だが、師匠はすでに墓の下だ。一生どちらが強いのかを知る事は叶わない。
師匠は、弟子を私しかとらなかったし、家族もいなかった。その為、引き継げる遺産は全て私が引き継いだ。金の類は、全て女と酒に使い果たし残っていなかったが、人脈は代替わりしながらも今も有り難く使わせてもらっている。例えば、エンヴィーの鍛冶屋も代替わりして二代目になったが、師匠からの引き継ぎだ。
師匠の事を思い出すなんて、久しぶりだ。少し感傷に浸りすぎたか。冒険に戻ろう。
大広間に戻るとカタラが死んだ暗殺者四人へ神に祈りを捧げていた。相変わらず、律儀な事だ。
「何か、話し合いで分かったか?」
ウォンが緊張感も無く聞いてくる。相変わらず、敵陣の真っただ中なのに余裕だな。
「ロリねぇ、ちゃんと聞いていたよ。ミューレが目的だとしか言わなかったよ。他の事は何も言わなかったんだぁ。残念だね」
「という事」
肩をすくめてみせる。
「何だ、いつも通りか。じゃ、二階に行くか」
ウォンの言葉で、いつもの隊列がすぐに組まれ、二階への階段を慎重に上がっていく。
いつも喧しいブラフォードは、まだ大人しい。放心状態が続いているようだ。このまま放っておこう。もし、それで敵に斃されたらそれまでの男という事だ。
ここで挟撃はされたくなかったが、気配を幾ら探っても敵意は感じない。どうやら、暗殺者の第二波は無い様だ。二階の廊下に問題なく取り付く。一番近い扉の前でウォンが立ち止った。
一階でも十分に豪華な装飾が施されていたが、二階に上がると豪華さのレベルが上がり、優美さを感じる。この城の関係者の居住区域で間違いなさそうだ。
ロリが扉の前に座り込み、聞き耳を立て横に首を振る。音は聞こえないようだ。だが、暗い気配が一つ室内から感じられる。多分、アンデッドだろう。カタラに視線を送る。
「はい、中にアンデッドが一体います。かなり手強い妖気を漂わせています。皆様気をつけて下さい」
「ちなみに聞くがファントム・ナイトの気配か?」
「いえ、違います。それだけは断言できます。それ以上の邪悪さを感じます」
「よし、なら問題ない。本気が出せる。ここらで挽回しとかないとな」
ウォンが本気を出せるのなら、ブラフォードが居なくとも問題ない。
ロリがゆっくりと扉を開け、隙間から中を伺い、指を一本立てる。
敵は、アンデッド一体で確定だ。ただ、ファントム・ナイトより強敵ということに気をつけなければならない。
ウォンとロリが部屋へ突入する。間髪入れず私達も続く。
中は、魔法使いの研究室の様だ。これは後でナルディアが梃子でも動かなくなるパターンか。仕方ないな。私も魔法使いとして興味がある。
そして、奥の大きい机に座っている黒い霧が具象化していく。
黒い霧は、黒いローブに身を包んだ魔法使いへと変化した。
「ファントム・ソーサリーです。魔法が得意です。精気も吸い取りますので接触に十分注意して下さい」
カタラから説明の聞きながら、ウォンとロリが朽ち果てた実験道具を飛び越え、一気にファントム・ソーサリーへ距離を縮める。自分の間合いギリギリにて剣で斬りつける。接触を避ける為だ。
だが、踏込が浅すぎる為、その軽い斬撃は簡単に避けられる。二人らしくない攻撃だ。まだ、ファントム・ナイトの事を心の奥底で引きずっているのか、それともカタラが言う様に手強いのか、どちらだ。
二人が、次は踏み込んだ斬撃を繰り出す。これは当たる。しかし、ファントム・ソーサリーは手を差し伸ばし黒い盾を生み出し、二人の剣戟をあっさりと防ぐ。
防御魔法か。だが、すでにこちらは次の攻撃を始めている。
『魔力光弾』
私とナルディアの声が重なる。十九本の光弾がウォンとロリを避ける様にファントム・ソーサリーに突き刺さっていくと思われたが、こちらも同じく黒い盾が新たに三枚現れ、光弾を防ぐ。
『不浄なる者よ。囚われし憎念を清め、天昇せよ!』
カタラの『天昇』が部屋に響くが、ファントム・ソーサリーの姿が揺らいだだけで効果が無い。
こいつは、段違いに強い。すでに私達五人の攻撃を全て受け切った。魔法が発動する直前に魔力の高まりを感じたが、敵が呪文の詠唱をする動作は見ていない。魔法の発動に詠唱が不要ということは、相当レベルが高い魔法使いでなければ無理だ。私もナルディアもまだその領域に足を踏み入れていない。このファントム・ソーサリーになった素材の魔法使いは、かなりの上級魔法使い、いや、魔法使いを超越した魔導士か。
「俺達の初撃を無傷で耐えた奴って今までに居たか?」
ウォンが剣で黒い盾と力比べをしながら、のんびりと聞いてくる。相変わらず、こんな時までマイペースだな。
ロリは、力いっぱい踏ん張っており、話せない。カタラは、聞き慣れた詠唱に時間がかかる魔法を唱えている。ナルディアも同じく、聞き慣れた魔法を詠唱中。ブラフォードは、防御姿勢で固まって役立たず。となると、有効打を考えている私に対しての質問か。
「ウォンの記憶通りだと思う。初撃ノーダメージは居ない。あのブラックドラゴンでもダメージは与えていた」
「やっぱりな。こいつ体術は使えないが、魔法防御が強い。何かアイディアあるか?」
「考え中。適時、攻撃を続けておいて」
「はいよ」
ウォンが素早く力を抜き、突きを入れるが黒い盾が剣を弾く。本体へ届かない。
あの黒い盾が魔力で生み出された物では無く、本体から分離した物であれば、盾に攻撃を続ければ、本体へダメージが蓄積されるが、魔力の盾では本体へダメージが通らない。
『魔力光弾』
ナルディアの魔法が炸裂する。意表をついて、敵の直上に出現させ直撃させるはずだったが、黒い盾が頭上に現れ防がれる。考えは良いが、敵の方が上手だったか。
『光幕防』
カタラの呪文が完成する。私達六人に光のカーテンが頭上から包み込み、物理や魔法への防御力を上げてくれる。これで少し、接触しても精気を吸われる事を一度位は防いでくれるだろう。
さて、前衛の二人が何とか本体へ剣を届かせようとするが、ことごとく黒い盾に防がれ届かない。魔法もどうやらこちらの詠唱を聞いて、何が起こるか先読みして防いでいる様だ。
敵は詠唱の必要が無いということは、いつこちらに魔法が飛んでくるか分からない。
敵の魔法を防ぐには、前衛が攻め立て魔法の発動を防ぐ必要がある。丁度、今二人がしてくれている事だ。
敵はアンデッドでスタミナは無限。だが、こちらは人間でいつかは限界が来る。
逃げる隙も無い。まずい、手詰まりだ。レッドドラゴン戦の前に総力戦になるとは…。
生き抜くにはどうすればいい。ミューレ、考えるんだ。考えろ、考えろ、考えろ。




