25.素振り
廃城の大門をくぐり抜け、玄関前まで来る。現在のところ、外庭などの周辺に敵の気配は感じない。誰も警告を発しないところをみると私の読みは正しいのだろう。昨日までの私だと、自信に欠け、ウォン達に確認していた。自分自身の感覚が、如何に狂っていたのかを痛感させられる。たかがこの廃城の外庭程度の広さの気配が、昨日まで完全に読めなかったとは信じられなかった。この程度の広さならば気配を完全に読める。昨日は、ウォンの言う通りに撤退して大正解だった。あのまま、冒険を続けていればと思うと身震いする。
玄関の向こう側をロリが耳を澄ませ、気配を読んでいる。OKサインを出してくる。ロリが慎重にドアノブを回し、扉を開ける。昨日と同じで変わりはない。続いて左右の控室もロリが耳で確認し、中を確認するが変わりはない。
さて、大広間に行きますか。先程と同じ様にロリが耳を澄まし、続いてOKサインを出してくる。そのまま、ロリが大扉を開けていく。
昨日の戦闘の跡が残っている。奥の方が魔法の炎で焦げている。ここでファントム・ナイトと互角の戦いをした。今ならば、はっきりと分かる。ファントム・ナイトは、確実に格下の相手だった。剣技のみで終わらすことができた。以前なら、そんな事実を知ると自己嫌悪に陥っただろうが、冷血のミューレに戻った今はその様な物は感じない。事実をそのまま受け入れるだけだ。昨日までがどうかしていた。ここ数年の私は別人だ。
鋭敏に戻った感覚が大広間全体に広がっている。生の気配も、負の気配も感じない。敵はいない。
今日は、昨日とは逆の壁の扉に取り付く。突然、ブラフォードが不用意に扉を開けようするので、すかさず、背後から首筋に回し蹴りを食らわし、無様にその場の床へ顔面から叩き落とす。ブラフォードの防具は、大半が革製なので転がしても大きな音は立たない。胸板に金属が張られている程度だ。
「何をするんじゃミューレ!」
ブラフォードが、埃に汚れた顔をこちらに向け抗議してくるが、それ以上は喋らせない。ブラフォードの喉元にバスタードソードの先端を強く押し付ける。いつでも喉を貫ける状態だ。
「うるさい。黙れ。勝手に動くな。扉を開けるのはロリに任せろ。お前は、指示が無い限り、戦闘以外は何もするな」
侮蔑を込めた冷たい視線で淡々と話す。昨日の様に探検中に余計な真似をして、邪魔をされたくない。馬鹿を止めるのには言葉はいらない。態度で示す。そう、これが本来の私だ。
「く、ならば口で止めれば良かろう。蹴る必要があるか!」
ブラフォードの語気が荒くなる。声を出すたびに喉からの振動が、剣から手に伝わってくる。
「ここで大声で叫ぶ馬鹿は要らん。敵を集めたいのか?」
剣先をゆっくりと喉にのめり込ます。赤い血が一筋流れ落ちる。
「ま、待て。ワシが不用意じゃった。次からは気を付ける」
どうやら、私が本気である事を理解した様だ。ブラフォードのマントで剣先の血を拭い、鞘にしまう。何やら、ブラフォードは小声で文句を言っている様だが、その程度、無視しよう。
「ミューレは、本当に元に戻られてしまったのですね。本当に殺伐とした気配です。悲しく恐ろしいことです。ですが、私は諦めたりは致しません。更生させてみせます」
カタラが、まだ嘆いている。もう以前には戻らないから諦めてね。
「うん、でもね。とってもミューレらしいよ。ロリは、こっちのミューレの方が安心して背中を任せられるよ。昨日までは自分で背中も気にしないとダメだったからね」
ロリの言葉に衝撃を受ける。自身の弱体化がパーティーへの負担になっていたとハッキリと言われた訳だ。ロリには、そんな考えは一切なく、思ったことを素直に言っただけだろう。しかし、この数年、ウォンたちに気苦労をかけていたのは事実の様だ。エンヴィーに帰ったら、四季物語で夕食ぐらい奢ろうか。
「もう、昨日までの私は忘れてくれていい。元に戻った」
「は~い。気配で良く分かるよ~」
「はぁ、また吾輩も蹴飛ばされるのか。ようやく、性格が丸くなったと思っておったのに。ウォンめ、面倒な事を…」
「おい、ロリ、ナルディアよ。あれが本来のミューレなのか?初めて見るんじゃが」
「まだ、半分も見せてないよ。戦いになったらもっと面白いよ~」
「はぁ~、戦闘中はさらに効率重視。必要だと思えば、味方も本当に刺すし、魔法もぶつけられる」
「昨日の晩に何があったんじゃ?ワシにはさっぱりわからん」
「これ以上の無駄口は、また蹴られるぞ。止めておこう」
「そうか、わ、わかった」
ようやく、三馬鹿の密談が終わった様だ。これでしばらく、三馬鹿の暴走は止められるだろう。最初にハッキリと分からせないと後が面倒くさい。
「ロリ、どう?扉の向こうに気配は感じる?」
私の感覚では、暗いイメージの塊が二つある。多分、アンデッドだろう。早速、戦闘の時間の様だ。
「音はしないけど何かいるよ。カタラ、分かる」
「はい、間違いなくアンデッド二体の存在を感じます。種類まではわかりません。部屋の中央辺りに佇んでいます。力は昨日のアンデッドと変わりません」
幽体系のアンデッドなら音はしないだろう。ロリの耳よりカタラの気配読みの方が、この場合間違いは無いだろう。昨日と力が変わりがないということは、ファントム・ナイトの可能性が高い。特に従者控室であれば、死亡した人間も護衛の騎士や戦士の可能性が高い。
「アンデッド戦、用意。精気を吸う恐れあり。カタラの『天昇』を試み、成功すれば戦闘終了。失敗すれば、私とロリで斬る。残りは後方警戒。でいいかな」
素早く、作戦を立案する。のんびりしていては次の敵が来る。馬鹿が大声を出したからな。
「了解。ファントム・ナイトで無ければ問題ないぞ」
ごめん、ウォン。多分ファントム・ナイトだと思う。
「何じゃ、ワシは後ろか。ワシも前衛を張るぞ。任せとけ!」
すかさず、ブラフォードの顔面に膝蹴りを入れる。鼻から一筋の赤い血が飛ぶが、気にしない。
「邪魔。大人しくしていろ。突入用意。」
ブラフォードが鼻を押さえながら丸くなる。手加減はしている。骨に異常はないはずだ。
普段優しいカタラも気にしていない。カタラは、冷血のミューレがこういうものだと良く承知している。
ロリが、扉を音も立てずに少し開け中を覗く。指を二本立てる。カタラの情報で間違いない。
「突入」
鼻を押さえているブラフォードを残し、五人が部屋に突入する。昨日と同じ様な部屋で従者の控室の様だ。その中心に黒い人型の煙を固めたような物が二体確認する。ファントム・ナイトだ。昨日と同じ様に青白い光を発している。
「あ、最悪だ。また、手足が震えてきた。すまん、力になれん」
ウォンが昨日に続き、泣き言を言う。だと、思ったよ。だから前衛から外したんだよ。二日連続、ウォンの泣きべそを見られるなんて最高。背中がゾクゾクしてくる。
『不浄なる者よ。囚われし憎念を清め、天昇せよ!』
作戦通りにカタラがアンデッドの消滅『天昇』を神へ祈る。
ファントム・ナイトの中心に白い光が現れ、全身を包み込む。光が消えた時、一体のファントム・ナイトが霧の様に散り、天へ昇っていく。だが、あと一体は何事の無かったかの様に元の場所に佇んでいる。
「申し訳ありません。一体しか『天昇』できませんでした」
カタラが、困り顔で報告してくる。まあ、『天昇』は、魔法と違い、運の要素が強い。こればかりは、司教だろうが、司祭だろうが、教主であろうが、結果は変わらない。ただ、上級者になるほど、高位のアンデッドも『天昇』できるようになる。見習いならミイラを追い払うのがやっとだろう。一体でも減れば十分。
「問題ない。私一人に任せてもらえないかしら」
皆に提案、いや宣言する。
だれも、言葉を発しない。承諾ということでいいのだろう。
ファントム・ナイトがこちらに気づきゆっくりと歩いて来るが、幽体の為、一切音がしない。兜の奥に光る青い眼光が強くなる。私を敵だと認識した。
私もバスタードソードを抜き、自然体でファントム・ナイトへ近づいていく。敵は隙だらけだ。なぜ、昨日はこの程度の敵に苦戦したのだろう。完全に格下ではないか。私のリハビリと三馬鹿への恐怖の刷り込みを手伝ってもらおうか。
お互いに近づき、間合いが接する。動きはこちらが早い。歩みは止めず、一気に五段突きを放つ。魔法のバスタードソードはファントム・ナイトに五か所の大穴を開けるが、すぐに塞がり元に戻る。だが、存在密度が薄くなっている。確実に攻撃が効いている。
ファントム・ナイトが上段から剣を振り下ろしてくるが、逆に一歩踏み込み、回転しながら避け、胴を薙ぎ、剣が流れる力を利用し上段から袈裟斬りにする。筆記体のLの様にファントム・ナイトの身体が分断される。青白い光が激しく明滅し、元の形に戻っていく。アンデッドの分際で、一人前に悲鳴をあげるか。さらにファントム・ナイトの存在密度が下がるのが分かる。
敵は怯んでいる。この隙を逃す様な私ではない。
剣を自分より後ろの床に剣先を止め、力を溜め込み一気に跳ね上げて斬る。普段の数倍の剣速がファントム・ナイトを斬る。だが、溜めの力を利用した剣の勢いはまだまだ衰えない。勢いを殺すことなく、流水の如く剣の角度を変え、縦横無尽にファントム・ナイトを切り刻む。十合斬り、剣の勢いが止まる。ウィーザー流剣術『流剣乱舞』。間合いに入った敵を一瞬の内に切り刻む。剣の勢いに流れを任せる為、間合いに入った物を敵味方区別なく全て切り刻む。発動すれば一瞬の斬撃の為、避ける事は不可能。
細切れになったファントム・ナイトが霧散していく。存在密度がゼロになっていくのが分かる。この程度の敵に昨日は手こずるとは情けない。
ブラフォードが、背後で固まっているのが気配で分かる。自分との差を実感したのだろう。他の四人に大きな変化は感じられない。私の本来の実力が出ているのだ。驚く必要がない。
だが、ブラフォードは、剣技では私に勝っていると思っている節があるのを前々から感じていた。別に競争している訳でもなく、それで私の実力が下がる訳でもないので放置していたのだが、今の技を見て自分よりも私が上のステージに居ることを知っただろう。伊達に二百年以上剣を振るい続けてはいない。まぁ、冒険に出るようになったのは数十年前だけどね。
「ほう、完全復活だな。よく一日、いや半日で元に戻れたな」
右肩をポンと軽く叩かれ、プレートアーマーの鈍い金属音が部屋に響く。ウォンが心から感心している。
「はい、完全に以前のミューレです。数年かけて布教を続けてきた甲斐が一瞬で消え去りました。慈愛を知ったミューレは消え去りました。悲しいことです」
「ミューレは、こうじゃなくちゃ面白くないし、頼りにならないよ」
「はぁ、吾輩の安息の日々も終わりか…。ここ数年体罰が無く、安心しておったのに。残念じゃ」
皆、好き勝手を言ってくれる。こちらは数年間うじうじした姿を見られ、気づかぬ内に色々な負担を皆に強いていた。本当に情けない。
「あぁ、鬱陶しい。もう一度言う。昨日までの私は忘れろ」
ハッキリと宣言しておく。切り替えが重要だ。この戦いで皆の意識も切り替わったはずだ。これで冒険も円滑に進められる。
「これがミューレか。真のミューレなのか…」
ブラフォードが呟いている。完全に自信を喪失している様に見える。これは使い物にならないか。
本人は、ウォンと技を競っているつもりだったが、実は足元に及ばず、ミューレ、ロリにも劣っていたという真実に初めて気がついたかな。
ブラフォードは、内のパーティーと実力が合っていないんだよね。
「そうだよ。これが冷血のミューレだよ。ね、あれなら、背中を完全に任せられるでしょ。提案したり、間違いを指摘しても怒らないけど、トンチンカンな事を言うと蹴られるからね。口より足が先に出るんだよ」
ロリがブラフォードの心の衝撃に配慮せず、ニコニコと答える。
蹴飛ばすのは時間短縮の為。効率重視だ。
「はい、無駄口はおしまい。さて、この部屋も従者の控室みたいね。探索の必要はある?」
「無いな。昨日みたいにトラップにかかるのは御免だ」
「吾輩もこの部屋には興味が無い。図書室や魔法使いの部屋なら興味がわくのだが…」
「え~、宝探ししたかったのに~。残念…」
「では、二階に参りましょう。ロリもそちらの方が宝探しできるかもしれませんよ」
次の方針は決まった。ブラフォードを黙らせるとパーティーの方針がすぐに決まり、楽だ。
「ブラフォードがこの状態では、前衛が出来ないな。かと言って後衛も怖いし、中衛だな。ウォン、ロリで前衛。ナルディア、ブラフォードで中衛。カタラと私が後衛で前進。扉の開閉は、前衛に任せる。これでいい?」
念の為、全員に確認を取る。こまめに全体の意思を統一しておく必要がある。一人一人が違う事を考えていれば、パーティーとして連携がとれない。些細な事でも同じ方向に全員が向いていないと物事は円滑に進まない。
「まて!誰が前衛が出来ないじゃ!俄然、ヤル気になったわい。ワシの闘志に火が点いたわ!」
ブラフォードが叫ぶ。落ち込んでいたのじゃないのか。あの落ち込みは、暴発前の種火だったか。
「ガハハ!お主が力を隠しておったことは見抜いておったわ。このワシの目が岩盤の割れ目だとでも思うたか!よかろう。では、ワシが真の実力を見せてやる番が来たようじゃ。前衛を任せい!」
「え~、ブラフォードって本当に実力を隠してるの~?ロリには分からないよ~」
ダメだ。ブラフォードがここまで馬鹿だったとは思わなかった。ロリにまで馬鹿にされている。
何を言っても聞かない頑固者であることは分かっていたが、仮にも上級戦士、実力差は計れるものだと思っていた。気配が読めないという事は、実力の差が分からないということか。なるほど、道理で自分を最強の戦士だと思い込める訳だ。ウォンが言っていた気配が読めないという言葉を実感する。
こんな馬鹿にウォンは、パーティー最強の戦士の座を狙われていたのか。
ウォンは人を差別せず、誰とも打ち解ける性格なのに、ブラフォードと余り会話をしない事が不思議だった。二人が会話をするところを見ないと思っていたが、レベルが違い過ぎて話が合わなかっただけの事だったか。私だけでなく、ウォンも苦労していたんだね。気づかなかったよ。やれやれ。
とりあえず、大声が敵を呼び寄せるので、ブラフォードの顎を蹴り上げ黙らせる。こんな攻撃も避けられないのに、真の実力とか何を言っているのだか。
「分かった。いつも通り、前衛に入って実力を見せてくれたらいい」
やはり面倒な奴だ。二度も大声を出された。この控室の前に敵が集まっているだろう。
無駄な戦闘は、非効率だと言うのに。アンデッドに精気でも吸われて弱体化したら、また修練を行って元の腕前に戻るまでに時間がかかる。それは一番避けたい。
物理的な怪我ならば、カタラが幾らでも一瞬で治療してくれる。この差は大きい。この冒険が終わったら絶対ブラフォードは、パーティーから外す。上級戦士が一人いなくなるのは、手痛いがパーティー全体の安全を考えると仕方ない。代わりの戦力がすぐに見つかればいいのだが。戦士系が六人中三人もいれば十分だし、魔法使い系も二人いる。となると僧侶系が一人というのはカタラには負担が大きいか。ならば、新人に僧侶を入れてもいいな。まぁ、そこは冒険が終わってエンヴィーに帰ってから皆と相談をしよう。
控室の外、つまり大広間の気配を探る。気配が五つ。アンデッドではなく、人型、いや確実に人間だな。さて、馬鹿の大声でこんな僻地に集まってきた人間だ。敵か味方かの判断は容易い。敵意は感じないが、好意も感じない。殺意だけを感じる。プロの殺し屋かな。人を殺す事を仕事だと割り切っている人間の気配だ。こんな遠くまで私を追ってきたのか。ご苦労な事だ。
「ねぇ、ウォン。どうする?」
私の中では答えは出ている。殺し屋が私に用があるのならば、お話をしてこの世からお引き取り願うだけだ。追い払うだけでは、また、いつ来るかも分からない。
ウォンはすでにノーマルソードを抜いている。つまり、ウォンもヤル気ということか。
「話し合いは無理だな。殺意を隠そうともしていない。扉を中心に隊列を組んでいるな」
「多分、私の敵だと思う。心当たりがたくさんあるから特定できないけど」
「人だが、始末していいのか」
「それは、大丈夫。向こうも仕事で来ているから返り討ちOK」
「じゃあ、数年ぶりに良い物を見せてもらったし、そのお返しをするか。よく見とけよ」
「一人は残しておいて、聞きたいことがあるから」
「ふむ、わかった。皆、扉から離れていろよ。巻き込まれるからな」
ウォンが扉の前で素振りを始める。全身の筋肉へ血液を通して新鮮な空気を送り込んでいる。その為、いつもより鎧の隙間から見える筋肉が一回り大きく太くなる。
ウォンを残し、皆が扉から五メートルくらい離れる。ここなら、間合いから外れているだろう。それにウォンの背中側だ。剣がこちら側に回って来るとは思えない。多分、安全地帯だろう。だが、警告された。
「そうだな、あと三メートルは下れるか。巻き込むぞ」
ウォンがこちらを振り返りもせず、具体的に距離を言う。完全に気配だけで皆の立ち位置を把握している。それに、一体どんな技を出すつもりなのだ。全員が言われた通りに下がる。ウォンの気迫に押されたというのが本当のところか。
ウォンは、素振りに使っていたノーマルソードとラージシールドを床に置く。そして、フォールディングバッグからトゥーハンドソードを取り出す。長さ三メートル、重さ八キロはある両手剣だ。ウォンがこの剣を使う事は滅多にない。この剣で戦うと振り回すだけの戦い方に固定され、面白くないそうだ。トゥーハンドソードを使い、素振りを数回行い、体に馴染ませる。
下半身をしっかり大地に食い込ませ、上半身を右方向へ思い切り捻り、背中で両手剣を構える形になる。胸が私達の方向に向くが、顔は扉の向こうを見据えている。
確かにこの構えだとウォンの背後に居ても安全圏とは言えない。
「さて、いくか」
その一言が凄まじい破壊を繰り出す。
捻った上半身をバネとして剣を横に振り回しただけだ。しかし、剣速は凄まじく突風を撒き散らす。大理石で出来た壁など両手剣の障害などにならず、剣が吸い込まれていく。大理石に邪魔されず、さらに剣速が上がっていく。木製の扉も両手剣は横一線に薙いでいき、そのまま、次の大理石の壁も何の抵抗も無く剣を通し、両手剣はウォンを一周した。大広間からは、五つの悲鳴が聞こえた。
「よし、終わり。まあまあだな。もういいぞ」
両手剣にはべっとりとどす黒い血がついている。
つまり、ウォンは壁ごと敵を切り裂いたということか。壁や扉には一条の剣筋のみでヒビすら入っていない。両手剣が通り抜けた痕のみが開いている。恐るべき技量。両手剣で壁を斬れば、普通は壁を吹き飛ばす。剣筋のみを斬るなんて芸当は魔法が掛かった剣でも普通は出来ない。やはり、ウォンは化け物だ。
ウォンは、両手剣の血を拭い、装備を普段通りに戻す。
いつの間にかロリが扉の剣筋の隙間から大広間を覗いていた。
「うわー、人だけが斬れて倒れてる。柱とかには傷がついてないや」
その言葉に好奇心が湧いてくる。一体向こう側はどうなっているんだ。気配は一つだけになっている。私のリクエスト通り一人残してくれた様だ。だが、最初の気配より弱っている。どこか斬られたか。
他には気配が無い。大広間に出ても問題ないだろう。
扉は、上下別れて問題なく開いた。両手剣で斬られたにも関わらず、蝶番どころか扉自体歪んでいないということか。
さすがに、この技はブラフォードにも理解出来た様だ。顎が外れて、放心している。しばらく、用は無い。そのままにしておくか。
「ねぇ、ウォン。今の技は何て言う名なの?」
真面目な顔でウォンが返事を返してくる。本気で言っている。
聞いた私が馬鹿でした。相変わらず、ウォンの技量は底が見えない。冗談じゃないのが、恐ろしい男だ。
「は?ただの素振りだぞ」




