23.覚醒
従者控室に入ると爆風で今まで残っていた調度品が粉じんと化し、壁や柱の彫刻も削り取られ、白亜の壁や天井も業火に焼き尽くされて煤け、先程まであった上品さ等微塵も感じさせない死の部屋になっていた。
歩みを進める度に床に溜まった粉じんがジャリジャリと音が鳴り、埃が舞い上がる。
壁についている爆風の跡を見れば爆心地がすぐにわかる。爆心地を見てみると樽型の人影が横たわっている。多分、ブラフォードだろう。埃を巻き上げぬ様に慎重に近づく。
ブラフォードの全身は炭化し、右手の先は無い。どうやら右手でトラップに触れた様だね。鎧も爆風で黒く煤け、プレートメールの黄銅色が見当たらない。
鎧の隙間から指を入れ、喉の脈を探る。素手で炭化した肌に触れているため、固くざらざらした感触が返ってくる。程なく、微かな脈を捉える。数秒、脈動を観察する。弱々しいが間違いなく心臓は動いている。やっぱり、生きていたね。ゴキブリ並にしぶといとは思っていたけど、全身炭化してもあの業火と爆風をよく耐えきったよ。
「生きてるね。カタラ、回復よろしくね」
カタラへ振り向き、場所を譲る時に肩を叩く。
「良かった。ブラフォードは私にお任せ下さい。皆様はロリをお願い致します」
カタラは、うっすら涙を浮かべている。ロリが見つかっていないためか、顔が強張っている。美人は、顔が強張っていてもまたそれが色気になるんだなぁと、ふと関係無い事が頭の中をよぎった。どうせ、童顔美少女にはそんな色気はありませんよ。あっ、仮面しているから分からないか。
「さて、ロリはどこかな。多分、遮蔽物を利用していると思うから、残っている残骸の塊をしらみつぶしに探しますか」
「はいよ」
「了解である」
部屋を見回しても残骸の塊など数える程も無い。とりあえず、近くの塊に向かう。どうやら柱の欠片の様だ。周辺にはロリの痕跡は無い。じゃあ、次の塊に行きますか。
「あ、いたぞ」
ウォンの声が奥から聞こえてくる。さて、ロリは無事かな。
ウォンの方へ向かうと、ロリが横たわっている。見た目はブラフォードより遥かに軽傷だね。欠損も炭化もなく、ケロイドで済んでいる。まぁ、本当は重傷と言うべきなんだろうけど、ブラフォードの状態を見てからじゃ思わず、軽傷って言っちゃうね。
先程の私の様にウォンがロリの脈を探っている。
「うん、元気だ。しっかり心臓が動いているな」
どうやら、ロリは分厚い甕の中に潜り込み、業火と爆風を避けようとしたみたいだね。ロリの周りに甕の破片が散乱している。甕程度では、さすがに火炎爆裂の魔法は防げないよ。
まぁ、被害の軽減は出来たみたいだけどね。ナルディアもようやく危なげな足運びで、ここにたどり着く。
「やれやれ、ウェルダンとミディアムといったところか。これでは普段の様に笑うに笑えんではないか。しかし、カタラがおるから助かるが、他の僧侶では無理だったな。お前達、カタラに感謝するんだぞ」
多分、二人とも聞こえてないよ。だけど、ナルディアが言うかい。君もカタラのお世話に何度もなってますよっと。カタラの治療の邪魔になると困るので、今は口には出さないけどね。
カタラは、本当に優秀な僧侶だ。回復魔法でこの程度の負傷は、跡も残さずに治してしまうだろう。さらに、外傷で死亡した時に限り、蘇生魔法で蘇らせることまで出来てしまう。
教会創立以来の天才という噂も本当だね。本人は否定しているけどね。
さすがの天才も今回のケガは、さすがにここでの完治は無理だろうね。ブラフォードなんか完全に炭だもんね。あれは、さすがの天才カタラでも治癒させるのには数日かかるんじゃないかな。とりあえず、動かせるように治癒させてベースキャンプへ戻り、二人を完治させることが優先かな。廃城探検も待機か…。
ま、急いでいないし、暇つぶしにまたウォンと本番でもしていようかね。剣術の練習を怠るとサボった分を取り返すのに時間がかかるからね。その点、ウォンと本番をするのは通常より濃く、一回の本番が一日分の修練を超える濃さがある。それを一日で数本こなすのだから、その日の修練は非常に内容の濃いものになる。その代り、その日の夜は足腰が立たなくなるんだけどね。
それにしても、昔かかった同じ罠に同じ二人がまたも引っかかるとは情けないね。以前は、私も巻き込まれてえらい目にあった。街に戻ったら折檻のフルコースをお見舞いしてやるからね。
さて、部屋の入り口に戻ってきた。次の敵が来ないか警戒するためだ。部屋の外を見るが、今のところは変化が無い。アンデッドもドラゴンもこちらに来る気配はないね。さて、二人を動かせるまでは、大分時間がかかるだろうし、ここで警戒だね。
十分ほど経っただろうか。
「ねぇ、ミューレ。何か来る?」
足元から聞かれる。背後から接近してきていることには気づいていたが、良く知っている気配だったので気にしていなかった。
「いや、何も来ないね」
「そうなんだ。面白くないな。ファントム・ナイトっていうのを見たかったよ。だって、僕見たことないんだもん」
ん?おや、この声、この気配は…。足元を見るとしゃがみこんで部屋の外を眺めているロリがいた。さすがに鎧は汚れているが、身体は元通りだ。あの酷いケロイドの跡など微塵も無い。
「え、ロリ?」
「そうだよ。もう元通りピンピンだよ。さすが、カタラだよね」
確かにどこから見ても汚れているだけで、怪我や憔悴している様子は見られない。いくら回復魔法が万能といっても回復が早すぎないかな。
ブラフォードの方に眼をやると、向こうもむくりと起き上がり首を振っている。さすがに直撃を喰らっただけのことはあり、記憶が混濁しているのか、うわ言を言っている。あぁ、うわ言を言うのはいつものことか。しかし、炭化していた肌は元のドワーフのかさついた肌に戻り、欠損していた右手も五本の指まで揃ってきれいに再生している。つい先程まで炭だったとは信じられない。
カタラの方も疲労したとか、魔力が枯渇したとか云った気配を全く感じさせない。いつもの慈悲深い美しい笑顔を浮かべている。確かに教会史上最高の天才と言われることがある僧侶だね。あれだけの怪我を一瞬で時間を巻き戻したかの様に治癒させてしまうなんて、感心を通り越してあきれちゃうね。これからは神の御業とやらを馬鹿にするのは止めておこう。
神がいるかは知らない。理屈は解らない。だけど、重体を完全な健康体に戻す能力があるのは間違いない。実際にこの目で見たのだから疑う余地は無いよね。
「皆様、二人の治療が終わりました。もう何も問題ありません」
カタラが軽やかな声で告げる。二人の命を守れたことが嬉しかったのだろうね。
さて、二人の健康状態なら冒険続行できるけど、引き返すかどうか、どうしたものかな。
魔法使い組は魔力の回復をした方が間違いないけど、まだまだ冒険を続行する魔力はある。ただ、ドラゴンと遭遇戦になった時の戦闘持続時間が短くなるから、きっちり回復させるべきかな。
でも折角来たばかりだし、一階の小さい扉だけでも調べようかな。
あと、先の戦闘音で敵が集結してくるのも間違いないかな。そこを逆に一網打尽にしてしまうという策もあるか。
「ねぇねぇ、ウォン。次はどうする?一階?それとも先に二階へ行く?」
ロリが目をキラキラさせながら、ウォンに聞く。さっきの宝探しに懲りてないね。さすがピグミット族、永遠の子供って言われるだけのことはあるね。
「ゴホ、ゴホン、まぁ待てロリ。一旦、キャンプ地に戻るのも一つの考えだぞ。わしらはあの業火を耐え抜いたのだ。どこか身体に故障を抱えているかもしれない。万全の態勢で臨むのも戦士として重要だぞ」
ウォンより先にブラフォードが答える。まだ、肺の中に埃が溜まっているのか、非常に喋りにくそうだ。時折、咳き込んでいるね。
「あら、ブラフォード。どこか痛むところがありますか。申し訳ありません。すぐに治療を致します。さぁ、痛い処を言って下さい」
やっぱり、ブラフォードは馬鹿だね。そんな言い方をすれば、カタラが心配して治療を始めるに決まっているのにね。精神的ダメージで休みたいなら素直にそう言えばいいのにね。
「カタラ、身体じゃなくて心の傷だそうだ。今の爆発で死にかけて、ビビったんだと」
ウォンがズバリと切り捨てる。うん分かりやすい。
「ゴ、ゴホホ。だ、誰がビビるんじゃ。そ、そ、そんな事はドワーフ族にありえんわ」
ブラフォードの反論が空しい。声がうわずっている。
「確かにドワーフ族は、無神経で厚顔無恥で繊細な心なんて無いよね。でも、何事も例外はあるからね。ねぇ、ブラフォードちゃん」
「ゴホ、ブハ。貴様ミューレ。わしを愚弄するか」
「だって、事実だもん。愚弄も何も膝が震えているよ。平常心が無い証拠だよね」
事実、ブラフォードの膝がかすかに震えている。本人も今気づいた様ですぐに反論できない。余程、恐ろしかったのだろう。普段なら、武者震いだとか直ぐに誤魔化す癖に。
「そうですか。では、神に平穏の祈りを致しましょう。心が落ち着かない時には、平常心を取り戻せますよ」
そういえば、僧侶にはそんな魔法もあったね。心配事や恐怖心などの強迫観念を和らげて冷静にする。教会にお祈りに行けば、わずかなお布施で確か魔法をかけてもらえたっけ。
戦争で従軍僧侶が、よく戦闘開始前に新兵に平穏の魔法をかけるって話を聞いたことあったね。あと、恐慌状態に陥った兵士にも平穏の魔法をかけて前線を立て直すんだったかな。
「わしは、落ち着いておる!戦闘で血が騒いだだけじゃ!」
「え、よく言うよ。戦闘中は炭になって寝てたくせに」
「ふぇ、戦闘があったんかいのう」
「アンデッドと一戦やったよ」
「おぉ、あれか。覚えておるぞ。ウォンの剣技は、相変わらず冴えわたっていたのう。同じ戦士として惚れ惚れするわ」
はぁ、簡単にボロを出すね。しょうもないことで見栄をはってどうするんだろう。本当に裏表がない単細胞馬鹿だね。
「アンデッド戦で活躍したのはミューレだぞ。俺は何もしてないぞ」
ウォンが呆れ返りつつ事実を伝える。さすがに本人に否定され、ブラフォードも次の言葉が出てこないようだ。黙り込んでしまった。
みんな、ブラフォードが炭になっていたことを知っているのにねぇ。
「よし決めた。一旦キャンプへ帰って立て直すぞ。仕切り直しだ」
ウォンが決めたのなら、他の誰からも異論は出ない。私も迷っていたくらいだからウォンの判断に任せよう。反論する必要性がないよね。
ロリとブラフォードは何かを言いたげだったが、口を閉ざした。大失敗した後に我儘はさすがに言えないよね。
私達は、行きと同じ隊列を組み、警戒していた追撃や遭遇戦もなくキャンプへ戻った。
その晩は、誰も口を開かず静かだった。落ち着いてしまうと昼の事を思い出す。そして、ブラフォードの軽率な行動に腹を立て、怒りの矛先を持て余していた。
ブラフォードの顔を見るとケンカを売りそうなので、夕食後に洞窟の外へ出て河原に寝転び、夜空を眺める。
今日は、雲一つなく新月で星空がいつも以上に美しい。やや冷たい風が川沿いに吹く。少しは怒りが冷めてきたかな。
私は、ブラフォードが失敗することを前提にパーティーに加入させている。今回の一連の騒ぎは私にも責任があるだろうね。
ブラフォード以上に腕の立つ戦士は、数十人程は心当たりがあるが、皆どこかのパーティーに所属している。しかし、引き抜くのは面倒くさい。上級の戦士は貴重だから、後で引き抜いたパーティーから恨まれるのが、目に見えているからね。
フリーの戦士が、何処かにいれば良かったんだけどね。
だけど、ブラフォードレベルの上級戦士は、無所属であることはほぼ無いんだよね。
パーティーから離脱しても、どこかの王か領主に謁見すれば大隊長、上手くすれば戦士長に取り入ってもらえるだろうね。悪くとも有力貴族の護衛として雇ってもらえる。
ブラフォードは性格に難があるから無理だったけどね。今までに実際に仕官しようとして断られているんだよね。それも複数から。本人は、『見る目の無い者の下で働かずに済んで良かったわ』と強がっていたけどね。
でも、私達と比べて実力は物足りないけど、それほど悪くは無いし、暇を持て余しているのなら、盾役や囮役に良いかなと声をかけたのが悪かった。一回の冒険で懲りて、別れるつもりだったけれどもロリとナルディアが意気投合し、完全にパーティーに居ついちゃった。戦力アップはしたけど、二馬鹿が三馬鹿になって苦労するよ。
些細な事にも反発するし、正論は通じない。反論する時は、屁理屈のごり押しで筋が通っていないし、自分の意見すら二転三転する。その上、自分が何事も正しいと心から信じているから手に負えない。
逆に自分の思い通りに動いている間は、問題なく物事が進むけれど少しでも気に入らなければ、そこで駄々をこね始める。そうなると、三十分でも一時間でも自分の謎理論を捲くし立て続けて自分のしたい事を押し付けようとするんだよね。
ブラフォードは、本当に面倒な奴だね。
その点、ロリやナルディアは、同じ馬鹿でも自分が間違えていたら、認めて直してくれるんだけどね。コントロールできる馬鹿は、使いやすいよね。
やっぱり、ブラフォードはパーティーから離脱してもらった方がみんなの為には良いのかな。
「お~い、ワインを持って来たぞ」
「はっ!」
条件反射で護身用のダガーを胸元から居合抜きで切りつける。今、鎧は着ていない。油断し過ぎたか。
高い金属音に阻まれ、ダガーを止められる。
相手は、ウォンだった。フォーク一本で私のダガーをガッチリと咥えこみ、ダガーが固定されている。押すも引くもかなわない。
おかしいな、私の魔法のダガーなら何の変哲もないフォークなんて切断してしまうのに、どうやって止めているんだろうね。相変わらず、ウォンは恐ろしい技量を持っているよね。
「危ないな。俺じゃなかったら死んでいるぞ」
「気配を消して近づくのが悪いのよ。やましいことが無ければ堂々としていればいいじゃない。ちなみに何でフォークなんて持っているの?」
「これか、ワインのあてにチーズでも食おうかと思って持ってきた。今、丸腰だったからフォークがあって助かったぜ。フォークが無ければ首を掻き切られていたぜ。ふぅ」
ウォンが額の汗を拭くふりをする。嘘ばっかり、ダガーの一撃でウォンを仕留められたら、日頃の本番であんなに苦労はしないよね。
「で、わざわざワインとチーズまで用意して何の用かな?」
「どうせ、ブラフォードの事で難しく考えていたんだろう。で、俺の考えを伝えれば面白い事になるかなと」
「ふ~ん、そうなんだ。折角だから晩酌始めよっか。ゆっくりお考えを聞かせて頂きましょう」
机と椅子になるような岩場に適当に腰かけ、酒を酌み交わし始める。酒とチーズは、四季物語で調達してきた物だから上物だね。美味しい。やっぱり、あそこのマスターは使えるねぇ。
「ミューレ、ブラフォードを入れた理由は何だった」
「前衛が少ないから盾役兼囮役だね」
「なら、最後までそれに徹したらどうだ。お前さん、最近はブラフォードが出来る範囲で少しでも活かしてやろうとしている様に見えるんだよな。そんな気遣いは、必要ないだろう。奴は俺達について来られると思ってパーティーに居る。それで死んでもそれは奴の判断ミスだ。奴が決めたことに俺達が責任を取る必要も責任を感じる必要もない。そして、ミューレは出会った頃と違ってかなり性格が丸くなったな。冷血のミューレは何処に行った?」
氷水を浴びせられた気分だ。身が引き締まる。最後の一言で全てを思い出した。
最近、どうも私は効率より感情を重視していたようだ。
自分の本質を忘れていた。基本的に私は中立だ。悪や正義には興味が無い。
冷血、冷静、残虐非道。どの様な状況でも効率重視だ。
モンスターを殲滅させるのも笑顔を浮かべながら確実にしていた。
情報を聞き出すための拷問を行うのも率先して効率的にしていた。
人質を取るような敵でも人質に構わず躊躇いなく斬った。勿論、人質には怪我はさせない。私はプロだ。
瀕死の仲間が居れば、中途半端な回復魔法など使わず止めを刺し、蘇生魔法で一気に健康体に戻し、戦線に復帰させる。カタラが加入して蘇生魔法が使える様になってから使う外道の回復方法だ。
これらの私のやり方に耐えられずパーティーを離脱した者も多い。
そして、死んでいった敵や離れていった味方から冷血のミューレと呼ばれるようになった。
離れていった者は、私が有名になるのを嫌っている事を知っているため、自身の安全の為に私の存在を口外することは無かった。
今、パーティーに残っているのは、私のやり方について来られる割り切ることが出来る者達だ。
何時からだろう。私がこんなにも甘い考えをするようになったのは。
いつの間にやらカタラの影響で慈悲と云うものが、私の心を蝕んでいたようだ。
「あの頃が正しいとは言わないが、以前のミューレの方が強かったのは間違いない。そして、判断に迷いが無く、素早く作戦を立案していた。まぁ、人としては酷い性格だったがな。昔に戻れば良いじゃないか。最近のお前はらしく無い。冷血のミューレに戻ってもこのパーティーから離れる人間はいない。そんな奴らは、とうの昔に逃げ出したよ。当時の冷血のミューレを知らないのはブラフォードだけだろ。本当のお前を見せてやればいい。それで逃げるならばそれでいい」
どうやら、ウォンは私を励ましに来てくれた様だ。今の私は迷走していた様だ。以前の私ならブラフォードに対して『次にやったら殺す』でこの事件は終わっていた。こんなに複雑な感情を持たなかった。ふむ、ウォンの言う通りか。いつの間にか良い子になろうとしていたのか。
さすが天才僧侶様だ。悪逆非道上等のミューレを無意識に更生させているとは。これは参った。一度自覚してしまえば、元に戻ることなど容易い。長い夢を見ていた様だ。視界が広がった様な気がする。
「あと、もう一つ。喋り方に無理があるな。以前は『だよね』とか使っていたか?そんな話し方じゃないだろ。それもミューレらしくないな」
なるほど、たしかにカタラを見て女性らしくなろうと無理をしていたかもしれない。そこからが自分自身を歪ませる切っ掛けになったのかもしれない。
「くくく、さすがウォンだ。的確なアドバイスだ。どうやらこの数年私は迷子だったらしい。ウォンの言う通りだ。以前に比べ私は弱くなっている。オーク砦での殲滅も心が滅入っていた。そんな筈はない。今までにゴブリンやオークを数百匹は殺している。そこに数十匹足される事に何か違いがあるのか。たかが、リザードマンを殲滅したくらいで涙を流すなんて有り得ない。本来の私なら喜々として自分の力量を確かめるチャンスとして活用したはずだ」
あれらが切っ掛けでウォンは私を昔に戻すことにしたのだろう。自分の背中を任せる人間が弱くなっては困る。単純に戦士としての理屈だ。私だって背中を預ける人間は強ければ強い程良い。
もう一つウォンが私を元に戻したかった理由は、レッドドラゴン戦だろう。一時間前の私と今の私では戦力差が倍は違う。これだけでも有利に事が進められるだろう。
私の心のしこりが溶けていく。少しずつ少しずつ昔の感覚が戻ってくる。
先程までの悩みや迷いなど無い。弱い奴は死ぬ。それがこの世の鉄則だ。
長い寄り道をしていた様だ。
感覚が少しずつ鋭敏になっていく。いや、なっていくのではなく、戻っているのだ。
先程まで感じられなかった洞窟の中の気配が、霧が晴れる様に明瞭に感じられる。
そうだ、以前は、この距離程度なら簡単に気配を掴むことができた。洞窟の中で四人がベッドで眠っているのが手に取る様にわかる。入り口にスケルトンが立って居る事もわかる。
水中から地上に出た様に外界の感覚が鋭敏化してくる。膨大な情報量が私の中に入ってくる。
四大精霊達が私に色々な事を教えてくれている。目をつむっていても周りの景色が精霊の言葉で想像が出来る。どうやら、エルフ本来の精霊と語り合える力まで弱くなっていた様だ。という事は、魔力も落ちていたという事か。精霊の力を存分に引き出せていなかったに違いない。
私は、ここまで弱体化していたのか。本当の自分を突き付けられ、思考速度が上がっていく。
今、私の気配は変わっただろう。明日の朝、ブラフォードは戸惑うことだろう。他の者は、以前の私、冷血のミューレに戻ったことを悟るだろう。
そして、カタラは昔の私に戻った事を悲しむのだろう。だが、私はやさしさより強さを優先する。弱い者は死ぬ。死んでは楽しみである冒険を続けられない。絶対に死ぬことだけは許されない。
「ウォン、ありがとう。頭がスッキリしたわ。でも、本当に良かったの?女の子の私の方がウォンの好みじゃなかったの?」
「俺には少女趣味は無い。大人の女の方がいいね。また、泣かれたら困る」
ウォンの顔面にフォークが飛ぶが、簡単に受け止められてしまう。ちっ、この至近距離でも避けるではなく、受け止めるのか。化け物め。
「その事は忘れろ。もう私は覚醒した。あのミューレは幻影だ。二度と現れることはない」




