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ブラッド・フィースト戦記  作者: しゅう かいどう


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22.強欲の代償

玄関にある城の中へ入る大扉に近づくと閂がこちら側から懸けられる様になっている。さらに扉の外を確認する覗き窓までもが、玄関から城の内側を覗く様に作られている。

おかしいね。外敵に備えるはずの城が内側に対して警戒している。やっぱり、ここは重要人物か危険人物の隔離施設としか思えないね。その人物は、さぞ上流階級の身分だったんだろうね。そうじゃないと、こんな贅沢な城に軟禁される訳がないよね。

閂らしき物は、周りに見当たらない。木製か何かで朽ちてしまったのだろう。残っていれば、何かヒントになる様なものがあったかもしれないのにね。無い物は仕方ない。何か違う手がかりを探そうかな。

「何じゃ、この閂の作り方は。逆に取り付けるとは、ド素人の仕事じゃのう。ワシならこんな初歩的失敗などせんわ」

ブラフォードが珍しくドワーフらしい事を言っているが、的外れだよ。頭は使う為に付いてるんだよ。相手にするのも面倒だね。ここは聞こえなかった事にしてっと。

「ウォン、監禁用の城だと思うんだけど。中に入るのは簡単だからね。」

「その代り、外に出るのは難しいってか。だが、大昔の城だろ。罠とか壊れているのじゃないか」

「だといいけど…」

「警戒するに越したことは無いか」

「そういう事だね」

ウォンが剣先で器用に覗き窓の蓋を開ける。特段、針が飛び出したりとか、剣が突き出されるとか、何も起きない。

「ま、いきなり罠は無いか。こちら側は監視する方だな」

ウォンが覗き窓を覗き込み、扉の向こう側を確認する。隅々まで見ているのだろうか。かなりの時間をかけて向こう側を観察している。

「特に何もなさそうだな」

ウォンがさらりと答える。時間をかけていた割に淡白な感想だね。何かあったかな。

「私に代わってくれる」

今度は私が覗き窓から向こう側を覗き込む。

大扉の向こう側は、大広間になっており、対になったアーチ形の階段が奥に見える。古い建物だが、材質が上質な石材を使用しているためか劣化が少ない。もちろん、木造であったと思われる部分は、朽ちてしまい何も残っていないけどね。ただ、床には大量の調度品の残骸が残っている。天井や壁から剥がれ落ちたのかな。

ここの大広間も床の白い大理石の大半が茶色く変色している。いやいや、石は変色しないよね。あれは血の跡か。よく見れば調度品の残骸に見えた物は、守衛室と同じ骸骨だ。数十体はある。道理でウォンが時間をかけて確認していたわけだね。まぁ、予測の範囲内かな。確かに特別に変わったことは無いね。守衛室の惨劇を見た後からじゃあね。

「確かに特別な事は無いみたいだね」

「じゃ、行くぞ」

ウォンが扉をゆっくりと開く。中を見ていない四人が、目の前に広がる光景にそれぞれ違うため息をつく。今までにたくさんの冒険で死を量産してきても、やはり、大量の死体が転がっていると陰惨な気持ちになる。そりゃ、ため息の一つも出るよね。

大広間に入り、目につくのは対となっている階段の間にある巨人サイズの大扉と一階と二階の幾つかの人間サイズの扉かな。

奥の大扉が謁見の間で、一階の扉は食堂や従者や使用人の部屋。二階の各部屋は客室か、ここの主の寝室なり、書斎だろう。

ここから三階への階段は見当たらない。二階の扉のどれかに三階への階段があるのだろう。

城の造りは、時代や主の趣味によって変わるから一概に言えないんだけど、この城の目的が幽閉用であるとはっきり解ったことで、自信をもって具体的に城の造りが想像できた。伊達に幾つもの城を冒険してないんだからね。


「んじゃ、近い扉から探索するか。大扉は最後でいいな」

ウォンの発言で皆が一番近い扉へ向かう。今のところ、生き物やアンデッドの気配は感じないね。生き物なら耳が一番良いロリが最初に気が付くだろうし、アンデッドなら僧侶であるカタラが最初に気が付くだろう。二人とも警告を発しないということは、現状は問題無い様だね。

ウォンが慎重に扉を開ける。中を覗くと、来客者の従者用控室だった。ほぼ、石や陶器類の調度品は原型を留めており、死体も見当たらず、ここで戦闘があった形跡は見当たらない。

「ここは、調べる必要がなさそうですね」

カタラが提案してくる。私も同意見だね。

「んじゃ、次の部屋行くか」

ウォンも同じ意見らしい。

「待て待て、ワシは調べ物がある。調度品についている宝石とかな。あれは上物だわい。ぐへへ、ちょいと集めるから待て」

「え~、ブラフォードだけ宝探しするなんてズルいよ。僕も探す~」

ブラフォードとロリの悪い癖が出たよ。一生遊んで暮らせるだけの金があるのだから、宝石なんてもう要らないだろうに。強欲と宝探しごっこの二人が調度品の物色を始める。

魔法の物品なら捜索する価値はあるけど、ただの宝飾品には用は無いんだけどなぁ。それに従者の部屋に置いてある装飾品なんて、普通は価値が無いよね。

「フハハハ、この俗物どもが。単なる宝石など我らにとってはただの石。何の役にも立たぬわ。せめて魔法の触媒になるような物であれば手伝うが、我は手伝わんぞ」

あら、珍しくナルディアと意見が一致したよ。普段は一致しないのにね。何か嫌な事でも起きそうだよ。

「宝石は幾らあっても困らん。見ろ、この大きさを。見事なものじゃ」

ブラフォードとロリは、こちらの意見を聞かず探索に精を出す。

私達四人はあきらめ、扉を挟むように壁際に待機する。ここなら外の様子もわかるし、何かあれば直ぐに部屋から出ることもできる。

馬鹿二人は、どんどん奥へ進んで行く。

「うひょー。これはデカい。ウホ、最高のダイヤじゃ!」

ブラフォードが狂喜乱舞している。

「待て!触るな!罠だ!外に出ろ!」

私の警告の瞬間、ウォン、カタラ、私の順に部屋の外へ転がる様に飛び出す。

ナルディアは、『ダイヤじゃ』の言葉の瞬間に部屋を飛び出している。

警告は無駄だった。まばゆい光が部屋を満たす。出入り口から閃光が漏れてくる。

「爆発する!」

私の声でここに居た皆が瞬時に床に伏せる。目の前の骸骨と目が合う。死の世界に誘うのか。まだ、行かないよ。熱風から目を守るため瞼を閉じる。

そして、大音響と共に部屋の中を火炎と爆風が暴れまわり、爆風の一部が出入り口から暴風となって私達の上空を通り抜けていく。

『火炎爆裂』の魔法トラップだ。通常は、詠唱後、瞬時に魔法効果を発現させて火炎による爆発をさせるが、魔力を凝縮させることによりダイヤモンドそっくりな物が出来上がる。

ダイヤモンドトラップだ。魔力の塊りであるダイヤに触れた時に『火炎爆裂』の魔法が発動する。

今まさにそのトラップが発動した。

幸い、部屋の外に出た私達四人は軽い熱風を浴びるだけで怪我らしい怪我は無かった。だが、直撃したブラフォードは、ただでは済まないだろうね。ロリは上手く隠れることができれば、ダメージはマシかな?

「駄目です。熱くて部屋の中に入れません。ロリ、ブラフォード、大丈夫ですか!」

カタラが部屋に突入を試みるが、かなりの熱気が人を拒み、さらに空気中に舞う粉塵が視界を奪い、部屋の中に入る事ができない。

「あいつ逝ったか?」

ウォンが暴風で上に乗りかかった骸骨を跳ね除けながら立ち上がる。

「ついに逝ったかもね~」

私は、立ち上がって乱れた髪を直しながら言う。

「ロリは、うまく隠れていそうだがのう」

ナルディアは、ローブの裾をはたき、埃を落としながら言う。

いや~、皆、結構淡白だね。あまり二人の事を心配してないね。

まぁ、いつもの事というか、名物と云うか、風物詩と云うか、しいて言えば、伝統芸かな。

ブラフォードかナルディアが暴走し、ロリが付き合って、自爆する。ここまでが馬鹿三人組のいつもの行動パターンなんだよね。これだから、特別なことが無い限り、馬鹿三人組をパーティーに呼んだりしないんだよね。この暴走さえなければ、技量的には常時居て欲しいんだけどね。こんな暴走を冒険中に度々されるとこちらの身が持たないよね。


カタラが部屋の出入り口の前で右往左往している。早く部屋の中に入りたいのだが、熱いし、視界が無いし、粉じんで息ができないから収まるのを待っている。

「カタラ、落ち着け。あいつらがこれくらいでくたばる訳がない。それよりもこの音で敵が来るぞ。そちらに備えてくれ」

「これでレッドドラゴンに私達の存在が、確実にばれたね。罠を張ってくるかな」

「フハハハ。たかがトカゲの罠など脅威にもならぬわ」

「ちっ、言っているしりから階段から何か降りて来るぞ」

階段に眼をやると青白い光をほのかに放つ飛行体が一体、ゆっくりとこちらに向かってくる。アンデッドの一種だろう。ここからでは輪郭がぼやけていて、種類まではハッキリわからないね。

「や、やばい。あいつだけは、あいつだけはやばい。猛烈に逃げたい」

珍しくウォンが脂汗をかき、手が震えている。

「あれ、何?」

「ファントム・ナイトだ。精気を吸ってくるから気をつけろよ。絶対に触られるな」

ウォンの声がかすかに震えている。

「私が神の力をお借りし、天昇を試みてみます」

落ち着きを取り戻したカタラが僧侶の力を見せてくれるみたいだね。

『不浄なる者よ。囚われし憎念を清め、天昇せよ!』

カタラが胸元で両手を握りしめ、神へ祈りを捧げる。ファントム・ナイトを中心に白い光が輝くがすぐに消えた。

「申し訳ありません。清める事が出来ませんでした。余程の憎悪に包まれている様です」

カタラが申し訳なさそうに言う。

カタラが天昇に失敗するなんて珍しいね。いつもは幽体のレイスとか雑魚のスケルトンの集団とか一発で消滅させてしまうのに、カタラの天昇で消滅しないなんて余程の怨念を抱いているのかな。

仕方ない。どうせ既に爆音を響かせた後だし、魔法攻撃で打ち砕こう。アンデッドには物理攻撃は効かないことが多いけど、魔法攻撃と魔力を帯びた武器は有効だからね。

「ナルディア、出番だよ」

「よかろう。アンデッドなど火炎が弱点なのが常套」

『火炎爆裂』

ファントム・ナイトの後方に爆縮した火炎が現れ、一気に弾け飛ぶ。魔法の効果範囲を考え、こちらに影響が無いように奥へ中心点をずらしたのだろう。さすがに、自分もこの魔法を喰らいたくは無いよね。

強烈な業火にファントム・ナイトが焼かれながら、暴風の力により背後から押され急激に近づいて来る。これは予想していなかった。接近する前に仕留めたかったのに。

触られてはいけない戦いと云うのは難しい。剣で戦うには接近するしかないが、それだけ触られる危険性が高まる。極力、近づかず遠距離に居る時点で魔法の力で倒したかったが、今回はナルディアの考えが裏目に出た。しかし、私も文句は言えない。多分、同じ様に魔法を放ってファントム・ナイトをこちらに吹っ飛ばしたと思う。


「接近戦用意」

ウォンが声を震わせながら叫ぶ。余程の強敵なのかな。

ファントム・ナイトの姿がハッキリと見えた。フルプレートアーマーに身を包んだ騎士だ。右手にはロングソードを持ち、左にはラージシールドを装備している。顔面にもアーマーがあり、目の部分から青い燐光が覗き、全身から青白い光が放たれている。時々、思い出したかのように全身の輪郭がぼやけ、アンデッドであることを思い出す。

魔法のダメージは、あまり無い様だ。魔法の爆風で吹き飛ばされた事により、弱点の火炎から逃れることが出来たみたいだね。今、私達の目の前に静かに着地する。

ファントム・ナイトは、金属の塊りにしか見えないが物音一つしない。あの鎧も幽体なんだね。

ファントム・ナイトが素早く間合いを詰め、ウォンに上段から切りかかる。ウォンは剣をシールドで受け止めるが、いつもと違い精彩さが無い。かなり、動きがぎこちない。まるで初陣の様だね。

この隙をついて、私はファントム・ナイトのがら空きの右脇を剣で貫く。人間ならばこれで終わりだが、アンデッドには多少のダメージが通っただけだ。私達が装備している武器や防具には、切れ味を良くしたり、防御力を高める魔法が掛かっているため、アンデッドにも有効だ。

精気を吸われる前に剣を抜き、ファントム・ナイトの間合いから離れる。

ウォンは、まだファントム・ナイトと力比べをしている。いつもなら相手の力をいなし、即、反撃に出ているはずなのに。

『魔力光弾』

ナルディアの魔力の塊が次々とファントム・ナイトに撃ち込まれていく。普段と違い、表面で爆発せず、少し幽体に食い込んで爆発する。爆発の衝撃でウォンがファントム・ナイトから引きはがされる。魔力光弾は爆発の影響を敵にしか与えないが、いつまでも離れないウォンを見てナルディアが一発だけウォンに撃ち込んだみたいだ。ま、ウォンなら一発喰らった位なら、かすり傷程度かな。

私達のパーティー位だよね。味方にためらいも無く攻撃を加えるなんて、簡単には出来ないよね。物事を有利に進める為なら、魔法でも斬撃でも撃ち込むのが私達なんだよね。実利主義というのかな。そう言えば、勇者チームと一緒に冒険していた時に、私がブラフォードに下段蹴りを喰らわせて転がして、敵の剣を空振りさせるのを見て驚いていたね。

ウォンが下がった前線の穴をカタラがすかさず埋める。

ファントム・ナイトの正面に私とカタラが対峙し、その後ろにウォンとナルディアが立つ隊形となる。ウォンが後衛に下がるのはかなり珍しい。

「ウォン、どうしたの?先の魔力光弾でどこか痛めた?」

ウォンに話しかけるが、ファントム・ナイトからは目は離さない。

「いや、それは無い。昔の事だが奴に精気を吸われたことが何度もある。それから、奴の青白い光を見ただけで体が強張り、本来の実力が出せない。いわゆるトラウマという奴だな」

ウォンの告白に驚く。意外だ。繊細な部分を持っていたんだね。

「えっ、ウォンが戦闘でトラウマ?戦闘のプロでしょ。今まで、こいつみたいに精気を吸い取るアンデッドと普通に戦っていたじゃない」

「駄目なんだ。こいつだけは駄目なんだ。こいつの青白い光を見るだけで体の自由が利かないんだ」

ウォンへ瞬間的に視線を送る。脂汗と手の震えが酷くなっている。どうやら戦力に数えない方がいいかな。

「ウォン抜きで倒す。いいね」

「わかりました」

「フハハハ。任せてもらおう」

カタラが一歩踏み込み、メイスを一気に振り下ろす。しかし、ファントム・ナイトのシールドに弾かれる。

『魔力光弾』

ナルディアの第二弾が発射され、次々と着弾していく。この魔法は確実に効果があるようだ。ファントム・ナイトが発している青白い光が少しずつ薄くなってきている様な気がする。

ならば、

『魔力光弾』

私も同じく至近射撃で、魔力光弾をファントム・ナイトに撃ち込んでいく。詠唱の隙をファントム・ナイトに狙われるが、カタラがその都度、シールドで防いでくれる。

信頼と阿吽の呼吸かな。カタラなら間違いなく、防いでくれると信じての無防備な魔法詠唱。私の期待に応えてくれている。ならば、私もそれに応えるのみ。

『魔力光弾』

『魔力光弾』

私とブラフォードの声が重なる。光り輝く十九本の光弾が次々とファントム・ナイトへ吸い込まれていく。青い光の中へ流星が降り注ぐ様な美しい光景だ。

背後から凄まじい気迫が沸き上がった。ウォンの気配だね。私の横を走り過ぎ、一気にファントム・ナイトに迫り、剣を突き入れる。ファントム・ナイトは、シールドで防ごうとするがまるで紙の様で、鎧も効果が無くシールドごと胸を貫き、一気に剣を横に薙ぐ。

ファントム・ナイトの青白い光が瞬く。まるで叫んでいるかの様だ。ウォンは走り込んだ勢いを利用し、ファントム・ナイトから転がる様に距離を取り間合いから逃げる。

すぐに先程の気迫が消えた。無理に振り絞って一撃を与えてくれたのだろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。

『分身現出』

私の分身が四体出現する。これで四回までは接触されても大丈夫だろう。

この間もカタラがファントム・ナイトの攻撃から私を守ってくれている。カタラの息が切れ、肩が上下に激しく動いている。騎士と相対して、僧侶にしては持った方かな。ウォンだったら、まだまだ余裕があっただろうが、今は当てにならない。私が魔法剣士の本領を発揮するしかない。

「ナルディア!私の剣に火炎付与」

『火炎付与』

素直にナルディアが即座に魔法を発動させる。こんな時でも、「断る」とか言って来る奴だが、さすがにブラフォードとロリが心配なのだろう。この戦闘に早く決着をつけたい様だね。

私のバスタードソードの刀身が轟々と燃え上がる。アンデッドは炎が弱点であることには変わりはない。火炎爆裂では、火炎が直撃しなかったため効果が薄かった。ならば、直接その身に打ち込むだけのこと。

「カタラ、ありがとう。下って」

カタラがゆっくりと隙無く下がっていく。返事もできないくらい呼吸が荒い。

さて、ファントム・ナイトと一騎打ちだ。魔法剣士の真の実力を見せつけてあげよう。

分身を含め、五人の私がじわりじわりとファントム・ナイトを間合いに入れていく。

ファントム・ナイトは、手近な分身を切りつける。分身は盾で受け止める動作をするがしょせんは幻影、剣を受け止めることなど出来ず霧散する。

だが、その攻撃で完全に私の間合いに入った。

「ハー!」

気合とも剣を振り始める。まずは踏込の勢いを利用し、上段からの袈裟切り、戻す反動を利用し腹を水平に薙ぎ、剣を背中まで回し力を溜め込み、一気に胸を貫く。この間、刹那。

ウォンには、剣の軌道が見えただろうけど、カタラやナルディアには踏み込んで胸を剣で貫いた様に見えただろう。

ウィーザー流剣術、三拍斬撃。ウィーザー流剣術は、水の流れを基本とする剣術。力任せではなく、剣が進みたい方向に進ませてやることで剣速と威力が上がる。

そして極めれば、刹那に複数回の斬撃が可能になる。

ファントム・ナイトは、業火が付与された剣に二度斬られ、最後に胸を魔法の業火に焼かれている。全身から発していた青白い光が明滅しながら消えようとしている。だが、倒しきれていない。

ファントム・ナイトが私の両肩を握る。その瞬間、分身が身代わりとなり二体が霧散した。保険は残り一体。ここまでは計算通り。私の計算はまだ続くよ。

『風刃断裂』

ファントム・ナイトの冷たい手に肩を掴まれたまま魔法を詠唱する。無数の魔力を纏った風の刃がファントム・ナイトを切り刻む。かなり、弱体化していたのか風の刃が通った処は穴が開き、向こう側が見える。再生する気配も無い。

ファントム・ナイトの手もちぎれ、私の肩から手が消えていく。

すかさず剣を引き抜き、さらに三拍斬撃。今度は最後に胸では無く眉間を貫く。

まぁ、アンデッドに胸や眉間を貫いても急所にはならないんだけど、気分的にね。

今度は、捕まる前に素早くファントム・ナイトの間合いから抜ける。しかし、私に痛い目を合わされた為か他の者にも目をくれず、私へ迫ってくる。

『魔力光弾』

ナルディアの援護だ。私の目の前で光弾がファントム・ナイトに着弾し、爆発する。これで最後の魔法の詠唱の余裕が出来た。ナイス、ナルディア。

ファントム・ナイトの姿が半透明になっている。あと少しか。

ファントム・ナイトへ歩み寄り、最後の一言を告げる。

『火炎付与』

ファントム・ナイト自身が業火に燃え上がる。苦しさの為か青白い光の発光が素早く点滅し、光が完全に消えた。そして、業火もまもなく消えた。

「ミューレ、アンデッドの反応が消えました。倒しましたよ」

カタラのその一言で力が抜けた。その場に座り込む。本当に疲れたよ。本気を出したのはブラックドラゴン戦以来だね。最初から火炎付与でファントム・ナイトを燃やせれば、楽が出来たんだろうけど何せ初級魔法だから、敵が元気だと抵抗されて魔法効果を掻き消しちゃうんだよね。限界まで弱らせないと魔法をかけられなかったのが面倒だったね。ウォンが戦力になれば、もっと楽にできたんだけどね。トラウマじゃ仕方ないよね。


「ミューレ、大丈夫か。精気は吸われなかったか」

ウォンが心配して、私の顔を覗き込んでくる。顔が近い。その顔はまだ血の気が無く青い。

「大丈夫。幻影に肩代わりしてもらったからね」

ウォンが私の腕を握り、引き起こし、そのままウォンの肩に背負われる。本当は肩を貸すだけのつもりだったのだろうが、身長差がそれを許してくれなかった。

「格好悪いから、降ろしてくれる。何か悪い事をした子供みたいなんだけど」

「あぁ、悪い。軽すぎて、抱え上げてしまった。すまなかったな、今回役立たずで」

両腰を掴まれ、やさしく地面に降ろされる。

「いいよ。誰でも一つや二つ怖いものくらいあるよ。それに三馬鹿なんか毎回だよ」

「そう言ってくれると助かる。俺もまだまだだな」

「ウォンは、いつも最前線で体を張っておられます。たまには後衛に回られても良いのですよ。それにしても、ロリとブラフォードは大丈夫でしょうか」

カタラが心配げに呟く。

二人が無事でないことは確かだ。死んではいないだろうが、火炎爆裂の直撃だ。重傷を負っているに違いない。

ファントム・ナイトとの戦闘で時間を取られた為、その間に部屋の温度も下がり、埃も落ち着き視界も良好だ。サウナ状態だが中に入れそうだ。

ブラフォードは爆心地付近に転がっていると思うんだけど、ロリは何処かに隠れているだろうね。そういう機転は利くからね。

次の敵が来る前に二人を回収し、ベースキャンプに一旦撤退して、出直しだね。

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