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20.少女の涙

戦闘後、慎重にリザードマンの洞窟の奥へと探検を続けた。奥には十数部屋あったが、戦闘員は居なかった。どうやら、先の戦闘に戦闘員は全員集まっていたみたいだね。あとに残っていたのは、メスや子供、そして長老達だった。屈強なオス共が全滅し、生き残り達は反抗する気力がなかった。

リザードマンとは言葉も通じないし、奴らの気持ちが落ち着いた後や、子供が大人になった時に反撃されても困るということで、毎度の事ながら全滅させることがパーティーでの暗黙の了解だった。

禍根は一切残さないのが、非道だけど私達の流儀なんだよね。

カタラは、控室で涙を流しながらこの非道を神に悔やんでいる。

ナルディアには魔法を使う程の出番はないのでスケルトンの作製をお願いしている。頭のネジが元々飛んでいるので、次々とスケルトンが湧き出してくるのを見て、大漁大漁と一人喜んでいる。

「ウォンとロリが綺麗に殺しているので、予想以上に大量のスケルトンが確保できそうだ」

との事。私は汚い殺り方ですいませんね。

そう言えば、こういうのを喜ぶ奴があと一人いたね。ドワーフのブラフォードだ。あいつは弱い者いじめが大好きだ。普段は、そのような事は隠しているが、殲滅戦や虐殺になると生き生きと動き出す。そんな性格もあるから、奴と私は反りが合わないのだろうね。


後始末に淡々と私とウォンとロリの三人で生き残りを殺していく。そこには、戦闘という言葉はない。ただの虐殺だ。毎度の事ながら、私は自分の心を止め、機械的に剣を振るう。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

いつの間にか呪文のように繰り返し呟いていた。精神がかなり参っている状態なのだろう。

快楽殺人者の様に思われるかもしれないが、実際はこの後始末が最も苦しい。

戦闘であれば、力の差があれど対等の条件で命のやり取りをしている訳であり、何も心苦しさを感じない。逆に戦闘で命を奪うことは崇高な事であるとも考えている。自然界の絶対の掟、弱肉強食は冒険者にも当てはまる。弱い者は強者に駆逐されて当然だ。私もいつ弱者になるか分からない。

しかし、虐殺だけは皆の心を重くする。ここで生き残りを見逃すのは、将来において私達への何かしらの火種になる可能性がある。その可能性だけは、いかなる場合でもゼロにしておかなければ安眠することは出来ない。絶対にゆずれない命の防衛線でもある。

それが人の道から外れていても自分の命を、そして仲間の命を大事にし、守りたい。

段々と視界から色が失われていき、白黒の世界へと移っていく。心が凍りついた時はいつも視界から色が消え失せ、白黒の冷徹な空間に放り出される。火に当たろうが、それは黒くうごめく物であって温かみすら感じない。人影も血も同じ黒に見える。何も違いが感じられなくなる。私の心は完全に凍りついた。こうなれば、ただの人形だ。ゴーレムやスケルトンと変わらない。最初に決めたことをひたすら反復し続ける。敵を殺しきるまでだ。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す。

敵を見つけ、追い詰め、殺す…。


視界に色が戻ってきた。心の麻痺が溶けてきた証だ。ようやく、憂鬱な作業が完了した。討ち漏らしは無い。今回だけで非戦闘員を五十匹以上倒したことまで覚えているが、後は条件反射で動いていたため総数まで覚えていない。

見事なまでに床だけでなく、壁や天井にまで血や肉片が飛び散らかっている。ブラッドフィーストと名付けたどこかの冒険者の言う通りだ。否定のしようがない。

こうやって敵をいつも全滅させる為に、どこどこのモンスターが退治されたがどこの冒険者がしたか分からない。一体、誰が退治したんだと噂によくのぼる。だが、目撃者は居ないし、当然生き残りも居ないため、私達の仕業であることを知られることはない。

まぁ、冒険者ギルドで引き受けた依頼は、依頼完遂の報告義務がある為、冒険者ギルドは私達の技量を知っているから、私達の仕業だろうと推測はしているだろうね。冒険者ギルドには守秘義務があるから、そこから私達の情報が漏れることは無いと思うけどね。

だから、いつまでも知名度が無い人生のんびりコースを歩めているのだけどね。知名度なんて足かせにしかならないし、私達は自由に冒険したい。もう、お金は人間ならば、人生を何度も繰り返せる程持っているし、功名心など全くないんだよね。純粋に冒険がしたいだけなんだけど、何故かいつも血の宴をした後の様になってしまう。

そこから、『血の宴』=『ブラッド・フィースト団』という通り名だけが、最近酒場や宿屋で先走り始めている。とりあえず、敵を殲滅し、冒険者の正体が分からない時は、正体不明のブラッド・フィースト団の仕業だと噂される様になった。そういえば、私達のパーティーに名前は無いから、この際その名前を貰っておこう。折角、周りの冒険者達がつけてくれた訳だしね。

こちらから、その通り名を出すことは先ず無いだろうけどね。


リザードマンのコロニーがここまで大規模だとは、正直思っていなかった。自分の迂闊さに腹が立つ。せいぜい十数匹の群れだと思っていた。リザードマンがこんなに群れる種族だとは、数百年生きてきて初めて知った。ここまで大きな群れを作っていれば、テリトリーは広く、近くにリザードマンの敵対種族は、まず居ないだろうね。もし、私がこの近くに住めと言われても断る。言葉も通じない凶暴なモンスターが数十匹も闊歩しているそんな恐ろしい場所に普通は住まないよね。

それにしても、ロリにもう少し偵察をさせれば良かった。だけど、リザードマンの大規模コロニーだと分かったら無視しただろうか。いや、途中経過が違うだけで結果は同じだ。殲滅させたに違いない。私の性格から言って、多分、入り口で火災を発生させ燻り殺したに違いない。そういう自分達にとって安全な策を使ったに違いない。

何事にも後顧の憂いを残すことは、私の思考パターンにはないからね。廃城に入って、疲れて出てきた時にここのリザードマンの大群と鉢合わせする可能性があった。そうなれば、魔力も薬も気力も尽きた状態であれば、こちらが全滅してもおかしくない。どこで、生死の分岐点になるか分からない。ここは確実に問題点や不安要素を一つずつ取り除くしかない。

となると、偵察をしっかりしてここの規模を把握しても火災を起こして窒息死か焼死するか、炎から飛び出してきた奴を順番に切り捨てるかの違いしかない。

結局、入り口で血の宴を起こすことに変わりないね。

駄目だ。頭がマイナス思考に傾いている。何を考えても悪い方向へと考えてしまう。肉体よりも精神が参っているね。早く、ここの処理を終わらせようか。

いつまでも終わったことを考えるのは止めよう。少しでも前に進もう。

両頬を両手で軽く平手打ちをする。頬が痛い。心が現実世界に若干戻ってきたような気がした。


さて、この洞窟をベースキャンプに使うには少々、いや正確に言おう。非常に汚くしてしまったね。大量の死体を処分しないと病気の発生源になる。ここの片付けは重労働だな。まいったな~。私達だけじゃ、一日・二日では終わらないね。

ふと、壁際に立ち尽くす数十体のスケルトンが目に入る。

あぁ、何だ単純じゃないか。やっぱり、頭の回転が落ちているね。こんな単純なことにすぐに気が付かないなんて。

スケルトンを使って、この洞窟の一番奥の部屋に死体を押し込め、洞窟を落盤させ埋めてしまおう。空気に触れない様に徹底的に天井を崩して、埋葬しよう。念の為に部屋の入口は魔法で石壁を作り、封じてしまえば、さらに完璧でしょう。

ならば、早速実行に移すべし。血が流れていく低い場所がいいかな。そこなら血が外へ漏れ出すこともないだろうしね。

「ナルディア、スケルトンの命令権を頂戴。死体の片付けに使うわ」

「ふむ、いいだろう。束の間の不死の王の気分でも味わうが良いわ。フハハハ」

この惨状を見て笑えるなんて、相変わらずナルディアの頭はぶっ飛んでいるね。

こちらはそんな気分じゃないよ。正直、部屋の片隅でうずくまって、吐き戻している副族長の様に自分の心を解き放ちたいよ。だけど、まだ作戦行動中。弱気を見せるわけにはいかない。特にナルディアとロリには絶対に見せたくない。後で茶化されるのが目に見えている。ここは我慢だ。気丈に冷静なふりをしなくてはいけない。ナルディアの言葉を無視し、スケルトン共に命令を与える。

「肉片を拾い、右奥の部屋に集めよ」

今まで、壁の片隅に棒立ちになっていたスケルトンが動き出す。ときおり、骨を軋ませる音をさせるが、滑らかに動いている。わたしの一言で数十体居たスケルトン共が静々と働き出す。

控室と奥の部屋を往復する内に、真っ白だったスケルトンの身体がみるみるうちに赤く染まっていく。白骨から赤骨へと変貌する。だが、奴らは一切気にはしない。ただただ、主人の命令に従うのみ。延々と肉片を拾い、奥の部屋と片付けていく。今のペースなら大分時間がかかるだろうね。今の内に全身の血を洗い流しに行こうかな。

だけど、城も近いし、ここのコロニーの外回りが帰ってくる可能性もあるよね。一人は危険だね。ウォンとロリも誘うかな。

「ウォン、ロリ、一緒に川へ血を洗い流しに行かない?一人で行くと危ないような気がするし」

「そうだな。血が固まる前に流した方が後で手入れが楽だな」

「うん、ロリも行く。だって、とっても臭いもん」

ロリに指摘されて、初めて自分が異臭を放っていることに気がついた。この洞窟自体が異臭に包み込まれているが、自分自身もその発生源の一つになっていることに気が付かなかった。どうやら、本当に心から疲れているようだね。

「そうだね。臭うよね。早く行こうか。カタラ、ここを任せたね」

カタラがコクリと頷く。まだ、神への祈りを捧げているようだ。ま、洞窟の入口付近の川に私達が居ることだし、大丈夫でしょう。

私達三人は控室を後にし、洞窟の外へ出た。いつの間にか満天の星空が瞬いている。洞窟の中ではかなりの時間が経過していたみたいだ。

春先の肌寒い中、新鮮な空気を胸に思い切り吸い込む。如何に洞窟内の空気が淀んでいたか実感する。新鮮な空気とは、ここまでさらさらでさっぱりとしたものだったのかと、思い出す。

ウォンは川岸に腰掛け、両足を川につける。上半身が汚れていないウォンはそれで十分だろう。だけど、私とロリは違う。全身が返り血に染まっている。汚れていないところを探すほうが難しい。

思い切って川の浅瀬に仰向けに倒れ込む。雪解け水が混じっているのか、思った以上に水は冷たい。だけど、逆にそれが清浄さを感じさせてくれて、今はありがたい。水は鎧の隙間から中にどんどん入り込み下着や火照った身体と淀んだ心を洗い流してくれる。下流へどんどん赤い血が流れ出すが、すぐに川の流れに溶け込み消えていく。だが、体についた返り血はしぶとい。未だにすべてが流れていかない。もうしばらく、このままでいる必要があるようだ。

「ミューレのそれ、楽そうだね。ロリもマネしようっと」

同じようにロリも浅瀬に仰向けに寝転び、返り血を洗い流していく。まるで川で斬り殺された死体の様だ。途切れること無く赤い血が川面に流れていく。

多分、私も同じような状況なんだろうね。

時々、うつ伏せにもなり前側も洗い流す。この清涼な雪解け水が私の罪も洗い流してくれれば良いのに。そんな無理なことを考え続けていた。

意外にも川の流れが強かったのか、それとも血が乾く前だった為か、服や下着以外はきれいに血が洗い流された。やはり、布は血を奥までしっかり吸い込んでおり、きれいになることはなかった。洗濯屋に渡してもどうにもならないレベルだ。白いところを探す方が難しい。

この普段着が白かったなんて誰が思うだろう。何も知らない人間が見れば、最初から暗い赤い色の服と思うだろうね。でも、冒険者が見れば一目瞭然、生き物の血の色だとすぐに分かる。何せ毎日の様に見慣れているからね。

さっぱりした事だし、替えの服に着替えようかとも思ったけれど、次の戦闘でまた返り血を浴びることになるかもしれない。街に戻るまではこの服を着続けることにしよう。とりあえず、洗濯できたことで臭いは取れたし、良しとしましょうか。


濡れ鼠のまま洞窟に戻るとカタラと副族長は、落ち着きを取り戻していた。

一人と一匹は協力して血肉でさほど汚れていない守衛室を綺麗にしていた。

「ただいま、今日はこの部屋で泊り?」

「はい、ここが一番きれいな部屋ですから、副族長さんにも手伝って頂いて掃除しておきました。もうすぐ寝床ができますから、待っていて下さい」

「ありがとう、カタラは気が利くね。で、ナルディアはどうしてる?」

「さすがに魔力が枯渇し、そこで眠っています」

言われてカタラが指差す方向をみると守衛室の片隅で毛布にくるまって眠っている人影があった。確かにナルディアだ。全ての魔力をスケルトン作製に費やしたため、疲労のピークが来たのだろう。しっかりと熟睡している。うるさい奴が静かなのは良いことだ。このままほっておこう。触らぬ神に祟りなしだね。

さて、控室に入る。先に作られたスケルトンは、未だに往復を続けている。まだまだ終わりそうにないね。そして、新たに約二十体のスケルトンが壁に並んでいる。さて、命令権は私にあるかな?その前に、控室のロッカーを漁る。目当ての物があった。バケツと桶が十個とデッキブラシが十本だ。

「お前達は、バケツに川の水を組んで、ここの血を洗い流せ」

すると、ゆっくりと白いスケルトンがバケツを手に取り、川へ向かい出す。どうやら、命令権は私に設定してくれているようだね。半数のスケルトンがバケツや桶が手に入らず、命令が解除され、硬直している。デッキブラシを残りのスケルトンに手渡していく。

「お前達は、血をデッキブラシで磨き落とせ」

こうして、スケルトンによる清掃作業が始まった。こいつ等は、命令で止めろと言わない限り同じことを永遠と繰り返す。こういう単純作業にはおあつらえ向きだ。後を任せ守衛室に戻る。ウォンとロリが鎧を脱ぎ近くの暖炉に火を灯し、服と自分を乾燥させている。

私も同じように鎧を脱ぎ、暖炉の前に膝を抱え込んで座り込み、顔を膝につける。

炎の暖かさが私の全身を包み込む。自然と涙が出てきたが、私は拭かなかった。どうせ、涙を流しているところは仮面で見えないはず。もしも涙を拭うような動作をしたら皆にバレるからね。疲れて、眠っているフリをする。まぁ、長年の付き合いだし、ウォンとカタラにはバレているんだろうね。

だけど、分かっていても知らないふりをしてくれることが嬉しい。二人の優しさに感謝。

ひとしきり静かに涙を流すと負の感情は、私の身体から涙と共に少し軽くなった。心の切り返しの速さが冒険者たるもの大切だもんね。


守衛室のテーブルでカタラが用意してくれた夕食を取る。まあ、調理せず保存食を並べただけなんだけどね。夕食を取りながら、皆と今後の方針を再度確認しておく。パーティー内の意思の共有は重要だ。一人一人が違うことを考え、バラバラに行動を起こせば簡単な仕事も出来なくなるからね。確認したことは、オーク砦を出発した時とさほど変わらない。

・廃城周辺の探索を続行する。

・探索終了後、補給も兼ねてオーク砦に戻る。

・スケルトンをオークに引き渡し後、副族長とブラフォードを交代させ、この守衛室に戻る。

・ここに補給品を仮置きし、ベースキャンプにする。

・ドラゴン戦は、周りのモンスターを退治してから行なう。

こんなところかな。特に誰からも反対意見も出ず、パーティーの行動を再確認するだけとなった。そうだよね、出発前に決めたことを確認しただけだから、異論が出るはず無いよね。

作戦会議は、あっさり終わった。あとは、スケルトンの後片付けがどうなったかだ。

スケルトンの後片付けの状況を私とウォンで確認しに行く。ほぼ、終わりかけで控室や廊下には血や肉の痕跡は全く無く、きれいに床だけでなく、壁や天井も磨かれている。

埋葬場所となる右奥の場所へ行くとスケルトン共が部屋の中に肉片を押し込もうと右往左往しているが、すでに部屋は肉片で満たされ扉から溢れ出している。

「こりゃ、無理だな。入れるスペースが無いな」

「これ以上はどうしようも無いね」

「もう埋葬しちまったらどうだ。ここは洞窟の一番奥深い所だし、爆破しても入口付近の落盤の心配もないだろう」

「そうだね。じゃ、スケルトンを片付けようか。命令変更。川に十分間潜った後、控室にて待機せよ」

一斉にスケルトンが手に持っていたものを破棄し、川へ向かう。これでスケルトンも少しはきれいになるといいんだけどね。

「で、どう埋めるんだ?」

ウォンにダイヤモンドを三つ渡す。火炎爆裂が封入されている魔力の塊だ。

「この三つを投げるのにどこまで離れられる?」

「この廊下の曲がり角でも余裕で届くぞ」

「じゃあ、そこからウォンがダイヤを部屋に投げつける。私が石壁で素早く廊下を塞ぐ。壁の向こうで火炎爆裂が三発爆発する。死体が焼却されると同時に天井や壁が崩れ落ちる。石壁がある為、こちらには爆風は来ない。もし、威力が強くて石壁に亀裂が生じた場合は、もう一枚石壁を作る。こんな感じでどうかな」

「いいんじゃないか。どうせこの洞窟の強度なんて誰も分からないしな」

「では、廊下の角に戻ったら作戦開始で」

二人で無言で廊下を戻り、曲がり角まで来て振り返る。部屋一杯に詰まった肉片が時折廊下に転がってくる。

ウォンが何も言わずダイヤを三つ投げる。綺麗に肉片の詰まった部屋へ放物線を描く。

すぐに私も魔法を用意する。ダイヤが通り過ぎる瞬間に魔法を発動する。

『石壁展開』

巨人族が殴っても壊れない強度の石壁が廊下を塞ぎ、肉片の詰まった部屋を隠す。

数秒後、大爆発が三度起きた。洞窟が大きく揺れ、天井から小石や埃が落ちてくるが、石壁には傷一つつかなかった。何とも複雑な気持ちだ。自分の火炎魔法三発が、自分で作った石壁に傷がつかない。これは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。

そういえば、ナルディアの隕石落としにも耐えた石壁だったね。なら、火炎程度では傷がつかなくとも不思議じゃないか。逆に隕石落としにも耐えた石壁を創れることを誇ればいいのかな。

「ウォン、ちゃんと埋葬できたと思う?」

「出来ただろう。火炎も熱風もこちらに来なかったからな」

「なら、いいの。みんなのところに戻りましょう」

守衛室へ戻るため、廊下を二人並んで一言も喋らずに歩く。鎧は守衛室で脱いできたから、二人共普段着のままだ。仕事柄、無意識に二人共足音を立てずに歩いているからとても静かだ。

今、何か話をしたら、ただの少女に戻ってウォンの胸に飛び込んで泣きじゃくってしまいそうだ。

私は、冷静沈着、冷酷非情の冒険者ミューレ。ただの少女に戻る訳にはいかない。

だが、ウォンには見透かされた。肩をポンと叩かれただけだったが、心のダムが簡単に決壊した。ウォンの胸にしがみつき、泣きじゃくる。私の背では丁度ウォンの胸に顔が来る。

ウォンの体温と心音を感じる。温かい。

「私だって、こんな虐殺なんてしたくない…。でも、後が怖いの。角を曲がれば敵討ちに待ち伏せされているかもと怯えるなんて嫌なの。だから、だから…。」

ウォンは、何も言わず大きな手で私の頭を撫でる。

私は黙り込み、静かにウォンの胸の中で泣き続けた。

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