17.予感的中
気持ちのいい朝だね。雲ひとつ無く青空が広がっている。朝はまだ肌寒いが時間が経てば春の陽気がやってくるだろう。
オーク共は、既に起き私達の朝食の準備を広場の中心で行っていた。
天気もいいし、外で朝食を取るのもいいね。
私達六人と副族長は朝食を摂りながら、今日からの冒険の打ち合わせを始める。
隊列は、ウォンとロリが前衛。ナルディアと副族長が中衛。私とカタラが後衛にあたる。まぁ、防御力の弱い魔法使いを中央に配し前後左右からの攻撃に対応できる基本的陣形だね。普段なら副族長の場所にブラフォードが立つけれども、今回は砦の防衛役なので留守番だ。やれやれ、猪突猛進がいないだけいつもより少しは楽ができるかな。と言うか、出来ると良いな。でも、ロリとナルディアが暴走するか。何も考えずに行動するんだろうなぁ。
副族長の話では、川沿いに三日程上流へ向かえば、白亜の石造りの古い城が見えてくるそうだ。中に入るのは簡単で正門の木製部分は朽ちており出入りは自由に出来るそうだ。そのせいで、迂闊にもオーク共は気軽に入り、相当な損害を出して退却したそうだ。
退却も個人が命からがら勝手に敗走する有様で中の様子をしっかり把握している者は、いなかったそうだ。まぁ、中を見たオークが居ても私が黒焦げにしたから話は聞けないことには変わらないんだけどね。
とりあえず分かっていることは、聞き出したし、後は出発するだけだね。さて、本格的な冒険も久しぶりの様な気がする。一体どんな城なのかな?大きいのかな、それとも朽ちて使い物にならないのかな。あぁ、楽しみだなぁ。
身体が気分的に軽くなり、胸の鼓動が少し早くなる。この冒険前の高揚感。理由もなく私は冒険が好きなんだなぁと実感するんだよね。
道中も割と高位のモンスターに出会うことがあるらしい。危険度は上がるけれど、実は楽しみだったりする。やっぱり、歩くだけじゃ物足りない。冒険の花形である戦いが無いとね。だけど、オークの集団で追い払えるレベルのモンスターならば、私達の脅威にはならないだろうね。せいぜい、スケルトンの材料になってもらいましょうか。
六人の準備が整う。相変わらず、筋肉ダルマが
「ワシが行けば速攻で片がつくものを。しかし、エースとして砦の防御を任せられたのならば仕方あるまい。エースの責務を果たすまでじゃ」
とか、ほざいているね。内のパーティーのエースはウォンですよ。これだけは変わらないですよ。ちなみに、次席は私でいいかな。魔法剣士は正直に言えば、中途半端な存在なんだよね。剣士として見れば、ウォンに敵わない。魔法使いとしてみればナルディアに及ばない。だけど、敵に大群で襲われても魔法で一掃することもできるし、魔法が効きにくいモンスターが出た場合や不意打ちを喰らっても剣士の力で対応することが出来る。要はこのスキルの複合が上手く出来るか、それぞれの力の連携が上手いかどうかで魔法剣士の強さが決まってくるんだよね。柔軟な思考と分析力で、剣士と魔法使いの力を使いこなして、戦いに勝つ。各職業で比較すれば見劣りするけれど、相乗効果で敵に簡単に打ち勝つことだってできる。そこが魔法剣士の楽しくて強みなところだね。それから、ブラフォードとは剣士として戦っても圧勝できるからね。そこだけは強調しておくからね。
さて、今回も活躍できるか楽しみだね。
「全員準備はいいようだな。じゃあ行くか」
ウォンが気合の入らない掛け声で出発の合図を出す。いつもの事だね。戦闘になれば喜々として雄叫びが出るのに、普段はいつもこんな気だるい感じだ。
ブラフォードを残し、私達五人と副族長は砦を旅立った。
樹海の中を流れる川のせせらぎと春の陽気が気持ちいい。樹海を割るように川は流れている。川幅は三メートル程で緩やかな流れだ。両岸に十メートルほどの岩場の川岸が広がっており、私達は川岸に近い樹海の中を進んでいる。まるでハイキングかピクニックのようだね。
念のために今回は、サークレットを装備している。城にドラゴンが居るということは、この辺りを飛び回っていると考えるのが普通だよね。用心に越したことはないよね。サークレットに宿る風の精霊が付近に小動物しかいないことを教えてくれている。それに、勘の良いウォンが戦闘態勢に入っていないし、耳が良く聞こえるロリが何も聞こえたとも言わないところを見ると向こうも危険は探知していないみたいだね。
ガチガチに緊張しているのは副族長だけで、私達は完全にリラックスしている。
「ウォン。声かけてあげたら」
「そうか。副族長よ、まだ砦を出たばかりだぞ。もっと落ち着け。俺達の強さは良く知っているだろう。あんたに怪我はさせないし、戦いにも出番はないぞ」
さすが、私とウォンの間柄。私の言いたい事を読み取ってくれる。ウォンから副族長へ声かけてもらったほうが、リラックスできるだろうね。私が言えば逆効果なのは分かっておりますよっと。やはり、相手の言いたいことを先読みする能力も戦士には必要だもんね。
ウォンの一言で副族長も覚悟を決めたようだね。さっきより、少し肩から余計な力が抜けたね。
「副族長は、戦わなくていいからね。逆に連携の邪魔になるから大人しくしててね」
「わかった。ミューレ殿」
あの密約を交わしてから、ようやく副族長も私と会話をしてくれるようになった。下僕になるという話は、どうやら本気みたいだね。もしかしたら油断させて背後からグサッと裏切りが来るかなと謀略の期待もしていたけど、本音だったらしいね。駆け引きも無かったし、面白くなかったね。まぁ、ハーフオークで人間に近い知性があるとはいえ、そこまで求めるのは、酷だったかな。
私達は、順調に川沿いを遡って行く。太陽が真上に上がった為、簡単な昼食を摂る。昼食を終えるとハイキングを再開した。
しばらく歩いた所でウォンが突然立ち止まった。
「川の方に三つか」
「ロリね、水音を聞いたよ。三匹の二足歩行型で大きいよ」
「風の精霊が、三メートル級三匹の接近を告げているね」
ウォン、ロリ、私がほぼ同時に警告を発する。やっぱり、前衛の戦士二人は格が違うね。アイテム無しで敵の気配を感じるんだもんね。ま、アイテムを使っても同時に感じたのであれば良いか。
全員が川に向かい武器を抜き戦闘態勢に入る。敵は人型モンスター三匹。三メートル級なら、私の倍の身長、ロリなら三倍の身長程あるけど、さほど脅威にはならないだろう。
ウォンが手のサインで物陰に隠れろと送ってくる。私達五人は、素早く岩陰や大樹の裏に身を隠す。ナルディアが副族長の袖を引いて茂みに座り込めとジェスチャーを示し、副族長も手のサインの意味を理解したようだ。音を立てぬように茂みに器用に潜り込んでいく。
皆、武器は抜いているが、誰も構えていない。近づいてくる気配は完全に格下だと経験が告げている。副族長だけがロングソードを構えている。戦わなくていいって言ったのにね。まぁ、仕方ないかな。自分の身ぐらいは守りたいだろうしね。
やがて、樹海の隙間からモンスターが見えてきた。全身が深い緑色の鱗に覆われている物が川を渡ってこちらに向かって来ているね。まだ、こちらには全く気がついていないね。
相手は、一言で言えばトカゲ人間ことリザードマンだ。オークには厳しい敵だろうが、私達には脅威にはならない。
「ミューレ、これどうする?」
「いらない」
「わかった」
私とウォンを会話聞き終えたナルディアがすぐに暴走した。
『火炎爆裂』
リザードマンが居た地点を中心に強烈な爆発と業火が発生し、円形の焼け野原を作る。
「フハハハ。雑魚めが。我に歯向かうなど無駄無駄。フハハハ」
相変わらず、こいつの能天気は絶好調だな。やると思っていたよ。
「ナルディア。魔法の無駄遣いしない。ウォンとロリだけで数瞬で終わるんだから、大人しく見ててよね。今の轟音で敵を呼び寄せるんじゃないの」
「フハハハ。敵が来れば、また蹴散らすのみ。それにこの程度、我には魔力の消耗にもならんわ。フハハハ」
ダメだ。相変わらずの馬鹿っぷりだよ。普通、魔法使いはインテリで頭が良いはずなのに、こいつは魔法を使うことしか考えていないね。あぁ、先が思いやられるよ。夜襲にあったら休息がとれず魔力が回復できないのにね。
「遅かったようだ。リザードマンの集団がこっちに来る。数は、そうだな、二十匹位だな」
ウォンが周りの気配から状況を読み取る。
「ナルディア!殺るなら静かに殺れ!それが、大魔法使いとやらの頭脳か」
私が厳しく、警告する。最初にハッキリ言わないとこの馬鹿は調子に乗っていくからね。釘は刺しておかないとね。
ナルディアは、顔を真赤にして我慢をしている。言い返したくとも図星を突かれ、言い返せないようだ。何とか、出てきた言葉が、
「ひ、久しぶりの冒険で少しハシャギ過ぎたようだ。次からは大魔法使いの偉大さを実感させてやろう」
ちょいと、いつもよりテンションが低いね。反省はしているようだ。さて、次はどうしようかな~。
ウォンがこちらに堂々と歩いてくる。これだけ盛大な花火を打ち上げたんだし、隠れる必要がないと判断したんだね。
「ミューレ、ナルディア。あそことあそこに広範囲魔法を打ち込んでくれるか。奴さん等、その茂みに固まって隠れてこっちの様子を伺っている」
「一網打尽か、じゃ、私は近い方ね。火炎爆裂でいいよね」
「フハ…、ブッ!」
ナルディアがすぐに私に殴り倒される。手甲を私は嵌めているから全く痛くないが、ナルディアは相当痛いはずだ。ナルディアが左頬をさすっている。多少赤くなっているが、力加減はちゃんとした。歯や骨に異常はないはず、多分ね。
「静かにしなさい。頭ついてないの?」
「わ、分かった。我は、火炎爆裂を遠い方に打ち込む」
本当に困った奴だね。状況判断が出来ないんだよね。自分が正しいと心の奥底から信じているから、周りが見えないんだよね。この前のブラックドラゴン戦は、本当にビックリしたね。屋内で隕石落としの魔法を使う奴がこの世にいるなんて、信じられなかったね。自分も死ぬ可能性があるのにね。本当に力のある馬鹿からは目が離せないね。
「ウォンの合図で魔法をかけるからね」
「了解した」
ウォンが人差し指を立てる。二人共、同時に詠唱に入り、詠唱が完了する絶妙のタイミングで、ウォンの人差し指が素早く前方を指す。
『火炎爆裂』
私とナルディアの声がハモる。
直径一メートルほどの火球が、二方向に真っ直ぐ目標へ急速に飛んで行く。そして、着弾。予定通りの大爆発が二箇所で起こる。これでクレーターが三つになった。
木々が火で爆ぜる音が鳴り響き続ける。
「ロリ、どうだ。何か聞こえるか。俺は気配を感じないな」
「ううん、何も聞こえないよ。多分ね、全滅したとロリも思うよ」
「そうか、ちょいとロリと見回りしてくる。援護頼む」
そう言うとウォンとロリがまず近い方のクレーターに近づいて行く。二人でお互いの死角をカバーしながらリザードマンの死体を確認しに行く。
私は念の為、弓を取り出し、矢をつがえ万が一に備える。魔法は詠唱の時間が必要だから即応が必要な時は弓矢の方が向いているんだよね。
ナルディアも一応、魔法をいつでも使えるように触媒を握りしめている。ただ、触媒が必要になる様な高位魔法を一体、何に使うつもりなんだか。やはり、馬鹿か…。
「ナルディア、触媒を握って何しているのかな?」
「無論、何かの時に援護の魔法が打てるように決まっているではないか」
「それって、一秒以内に魔法を放てる?」
「フハハハ、ミューレともあろうものが無知なのか。この大魔法使いである我でさえ、触媒を必要とする呪文がそんなに素早く詠唱できるわけがなかろうが」
はいはい、分かっていましたよ。そうでしょうね。矢でナルディアの尻を思い切り突き刺す。
「フギャー!」
「馬鹿か、援護は即応優先。魔力光弾でも準備しておいてね。それ以上の高位魔法は二人を巻き込むからね」
「う、痛たた…。分かった、不本意ながら魔力光弾にしておこう。折角、我の晴れ舞台。我が力を皆に披露しようと思っておったのだが」
「それは、ドラゴン戦でよろしくね。ナルディアは、とっておきで、えぇと秘密兵器じゃなくて、そう!最終兵器なんだから、ドーンと構えていてくれたらいいの」
「ほほう、我は最終兵器か。なるほど、確かに我が力の強大さはリザードマン相手では役不足だったな。では、我が力が必要な時に声を掛けてくれたまえ」
何かこれはこれで腹が立つけど、暴走されるよりはいいよね。
馬鹿の相手はしていたけど、警戒はもちろん今も続けている。ウォン達は三つ目のクレーターへ近づいて行く。
結局、二十数匹のリザードマンは三発の火炎爆裂で全滅した。オークの副族長が大きな口を開けて固まっている。
まぁ、オークにしてみれば天敵にも等しいリザードマンが数瞬で消し飛ぶなんて想像外だろうね。こちらとしては、日常の光景なんだよね。
「はい、ナルディア、出番ですよ」
「我に出番?敵はおらぬではないか」
「朝のミーティングをもう忘れたのかな」
「さて、あの時は確か重力制御に関しての講式を考えておったな」
ナルディアがすぐに私に殴り倒される。先程と同じ光景が広がる。
「敵をスケルトンにして、オーク砦に送り込む。指揮権は族長に預ける。思い出したかな」
「そうであったな。我の出番だったな。すまんすまん。どうも重力制御の講式が頭から離れず失念しておった。では、スケルトンを生み出すぞ」
スケルトンを生み出すには、犬歯が触媒になるそうだ。犬歯さえあれば、他の部分が無くとも五体揃った状態でスケルトンが創造されるそうな。
何か元のサイズと出来上がりのサイズが違いすぎてしっくりこないけど、本人がそう言っているのだから間違いはないんだろうね。
ナルディアは、三つのクレーターの中心に行き、呪文を唱え始める。てっきり、犬歯を拾い集める必要があるかと思っていたけど、そのままスケルトンに出来るみたいだね。ま、楽が出来て良しとしようね。
『骸骨創造』
ナルディアが呪文を唱えると犬歯から四本の棒が突き出し、徐々にリザードマンの骨格を復元していき、完成していく。だが、何だか数が寂しい。一匹に犬歯四本として四×二十=八十匹位できそうな気がするんだが、実際には六体しかいない。
「お~い、大魔法使いさんや~い。何か数が少ないかな」
「どうも、我らの魔力が強すぎて犬歯にヒビが入ったりして、まともな物が六本しか残らなかったようだな。さすがは我が大魔力よ。フハハハ」
ツカツカとナルディアに近づき、殴り倒す。
「先にそういう大事なことは言え。火炎爆裂でなく、氷結吹雪で凍死させれば犬歯がそのまま残っただろうが、この馬鹿!」
「痛たた。確かにその手があったな。だが、あの魔法は地味であまり好きではないのである」
「好き嫌いじゃない。当初の作戦を考えよ。本当に天才魔法使いなのか。さっきから、ただの馬鹿丸出しだぞ」
あ、駄目だ。地が出てくるよ。だから、馬鹿魔法使いと組むのは面倒で嫌だったんだよね。
もう、疲れたよ。
今まで、静かだったカタラがこちらに近づき、立ち止まると祈りを捧げ始める。今回は、加減をせず最高出力で放った為、死体のほとんどが残っていない。ほぼ全て灰になったと言える。焼け焦げた地面が広がるだけだ。
オーク砦の時は情報が必要だった為、生き残りが出るように、かなり抑えめで魔法を放っていた。その為、オークの死体がミディアムで残った。
今回は、リザードマンから情報を得る必要がなかったので、最大火力で魔法を打ち込んだんだよね。
カタラの祈りが終わるのを待つ。ほんの数分のことだし、本人が納得して行動してくれないと今後に差し障る可能性があるからね。カタラも分かってくれているのか、批判的なことは何も言ってこない。しかたないよね。リザードマンの凶暴さは折り紙付き。どんな相手でも取り敢えず襲ってくる。で、戦ってみて勝てそうに無ければ初めて逃げようとする。
出会ってしまえば、お互い戦うしか選択肢がないんだよね。凶暴な種族には困ったもんだね。熊とか狼なんかは、こちらが殺気を放つだけ逃げるというのにリザードマンは喜々として寄って来るからね。先手必勝がリザードマンに対する唯一の対策だね。
「で、ナルディア。このスケルトンはちゃんと砦に行けるの?」
「愚問だ。出発前に族長に我が特製のブレスレットを渡してある。その魔力を感知し、そこにたどり着くことなど造作もない。ちなみにそのブレスレットを持っているものがスケルトンの主になるのである」
「なら、いいんだけど」
「だが、途中で何者かと戦闘になり壊されても責任は取れん。それは我の所為ではないからな」
「分かってるわよ。だから、じゃんじゃん作って送り込むの。そうすれば、必ず砦に送り込めるでしょう」
「理解してくれているなら良いのだ。数が減ったなどと後で我の力を疑われたくなぞ無いからな」
はいはい、それも朝だったか、いつだったか忘れたけど誰かに言った様な気がするけど、まぁいいか。もしかしたら、ナルディアには話してなかったかも。私だって魔法使い。スケルトンの特性くらいは承知していますよ。単語単位の単純な命令しか聞けない。刃物には強いけど打撃武器に弱い。高位の僧侶よる神への祈りで灰にさせられる。確かスケルトンの特徴はこんな感じだったかな。
今回の六体も何者にも遭遇しなければ砦に到着するはずなんだけど、途中で何者かに襲われても砦へ歩き続けるだけで防衛行動はとらないんだよね。命令が主人の元へ行け、だもんね。ま、ゴブリンやホブゴブリンならリザードマンのスケルトンには手を出さないだろうね。リザードマンに勝てないことは奴らの方がよく分かっているはずだし、多分六体は砦に届くだろうね。
さて、気を取り直して冒険を続けますか。まだ、半日目だもんね。さて、次は何が来るかな。
隊列を整え、私達は冒険を再開する。馬鹿魔法使いには釘を差したし、次は暴走しないと思うんだけどね。何せ馬鹿だから予想がつかないことをするんだよね。
後、今のところロリは、まともな行動をしているけど、こっちもそろそろ怪しいかな。多分、暇になると変なことを思いついて突然予測の付かないことをしでかすんだよね。戦闘が続くと気が紛れるみたいで大人しいんだけどね。
はぁ、何せ外見と中身は十歳の子供と同じ。必然なんて必要ない。面白そうだからが、理由になるんだよね。
二時間ほど歩いた頃、ロリが居ないことに気がついた。
「ウォン、ロリがいない」
「何、確か数分前まで居たぞ」
「ロリでしたら、向こうから必死になって走って来ています」
カタラが右の樹海の奥の方を指差す。
確かにロリだね。何か後ろに大きい人影を連れて必死の形相でこちらに逃げてくるように見えるね。
「ロリだね」
「ロリだな」
「ロリのようだな」
「ロリですよ」
どうやら、危惧していた通り悪い癖が出たようだ。
「戦士二人でいけるよね」
「あぁ、魔法は必要ないな」
「じゃ、カタラはナルディアと副族長の護衛をよろしくね。ちょっと行ってくるね」
「はい、分かりました。お気をつけて」
さて、ウォンと肩を並べロリを歩いて迎えに行く。お互いすでに剣を抜いている。樹海の暗がりでロリの背後に居るものが何かまだ判別つかないが、先程のリザードマンより相当大きいことは確かかな。数は一匹。私とウォンなら、この辺りで出会うようなモンスターには勝てるでしょう。
しかし、ロリのやつ遊んでいるね。本気で走れば、追いつかれるような事はないのにわざとゆっくり走っているね。後でカタラから折檻してもらおう。ロリはカタラに叱られるのが一番堪えるみたいだしね。
さて、敵は何かな。木漏れ日に一瞬モンスターが浮かび上がる。
「ウォン、見えた?」
「しっかりな」
「じゃ、ミューレこの剣に炎を付加してくるか」
「はいは~い」
『火炎付加』
ウォンのロングソードが私の魔法で燃え盛る炎の剣となる。
『火炎付加』
そして、私も自分のバスタードソードを炎の剣にする。
敵は、トロールだ。身長は五メートルくらいかな。棍棒を力一杯振り回すくらいしか芸がないモンスターだが、困ったことに傷の再生能力だけは尋常じゃないんだよね。一太刀位なら一分もあれば傷が塞がり完治してしまうんだよね。戦士にとっては天敵といえる存在の一つだけど、弱点がある。治癒出来るのは、切り傷だけで他の怪我に対しては治癒できないんだよね。
そこで考え出されたのが、炎の剣なんだよね。炎の剣に切られると火傷の効果もあり斬撃も回復しなくなるんだよね。昔からトロール退治に伝わる有効な手段だね。
別に魔法じゃなくて刃先に油を塗って火を付けるだけでもいいんだけど、私達の剣速だと油の火じゃ速度で切る前に消えちゃうんだよね。で、私達はいつも魔法の炎を剣に付加してトロールに対峙している。
さて、こちらの準備が終わったこと確認したのか、ロリが急激に速度を上げ私達の間を走り抜けていく。
「ごめんね。物音がしたから見に行ったら見つかっちゃった」
嘘だね。面白そうだからワザと見つかって連れてきたに違いない。困ったもんだ。ロリには、面白そうというだけでわざわざ遠くに居たトロールをここまで連れて来たんだから。
トロールが勢い良く目前に迫って来るが、私もウォンも歩みを止めない。特に打ち合わせも目配せもしない。淡々とトロールとの間合いを詰めていく。トロールも私達の炎の剣が気になるのか、目標を私達に切り替えている。
トロールの体が大きい分、敵の間合いに先に踏み込んだ。私達の剣はトロールの胴体には届かない。トロールの棍棒と言うか大木が力一杯迫ってくる。だが、お構いなしに私達は歩みを進めて行く。背後で何かが飛んで行き地面に突き刺さる鈍い音がする。
トロールが右手を左手で押さえ込み叫んでいる。ウォンがトロールの右手首を切り落としたのだ。背後にめり込んだのはトロールの棍棒とそれを掴んだ右手だった。
今度は私達の間合いに入った。
ウォンが素早く右足を切り落とす。滑るように私の方にトロールが倒れてくる。私は歩みを止め、トロールの首を貫き、捻り、横に切り裂く。トロールは息絶えた。私はトロールの死体に潰されぬようにそっと場所を移動する。
先程まで私が立っていた場所にトロールが崩れ落ちる。
やれやれ、ロリの悪い癖でいらない仕事をさせられたね。まぁ、トロールのスケルトンなら貴重かな。それに今回は犬歯に傷一つ付けていないしね。
スケルトンは、ナルディアに任せておけばいいし、ロリはカタラに任せておこう。
あぁ、やっぱり三馬鹿を連れてくると余計な仕事が増えるね。
嫌な予感が当たったよ。選択を間違ったかもしれない。そんな後悔をしながら、ロリとナルディアを眺めていた。