14.ミューレの一面
副族長の案内で裏街道を進んで行く。樹海の中の裏街道は、予想以上に荒れていた。五十センチ以上の段差や枝を幾重にもくぐり抜け、進んで行く。これは馬で走り抜けるには無理だね。
こんなのは、普通は道とは言わない。まるで子供の隠し通路みたいだ。副族長からはぐれたら、私達は迷子だ。街道に出て、遠回りでエンヴィーに向かうことになってしまう。そうすると、砦に残してきたウォンが心配だ。往復で二週間程、放置することになる。
ま、いいか。その時はその時。ウォンなら何とかするよね。
エンヴィーには真っ直ぐ向かっていることは、太陽や星の配置から分かった。距離感が掴めないので、本当に今のペースのまま、三日で到着するかは疑問だったが、三日目の昼過ぎに突然視界が開けた。樹海が途切れたのだ。遠くに見慣れた城塞都市エンヴィーの姿が見える。
族長の言う通り、街道を使えば八日かかるが、裏街道なら三日で行けるという話は本当だった。
副族長が樹海の中へ手招きをしている。そう言えば、地下道を使うと言っていたかな。多分、そこへ案内してくれるのだろう。
樹海の中を少し戻ると、副族長が一本の大樹にある直径七十センチほどのウロを指差している。中を覗き込むと洞窟になっておりエンヴィーの方向に続いている。どうやらここが地下道の入口らしい。
「案内ここまで。後、勝手にしろ。お前達なら正面からでも入れる。砦に帰る時は、ここに来い。三日は待つ。それまでに来なければ帰る」
初めて副族長の声を聞いた。実はこの三日間、今の今まで一言も口を開かなかった。
こっちが話しかけても基本的に身振り手振りで返事を返してくるだけなので、話すことができないのかと思い始めていたくらいだった。ちょっと、びっくり。
「ありがとう。大変助かったよ。副族長がいなかったら、あれが道だとは分からなかったよ。必ず、三日以内に戻るから待っていてね」
本当に、三日以内に戻ろう。今の道を逆方向にたどるのは私には無理だ。案内が必要だね。
「本当に、助かりました。何か街で買ってくる物はありませんか。よろしければ、買ってきますよ」
カタラが機転を利かし、いや機転じゃないか、本心だね。多分、お礼のつもりなのだろう。カタラには、そういう思いやりがあるからね。私にはそこまで頭が回らなかったな。
「そうか。なら酒がいい。人間は嫌いだが、人間の作る酒は好きだ」
「はい、分かりました。あまり、お酒に詳しくないのでお好みに合わない時は、許して下さいね」
「人間の酒なら何でもいい。ゴブリンの酒よりは美味い」
ふむ、ならアルコール度数の高いウォッカとかにしておくか。あれなら少量でも、水割りにすれば大量に飲めるだろう。さすがに樽を持ち運ぶのは、裏街道では無理かな。いや待てよ。
「副族長は、手ぶらだよね。酒を樽で買ってきたら自分で持って帰れる?私達にはあの道で樽を担ぐのは無理そうなのだけど」
「ふむ、なるほど。いいぞ。俺、背負う。樽で構わない。樽ならたくさん飲める」
「分かった。樽で用意してくるね」
副族長が頷く。もうおしゃべりは終わりのようだ。
しばらく、副族長が何か話してくるか期待して待っていたが、時間の無駄だった。口をつぐみ、近くの岩に腰掛け微動だにしない。
もう私達は、副族長の中では居ないことになっているようだ。
「カタラ、正面から行こうか。荷物を持って出る時に、入った形跡がないと怪しまれるからね」
「もちろんです。私達は何もやましい事はしておりません。コソコソする理由がありません」
そうだよね。別に悪い事していないもんね。カタラの言う通りです。堂々としましょう。
「じゃ、三日後にね~」
副族長に手を振るが、反応がない。完全に無視されている。まぁ仕方ないよね。
さて、三馬鹿の家に行きますか。ちゃんといつも通り家にいろよ、頼むから。でも、その前に一休みかな。
私とカタラは、並んで樹海の外へ出た。太陽の日差しをまともに浴びるのは三日ぶりかななんて、漫然と思いながらエンヴィーの大門を目指した。
エンヴィーの大門をくぐり抜ける時、毎度の事ながら衛兵から熱い視線を浴びた。まぁ、視線の七割はカタラの美貌に、残り三割は私の仮面の胡散臭さにだけど。まぁ、ここの常連だから、顔パスでいつも通してもらっている。怪しい人間だと誰何され、衛兵室に連れ込まれ尋問を受けることになる。初めて来た時は、仕事で勇者パーティーと組んでいたから普通に入れたけど、私だけだと間違いなく守衛室へ直行だっただろうな。まぁ、勇者と一緒に行動していたという信頼度で今も誰何されずにここを通れる。勇者どもにたまには何か奢ってやるか。ここのところ顔も合わせてないしね。
今回も誰何されることなく、大門を抜け、まっすぐ正面に見える酒場兼宿屋の『四季物語』に直行する。エンヴィーを出てから一度も身体を洗っていない。とりあえず、三馬鹿の所に行く前にスッキリさせたい。それは、樹海を抜けてから大門に着くまでにカタラにも言っている。カタラも身を清めることに賛成だった。
四季物語の扉をくぐる。
「マスター、元気?いつもの部屋よろしく」
「ミューレさんにカタラさんいらっしゃい。ウォンさんは後から来るのかい」
マスターは、203と書かれた鍵を用意しながら聞いてくる。
「ううん、今回は二人。二泊三日でよろしくね」
「はい、毎度あり。食事はどうしやす」
ちらっとカタラの顔を見る。任せますと書いてあるね。
「風呂上がりに昼食と、朝食二日分の三食で。後は、外で食べてくるね。ゴメンね」
「いいんですよ。お得意様ですから、遠慮なんか要りませんや。どうぞ、ごゆっくり」
マスターから鍵を受け取り、二階へ上がる。もちろん私が203で、カタラは202だった。
「じゃ、後でね」
「はい、昼食で合流しましょう」
お気入りに203の部屋に入る。窓辺に立つとお気入りの景色が広がっている。正面に大通りが広がりその先に大門が見える。
何か自分の家に帰ってきたような錯覚がする。それほど、この部屋が気に入っている。
鎧を解き、お風呂に行く準備をする。鎧の下に来ていた服のまま風呂へ向かう。洗濯しないといけないからね。さすがに自分でもわかる程臭う。こんな大都市で臭いまま出歩くなんて、乙女心が許さない。
女風呂は、貸し切りだった。まぁ、女が旅することなんてほとんど無いから客も来ないんだろうね。冒険者をしている女なんて、本当に珍しいからね。それに時間も昼前、宿にチェックインしてくるには早すぎるのもあるかな。
着替えは脱衣所に置き、仮面以外は全裸になる。ガラスに映る自分の全身を眺める。腰まで流れるストレートの黒髪。小柄ながらも出るとこはしっかり膨らみ、かなり細い腰。
ふむ、スレンダー美少女だね。しかし、青あざや鎧が擦れた後とか頂けないな。後でちゃんとオリーブオイルでも塗っておこう。
今まで着ていた服をまとめて風呂場に持ち込む。お湯と石鹸で洗濯を始めるとお湯がすぐに黒くなる。う~ん、十日以上着たままだったような。これは酷い。さぞかし、汗臭かっただろうな。よく、マスターも笑顔で対応してくれものだよね。さすが接客業のプロだよね。
丹念に洗濯した後、今度は自分の体を隅々まで洗っていく。恥ずかしながら垢ですぐに洗い布が茶色くなる。こ、これは酷い。こんなに汚れていたのか。恥ずかしい。すぐに三馬鹿の家に向かわず、一休みして正解だったよ。これじゃ、あいつらに馬鹿にされるのが目に見える。危ないところだった。
全身隈なく、泡まみれになり泡をお湯で流す。スッキリした。生き返る。さて、ついでだから素顔も洗いたい。カタラが来る気配は無いし、多分いつものお祈りでもしてから来るのかな。他に人が来る気配も感じない。念の為、扉に背を向け、素顔を誰にも見られないように外す。あぁ、やっぱり仮面の裏側も汗と埃で汚れている。人が来る前に綺麗にしよう。
仮面も素顔も綺麗に磨き上げる。桶に貼ったお湯を鏡代わりに覗き込む。青い瞳の十代後半の美少女がうっすらと写っている。仮面無しだとナンパ男が寄ってくるし、交渉時には相手に舐められるちゃうな。やっぱり仮面をはめておこう。
仮面を乾拭きし、顔につける。やっぱり顔に仮面がないと落ち着かない。もう仮面と一体化していると言ってもいいね。ミューレは、こうでなくっちゃ。
ミューレスト・ウィーザーは、人間界に存在してはいけないからね。
さてと、ようやくバスタブに浸かれる。身体を綺麗にしてから入るのがマナーだもんね。
バスタブに浸かり、手足を伸ばす。数日ぶりのお風呂。気持ちいいに決まっている。身体の疲れがお湯に溶け出していく。何気なく胸を見ると前より大きくなった様な気がする。両手で下から抱え込むように優しく抱きしめる。指から少し溢れる。ふむ、ワンランクアップかな。弓を撃つ時に邪魔になるんだけど仕方ないな。体の成長だけは自分でコントロールできないもんね。でも、これでもカタラより小さいんだよね。カタラは邪魔にならないのかな。
バスタブの中で大の字になり、これからの事を考える。今回の最終目標は、廃城を確保して、ブラックドラゴンの宝を保管すること。これは目処がたったと言えるかな。何せ、宝は今も防水布で覆っているとは云え、野ざらしの状態。早く屋根のある所に移したいというのが、皆の希望だ。
じゃあ、その後はどうするかが未定だ。新しい冒険を探してもいいし、今回領土を手に入れたも同然なので、モンスター相手に統治ごっこでもして、魔王でも気取ったりとか。あとは、開拓民を受け入れて本格統治するもありか。
いや、どうも、どれもしっくりこないな。私達が一処に落ち着くのはまだ早いような気がする。他国に渡って冒険するのもいいかもね。この国の冒険者ギルドじゃ私たちに紹介できる様なレベルの案件は、年に一件位だし、そういう案件が出れば基本的に勇者パーティーに最優先で仲介されるんだよね。で、勇者パーティーの手に余りそうな時には、お手伝いの依頼が勇者から入ると。
基本的には、いつもの三人パーティーで応援に入るのだけど、どうしても戦力が足りない時は三馬鹿も連れて行く。で、クエストをクリアして、名声は勇者パーティーが、実利は私達が貰うという利害関係がいつの間にか出来た。正直、勇者パーティーが超一流であることは認めるんだけど、私達の足許には及ばないのが現実なんだよね。
いっその事、私達が勇者になる!
というのは止めよう。前も言ったけど、市民からの過度の期待と品行方正であるとの思い込みに対応しなきゃいけないんだよね。
無理!特に品行方正って何ですか?勝つためだったら、モンスターの子供も容赦なく闇討ちで焼き討ちしちゃいますよっと。今回みたいにね。
ウォンとカタラは、勇者の資質を持っていると思うけど、私は駄目だね。効率重視の冷血漢。勇者にはなれないよ。
そんな事をダラダラ考えていると脱衣所からかすかな殺気を感じた。当然、こちらは未だに気づかぬ振りを続ける。手持ちの武器は、垢すり棒が一本か…。ダガーくらいは持ってきたら良かったかな。でも、後でちゃんと手入れをしないと錆びるから、面倒だよね。
脱衣所から殺気を感じるくらいだから、敵のレベルは知れている。そんなに強くはないだろう。ただ、毒が怖い。こちらは防具なしなので、武器に毒を塗られていたらかすり傷でも死に至る可能性がある。さて、敵は何者かな。一ヶ月前の盗賊団か、それとも半年前の暗殺ギルドかな。どちらも仕事上、目障りで邪魔になるから壊滅させちゃったからな。もっと別の組織かな。ま、捕まえて吐かせばいいか。
とりあえず、鼻歌を歌い、手を揉んだり伸ばしたり、縮めたりして風呂を満喫している気配を漂わせておく。
さぁ、いつでもどうぞ。こちらは準備万端ですよ。
三分程して、突然脱衣所の扉が蹴破られ黒い影が飛び込んできた。数は一つ。全身黒ずくめで顔も完全に隠している。手に持っているのはショートソード。刃先は緑色の粘着質に覆われている。多分、毒だろう。
とりあえず、一旦驚いたふりをし、袈裟斬りを垢すり棒で受け止める。
「よう、姫さん。いい格好だな。隠さなくて良いのか」
この話し方、この声は暗殺ギルドで聞いたような気がする。確か、小隊長だったかな。どうやら、仕返しか仕事のようだね。後腐れの無いように後でパーティーのみんなには内緒で皆殺しにしておいたはずなのに生き残りがいたとは、まだまだ私も甘いな。
「隠すほど、醜いかしら。逆に芸術的な美しさだと思わない」
「全身をくまなく切り刻みたくなるほどの美しさだぜ。一糸まとわぬ姿が恥ずかしくないのか」
暗殺者がショートソードに力を込めてくる。私は垢すり棒をしっかり握り抵抗する。
「死体に幾ら見られても気にならないわ。あなたは気にするの」
「違いねぇ。死体は何も言わないしな。しかし、頑丈な垢すり棒だな。何故、こんな木が切れない」
切れなくて当然。手に持っている物質を鋼と同じ強度にする『金剛』の魔法を先程、鼻歌に見せ掛けて、掛けておいた。ただのショートソードでは切ることはできない。
「用件は仕返しそれとも仕事?」
「まぁ、どっちでもいいじゃないか。楽しんだ後、奴隷市場に売ってやるから楽しみにしてろ」
「他に言いたい事はある?」
「はぁ、この状態で何言ってやがる。正気か。かすり傷一つで麻痺するんだぜ。麻痺した後は分かるな」
どうやら、何も得るものも無いようだ。終わりにしよう。バスタブの裏から白く光り輝く円錐形の魔力の塊である『魔力光弾』七本が、ゆっくりと上昇してくる。先の鼻歌の時にこれも仕込んでいた。だから、準備万端と言ったのだ。
「こちらから行くわよ」
四本の魔力光弾が暗殺者の四肢を叩き潰す。
声にならぬ悲鳴を暗殺者が上げ、床に俯きに崩れ落ちる。
「さてと、こっち向きなさいよ」
暗殺者の脇腹を蹴り上げ、仰向けに向きを変える。ついでに鳩尾へ魔力光弾を一本叩き込んでおく。これで四肢の骨は粉砕したし、鳩尾に強烈な一撃を加えた。まず、自力で動くことは無理だろう。とりあえず、暗殺者の両目を垢すり棒で叩き潰す。水晶体が潰れる感触が何とも言えず心地良い。この下衆にこれ以上裸を見せる必要なんて無い。しかし、こんな本性を他のみんなには見せられないな。
「どうやら仕事で来たようね。誰の依頼かしら」
暗殺者は何も云わない。口を動かそうともしない。
「そういえば、誰が奴隷市場に行くのかしら。あなた?無理よね。こんな盲目のダルマなんか買う物好きなんていないわ。素直に言えば直ぐに殺してあげる」
と言っても何も話さないだろう。仮にもプロの暗殺者だしね。
垢すり棒をへそに当てる。ゆっくりと捻りながら力を入れていく。
「何か思い出さない。何でもいいのよ。あなたの末期の言葉になるんだから、何か言えば」
じわりじわりと垢すり棒がへその中に埋まっていく。かなりの激痛を感じているはずだ。その証拠に脂汗が凄い。
「もしかして、私があなたのショートソードを握ることを期待しているの?そんな事しないわよ。暗殺者の武器を素手で握るわけないじゃない。どんな罠が仕込まれているか分からないわ。で、何かさえずったら。今なら気分良く何でも聞いてあげるわよ」
「なら、俺の命もここまでだし、姫さんよ、しゃぶってくれよな。息子を丁重に扱ってくれよ」
おやおや、こんな状況でまだ強気な発言が出来るな。
「息子ってこの辺りかしら」
垢すり棒をへそから引き抜き、股間のあたりを探る。うずらの卵のような感触を一つ見つけた。ゆっくりと上から力をかけていく。
「姫さんよ。そ、そこじゃねぇぜ。その隣だ」
結構余裕があるわね。あっさり力を込めて卵を潰す。
暗殺者は、呼吸も忘れもんどりを打つ。口からは泡が大量にこぼれる。
「ふ~ん、そんな態度をとるんだ。もう一つ確かあるわよね」
まだ、暗殺者の身体が痙攣を起こしている。今の状態で潰しても面白くない。痛みが落ちつくのを待つか。
もう一度、バスタブに浸かり大の字になる。お湯に返り血が広がっていく。ちょいと正気を取り戻すまで休憩だ。少しくらいは情報が欲しいかな。
十分程して暗殺者の痙攣が治まった。バスタブの中から声を掛ける
「ねぇ、依頼者は誰なの。早く言いなさいよ。もう自分が助からないことは分かっているでしょう。言ったところで不都合は無いでしょうに。貴方の組織は綺麗サッパリ私が潰したんだし、組織の報復はない事はあなたがよく知っているでしょう」
暗殺者は反応を何も見せない。これ以上は無駄かな。
残りの魔力光弾二本を暗殺者の頭部に叩き込む。頭蓋骨が破裂し脳漿が飛び散る。
死体はそのままにしておき、返り血を洗い流し、脱衣所へ戻る。着替えを念入りに調べる。罠などの工作は、無いようだ。着替えを身にまとい、マスターのところに行く。
「マスターごめんね。また、蟻地獄に一匹引っかかったの。お風呂にあるから、また、片付け頼めるかな」
「はいよ。最近は無かったのに、久しぶりだね。で、怪我は大丈夫かい」
「もちろんよ。私が怪我するわけないじゃない」
「ですよね。いつも通りに片付けておきますから気にしないでください。で、昼食は食べれやすか」
「いい運動したし、腹ぺこよ。カタラが食堂に来たら呼んでくれる。一緒に食事をとるから」
「かしこまりやした。お部屋でゆっくりして下さい」
後ろ手にマスターに手を振りながら二階へ階段を上がっていく。
後でマスターに仕事料を渡さなきゃね。どうせ依頼人は目星がついている。どうやら、廃城の件を済ませたら、落とし前を付けにいくことで決まりだね。
私がわざわざ外から目につく203の部屋に毎回滞在するのか奴らは理解していないようだ。
私の存在をあからさまにして、敵を呼び込む蟻地獄。この宿屋に忍び込んだが最後絶対に生きては帰さない。それもウォンやカタラにも気づかれずにだ。それが私の業であり、宿命だ。
そして、ここのマスターは私の協力者の一人。私の為の舞台を用意してくれている。
ここで私が何をしようと外に話が漏れることはない。一種の治外法権とも言える。この四季物語の中では私が法律だ。
何せ、ここの出資者兼オーナーが私であることはマスターと私しか知らない。そして、203は私専用の客室で部屋の天井や壁は、すべて他の部屋より倍の厚みがあり、蹴破ったりして踏み込むことなど不可能だ。扉の鍵も特注品を取り付けてあり、無理に解錠しても、私が気づき対応する時間はたっぷりある。
そして、隙の出やすい風呂場が狩場になっている。普通の刺客であれば、先程のように何事もなかったかのように返り討ちにしてしまう。
また、風呂場なので後処理も楽だ。痕跡は一切残さない。ウォンが女湯に来れば、血の臭いで満たされていることに気づくだろうが、カタラの技量では気づかないだろう。
それほど、マスターの後片付けは徹底している。
実際には、マスター自身が後片付けをしているのか、部下か業者がしているのかは知らない。私が知らなくて良いことだ。
部屋に戻り、鍵を締めベッドに倒れ込む。食事まで時間があるだろう。仮眠をしておこう。そう決めるとすぐに睡魔が来た。
扉をノックする音で目が覚めた。
「ミューレさん、カタラさんが食堂でお待ちですよ」
マスターの声だ。どうやら一時間ほど眠っていたらしい。
「準備したらすぐ行くわ」
「わかりやした」
お気に入りの薄い水色のワンピースを身に着け、太ももに護身用のダガーをホルダーごと巻きつける。
後は、長い黒髪を櫛に通して、ポニーテールに仕上げる。ポニーテールにするとエルフ特有の長い耳が見えるのでつばの広い丸い帽子を被り、中に耳を入れてしまう。仮面さえなければどこから見ても良家の子女だ。
ちなみに、化粧の類は一切しない。別にまだ肌荒れを隠す必要もないし、唇だって自然に瑞々しい。化粧の必要性は感じない。ちなみにカタラも化粧はしない。こちらの理由は宗教上の理由だ。化粧とは自分を隠すものであり、贅沢な行為である。故に化粧をする時間があれば己自身を磨き、化粧に費やすお金があれば貧しき者に分け与えなさいだそうだ。
と言ってもカタラも化粧をする必要性は無い。すっぴんでも十分他人の目を引きつける。
一階に降り、食堂へ入る。カタラがテーブルに付き、外を眺めていた。
「お待たせ。昼食のメニューは決めた?」
「いえ、まだ何も注文しておりません。ミューレと同じもので結構です」
確か、食事面の制限はカタラには無かったはず。ならば、コッテリ系で攻めますか。
「マスター、ステーキと石窯パンと新鮮サラダをよろしく」
「はい、毎度あり。すぐにお持ちしやす」
カタラから異議が出なかったところを見るとメニューに問題はなかったようだ。
「ミューレ、何かありましたか」
お、するどい。女の勘かな。
「何が?」
「いつもと雰囲気と話し方が違います」
言われてみれば、戦闘後の思考からキャピキャピ感が抜けているな。つまり、地が出ていることになる。これは注意しないとだめだよね。こんな感じで良かったかな。
「え~。そうかな、多分、気のせいだよ。もしかしたら、三馬鹿の所にいくのに少し気が滅入っているのかもね」
よし、これでいつもの考え方、話し方になってきたかな。
ここいるのは、ミューレなのだから、それらしくしないとね。