第9話 ダンジョンボス
エレベーターホールの入り口が開いていく。
奥には胴体だけで横幅約5m、高さは2mもある巨大なクモが足を畳みながら鎮座していた。
その黒い甲殻は金属質な光を照り返し、見る者に威容を振りまく。
ダークメタルスパイダー、この核シェルターのダンジョンボスだ。
入り口が開いたことで目覚めたようだ、頭部が身じろぎした。
コントロールルームから無線で重警備ロボット達に命令する。
「まだ中には入るな! その場から射撃用意……撃て!」
重警備ロボット達にはABCと個体サインを与えてある。
その内、重警備ロボットAとBが入り口に窮屈そうに立ち止まり、右腕のマシンガンから7.62mmライフル弾を連射していく!
ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!……
工事現場の様な騒音が響き渡る!
7.62mmマシンガンの連射はガンタレットの5mmマシンガンよりも遅い。
秒間10発、ガンタレットの半分だ。
だが弾頭の重さは2.5倍、その重い弾がダークメタルスパイダーに向かって2本の火線を引く!
命中! ギギギィィーンッッ!……と金属のきしむ様な音が返ってくる。
ダークメタルスパイダーも危機感を覚えたのか、やり返してくる。
口から緑の液体を飛ばしてきた!
重警備ロボットAに当たる。
胸の装甲から煙が立つが……、大丈夫そうだな。
おそらく酸だと思うが、15mmの装甲を一瞬で溶かす様な物でもないようだ。
生身だったら相当ヤバイのだろうが。
ダークメタルスパイダーもそれが意外だったのか、焦るように移動していく。
エレベーターホール内は太いクモの糸が張り巡らされている。
それを辿りながら、こちらから死角になる位置へと逃げていく。
追いかけるにも、クモの巣が邪魔だ。
「全員! 焼き払いながら進め! 逃がすな、撃ち続けろ!」
指示を受けた重警備ロボット達が、左手から火炎を吐きながら、エレベーターホールへと進んで行く。
火で炙られれば、クモの巣は簡単に焼け落ちた。
ダークメタルスパイダーは何処だ、とガンタレットを操作して探す。
どうやら奥の柱に隠れながら、何かしているみたいだな。
柱の陰から子グモが出てきた。
どんどん、その数は増えていく。
え?と思いズームアップ!
ダークメタルスパイダーの尻の甲殻が左右に開き、そこから次々と湧き出て来る。
数十匹となった子グモ達は重警備ロボット達へと向かうが……、そのままスルー?
重警備ロボット達の間をすり抜けて、エレベーターホールの入り口へと向かう。
「え? え? 何だこいつら?」
てっきりロボット達への攻撃かと思ったら、廊下を突き進みこちらへと……
「げぇ!? 狙いこっちかよ!」
子グモ達が僕の居る、コントロールルームの前にまでやって来た。
だが、ドアはロックしてあるし、子グモ達の力では破れないようだ。
「あ、なんだ。ふぅ……、びびらせやがって、え?」
子グモたちの動きが変だ。
子グモ達は天井へと壁をよじ登り、天井にある溝のたくさん彫ってあるフタを取り外す。
え、アレって……換気口?
ハッ!として部屋の隅を見渡す。
天井に同じフタが付いている。
「やられた! 向こうも同じだったか……」
この5日間、こちらがダンジョンコアの性質などを密かに調べてたように、向こうも僕がここに立てこもっているのを調べてたのか。
天井を何かが蠢く音がする……
ガコンッ!と室内の換気口のフタが外れ、子グモ達が落ちてきた!
子グモ達は左右を見渡し、こちらを見つけるとキィーッ!と嬉しそうに鳴いた。
そのまま細長い足を小刻みに動かしながら、迫ってくる!
「うわぁぁ!?」
両手大の大きさの子グモが数匹とはいえ、こちらに突き進んでくる光景に背筋に怖気が走った。
慌てて、足元に置いておいたバールを拾い上げる。
「ポチ! やるぞ!」
「わん!」
向かってくる子グモにバールを振り下ろす!
カッ!と木を叩いたような手応え。
硬い……、叩かれた子グモを仕留めきれず、バールの下から這い出てくる。
足に纏わりつかれた!
「痛ッ!」
右足にハサミで挟まれたような痛みが走る。
「この!」
足を思い切り振り、引き剥がす!
噛まれた足には小さな裂傷が走り、血が出ている。
マズイ……
なかなか強い上、こうしている間にも子グモの数が増えていく。
今も廊下の映像を見れば、続々と子グモの列が廊下へと入ってきている。
ハッ! ポチは?と見れば。
「わん!わん!」
ポチは平気そうに子グモたちをあしらっていた。
ポチの鉄の体には、子グモの牙は通らないようだ。
なら……
「ポチ! しばらく、そいつらを引きつけていてくれ!」
「わん!」
すぐにコントロールユニットで、廊下のガンタレットを操作する。
中央のガンタレットにまだ弾を50発残してある。
連射モードで掃射!
一列に、換気口に向けて進む子グモの群れを蹂躙する。
操作切り替え、次はエレベーターホール内のガンタレットだ。
これもフルオートで子グモ達を撃ち抜いていく!
そして、そのままトリガーを引いたまま、大グモの尻を目指す。
ダダダッ!!……とエレベーターホール内の床を踏み抜きながら、5mmライフル弾の雨が走り去る。
大グモの尻の甲殻は開いている、そこに5mm弾が滑り込む!
「ギィィィッッ!!」
弱点だったか? ダークメタルスパイダーが初めて鳴き声を上げた。
ダークメタルスパイダーが足場にしていた、クモの巣から落ちて来た!
「今だ! ロボB! 尻を焼け!」
ちょうど背後に回っていた重警備ロボットBに指示を出す。
ゴォォォッ!と火炎が勢い良く吐き出され、ダークメタルスパイダーの尻を焼いていく。
ダークメタルスパイダーの尻は真っ赤に焼け爛れた。
尻を焼かれたダークメタルスパイダーは切れたのか、ロボBに飛び掛る!
そのままクモとロボで押し合いをしている。
その先が気になるが、まずはこちらだ。
子グモの相手をしてくれている、ポチの手助けをしに行く。
「フンッ!」
釘抜きを前にして、子グモに叩きつける!
カンッ!と貫通した。
「良し! いけるな!」
バールに突き刺された子グモはじたばたした後、紫の霧へと変わっていく。
叩くのではなく、突き刺すようにすればバールでもやれそうだ。
「ポチ、大丈夫か?」
「わん!」
ポチは元気に答えた。
子グモの攻撃の効かないポチにとって、子グモ達はじゃれ合い程度の相手なのかもしれない。
ポチと協力して、数は多いが一匹ずつ確実に仕留めていく。
ポチが子グモを弾き飛ばし、それを僕がトドメを刺す。
5分ほどでコントロールルームに入り込んだ、20匹の子グモを退治した。
「はぁはぁ……と、向こうはどうなった?」
コントロールユニットの画面に駆け寄る。
画面にはこちらの劣勢が映っていた。
ロボBは頭を引き裂かれ、コントロール不能。
ロボCは今、ダークメタルスパイダーに伸し掛かられ、脚部を齧られている。
ロボAだけが懸命に、横からマシンガンを連射して打撃を与えている。
「ロボA! 火炎放射だ、ロボCごと焼け!」
非情な命令を出す。
ロボAはそれにすぐ応えた。
ゴォォォ!!とダークメタルスパイダーをロボCごと焼く!
ダークメタルスパイダーは銃撃には耐えていたが、火は苦手なのか身をよじって逃げ出そうとする。
その時に齧られていたロボCが振り回され、入り口まで投げ飛ばされた!
ゴォォンッ……!と重い音を立て、ロボCが転がる。
4本ある足のうち、片側の2本を千切られ、あれではもう動けそうに無い。
今はロボAとダークメタルスパイダーが一対一で戦っている。
ロボAが吐き出す火炎放射を、ほうほうの体でダークメタルスパイダーがかわし続ける。
状況はこちらが攻撃してるところだが、このままではマズイだろう。
ダークメタルスパイダーも無傷ではない。
全身の甲殻はひび割れ血を噴き、8本ある足も半分の4本が折られている。
満身創痍だと言っていい。
それでも勝つのはダークメタルスパイダーの方だろう、このままでは。
ロボは接近戦が致命的に弱い。
距離を詰められれば殺られる。
もう後が無い、切り札を使う。
幸い、電線を結んであるロボAが今戦っている。
これが最初で最後のチャンスだろう。
コントロールユニットを操作し、エレベーターホールのスプリンクラーを起動させる。
エレベーターホール内に雨が降る。
スプリンクラーの水により、火炎の勢いが弱まる。
チャンスと見たか、ダークメタルスパイダーがロボAににじり寄る。
その黒光りする足でロボの腕を押さえつけ、胴体に噛り付く!
ロボもそれに必死に抵抗する!
「もう少しだけ踏ん張ってくれ……」
ロボとクモ、2体が十分濡れたのを見て、行動に移る。
まずは予備電源のスイッチを切る。
室内が非常灯の明かりに切り替わった。
次に廊下に置いてあった電線を室内に引き入れ、工具箱からケーブルカッターを取り出す。
それで予備電源から出てる太いケーブルを切る!
切ったら普通のカッターで外皮を剥き、中の銅線を電線とより合わせる。
工具箱からビニールテープを取り出し、むき出しの銅線をぐるぐる巻きにした。
これで準備OKだ。
予備電源のスイッチを入れる。
バチッ!!ッバチバチバチ!!……
非常灯の照らす、薄暗い廊下の先で暗闇を切り裂くようなスパークがきらめく。
体をたっぷりと水で濡らしたダークメタルスパイダーには、さぞ電気が通りやすいことだろう。
ほくそ笑みながら、傍らに寄って来たポチを撫でる。
パチッ……
パチッ……
ん?
なんか変な音がするような?
音の出所を探せば、さっきより合わせた電線から火が吹いている。
見れば予備電源からも煙が出ているような?
「あ、あれ? これは予定にないぞー!?」
予備電源はドゥルン!ドゥルン!……といつもと違う音を立てている。
「や、ヤバ!? ポチ、おいで!」
ポチを連れて、すぐに部屋を出る!
ドォンッ!!
部屋を出るのと入れ違いに、背後で爆発が起きた。
背後を炎が駆け抜けていったのを、首筋で感じた。
おそるおそる部屋の中を覗き込み、火を上げる予備電源を見て呆然とする。
「えらいことになった……。どうしよう、これ……」
予備電源を壊したのは想定外だ。
今後の脱出計画を思い、唖然とする。
「と、そんなことしてる場合じゃない!」
電撃が止まった、向こうは? と振り返る。
ここからでは見えない。
エレベーターホールに向かって走る。
入り口に転がっているロボCの横に立つ。
そこから見れば、非常灯の薄暗い明かりの中、黒い小山の影がある。
「クソ! トドメまでいかなかったか!」
背筋に不安がどろりと液体のように垂れ落ちる。
そんな僕の焦りを感じたのか、横のロボCがこちらを向いた。
「ん? おまえはまだいけるか? なら!」
ロボCに命令して、背中の燃料タンクを外す。
重い……、燃料はまだ中に入っているな。
それを持って、ダークメタルスパイダーへと駆け寄る!
正直、ものすごく怖い。
背筋から頭頂まで悪寒が針の様に突き刺して、僕を引き留めようとする。
だが、これが本当に最後のチャンスだろう。
近くでダークメタルスパイダーを見ればボロボロだ。
その体はひび割れ、割れ目からは煙が上がっている。
まだ電撃の影響で痺れてるのか、動かない。
だが、その目はこちらを捉えている。
その口へ、燃料タンクを突き入れる!
それと同時にダークメタルスパイダーの太く尖った顎が閉まった!
ヒヤリとする。
顎の棘は燃料タンクに阻まれ、完全に閉じなかった。
まだ痺れが抜けないのだろう。
噛む力が足りないのだ。
逃げるように離れ、ロボCの背後まで戻る。
「アレを撃て!」
燃料タンクを指差す。
「了解……射撃開始します」
ドッ!ドッ!ドッ!と3連射が撃ち込まれる!
カンッ!と鉄が撃ち抜かれた音が聞こえた、次の瞬間……
ドゴォォンッッ!!と爆発が起きる!
大きな火の玉が昇って行き、炎を撒き散らし、床の上を火の舌が舐めていく。
熱風が駆け抜けていった、それをロボの背に張り付きながらやり過ごす。
炎に照らされ、明るくなったエレベーターホール内を覗けば。
頭が吹き飛んだダークメタルスパイダーが見える。
その姿は端の方から徐々に紫の霧へと変わっていった。