第62話 ヌーの事情
すいません、遅れました。
受付での売買も終わり、駐車場へと戻ってきた。
ヌーは数字の書き込まれた手帳型のギルド証を見てまだニコニコしている。
「うれしそうだね」
「ええ。お二人のお陰でほら、こんなに数字が増えたんですよ」
手帳には乾いたばかりの色濃いインクで6600Dと1000Dの数字が。
その上には少々かすれたインクで50Dや80Dと言った小さな数字がいくつも並んでいた。
「これって前に言っていた、たくさん取引すると年会費がタダになるってやつ?」
「はい! 3万まで書き込めば最初に払った年会費が返ってくるんです。今日だけでほら、7600も貯まったんですよ。
今までは自分でジャンクを拾って売りに来てただけで2300しか貯まんなかったんですけど、ほら! もう9900ですよ!
あと100で1万の大台です。くー、頑張ったかいがありました。あ、もちろんお二人のお陰です、ありがとうございます」
そう言って握手を求めてくる。
リリィも握手しながら手帳を覗いた。
「へー、すごいにゃ。あと2万ちょいならもうすぐじゃないかにゃ」
「う! いやー、ジャンク拾いだとまだまだ掛かりそうかなー。ギルド証買うための5000Dも貯めるのに1年掛かったし。
この2300Dの取引記録も作るのに3ヶ月掛かってて……」
「え! そんなに稼げないにゃ?」
「ジャンク拾いだとそんなもんなんですよね。5000D作ったときもまだ誰も取っていない電線を壁の中に見つけて一気に貯めたし……、あはは。
それで自分の力だけじゃ無理だ、と思って取引代行業を始めたんですけど、ギルドの椅子に座ること苦節1ヶ月!
お二人が始めてのお客さんです。」
「うわぁ……」
「大変にゃ……」
「そ、それでですね。これからもご贔屓にしてもらいたいなぁ、なんて。私に取引を任せてくれるなら次からは手数料をタダにしますよ。
どうでしょう?」
そう提案してくるが。
「うーん、どうしよっか?」
「取引に関してはおじいちゃんたちに一度相談した方が良いにゃよ」
「そ、そんなぁ……、じゃあ今回の手数料も無料にしますよ?」
「うーん、どうするかにゃあ?」
「あぅあぅ……3万Dの取引記録貯めて、年会費が返ってくればそれでリアカーを買って、ようやく私のトレーダー生活が始まるんです。
おねがいしますよぅ。もう村にも帰れないし……」
目をうるうるさせて懇願してきた。
ちょっと可哀相になってきたな。
「村に帰れないって?」
「私の村は山奥にあるんですけど、山ネズミ族の掟で14才になったら外へ出て行かないといけないんです」
「なんでにゃ?」
「山ネズミ族は代々子沢山で、狭い村の中がもういっぱいいっぱいだし貧しいので、独り立ちの年齢になったら出て行かないといけないんです。
例外は各家庭の長男と長女だけで私は3女だし、下には弟と妹があと5人もいるんです。来年には双子の妹が村を出ないといけないし、私が商売を始めて店を作らないと弟たちもジャンク拾いか、娼婦になるしか……」
そう言ってヌーは下を向く。
その細い肩が震える、顔を手で隠した。
僕とリリィが顔を見合わせる、気まずい。
結構重い理由があった。
「ちょ、ちょっと待つにゃ。村に帰っておじいちゃんたちに相談するにゃ」
「そうだよ、他に行く所が無いならうちの村に来ても良いと思うし。土地は余ってるから畑仕事ならあるよ」
「……トレーダーがいいです」
下を向き、顔を両手で隠しながら言ってきた。
「……にゃあ?」
リリィが不審に思ったか。
隠した指の隙間から覗こうと顔を近づけるが、ぷいっと横を向いた。
「しくしく……」
「にゃあ?」
反対側に回り、再度覗き見ようとするがまたもや、ぷいっと顔を逸らしてしまう。
リリィが視線で僕にどうするにゃ?と問い掛けてきた。
「うーん、まぁ村も人が足らず、農作物を売りに行く人も決まってないし。その辺の事も考えて話し合ってみるよ」
「本当ですか!?」
ヌーがパァッ!と笑顔になるが、その目の下に涙の痕は無い。
まぁ、困ってるのは本当っぽいしなぁ。
「なら車で一っ走りするにゃ。今日中には戻ってこれるからギルドで待ってるにゃ」
「はい! ありがとうございます!」
ヌーはビッと足を揃えると、勢い良く頭を下げた。
調子良いなぁと思わず笑いそうになる。
「そうだね、それにしてもギルドの年会費は高いねぇ」
「ですねー、ハンターギルドの方はタダなんですけど」
「あれ、何でトレーダーギルドは有料なんにゃ?」
「ハンターギルドは主に雑用をこなしてくれる人を求めて……、まぁ人材を募集してるんですね。だからタダなんです。
トレーダーギルドは単純に資材を求めるんです。だからたくさん持ってきてくれる人からは高く買い取ったり優遇してるんです。
年会費は有象無象のトレーダー、ジャンク屋を振り分ける試金石みたいなもんですよ。ちゃんと取引できれば返ってきますしね」
「確かハンターの方でも買取はしてたはずにゃ」
「してますけど、安いですよ。トレーダーの最低価格並ですから」
「うわ…、それでも売りに来る人はいるの?」
「向こうの会員はそこを利用しますからね。まぁ、買取よりも仕事の斡旋が本業みたいなものですから」
「うちのお父さんもハンターの方で仕事貰ってたにゃー」
「ん、もしかして通信機持ちですか? レベル上げられる人はみんな向こうに行っちゃうんですよねぇ。
トレーダーの方が儲かるはずなんですけど……」
「ふむふむ」
なるほど、アデプトシステムのお陰でレベルが上がる世界になったから、力自慢はそういう仕事に着いてしまうのか。
仕事をしながらレベル上げをした方がそういう人たちには魅力的なんだろうな。




