第50話 収穫
それからさらに1週間。
スイカ畑は20の苗が目を見張る速度で成長し、今では緑と黒の縞模様の大きな玉を生やしている。
こうやって見ると普通のスイカなんだよな。
畑の真ん中で揺れる、口の付いたスイカ草を抜かせば。
「ゲッゲッゲッ♪」
今日も揺れながら楽しげに鳴いている。
その姿に違和感を覚えながらも、畑の雑草を抜いていく。
この畑の世話はエリオットさんとリリィに任せたが、雑草抜きぐらいは時々やることにした。
ここは川沿いの平原。
この新しい村の周りは自然で覆われており、放っておくとすぐに雑草が生えてしまう。
中腰になりながら草を抜いていくと。
「ペッ!」
「あ、痛て!」
ポコン!と後頭部に種をぶつけられた。
振り返り、犯人を睨み返すが。
「ゲッゲッゲッ♪」
楽しそうに笑うばかり。
なんだか気が抜けてしまう。
足元に落ちた種を拾いながら。
「作業の邪魔をするなよな」
「ゲッゲッゲッ♪」
この1週間こんな感じだ。
基本、手出ししない限りは種をぶつけてこないとの事だったが、何故か僕に対しては隙あらばぶつけてこようとする。
リリィやエリオットさんにはやらないのに。
スイカ草をじっと見つめる。
こいつの姿……
「お前、オロチプラントじゃないよな」
このスイカ草の種を落とした魔物の名だ。
尋ねるとスイカ草はぷいっと横を向く。
怪しい……
が、形は似ていても大きさは10倍ほど違うし、なにより魔物特有の人間への憎悪のようなものを感じない。
気にしすぎだろうか?
それとスイカに囲まれた中でスイカ草と呼ぶのもなんか混同しそうだな。
これからはスイカマザーと呼ぶか。
作業を続ける。
「ゲッゲッゲッ♪」
スイカマザーは今日も揺れながら楽しげに鳴いている。
「にゃーっす!」
リリィが遊びに来た。
「おはよう」
「おはようにゃー。スイカちゃんたちはどうかにゃー?」
リリィが柵を飛び越えて、畑へと入ってくる。
「ご覧の通りだよ」
「うんうん。大きくなったにゃ。今夜あたり収穫かにゃ?」
「ん? 今、採らないの?」
「スイカは昼間採ると渋みが出るにゃ。コレは夜採るにゃよ」
「そうなんだ」
もはや、こちらの常識には驚かない。
「畑も大分広がったにゃー」
「そうだね」
北へ避難していた人たちが戻ってきて1週間。
この1週間はひたすら畑の拡張に励んできた。
戻ってきた人たちも手伝ってくれたお陰で土運びは格段の速度で進んだ。
戻ってきた人たちがひたすら荷車に土を積み上げ、僕らはそれを車で運ぶのに専念するという形で役割を分担することで。
効率はこれまでの3倍ほどになった。
単純に土を堀り上げ、荷車に積む作業が運ぶ作業の3倍の時間を食っていたからだが。
もちろん、ここで一番活躍したのはポチだ。
重機の如く力で畑を切り刻み、後ろ足で蹴り上げ。
皆してその柔らかくなった土をスコップで拾っていた。
畑は50m四方の畑が40枚。
目標は32枚だったので楽々と目標をクリアだ。
今はそれぞれの世帯で畑を整備し、種まきの準備をしている。
エリオットさんも任せたスイカ畑以外にも自分の畑があるので大忙しだ。
「そうそう。収穫にマイルズさんたちも参加したいって言ってたにゃ」
「ん? いいよ」
夜10時、ランタンを片手にスイカ畑の周りに続々と人が集まってくる。
闇夜の中、それぞれの瞳が緑色の反射を返してきて。
畑の周りはギラギラと光る猫族の群れに囲まれる。
「やぁ、こんばんは」
ポチと共に僕もその群れに加わる。
「アルス、遅いにゃー。そろそろ始まるにゃよ」
そう言ってリリィの目が畑へと向く。
その視線を追って僕も向けるが。
畑のスイカたちがぶるぶると震えている?
じっとそれを見続けていると、ニョキッと緑の足が生え、スイカが四つんばいに立ち上がった!
立ち上がったスイカは半分の10個ほど。
それぞれがハイハイをするように畑の外を目指して歩き出す。
だが、その先には畑を囲う柵が。
柵の前で立ちつくすスイカたち。
「今にゃー!」
リリィを筆頭にマイルズさんやエリオットさんたちが柵を越えて、スイカへと迫る。
「この! 暴れるなにゃ。ほれ!」
リリィがスイカを捕まえ、ポキッと足をもぐ。
不要な枝葉を折り取る様に淡々と足をもいでいく。
「えぇ……」
その姿にこれで本当に良いんだろうか、と周りを見渡すが。
皆、捕まえたスイカの足をもいでいる。
唯一もいでいないのはポチぐらいだ。
前足で優しく押して、転がして遊んでいる。
「わうわう♪」
ポチが無邪気に転がし、それから逃げようとスイカが逆方向に走る。
てってっと余裕で先回りして、また転がす。
そんな遊びをしている。
「アルス! 何、遊んでるにゃ!」
動かない僕に対してリリィが注意してきた。
「あ、ごめん」
僕も近くの土の中に潜って隠れようとしていたスイカを拾い上げ、足に手を掛ける。
足の太さは親指ほどで結構弾力がある。
ぐっと力を入れようとした瞬間、スイカが震える。
思わず手が止まり、スイカを見る。
スイカに目は無いのだが、視線が合った気がした。
「……ごめん」
えもしれぬ罪悪感を覚えながらポキッと折る。
ぶるっと震えるがすばやく残りの足も折っていく。
一気にやった方が痛みも無いはず、か?
4本とも折ったらスイカは微動だにしなくなった。
コレ、本当にやっちゃっても良かったんだろうかと自問しながら、ハッとする。
スイカマザーは!?
怒ってないか?と視線を向けるが。
「すぅ……すぅ……」
健やかに寝息を立てていた。
起こさないように気を付けながら、収穫物を元発電所の公民館へと持っていく。
「皆さん、収穫の手伝いありがとうございます」
「良いってことよ」
「そうにゃー」
「手伝ったんだから分けてくれるんだろう? ほれほれ、早く」
ロブ婆さんが急かしてくる。
収穫に参加したのは僕とリリィ、エリオットさんの日ごと面倒を見てる3人に。
マイルズさん、ロブ婆さんにランクルさんが参加していた。
この人たちは元々村に残っていた人たちだな。
僕の目から見て、新しくやってきた人たちは今回は参加を見送ったそうだ。
採れた10個の内、3個がエリオットさん、2個がリリィ、残り5個が僕の取り分なのだが。
僕の分からマイルズさんたちに1個ずつ渡す。
参加してみてわかったがちょっとしたお祭りみたいなものなので惜しくは無い。
「へへ、ありがとうな」
マイルズさんを先頭にロブ婆さんやランクルさんが礼を言ってくる。
「いえいえ」
「それじゃ食べるにゃー」
リリィがスイカに包丁を突きつける。
一瞬、スイカが動いてスプラッタ状になるんじゃないかと身構えたが。
スイカは微動だにせず、二つに割れた。
中には真っ赤な果肉が詰まっており、こうして見るとただのスイカにしか見えない。
「はい!」
リリィが切り分けたスイカを僕とポチの前に差し出す。
動くのを見てたからか、ちょっとためらう。
横のポチを見る。
「わふ、わふ♪」
ポチがうれしそうに頬張っていた。
大丈夫そうだな。
僕も噛り付くが、歯が立った瞬間に水気が飛び。
口の中に柔らかでしっかりとした甘みと薄い青臭さが広がる。
甘みが強いなと思ったが、しつこくなくさっぱりとしていて、青臭さも新鮮さを感じさせ口の中を抜けていく。
口に含むと瑞々(みずみず)しい、混じり気の無い自然そのものに噛り付いているような錯覚をした。
うん、コレはおいしいな。
夢中で噛り付き、皮の白い部分が出てくるまで実をこそぎ落とす。
ポチは皮ごと食べているみたいだ。
リリィの差し出した1つがあっという間に無くなった。
他の皆はそれぞれ大事そうに脇にスイカを抱えている。
家で家族と食べるのかな?
ランクルさんの所は7人家族だし、1つで足りるのかと聞いてみたところ。
「いや、これはなぁ……。寝かせるんだよ」
マイルズさんたちに視線を向けながら、語尾を濁す。
「寝かせるんですか? そうすると甘くなったりするんですか?」
「いや、これは半年ほど寝かせると縮んで、中身が醗酵して酒になるんだよ」
「そうじゃ。スイカ酒は甘くのど越しが良くてのう、へっへっへっ」
ロブ婆さんが笑う。
それに釣られて他の大人たちも笑い始めた。
それで種を見た時や収穫であんなに喜んでいたのか。




