第35話 もう1つの施設
リザードマンの頭をカチ割り、後ろを振り向く。
通路を満たす濃厚な魔素がどんどん消えていく。
リリィとタルパ君が吸い取っているからだろう。
僕の後ろでもリザードマンが魔素の霧へと変貌していく。
背中越しにひんやりとした冷気が体の中に浸透していき、マグマの様に熱い血がドクッ、ドクッと全身に流れていった。
レベルアップか、久しぶりな気がする。
紫の霧が消える頃合いを見計らってリリィに声を掛けた。
「タルパ君の容態はどう?」
「血が止まったにゃ。ありがとうにゃ……本当にありがとうにゃ」
目尻に涙を溜めて、リリィが振り返った。
「大したことはしてないよ。あ……目を覚ましたみたいだよ」
「うっ……」
「タルパ! 大丈夫にゃ?」
「ここは……? え、どうしたんだっけ……」
タルパ君が起き上がろうとするが。
上半身を起こしたところで不意に意識を失う。
慌ててリリィが抱き寄せた。
「貧血か? やはり血を流しすぎたか……」
「どうしようにゃ!?」
「とりあえず安静にしないと。その為にも一度ココを出よう」
リリィがタルパ君を背負い、僕とポチで先行してリサイクルプラントから出た。
全員出たところで入り口のカギを掛ける。
さて、外へ出たところでどうするか?
ダンジョンの中よりは安全だが、そこら辺に寝かせるというのもな……
周りを見渡して、少し離れた所に正方形の建物がリサイクルプラントに寄り添うように建っているのに気づく。
「リリィ、アレは?」
「ん? ここの施設の1つじゃないかにゃ? あ、でも……」
「でも?」
「5年ぐらい前に街から大勢のハンターたちが来たにゃ。
でも、そいつらはダンジョンを攻略せずに帰って行ったにゃ。
たくさんの荷物を抱えて……、車もいっぱい来てたにゃ。
お父ちゃんが言うには別のお宝を見つけたんだ、とか」
「別の宝……、それがあったのが?」
「多分、向こうの建物じゃないかにゃ?
こっちは警備室は荒らされていたけど、それ以外はきれいだにゃ。
2階はほとんど手付かずだったみたいだし」
「ちょっと向こうを見てくるよ。ポチと一緒にここで待ってて」
「わかったにゃ」
「わん!」
二人から離れ、正方形の建物へと向かう。
リリィの言ったお宝には心当たりがある。
建物の前に着いたが、ドアにはカギが掛かっていなかった。
重い鉄の扉を押し開ける。
中は……ガランとしていた。
ガレキが散らばっているだけで、それ以外の物は見当たらず。
全て持っていかれたのだろうか?
壁は壊され、ガレキが通路の端に避けられている。
壁や柱の切り口は綺麗なものだ。
天井や床に沿って平坦になるように切り口をそろえられている。
戦闘が起きたというよりは、奥にあるものを引っ張り出すために通路を拡張したって感じだな。
遮る物の無い通路を通り、奥へと向かう。
奥の部屋は広くなっており、プール二つ分といったところか。
入り口の通路に比べて、ガレキも無くこちらはきれいだ。
何も無いが。
「アクセス」
魔力の波を広げ、施設内を精査してみる。
部屋の隅、地面より下にリサイクルプラントから伸びている一本のラインを見つけた。
「これか?」
部屋の隅にあるマンホール。
開けてみると中にはブツ切れになった太い電線が。
やはり思った通り、ここが発電施設だったようだ。
ここから地下を通してリサイクルプラントに電力を送っていたみたいだな。
前に施設に向かってアクセスの魔力波を広げたとき、主電源の反応が無かったから気になっていたんだ。
5年前にハンター達が見つけたお宝というのは発電機のことだろう。
施設の大きさを見て、火力かレーザー核融合のどちらかだと思うが、おそらく核融合の方だろうな。
火力にしてはここは狭いし、燃料を貯蔵する大きな倉庫も見当たらない。
レーザー核融合ならば燃料は重水素。
重水素は水を電気分解して濃縮する装置があれば簡単に作れる。
なにぶん、ここは川も近いし初回の起動さえ起こせば、後は機械を動かし続けるだけで燃料の精製から発電まで一通り出来るだろう。
それにここで核融合炉を手に入れたのなら、ダンジョンの方を放置したのも理由が推測できる。
リサイクルプラントは有機物から石油類、ガソリンなどを生み出すことが出来る施設だが。
有機物を分解するリサイクルマシンを動かすには大量の電気が必要となる。
ガソリンは持ち運びでき、合成樹脂や繊維を生成できる便利な物だが、それよりも安価に発電できる核融合炉の方が必要だったのだろう。
リサイクルマシンを動かすなら核融合炉の方を諦めないといけないからな。
施設内を一通り見て回るが、ここに魔物は出ないみたいだ。
ここなら休めそうだな。
二人を呼んでくる。
「ふわ……、ガラッガラにゃ」
「魔物も出ないみたいだし、入り口の右側……宿直室かな?
そっちの部屋は壁も壊されてないし、きれいだからそこに寝かせよう」
「わかったにゃ」
ベッドも棚も何も無い部屋へと入り、タルパ君を床に寝かせる。
タルパ君は意識はあるみたいだが、ダルそうにぼーっとしていた。
血液の中の成分が完全に回復するには数週間掛かるだろうが、失った水分やミネラル等の栄養分が回復するのはもっと早いはずだ。
1日でも休ませれば、今よりかは良くなると思う。
今は単純に血液内の成分や栄養が枯渇しかかっており、そこで無理をさせれば内臓に負担が掛かって最悪心臓が止まるかもしれない。
「今日はここで休んでいこう。リリィはタルパ君の側に付いててあげて。
僕は村に知らせて来るよ」
「わかったにゃ。おじいちゃんに大丈夫だって言っといてにゃ」
「わかった、それじゃ……」
振り返り、部屋を出て行こうとしたところでタルパ君が泣いてるのに気づいた。
「タルパ! どうしたにゃ? 痛いのかにゃ?」
「うぅ……、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「タルパ?」
「俺、また……役立たずだ。父さんの時みたいに……」
「……お父ちゃんがどうしたにゃ? 出てった後、何があったにゃ?」
「俺……父さんの役に立とうとこっそり後を付いて行ったんだけど……。
レイダーの奴らに見つかって……、俺を助けようとした父さんが……」
「もういいにゃ、わかったにゃ」
「姉ちゃん……俺……」
「わかったから寝てるにゃ。……悪いのは突然村にやってきて私たちに乱暴したレイダーたちにゃ。
後は任せて、寝てるにゃ」
「……うん」
「……アルス、おじいちゃんへの伝言良いかにゃ?」
「うん」
「タルパが動ける様になったら、私も北の親戚の元へ避難するにゃ。
そう、おじいちゃんに伝えて欲しいにゃ」
「……わかった」
ポチと共に施設を出て、扉にカギを掛ける。
頑丈そうな扉だし、外側の壁も分厚く丈夫そうだから二人はこれで大丈夫だろう。
村に向かって、駆け出す。
走りながら考える。
リリィたちが北へと逃げた場合、レイダーたちはどうするか?
凶暴な奴らだ、獲物を逃がしたりしないんじゃないか?
奴らは車も持っている。
荷車を押して北へと移動しているところに追いつくのは簡単だろう。
……逃げるリリィたちに銃弾が襲いかかるのを想像してしまった。
心の奥底に冷たい物が流れる。
それは勢い良く奥底で巡り、徐々に熱を帯びてくる。
殺意。
腹の底が熱くなり、頭は氷で冷やしたかのようにスッと引き締まり、意識がはっきりとした。
頭の中から余分な意識が消え、体から無駄な力が抜け、目に力が入る。
リリィに相談されたときから躊躇っていた言葉が自然と口から抜けた。
「……ポチ、あいつらやっちまおう」
「わん!!」
レイダーを排除することに決めた。




