第28話 パルテル村
「踏破者?」
「そうにゃ、ダンジョンを攻略して魔法が使えるようになった人のことにゃ。
違うかにゃ?」
リリィが目をキラキラさせながら、問いかけた。
荷車を引く、その手にも妙に力が入っているような気がする。
……さて、どう答えたものか。
力についてはあまり知られない方が、面倒を避けられやすそうだけど。
だが、隠し事を守るために誰も信用できないというのもマズイ気がする。
ここは思い切って、事情を話してみるか。
「それなら間違ってないよ。確かに僕はダンジョンコアを破壊して、クラスチェンジした。
このクラスチェンジがリリィの言う、踏破者という事なんだろうね」
「やっぱしにゃ! そっちのポチ君がやたら強そうなのにアルスに従っているから、変だと思ったにゃ」
「ああ、確かにポチは強いね。魔術を使わなければ、僕じゃまったく相手にならないだろうからね」
あのならず者達相手でも、ポチが前衛で僕が何処かに身を隠せればまだやりようはあったかもしれない。
でも見通しの良い場所で複数の銃口に身を晒すのは、どうしようもないからなぁ。
「そうにゃ! 魔法にゃ。アルスはあいつらに追いかけられてたのに、どうしてやっつけなかったにゃ?
魔法でドッカーン!ってしないのかにゃ?」
その目からは何故か、咎めるような視線を感じた。
「んー、僕の魔法は情報魔術で機械専門なんだ。
だから生身の相手には相性が悪くて効かないんだよ」
「情報魔術? 魔法って火を出したり、電気でビリビリってするんじゃないのかにゃ?」
「サイキックウィザードだったらそうなんだろうけど。僕はテクノシャーマンだから、そういうのは出来ないかな」
「……そうなのかにゃ。踏破者ってみんな火を出したり出来るものだと思ってたにゃ」
リリィは気落ちしたが、納得してくれたようだ。
リリィはあのならず者達の事になると、少し感情的になる様に見える。
奴らと何か因縁が有りそうだけど、ちょっと聞いてみたほうがいいかな?
リリィにその事を尋ねようとした時。
「見るにゃ! あれが私たちの村にゃ」
リリィの指差す方向に村とそこから出てくる人達が居た。
村から出てきた人達は家財道具を乗せた荷車を引いて、北へと向かうようだ。
数が多い。
20人ほどいる様に見える。
「え? え? どうしたにゃ? アルス、ちょっとここで待ってるにゃ」
リリィが荷車を引いた集団へと走っていく。
状況がわからない僕とポチは歩いて、ゆっくりと近づいていくことにした。
リリィと同じような民族衣装を着た男性が言い争っている。
いや、語気が強いのはリリィだけで男性の方はおとなしい。
「何で村を捨てるにゃ!?」
「しょうがないだろう……。シャウザさんですら奴らに敵わなかったんだ。
このまま村に残れば奴らの餌食にされるだけだ。」
ネコミミのおじさんが疲れた声音で返す。
「みんなで力を合わせればなんとかなるにゃ!」
「ならなかったらどうするんだ?女房、子供をあいつらのおもちゃにされるなんてごめんだ」
「それは……」
リリィが下を向く。
「悪いことは言わない。お前たちも一緒に来い。俺たちは北のモウラウの親戚を頼るつもりだ。
あいつらも俺達が居なくなれば他所に行くさ。そしたら、また戻ってくればいい」
「……」
リリィは押し黙ってしまう。
「シャウザさんの事は残念だった。俺たちもくやしいよ。
でも、仇を取ろうと娘のお前まで死んでしまったら何にもならないだろう?」
「……」
リリィは押し黙り、答えない。
「……北で待ってるぞ。弟も連れて来るんだぞ。
それじゃ、俺たちは行くよ」
荷車の列が動き出す。
リリィも僕たちも黙ってそれを見送った。
「格好悪いところ見せちゃったにゃ」
リリィがおどけながら言う。
「いや、そんなことないよ」
「村を案内するにゃ。おじいちゃんはこの村の長老をしているにゃ」
リリィに続いて、僕たちも村に入って行った。
村は閑散としていた。
いくつかの家は壁や屋根に大きな穴が開いている。
奥の特に壊れ方が酷い家へと向かう。
「ただいまにゃー」
「おお、リリィおかえり。おや、そちらの方はどなたかな?」
家の中に居た、白髪でヒゲの長いおじいさんがこちらへと向く。
「こっちはアルスとポチにゃ。レイダー達に追われてるらしくて、村まで案内したにゃ。
わたしはちょっとタルパの様子見てくるにゃ。おじいちゃん、よろしくにゃ」
そう言って、リリィは奥の部屋へと行ってしまう。
「ああ、あの子はまだ奥で寝てるよ。おっと、失礼をしましたな。
村がこんな時でなければ歓待したのですが」
「いえ、僕らの方こそご好意に甘えて押しかけてしまい、すいません」
「わん!」
僕が頭を下げると、ポチも真似をして頭を下げた。
「いえいえ、村の問題はこちらの事ですのでお気になさらずに。
ですが、一晩休んだらクラスタの街を目指すと良いでしょう。
わしらもこの後、避難することになりますので」
「クラスタの街というのは?」
「ここから川沿いに西に1日、歩いたところにある街ですじゃ」
「皆さんはそちらには避難しないのですか?」
「わしら獣人は人族の街では厄介者ですので。
大勢で入れば何をされるか、わからんのですじゃ」
「それは……。すいません、立ち入ったことを聞いてしまって」
「いや、構いませんですじゃ。アルスさんと言いましたか。
獣人にはあまり詳しくないようですな」
「はい、最近この辺に来たものでこちらの常識に疎くて」
「そうですか。わしら獣人は人族が精霊様に導かれ変化したもので、人族からは魔に魅入られたと避けられているのですじゃ」
「精霊…ですか」
「ええ、わしらはそう呼んでおります。
わしらのご先祖様がかつて北の森で出会い、助けられたそうですじゃ」
「あの、失礼でなければ詳しく聞かせてもらっても良いでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。むしろ、こちらから話したいぐらいです。
わしは種族に違いはあっても、垣根は無いと思ってますですじゃ
知ってもらうことでわしらのことを理解してもらいたいのですじゃ」
「ありがとうございます」
「かつて世界が火に覆われた時、わしらのご先祖様は街を出て、森へと逃げたそうですじゃ。
ですが、狩りのヘタなご先祖様たちは満足に獲物を獲る事が出来ずに、日に日に数を減らしていったようで。
そんな困窮していた時に森の奥で、金色に光る山猫を見かけたそうです。
弱りきっていたご先祖様は一目見て敵う相手ではない、と思いただ黙って見ていたそうです。
数瞬、じっと見つめ合い山猫は森の奥へと歩いていったのですが、ご先祖様は何故かそれを追いかけ。
その先には木の実や食べれる野草がたくさん生えていたのです。
そこには獰猛な獣も近寄らず、そこを始まりの村としご先祖様たちは生き延び、気が付いたらこのしっぽや耳が生え変わっていたのだ、とか」
そう言っておじいさんは自分の長く垂れた耳を撫でる。
「その金色の山猫が精霊、だと?」
「ええ、わしらはそう思っています。
この姿に変わってから足が速くなり、力も強くなったと伝え聞いておりますじゃ。
わしらはこれを精霊様からの贈り物、ギフトと捉えておりますですじゃ」
「なるほど」
「まぁ、それを知らない人たちからは魔物の血が入っているのでは、と嫌疑を掛けられておりましてのう」
「それは……大変ですね」
「まぁ、それも最近では一部でわしらの事を認めてくれる人たちも増えたので良いですがな。
あの子たちの父も街ではその力を認められ、ハンターをしていたのですじゃ。
この村を守る戦士でもあったのですが、まさかこんなことになるとは……」
おじいさんが下を向く、長いひげに覆われていたが何かに耐えるように顎を強く噛み合わせる。
「あのならず者たちですか?」
「ええ、あのレイダー共が一昨日の晩に現れ……」
やはりおじいさんは下を向いてしまう。
その下を向く表情を何処かリリィにダブらせてしまい、胸がざわめく。
「よければ、この村に何があったか聞かせてもらえませんか」
思わず、問いかけていた。




