第25話 マッコイという男
レイダーと呼ばれるならず者たちの話なので飛ばしても大丈夫ですが。
読んでもらえるとありがたいです。
マッコイはクラスタの街に住む修理屋の小男だった。
アル中の父と娼婦の母の間に生まれ、スラムのあばら家に住む、よくある底辺の育ちだ。
母は物心ついた頃に失踪し、父の酒量は増えた。
暴力を振るわれるのは日常茶飯事で、いつもそれに怯えていた。
それは大人になってからも変わらず、給料の大半を家に納めることで回避していた。
小さな頃からジャンク拾いをし、それを納める修理屋に頼み込んで雇ってもらったことは、彼の人生において唯一の良い思い出だったかもしれない。
修理屋の親方は手が早いが気の良いおじさんで、覚えの悪いマッコイに気長に付き合い、仕事を教えた。
修理屋の給料は安く、その大半を父に持っていかれるために食費にすら困る始末で。
手元には残らない。
週に一度、親方に1杯おごってもらえるのがマッコイの唯一の楽しみだ。
そんなしみったれた生活を送っていた。
修理屋の近くには川が通っている。
なんとなく見ていると、ドブネズミが川辺で大きな虫を捕まえ、下水道へと戻っていった。
下水道に出入りするドブネズミを見て思う。
何故、あんな不潔な場所にわざわざ戻るのだろう?
そんな場所をねぐらにしなくてもいいじゃないか、と。
だが、すぐに思い直す。
自分も同じじゃないか、と。
俺もあの酒臭い、ドブのような家と職場を往復する毎日だ。
ドブネズミと一緒だ。
その生活しか知らないから、他の場所には行けないのだ。
自分はずっとこのしみったれた生活をずっと続けていくのだろうと思っていた。
転機が訪れたのはマッコイが22歳の時だ。
終業間際の修理屋にハンター達が大きな獲物を持ってきた。
獲物は潰れたトラック。
妙にフレームが厚く、頑丈なトラックで後部のドアは歪んでしまった性で開かなかった。
ハンターたちもこじ開けようとしたようだが、人力ではどうにもならないと諦め。
ここまで車を使って引きずって来たようだ。
ハンターたちは中を開ける費用と、壊れた車体をいくらで引き取れるか親方と商談を始める。
もう仕事を切り上げ、酒場へ行くので頭が一杯だった親方は、適当に商談を切り上げ。
続きは開けてからとなった。
ハンターたちが帰ると親方はマッコイに後片付けを指示し、それが終わったら帰っていいと告げ、出て行った。
今日も夜半過ぎまで安酒場に浸かるつもりなのだろう。
親方の後姿に羨ましげな視線を送り、作業場の掃除に入る。
掃除が終わり、さぁ帰るかという時にあのトラックが気になった。
ハンターたちの持ち込んだトラック、何が入っているんだろう?
仕事は終わったのですぐに帰っていいのだが、そんなに帰りたくなるような家ではない。
ちょっとした暇つぶしに彼は好奇心を満たすことにした。
トラックは頑丈で、そのフレームは装甲の様だ。
頑丈なドアは歪み、開かない。
その歪んだドアに隙間が空いてるのを見つけた。
そこにクレーンのフックを掛ける。
クレーンはこの修理屋で一番高価な道具で、電動で動き、力が強く親方の自慢の品だった。
金属の軋む音を立てながら、クレーンが徐々に車体を持ち上げていく。
車体が斜めに持ち上がったところで、ギンッ!と太く高い音を立ててドアが外れた。
支えを失った車体は落ち、ドアから外れたフックが行き場を無くして暴れまわる。
地震の様な振動に轟音、宙を無遠慮にさ迷う太い鉄のフック。
マッコイはその場にうずくまり、落ち着くのを待った。
フックの揺れが収まってきたところで、トラックの中身を拝見しに行く。
マッコイは元ジャンク漁りだ。
だが、彼の獲物は小さなもので、こんな大きなものを見つけたことは無い。
年甲斐も無く子供の様にワクワクしながら、中を覗き込む。
中にあったのは巨大なケース。
それにまたフックを引っ掛け、引きずり出していく。
宝箱を開けるように、眼を輝かせてケースを開く。
中には大きめの宇宙服のような物が入っていた。
一目見て、マッコイはコレが何かわかった。
パワードスーツだ。
前に修理で持ち込まれたことがある。
作業をするのは親方で、マッコイは隣で見ているだけだったが、その起動手順などは知っていた。
熱病にかかったような浮かれた頭で作業をしていく。
気が付けばマッコイはパワードスーツを着込んでいた。
自分でもどうかしてる、コレはお客さんの物だ。
そうは思うが、脱ごうという気にならない。
マッコイの中の狡賢い部分が囁く。
中にコレが入ってたのに気づいたのは、自分だけ。
いくらでも誤魔化せる、と。
そう考えてからは早かった。
パワードスーツ本体と予備バッテリーに充電をする。
作業場の奥にある秘蔵の電子部品をケースに詰め替えると、ケースを車の中に戻した。
パワードスーツの力は偉大だ。
非力なマッコイが簡単に重いケースを持ち上げることが出来た。
終わった頃には結構な時間が経っていた。
そろそろ親方が戻ってきてしまう。
親方の家は作業場の隣。
だが、作業場に明かりが点いていたら不審に思い、覗きに来るだろう。
充電はまだ途中だが、急がなければいけない。
すぐに予備バッテリーだけ持って、出て行く。
だが、こんな目立つ姿だ。
街中を進むわけには行かない。
裏の川の中へと入っていく。
パワードスーツは完全防水で酸素循環器も付いていた。
そのまま水の中を進み、街から離れた所で川辺へと上がる。
遠くに街の明かりが見える。
もう、後戻りは出来ないと悟った。
だが、元々しみったれた人生だ。
冒険しなければ自分は一生ドブネズミのままだろう。
父について思うことは無い、だが迷惑を掛けた親方に対してはチクリと胸が痛んだ。
親方は何らかの猜疑を掛けられるだろうし、ケースに詰め込んだ部品分、損をする。
世話になった親方に迷惑を掛けることに気が沈んだが、この機会を逃したら自分にはもうチャンスが無いとも感じていた。
迷いを振り切り、街の光を背にする。
向かう先には暗闇の荒野。
荒野はミュータントやレイダー達に魔物が徘徊する危険な場所だ。
だが、それとは裏腹にマッコイの心は沸き立っていた。
夜中に家を抜け出し、町内を散歩する子供の様にワクワクが抑えられなかった。
子供特有の万能感、それと同じものを感じている。
パワードスーツという無敵を身に纏い、暗闇に向かって歩みだす。
マッコイの栄光が始まった。
荒野に出て、半日。
すでにマッコイは進退窮まっていた。
パワードスーツの電力が切れかけていたのだ。
すでに予備に替えていて、このままだと後1時間で動かなくなるだろう。
動けなければパワードスーツはただの鉄くずにすぎない。
街に戻ることは出来ない。
その場に立ち尽くす。
しばらくそうしていたら、地平線の向こうに黒い点が動いているのが見える。
それは徐々にこちらに近づいている。
車だ、トレーダーだろうか?
手を振ってみる。
車はマッコイから離れた所に用心深げに停まる。
中から爺さんが出てきて、辺りを探りながらマッコイに声を掛ける。
「あんた、どうした?」
「バッテリーが切れそうでもう動けないんだ、助けてくれ」
マッコイは自分はハンターで遺跡まで車で行き、帰る途中で車が故障したのでここまで歩いてきたと嘘をついた。
爺さんはそりゃ災難だ、と信じてくれたようだ。
マッコイは嘘が通じたので、自分も中々やるじゃないかと思った。
だが、爺さんはこの気の弱そうな小男がレイダーには見えなかったから、相槌を打っただけだ。
ただ、ハンターにも見えないのが気に掛かった。
「爺さん、この車は何処に向かっているんだい?」
「ん、そりゃ決まってるクラスタの街さ」
マズイ……。
マッコイには街に戻るつもりは無い。
下手したら今頃、賞金を掛けられてお尋ね者になっているかもしれない。
なんとか行き先を変えさせたいが、そんな方法は思いつかなかった。
なので実力行使に出た。
横からブレーキを思い切り踏み込み、車をスリップさせる。
「何をするんだ!」
わめく爺さんをそのまま車から放り出した。
一応、警戒してシートベルトをしていなかったのがアダになった。
車が止まってから放り出したので、爺さんは無事だ。
そのまま車を奪って、荒野へと進路を向ける。
マッコイの没落が始まった。
ある程度走ったところで停め。
車の配線をいじってパワードスーツへと充電していく。
元修理屋のマッコイからすれば車は発電機だ。
それからの道中はマッコイにも予測できないものであった。
レイダー達に襲われているトレーダーが居たので、助けてやろうかとしたらレイダーに間違われ。
レイダー達からは土下座され、気が付いたらレイダーの頭になっていた。
トレーダーは着の身着のままで逃げていった。
レイダー達に連れられアジトまで行き、彼らと話す。
気の弱いマッコイは彼らが怖かったが、彼らも自分が怖いのだとすぐに気づいた。
彼らも同じなのだ。
街や村から逃げ出して、荒野で燻っている。
そんなドブネズミなのだ、と。
ドブネズミの群れが狩りをする。
だが、それは中々上手くいかなかった。
当然だ、逃げたトレーダーが自警団に通報していて、トレーダーは皆ハンター達を護衛に雇っている。
ドブネズミ達は元が粗暴なだけで、別に強くは無かった。
元農民や底辺労働者の彼らは通信機器を持っておらず、アデプトシステムの恩恵にも与かれない。
故に、レベルを上げたハンターには勝てない。
魔物にすら戦えるのは、パワードスーツを着込んだマッコイだけだ。
またもや進退窮まる。
そこで思いついたのが、近くの村を脅して上納金を納めさせるという方法だった。
ドブネズミ達がパルテルという獣人たちの村へと向かう。
獣人とは世界が変質した後に生まれた新たな種だ。
人が変異して、獣の耳やしっぽが生えてきたりすることが昔はよくあったらしい。
最近ではあまり聞かないが。
獣人は人より下に見られていて、街には住めない。
その為、危険な荒野に村を作って暮らしていた。
人族の村は遺跡から離れた、ある程度安全な場所に作られるのに対し。
獣人の村は遺跡に近い場所に多かった。
遺跡が何故危険かというと、遺跡にはダンジョンが湧きやすいからだ。
ダンジョンの中には魔物が徘徊しており、時々外に出てきては繁殖していた。
パルテルという村もそんな遺跡が近くにある村で、寂れていた。
こんな村に自分達を食わせていける程の余裕があるのか?とも思ったが。
奪わなければ、早晩自分達が飢える。
村の長老達に身勝手な要求を突きつけるが、当然突っぱねられる。
ならば実力を見せてやろうと近くにいた獣人を殴る。
失敗だった。
思わず忘れていたのだ。
自分が今、パワードスーツを着ていることを。
獣人の頭がスイカの様に弾ける。
その惨劇を契機に乱闘が始まった。
収集の付かない中、とりあえず暴れ回り、アジトへと帰還した時には仲間が2人減っていた。
20人居た仲間が18人になり、落ち込むかと思ったら仲間の様子が変だ。
その目はギラギラしており、自分が何人殺したかとその戦果を互いに主張していた。
その身からは血と硝煙の臭いが香る。
ドブネズミが牙を剥いた。
マッコイは自分がもう絶対に、後戻りできないことを自覚した。
「そうやってレイダーとしてやっていくと覚悟を決めた途端に、仲間が10人も殺られるとはな……」
あの後、復讐に来た獣人の男1人に10人の仲間を殺られていた。
何をしても裏目に出る。
そんな諦念が頭をよぎった頃だった。
アジトとしている都市遺跡に向かってくる、少年と機械の犬に出会ったのは。
思ったより長くなった。




