第22話 鬼ごっこ
目の前のエレベーターホールに銀色の鬼が立っていた。
鬼から感じる威圧感はダンジョンボスに匹敵する。
予想を超えた光景に頭が真っ白になった……。
鬼がこちらに憎悪を持って笑いかけ、一歩歩み寄る。
それを見て、全身の神経に電気が走る!
刺激を受けて脳が動き出す、体の全細胞が訴えかけた、逃げろと。
迷わず背を向け、走り出す!
後ろからその背に向け、ドスン!…ドスン!…と鉄の塊を地面に落としたような音が追いかけてくる。
廊下を自分でも信じられないほどの速度で駆け抜けるが、階段の手前ですぐ後ろにドスン!…と音が落ちた。
足元から伝わる振動が僕の心を捉え、背筋が粟立つ…。
振り返る。
鬼にとっては狭いこの通路を、中腰になりながら僕に向かって手を伸ばしていた……
「わん!!」
間一髪、ポチが鬼の手に噛み付いた!
鬼が邪魔臭そうに手を振るい、ポチを壁に叩き付ける!
「キャイン!」
「ポチ!」
アクセス! ガンタレットを起動。
鬼の顔に向けて、フルオート!
ガンタレットから5mmライフル弾の火線が飛び、鬼の顔に当たり火花を散らす!
階段前は轟音と火花で溢れる。
鬼も顔への攻撃は嫌がったのか、両手で防ぐ。
足が止まった、今がチャンスだ。
「ポチ!」
少しよたつきながらも、ポチが駆け寄ってくる。
階段を飛び降りる!
そのまま壁に体をぶつけ、強引に方向転換。
1秒を惜しみ、痛みは気にしない。
階上では、ガンタレットのリンクが途切れた。
潰されたか。
そのまま鬼が階段を降りてくる音が伝わる。
必死の鬼ごっこが始まった。
必死に前を向き、駆ける。
迫り来る気配に逃げ場が無いことを悟った。
絶望が腹に溜まりかけたが、奥歯を噛み締めこらえる。
こんなところで死んでたまるか!
ポチが僕に真っ直ぐと目線を送る。
それにうなずく。
自分が1人ではないことに、少しだけ心に余裕が出来た。
その余裕に心を振り絞り、怒りを注ぐ。
心から祈る、少しでも立ち向かう勇気を。
まがい物でも良い、立ち向かえるなら、理不尽に対して心を燃やす。
体の奥底から全身に向かい、魔力と怒りが充満した。
「アクセス!」
魔力を核シェルター中に広げる、怒りと殺意と共に。
核シェルター内の全ガンタレットが起動、敵を求めて赤い視線を宙に泳がせる。
必死に駆けながら、鬼に対して殺気を孕んだ射線を通す。
核シェルター内が僕の魔力と殺気で満たされた。
鬼はどちらか?
地下3階以外のガンタレットはまだ弾を残している。
追って来る鬼に対して、全身に撃ち込む!
ほとんどはその金属の外装に弾かれるが、時々青い血しぶきが飛ぶ。
弾が間接の部分に入り込むと、流石に鬼も痛みに呻く。
体の中までは金属ではない様だな。
魔物図鑑にアクセス。
検索結果は個体名メタルオーガ。
特殊個体に属する魔物らしい。
危険度は特大、やはりダンジョンボス級か。
体をあちこちとぶつけながらも、地下5階まで降りてきた。
荒く息を吐く、肺が焼けるようだ。
メタルオーガはまだ地下2階だ。
どうやら、あの巨体で階段を抜けるのにてこずっているようだ。
ここまで降りてくる間に作戦を一つ立てた。
リスクは高いがやるしかない。
汗を拭い、向かう。
まずは地下5階のエレベーターホールへ。
そこに転がっているロボCを廊下から離した壁際へと押していく。
「わん!」
一緒に押している際中、ポチが僕に向かって力強くうなずく。
どうやらこっちは任せられそうだ。
「ポチ、頼む」
ロボCはポチに任せてその間、別の作業をする。
壊れたロボA、Bから火炎放射器の燃料タンクを取り出す。
少しだが、まだ燃料は残っていた。
それを廊下と冷凍睡眠室へとぶちまける。
廊下に気化した燃料が漂い始めた。
さらにコントロールルームから小麦粉を持ってくる。
メイアー先生が僕へと残していてくれた食料を、机の下から取り出す。
ポチと合流。
冷凍睡眠室に入り、部屋の隅の冷凍睡眠装置にポチを入れ、部屋中に20kgの小麦粉をばら撒く。
視界が白く覆われ、部屋には気化した燃料と小麦粉が入り混じる。
僕も部屋の隅の冷凍睡眠装置へと入り、鬼を待つ。
鬼はすぐ上の階まで来ていた。
ガンタレット越しに覗く。
鬼が階段を降りてきた、辺りを見渡しながら僕を探している。
その姿は体のあちこちから青い血を垂らし、カメラ越しにも怒気が迫る。
鬼がT字路へと差し掛かる。
ガンタレットから赤いレーザー光を飛ばし、誘導。
ガンタレットに気づいた鬼が、潰そうとコントロールルームへと向かう。
その手前には冷凍睡眠室の入り口が開いている……。
鬼が冷凍睡眠室の入り口前へと差し掛かった、瞬間。
「今だ! ロボC、撃て!」
魔力を飛ばし、命令。
「了解しました、射撃開始…」
廊下に垂れた燃料へと火線が伸びる。
燃料に火が付き、それは気化した燃料へと燃え広がる。
廊下を巨大な炎の手が突き進む。
その手は鬼を捕らえ、鬼が動きを固めた。
それだけに収まらず、炎の手は冷凍睡眠室へと……
火山が噴火したが如きの轟音、火勢が部屋を蹂躙した。
僕の潜んでいる冷凍睡眠装置も衝撃で吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる!
ショックで意識を失うが、意識を失う寸前に見た映像は…。
同じく衝撃に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた鬼に、部屋の入り口からジェットエンジンのように炎が吹き上がり、その身を焼いているところだった。
「……うぅ、……っ!」
意識を取り戻す。
どれくらい寝ていたか分からないが、とりあえず外の様子を。
「アクセス…」
反応はロボCとポチしか返さない。
二人が無事で良かった。
廊下のガンタレットは全滅か…。
廊下の様子がわからないが、とにかく冷凍睡眠装置から出る。
装置のドアが歪んでしまったようで、足で強引に押し開ける!
隣のポチの装置もバールでこじ開け、ポチを救出。
「わん!」
ポチも元気そうだ。
バールを手に廊下へと、慎重に進む……
部屋の入り口前には、壁に埋め込まれるように鬼が佇んでいた。
その目には赤い光が灯っている。
あれだけの熱量を喰らい、まだ生きているか。
冷凍睡眠室の中で起きた粉塵爆発、そこから生まれた熱量は行き場を求め、開いていた入り口から一気に噴出した。
その業火を耐え切るとは。
鬼がこちらへと腕を伸ばそうとして、ゴトリ…とその腕が崩れ落ちた。
崩れ落ちた腕は表面が灰銀色に濁り、ひび割れが無数に走っており。
その中身は黒く炭化していた。
鬼が憎々しげにこちらを睨む。
その胸には大きな亀裂が走り、そこから紫の光が漏れている…。
バールを強く握り締め、近づく。
バールの切っ先を亀裂へと差し込む!
鬼も最後の抵抗とばかりに大きく口を開け、こちらへと倒れこんで来た!
牙が顔の寸前にまで迫る!
それより一瞬速く、体重を掛けてバールを押し込んだ。
鬼の目から光が消え、その体は端から紫の霧へと変わっていった。
明日、第1章のエピローグになります。




