第12話 記憶 後編
「核ミサイルが発射されたって……、どういうことだよ」
スマホの画面には核ミサイルが発射されたとのニュースが映り、避難勧告のメールが何通も入ってきていた。
聖堂内は状況がわからない学生たちによる、混乱の渦が出来ていた。
「皆さん! 落ち着いてください」
聖堂の奥、祭壇で佇む司祭様が声を通らせる。
静かで低い声は僕らのざわめき声を貫き、聖堂内へと響いた。
「事態はまだ不透明ですが、避難勧告は本物でしょう。
当教会の責任者として避難を勧めます。
幸い、この聖堂にはまだ完成途中ですが避難シェルターがあります。
先生、私が先導しますので学生さんたちの誘導をお願いします」
「わ、わかりました! 皆さん聞きましたね!?
番号順に並んで付いて来てください!」
司祭様と先生の誘導に従い聖堂の裏口から出て、僕たち1年3組は森の奥へと続く道を進む。
皆、一様に押し黙り不安な表情をしていた、僕もだ。
いきなり戦争が始まっただなんて言われても実感が無い。
何かのドッキリじゃないかという気持ちもある。
そうだったら良いなと思うが、遠くから聞こえてくる警報の低いサイレンが山の静寂を打ち消し、不気味だ。
森の小道を進んだところで岩肌に洞窟が見える。
洞窟から誰かが出てきた。
「司祭様!? これは一体?」
僕と同じの黒髪黒目の男性が尋ねる。
「おお、君か。避難勧告が出されてね。
学生さんたちと一緒に避難してきたのだよ。
ここからの先導を頼めるかね?」
「わかりました」
「では皆にも紹介しよう。こちらはクレート君、この避難シェルターの工事の指揮の一つを執ってもらっている方です」
「ご紹介に預かりました。アポロ・クレート、ここの技師を務めています。」
「兄さん!? 何でここに?」
「アルス? お前こそ何で……?
いえ、失礼しました。皆さん、こちらです」
兄さんの先導で洞窟の中へと入っていく。
洞窟の中は外見と違い、きちんと整備された坂道が下へと続いている。
坂道の下には、僕の腕一本分ほどの厚みのある鉄の扉があり、それが重い音を立てながらスライドして開く。
その奥にあるエレベーターに乗り、地下3階へと向かう。
「ここが来賓フロアとなっています。
とりあえず、皆さんはここで待っていてください」
「そうじゃのう。私は一度聖堂に戻り、子弟たちと共に情報を探って見ます」
「司祭様、僕も付き添います」
「いや、君はここに残って皆さんのお手伝いを頼む」
「……わかりました。お気をつけて」
「君もな。神々の加護あらんことを……」
略式に祈りを捧げ、司祭様は地上へと戻っていった。
「では皆さん、こちらの共有スペースでしばらく待機していてください。
このシェルターはまだ完成途中ですが、皆さんが1ヶ月ここに篭っても大丈夫なくらい物資はあります」
教室3つ分ぐらいの広さのある部屋へと僕らを案内し、兄さんが説明し始める。
最初、みんなが思いの丈をぶちまけ騒然としていたが、兄さんと先生が根気強く受け答えをして、徐々に静まっていった。
結局のところわからないだらけで、不安を押し隠す様に先生たちの指示に従って、ここに篭る為の作業をする。
山の上の聖堂へと社会化見学に来たのは僕ら1年3組だけだったので、この共有スペースと呼ばれる部屋に皆が入ることが出来た。
他の部屋から毛布や水、食料に調理道具などを運び込み、一息つけた頃には夜になった。
ようやく生徒たちへの指示を終えて、一休みしている兄さんへと話しかける。
「兄さん、どうして教会に?
兄さんって工学の技術者じゃなかったけ?」
「ああ、アルスか。ここに納入した冷凍睡眠装置の開発責任者が僕でね。
今日は工事は休みだったんだけど、データ取りにメンテナンスに来たんだよ」
「へー、大変だね。って大変なのは今か。
……父さんたちは大丈夫かな?」
「父さんも母さんもきっと避難しているはずだ。
きっとすぐに避難勧告が解除され、地上に戻れるさ」
「そうだね……、うん、きっとそうだね」
僕と兄さんが励ましあう。
そんな会話をジェフ達が聞いていたことを、僕は気に留めなかった。
この避難シェルターにも電波が届いており、スマホやPDAを通じて外の情報を見ることが出来た。
内容は散々なものであり、意味不明なオカルト情報まで流れている。
核ミサイルを発射したネメアー合衆国の上空に巨大な目が現れ、それと視線が合ってしまうと石化するとか。
ネットが突然遮断され、真っ黒な画面に誰かが映り、その人物の呪詛を聞いてしまうと化け物へと変わってしまうとか。
何処かの町に霧が立ち込め、霧の奥から巨大な化け物が出てきて、町の住民を全て食べてしまったり。
ネメアー合衆国内のどこかの軍事基地に突然トランペットの音が鳴り響き、中の軍人が皆発狂してしまったなど。
ただ一つ確実なのは、隣国のネメアー合衆国が全世界に向けて何百発という核ミサイルを撃ち込んだのは確かなようだ。
今もその数は増えているという。
その夜、地震がいくつかあった。
皆、声を押し殺して泣いた。
次の日、ネットが通じなくなった。
シェルター内に不安が溜まっていく……。
3日目、兄さんが外へと情報を探りに行くと言う。
「兄さん! 頼む、考え直してくれよ!
外は危険だって!」
「アルス、情報が入ってこなくなった今、誰かが確かめに行かないといけないんだ。
司祭様たちの安否も確かめないといけないし、地上に他にも助けを必要としている人たちがいるかもしれない」
「だからって……!」
「昨日は……地震が無かった。
もしかしたら事態は終息しているのかもしれない。
それを確かめてくる、お前はここに居るんだ。いいね?」
「兄さん……」
「ここは核戦争も想定した頑丈な作りだから大丈夫だ。
……それじゃ、行ってくる」
そう言って、兄さんは地上へと向かった。
5日目、あれから2日経ったが兄さんは戻ってこない。
静かに兄さんの帰りを待ちわびたいが、寝泊りしている部屋の中が騒がしい。
先生とジェフ達が言い争っているようだ。
ジェフがこの集団のリーダーになるとかアホな事を言っている。
どうしようもないバカだ。
7日目、兄さんはまだ帰ってこない。
今日も騒がしい、ジェフ達が演説を始めた。
「えー……、今は非常事態だ。非常事態にこそ、集団を守るために強いリーダーが必要であろう!」
「そうね! 私はジェフ君こそ相応しいと思うわ!」
「俺もだ! お前たちもそうだな!?」
「3人ともバカな事は止めなさい!
この非常時に何をやっているんですか!」
「メイアー先生、非常時だからこそですよ。
有事には強いリーダーが必要なのです。
残念ながら貴方には期待できない」
「そうね!」
「悪いな、メイアーちゃん」
「な、何を……、ひっ!」
ジェフの右腕、茶髪のラザドがメイアー先生に包丁を向けた!
「何をやっているんだ!」
思わず、僕が声を上げた。
「ちっ! 兄貴がここの管理者してるからって調子に乗ってんじゃねーぞ!」
「そうでーす、オタク君は黙っててくださーい♪」
「おやおやクレート君、今は俺たちがメイアー先生とお話をしているんです。
横から口出ししないでもらえますか?」
「何を言っているんだ!? こんなの脅しじゃないか!?」
「……うざいな、コイツ。おい! 俺がここのリーダーになる!
文句の有る奴はいるか!?」
ジェフが周りを睨みつけながら声を張り上げる!
周りの皆は関わりたくないのか、下を向く。
「反対意見は無いようだな、ではこのリーダー様に歯向かう愚か者に罰を与える!
被告、アルス・クレートは冷凍刑とする!」
「な! 何を言っている!?」
「そうです! 止めなさい、ワンダー君!」
「先生、資源は有限なのです。
食料は無限に有る訳ではない、だからこそ節約が必要なのです。
幸いここには、冷凍睡眠装置とやらがあるそうですから。
なぁ、クレートぉ?」
人とはここまで醜くなれるのかというほど、歪んだ目をジェフが向けてくる。
「な、何でお前……、そのことを?」
「お前たち兄弟の会話は聞かせてもらったよ。
昨日、知らべて見れば、本当に装置があるじゃないか。
さぁ、裁判の開始だ!
クレートを無罪だと思う奴は手を上げろ!」
他の皆は戸惑っている。
手を上げようとしてくれる人もいたが、刃物を向けられたら黙ってしまう。
「良し! 有罪だな!」
「ワンダー君! バカな事は止めなさい!」
「先生……、それでは先生が装置に入りますか?
大人が一番無駄飯くらいなのですから、順当かなー?」
「な、何を……、うぅ……」
悪意の矛先を向けられ、再度刃物を突きつけられたことでメイアー先生は黙ってしまう。
「ふざけるな! こんなこと許されると思っているのか?」
「うるせーよ、黙れ!」
ラザドが僕に殴りかかってきた。
そこで僕の意識は途絶える……




