99 :一人きりの戦い
聖なる祠を探検し終えた聖者様ご一行と、おまけの俺は、街へ戻るために南街道を歩いている。俺は上の空で結界のことを考えていた。
俺が中から出てきたから、結界の形を変えた可能性は高かった。
ただの推測だが、結界石がなんか邪魔なもん湧いてきたと、穴開けて異物を吐き出した感じだ。誰が異物だよ!
まあ、複雑な気持ち半分、ほっとしたのも半分だ。実は俺の記憶は、妄想から出たものじゃないかとか、ちらっと不安にもなったんだ。コントローラーがなければ本気でそう思っていたかも。怖い怖い。
前方に揺れる金髪を見る。
怖いのはこの姉ちゃんの方だ。微に入り細に入り説明させられたのによ。最後は結局、シャリテイルが戻ったら俺の話が正確かどうかも確認するから、もういいと言われた。じゃあ何のために俺は連れて来られたんだ。ギルド長との取り決めに必要そうだというのは分かるが、ただの愚痴だ。
そんな言い訳はあるが、それでつい横柄になって余計な話をしてしまう。
「聞き忘れてたんですが、祠の中は調べないんですか」
さっと振り返ったビオに、ギロリと睨まれた。
ああ、来てすぐに調べ済みだっけ。今回は発見時との違いを検証だったな。納得しようとしていたら、やや遅れて返事があった。
「簡単にできることと思うな」
人にも聖質と相容れない魔素が含まれるのだから、と冷たく言われた。
別の魔技、それも大技が必要ってことだろうか。
「その、聖者は、体の魔素が聖質なのかと思っていたもので」
言いつくろってみたが、アホかといった顔で見られた。よせばいいのに、さらに誤魔化すように言った。
用が済んだなら他に聞く機会はないからと言い訳を連ねるが、妙な緊張感に耐えかねたからだ。そんな時は黙っているに限るのにな。
「あの、呪文のようなものを唱えたら、素質があれば魔技を使えるんでしょうか」
「呪文だと? ものを知らん奴だな!」
まずい、違ったらしい。
今度こそビオはヘソを曲げたようだ。大きな声で一言残すと、速足になった。
隣でギルド長も足を速めつつ、苦笑を漏らす。
「シャリテイルからは、偏ってはいるが物知りだと聞いていたのだが」
シャリテイルの残念発言を信じないでくれ。
「魔技を使用の際は、言葉にする慣例だ。周囲への安全のためにな」
「あ、あぁ安全のため、そうでしたか。今までは、もっと分かり易い技名だったから、文章のようなのは初めて聞いたもんで……」
語尾がかすれたが、ギルド長は頷いていた。
「確かに、聖者の魔技を見る機会は滅多にないものだな。だが、呪文なんて怪しいものと結び付けられれば誰だって気を悪くするぞ。人里へ降りてきたばかりなら、なんでも物珍しいだろうが、まずは好意的な解釈を試みてほしいな」
勝手に納得してくれて助かったが、人を仙人みたいに呼ぶな。
好意的に云々は、心がけている方だと思っていた。つい漫画とかゲーム基準で考えてたけど、呪文なんて本来は怪しいものだよな。気を付けようと思いつつ、どうしても価値観の擦れ違いは起こるんだろう。あとは項垂れたまま黙っていた。
街の看板が見えてきたところで、ビオはお付きの兵達を制止し立ち止まった。それから俺を振り返る。
祠を立ち去る時は険悪な雰囲気が少し和らいだと思ったのに、また気配が変わっていた。
ビオが誇りに思ってるらしいと感じたことに、俺は失礼な言葉を吐いたんだと気付いた。謝っておこうかと口を開く前に、猛烈な勢いで問い詰められる。
「まったく、そんな体たらくで冒険者でいようなどとは信じがたい。ここがどこだか分かっているのだろうな!」
「ぼ、冒険者街ガーズ、です!」
「そうだ。冒険者と結界で固めなければならないほどに危険な街なのだ。なんの常識も身に着けず、今まで何をしていた!」
草刈りです……。
さっきまでの、どこか遠くから場を見ているような気持ちは消えていた。ビオの声は畳みかけるように強まる。
「人族の冒険者がいなかった理由を考えたことがないのか。ここは周囲を魔脈が密集した山脈に囲まれた、過酷な地だ。安穏と暮らしていけると思うな!」
真正面から怒鳴られて、呆気にとられる。正しいことを言われている。でも、今まさに危ないことをしているわけでもないじゃないか。
そう反感を抱くのは反射的なものだ。せめて口に出さないようにと歯を食いしばったまま、力なく頷いた。
それほど危険な場所だと痛感したのも、最近になってからだ。そんな俺の自信のなさも伝わってしまったに違いない。ビオの視線の厳しさは増した。
「精々、他の冒険者たちのお目零しで生きながらえるといい」
今までの嫌な態度に、そう不快感を感じなかった理由が分かった。敵意が、なかった。だけど今は、はっきりと込められている。
ここは、分をわきまえない輩が生きていていい場所ではないと。どこよりも厳しい場所だと、少しずつ知り始めていた。俺自身、この街を知る程に、気後れを感じていた。
全部を見透かされたようだった。
「ビオ殿。お言葉ですが、戦があれば、大事なものは前線で戦える力を持つ者だけでしょうか。兵站は大切ではないとお考えですか。ですが私は、後方を守備する者も重要だと考えます。そこに少しでも戦える者があれば、後方で支援を続ける他の者にとっても心強い」
反駁するようなギルド長の言葉に驚いて、つい腕を掴んだ。
やめてくれよ、余計に無様だろ。
言葉には出来ずに首を振って否定した。
「お前のためではないのだが」
そう言いはしたが、ギルド長は口をつぐんだ。代わりにビオが続ける。
「粋がって他の冒険者の邪魔をせず、農地や鉱山で働きなさい。それが嫌なら別の街に行くがいい。なんなら我らの馬車に席を用意してやろう。王都ならば受け入れる余地はある」
そこでビオは背を向けてから、一言残した。
「出かけるまでに声をかけろ!」
込み上げるものを抑えつけたまま、柵の向こうへと進む後姿を見つめていた。もの言いたげだったギルド長も呆れたように立ち去るのを、俺はただ見送った。
俺は一人、街道の真ん中で立ち尽くしていた。
ビオの言葉は、胸の奥に刺さった。
とても言い返すことはできない。ずっと気が付いて、思っていても、生活があるからどうしようもないと追いやっていたことだ。
それなりに大変な思いはしても、最近はすべてに慣れきってしまって、このままでやっていければいいと思っていた。受け入れるのと諦めるのは、違うんだろうが、よく分からなくなっている。無暗に出来もしないことをするのは馬鹿だけど……いつの間にか俺は、考えることすらやめていたように思う。
言葉が鉛になって、胸の奥につっかえてるように消えない。
多分、ずっと、消えないんだろう。
これまでだって、きっぱりと誰かに言われてもおかしくはなかった。
役立たずだってさ。
自分でも、分かってるよ。
みんないいやつばかりで、弱いままの俺を受け入れてくれた。
それは、身体能力が明らかに違う様々な人種が、一緒に暮らしていくために育った価値観なんだろうと思う。
俺は、ただ、それに乗っかっていただけだ。
居たたまれず、街から目を背け、南の森へ踏み込んだ。
「……クソが」
「ぷキィッ!」
慎重に行動をと決めたことなんかどうでも良くなって、ずかずかと森に入りこみ、襲ってくるカピボーを片っ端から斬りつける。
八つ当たりだ。
こいつらはただのマグの塊で、動物とは違うと考えても、気分は悪い。
「人に近付くために分裂するくらいだ。お前らだって、自分が弱くなってるくらい分かってるだろ」
「キェキィ!」
「なんでさ、弱いと分かってて、なんにも考えずに飛び出してくるんだよ」
「キュぷシェーッ!」
四方からカピボーやケダマが飛びかかってくる。背中にも取り付いている重みを感じる。周囲の様子に構うことなく、前方から来る目に付いた魔物だけに集中して攻撃していく。カピボーらの動きが、心なしか遅く思えた。少しずつでも、強くなってるのかもしれない。
「分かってんのかよカピボー。お前らはガキに倒せる程度なんだって。そんなんで、人に敵うと思ってんのかよ。そんなヘボい魔物をさ……幾ら、倒せるようになったからってさ……その程度強くなったかもしれないだ? どれだけお前らを倒したって、俺は、俺は何の役にも、立たないんだよおおおおおぉぉぉ!」
また無理に動いて息を切らし、その場に座り込んだ。馬鹿馬鹿しくなって、自分に呆れる。




