97 :高飛車
ギルド内に響いた声は、若い女性のものにしては高圧的で鼻白む。
「他にも私の手が必要な場所は、いくらでもあるのは知っているだろう!」
「はっ、遠征討伐隊は、もう数日もすれば戻るかと」
「悠長なことだな。腕が鈍ったのではないか」
怒りの声を上げているのは森葉族の女性だ。ギルド職員らと同じような筒形の衣装をまとっているが、色はギルドのモスグリーンとは違い、クリームイエローと淡い感じだ。
見覚えもある。あー昨日、南街道へ出て行った集団の中に見えた色だ。
窓口から大枝嬢が小声で呼びかけてきた。
「タロウさん、お待たせしましタ。彼らは国から派遣された方々ですヨ」
「ありがとう」
なぜか大枝嬢は、タグを手で包むようにしてカウンターを滑らせた。
声には巻き込まれたくないといった気持ちも含まれていそうだ。俺だって、面倒くさそうなのに関わりたくはないから小声で礼をする。
タグを首にかけながら、声へと意識を向けた。聞こえてくる内容に、思い当たることがあるし……。
「そちらが連絡をよこしたのだぞ。我らの到着は予期していただろう。なぜ発見者を遠征に送った」
「冒険者ギルドにとっては、討伐が第一の優先事項ですので」
近づくにつれて、女の衣装には縁取る模様があしらわれていたり、艶のある生地を見れば高価そうなのが分かった。かなり偉い人そうだ。態度見りゃ分かるか。
この人も、シャリテイルのように大きな杖を持っている。
偉そうな女のすぐ後を、岩腕族の壮年らしき男の職員が追っている。見たことのない人だ。
こっちも、申し訳ないといった口ぶりながら気後れは感じられない。根気強く説明しているし、なんか貫禄ある風体だしギルドの偉い人だろうか。
だけど滅多に表に出ない職員でも、たまには見かけるしな。いつもギルドの奥にいて出てこないなら、まさかギルド長?
「高ランクでもないのだろう。一人残したとて問題なかったはずだと言っている」
「あの者はその中では上位者でして、調べたところ、今回の遠征には能力としても外しがたく。まったく運悪く、使者の皆様方には足止めをすることとなり申し訳ない」
しかし、なんだこの女のひと。なんか、こう、残念な感じだな。フラフィエやシャリテイルとは違う意味で。
言動もだが、人の目があるところで重要そうな情報をぺらぺら喋るのもどうかと思う。別に機密ではないんだろうが。
団体さんは待合スペースを横切り出口へ向かいかけていたが、偉そうな女がこっちを見て、立ち止まった。
え?
思わず後ろを見ると、他の奴らは壁に張り付くようにしてかたまっていた。これが冒険者が持つ危機への嗅覚ってやつか……。
俺も逃げようとしたが、時すでに遅し。無情にも、その女の鋭く細められた目は動くなと言っていた。
言われなくとも足が地面に張り付いて動けずにいると、女は背筋をぴんと伸ばして顎を引いたかちっとした姿勢で、つかつかと歩み寄り、数歩で目の前に来た。
のけぞりつつも、気おされて思わず会釈する。
肩に届くか届かないかの、色褪せたように淡い金髪は、顔の輪郭に沿って自然とカーブしている。肌は日に焼けていない白さで、濃い青色の、瞳の鋭さだけが浮いて見えた。要は冷たい感じの美人だ。
俺の前で立ち止まった女は、顔を顰めて藪から棒に言った。
「臭うな」
そっ、そんなばかな。
いきなり見知らぬやつから罵られるいわれはない。
俺はな、美人に虫けらのように見られて悦ぶほどのストレスは、まだ溜まっちゃいないんだよ!
「ま、毎日洗濯してるんですが……」
冒険者の中じゃ誰よりも清潔な自負はあったのにショックだよ。しかも綺麗な顔で言われたら、なおさらへこむ。
「誰が洗濯の話をしている。このおバカさんは……人族が、タグを持つだと」
職員の男に俺のことを尋ねようとしたのか振り返りかけたが、俺の首元から下がっているタグを見て、女はより不機嫌になった。
「この地には……不要のはずだ」
「特定の者が、冒険者になってはならぬといった規定はありません」
睨み合いといっていいのか。女は横に立った職員の男をにらみ、男は真っ向から受け止めている。苦々しげに口をゆがめ、目を逸らしたのは女だ。
「よかろう……ギルド長。人を集めたいなら、もっとましな案でも出すのだな」
「おお、そういえば、発見者の話が聞きたいということでしたら、この者が報告に立ち会った一人です」
「なんだと! なぜ、先にそれを言わん!」
今度は険しい顔を俺に向けてきた。迫力ある。こっち見ないでほしい。
「報告責任者ではありませんから」
なるほど、な。よく分からんが、やっぱり俺はこれから巻き込まれるんだな?
俺はギルド長らしい男を恨めしそうに睨んだ。にこりともしやがらねぇ。
「仕方あるまい……ついて来い。改めて検証し直す」
え、ここで色々聞かれるんじゃないの?
「ええと、どこへ」
「話を聞くだけだ。どうせ救済措置を受けた低ランクなのだろう。まともな判断ができるなど期待してはいない」
「は、はぁ」
俺、感覚がおかしくなったのかな。
腹が立ってもいいはずなのに、今まで気のいい奴らばかりだったからなのか。まるで自分のことを言われてるとは思えないというか。
この厳しさは、新鮮だ。
俺が女の後に続き、ギルド長と背後の兵士に挟まれて出口をくぐるとき、背後から盛大な溜息が吐き出されるのが聞こえた。お前ら覚えてろよ。
通りへ出ると、両側にも兵が並んだ。俺が逃げないようにだろうか。
なに、逃げた方がいいほどのことが起こるの?
「タロウ、急な予定変更をさせてすまなかったな」
不安に思っていると、ギルド長が声をかけてきた。見かけたことすらないあんたまで、なんですでに知ってる風なんだ。
「なんだ、まともに顔を合わせたことはなかったかな? ギルド長のドリム・ジェネレションだ」
「……タロウ・スミノです」
知ってるだろうけどな。
「そして、こちらが……」
「私が呼び立てたのだ。自己紹介くらいしておくべきだな」
ギルド長ドリムの言葉を女は高飛車に遮った。美人でも、仲良くなりたくない人はいるんだな。
「私は、ビオ・ハゾゥド。聖なる魔技の使い手だ。聖者と言えば聞いたことがあろう」
「聖質の魔素を扱えると、聞いたことがあります」
聖なる魔技。ゲームにはそんなものなかったな。
「その通りだ。そして、その資質を持つ者はごくわずか。人々が生きるのに必須の、街から魔物を遠ざけるための結界石を作る者がだ。その意味が分かるか?」
説明をしてくれているのかと思ったら、最後は声が氷のように冷たくなった。
「とても、大変だろうなと……」
「大変で、済むか。ここで私が足止めを食うほどに、小さな村が被害に遭っている可能性もあるのだ」
聖者様はめちゃくちゃご立腹のようです。
大きな声は出さなかったが低く唸るようだった。ただ、その理由を聞かされれば、たんに傲慢なのではなかった。人の生活がかかっていると言われれば……失礼な奴と考えたことの方が気まずい。
その後は誰も声を上げず、嫌な緊張感を強いられたまま南街道を歩いた。
目的は、聖なる祠についてで間違いなかった。
祠入り口の見えない壁の前に立ち、聖者様は俺を横目で見てから話し始めた。聞き逃すなよってことだろう。
「封印に変化があったと、そう報告を受けて来た。この場所はどこよりも結界が重要な場所だからな」
魔物のボス、邪竜のお膝元だもんな。
「この街全体を守る柵沿いの結界石や、それらを強化する要である祠の結界を調べただけでなく、邪竜を封じたと言われている山の祠へも向かい、よく調べた。だが効果自体に変化はない」
邪竜を封印した祠?
この祠とは違うのか。でも、そうだよな……街を間に挟んで結界の場所があるのは、何か変だと思っていたんだ。
ほうほう柵の下に埋まっているというのも、ここと繋がってんのか。へぇ。
「劣化はしていないのだ。ただ、どういったわけか形を変えている。まるで……そうだな、人が一人歩けるような隙間を、この向こうに感じるのだ」
硬直した。
内側から。それって、いや、まさかね……?
振り返った聖者様の視線に射貫かれ、冷や汗が出てきた。




