96 :世界はどこまで
目が覚め朝飯を食いに食堂へ向かうと、既に泊まり客の冒険者が居た。
今まで、この時間はまだ酷いイビキが聞こえてたもんだ。
そういえばベッド一つしかない、あの狭い部屋にどうやって寝てるのか聞いたら、床に布を敷いて晩ごとに交代してるそうだ。まあそうなるか。
珍しいなと思い声を掛ける。
「早いな」
「よう、ちょっくら遠出してみようと思ってな」
だらけるのも飽きてきたってところだろう。護衛対象の仕事が終わるまで遊んでいていいよと言われたって、何もない街だ。休養にはなるだろうが、休暇にはならない。ご愁傷さまだ、田舎を堪能したまえ。
思い切って俺から話しかけたからだろうか、前より饒舌になったような。四人は飯を詰め込みながら、誰に話すともなく話している。
ラジオすらないしちょうどいい。俺もその話を聞きながら丼から汁を啜った。
今までは、冒険者なら何気ないお喋りと思ってスルーしていたが、魔物の強さの違いとか意外な事を知ったし、よく聞いた方がいいかもと気持ちを改めたのだ。
「でもな。ここは随分と基準が厳しいだろ? 今日は結構、本気出すつもりでいんのよ。前衛は期待してんぜ、メドル」
「期待って、後ろで怠けるなよバルフィ。それで怪我でもしたら護衛失格だけどなハハハ」
「まったく、わざわざ地元から出て、こんな場所で冒険者になろうってやつは、とんだ物好きだと思うぜって、おいっハンツァーてめぇ肉食ったろ!」
「きたねぇなぁ。コルブ、口閉じろ。飛んでくんだろ」
ハンツァーが岩腕族で、コルブが炎天族の男だ。二人がすさまじいスプーン捌きで攻防を繰り広げ始め、残った森葉族のバルフィと、もう一人の炎天族メドルが溜息をついて眺める。
子供かよ。
いや、この干からびた二切れほどしかない乾燥肉とはいえ、俺でも奪われたら切れちまうよ。
残念ながら今朝は、大して話も聞けなかった。ちょうど食い終わったから、これ以上ひどい喧嘩になって巻き込まれない内に出よう。
なんせ中ランク上位者どもの争いだ。木のスプーンでさえ、俺は穴だらけになってしまうかもしれない。
思い切り頭を低くして脇を擦り抜けた。
「……お先ー」
今日から街の東方面に回り込む予定だが、先にギルドへ向かう。
昨日は草刈りの確認証明を何カ所かでもらったために、一枚渡し損ねていた。
ぶらぶらと歩きながら、これまでにぼんやりと聞いていた四人の話を思い出せるだけ思い出し頭でつなぐ。
四人は王都マイセロからの護衛でガーズまできたが、王都に住んでるわけではなく、大きな街を点々としているようだ。あっちの街でどうだとか、話している内容の場所がよく飛ぶ。
この四人だけでなく、各地の冒険者の入れ替わりはそこそこあるらしい。嫌になってやめるなどではなく、そのうち他の場所が気になってくるようだ。特に遠征したときに、そんな気になることが多いらしい。
他にも幾つかの大都市の賑やかさが魅力でとか、比較的人手の足りない穏やかな辺境でのんびり仕事しつつも頼られるような場所など、色々と思うところができるのだとか。
確かに、話を聞いていれば他の場所に興味がわかないでもない。ただ俺だとパーティー組むのも難しいし、一人で気楽にというのは無理だしな。
もしも、何年か経って、中ランクにでも上がれたなら。
早めの引退ってわけでもないが、旅に出てみるのはありかもな。行商団にくっついて行けば、俺でも魔の山脈を超えられるだろう。
中ランクに上がるとしたら、強さからではなく採取実績を認められ……草か。
うん無理な気がしてきた。ランクはともかく、何年か生き延びることが出来たなら、外の世界を見てみるのもいいかもな。
まあ俺が最も興味あるのはこの街だから、そこまで旅したいとも思わないんだけど。せいぜい旅行できるならしてみたい。そんな程度だ。
「日帰り馬車ツアーとかあればいいのにな。弁当付きで」
山脈越えはあるし広い平原も続くらしく、現実は日帰りでなんてどこにも行けない。
この街の周辺は、どこから来ようと越えなくてはならない険しい山や渓谷があり、大抵その辺は魔脈が巡っていて、魔物が湧き出すという魔泉が点在する。
中ランクの上位から高ランクの魔物がうじゃうじゃしているだろう。実際、ペリカノンらしき魔物の影も見た。
どれだけ山脈を越えるのって大変なんだろうか。
一つだけ興味があるとすれば、英雄シャソラシュバルの軌跡では知ることのできなかった世界を見れるということだな。
ゲームデータの外なんだ。
よく似た異世界に来たと思ったら、リアルになっただけのやっぱりゲーム世界でしたとかだったらと、多少不安になる。
一定の距離を街から離れたら何もなかった、なんて怖すぎる。
「気にはなるよな……一度くらい、出る機会を作ろう」
生活と貯金が先だ。何年も先になるが、予定が埋まっていくというのは張り合いがあっていい。そう思おう。
「ゲームも、すっかり縁のないもんになっちまったな……」
最後に遊べたのが、このゲームで良かったのかどうか。
つまみぐいプレイが多いとはいえ、年に遊ぶタイトル数が多すぎて定期的にバックアップしてしまうから、セーブデータはゲーム機本体に残していなかった。
期待の新作を買うだけでなく体験版やらぶっこんでたら、あっという間に容量は一杯になるし、いちいち探してくるほどの時間もなくて、新規に始めてしまったんだ。
もし、あの時、セーブデータを残したままだったら――。
カンストデータで来れたんだろうか。それで来れていたら、どうなってたんだろう。
惜しいとか、悔しいではないな。あれ、わくわくする?
そのカンストデータに人族補正がかかったらどうなるんだろうな。それでも目に見えて強くなる?
きゃー人族の癖にさいつよ! ステキ!
なんて俺でもなれたのだろうか!
補正が割合だったら、体感だと余計ひどいことになりそうだな……。動こうとする度につんのめったりして。これがゲーム脳か。
「ゲームなぁ。何か持ち込めるものでもあればいいけど」
ボードゲーム系だと将棋とか囲碁なら作れるかと思ったが、大してルールを覚えてない。
それによく考えたらゲームも、布団でごろごろしながら遊ぶよりストレッチしながらとか、あまりじっとしたままってのもなかったから向いてないんだろう。
……あんまり、元のことを考えるのはよくないかな。
アナログゲーム、ここにもあるんだろうか。宿に戻ったらおっさんにでも聞いてみようかと思っているとギルドに着いた。
「これお願いします」
「あら、タロウさん、朝に報告とは珍しいですネ」
大枝嬢に挨拶しつつ依頼書とタグを手渡して、窓口前で待っていると、部屋の隅にある扉がけたたましく開く音がした。ギルドの裏手への扉だ。
そこからぞろぞろと人が出てくる。この前見た金属鎧姿の兵。その後に、筒状の布をまとった人物が足早に続く。そこから怒声が響いた。
「いつまで待たせる!」
その女の声に、ギルド内は静まり返った。




