94 :看板のそばにて
南の森に入るや、俺はあることに気が付いた。
一々藪をつついてから魔物が飛び出すのを待って倒していたが、無駄じゃない?
「ふむ、リーチを伸ばすか。よろしい。やってみましょう」
森の中を見渡し、俺の背丈ほどある枝葉が曲がりくねって広がった邪魔な藪を払った。
葉や細い枝を削いで幹だけを取り出す。
細いが、握った感じ鉄棒ほどの太さはあるかな。試しには十分だろう。
なるべく直線的なものを選んで、殻の剣と同じくらいの長さに叩き切った。
あんま長すぎても、扱いきれないからな。
剣よりも長いくらいで様子見だ。
短所もあることは即座に考え及んでいたさ。
藪をつついて、当たらなかった奴らが飛び出してきたら、あっという間に間合いに入り込まれる。
近付かれたら、どうすんだって話だ。
応戦など間に合うはずがない。
一応、槍を左手に構えて突っつき、右手には殻の剣を持って試してみるつもりだ。
ただ普段は、剣で切り付けるなり突くなりする間に、近付きすぎた他の奴を左腕で防御したり払ったりとしていた。
だから、長すぎると不利になりそうな気がひしひしとしてくる……。
でも、なんでも試したいお年頃なんだ。
「突っついたら手放しゃいいんだよ!」
よし、ひとまずはそれで納得だ。
距離を取って石を投げるのも手だが、小さすぎず大きすぎない手ごろな石が川原のように落ちていない。
それなら残数を気にせずに済む槍の方が便利に思えた。
まず石だと持ち歩くには重いし、拾うのはなんかな……。
だって石の裏って湿った土がついて汚れやすいし、妙に虫が潜んでて気持ち悪いんだよな。
ダンゴ虫を思い出したが、こっちにも似たような虫がいる。
のそのそと這い出た背を指先でつっつくとくるんと丸くなるが、団子になるには体が長すぎるようで、頭だかケツだかがはみ出るように渦になる間抜けた虫だ。体を守る意味がないんじゃなかろうか。
おっさんとの世間話で、「そいつぁラセン虫だ。害はねぇぞ」と聞いた。
多分、螺旋だろう。名前だけは格好いい。
思考が逸れてる間に、縄で枝の先にナイフを括りつけ終えたはいいが、取れないようにと何重にも巻いたから縛り目がごつい。
「見た目なんて飾りですよ。性能が第一!」
だが、もう一つの失敗に気付いた。
剣の方を先端にすると長すぎるから、代わりにナイフを利用したことだ。
「刈りができないじゃん……」
そりゃ使う度に作りゃいいけどさ。
ま、まあ実践でどうかが重要ですから。
軽く振ってみたが重さのバランスは悪くない。
短めだからか、しなることもない。
うん、いけるいける。
結構倒しちまったが、まだ魔物はいるかな。できれば弱いやつで。
お、あの陰に潜んでそうな気配。
「ピキーン、この感覚、カピボーか!?」
散々に歩き回ったせいか、木々の配置も覚えたし、なんとなく魔物が居そうな場所を把握できるようになった。暗がりがあれば、全部候補なわけだけだが。
気分だけでも、ニュータイプなマグ感知があったらごっこも完璧だ。
じゃあさっそく。
「行くぜ、ショートナギナタソード斬り!」
藪を突いてみた。斬ってねぇな。
「ぷィ!」
「おおっ」
見事に一撃必殺!
だったのだが、やはり数匹で固まっているわけです。
出てきた二匹が左右に分かれて回り込もうとしてきやがった。
とっさに対応しようとしたが、意識がぶれる。
すぐに手放すはずがそのまま左腕を振ってしまっていた。
ガギギギギ……そんな音を立てて、ナイフがそばの幹を引っ掻き、そしてすっ飛んでいった。
「ぐあっ!?」
思わず呻いた俺の無防備な腕に、カピボーが喰らいつこうとする。
しかし運よく殻の肘当てにぶつかってくれたお陰で助かった。
「うん。慣れないことはやるもんじゃないな」
こうして俺の、装備を自作してみよう作戦その二は終わったのだった。
街の南側街道入り口、看板と並ぶようにして柵に腰かけた。森中を駆け巡ったからな。いや小走り回った……ええい語呂が悪いわ。要は端まで来ていたということだ。
街道沿いだから、遮るものはなく視界は広けている。もぐもぐとパンを齧りながら、青空を見上げた。
上空ではピョロピョロと甲高い鳴き声を響かせて、小鳥が横切る。つがいだ。
「くっ見せつけやがって」
目を逸らすように遠くの空に視線を移すと、やはり青緑の山並みの合間に、すぅっと滑空する物体がいくつかあった。上空を飛んでいった小鳥と同じくらいのサイズだ。
「鳥はいいな。自由にどこにでも行けて」
いやいやいや、でかすぎんだろ!
あれぜったい魔物だ。あの辺って俺の知るマップ範囲外だよな。
山の空飛ぶ魔物?
居たな。ゲーム中盤から後半にかけて厳しくなる雑魚だ。
ペリカノン――ゲーム中レベル45の、白いハンググライダーのような羽を持ち、黒い大砲のような嘴を持つ怪鳥。
「げぇ、あんなにでかくなるのかよ」
イモタルが中ランク高難度に分類されるなら、ペリカノンは高ランクに分類されるんじゃないか?
「ぜってえ、会いたくねぇな」
小回りは効かなそうだが、上空から砲撃受けながら地上を逃げるとか洒落にならない。しかも数匹の爆撃だぞ。
幾ら高額依頼だろうがドロップ品が多かろうが、元が取れるとは思えないな。
あいつらが落とすアイテムは、黒い塊なんていう曖昧な素材だった。
ゲームのクエストには、採取カテゴリ依頼に『黒い塊50個納品』といった張り紙がされていただけだ。やたら採れるから常に99までスタックしておき、選択、即納品で金貯めるのにちょうど良かった依頼だな。
「素材の用途は、武器だっけ」
良い装備は、後半の希少素材で強化作製していた。黒い塊は万能なクロガネに加工し……最近どこかで聞いたぞ。ああ、まとめ役とかいう筋肉ダルマだ。
さすがにペリカノンに素手はないだろ……どんだけ脳筋だよ。
「まぁでも……あれを片づけてる冒険者が、いるんだよな」
マジで頭が下がる。
溜息交じりに弁当壺を袋にしまっていると、街の方から土を踏みしめる足音が聞こえてきた。振り返るまでもなく、集団は看板の側を通り過ぎる。
兵士らしき一団だ。じろりと睨まれた。
な、なんなんだよ。
悪いことなどしてないのに、お巡りさんと目が合うと緊張するような感覚だ。しかし兵たちは足を止めることなく、そのまま街道へと出て行く。徒歩で。
兵士にしか見えないが砦の兵ではない。砦の兵は革装備だが、より上等な金属鎧をまとっている。それも、先ほど考えていたクロガネ製らしき全身鎧だ。どんな金持ちだよ。それに肩のマークも違う。
砦兵も二人ほど歩いていたが巡回には多すぎる人数だし、なにより兵に守られるようにした中に、布の制服を来た人が垣間見えた。
討伐ではないだろうし、街道を連れ立って歩いて出かけられる場所なんか……あるな一カ所だけ。
「……祠?」
今回の行商団は定期的なもんのように聞いたから思いもしなかったが、俺たちが報告した結界の問題に国から派遣された奴らか?
「へー、思ったより早かったな」
希少なスキル持ちらしい話だし、国からなんて聞くともっと腰が重い印象があった。
なんにしろ、これで俺の報告の件も一段落ついたような気がして、気持ちが軽くなっていた。
それで、草刈り仕事の早く済みそうな北側を、明朝といわずにさっさと終わらせておこうと張り切って来たんだ。
「すっげー賑やか」
ちょうど鉱山から荷物が続々と降ろされてきたところで、通りの北側出入り口付近一帯は箱と人の山だ。荷はすぐに大八車のようなもんに積まれて、街の中に入っていく。すぐに横道へと入るから、煤通りにでも持ち込むんだろう。人の方は荷運びだけにしちゃ多いし、別の方向へ移動していくから交代かもな。
この周辺は草が生えるどころか、広い範囲の地面を綺麗にならしてあるのも頷けた。俺の出番はない。
山側はすぐに上り坂になるし柵の外側も狭いため、ちょっと東へと離れたところから刈ることにした。




