92 :草レベル
手足は泥まみれだし、服のあちこちに草の断片がくっつき草の汁で青臭い。
今朝も当たり前のように草刈りに来ていた。西の森沿いの続きだ。
昨晩は時間を忘れて徘徊し、戻るなりぐったりと眠り込んでしまった。ペースを守らなきゃなぁとは思うんだけど。
俺がそれなりに暮らすには人より長く働かなければならないし、他の冒険者にない唯一の利点は持久力しかない。要求と能力が合致してるんだから、やらない手はないんだ。
だけど生活のためといった理由があったところで、なんの目標もないというのは精神的に辛い。
そこで、ひとまず打ち立てた目標は、ガーズ一周草刈りツアー。
タロウの野望、冒険者街を脅かす草軍団を殲滅し統一を果たすミニゲームだ。何を統一するのかは知る由もない。
そんな妄想でタイムアタックやって、脳内でハイスコア出してみたりするのだ。
そんなことを、なんとなく決めて街を回り始めて数日。ようやく西の森沿いの北端へ到達!
人の手が入った場所だし一日もあれば北側へ抜けられる見積もりが、一昨日、昨日と連行されているからな。ささっと終えて北側へ逃げよ。
しかしタロウは、まわりこまれてしまった。
「おぅおぅタロォじゃねえぇか!」
「うへへぇ、いい草持ってんなあぁ?」
「えー言いたいのはですね、ちょっと手を貸してくれると嬉しいかなって!」
はい、今日もです。
西の森沿いを北へと進んで一山刈ったところで、ちょうど森から出てきた奴らに出くわして声を掛けられてしまった。
「また勝手なことすると、まとめ役に怒られるんじゃないか?」
「平気平気。森の中までじゃねぇから。ほら、すぐそこに見えてっだろ」
確かに、手前の藪から気がちらほら生えだした一部の視界が悪い。
端だから放置してたんだろう。ああ回りこんで出て来たから、急に出くわしたように感じたんだな。
当たり前のように頼むって言われたんだが、クロッタたちが言いふらしてくれたらしい。
でも初めに、この辺うろついてたら手伝うって言っちゃったの俺だったな……。
さすがに森の奥までは遠慮させてもらいたい。
というわけで、また連行されないようにと、俺から先に妙な草に切りかかった。
蔦というわけでもないのに、なんで木々を避けるように折れ曲がりながら横に伸びたり器用に生えてんだよ。
お前は、折れそうで折れな草な。
「ほっほう、なるほどこれが噂の……腕に刈り込み鋏を持つ男の所以か!」
「ありがてえありがてえ」
目標範囲捕捉、ブースト始動。
行け、俺の右手に宿る……誰が腕に刈り込みバサミなんか仕込むんだよ!
拝むな、てめえらも刈れ!
俺の作業する近くで、ぶらぶらしながら冷やかしているのを横目に見れば、クロッタたちがそうしていたように周囲を見てくれていた。
……あんまり待たせないないよう、気合いを入れるか。
「ここだけやったら終えるからな」
「あざっすぅ!」
特に重要な地点の道ではないというから、適度に間引きするだけと話し、範囲も決めさせてもらった。
続けてアラグマのような敵に会うのは、俺には荷が重い。
俺がいると戦い辛いだろうと思ってしまって胸が痛むし、こんなでは余計にお荷物になりそうだからな。
まとめ役たちくらいの強さがあるなら何も言えないけど、なんかクロッタたちと似た雰囲気がある。この辺の交代要員だから、こいつらも低ランクなんだろう。
「こんなもんでいいか?」
「ひょっほー! ばっちりだぜ!」
「あんがとよ!」
ふっ、手強い敵だったが、一度戦った敵の性質は忘れないぜ。
糧となってくれてありがとよ。
また鬱蒼としてきたら呼んでくれとは伝えた。なるべく、まとめ役に相談してからにとは言っておいたが。
何か一つでも、これはあいつに頼もうと覚えてもらえるのはいいことだ。
これが営業ってやつか?
だが残念だったな。今日でこの辺とはおさらばよ。
「じゃ管理人呼んでくるから。またな!」
また何かに連れ出されないようにと俺は倉庫へ走った。
街道の北口付近は、山方面へ行く人や荷物の出入りが多いからか、さらにさっぱりしていたのを確認している。
そうなると次は、東側の放牧地辺りになるかと考えて、何かが気になる。
数日毎に何かしようとしてたような……あ、ケダマ草むしってなかった。そろそろ採取しないと、とびだせケダマの森になっちまう。シャリテイルにも怒られそうだ。
仕方ない、ケダマ草退治に予定変更。
「それも、昼までにしとくか。で、柵の側で飯食おう。んで、午後は……うーん」
様子見てから決めよう。
で、やってきたら案の定かよ。
「ぽこぽこ生えやがって」
文句は言ったが、これは稼げると声には喜びが滲んでいる。
稼げるも何も、毎日一定量ずつ採取するか、まとめてかというだけの違いで、トータルの額は変わらないんですけどね。そこは気分ですよ。
いそいそと藪に手を伸ばせば特大のケダマ草が――。
「ケキェ?」
「本物かよ!」
「ケピィッ!」
発見、即排除。
「マグ感知持ちが羨ましいよほんと……」
草原沿いを毟りながら歩いていたら、分裂シーンを見た場所まで来ていた。花畑の方まで見渡すが、一帯にケムシダマの姿はない。
不思議なもんだ。何十年も昔に邪竜のスキルだかなんだかで生まれたらしいが、それも本当に確認できたことなのかね。まあ誰かが関連を調べたんだろうけど、大変な作業だったろうな。頭使うだけでなく、戦闘も必要だろうし。
ここで俺が詳しくなれそうなのは草くらいか。いや、それも無理だ。森深くを彷徨えば魔物も強くなるんだし。
お、いい題材じゃないか。本日のルーチンワーク中の妄想はこれにしよう。
今の時点で知ってる、採取可能及び除去の必要な草どもにレベルをつけるなら。
背高草はレベル1。
ケダマ草、レベル3。
すだれ草、レベル5~10と幅があるのは地上の葉と地下の根という二段変身があるから。それと麻痺(弱)攻撃持ちだな。
触手草、レベル6。魅了(とある業界の人々にとっては)攻撃と、見た目の気持ち悪さとぬめぬめ度合いがMPを削る。
蜘蛛の巣草、レベル8。細かい枝葉が広がり行動を阻害する麻痺(弱)発生。
団扇草、レベル20で、特に体力値は高いが、特殊攻撃は毒(中)のみ。
って感じでどうだ。これだとインフレしすぎるか?
世の中にはもっと得体のしれない、有用無用な植物は幾らでもあるだろう。
「レベル上限が99だと思ったか? バカめ、999まであるんだよ!」
とまあ、そんな風に足していけばいいかな。
この世界にも植物学者とかいるんだろうか。フラフィエは研究論文みたいなもんが回ってくると言っていたっけ。仕事を考えれば、マグを使用する道具に関連するもの専門だろうけど。
でもシャリテイルは、魔物の研究もされたような口ぶりだった。生活に根差したことには、住民それぞれでやるだろうから、国も魔物やマグに関することだけ補助するといった形だろうか。
補助だと思うのは、国が主導してるとは思えない理由がある。
なんなんだ、あの魔物たちの名前。ダジャレまみれというか。
以前はゲームだし、分かり易さが一番なんだろうと疑問を持たずにいた。ファンタジーなのに、そのセンスはどうよとツッコミは入れていたが。
現実なら明らかに魔物の命名センスがおかしいだろ。
俺が勝手につけてる草の呼び名も大概なのは華麗にスルーだ。




